2004年8月アーカイブ

築100年超の長屋

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本郷・旧真砂町には、幕末に建てられた足軽長屋がひと棟だけ残っています。場所は春日通り(東富坂)からほんのすこし入ったところでです。見るからに古いのは分かりますが、改修を重ねているせいもあって、最初は、江戸末期の建物とは思いもしませんでした。こちらにお住まいの高齢の婦人から聞いて初めて、あ、これがあの足軽長屋か、と気が付いた次第です。そのご婦人の住まいは手入れが行き届いていて、玄関先には凛とした空気さえ漂っているのですが、全体的に見るとかなり老朽化が進んでいて、残すのは難しそうに思えます。築100年以上の長屋、見るならいまのうちです。

【場所】文京区本郷4丁目13あたりです。

先日、神保町を歩いていて、新鮮な感覚の古書店もあったと報告しました。その筆頭はキントト文庫という、昭和初・中期の本を中心に扱う古書店です。すずらん通りに面したビルの2階(他で営業したいたのが移転した模様)にあるのですが、まずは、1階入口にある看板に目が行きます。そもそも店名がキントトですからね〜。おそるおそる階段を上がると、左手にドアがあります。開けてビックリ。そこは一見駄菓子屋。そして狭い店内には、人が横になってやっとすれ違える程度の空間を残して、あとは書棚でいっぱい。8割が本で残りの2割が雑貨類という感じです。相当話題になっている古書店のようです。が、値段の設定はやや高め。そして古本というよりも古道具としての本が並んでいる感が否めないのが気になりました。もう1店は時刻屋書店[トキヤ書店]。こちらは漫画とアイドル本の専門店。3年ほど前に開店したそうです。こちらの若い店長(と思う)、かなり好感のもてる青年で、「本が好きで、自分でもかなりの量を買い歩く。いま神保町が秋葉原に負けているのが悔しい。いつか独立して秋葉原を抜きたい。やはり本はここ神保町が本場じゃなきゃ」というんです。嬉しくなりましたね。居るんですよ、頼もしいやつが…。というワケで、今日は時刻屋のロゴです。

【場所】千代田区神田神保町1丁目39あたりです。

小石川のえんま通り商店街には、元々こんな感じの店が道路の両側にずらりと並んでいた。いまではその大半がマンションに建て替わり、この3軒は、その谷間にポツンと残っている。このお店に特に思い入れがあるわけではない。娘が学生時代に、まん中のイーグル文京というパン屋さんで、よくパンを買って学校に行っていたらしいという程度だ。が、ここはこんにゃく閻魔前のT字路というせいもあってか、目印として強く記憶に残っている。旅人が、見慣れた風景を目にするとほっとするのに似て、この3軒が視界に入ると、自分の生活圏がもうすぐだ、という安堵感のようなものを覚える。ここを通り過ぎて、白山通りを横切ると、風景や土地の匂いが変わりはじめる。

【場所】文京区小石川3丁目あたりです。

小石川伝通院の前から柳町商店街へ抜ける、善光寺坂と呼ばれる細い道の真ん中に、ど〜んと大樹が立っている。ちょうど青木玉さんのお宅の前になる。現在は、この樹の片側だけが車道になっているが、以前は両側が車道になっていたため、いまよりももっと、道の真ん中に立っているという感じが強かった。どうしてこんな位置に樹が残ったかというと、この樹を切ろうとした人が、祟りで亡くなったため、その後、誰も切ろうとしなかったから、と聞いたことがある。そのせいで、この樹にはとんでもなく恐ろしい名がつけられている。しかし、その名をgoogle検索しても全くヒットしないので、僕の記憶違い、または縁起でもないので書くのはタブーなのかもしれない。ところで、この界隈では有名な大樹だが、いったいこの樹がエノキなのかムクなのか、いまだにはっきりしないという。青木玉さんは「祖父・幸田露伴はエノキと言っていた」と、著書「こぼれ種」のなかで書いていらっしゃる。界隈の住人も十人が十人ともエノキだと信じて疑わない、僕もずっとエノキだと思っていた。が、「専門家によると、どうやらこれはムクらしい」と、これまた「こぼれ種」に書いてある。ま、どっちでもよいが、この老木の樹肌、じっくり見ると、なんだか迫力を通り越して恐ろしくありません? 祟りがあっても不思議じゃないですよね。

【場所】文京区小石川3丁目あたりです。

このところ下町を歩くことが多く、ガラクタと植物が入り交じった軒先園芸を目にしつづけている。が、それを目にするたびに、何か思い出せないもどかしさを感じていた。ある作庭家のことだ。庭のイメージは鮮明に思い出せるのだが、その庭を作った主の名がどうにも思い出せないでいた。それが、神保町のタトル商会の棚で偶然見つかった。デレク・ジャーマンという人だ。画家・映像作家である彼は、エイズに冒された体で、英国ドーバー海峡沿いの荒れ地に独創的な庭を作った。ただし、ガーデニングや園芸などという次元ではない。それは精神性が高く、彼に匹敵するのは、古今東西を通じて、千利休くらいしか居ないだろうとさえ思う。初めて彼の庭の写真を見たときの衝撃は、そのくらいに大きかった。今日は、彼の庭の写真集でもある"derek jarman's garden" の1ページを紹介させていただく。ただし、庭の写真ではなく、デレク本人の写真にする。庭だけではなく、彼の佇まいも、僕の理想に近いから…。彼は1994年に他界している。

【追記】"derek jarman's garden" の表紙です。
【余談】デレク・ジャーマンについても、勢いで書いた千利休についても、僕はほとんど知識ありませんので、突っ込みはご勘弁をm(__)m 情報は大歓迎です。
【追記】このポストは一種のreviewのつもりですが、著作権侵害のおそれがありますので、後日削除させていただく可能性もあります。

真っ赤なニュービートルが停まっていなかったら、素通りしていたと思う。この前を通ると、神保町に居ることを強く感じるが、この古書店にはほとんど立ち寄ったことがない。その前でしばらく様子を見ていた。行き来する学生や勤め帰りのサラリーマンが、時々立ち止まって店先の棚の本をパラパラとめくるが、店内に入る人はいない。すると、左側の店のご主人が立ち上がり、本棚に並べられた本の整理を始めた。数冊、途中まで抜き出してから、手でトントンと奥に押しやり、本の背を揃えていく。単調な作業だが、この場所と時間と店構えが僕にそう思わせるのか、それだけではなさそうに思える。きっと、整理しながら、店主の頭のなかでは、素人には伺い知れない作業が同時進行している。古書店の店主が本棚を整理する姿というものは何故か静かで絵になる。古書店の主人、わるくないな〜。

【場所】千代田区神田神保町1丁目あたりです。

本屋に行かなくなった。行くとしたら、近所の本屋で雑誌を買う程度だ。もう随分になる。インターネットのせいであることは間違いない。何軒も書店を歩きまわらなくても、ネット検索すればだいたい用は足りる。だが、この方法だと、ある本を探しているうちに、他に興味深い本が派生的に見つかるということは、ほとんどない。今日、久しぶりに神保町を歩いた。いつの間にか新鮮な感覚の古書店なども増えている。模様替えしている書店もある。ネットサーフィンも良いが、アナログな古書店サーフィンも実に面白いことを再確認した。今日は、昔から神保町の角にある大屋書房。看板に「江戸時代の古書・古地図と浮世絵版画の専門店」とある。一見入りにくそうに見えるが、店の人は、店構えから想像するのとは反対に、気安く親切だ。前を通りかかったら、思い切って店内に入ってみよう。入った途端に、時計がぐるぐると逆回転を始める。

【場所】千代田区神田神保町1丁目1番地です。

最近、下町のあちこちで、古い町屋や民家をあまり改造せず、リファインしてショップにする試みを目にする。このショップは、谷中の三崎坂を上りきって左にすこし入った所にある。看板建築よりも古い「出桁造り」の町屋をそのまま利用している。通りかかったときは、まだ開店していなかったので、どんな店なのかは分からない。おそらくは、音楽好きのオウナーが経営するバーだろうと思う。元々あった看板をベージュのペンキで塗り込め、その上からショップ名をストリートペイント風に描いてある。が、それだけのことで、イメージはガラリと変わる。甘味を引き立てる微量の塩の効果にも似て...。2階に吊された洗濯物を干す道具が、パッと咲いた花や線香花火、はたまた変わりテルテル坊主や意識的に配置されたオブジェにも見えてくる。え? そうは見えない? ま、いいじゃないですか(^^;

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。
【追記】その後、ここはバーではなく、雑貨店らしいということが分かりました。

現在の本郷2丁目の18番から24番の一帯は、戦前、元町一丁目と呼ばれていました。そこに小さな三河稲荷神社があります。この神社付近は戦災での消失を免れたようで、近くの湯島に住む人が「しばらく三河様の近くに身を寄せていた」と話してくれたのを憶えています。今日(22日)、お昼を食べようと、外に出てみると、その三河稲荷前の通りが人で混み合っています。「本郷二丁目元一会」の夏祭りです。三河稲荷が小さく、元一会の町内も狭いので、スケールは小さいのですが、こじんまりとして和気あいあい。大家族のお祭りのようなムードです。規模は小さいながらも、よみせが出て、町内会の人が鉄板で焼きそばをジュージュー焼いていたり、ヨーヨー釣りや輪投げなどもあり、その前には、子供たちが町会発行の利用券を握りしめて楽しそうに列をつくっていました。人気だったのは、昔ながらの射的です。景品が良いのも人気の理由かもしれません。なかには鉄砲をどう撃つのか分からず、おとうさんからら指南を受ける子も見られます。小さなほのぼの夏祭り、良かったですよ。

【場所】文京区本郷2丁目あたりです。

初秋の気配

相変わらず陽射しが強いとは言え、昨日までとは違って湿度が低く、過ごしやすい日でした。考えてみれば、もう8月も下旬になったんですね。もうじき9月。夏の勢力にも陰りが見え始めたのでしょうか。そう願いたい、と思う反面、夏が去ってゆくのは、なんだか淋しくもあります。そんな気分で谷中を歩いていると、風で門柱のそばに吹き寄せられた落葉が、秋の枯葉にも見えてくるから不思議です。そこだけはもう初秋でした。境内の木々はまだ青々としているのに...。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

湯島天神の開運札

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昨日(19日)、昔からの友人に孫が誕生した。僕等の親の世代が、老いて要介護となっていく一方で、それに代わる新たな世代が誕生する。50代になって、この2つの"行事"が、とてもリアルに感じられるようになった。だから、友人に子供ができた時よりも、今回の孫の誕生のほうが、なんだか嬉しく感じられる。心からおめでとうと言いたい。今日は、新たにこの世に生を受けた友人のお孫さんに、この写真を贈らせて頂くことにします。トライドッグ・パパとママ、そしてのりべー新米ママ、本当におめでとう! お爺ちゃんに似て、健康な子に育つことを心から祈っています。

【場所】文京区湯島3丁目あたりです。
【追伸】このサイトを訪問してくださる皆様へ:今日はプライベート過ぎてすみません。

山陰のビーチ

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山陰、山口県、日本海、の文3字から、どんな海辺の風景を想像しますか? きっと、たれ込めた暗雲、鉛色の海、切り立った断崖に砕け散る波、といった寒々とした風景ではないでしょうか? 実は、そこに生まれた僕も、そんな風景を思い描いていました。特牛[こっとい]の海を見るまでは…。特牛には、鴨川グランドホテルが経営する西長戸リゾートというホテルがあります。今回、昼食を兼ねて行ってみたのですが、そこのビーチを見て驚きました。砂は珊瑚礁が砕けてできるタイプのベージュがかった白で、海の色は透き通ったエメラルドグリーンです。まるで南の島のビーチそのものです。我が目を疑いたくなる程です。この日は、生憎、雨が降ったり止んだりでしたので、ビーチ本来の魅力は出ていませんでしたが、太陽が輝いたときのそれは簡単に想像できます。山口県の海とビーチを見直してしまいました。しかし、素晴らしいビーチとは裏腹に、このホテルでの昼食はおよそいただけませんでした。これがちょっと残念。

日本海の遠い水平線

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長らくお休みさせていただきました。郷里の山口に滞在していました。お盆の間、家を開けて弔問客を待つのが主な役目だったため、観光などはとてもできませんでした。それでも、お盆が終わる16日の夕方、少し早めに門を閉じて、日置[へき]町という所にある千畳敷という、見晴らしの良い高台に行ってみました。小高くなった岬の頂上がスパッと削られたように平らになっていて、左右300°くらいを見渡すことができます。生憎、雲が多く、雨が降ってもおかしくないような夕方でしたが、目の前が大きく開け広大な空に取り囲まれた感覚に、ちょっと感動を覚えました。四六時中パソコンの画面ばかり見ている目が、どう焦点を合わせて良いのか戸惑ってしまうのではないか、と思うほどです。水平線を見たのは久しぶりです。長らく、遠くを見るということを忘れていたようです。

【追伸】今日(18日)に東京に戻りました。

谷中の住人

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今日の写真は、我ながらのっぺりしています。「これは写真だ」という感覚を捨てて、抽象画でも見るような積もりで見てください。そんな写真を何故アップするのか?ですが、それがです。谷中では、カメラを構えていて、ふと気がつくと、レンズの前を横切るまいと、人が立ち止まって待っていてくれることが度々あります。ほんとに申し訳ないくらいに...。この写真を撮っているときもそうでした。それが、このときは、珍しいことに、僕と同年配の男性が立ち止まって待っていてくれたのです。この辺りには珍しくモダンな感覚をした人で、優しい笑みを浮かべ、こちらの緊張感をスッと解いてくれるような、和やかな雰囲気が感じられます。話してみると、彼は2年前に港区白金からこの谷中に引っ越してきたといいます。理由は「白金はオシャレになり過ぎて、普段着では外にも出られなくなった。ギスギスしてきたし...。が、谷中を歩いてみると、人の当たりが柔らかく、普段着の生活があった。それに惹かれて引っ越しを決意した」というのです。やはり、谷中の人達の「当たり」は柔らかいんですね。谷中の住人が言うんですから間違いないです。そして、もうひとつ印象的だったのは、「こんな家(写真)に住みたいと思うのだが、果たして自分に住めるのだろうか?」という言葉でした。同感でした。僕も同じことを何度も考えていたのです。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。
【追伸】本日(12日)から東京を離れます。行き先は山口県です。山口県(山陰側)はネット事情が悪く、サイトの更新などはちょっと無理です(アップを試みますが、アナログ接続だからきっと無理)。したがって、東京に戻る18日まで、お休みとさせていただきます。18日過ぎたら、また立ち寄ってみてくださ〜い。

根津路地裏の花屋

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下町では軒下園芸がさかんで、どの家の軒下にも、多かれ少なかれ鉢植えが並んでいる。町の花屋顔負けの数の鉢を並べている家もある。園芸店と間違えそうなほどだ。しかし、最初にこのお店の前を通りかかったときは、その逆だった。なんと凄い数の鉢を置いている家なんだろう!と驚いたのだ。花屋とは思わなかった。「いや、民家じゃないな。看板も見あたらないけど、これは花屋さんだ」と気づくのに少し時間がかかった。見れば、鉢の多くに草木の名前を書いた札が立ててある。売り物ということだ。しかし、見れば見るほど、商品陳列というイメージからは程遠く、すべての鉢が軒下に馴染んで鎮座している。この手法、流行の「オシャレ」という乗りとは正反対だが、鉢を放りっぱなしというわけでは決してない。この渾然とした感覚は素晴らしい。この花屋は、語らず、道ゆく人に軒下園芸の粋を見せているような気がする。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。
【追記】以前、このお店のサイトを見た記憶があるので、探したのですが、見つかりませんでした。

昨日のパン屋さんの話しのつづきです。今日、夕方近くなってから家を出て、谷中を歩きました。三浦坂と呼ばれる坂をのぼり、突き当たりを右に曲がると、見えてきました。ヒマラヤ杉の大樹です。その根元で、今日は、ご店主らしい年配の女性と犬を連れた女性が立ち話しているのが見えます。ここまで歩いただけでも汗だく。とりあえずお茶を買って喉を潤します。やはり年配の女性はご店主でした。白髪をショートカットにしたキリッとした感じの女性です。事のついでに、ヒマラヤ杉について尋ねると、気さくに答えてもらえました。これは意外にも、そう昔から立っていた訳ではなく、昭和31年頃に、鉢植えで置いていたものが地面に根を伸ばし、それから一気に勢いを増してスクスクと育ち、今日の大樹になったんだそうです。しかも、家を持ち上げないように、根を家と反対方向に伸ばしているというんだから、偉いヒマラヤ杉ですね〜。しかし、こんなに下枝の残っている大樹というのは滅多にありません。この下枝は見事です。これだけでも大切にされていることが分かります。ところで、お店の屋号「みかどパン店」の由来ですが、家が三叉路の角にあり、三角形だから、ということでした。今日の写真は、ご店主が親切にも見せてくだすった、ヒマラヤ杉がまだひよっ子だった頃の写真を、お店の前で撮ったものです(家の前に見える小さな木がヒマラヤ杉です)。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

大樹とパン屋

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谷中でも最も高台になる辺りに、ヒマラヤ杉の大樹が立っている。見上げるほどの高さだ。枝も良く張って、元気そうだ。その根元に、小さなパン屋さんがある。正真正銘の間口一間。かなり古そうだ。しかし、まわりはお寺と墓地ばかり。どうしてこの場所にパン屋さんなのか? なんだか不思議なお店だ。物語にでも出てきそうだ。不老不死の魔法のパンでも売っているのだろうか?

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

谷中の背高のっぽ

今日も谷中です。撮影したのは圓朝の幽霊画コレクションを観に行った日。例の暑い暑い日です。谷中の奥に歩を進めてみました。すると、「谷中、谷中と言うけど、結局はお寺とお墓だけの町じゃないか」という、僕の先入観をかるくひっくり返してくれる材料がザックザクです。この背高のっぽの建物もそのひとつです。まわりに背の高い建物がないせいもあって、異様に背が高く感じます。しかも、この建物には、最近の高層ビルには感じられない、空中に飛び出すような力感があります。例えが悪いかもしれませんが、バンブーロケットのような迫力。こんな建物を間近に見ると、人間、なんとなく楽しくなってきます。ところで、この建物ですが、元々は江戸時代から近年までつづいた質屋さんだそうです。が、現在はアートギャラリーとして使用されています。次の機会に是非なかを拝見と思っています。詳しくはこちらのホームページで...。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。

谷中が好き

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このところ、なんとなく谷中に足が向きます。お寺が多いせいか、背の高いビルがなく、空を感じながら歩く気持ちの良さがあります。住んでいる人たちの"当たり"も、他の町よりも柔らかく、ここではよそ者になる僕にも気軽に声がかかります。もっぱら暇なお年寄りですが、その人たちの谷中にまつわる昔話や自慢話は興味深く、ついつい長話をしてしまいます。今日は、すぐそこで和菓子屋をやっていたという、自転車に乗った年配の男性から声がかかり、写真談義が始まりました。その人も写真が好きで、「むかしアサヒカメラに応募して3度入選した」とか「親父が残してくれたライカが最高だ」とか「谷中の写真は谷中っ子じゃないと...」とか「このお寺の住職とは同じ学校に通ってた仲だから、雪の日にモデルになってもらって、それが入選したんだ」などなど...。自慢話を聞かされただけのようですが、まったく嫌みがありません。屈託がないからなんでしょう。この人と別れてから、写真を撮ってまわる僕の心が、何故かいつもより元気よく弾んでいました。今日は楽しかった。だんだん谷中が好きになっていきます。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。

【訃報】昨日の新聞に記事が掲載されていましたが、写真家 カルティエ・ブレッソン氏が亡くなりましたね(8月3日)。憧れの人でした。アメリカでは、HCBが特集で数年前のインタビューを放映した模様です。そのなかでブレッソン氏がぽつりと語った言葉に印象深いものがありましたので、紹介させてください。
"I have a camera, and sometimes I use it."
"I take pictures because it's faster and easier than drawing."

文京区役所のお膝元にこの一画がある。えんま通り商店街のど真ん中だ。単に、ビルの谷間にある駐車場にすぎないが、中央に眩しいほどの赤いビルがあるため、空間に奇妙な緊張感が生まれている。余談だが、赤いビルはマルミヤといって、子供からお年寄りまでを対象にした洋服の安売店だ。元々この店は、ここから少し離れた柳町商店街という場所にあって、まさにバラックに毛が生えた程度の店構えだった。特徴と言えば、そこで値札を見なれるとユニクロの価格が高く感じられるほど、安いということに尽きる。外国からの友人を連れていくと、ホクホク顔で、長い時間をかけて買い物をしていたことを思い出す。それがこんなに大きなビルに生まれかわったとは...。最初に目にした時は、これがあの柳町商店街のマルミヤとはとても思えなかった。構えは変わっても、ここは下町の普段着の定番屋さんなんですね。商品と値札を見るだけでも楽しいですよ。

【場所】文京区小石川1丁目あたりです。

今日(4日)は、暑いなか、谷中の圓朝まつりの間、全生庵というお寺で公開される、圓朝の幽霊画コレクションを観に行ってきました。陽射しが強く、光がきれいだったので、あちこちと寄り道が多く、なかなか全生庵までたどり着きません。やっと着いた頃にはもう汗だくでした。が、まずは本堂の裏手にある墓地にまわり、圓朝のお墓に合掌。青く澄んだ空に雲がぽかりぽかりと浮かんでいて、そこに百日紅のピンクの花が映え、居るのは僕ひとり。なんだか久々に両手を拡げて伸びをしたくなるうような、長閑[のどか]な気分に浸れました。さて、いよいよ幽霊にご対面です。本堂の階段をのぼり、靴を脱いでなかに入ると、画の展示なのに電気が灯いていません。案内役の女性に聞くと、「電気で煌々と照らすよりも、西陽だけで観たほうが、雰囲気があるので」ということ。 さすが! が、まずは電気を灯けてひと通り鑑賞し、その後、案内の女性の言葉に従って電気を消しました。明かりは障子越しの西陽だけになり、部屋はすとんと仄暗くなります。すると、途端に掛け軸のなかの幽霊が生き生き[幽霊なのに?とか言わないでね(^^;]として、一気に迫力が増します。背筋にすーっと冷たいものが走り、思わず汗も引いてしまいそうです。しかし、昔の画なのに、洒落た斬新とも言える構図が多いのには驚きました。これは観ておく価値があると思います。

【付録1】展示室風景
【付録2】お気に入りの幽霊画 [1:月岡芳年筆][2:鈴木誠一筆][3:林静筆][4:光村筆][5:高嶋甘禄筆]
【場所】台東区谷中5丁目あたりです。
【追記】全生庵のサイトで、きちんと撮影された幽霊画や、全生庵のご住職が圓朝との関わりについて語っているビデオなどを見ることができます。

町の小さな履物屋

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間口は二間もないだろうか、ほんとに小さな履物屋がある。商品棚にはサンダル類やビニール傘などがきちんと並べられているが、品数はきわめて少ない。小柄な老婆が、外を眺めるでもなく、店先に立っているのを目にしたことがある。独居になった店主だろう。それは洗濯物からも容易に想像できる。全体の雰囲気から、力のつづく限りこの店を守っていこうという意志が読み取れる。老婆は、毎朝、シャッターを開け、商品が置かれた台を決まった順序で表に出し、店の内外を掃き清める。そして、おそらく来ることのない客を一日中待ちつづけるのだろう。

【場所】文京区白山2丁目あたりです。[感覚的には小石川]
【余談】サッカーのA代表、またやってくれましたね〜。相手に3点目を入れられたときは、もう完全に負けたと思いましたけどね〜。後半ロスタイムに追いつくとは...。凄い。今日も日本代表に盛大な拍手です。

本郷で、マンション建設のため桜の大木が切られ、近所の住民がそれに猛反対したニュースを憶えている方はいらっしゃいますか? 僕もこれは気になるので、現地を何度か見に行っています。今日も、小石川を歩いた帰りに寄ってみました。住民の反対運動が空しく感じられるほど工事は着々と進んでいました。しかし、何十年、何百年をかけて大きく成長した木を、どんな理由であれ、邪魔だから切り倒すという発想は、とうてい受け入れられません。これは「緑を大切に」とかってレベルじゃないんですね。そういった地域を象徴する木の年輪は、近所の住民の、人生の節目が堆積して形成されているんですね。言葉を変えると、地域の古い記憶とも言えるでしょう。デベロッパーや建設会社はチラとでもそんなことを考えたことがあるのでしょうか? あるわけないですね。そんな建設会社が、その現場を囲った塀が、風景をも切り裂いていました。これは面白いので、写真にしちゃいましたが...。こんな体質の会社が建てたマンションなんて、きっとその体質があちこちに噴出してるに違いありません。とても住む気になれません。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

ビル漏れ陽

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ほんとうに背の高いビルが増えた。その分、影も長くなり、下界が暗くなった。夕方になって空を見上げると、まだまだ昼間のように明るいのに、もう通りは薄暗い。その頃になると、太陽が刻々と位置を変え、思わぬ時にビルの隙間から顔をのぞかせる。そして思わぬ所にスポットライトが当たる。石ころのように転がっていた風景が、突然、ストーリーのある風景に変化する。だが、そのスポットライトはあっという間に消え、ストーリーは結末を迎える。ストーリーのつづきを読むのは難しい。つぎに太陽のスポットライトが当たる場所など、太陽でさえ知らないのだから...。

【場所】文京区小石川3丁目あたりです。

浴衣姿で銀ブラ

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今の若い人に銀ブラって言葉が通じますかね? 銀のブラってことじゃありませんよ(^^; 銀座をぶらつくって意味で銀ブラなんですが…。あ、分かってます? 考えすぎでしたか(^^; ま、それはそうと、今日(31日)は隅田川で花火大会が予定されているせいか、銀座を歩いていると、浴衣姿の女性が目につきました。今年は特に多い気がします。男性の浴衣姿すらけっこう見かけましたもんね(でも、かカッコいいヤツはいなかったな)。今年はなんとなく浴衣がキてるようですね。ユニクロでさえ浴衣攻勢をかけてましたから…。でも、皆さんの着こなしを見ていると、伝統的な浴衣って感じじゃなくて、洋服の延長戦上で楽しんじゃってるって感じ。オバさんに言わせると邪道とか言うんでしょうけど、浴衣なんてそれでいいんですよね。考えてみれば…。なんせ本来、タオル代わりみたいなもんでしょ? 浴衣って…。というわけで、今日は銀座をそぞろ歩く浴衣姿のお嬢さんの写真になりました。

【場所】中央区銀座4丁目あたりです。
【余談】サッカーの日本・ヨルダン戦、観ましたか? 僕はさほどサッカーファンてわけじゃないですが、見始めたら最後まで目が離せませんでした。とにかく凄い試合でしたね〜。PK戦になって、中村とアレックスが連続して外したときは、「あ、もう完全に負けた」と思っちゃいました。しかも、相手側の、右足が軸の選手が蹴るときになって、ゴールマウスを反対側に変更でしょ。どうやったって勝ち目なしと思ってたら、何と何と、奇跡が起こっちゃいましたね。日本選手に盛大な拍手。



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