2004年9月アーカイブ

夕暮れの三崎坂

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夜のうちに台風が過ぎ去り、いいお天気です。空は真っ青。コントラストくっきり。とても家にこもってなんかいられない日です。時間もないのに、ナイキに足を入れてしまいました。足の向いた先はまたも根津〜谷中。空気が澄んでいて、人影もまばら。どこか地方の町にでも迷いこんだ気分です。ところが、家を出たのが遅いせいもあるのですが、根津を抜けて谷中に入った頃にはもう日暮れ間近です。さすがに九月も今日で終わり。もう秋なんですね。太陽が沈むのが早くて、あっという間にあたりは真っ暗です。谷中墓地を経由して、帰路につくため、三崎坂を下りはじめました。すると坂の向こうの空が、太陽の残照でぱっと明るく燃えています。右手には古い長屋がシルエットになってそびえ、いかにも下町の夕暮れって感じがします。三脚がないので手ブレするに違いないと思いつつも、シャッターを押さずにはいられませんでした。すると、どうやら1枚、手ブレのないものが撮れたようです。ところで、この手の下町の夜景というと、木村荘八を思い出します。荷風の「墨東奇譚」(岩波版)の挿絵を画いた人と言ったほうが通りが良いかもしれません。線だけで描かれた、夜の下町の家のなかの光が通りを照らすときの眩しさ。夕暮れの下町を歩くだびにそれが頭に浮かびます。

【場所】台東区谷中5丁目あたりです。

根津に生きて

このお二人とは、昨日、根津神社の前で朽ちた長屋を撮っているときに、偶然お会いした。左側のおばあちゃんは、もう89歳におなりになるという。しかし足取りも受け答えもしっかりしていて、お歳を聞くまでそんなにご高齢だとは思いもしなかった。このおばあちゃんは、24歳のときに他県から根津に嫁いでいらしたという。当時は、根津神社の表門側の通りで乾物屋を営んでいらしたそうで、この辺りのことをよく記憶なさっていた。昔は、毎月(毎月ですよ!) 19日と20日に根津神社の縁日がたち、道の両側に夜店がずらりと列んで、それは賑やかだったそうだ。夕方ともなると、露天商が商品を並べる棚にしようと、通り沿いの家の雨戸を奪い合うほどだったという。現在は隣町・千駄木にお住まいだそうだが、住み慣れた根津神社前の通りが懐かしく、よく散歩にいらっしゃるそうだ。右側のおばあちゃんも、左側のおばあちゃんと同時期に、やはり他県から根津に嫁いでいらしたという。偶然にも同郷だったこともあり、お二人はそれ以来の仲良しだという。お二人を見ていると、良い友に恵まれるというのも、いつまでも元気でいられる秘訣のようだ。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。

根津の朽ちた長屋

根津神社の表参道口の真正面に、朽ち果てた古い長屋が残っている。先日のお祭りのときに久しぶりに前を通りかかって以来、ずっとそれが気になっていた。昨日の雨もあがり、秋の空がひろがっている。しのぎやすいとまでは言えないが、散歩日和だ。ちょっとだけ時間をつくって、その長屋まで足を伸ばした。
この長屋は、僕自身の記憶をたどっただけでも、十二、三年前からこの姿でここにたっている。が、通りがかりの地元の人に尋ねてみると、実はそんなものではないらしい。元々六軒長屋だったものが、右側の三軒が建て替えられ、左側の三軒が借り手のないまま放置された状態になったのだという。その三軒のうち、左の二軒(左端から自動販売機まで)は普通の住居として使われていたようだ。そして三軒目は駄菓子屋だったという。そこには剥がれかかった猫の絵が残っていて、いったい何だろう?と思っていたのだが、その名残りだったのだ。そういえば、巻き上げられた日よけのテントがフレームごと残っている。これも商店だった証だ。この通りは、最近では日本医大病院のある裏門側の通りに押され、人通りもまばらだが、本来は神社の表門側にあたり、昔は、縁日ともなると両側に夜店が列をなし、それは賑やかなものだったという。そして、その賑やかな通りにこの長屋はたっていた。だが、想像力をフルに稼働させてみても、いま、この長屋から当時の面影を探り出すことはできなかった。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。

ひとすくいのたらいの水

今日、父が病院に行くのに付き添った。病院で診察を待つ間に読もうと思い、森まゆみさんの「不思議の旅 根津」をバッグに入れて行った。
ひと昔まえの話になるが、千駄木の日本家屋式アパートにアンドレ・シトロエンさんというフランス人彫刻家が住んでいらした。奥様は日本の方で人形浄瑠璃師という、アーティストご夫妻だった。ある日、千駄木の路地の単なる石ころを写真に撮っていると、長身の外国人男性に声をかけられた。「僕がカメラマンだったら、僕もその石を撮る」と...。それからしばらく、構図などについて話をしているうちに、その方のお名前がアンドレ・シトロエンということが分かった。とても驚いた。なんと、その1年ほど前に、僕は、長野県の美術館で、彼の作品を写真に撮っていたのだ。茶とベージュが混じり合った大理石から、自然の断面を生かしつつ、直線的な男性の顔を彫り出した力強い作品だった。とても印象的で、本気で欲しいと思った。そのことを彼に話すと、彼も大変に驚き、機会を改めて話そうということになった。それからというもの、互いの家を訪ねるほどに近しくお付き合いさせていただいていた。
話が長引いたが、森さんには、そのシトロエンさんの家の前で、一度だけお会いしたことがある。森さんが中心になって発行された地域雑誌「谷中 根津 千駄木」が、区内の本屋の店頭にちらほらと置かれはじめた頃だった。当時の彼女は、バイタリティと好奇心がいっぱいの、小柄の、女の子と呼ぶにはちょっと年のいった隣人のような女性だった。
そんなことを思い出しながら、待合い室の椅子に腰を降ろし、「不思議の旅 根津」のページをめくった。骨太な文書で、根津の町がありのままに描かれていく。そして、まえがきの最後にこうあった 「思うようにいかない人生、愚かしさ、やるせなさ、抑圧されても諦めきれない人間の業。それでも生活の細部を大切にした時代の、一つ一つの物へのいとおしみ、そんなものが今ある家や樹々やのれんや竹ぼうきからゆらゆらと匂い立ってくる。(中略) 人間が近代合理主義とともに流し去ってしまった たらいのなかの水のうち、一すくいくらいは、やはりそれがなくては人間は生きていけないようなのである。」 と。
「そうだよな」と思いながら、ふと目をあげると、年老いた父が、ソファの背もたれに肘をつき、枯れ枝のような手で頬を支え、いまにも崩れ落ちそうな、だらしない姿勢で眠りこんでいるのが目に入った。「そうなんだな」と改めて思った。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。

桜木神社の祭り(二日目)

今日はお祭りの二日目です。残念ながら小雨が降り、人出はいまいちです。ま、この辺りはオフィス街でもあるので、元々休日はひっそりとしてるんですけどね。とはいえ、静寂をついて聴こえてきます、遠くから。「セヤ ソーレ セヤ ソーレ」と御輿をかつぐ威勢のいい声が...。このリズムが聴こえてくると、やはり窓を開けてキョロキョロとリズムの発生源を探してしまいます。そのうち、窓から顔をのぞかせるだけでは我慢できなくなり、遅い昼食にかこつけて、行ってきました。町内探検へ。するとちょうどお隣の弓町二丁目の御輿が練り歩いているのを発見。よく声が出ていてかなり威勢のいい御輿です。しかも、和気あいあいで楽しそう。我が弓町一丁目の御輿は負けてるな〜。悔しい。ま、それはそれとして、お腹がへっています。桜木神社にお参りをしてから、露店の出ている通りを抜け、マクドナルドで秋限定の月見バーガーです。そして帰りは、「本郷小学校の隣りの空き地で上真砂町会が夜店を出す」と聞いていたので、立ち寄ってみました。やはり雨模様なので準備が大変そうです。でも皆さん、夜店を楽しみにしている子供たちのために、懸命に動いていらっしゃいました。ご苦労さまです。今日はなんだか、やたらローカル色が強くなってしまいましたね。

【追記】おっといけない、肝心の我が弓町一丁目の御輿を忘れてました。その勇姿、とくとご覧ください(^^; 来年は僕も担ぐぞ〜。
【場所】文京区本郷2丁目あたりです。桜木神社のホームページはここです。

桜木神社の祭り(初日)

先週の根津神社に引きつづき、今日と明日は、本郷・桜木神社のお祭りです。本郷・弓町・真砂町・菊坂町・台町・田町などが氏子になります。根津神社のお祭りに比べると、そりゃもうスケールが全然違いますが、町はそれなりにお祭りムードにつつまれ、昼間から賑わっています。子供御輿が町内の家々をまわり、家のご主人がそれを出迎え、皆で揃って手締めをしています。そして、ところによっては子供たちにお菓子が配られます。微笑ましく、また清々しくもある風景です。良いですね、お祭りってのは...。
大横丁商店街では子供たちが太鼓の音にあわせて引く山車に出会いましたが、その後を、弓貳[弓町二丁目]の伴纏を着た長老が追いかけていきます。何か?と思っていると、「太鼓の打ち方が違う。トントン、タタタだよ。うん、そうそう」と太鼓のリズムの指導です。この長老、身ぎれいでお洒落で、雰囲気ありました。やはり長老の目が光っている町ってのは健康でいられるだろうな〜と感じさせられる風景でした。良いですね、お祭りってのは...。
とりあえず桜木神社にも行ってみましたが、まだお昼過ぎということもあって、さほど人出はありません。が、本郷通りに抜ける参道には、両側に露店が列び、お祭りムードを盛り上げています。その風景を撮ろうと、ちょうどカメラを構えたところに、小太りの少年が真正面に来合わせました。この子がひょうきんな可愛い子で、僕の前でパタリと足を止め、「あ、お前、何撮ってんだ? 止めないと撃つぞ(^^;」と、体全体で言ってきます。「じゃ、撃ってみな。オモチャじゃねーか!(^^; 」と、僕も無言で言い返し、シャッターを押してやりました。それが今日の写真です。子供相手に真昼の決闘。これもお祭りならではですね。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。桜木神社のホームページはここです。

東芝ビルの大きなアラーム

現在改装中の銀座東芝ビルになかに、大きな古時計ではないけれど、大きくて古いアラームがありました。直径が50cmはありそうです。元々どういう色をしていたのか知らないけれど、気がついたときには、壁と同じに真っ白に塗られていました。表面には "Sprinkler Alarm, Globe Co. Newark, NJ" と、浮き彫状に記されています。どんな音で鳴るのかいちど聴いてみたかったのですが、ま、これは聴かずに済んだのを幸いと思うしかなさそうですね。記されている文字通りに理解すると、スプリンクラー機能もついているはずです。とすると、いったい水はどこから散布されるんでしょうね? 下側のスリットからでも出てくるんでしょうか? ま、とにかく、このアラーム、レトロで優しい雰囲気をしてて、とても気に入ってました。改装中に捨てられないことを祈るばかりです。変なものにこだわってますね(^^;

【場所】中央区銀座5丁目です。

神保町の新旧合体ロボ?

建物が密集している区画で、ある建物が取り壊され、その隣りの建物の裏面や側面が突然に衆人の目を浴びることになる場合があります。どんな建物でも、裏面や側面というものは一様に汚れています。ところが、時に、前面よりも裏面のほうがすっきりと見える例もあります。その実例がここなのですが、風雨に洗い流されたせいか、汚れた感じはなく、可動中の機械のような印象さえあります。このカットでは、後方に最新鋭の高層ビル(三井ビル)の先端がのぞいていて、通常は「汚 vs 美」を対比するような写真になるのですが、そうは見えません。誰がデザインしたわけでもなく、必要を最小限の予算で実現しただけのこのトタン細工の町屋、後方のビルと互角に渡り合い、そればかりか、いまにも合体して動きだしそうな、ちょっと不思議な風景をつくり出しています。

【場所】千代田区神田神保町1丁目あたりです。
【余談】実はこの古書店の裏側です。

この道は、言問通りと不忍通りを結ぶ近道として使われることの多い道です。左側の家のすぐ先に公衆トイレがあり、そこは道幅が広くなっているため、タクシーの休憩所と化している感があります。いつ通っても数台のタクシーが駐車し、なかで運転手さんが新聞を読んだり仮眠している姿を目にします。この道の左側は旧弥生町。その昔、この一帯のどこかで弥生式土器が出土した所です。右手は高台(本郷台地の端)になっていて、東大の敷地です。とはいえ、以前は、ここの風景はどうということもなく、クルマで通り抜けるだけでした。が、池之端にソフィテルというホテルが建って以来、ちょっと異様な風景に変身しました。なんだか、大昔に銀座8丁目に建てられた中銀のカプセル式マンションとイメージがダブるこのホテル、池之端周辺のどこに居ても視界に入ってきます。この建物、高級ホテルというふれ込みですが、なんだか「串に刺したはんぺん」みたいな感じがしません?

【場所】文京区弥生2丁目あたりです。

【追記】とはずがたりblog のオーサーまるふうさんから、この建物に関し、「もとはバブル崩壊後に法華クラブが建て替えたホテル「ホテルCOSIMA」だったんですが、その後法華クラブがこけてソフィテルが買い取って大々的に内装に手を入れて現在に至ったビルです」とご指摘いただきました。実は、以前に、じゃらん堂さんからも同様のお知らせをいただいていました。まるふうさん、じゃらん堂さん、ありがとうございました。

本郷通りの小さな空き画廊

本郷通りの東大の向かい側には、小さな古書店や飲食店、出版社などが連なっていますが、それらも徐々に取り壊され、ビルに建て替えられつつあります。なかには凝った造りの建物もあり、惜しいと思うのですが、土地の権利など、表からはうかがい知れない事情もあるようです。この画廊は、東大正門近くの、寄り合い所帯的な建物(今で言う雑居ビルですね)に入っています。この建物には他にも数軒分のスペースがあるのですが、ルオーという有名な喫茶室を除き、そのすべてに貸店舗の紙が貼られています。他の物件はシャッターが降りていたり、カーテンが閉じていて、完全にひっそりとしているのですが、この画廊スペースには、ガラス窓の内側からポスターが貼られていています。そしてこの日は、この空間が妙に生き生きとしています。この画廊、何度も前を通っているのですが、これまでそんな感じを受けたことはありませんでした。何故か? やはりアンディ・ウォホールの絵が持つパワーですね。

【場所】文京区本郷5丁目あたりです。
【追記】いっそここで「貸店舗」という画廊をオープンするのも良いかもですね(^^;

根津神社の大祭 (三日目)

以前から、根津神社のお祭りは2日間と思っていたのですが、神社のホームページを見ると、期間が18日から21日までになっています。町に貼られたビラを見ても、ものによってはそう記載されています。「いったいどういうことなんだろう?」と気になってしかたありません。という訳で、この際です、今日も根津に行ってみました。やはりお祭りは終わっているようで、境内には人気がなく、ガラーンとしています。露店は数店残っているのですが、そこでも片付けが始まっています。とりあえず、片付けをしている人に祭りの期間について尋ねてみると、「今年は3日目が休日にあたるため、今日も店を出してほしいと要望された。例年は2日間のみ」という答えでした。それでは明日はいったい何の祭りなのか?という疑問を、こんどは神社の人とおぼしき人に尋ねてみました。すると「明日21日は例祭といい、神社側の行事で、神社関係者と氏子代表以外は入場できない。今日20日はその前夜祭のようなもの」という説明でした。そこで、「ということは、初日の18日は、19日の祭りの前夜祭のようなものか?」と尋ねると、それに対しては「初日18日は近くの七倉神社と境神社の祭りを根津神社で執り行ったもの。二日目が根津神社の祭りで、これを神幸祭と呼ぶ」という答えが返ってきました。箇条書きにすると以下のようになります。ま、いまひとつスッキリしませんが、とりあえず喉元のつっかえはひとまず解消です。やはり、いわゆるお祭りは2日間で終わりなんですね。
 18日:七倉神社と境神社の祭り
 19日:根津神社の祭り (神幸祭)
 20日:例祭の前夜祭
 21日:例祭 (例祭式が執り行われる)

【場所】文京区根津1丁目あたりです。根津神社のホームページはここです。
【関連】根津神社の大祭 [初日][二日目]。
【雑記】お気づきの方はお気づき(^^;だったと思いますが、ポストの日付と記載内容が1日ズレになっていました。これが気になりだしたため、本日、強引にズレを修正しました。

「今日は家で仕事かな」と思っているところに、家人から「白山の通りを根津神社の山車が通ってる。馬も。馬車までいる」と電話が入りました。昨日、祭りにやられているところにこの知らせはいけません。仕事のことなど頭からすっ飛んでしまい、カメラをつかんで家を飛び出しました。白山方面へまっしぐらです。歩いている途中にも携帯に連絡が入り、どうやら東大農学部のあたりで待ち伏せすればよさそうだということが分かり、そちらに急行です。すると、やって来ました。お囃子に先導され、白馬が車を引いています。なんでも、馬車が出るのは、東京でも神田明神と日枝神社、そして根津神社のお祭りだけなんだそうで、しかも毎年出るわけではありません。そんなわけで、久々にけっこう本気モードで写真を撮りながら、根津神社まで一緒に歩いてしまいました。神社に到着すると、こんどは境内から和太鼓の音が聴こえてきます。う〜んひとりでは手が足りないくらいに写真の題材に溢れています。溢れると言えば、境内の人出。初日とは比べものにならないほどの人で賑わっています。両側に露店が列んだ参道を人の波をかきわけて進みながら、ここでも写真を撮りまくります。と、またしても携帯が鳴り、「大人御輿が出そうだ」といいます。いま来た道を大急ぎで逆戻りです。すると、祭りの華の華、御輿を人が取り囲んで待機しています。いよいよです。根津の大きな御輿が大勢の人の肩に担ぎ上げられ、ゆらりと持ち上がります。まるで恐竜が目を覚まし、身震いする瞬間のようです。目醒めた御輿は威勢のいいかけ声とともにゆさゆさと重い体を揺らしながら、先を行く宮本町、八重垣町、弥生町、藍染町、宮永町、片町など七基の御輿を追います。ほどなく八基の御輿が列をなし、根津の大通りを練り歩きます。見物する人と入り混じり、通りが人で埋めつくされます。こうして町全体がひとつに解け合ってゆく様は、まさに圧巻というほかありません。僕は初めて、祭りというものの片鱗に触れ、素直に感動を覚えました。明日からもう、来年の"権現様"のお祭りが待ち遠しくなってしまいそうです。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。根津神社のホームページはここです。
【余談】可愛いお祭りワンコ発見です。ワンコのベストドレッサー賞でした。
【関連】根津神社の大祭 [初日][三日目]。

今日から根津神社のお祭りです。町全体にお祭りのムードが漂っています[][]。根津っ子にとっては、暑かろうと寒かろうと、この"権現様"の祭りを境に、季節が夏から秋に変わります。それほど根津神社のお祭りは地元に根付いているように思えます。そして江戸時代には三大祭りのひとつに数えられていたくらいですから、御輿をかつぐ子供たちの出で立ちも、他の町とは異なり、大人顔負けの本格派です。その姿、親から代々引き継がれなくては、こうはいきません。さて、神社の境内に入ります。広い敷地のなかには多数の露店が列び、そばや串を焼くけむりが立ち上り、客を寄せる威勢のいい声が響いています。露店をのぞきながら歩いていると、昔懐かしい射的やスマートボール、ボール投げ、あんず飴などに出くわし、遠い昔に覚えたわくわく感が蘇ります。一方で、時勢を反映してか、ニモ釣り(金魚掬いの代わり)やタピオカジュース、インド料理などの露店があったのには、ちょっとびっくりでした。特に面白かったのは"げんごろうゲーム"。周囲に仕切りのある木製のたらいに水がはられ、そのなかに生きたげんごろうが入っています。それを網で掬って中央のジョウロのようなものに入れます。すると中央の穴からげんごろうがすべり落ちて、たらいのなかを泳ぎまわり、自分の好きな場所に入ります。その位置によって景品が違うというゲームでした。ややげんごろうが可哀想な気もしましたが(^^; このお祭り、明日(19日)までだと思っていたのですが、根津神社のホームページを見ると、21日までになっています。文京区内では最大 (いえ、都内有数) のこのお祭り、露店を見て歩くだけでも、行く価値がありますよ。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。根津神社のホームページはここです。
【関連】根津神社の大祭 [二日目][三日目]。

両替商の麻雀Kiya

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靖国通りと本郷通りの交わる交差点近くに、とてもしっかりした銅葺きの看板建築が残っている。入口が観音開きの木製ドアになっていて、そこにはめ込まれたガラスには、漢字で「麻雀」そしてローマ字で「Kiya」と書かれている。漢字が赤で、ローマ字が濃青。ローマ字のほうは筆記体だ。この組み合わせが、実にレトロモダーンな感じを醸し出していて、ひどく惹かれてしまった。実は、前日ここを通りかかったときは既に日が暮れていたので、翌日わざわざこのドアを撮りに行ったくらいなのだ。この麻雀荘、近所の旦那(祭り用の雪駄をひっかけて夕涼み中)の話では、なんでも江戸時代から両替商を営んでいらした家の経営だったんだそうだ。どうりでしっかりと造られているわけだ。もう営業はしていないが、いまでも住まいとして使われている。軒下の植物にもきちんと手が入っていてきれいだ。そして、どことなく漂うバタ臭さが、他の看板建築とは一線を画している。風情がある。

【場所】千代田区神田淡路町1丁目あたりです。
【参照】当サイト内の関連記事「大横丁の看板建築」です。
【追記】僕は麻雀できませんので、麻雀という響きには何の感慨もありません(^^;

淡路町のちょっとギーガー

今日も神田淡路町です。昨日、暗くて撮れなかった場所に向かうため、Tully's Coffee のある角を曲がりました。すると、廃屋だと思っていたビルの入口が開いていて、なかに明かりが灯っています。しかも壁にはずらりと写真がかかっていて、若い男性二人がゆったりとした感じで準備をしています。雰囲気がフレンドリーだったので、声をかけてみると、「明後日(18日)から写真展がスタートするので、その準備中」とのこと。その全体的な感じに何か惹かれるものがあったので、嫌がられるかな?と思いつつも、写真を撮っても良いか訊ねると、快くOK。気持ちの良い出会いになりました。で、微力な広報をかねて、今日はその写真をアップさせていただくことにしました。こうして写真にすると、この会場、なんだかちょっとギーガーっぽくありませんか?
ところで、この写真家watalさんの写真ですが、街角のさりげない風景に、逆光線を通常はタブーであるフレアというかたちで重ねあわせた、「シャッター1回押しの2重写し」ともいえるやわらかな作品が目を引きました。

【場所】千代田区神田淡路町1-13です。
【余談】この写真展は、CET04 [Central East Tokyo 04] という、都市再生の運動を顕在化させる新しい地域フェスティバルの一環として開催されるとのことです。ちょっと性格は違いますが、谷中で開催される谷中工芸展と共通するところもあるように感じます。こういったムーブメントは広がって欲しいですね。
【追記】写真家watal さんのホームページはここです。準備段階での苦心談なども載っています。
【追記】H.R. ギーガーのホームページはここです。

淡路町の赤ひげ歯科

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医院というものは、通常、一見しただけでそれと分かる。が、この淡路町にある歯科医院は、うっかりするとそれと気づかずに通りすぎてしまう。通りかかった時は、もう暗かったせいもあって「随分と沢山の鉢を並べたしもた屋だな」としか思わなかった。なにしろ町屋の定番・モルタル仕上げの看板建築。歯科医院だなんて想像もできなかった。題材としては完全に僕好みなので、立ち止まり、レンズを向けようとして初めて歯科医院であることが分かった。よく見れば、ガラスの裏側から堀越歯科と金文字で書かれている。渋い。古いガラスを通して見えるツバの広い帽子も味があり興味を引く。この歯科医師、きっと高齢の頑固一徹者で、家族からは「うちの変わり者」と呼ばれているに違いない。でも、そんな性格だから治療に手抜きはない。患者さんからの信頼は厚く、遠方から電車を乗り継いでわざわざやって来る人もありそうだ。それにしても、この大きな帽子は誰がかぶるのだろう。老医師が、軒先に並べた鉢の手入れするときにでもかぶるのだろうか。そして、堀越歯科の文字を紙で隠していた跡があるのはどういうことなんだろう。休診の知らせでも貼ってあったのだろうか...。

【場所】千代田区神田淡路町2丁目あたりです。
【参照】当サイト内の関連記事「大横丁の看板建築」です。

OAZO丸善

テレビでも新聞でも取り上げてますね〜、丸の内に本日オープンしたOAZO。うちからは地下鉄ですぐなので、とりあえず、丸善を見ようと思い、行ってきました。外観などはニュースでいやというほど流れてますから、わざわざここにアップすることもありませんよね。ということで、今日は丸善の洋書売り場の風景です。おおまかに言うと、店員さんはホテルなみに身ぎれいで親切。案内プレートはホテルより豪華。本棚も立派。本棚のなかみは、経済関係がけっこう多く、アート関係はやや控えめ。そしてとりあえず満遍なくという感じです。写真のように、この売り場では外国人客の姿がかなり目につきました。僕の場合は、銀座のイエナがなくなり、たまに洋書が欲しくなったときに、青山ブックセンターは遠く、三省堂やタトル商会は品不足。北沢書店は堅過ぎ。八重洲ブックセンターと丸善(旧)も八重洲口で、これまたアクセスしにくい。じゅんく堂は池袋だからあまり...。と、そんな状態でしたから、とりあえず、この丸善オープンは朗報です。でもね、それ以外は神保町に行っちゃうな(^^;

【場所】千代田区丸の内1丁目です。
【余談】洋書売場の一画に、オックスフォード辞典の日本語源エントリーのオリジナル原稿(紙片)が展示されていて、これは見ものでした。丸善さんに感謝。
【余談】120万冊は120万タイトルにあらず。文庫の階で本を探したのですが、同じタイトルが2〜5冊も棚に並んでます。ぎっしり詰まっているように見せるためでしょうが、これにはガクッでしたね。
【追記】タトル商会はポリシーが明確なので別格です。

夏の抜け殻

本郷真砂町のちょっと奥まったところに、昔であれば、子供たちが地面にチョークで線を描いたりして遊び場にしたに違いない、路地がちょっとひらけた場所があります。何の変哲もない場所なのですが、ここには、人をほっとさせる、ひと時代前の空気が漂っています。左も右も突き当たりのこの道は、住人以外が通ることはまずありません。怪しまれないかな?とドキドキしながらも、そんな空気を吸いたくて、図書館からの帰りに、ふらりと立ち寄ることがあります。今日も本を返しに行った帰りに、まわり道してみました。「いつもどおりだな」と確認するように写真を撮り、ふと後ろを振り向くと、いままで背にしていた家の板塀に、何やら虫のようなものがとまっています。顔を近づけてよく見ると、それはセミの抜け殻でした。暑さもだいぶおさまり、もう、さすがにセミの声も聴かなくなりました。きっと、この殻を抜け出たセミは、羽根を振るわせて夏の終わりを告げ、その使命を終えたのだろうな...と思わせる、気分的にもちょっと秋の風景でした。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

銀座のアップルは今日も人でいっぱいでした。店内ではちょうどiPodの使い方のレクチャー中。テンション高いです。いつものように…。ところで、ついに iPod mini 全色を入手してしまいました! 今日は自慢げにその写真です。しかも最新の超薄型。世界に先駆けて銀座のアップルで本日発売のホヤホヤです。ちょっと横からご覧ください。おや? ちょっと薄すぎますね〜。実は、これはプラスチック製。地下鉄の改札口のそばのポスターから剥がしてきたものです。最初は単にポスターだと思い写真を撮ったのですが、iPod mini の部分が妙に光って見えるので、近づいてみると、ちょっと盛り上がっています。そして、その部分に手を触れるとストンと下向きになってしまいました。あれ、これ剥がして持ってっても良いタイプのCMポスターかな(最近時々ありますよね)?と思っていると、なんとなく人だかりがしはじめ、みんな「???」な感じで剥がしては戻し、戻しては剥がししてます。僕の場合、もう自信を持って5色セットで持ってきちゃいました。これ、欲しい人けっこう多いでしょうね。Yahooオークションにでも出品しようかな(^^;

【場所】中央区銀座・丸の内線地下鉄改札口です。

風景を飲るパブ

GAIAに立ち寄った日に、ついでに周辺をぶらりとまわってみました。その辺りは、お茶の水とはいえ、普段あまり縁のない一画で、もう何年も足を運んでいませんでした。そして、僕のなかでは「店もない裏通り」というイメージが出来上がっていました。ところが、先入観というのは怖いです。実は、古書店やらショップやらが随分とオープンしているんです。しかも従来の神保町・お茶の水タイプとは異なり、こざっぱりとしてるんですね。なかでも目をひいたのがこのパブでした。店名からしてスピットファイアですからね。僕はお酒がまったく飲めないので、パブとかバーにはこれまた無縁です。人生の大きな楽しみの柱を一本失ったようなものです。ま、それはそれとして、遊び心を刺激してくるこのパブの入口の写真を撮りはじめました。すると2階の窓が開き「なんで撮ってるの?」と尋問(^^; 「あ、こりゃ退散かな?」と思いながらも、「ブログ掲載だけ」と説明。すると「じゃ中も見てけば?」という反応。「アレ? 世の中いろいろだな〜」と思いながらも、この際お言葉に甘え、ドアを開けて階段をあがりました。すると2階のドアからして気になります。ドアにわざわざ昔のガラスが使ってあり、店内のカウンターが微妙に歪んで見える仕組みです。そのドアを開けて店内へ。そこはもう「家具と小物のショールームじゃないか」ってくらいに僕の興味をそそるモノでいっぱいです。そこらじゅうに風景[シーン]が転がっています。トマトジュースを飲みながら、すっかり風景酔いしてしまいました。このパブ、3年から5年後がもっと楽しみです。経年変化(または熟成)による渋みが加わり、パブ独特の燻したような鈍い輝きを放ちそうです。

【場所】千代田区神田駿河台3丁目あたりです。
【追記】Spitfireのホームページはここです。

お茶の水にGAIAというお店があります。一言で言うとエコロジーショップです。野菜をはじめとする食品、ボディケア用品、衣類、本などを販売しています。が、その全てに「自然」「手作り」「無添加」などのポリシーが貫かれています。そのポリシーは、1970年に発刊された、当時のヒッピーの教科書 Living on the Earth のスピリットをいまに引き継いだものと言えそうです。この本は日本語訳もあり、現在でも入手可能です(なんと第15刷になっています)。いまでこそ、こういったショップも徐々に増えてきましたが、10年以上前にすずらん通りにオープンした当時は、他に類を見ないお店でした。神保町の古書店街にあった格調高い古い建物の入り口に、泥の付いた野菜などがずらりと並んでいるところは壮観でした。残念ながらその建物は取り壊され、GAIAは今の場所に移転したのですが、そのポリシーはより多くの人に受け入れられるようになっているようで、今日は土曜日というのに、想像以上の買い物客の姿を目にしました。ま、「買い物客」って表現はまったく似つかわしくないお店ですけどね。「買い物に来たお仲間」って感じですか…。そのあたりの雰囲気からして違います。これって、見逃しがちだけど、実は大切なことじゃないかと思います。

【場所】千代田区神田駿河台3丁目あたりです。
【追】ガイアのホームページはここをクリック
【追】店先の野菜。本郷に停まっていたガイアの配達クルマ
【余談】店内の壁には、いたるところにビラがつり下げてあるのですが、僕が昨日行ったYukotopiaのライブスケジュールなどもぶら下がっていましたよ。

下町ヘッズ御用達

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東京足立区は梅島に、グレイトフルな方々には知れ渡ったライブハウス Yukotopia があります。オウナーはユーコさんといって、グレイトフルデッド一筋な女性。彼女はRelixという米国のデッド系雑誌に、特集で紹介されたほどの筋金入りヘッドです。日本のデッドヘッドの代表とも言えます。このお店で海外の意外な大物がプレイしたり、海外からのお客さんが多く目につくのもうなずけます。そして、共同経営者のご主人はというと、これがジェリー・ガルシア本人よりもジェリー・ガルシアらしい(^^;音を出すギタリストなんですね。というわけで、とにかく濃〜いライブハウスです。今日はそこにブルーグラス系のジャムバンド Heres for Theres が出演するというので、久しぶりに聴きに行ってきました。このバンド、楽器の編成こそブルーグラスに近いですが、従来のブルーグラスバンドを想像したら大間違い。出てくる音はいつも未知。曲目にしても演奏にしても、いつ何が飛び出してくるかわかりません。そして、メンバーは誰もがトップクラスのテクニックの持ち主ですから、ジャムが始まると、実にスリリングです。僕は彼らのファンで、かなり長い間聴きつづけていますが、いつまでたっても「お上手」にはならず、「荒削りヘタウマ」なんですね〜。それが一番の魅力だったりします。昨日は久々の6人フルメンバーでのプレイ。楽しんできちゃいました。

【追】ユーコトピアのホームページはここをクリック
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【余談】このバンドは、珍しいことに、ショウの録音を許可しています。僕も何度か録音させてもらったことがあります。もし「どんな音なのか興味がある」という方がいらっしゃいましたら、CD-Rにしてお送りします。商用でない限り録音の配布もOKなので。

下町を歩くと、そこらじゅうで目にするのが波形のトタン板。屋根や壁などに貼られ、そのうえをブルーやグリーン、茶色やグレーなどの塗料で塗装してあります。その塗装面が年月とともに退色し、ひび割れ、部分的にめくれたり剥がれ落ち、錆びが出て、なんとも言えない渋い色に変化していきます。いや、変化というよりも成長していくと言ったほうが良いくらいです。数奇者と言われるかもしれませんが、このトタンアートはそばで見ると実に迫力があり、たまらない魅力を感じます。ところで、トタンというのは鋼板を亜鉛メッキしたもので、ポルトガル語源だそうです。ちょっと脱線しますが、テネシー・ウィリアムズの作品に "Cat on a Hot Tin Roof" というのがあります。この邦題が「熱いトタン屋根の猫」なんですね〜。Tin (plate) は辞書で調べるとブリキです。トタンは galvanized-iron (plate) または zinic (plate)。ですからTin Roofってのは正確には「トタン屋根」ではなく「ブリキ屋根」なんですね。でも、ま、屋根はトタンのほうが雰囲気があります。これがオモチャになるとどうしたってブリキですしね。これが文芸ってもんなんでしょうね。原作者だって、もしかすると、頭のなかにトタン屋根を思い描きながら Tin Roofってタイプしたのかもしれません。トタンには意外な芸術性とロマンがあります(^^;

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

ここは裏通りの四つ角です。左に伸びる道を30mほど行くと新大橋通りに、右の道を50mほど歩くと八重洲通りに出ます。ともに片側3車線の交通量の多い道路です。その通りに面したところは10階建てくらいのビルが建ち並び、いかにも東京のオフィス街といった顔つきですが、そのビルのすぐ裏側には、いまだにこうした昔からの町屋が軒を連ねています。そのなかでひと際目をひいたのがこの建物です。元々2階建ての看板建築だったものを、屋根に物干しを作り、そこを拡げて一部を部屋にしてしまったのではないか?と思います。その際、ついでにトタン板で覆ってしまったのでしょう。外壁には特に装飾もなく、看板建築としての価値は低いでしょうが、存在感はかなりなものです。細い路地から見上げると異様なほどに高さを感じます。人を惹きつける魅力には事欠かない建物でした。ここを八丁堀の裏タイムズ・スクウェアとでも呼びましょうか(^^;

【場所】中央区八丁堀3丁目あたりです。

夕暮れの八丁堀

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八丁堀でのミーティングの後、しばらく周辺を歩いてみました。この辺りもかなり再開発の跡はありますが、それでもまだまだ古い町屋や民家が残っています。裏通りに入って写真を撮っていると、かくしゃくとした白髪の男性に声をかけられました。まるで谷中のようです。その方は八丁堀っ子で、なんと58歳のときに写真に目ざめ、それから10年間、世界中を撮影してまわったといいます。現在82歳とのことですが、お元気でした。そして初対面の僕を、イタリアやパリ、インド、ネパールなどで撮影された写真パネルが飾られた自宅のアトリエに招き入れてくれました。写真談義からはじまり、「どこに住んでんの?」「本郷に住んでます」「あ、そう、うちの女房は本郷三丁目からきてんだよ」「昔の春木町ですね」「そうそう、春木町」ってな調子で話がはずみ、あっという間に小一時間が過ぎてしまいました。その男性の「今日は風呂屋に行く日」という言葉を合図に、僕は腰を上げ、暇乞いをしてその場を後にしました。その直後に撮ったのが今日の写真です。「八丁堀に勤務している人」と「八丁堀に住んでいる人」。その感触の大きな違いを実感した日でした。

【場所】中央区八丁堀3丁目あたりです。
【余談】その後、高齢の女性からも話しかけられました。その女性は、谷中近くの日暮里から嫁いできたといいます。そのことを知らずに僕が谷中のことを話すと、「谷中って言葉が懐かしかった」と言い、八丁堀の昔の話をあれこれとしてくれました。下町に住む人達って気さくで暖いです。

まだ蒸し暑く感じる日が多いですが、次々にやって来る台風が暑気を吹き飛ばすのか、ひと頃の暑さはなくなりました。いよいよ秋がやってきます。この写真を撮ったのはちょうど今時分でした。僕はホテルニューグランドの前にクルマを停め、編集者の到着を待っていました。小雨が降る、ちょっと肌寒い朝でした。ホテルの前はまだ閑散としていて、時々、チェックアウトする客と、その荷物を載せたワゴンを押すベルボーイの姿が見える程度です。特にどうということもない早朝のホテルの風景です。ところが、しばらくすると、宿泊客とおぼしき外国人が玄関に出てきました。横浜の朝を散歩でもするつもりだったのでしょう。でも外は雨。彼は、残念そうに、その場に立ったまま周囲を念入りに見回しています。その姿が思索的に見え、ニューグランドの外壁と相俟って、まるでニューヨークのダウンタウンのホテルの前に居るかのような感覚に陥ったことを憶えています。急いでカメラを取り出し、彼に気づかれないように、そっと撮ったのがこの一枚です。

【場所】横浜市中区山下町10番地あたりです。

池之端のからっぽ風景

今日はどの写真にしようかな?と、あれこれ探しているうちに、こんな写真が見つかりました。撮ったことをすっかり忘れていました。自分が撮った写真というものは、通常、撮ったときの状況をはっきり憶えています。が、まれに、状況やその時の心境を思い出せないことがあります。この写真がそれにあてはまります。もう一度その場に立てば記憶が蘇るのかもしれませんが...。これ、自分では好きな写真なんですが、添える言葉がどうにも見つかりません。ま、だから写真を撮るんでしょうけど、なんてごまかしておきます(^^;

【場所】台東区池之端4丁目あたりです。

小石川のお伽の家

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この家、かなり疲れてはいますが、小さくてオモチャのような可愛さがあります。が、見てると、なんだかすっきりしません。家全体が傾いているのですが、いったいどの方向にどう傾いているのか...。垂直とか水平、直角って言葉には無縁のようです。きっと戦災後に、三角形に近い狭い敷地にバラックを建て、それを継ぎ接ぎして今日に至ったのだろう、と想像します。この家、疲れてはいても、それなりに大切に住まれているようで、それほど傷んでいる感じはません。むしろ、生きていて、いまにも歩きだすんじゃないかって感じがします。お伽話にでも出てきそうな家です。

【場所】文京区小石川3丁目あたりです。

街を歩くと、お稲荷さんが多いのにはびっくりします。商店街の一画は言うにおよばず、デパートの屋上やビルの裏の細い路地、超近代的なビルの庭園の隅などにもあります。それが、下町になると、もっと生活密着型になるのか、アパートの敷地内や、この写真のように民家の敷地内にまであります。これを見たときはさすがにびっくりしました。これほど園芸の一部と化した鳥居なんて他に見たことがありません。しかも、このすぐ奥は台所になっていて、夕方になると、トントンと包丁の音が聞こえ、煮炊きする匂いがしてきます。どうしてこういうことになったのか、興味はあるのですが、まだ誰にも尋くチャンスに恵まれません。その答えはまたいずれ...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

真砂町の麗人

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今日は暑かったですね〜。でも澄んだ空やうろこ雲が秋を感じさせます。家から歩いて数分のところにある真砂図書館に行ったついでに、菊坂方面に向かいました。図書館を出てすぐのところに坪内逍遙の旧居跡があります。そこからの風景がこの写真です。逍遙が眺めた風景とは別世界ですが...。ここはよく通るのですが、これまで、この木にレンズを向けたことはありませんでした。やはり光や空気によって風景は大きく表情を変えますね。今日のこの場所はなんとなく気分が良く、足が止まりました。ファインダーを通して構図を考えていると、左側の階段を上ってくる人がいます。すらっとした体つきの女性でした。ゆったりとしたグレーのワンピースに薄手の黒いカーディガンをはおり、手には本を抱えています。図書館に本を返しに行くのでしょう。ワンピースの裾を風にまかせてゆっくりと歩く姿がとても優雅な女性でした。外国籍を持つ手塚さとみさん(^^;という感じです。というわけで、失礼とは思いつつシャッターを切らせていただきました。なんだか、後ろの木がオリーブに見えてきます。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。



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