2004年10月アーカイブ

本郷で一葉二様

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明日、樋口一葉の新五千円札が発行されるのを記念してってわけでもないんですが、今日、本郷で二つの催しがありました。超ローカルニューズサイトとしては、放っておけない話題です。とにかく、現地取材を敢行いたしました(^^;
まず最初は、お昼頃に、本郷三丁目駅前にある本郷台中学の校庭で行われた「いちょう祭り」です。校庭にテントを張り、そこに地元商店会の有志が出店し、日頃のご愛顧に感謝かたがた、あれこれとお買い得品を並べて地元住民へのご奉仕です。珍しいところでは「医療機器屋」さんの出店がありました。これなどは、さすがに本郷三丁目という土地柄ですね。が、やはり面白かったのは、一葉の新五千円札をプリントしたタオルの販売です。あまりにストレートにハマりきった感じで、逆に微妙なハズレ感があり、見た目に実にユーモラスでした。そのせいか販売してる人も楽しそう。レンズ向けただけで、お互いに大笑い。というので今日は、その写真です。実のところ、僕が駆けつけたのは、もうこの催しが終わる寸前でしたので、実際には何が行われたのかよく分からずじまいです。主催者の方、すみません。
次は、夕方になって、菊坂で行われた「ハロウィン仮装大会」です。今日はちょうどハロウィンですが、同時に樋口一葉の新五千円札発行の前夜にもあたるため、これを機に、地元の住人同士の触れあいを深め、同時に菊坂に元気を取り戻そうとの思いから、雑歩庵というグループが企画して実現した催しのようです。地元の子供たちが思い思いに仮装し、菊坂下道の家々(かぼちゃのマークが貼られている家)に"Trick or Treat"と声をかけ、お菓子をもらってまわります。この企画はヒットかもしれません。普段訪ねたこともない家を訪ね、そこの住人がどんな人なのかを知る良い機会になるのは間違いありません。そして、菊坂の細い路地を、魔女や可愛いダンボや怪しげなタヌキなどがそぞろ歩くところは、なんだか薄暗い路地風景に妙にミスマッチして、一種お伽噺的な雰囲気すら醸し出すんですね〜。これ、意外でした。というので、もう一枚の写真は、樋口一葉も使っていた井戸の前で、魔女達が、ウォークラリーも兼ねた地図に"仮装一葉"からスタンプを押してもらっているところです。そして締めくくりは、第一回菊坂ハロウィン大会の仮装チャンプ(僕が勝手に決めました(^^;)の写真です。

【場所】文京区本郷2丁目&4丁目あたりです。
【追記】ハロウィン大会を主催なさった雑歩庵(ざっぽあん)さんのホームページはこちらです。
【追記】この可愛いダンボ君ですが、本当に仮装チャンピオンになったそうです。

谷中のアーケード横丁

谷中銀座を抜けて「夕焼けだんだん」なる階段をのぼり、日暮里駅に向ってすこし歩き、右折して朝倉彫塑館に通ずる道に入ると、そのすぐ左手に「初音小路」という小さな看板を掲げた横丁があります。そこは、路地に高い天井を取り付けたアーケードのようなところで、なかには想像する以上の数の飲食店が連なっていて、その看板がちりばめるように掲げられています。いわゆる歓楽街を思わせる造りになっているのですが、一般的な歓楽街とは尺度が異なるため、一瞬、ミニチュアでは? と錯覚を起こしそうな雰囲気です。こじんまりとした実に不思議な空間で、酔った浦島太郎が千鳥足で歩いていそうです(古い表現ですね〜(^^;) しかも、ここは袋小路ではなく、奥から細い路地づたいに向こう側に抜けられるようになっています。その先にはごく普通の民家が並んでいます。
ここを歩くと、よく猫に出会います。どこかで誰かが「ここは猫小路じゃ〜」と書いていたのを目にしたことがあるほどです。その訳は、このなかの或るお店のご主人にあります。その方は無類の猫好きで、なんとお店のなかで十二、三匹もの猫を飼っているのです。お店のなかは決して広くありませんので、カウンターの上も下もありません。そこらじゅう猫だらけ。が、世の中よくしたもので、その猫目当てに来るお客さんが、これまた多いのだそうです。
また、ここには、(今日の写真には写っていませんが)煎餅屋さんがあり、その存在がこの横丁によりいっそうの下町の町並感や生活感を生み出しているように感じます。さらに、昔はここに、なんと古書店まであったんですよ。
ここは、一種の飲食街とはいえ、見た目にも感覚的にも、他所とは雰囲気がかなり異なります。ここは谷中の長屋で、そこに住む(実際に住んでいるわけではないが)ご主人を自宅に訪ね、ご主人のもてなしを受ける、という感覚の場所のようです。そういった下町の家族的なもてなしが、ここに人を集わせ、この小さな横丁を支えつづけているのではないかと思います。ひと味もふた味も違うこの初音小宇宙、大きな変化が起こらないうちに、いちど訪れてみてはいかがでしょう?

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。

谷中の猫の里親探し

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この路地を進むと谷中墓地に突き当たります。この路地は、歩いているだけで、気持ちが和みます。原因は、その道幅と、両側に列なる家々の大きさ、のバランスにあるのではないか?と思っています。ここは、当然クルマは通れません。が、人がすれ違うには十分な道幅です。大きな建物による威圧感もありません。そしてどこを見ても適度に有機的です。そうした要素の積み重ねが、人に安全であることを感じさせ、そこから安堵感のようなものが生まれるのではないか?と思います。
ま、それはともかく、今日は、この写真の右隅にいる猫の話です。この真っ白な猫ですが、もう高齢なのか、家の前にじっとうずくまっているだけで、動こうとしません。優しそうな目をした猫です。人間や犬に対しても警戒心がないところを見ると、可愛がられていることは間違いありません。が、この猫のうえのほうに目をやると、下見張りに貼り紙してあるのです。そこには「飼い主が高齢で面倒を見きれなくなったため、里親を探している」という内容が書かれています。それを読んだ途端に、長年連れ添った老婦人と老猫との別れのシーンが頭に浮かび、ちょっとセンチメンタルな気分になってしまいました。でも、高齢になった僕の両親のことや、歳をとって病院通いを繰り返した犬のことなどを思うと、これは無理もないことです。介護が必要な身で、老猫の介護などできるものではありません。老婦人の老猫に対する最後の愛情が、この貼り紙になって表れたんですね。良い里親が見つかることを祈ります。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。
【追記】これは今日のことですから、まだ里親は見つかっていません。このポストをご覧の方で、里親希望の方いらっしゃいませんか?

谷中墓地のトトロな花屋

花重と書いて「はなじゅう」と読むそうです。初めて見たときは「はなしげ」と読むのかな?と思いましたが...。この花屋さんですが、谷中(上野桜木側)から谷中墓地に向かうと、その入口近くの左側にたっています。
広くのびのびとした印象のある瓦屋根と、その間に巡らされた柵に取り付けられた「花」と「重」の白い二文字が、微かな違和感を残しながら、互いをうまく引き立て合っています。このバランスはかなり微妙ですが、その「ひっかかり具合」が絶妙で、とにかく見飽きません。単に真正面から撮るだけで、絵本の一頁にでもなってしまいそうです。屋根裏で真っ黒なやつ(何て名前でしたっけね?)が駆け回っていたり、右隣りには大きな木が生えていているのですが、その下にボーッとした顔でトトロが立っていたりしても不思議ではないような、そんな雰囲気があります。
墓地のそばの花屋さんなので、お墓に供える花が中心かと思いきや、決してそればかりではなく、むしろ洋花やフラワーアレンジなどを得意としているそうです。お洒落なんですよ、実は。谷中あたりには、花重さん以外にも日本家屋の花屋さんはありますが、こちらほど店先に洋花の鉢が並んでいるところはないように思います。実はこれも「ひっかかり感」を生むのにひと役かっているのでしょうね。この花重さん、創業は明治三年だそうです。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。
【追記】花重さんのホームページはこちらです。

昼過ぎにテレビのスイッチを入れると、長岡市で崖崩れに巻き込まれて車のなかに取り残された皆川貴子さんと幼い二人のお子さんの救出活動の様子が写し出されました。その後ずっと、時々テレビの画面で様子を確認しながら、全員が無事救出されることを祈りつづけていました。僕にも、二人のお子さんと同じような年頃の孫が居ますので、とても他人事には思えません。男の子が救出された時は、これでつづけて残りのお二人も救出されるのだろうと、一瞬気持ちが明るくなりましたが、その後、作業が難航しているのが画面から伝わってきます。そして、やっと母親の貴子さんが救出されましたが、現場の空気は重苦しいままです。嫌な予感がよぎります。が、その予感を振り払い、生還であることを祈っていました。しかし、ニュースで報じられたのは、その祈りが通じなかったという事実でした。直後、大きな脱力感と無力感に襲われました。どなたも同じ思いでいらしたと思います。現時点では、もう一人のお子さんが、一刻も早くご家族のもとに帰れるよう祈るばかりです。そして、捨て身に近い活動をつづけているレスキュー隊の方々の安全を…。
今日は、とても、いつもの調子でポストする気にはなれませんでした。

ライオンズ優勝記念

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別に僕はライオンズファンじゃありません。さして野球ファンでもありません。年に一度、がらがらの神宮球場へ、ベイスターズ対スワローズ戦を見に行く程度です。
今日は用あって池袋を通ったんですが、地下の通路を通って西武デパートの入口付近まで行くと、ワゴンセールなどをやっていて、そこそこの人だかりができています。ん?何だ?と、この時点では、何のことやら分からずに通りすぎました。が、次に出くわしたのがこの光景。さすがに僕でも分かります。昨夜、西武が優勝したんですよね(^^; そこで、ライオンのマスコット&マスコットガールと一緒に写る、写真撮影サービスが行われていたのでした。お昼前だったこともあるでしょうが、行列して順番待ちなんてことはなく、希望者は誰でもOKって感じでした。でも、5分ほど見てる間に、けっこうな数の希望者がありまして、皆さんそれなりに嬉しそうにしてました。さすがに西武鉄道始発駅です(^^;
しかし、この時期、新潟地震の被害の大きさや深刻さを思うと、この催し、ちょっと浮いた感じは受けましたね。いっそ優勝記念の義援金募集でもやったほうがいろんな意味でプラスですよね。「皆様の気持ちを優勝賞金に添えて被災地にお送りします」って。

【場所】池袋西武デパート入口前です。

根津の表具屋

この写真は、根津神社の表門側の通りに面してたっている表具屋さんのガラス戸の一部を切り取ったものです。こちらも、もう営業はなさっていないようです。僕が通りかかったかぎり、このガラス戸やカーテンが開いていたことはありません。
表に看板などは無く、4枚のガラス戸にそれぞれ、筆で漢字二文字が描かれた和紙が貼られているだけです。簡単なことなのですが、古い家屋との相乗効果で、これが実に古典的かつモダン。圧倒的な存在感があり、通るたびに唸らされます。ここだけは時代を超越しています。ガラス戸の内側にかかっている生成のカーテンについた茶色い染みも、こうなるとデザインの一部です。まるで「染みになるのも計算のうち」といった感じです。
いちばん左側のガラス戸の「武田」の脇に、小さく「御入口」と書いた紙片が貼られています。いつか、そのガラス戸を開き、ご主人にお話を伺いたいものだと思っています。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。

ダウンタウン トタンアート 2

今日はダウンタウン トタンアートの第2弾です。千駄木2丁目交差点の角地に、すでに営業を終えたモルタル看板建築が2軒並んでたっています。そのうちの1軒は、元青果店だったようですが、もう1軒のほうは、いったいどういう業種だったのかすら分かりません。その業種不明の建物の側面を撮ったのが今日の写真です。どうでしょうか。これだけ鮮やかなグリーン(エメラルド色(^^;)に発色しているトタン塗装は、なかなか目にできるもんじゃありません。塗装はすべて、年月が経てば色褪せて、薄く地味になるものとばかり思っていました(錆と混じった場合は例外)が、時には、こうしてかなり鮮やかな色合いになることもあるんですね。どうもダウンタウン・トタンアートからは離れられません。これはシリーズ化しちゃいそうです(^^;

【場所】文京区根津1丁目あたりです。
【追記】ダウンタウン トタンアートの第1弾です。

菊坂の青屋根

今日はすっきりしないお天気でしたね。今日・明日と、根津では下町祭りなるものをやっているのですが、用事も多く、家から出られません。そこで、気分転換に、夕方になって30分ほど真砂町を歩きました。
旧真砂町と旧菊坂町は、炭団坂や鐙坂(あぶみざか)と呼ばれる坂でつながっていますが、その境は実は断崖になっています。炭団坂わきの断崖の上には、昔、坪内逍遙の邸宅があり、逍遙はここで小説神髄を書き上げたといいます。いまは、その断崖の縁が、人がやっとすれ違えるほどの細い道になっていて、そこから菊坂町方面を見渡すことができます。本郷の住民にとっては、お手軽な見晴台です。
僕もこの道をよく通ります。そして、通りかかるたびに気になるのが、断崖の真下にたっている家の青い屋根です。まわりの色調が沈み込むように地味なせいもあって、この青だけが妙に浮かび上がり、目に沁みてきます。普通であれば、違和感ばかり感じるのでしょうが、この青は何だかひと味違います。派手でありながら周囲にうまく溶け込んでいるように、僕には、見えます。
これまで幾度となくこの屋根の写真は撮っているのですが、その青さをなかなか捕らえることができませんでした。が、意外にも、どんよりとした今日の夕方撮ったこの写真のなかに、その青さがどうやら収まってくれたようです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

消えた炭団坂の煙突

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先ずはこちらをご覧ください。昨日撮った写真です。そして、今日の写真のほうは、9月初旬に撮ったものです。この坂は、名前こそ昔風で興味をそそられますが、現実にはコンクリートの階段になっていて、真ん中にステンレス製の手すりが通され、風情も何もあったものではありません。腹立たしいほどに...。ですが、坂のすぐ横に細い道があり、そこからふり返るように階段を見ると、背後に棕櫚の木と煙突が見え、それが雰囲気になっていました。この建物の前は幾度となく通っているのですが、これまで、何の建物なのか気にも留めずにいました。ところが、こうして取り壊されてみると気になりはじめ、地図で確認したところ、太平洋セメントと記されています。こんなところにセメント会社があったんですね。が、ここで、ある事に思いあたりました。実はこのすぐ近くに、秩父セメントの創業者である諸井家の、明治末期に建てられた有名な純和風建築が残っています。場所からいって、当然この両者に関係があるのでは?と思ったわけです。で、googleしてみると、やはり、太平洋セメントという会社は、秩父セメントと小野田セメントが合併してできた会社だったんですね。ま、だからどうと言うこともないんですが(^^; ただ、この煙突はこれが見納めになってしまいました。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

夕暮れて菊坂

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昨日、列島を縦断し、全国的に大きな被害をもたらした台風23号ですが、東京では、小一時間ほど強い雨が降った程度で、あっという間に通過してしまいました。きっと、今日は朝から良い天気になるのだろうと思っていたのですが、さにあらず。夕方近くなってやっと雲が切れて陽が差しはじめました。外に目をやると、きれいな光がまわっています。家のなかに居るのにも飽きてきたので、ちょっと菊坂まで散歩してきました。
菊坂は、家からは近いのに、以前お世話になった比留間青果店のご店主に、なかなかお礼もできずにいました。そこで今日は久々に比留間青果店を訪ねてみました。ご店主は、憶えていてくださったようで、また最近の菊坂での出来事などを、あれこれうかがうことができました。
それによると、やはり、菊坂といえば樋口一葉です。来月、一葉の新5千円札が発行されることもあり、比留間青果店隣りの旧伊勢屋質店[一葉が通った質店]が、文化庁の史跡指定を受け、化粧直しをしたということです。確かに、外壁がモルタル風だったのが、真っ白な漆喰で塗り直してありました。この写真の右上角の白い部分がそれです。これ以外にも、木部の傷みがかなり改修され、全体にすっきりとした印象になっていました。その一方で、比留間青果店さんのほうは、立ち退き要求にちかいものが突きつけられているといいます。が、この建物だって菊坂上道に残る唯一の明治時代の建物。旧菊坂町の匂いを残す貴重な存在です。土地所有者の、土地をもっと活用したいという思いも理解できますが、なんとか旧伊勢屋質店とセットで保存することはできないだろうか? と思わずにはいられません。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【余談】ちょっと企画物臭いのですが、石川さゆりさんの唄う「一葉恋歌」という曲が発売されているようで、あちこちにポスターが貼られていました。

善光寺坂の看板仮面

この建物は言問通り沿いにたっています。根津1丁目交差点(不忍通りと言問通りの交差点)から、谷中方向にすこし入ったところです。ちょうど左右に空間があるため、そうでなくても目立つ存在が、ことさら目立つ状況になっています。ここを通りかかって、この建物に目を奪われない人はまず居ないでしょう。正面から見たときの迫力・重厚感には格別のものがあります。

おそらく、大正末期から昭和初期にかけて建てられたものと思われます。現在は、外観と看板からわかるように、ほぼ営業を終えた電気店ですが、もともとは米屋さんだったのだそうです。それをいまの所有者が買い取り、ここに電気店を開業なさったということです。

それしても、普通は神社などでしか見られない、カーブした庇のような飾りが付けられ、表面の銅板の細工も細やかで、とても立派な看板建築です。本来は、その地の部分をプラスチックの看板で覆ってしまうのは勿体ない話ですが、そのプラスチック看板も経年変化で相当に退色・劣化し、おおいに味が出ているため、いまとなっては結果オーライです。

しかしこの建物、有機的というのかロボット的というのか、なにか生命体っぽいものを感じてしまいます。雷様でも住んでらっしゃるのでしょうか(^^;

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

ひっそりと大給坂

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本郷台地のある文京区は、ほんとうに坂が多いところです。この坂は旧駒込坂下町から旧駒込林町の高台に抜けています (現在は、坂下町も林町も千駄木3丁目)。団子坂と道坂の間にあり、細く、かなり急な坂で、大給坂(おぎゅうざか)と呼ばれています。が、普段は、特に目につく坂ではありません。
日暮里から谷中銀座を抜け、古書店に立ち寄った後、不忍通りを千駄木の駅に向かって歩いていました。もうすっかり暗くなっていたので、足は完全に家に向いていました。が、シルエットになって見える、通りの反対側の家々の間から、時々、三日月が見えます。それが気になって、きょろきょろと通りの反対側に目をやりながら歩いていました。そうしているうちに、ふと気になったのがこの坂道でした。鋭角的なV字に切り抜かれた夕空を、電柱と縦横に張りめぐらされた電線が埋めつくしています。そこだけを見ると、なんだか子供の頃に眺めていたのと同じ空です。コンクリート製の電柱も、シルエットになってしまえば、昔の木製の電柱のイメージに近づき、下町風情を醸し出すのにひと役かっています。結局、ここで道草決定です。通りを横切り、「もう少しサンセットがきれいだったらな〜」などと思いながらも、坂をすこしだけ上ったところでカメラを構えました。この坂の上には、昔、高村光太郎のアトリエがあったということです。

【場所】文京区千駄木3丁目あたりです。

日暮里駅北口から谷中へ向かう道はそこそこに勾配のある坂になっています。その坂は御殿坂と呼ばれています。名前からすると、昔、どこかの藩主の屋敷でもあったのだろうか?と思います。ところが、この坂、昔は乞食坂と呼ばれていたのだそうです。現在、日暮里駅のうえには陸橋が架けられていて、それが線路の向こう側とこちら側をつないでいますが、それ以前はこの位置に踏切があったそうです。そして、その踏切に名前を付けるときに、乞食坂踏切ではあんまりだからというので、なんと正反対の御殿坂という名前をつけてしまったのだそうです。なんだかウソのような話ですが、ホントのようです。
昨日、西日暮里から歩いて、この御殿坂の上にでました。久しぶりに陸橋から、何本もの線路が通っているだだっ広い景色を眺めていこうかな?と思い、橋のなかほどまで歩き、そこからUターンをして、谷中方面に向かいました。陸橋のたもとまでくると、大きく傾いた太陽が坂の真上にあり、こちらを直射しています。その強烈な光が坂のアスファルトを照らし、照らされた部分が白く光り輝いています。そして、坂の上にある大きな木々の枝が、逆光のなかで、黒々としたアーチを形成しています。その対比が強烈で「ここには絵がある」と感じ、ファインダーからその光景を眺めてみました。するとストーリーが出来上がっていたかのように、背中を丸め、懸命に自転車のペダルを踏みながら坂を上る老人の姿が入ってきました。久々に瞬間的に指がそれに反応し、シャッターを切っていました。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。

秋と焼き鳥とワンコ

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秋らしい、良いお天気でしたね。今日は、西日暮里から谷中を抜け、千駄木まで歩きました。谷中を通るときは、最近は、谷中銀座を避けるようにしていました。というのは、谷中銀座の雰囲気が、昔とかなり違っているからです。各商店の看板が立派な木製のものに統一されたり、商店街のいたるところに切り絵の下町風景画を貼り付けたりと、雰囲気を盛り上げようとしているのですが、これがいただけません。いかにもといった感じで、企画物臭さ丸出しなのです。ここは、アメ横などと同じで、なりふり構わないごった煮的なところが魅力でした。それが何を間違えたのか、ちょっとオシャレしてみちゃったんですね〜。浮いててどうもいけません。が、今日は休日の夕方だったせいか、かなりの人出があります。すると、以前のごった煮感覚が戻ったように感じられます。そこで、今日は谷中銀座を通ってみることにしました。人を避けながら店内の商品を見ていれば、看板や切り絵は目に入らなくなります。そうしてみると、結構昔のままなんですね、これが...。活気もあります。いろんなお店でいろんなものを売ってて、この近くに住んでれば、夕食のおかずを作る必要なんてなさそうです。ということで、ぶらぶらと両側の店を見ながら歩いていると、煙とともにいい匂いがしてきました。焼き鳥です。店内では、谷中散歩客とおぼしき若い女性が二人、焼きあがったばかりの焼き鳥をほおばっているのが見えます。あ〜美味しそう。と思うのは、人間ばかりではありませんでした。ちょうど散歩中のワンコもここを通りかかり、その匂いにやられたらしく、お店の前でじっと立ち止まり、なんとかなかに入ろうと必死です。飼い主がいくらリードを引いてももうダメ。その仕草の可愛いこと...。お店の人も女性客も、みな笑顔、笑顔、笑顔。いや〜、ほのぼのしちゃいました。谷中銀座はまだ大丈夫です。

【場所】台東区谷中3丁目あたりです。

丸の内の Papas Cafe

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今日は銀座に行ってきました。と言っても、叔母の一周忌の記念品を探すのが主な目的です。適当な値段で皆さんに喜んでもらえる品ってのは、探すとなるとほんとに大変です。
ま、それはさて置き、せっかく銀座に出たんだから、お茶でも、ということで、去年の暮れにオープンした丸の内のパパスカフェまで歩きました。丸の内とは言ってもほとんど有楽町ですから、銀座からは大した距離ではありません。
しかし、丸の内のオフィス街と言えば一等地です。そこにブティックとカフェ併設の大型店舗をオープンするなんて、大したものです。大昔に、マドモアゼルノンノンと言う名のブティックが、原宿のセントラルアパートの角にちょこんとあった頃を知っている者にとっては、この大躍進は驚異です。でも、当時から、流行の主流からはちょっと逸れた、絶妙かつ独特の立ち位置を確保していたのは確かです。他のブティックが、ヒッピーの影響を受けて、シャツジャケットにパンタロン、ベルボトムのジーンズに鋲打ちといった方向に染まっていくなかで、マドモアゼルノンノンは、きれいな色のボーダーTシャツに別珍のストレートパンツという組み合わせ。異質な感じがしました。が、今になってみると、それは異質だったのではなく、優れた特質だったということですね。パパスとノンノンの洋服は、希に、やや小細工が過ぎることもありますが、基本的にしっかりとした「服作り」がされています。これが大きな魅力です。そして裏地にまですごく神経が使われていることも特筆すべきでしょう。やはり、大躍進する企業というのは、商品に、どこか一本筋が通ってますね。それはカフェのほうも同じこと。決して洋服屋さんの余技になっていないところが立派です。ついでに丸の内にパン屋パパスもオープンしてくれないかな〜。なんだか、今日は、まるでパパスの宣伝ですね。特に大ファンってわけでもないんですが、やはり人を唸らせるものがあります。

【場所】千代田区丸の内3丁目あたりです。

ついにと言うか、やっとと言うか、ともかく、Jerry Garcia Acoustic Band のファンが待ち望んでいた録音の一部発売が決定です。内容については、jerrygarcia.comでご覧いただけますが、1987年10月31日の NY ブロードウェイでのショウ昼夜2部を完全収録したものです。ちょっと、オタクになりますが、この貴重さは、特にJGアクースティックバンド部分にあります。実は、グレイトフルデッドの音源を管理していた故ディック・ラトバラから、JGアクースティックバンドのメンバーのひとりに、秘密裏に、全18公演のアナログコピー(TDKメタルテープ)が渡っていました(この音源は外部に漏れ出していません。一部は前作プロデュースのため秘密裏ではない)。ところが、故ディック・ラトバラの不手際からか?、この日の夜の部の演奏曲 Swing Low, Deep Elem, Blue Yodel #9, Casey Jones, Two Soldiers の部分が欠落していました。この部分が幻中の幻だったのですが、それが今回のリリースで姿を現すことになります。それに止まらず、リハーサルからも3曲収録です。こんな音源があったとは…。これは堪えられません。ま、こんなマニアックな興味で聴く人は、僕以外に2、3人くらい(^^;だと思いますが…。
ところで、ガルシアバンドの音源は、ガルシアの死後、デッド側から未亡人の手に渡りましたので、アクースティックバンド音源の発売は、未亡人が亡くなるまでないのでは?(と言うことは、同年配だから一生聴けない?)とヤキモキしていましたが、一部でも陽の目を見ることになり、嬉しい限りです。この超幻の音源CD、jerrygarcia.comで先行予約を受けつけています。

【追1】左側のジャケットが以前から発売されていたCD。右側が今回発売されるCD(4枚組と3枚組)のジャケットです。
【追2】このサイトにはあまりふさわしくない記事ですね。ご興味のない方、申し訳ありません。

色褪せたプレート

今日は久しぶりに青空が戻って良い天気でしたね。絶好の散歩日和でしたが、都合で、一歩も外に出られませんでしたね。残念無念です。"撮り"逃した魚は大きいと言います。
というわけで、今日は、昨日の夕方撮った住所表記プレートの写真です。これは、谷中の中野パン店の柱に打ちつけてあるものです。ということは、打ちつけられた柱のほうは、およそ100年が経過している木です。この柱は、午前中は真正面から太陽の直射を受けます。そのせいか、もう火であぶったかのような、文字通りの焦げ茶色になっています(これ、クルマの排気による汚れもかなりあるでしょうね)。そしてプレートのすぐ上には小石が食い込んでいますが、これは前の通りが砂利道だった頃にでも、馬車かクルマが轢いた石が跳ねたものでしょうか? もうかなり木と同化しています。まさに刻み込まれた歴史です。たかだか柱1本ですが、上から下までじっくり眺めると、他にも様々な表情があり、想像力を刺激してきます。どうも僕は、こういった題材から離れられません。

【場所】台東区谷中1丁目です。

根津のアメ横

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タイトルはアメ横ですが、根津にアメ横なんてあるわけありません。今日はその謎解きです(^^;
根津の裏通りに、ツルヤさんという雑貨を取り扱う小さなお店があります。この通りは表通り(不忍通り)から3本奥に入っているため、周囲は商店よりも民家が多く、わりとひっそりしています。そのなかにポツンと可愛い姿でたっているのがそのお店です。夕方になると、店先の電球が灯り、よけいにポツン感が増しますが、このお店のポツン感は、詫びしい感じではなく、孤軍奮闘といった感じでです。そして、商品が本当にきちんと整理され、整然と並べられているため、とても清潔感があります。そのツルヤさん、前々から気になっていたのですが、今日、ついにご主人に声をかけ、写真を撮らせてもらうことができました。
よっしゃ、というのでファインダーを覗くと、店内正面に何やら額に入った写真が飾ってあります。四つ切りモノクロプリント。あれ〜、なんとなく誰かさん風です。もしやと思い、ご主人にお尋ねすると、なんと、やはりアラーキー撮影のオリジナルプリントです。これは、荒木経惟さんが「人町(ひとまち)」という写真集出版のために、谷中を中心に撮ってまわったときに撮影されたものだそうで、裏には荒木さんのサインが入っているそうです。これは貴重品です。相手がアラーキーさんだけに、天井に貼られた40年前のアグネス・ラムさんのポスターを絡めて、敬意を表しておきました(^^;
もひとつ気になったのが、商品の並べ方でした。狭い空間なんですが、整然とびっしり並べられていて、品種も豊富です。うかがうと、これ、アメ横式なんだそうです。ご主人は、若い頃、アメ横で商売を学び、その経験をもとに、根津にこの「ツルヤ」を開店なさったのだそうです。それから、かれこれ50年にもなるそうです。「私も歳だから、もうそろそろ」なんておっしゃってましたが、まだまだカクシャクたるものでした。そんなこと言わずに、頑張ってください。
あ、それから、また写真に戻りますが、今度はアラーキーじゃありません。その隣りの額にスナップ写真が何枚か入れてあるのですが、そのなかに、俳優の大滝秀治さんが写っている写真があります。どうして滝沢さんまで登場するんでしょう? その訳ですが、ご主人は、根津小学校で、滝沢秀治さんと同級生だったんだそうです。いやはや、町にはいろんな物語が眠ってるんですね。驚きます。

【追記】コメント欄でご指摘いただくまで、大滝秀治さんのお名前を滝沢秀治と誤記していました。norizoさん、ご指摘ありがとうございました。大汗ものです。
【場所】文京区根津2丁目あたりです。

長屋の梁と柱

雨が上がったので、谷中の中野パン店のおかあさんに、先日撮らせていただいた写真を届けに行ってきました。ま、当然のことながら、カメラは持参です。これがいけませんでした。写真を届けてすぐに帰宅するつもりが、ついつい足が家とは反対の方向に向かってしまいます。そして花美代という花屋さんの前で写真を撮っていると、ご主人が出ていらして、「あそこに古い井戸がある、ここにもある」と、ついには地図まで出して教えてくれます。これも何かの縁、もうその通りに歩いてみました。
歩いてみると、その道は、逆方向から何度か歩いたことのある道でしたが、同じ道でも、方向と天気が違うと新鮮なものです。しかも、その道を歩いていると、なにやら見覚えのある人が向こうからやってきます。ゆったりとした足取りで、穏やかな良い雰囲気です。近づいてみると、奇遇です。夏の暑い日に谷中で偶然お会いし、立ち話をしたことのある方です。いや、こういう出会いって嬉しいものです。またも、しばし立ち話。こんどは連絡先も交換。なにやら今後ともご縁がありそうです。
さて、その方と別れて、また歩きはじめました。先にあるのは、日本家屋と長屋の多いタイムスリップ路地です。今日はお天気が良くないけど、どんな感じかな?などと考えながら...。ところが、なんと、着いてみると、長屋の姿が半分消えています。そして、残りの1軒も取り壊しの最中です。これではタイムスリップどころではありません。ま、せめて記録だけでもと思い、作業にあたっている方(この親方も良い雰囲気)の許可を得て、その写真を撮っておきました。そしてさらに路地を進むと、先のほうにトラックが停まっています。見れば、荷台には、取り壊された長屋の柱や梁が山積みされています。すべてが、数十年以上長屋を支えつづけ、今日、その役目を終えたばかりの材木たちです。とても見過ごすわけにはいきません。廃材と化した木とはいえ、「忘れないよ」という気持ちを込めて、シャッターを押しました。

【場所】台東区谷中1丁目 or 池之端4丁目あたりです。
【追記】取り壊される前の写真です。

菊坂下のホッパーな青果店

菊坂下のT字路の角に、昔ながらの青果店があります。写真で見てわかるように、地所が三角形で、うまい具合に間口が広くとれるようになっています。昔は、この辺りは、旅館が多く、それを主な顧客にする賑やかな商店街だったと聞きます。が、旅館の数が激減し、この商店街も衰退の一途をたどっているようです。淋しくはありますが、この青果店さんもその例に漏れないようです。
僕の記憶が正しければ、以前は、この広い間口でも棚が足らず、店先にも台を出し、そこにも商品が山のように積み上げられた、活気のある青果店でした。が、旅館の衰退だけではなく、近くのクイーンズ伊勢丹というスーパーのオープンもそれに追い打ちをかけたのか、最近は、昼夜を問わず、通りかかってもあまり客の姿を目にすることがなくなりました。そして、商品は、棚を隠すかのように、平らに整然と並べてあるだけで、山積みされていることはまずありません。
先日、日没後にここを通りかかりました。なかでは、おじさんがひとりで黙々と何やら作業をつづけています。客の姿は見あたりません。それどころか、通行人すらまばらです。ただ、店内の灯りが広い間口から空しく通りを照らしているだけです。その光が、エドワード・ホッパーの描く街角の静かな哀愁を帯びた光と重なって見え、ちょっと罪悪感を感じながら、シャッターボタンを押しました。この青果店に活気が戻り、こんな写真が撮れなくなることを祈りながら...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【追記】この青果店さんですが、昔はもっと間口が狭かったのだそうです。が、後日、お隣にあったお菓子屋さんを買い取って間口を拡げたということです。
【追記】後日わかったことですが、この一画はマンションへの建て替えが決まっているそうです。12月初旬の時点でここを通りかかると、近隣のお宅は引っ越し、お店は閉店し、ひっそりとした雰囲気が漂っていました。

谷中の銭湯ギャラリー

この建物、何だとお思いですか? ま、考えるまでもなく銭湯ですよね。正解で〜す。最近は、下町ですら、銭湯が少なくなってきました。残った銭湯も、マンションなどに建て替えて、その一部を銭湯として使うような例が増えています。
そんななか、この銭湯は、典型的な銭湯の外観をそのままに、ギャラリーとして使われています。噂は耳にしていましたが、先日、初めて前を通りかかりました。壁には、目立たない色で SCAI THE BATHHOUSE と描いてあります。が、これを見てもまだ、僕はピンときませんでした。「ひょっとすると、内部がびっくりするほどモダーンな造りになった銭湯なのかな?」という程度。が、道を横切り、正面にまわってみてびっくりです。ガラス張りになった正面の壁越しに、展示してある絵が見えます。「あ、これが噂の...」と、ここで初めて納得した次第です。
しかも、なんとなく、誰でも勝手に入って良いようです。「本当に無料なの?」と、半信半疑で戸を開けて、なかに入ってみました。すると、入口にはまだ下駄箱が残っています。そして番台を改装したカウンターにノートなどが置いてはありますが、誰も居ません。どうやら本当に無料のようです。この時は、たまたま古武家賢太郎さんの展示会が行われていましたが、銭湯なだけに天井が高く、ガラーンとして空気がいっぱいの空間に、作品がパラパラっと置かれているため、圧迫感がまったくなく、とてもノンビリした気分で絵を見てまわることができました。
銭湯の再利用というと、原宿にあるとんかつ屋さんを思い浮かべますが、ギャラリーって手もあったんですね。これはちょっと意表をつかれました。銭湯って、他にどんな使われかたしてるんでしょう? ご存じの方、是非、コメントを残してください。

【場所】台東区谷中6丁目あたりです。
【参考】SCAI THE BATHHOUSE のホームページ

ジオラマ上野桜木

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気がつけば、このところ、寄りの写真ばかりで、空が写っている写真がほとんどなかったようです。しかし、いまの東京の町を実際に歩いていると、空が入った絵が目に飛び込んでくることはまれで、そういう意味では、現実に即した傾向だったと言えなくもありません。
さ、それはさておき、今日の話題はパースペクティブです。人間には、腹時計とともに、自分の生活圏の風景を尺度にした腹遠近感とでも呼ぶようなものが備わっているようです。普段はそれが刺激を受けることはありませんが、旅行などで非日常の空間に身を置くと、この腹遠近感が刺激され、不安感や開放感などが生まれる一要因となっているのではないでしょうか。
ここは谷中6丁目の交差点です。ここで僕の腹遠近感がかなりの刺激を受けました。ここでは、通常の「前景が大きく遠景が小さい」という概念に反し、手前の建物が小さく(と言うか、普通の大きさ)、遠くにいくほど建物が大きくなっていきます。しかも、建物間の距離の割に奥のビルが巨大です。そのため腹遠近感に狂いが生じ、手前の建物が異様に小さなものに見えてきます。そして、建物の外観も一役買っているのでしょうが、なんだか、実物大のジオラマでも見ているような気がしてきます。
しかし、奥のビルがいくら巨大でも、しょせんは手前の花屋さんと瓦屋根の建物の背景にしか過ぎないのが悲しいところですね。その花屋さんの名前は「花風船」。なんだか、のんびりで、いいじゃないですか。そしてそのお隣は、平日の昼間だけ開けるカレーライス屋さんでした。こちらは屋号さえ不明。きっと「あのカレーライス屋さん」で通じるんでしょうね。山椒は小粒でもって、昔の人は良いこと言ったものです。

【場所】台東区谷中6丁目から撮影。道の向こう側は上野桜木です。

菊坂のドイル階段

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本郷菊坂というと、すぐにに樋口一葉をはじめとする文豪を想い浮かべます。そして、菊坂の風景にその面影を探そうとしがちです。が、そうすると、菊坂の秘める他の様々な顔を見落としがちです。これは勿体ないですね。
先日、ちょっと時間は遅かったのですが、菊坂下に用があり、本郷三丁目から菊坂通りを歩いていました。この通りは途中で上道と下道の二手に別れます。そこでちょっと迷って、僕は下道を選びました。暗くなった下道を歩くなんて、ほんとうに久しぶりです。時間はそれほど遅くなかったのですが、人影はなく、真っ直ぐに伸びた細く暗い路地は静寂に包まれています。所々を照らす街灯の明かりが、かえってその静寂感を増幅しているようです。あきらかに、いつもの下町菊坂とは違う空気が漂っています。すると、下道と上道をつなぐ、見慣れているはずの細い石階段が、街灯の逆光に浮かび上がり、探偵小説の舞台の一部のように見えてきます。しかも海外。いまにもロンドン警察やパイプを手にしたシャーロック・ホームズが、角を曲がってこちらに下りてくるのではないか?という妄想さえかき立てられます。でもね、文豪の町とはいえ、菊坂に湖南独居留という文豪が居たという話は聞きませんね〜。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【余談】そういえば、湯島にシャーロック・ホームズ (Sherlock Homes)という集合住宅がありました。
【追記】今日は、記事を差し替えました。夜中に前の記事をご覧になった方もいらっしゃると思いますが、悪しからず。

上野桜木交差点

根津から善光寺坂(言問通り)をのぼりきり、上野台地のうえをしばらく歩くと、上野桜木という交差点に出ます。ここから先は、住所表記が上野桜木になります。写真でいうと、右に行くと谷中から根津、左は上野桜木、道の向こう側も上野桜木です。まさに、このカヤバ珈琲さんが谷中の角に立っていることになります。このお店は、ここに紹介するまでもないほど有名ですので、説明は割愛。Googleにおまかせします(^^; この辺りは、もうかなり開発が進んでいて、ビルが建ち並んでいます。が、こうして残った古い建物は、気合いの入ったものが多く、下からビルを睨み付けるようにして堂々と居残っています。僕も歳をとったらこうありたいものです(^^; それにしても、このカヤバさんの出桁造りは見事ですね。垂木が太細とダブルになってるのなんて、他で見た記憶がありません。そして道を隔てて反対側にあるのは、古い酒屋さんですが、二階の壁に打ちつけられた看板は「天下一品 キッコーマン」。屋号を示す看板がありません。この建物もかなり古いに違いありませんが、酒屋さんの素性については不明です。次回、現地取材ですね。

【場所】台東区谷中6丁目あたりです。

今日は、青空に雲がぽかりぽかりと浮かび、湿度も低く、歩くと多少汗ばむ程度の陽気で、良いお散歩日和でした。本郷から湯島まで歩き、湯島から地下鉄に乗り、次の根津で降りて、谷中方面に向かいました。

根津の駅を出て1分も歩くと、根津と谷中の境(区境でもある)があります。今日はその境を越えて、上野桜木まで歩く積もりでいました。
ところが、谷中に入った途端です。いつもは閉まっていて、気にも留めず通り過ぎてしまう古い古いお店が開いています。屋号は中野パン店。通りがかりになかを見ると、古色蒼然。もう足が釘付けになってしまいました。ちょうど、ご店主(高齢の女性)が、床を水で洗っていらっしゃるところで、運が良かったようです。いったいいつ頃の建物だろうか?と思い、尋ねてみると、「もう100年は経っている」という答えが返ってきました。う〜ん、古い。さすがに予想外です。その左隣りも谷中では有名なお煎餅屋さんで、かなり古い建物なんですが、そちらは建て替えてあるそうです。右隣りもこれまた古い金物屋さんなんですが、こちらも建て替え組。真ん中の中野パン店さんだけが、古いまま残っているのだそうです。

しかし、やはりと言いますか、最近はカメラファンのマナーが悪く、お店を開けていると、無断で店内まで入り込んで黙って写真を撮って行くヤカラが居るんだそうです。困りものです。ま、しかし、僕は、しばらくお話しているうちに、テストに合格したようで、お店のなかを撮らせていただくことができました。

そして、店内を撮っているうちに、カウンターの後方に、電話機とも貨幣仕分機ともつかない変テコな機械を発見しました。いったい何だろうと思っていたら、これはダイヤル式釣銭機でした。なんでも機関銃職人が造ってくれたものなんだそうです。これが良くできてまして、上から硬貨を入れると、自動的に金種別に仕分けしてくれます。そして、お釣りを出すときには、右側に突き出たロッドを押し込んだり引き出したりして金種を決め、前面のダイヤルをまわすと、左側の穴から下に置いたトレイにチャリチャリッと硬貨が落ちるようになっています。しかも、ダイヤルの1番をまわすと硬貨が1枚、5番をまわせば硬貨が5枚というふうに落ちてくる仕掛けです。さらに驚くことに、完動状態です。いや〜これには参ってしまいました。アナログの迫力満点です。どうしてこんな機械があるのかというと、「食品を扱う店だから、お釣りを渡すときに不潔なお金に触らなくていいように」ということで、これまた非常に納得です。いや、素晴らしい。今日は良い経験をしました。町にはまだまだ宝がざくざく眠っているようですね。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。
【余談】あ、そうそう、あれこれお話を伺っている間に、ご店主が大切になさっているペコちゃんも見せていただくことができました。このペコちゃんも、もう相当にご高齢だそうです。
【追記】中野パン店さんですが、残念ながら、10年ほど前にお営業をお止めになったそうです。

森川町の閑静長屋

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本郷の旧森川町に、時間が止まったような空間があります。真っ直ぐに伸びた路地を挟んで、瓦葺きのしっかりした長屋が二棟、向かい合わせにたっています。長屋というと、多くは、もっと間口が狭く安普請なイメージがあるのですが、ここはひと味違います。ピシっと縁を合わせて一直線に据えられた飛石、狭いとは言え今では滅多に見ることもできない土の庭。そこに生えた苔や雑草、適度に繁った庭木、保守の行き届いた瓦など、それらが相俟って、周囲のビル群の存在を忘れさせるような、しっとりとした落ち着きのある「和」の雰囲気を漂わせています。これは長屋というよりも、木造瓦葺きの集合住宅と呼んだ方がふさわしいのではないか?と思わせるものがあります。ここも歴史を探ってみたくなりました。場所的にいっても、昔は、大学関係者の住まいだったりしないかな?と想像するのですが...。

【場所】文京区西片2丁目あたりです。
【追記】アルミの物干し台が目障りで惜しいですね。でも、便利さや費用のことなどを考えると、致し方のないことかもしれません。

藍染町の丁子屋

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今日は、雨で外にも出られなかったので、以前からずっと気になっていた、根津藍染町の丁子屋さんについてのメモです。このサイトでも、最初の頃に、ガラス戸の写真を掲載したことがあります。
夏のある夕方、谷中を歩き回り、汗だくになって丁子屋さんの前を通りかかると、ちょうどご主人が店先に水を打ってらっしゃいました。かなり日が暮れて、店内に明かりが灯され、昼間とはまた違った趣があります。なんだか、この時間のこの空間だけを切り取って見ると、とても根津とは思えません。日本橋か京都かって感じです。雰囲気あります。そこで、敷居が高そうだな、とは思いましたが、勇気を出して、ご主人に「写真を撮らせてもらってよろしいか」と尋ねてみました。きっと沢山のカメラファンが撮りまくっているにちがいありませんから、無愛想に「何に使うの?」といった反応を予想していたのですが、なんとその予想とは正反対に「どうぞ、どうぞ」ときわめて気軽に承諾していただけたのです。しかも、ご自身が写り込まないようにと、フレームから外れる位置まで移動して、僕が撮り終わるまで待っていてくださるというサービス精神。しかも「(写真を撮ってくれて) ありがとうございます」という一言まで...。もう恐縮あるのみです。ちょっと感動しましたね。いや素晴らしい。こんな経験は過去に記憶にありません。特に最近はカメラを持ってるだけでも嫌な顔されることが多いですからね。
というわけで、気軽に対応してくださるご主人から、ついでというのも何ですが、しばらくお話を伺うことができました。前回から持ち越していた疑問「ガラス戸の内側の板は何だろう?」ですが、これは一種の鎧戸でした。これがま〜良く出来ていて、昼間はガラス戸の上方にスライドして完全収納できるようになっています。しかも、下げたときにはその一部が横にスライドし、そこがくぐり戸になるんですね。すごい工夫です。
また、大正の終わり頃まで流れていたはずの藍染川についてお尋ねすると、わざわざ店の奥から昔の丁子屋さんの写真を出して見せてくださいました。それを見ると、家の敷居をまたぐとそこはもう川だったんですね〜。僕が想像していた藍染川とは随分と雰囲気が違っていました。いや、興味深く奥深いです。

【場所】文京区根津2丁目あたり(藍染大通りのすぐ近く)です。
【余談】丁字屋さんは、店構えを見ると、ちょっと入りずらいですが、まったく心配いりません。ご主人は、ほんとに親切で気軽に対応してくださいます。前を通りかかったら、是非、のれんをくぐってみてください。江戸情緒を満喫できますよ。求めやすい小物もあります。ちなみに僕は、このとき丁子屋オリジナルの扇子入れと菊五郎格子の手拭いをいただいてきました。次は丁子屋さんで伴纏を作ってもらうつもり(^^;

谷中の苦瓜

この家は、谷中の三崎坂から一本奥に入った通りに面して建っています。近頃にしては珍しく、木材を使用して改修されています。経年変化が表れはじめた木材と植物の緑は、当然のことながらよくマッチします。昔は、家の軒先につたわせるなりもの植物と言えばヘチマが定番でしたが、このお宅では苦瓜が二階の屋根近くまではい上がり、小さな実をつけていました。左側には、なんと鉢植えの稲が穂を垂れています。下草にはハーブ。そして右端にはムベが植えられていて、それをつたわせる紐も見えます。面白い取り合わせです。が、花ものではなく、こういった草ものだけを配したというセンスがここでは功を奏し、板の表情と相俟って、通りかかるとハッとさせられます。もうしばらくすると、見事な緑の壁が完成しそうです。

【場所】台東区谷中6丁目あたりです。

家密着型の地蔵菩薩

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谷中を歩いていると、寺町のせいか、お地蔵さんがたいへん多いことに気づきます。そして、それらの多くが生活の場にきわめて接近して立っています。しかし、家の敷地内に立っているお地蔵さんを見るのは、この例が初めてです。家の角をわざわざ鍵型に落としてスペースを作り、そこにお地蔵さん用のスペースを家と一体型で設けてあります。これがお稲荷さんになると、先日ご紹介した根津の例のように、家の敷地内に祀ってある例を時々見かけます。ところで、根津にお稲荷さんが多く、谷中にお地蔵さんが多い理由は、根津が神社の町で谷中は寺院の町ということだと思いますが、お稲荷さんが民家の敷地内にあることが多々であるのに対し、お地蔵さんはめったに民家の敷地内に立っていないという理由は何なんでしょう? どちらもご利益は同じようなものだと思うんですけどね。どなたかお分かりの方いらっしゃいますでしょうか?

【場所】台東区谷中6丁目あたりです。

このサイトを始めたばかりの頃、曙ハウスという根津の古い長屋を紹介しました。その後も何度もその前を通っているのですが、何度通りかかっても、その80年ちかい歴史を圧縮したような姿には圧倒されます。そして、内部がどうなっているのだろうか?という興味は、通りかかる度に強くなっていきます。しかし、興味本位で「なかを見せてください」なんて、とても出来ないことです。(でも、やっちゃうヤツが居るんですよね〜) いつか幸運にもそういった機会が訪れるのを待つことにしましょう。が、明日にも突然「解体工事中」の紙が貼られないとも限りません。例え断片でも、誰かがきちんと記録に残しておかなくては先人に対して申し訳ありません。という理屈の下に、不本意ながら、玄関先にだけプチ不法侵入させていただきました。
扉が開きっぱなしの玄関からなかを見ると、外の光が届いているのはごく手前の部分だけで、あとはほとんど真っ暗です。昼間でも階段の上には裸電球が灯してあります。手持ちで撮影できるような光の具合ではありません。が、しかし、意を決したのですから、とにかく、構図を決め(と言っても、ほとんど確認不可なくらいに暗い)、シャッターを切ってみました。タタキの部分と木造の階段の部分の明るさに差がありすぎて、なかなかうまく撮れません。第一、シャッター速度が遅いので手ブレしてしまいます。ついには、ほとんど座り込むような姿勢でシャッターを切り、やっとの思いで、なんとかブレのない写真が撮れました。
しかし、この階段の木材の磨耗具合にはしびれます。きっと建った当時の部材でしょう。ここは、機会があれば、三脚を立て、大型カメラできちんと撮影しておきたいものです。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。
【追記】この曙ハウスは、童話や「七つの子」「雨ふりお月さん」「青い目の人形」などの童謡の発表の場となった児童向け雑誌や絵本の発行元、金の星社の創始者・斉藤佐次郎という人が建てたものだそうです。また、一時は、その金の星社もこの曙ハウスに社を移していたということです。[参考:森まゆみ著「不思議の町 根津 」]。やはり記録しておく価値ありですね。

後楽園夜景

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昨日ほど空気が澄んでいないとはいえ、今日もいいお天気でした。夕方になると、西の空がピンクに照っています。空気が澄んだ日のサンセットなど、東京ではそうそう見られません。作業に区切りをつけ、屋上にあがってみました。屋上に出ると、ちょうど太陽が、地平線のすぐ上に出ていた雲に隠れるところでした。まさにつるべ落とし。あっという間に太陽の姿は見えなくなってしまいましたが、サンセットの写真は照り返しの具合が勝負です。黄金色からマゼンダそして濃紺へというグラデュエーションが目の前に展開されることを期待して待つことにしました。しかし、自然というのは、良い意味でも悪い意味でも、めったに期待通りにはなってくれません。ほとんどの場合、期待を裏切ってくれます。今日も、見事に期待は裏切られました。こっちの期待が大きすぎたってこともありますけどね。それでも、上空にはそこそこの透明感があって、平均点は何とかクリアしてくれました。しかし、同じ東京だというのに、昨日の谷中とはずいぶん落差がありますね。

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。



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