2004年11月アーカイブ

丸山福山町の四軒長屋

今日は、昨日紹介するつもりでいた丸山福山町に残る古い長屋の写真です。4軒長屋で、これも築100年前後だということです。ということは、明治初期に建てられたことになりますから、江戸末期に建てられた足軽長屋に次ぐ古さということになります。現在は、左側3軒が住居、右端が竹炭製品を販売する店舗として使われています。造りの感じから、元は町屋(1階部分が店舗)だったのかな?と思っていましたが、そうではなく、最初から民家として建てられたものだそうです。ただ、昔は、当然ですが、1階部分が今のように駐車場ではなく、引き戸の入口が付いていたようです。また、この長屋の所有者のお宅がこの裏手にあり、そこには煉瓦(表面が素焼きタイルのような感じ)造りの立派な蔵が残っています。どうでしょう。今日の写真は建物を紹介するような撮り方ではありませんが、この日の空の雰囲気と長屋のシルエットが相まって、なんだか京都あたりの風景にでも見えませんか?

【場所】文京区白山1丁目あたりです。
【追記】実は、この長屋についてお話してくださったのは、竹炭製品の専門店「竹炭の家」のご主人です。こちらには「こんな物まで竹炭が使われてるのか」と驚くほど様々な製品が展示されています。また充実したホームページも運営なさっています。

丸山福山町の路上で

今日は、実は、丸山福山町に残る古い長屋を紹介するつもりでしたので、その建物について聞き取り調査(^^;をするため、ちょっと家を出ました。
すると今日も光がきれいです。もう晩秋ですから、夏に比べると光が穏やかで角度もつき、あちこちに適度なコントラストの明暗をつくり出しています。こうなると都心ものどかです。路地に落ちる木漏れ日や窓辺に這う色づいた蔦、鉢植えの花や植物が輝いて見えます。いいですね〜こういう感じ。家にこもってるのが惜しくなります。
そんなわけで、一直線に目的の長屋に行くつもりだったのが、途中でやたらと道草が多くなり、時間ばかりくってしまいます。そして、やっと丸山福山町にたどり着き、そこで最初に目にしたのがこの光景です。まさに光景ですね。ここはもう何度も通っている道ですが、これまで立ち止まったことはありませんでした。この光と陰影がなかったら、今日も素通りしていたに違いありません。それが今日は、しばらくこの路上に立ち、通る人や車によって表情を変えるこの光景を、飽かず眺めさせられてしまいました。ここは現在の住所表記では白山1丁目。「ミステリーゾーン丸山福山町」の南の入口にあたります。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。

ウッドバイク

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いや〜世の中には珍しいモノがあるもんです。なんとウッドバイクです。これを見たときには、ヘナヘナと力が抜けてしまいそうでした(^^; しかし、ま〜よくやったものです。リアウイングなんて、北欧の家具職人にもで注文したような出来(^^; よくよく凝ってます。実は、これ、白山1丁目にあるリトローザという理髪店のご主人の手作りなんだそうです。こちらのご主人、このバイクのみならず、お店まで全部ご自身で作り上げたという経歴の持ち主です。
僕があまり物珍しそうにしていたのか、そのご主人が店から出ていらして、しばし立ち話。ついには店内に侵入させていただき、その手作りインテリアも見せていただきました。特に目を惹いたのが壁をくり抜いて作られた空間に飾られているバリカンです。これは、先代が生前、ずっと愛用なさっていたバリカンだということでした。店内には、これまた手作りのモダンな仏壇もあり、先代のスナップ写真が飾られています。こちらのご主人は、いつも先代に見守られながら働いていらっしゃるわけですね。親子関係そして仏様との距離が近いって良いものだな〜と、ウッドバイクを見たときと同じように、ほのぼのとした気分で家路についた次第です。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。

ここは言問通りと本郷通りの交差点のすぐ近くです。右手前に写り込んでいるのは氷屋さんです。今は営業なさってませんが、その看板が一面の錆。すんごい迫力なのです。その看板目当てに、わざわざここを通るくらいに秀逸です。その看板はまたいずれ紹介させていただこうと思っています。
さて、今日の写真は、その氷屋さんの向かいに建つ、瓦屋根トタン壁の建物です。どうと言うことはない路地裏の民家ですが、実はこれ、右側に軒が連なる長屋になっています。見上げる位置まで近づくと、屋根の瓦が視界から消え、錆びたトタン壁部分と、後方のビルの色 - この辺りにしては珍しくブルーとピンクと屋上のグリーン - が重なって見えます。どうかすると、南の島のダウンタウンにある、住居兼用の木造ショッピングモールの雰囲気を感じることがあります。え? そんな感じしないって? やっぱ、現地に足を運んで、そばで見なきゃダメですよ(^^;

【場所】文京区本郷6丁目あたりです。

西片町の洋館

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先日、丸山福山町に行った帰りに、久々に西片町を抜けてみました。丸山福山町と西片町との境は、20メートルほどもある崖になっています。急な階段を上り、家に向かって歩いていたのですが、途中、ふっと空が開けた区画があるのに気づきました。かなり広い敷地に瓦葺きの平屋だけが建っています。板塀がめぐらされ、玄関は「お寺かな?」と思うほどの構えをしています。いったい何なんだ?と思い、ちょっと近づいてみしてみました。すると、玄関の右手に薄いブルーグリーンに塗られた瓦葺き洋館があります。その脇には、黄色のトランペットが咲き、洋館の色との対比がとてもきれいです。しかも、種々な時代と感覚が入り混じり、ちょっと奇妙な良い雰囲気を作り上げています。そこで撮ったのが今日の写真です。
そして再び家に戻りかけたのですが、今度は、傍らに石碑がたっているのに気づきました。石碑には「鼎軒柳村居住之地」と刻されています。鼎軒柳村って誰だ?と、ま、僕はその程度です(^^; 家に戻り、ネットで調べても、どうもよく分かりません。その後、もう少しねばって調べたところ、どうやら、こちらのお宅は、経済学者であり政治家でもあった故田口卯吉氏の邸だということが判明しました。鼎軒[ていけん]って田口卯吉のことだったんですね。すると、残りの柳村は誰だってことになりますが、こちらは翻訳詩人・上田敏のようです。
ま、由緒ある場所だったんですね〜。また、これも後で調べて判明したことですが、写真の洋館は、明治19年に建てられたものなんだそうです。どおりで...雰囲気十分です。

【場所】文京区西片2丁目あたりです。
【追記】田口卯吉、上田敏、両氏ともに、谷中霊園に眠っていらっしゃるそうです.
【追記】田口邸全景を追加しました。

グッバイ 足軽長屋

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先日通りかかったときに解体準備されていた足軽長屋が気になり、その様子を見に行ってみました。すると、ちょうど解体が終わったばかりで、これから整地にかかろうかというタイミングでした。工事の方にうかがうと、解体されるのは左半分だけで、右半分は残るということでした。その理由は分かりませんが...。
解体された部材などはすでにトラックに積まれていましたが、「角釘があった」という関係者の言葉に思わず興奮。承諾を得て、トラックに山と積まれた部材のうえにのぼらせていただきました。すると、ありました。確かに角釘です。これが江戸時代末期のものなのか否か、僕には分かりませんが、この長屋の古さの証であることに間違いはないようです。「手ブレしてくれるなよ!」と祈るような気持ちでシャッターを切りました。すると、どうやらブレのない写真が撮れたようです。そのかわりでしょうか、部材から飛び出した釘が、僕のお気に入りのスボンにかなり立派なかぎ裂きを作ってくれました。きっと、足軽長屋が残していってくれたのでしょう。「あばよ」と、挨拶がわりに...。グッバイ 足軽長屋、最後に会えてよかった。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

乱歩な福山アパート (2)

ここ2日間、ちょっと脱線気味でしたが、今日から再び下町写真紙芝居路線に復帰です。まずは先日紹介させていただいた福山アパートのつづきです。前回この建物の前を通りかかったのは、もう日没後でした。既に周囲は暗く、細部が見て取れるような写真を撮るのは無理な状態でした。
そこで、その翌日、好奇心にずるずると引きずられ、行ってきました。丸山福山町の怪人二十面相の棲み処へ...。やはり、昼間だというのに、このアパートのある一帯は、シーンと静まりかえり、なにやら怪しげな空気に包まれています(大袈裟です(^^;)。でも、なんとなく、足音を忍ばせてソロリソロリと歩きたくなってしまう雰囲気はあるんですね。
しばらく周囲をうろついていると、怪人二十面相の息子さんかな?といった年配の男性の姿がアパートの玄関先に見えます。早速、お話をうかがってみると、このアパートにもう30年以上お住まいだということでした。その方によれば、写真に写っていないほうの棟は、戦災で焼け落ち、建て直したものだそうですが、この棟は焼失をまぬがれ、古いまま残ったということです。元々、屋根は瓦葺きだったそうですが、雨漏り対策などに費用がかかり過ぎるため、現在のトタン葺きになったということです。
今日の写真は、先日とは反対の方向から撮ったものですが、なんだか、昔の戦艦の一部でも観ているような感じがしませんか? この福山アパート、怪しいくせにキリッとしてて、益々気に入ってしまいました。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。
【追記】先日と同じ角度からの写真です。
【追記】このアパートの大家さんが、谷中にもまったく同じようなアパートを所有なさってるということでしたが、場所がはっきりしません。どなたか、場所をご存じありませんでしょうか?

壱岐坂下の秋空

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今日は光がきれいで、写真日和でしたが、昨日までの作業の遅れを取り戻すべく、家に釘付けです。が、午後の3時過ぎになって、家人に家計費を渡すのを忘れていたことに気づき、銀行までひとっ走りしてきました。最近は、そんな時でも、何に遭遇するか分かりませんので、とりあえずコンパクトデジカメはポケットに入れます。家を出ると、まず見上げた空に感動。きれいなうろこ雲が上空を覆っています。晩秋。空に向かってシャッターを切りながら銀行までの2、3分の散策を楽しみました。
今日の写真は、銀行ATMブースを出て、帰りの交差点で信号待ちしている間に撮ったものです。これが、僕が毎日のように目にする風景です。そして、交差点を渡り、マンション建設現場だらけの裏道を通って帰宅。今日の散歩終了です。あ〜ぁ、また、明日の明け方まで、自分の首根っこを押さえつけて、パソコンの画面と格闘です。

【場所】文京区春日1丁目/本郷1丁目あたりです。
【追記】観覧車の写真のほうは、コンパクトデジカメKD510Zで撮って、Canon10Dと同じタテヨコ比になるよう、横幅をカットしています。

漂泊人

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昨日、漂泊のブロガーいのうえさんに初めてお会いした。遅れてカフェ杏奴に到着し、初対面の人達ばかりを前に、どう対処してよいものか迷っている僕に、さっと手を差し伸べてくださったのが、いのうえさんだった。ちょっと大袈裟だけど、「じゃ20年後の今日の午後、カフェ杏奴で会いましょう」と約束して別れた友人に、約束の日時と場所で再会したような、そんな気すらした。帰り道、下落合駅で電車を待ちながら、新宿の街を歩きながら、頭のなかで反芻していた。漂泊って何だ?と…。するとこんな写真を撮ってしまいました。ちょっと短絡すぎ?

【場所】写真左から下落合駅・西武新宿駅・新宿の街です。

菊坂の伊勢屋質店

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今日、11月23日は、樋口一葉の命日にあたり、一葉が住んでいた本郷菊坂では一葉忌が行なわれました。その一環として、一葉が通った菊坂の旧伊勢屋質店(万延元年1860年創業)が公開されるというので、早速カメラ片手に行ってまいりました。
予想通り、いや予想以上の人気で、伊勢屋の前には行列ができています。行列のなかには、菊坂の長屋にお住まいのおばあちゃんの姿も見えます。やはり、地元の人でも、この伊勢屋さんのなかを見るという機会は滅多にあるものではありませんから、これを逃しては、と思うのは僕だけではないようです。入口で靴を入れるレジ袋をもらい、なかに入ります。入った途端、明治、大正、昭和と生き抜いてきた建物の黒光りした迫力に威圧されます。うわーっと感嘆してしばし呆然です。
それでも、気を取り直して観察開始。狭い所に見学客がたくさん入っていますので、写真を撮ろうにも、なかなか機会がつかめません。しかし、創建幕末で、明治20年に現足立区から移築されたという蔵のなかはどうしても押さえておきたいところです。蔵の窓は開け放たれ、電気も灯いているのですが、写真を撮るにしては暗く、またも手ブレの連発。ま、とりあえずこんな感じという写真1写真2が撮れたところで、人口密度緩和に協力ということになりました。
ところで、ひとつ面白いものを見ました。質屋さんというのは、貸し金と引き替えた品物は、流れるまでは、あくまでお客さんからの「預かり物」だという建前が徹底していたようで、廊下の床板を外すと、その底に鉢が埋めてありました。そして、営業当時は、そのなかに水で練った土を入れていたのだそうです。何故かというと、万一の火事のときに、大切な「預かり物」が焼失するのを防ぐため、蔵の扉を閉じ、そのまわりの隙間を練った土で埋めて密封したというのです。この土は、目塗り土とか目張り土と呼ばれていたそうです。

【場所】文京区本郷5丁目あたりです。

漂泊のブロガーいのうえさんに「ホッパーの本を見に、カフェ杏奴に来ない?」と誘われていた。ホッパーの本もよいが、いのうえさんや、もしかすると会えるかもしれないShigeoさん、「ブログの力」を生む原動力となった方々が、どんな人なのかに興味があった。カフェ杏奴というお店にも…。人の集まる所が苦手な僕にしては珍しく「行ってみたい」と思った。
下落合は、家からは目白の向こう側という感覚なのに、電車で行こうと思うと意外に遠い。が、とりあえず下落合に向かった。新宿で西武新宿線に乗り換え、二駅目の下落合で電車を降りた。踏み切りを渡り、目白通りに出ると、カフェ杏奴はすぐに見つかった。お店のそばまで行くと、ガラス窓を通して、20人程のいかにもプロフショナルという雰囲気の男達が談笑している様子が見えた。場違いだったかな?と危惧しながらドアを開いた。いっせいに視線が僕に集中してしまった。が、その視線は突き刺して来ない。むしろ柔らかく受け止めるような視線だった。
席につき、珈琲を飲みながら思った。ここに居るのは、ブログという同じ沿線に住む人達だってことだろうか?と…。焙煎の香りと豆の味が生きた珈琲が美味しかった。

【場所】西武新宿線・下落合駅です。

森川町の六叉路で

東大正門の前から森川町に入る道を歩くと、ほどなく、この宮前青果店に突き当たります。そして、ここで5本の道に分かれます。歩いて来た道を含めると、なんと六叉路ということになります。とても変則的に道が合流しているためか、ここは交差点というよりも、ちょっとした広場になっています。その広場の正面に平屋の青果店と、その隣りに2階建てのベーカリーがある程度ですから、町中にしては異様とも言えるほど空が広く、視界が開けています。ここに来ると、ひと時代前の距離感のようなものが蘇るのか、なんとなく懐かしさのようなものを感じます。
今日は、先日発見した、丸山福山町のアパートが気になり、午後遅くなって家を出て、日没近くまでその辺りをうろついていました。その帰りに、西片町を抜け、ここ森川町にでました。すでに陽は沈んでいたのですが、この広場に出ると、上空が広く空いているせいか、周囲がぼーっと明るく感じられます。シャッターを切ってモニターで確認してみると、思いのほかきれいに撮れます。そこで道草決定です。その道草の青果、オッと、成果がこの写真です。

【場所】文京区本郷6丁目あたりです。
【追記】6叉路と書いていますが、1本は路地(青果店とベーカリーの間)ですから、本来は5叉路なんだと思います。が、タイトルにするなら5より6ですよね(^^; 僕は6叉路でいきます。

足軽長屋の解体始まる

夏に紹介した築100年超の長屋[足軽長屋]の前を、今日、偶然通りかかったのですが、なんと、解体工事が始まっていました。実をつけた柿の木も切り倒されていました。都内最古の長屋がついに姿を消します。きちんと撮影する前に無くなってしまうなんて残念無念。「近くだから」と気を抜きすぎたようです。


【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【追記】解体前の写真です。

文京区は元来、良い水脈に恵まれているようで、あちこちに井戸が残っています。特に下町の路地では、いまも現役で活躍中の井戸をいくつも見ることができます。ですが、その多くはパートタイマーといったところで、植物に水をやるときや夏場の打ち水に使われる程度のようです。
ここは丸山福山町です。この井戸ポンプは、あるお宅の専用のようですが、他の現役井戸ポンプに比べると、見るからに色つや(^^;も良く、パワフルな印象を受けます。確かめたわけではありませんが、日々使用されているに違いありません。ポンプ本体に錆もういていませんし、下のコンクリートに緑の苔がついていることからも、それが推測されます。こいつは貴重なフルタイマーのようです。そして、もうひとつ。これまで見たポンプの色は大半がブルーだったのですが、こいつはパールがかったグリーンです。これ、かなり珍しいんです。
余談ですが、井戸ポンプを見ると、僕がまだ小学校の低学年の頃、友達の家に遊びに行くと、敷地内に井戸があり、友達が慣れた手つきで器用に片手でポンプのハンドルを操りながら、もう一方の手で水を受けて口に運ぶのを見て、「あ、大人っぽいな〜」と、なんとなく羨ましく感じられたことを思い出します。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。
【追記】現在、文京区内のほとんどの井戸には、飲用として使わないよう注意書きが添えられています。この井戸の横にも貼り紙があり、「防災協定井戸 / 飲むときは必ずわかして下さい。/ 管理者並びに文京区役所」と書いてありました。

乱歩な福山アパート

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現在の白山1丁目は、旧町名でいう丸山福山町を含んでいます。丸山福山町と言えば、樋口一葉終焉の地として有名ですが、彼女が住んだとみられる場所にはビルが建ち、もう面影の欠片すらありません。が、そこには碑が建てられていて、今日通りかかると、明々後日が命日にあたるため、大輪の菊が添えてありました。
一葉の碑は、交通量の多い白山通りに面しているのですが、そこから少し奥に入ると、途端に静かになり、ゆったりとした空気が漂っています。そして、根津や谷中に負けないくらいに古い時代の建物が残っています。丸山福山町は細く南北に伸びているのですが、今日の写真は、そのいちばん南側に残る築70年を越すという古いアパートです。震災後に建てられたということになりますが、今の建物に比べると、圧倒的に凹凸や傾斜面が多く、実に複雑な造りをしています。複雑なだけではなく、天窓や円柱などを配して洒落た造りをしています。煙突でも付ければ、パリの裏町のアパートそのままです。建築された当時はさぞかしモダンで、周囲から羨望の眼差しで見られていたであろうことが容易に想像できます。
ところで、このアパートの外で自転車の手入れをしている男性を見かけたので、もしや?と思って尋ねてみると、ここの住人だという答えが返ってきました。その方の話では、このアパートは2棟で構成されているのですが、1棟にはもう人が住んでおらず、倉庫として使われているということでした。さすがにもう取り壊し目前といったところなのでしょう。
しかし、このアパート、大正・昭和の匂いぷんぷんで、江戸川乱歩の作品にでも出てきそうな、ちょっと怪しい雰囲気がありませんか? すっかり気に入ってしまいました。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。

菊坂下道にある柵

本郷菊坂町下道。なんて情緒のある呼び名なんだろうと思います。昔、この辺りには、菊畑が多かったことからこの名がついたと言われています。今では菊畑の跡すらありませんが、実際に菊坂に行ってみると、しっとりとした静かな落ち着きがあり、そこに居るだけで心が安らぎます。菊坂は家から近いので、時間のないときの、僕の愛用散歩径です。まず真砂図書館に立ち寄り、菊坂でしばらく時間をつぶし、鐙坂をあがって家に戻ります。これには1時間もかかりませんが、ちょっとした旅をしたような気分にすらしてくれます。
今日の写真は、その菊坂の下道にある木製の柵です。古いモルタルの塀の上に置かれた幅1m程の柵です。これが、どう考えても菊坂的ではありません。どこかの家で使われていた柵の一部を廃物利用で持ってきたのかな、と思っていました。でも、紐でしばったり支えてあるところを見ると、そう無関心に放置されているわけではありません。すると、工作好きがわざわざ作って取り付けたものなのかな〜とも思えてきます。そこは謎です。でも、菊坂の雨風に晒され、ペンキも剥げて朽ちはじめ、以前に比べると、だいぶ菊坂下道に馴染んできました。最近では、殺風景になりがちなモルタル塀に柔らかさと温かみを加える良いアクセントかも?と思えるほどに成長(^^;しています。
この日は、大きく傾いた太陽の光が、わずかな隙間からその柵に達し、柵をいつも以上に意味ありげに見せていました。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

駿河台の南風荘

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この建物、ユニークと言いますか、かなり変わってますよね。看板があって「麻雀 南風荘」と書いてあります。ずいぶん変わった麻雀荘もあるもんだ、と思いながらこの写真を撮っていました。この場所ですが、住所で言うと駿河台です。が、感覚的には、小川町からお茶の水に向かう途中、むしろ淡路町といったところです。
その後、この近所で、縁台代わりに椅子を外に出し、そこで夕涼みしている旦那を見かけ、その方に、この家について尋ねてみました。それによると、看板こそ残っていますが、いまは麻雀荘としての営業は終え、住居として使用されているということでした。もう、この隣りも背後も向かいも、新しい高層ビルです。そしてこの姿ですから、高低差も感覚的落差も大きく、初めて目にしたときは唖然としてしまいます。でも、どこをどう見ても「こうなったのには理由がある」という造りに思え、見ていて飽きません。実に味があります。そして、ここにはもう一つ不思議があります。左に見える「く」の字に曲がった木ですが、どうやら、家の中から生えているようなんです。

【場所】千代田区神田 駿河台3丁目あたりです。

三崎町のテイラー

水道橋に新築された日大校舎に沿って細い道が伸びています。およそ高層のビルには似つかわしくない幅の道ですが、白山通りに背を向けてその道を歩くと、すぐに三崎町商店街通りに出ます。その角に、モルタル看板建築が残っています。前面に TAILOR NAKABAYASHI とアルファベットが貼り付けてあります。それを見れば、この建物が建った当時は、さぞお洒落に見えただろうことが想像できます。しかし、もう、お店のシャッターは閉じたままでした。が、この日は、暖かだったので、2階の窓が開け放ってあります。それだけで、お店は閉じていても、人の生活の匂いが感じられ、建物も元気に見えます。その様子を撮ろうと思い、レンズを向けました。ちょうどその時です。高齢の女性が窓辺に現れ、真っ白なカバーにくるまれた座布団をはたき始めました。すると、ファインダーのなかの下町臭がぐんと強まります。思わずシャッターを切っていました。出会い頭ってやつです。失礼だったかな?と思いましたが、後の祭り。直後に彼女は、僕に気づき、窓は閉じられてしまいました。そうかもしれません。逆の立場になれば、理由もわからずに写真を撮られるのは嫌だと思います。
特に、この建物の状況を見れば、お気持ちがもっと理解できます。石壁と無骨な鉄骨が間近に迫り、無惨とも言える姿です。どういう事情があろうとも、この環境を見ると、さぞ毎日が不安でせわしないだろうと、心が痛みます。でもね、僕には、ここに懐かしい下町の匂いがあったことを、拙い写真に残して大切にすることくらいしかできないんですね〜。

【場所】千代田区三崎町2丁目あたりです。

植物の棲み家

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三崎坂をのぼる途中で右に折れると、すぐに谷中一丁目と池之端三丁目の境があります。その境をこえてすぐの所に、無人になったアパートが残っています。放置された状態で、プラスチックの塀から夾竹桃などがあふれ、壁には蔦が勢いよく這い上がっています。
今日の写真は、その無人アパートの側面に付いている鉄の外階段の脇で撮ったものです。アパート全体の写真を撮ったのは今年の夏頃ですが、当時は、まだ蔦がいまほど勢力を伸ばしていませんでした。ところが、先月末、久しぶりに同じ場所を通ってみると、蔦が窓から部屋のなかに侵入し、それがガラス越しに見えています。しかも、青々として元気な様子です。ガラスは割れていませんでしたから、どこか隙間を探して侵入したのでしょう。もう、窓を覆い尽くすのも時間の問題のようです。その一方で、手前にある、鉄製の手すりの錆は濃さを増したような気がします。
怖いような植物とガラスのような鉄柵が同居したこの窓辺が僕は気に入っています。でも、いつまでこの光景を見ることができるのか...。多くの場合、そう長くは見つづけさせてくれません。特に安普請のアパートであれば、人の手が入るのもまた、時間の問題のような気がします。

【場所】台東区池之端3丁目[気分的には谷中]あたりです。

「ビルヂング」と表記された古いビル達も、時期なのか、徐々に姿を消しています。記憶に新しいところでは、バーニーズ銀座として生まれ替わった交詢ビルがあります。これも「ビルヂング」でした。
そこからさほど離れていない場所に、瀧山町ビルという「ビルヂング」が残っています。Kento's のビルと言ったほうが通りが良いのでしょうか。僕は、残念ながらKento'sについてはよく知りません。瀧山町ビルヂングについても、特に個人的な思い出があるわけでもありません。ただただ、古典的で装飾を控え目にしたデザインが良いな〜と、通りかかるたびに思うだけです。この手のビルの定番ですが、このビルも、老朽化で表面の素材が落下するのを防ぐため、ファサードと店舗以外は金網で覆われています。これは実に無粋ですが、安全を無視するわけにはいきませんから、しかたありません。
このビルは、正面入口を入るとすぐに、階段と変電施設へのドアがあります。ちょっとしたロビーでもあるのかな?と思っていたのですが、これは意外でした。そして、惹きつけられたのがこの階段です。色違いの大理石と漆喰とコンクリートを部位によって使い分けています。そして漆喰部分には丸窓を設け、そこに日本家屋を想わせる桟を通しています。この重厚感と、和感覚と洋感覚の融合には参りました。
建物内部は、入口を入ったばかりの所でもかなり暗く、この写真、実は手ブレしています。取り壊される前に、いずれ再挑戦、と思っています。

【場所】中央区銀座西6丁目あたりです。

小石川の飲んべえ御用達

ここは、白山通りから千川通りへの抜け道になっている一方通行路です。そして、この建物ですが、酒屋さんです。ま、ご覧になれば分かりますよね(^^; 近所の方の話では、古くからつづく酒問屋さんだそうです。モルタルを浮き彫りにしたような看板には「小西酒舗」とあります。ここを通りかかったときに、最初に目に飛び込んできたのは、白いプラスチックキューブのうえにカタカナを一文字ずつ載せて「キリンビール」と描いた特徴のある看板でした。そこで、その看板が取り付けられている建物を撮っていました。が、そのうち、昼間だというのに、けっこう頻繁に、いかにも飲み助といった感じの初老の男性が、ちょくちょく現れては、自動販売機でビールなどを買って行くのが気になり始めます。僕は、お酒がまったく飲めませんので、この感覚は分かりません。でも、見ているうちに、この一画は、なにか飲み助を惹きつけるオーラでも発しているような気もしてきます。でも、ま、それは考えすぎですね(^^; この酒屋さんが、この土地でいかに古くから商売なさっているか、ということだと思います。初老の男性客が多い、しかも通りがかりではない、というのがそれを物語っているようです。同じビールでも、近所に出来たコンビニで買った缶と、この行きつけの場所で買った缶とでは、きっと微妙に味が違うのでしょうね。

【場所】文京区小石川1丁目あたりです。

根津の総菜店

このお店は、根津の1丁目と2丁目を分ける不忍通りから、1本谷中のほうへ入った通りにあります。いわゆるお総菜屋さんです。夕刻になると、店先に棚を出し、そこに、根津の家庭の食卓に並ぶ総菜があれこれと並べられます。レジも外に出ています。
僕は、食に関してはあまり興味がなく、「無理にまずい物を食べたくはない」程度ですから、棚のうえにどんな料理が並んでいるのか、その値段がいくらなのか、といったことは気にもしませんでした。今頃になって、あ、見ておくんだったな、と思うくらいで...。
ただ、わずかな時間でしたが、ちょっと離れた場所から様子を見ていると、結構な数の買い物客が、店主と短い会話を交わしながら、総菜を買っていきます。きっと味が良いんでしょうね。でも、最近は、デパートの地下やスーパー、コンビニあたりでも、そこそこ美味しい総菜を売っていますから、こういった町の総菜屋さんは大変だろうな〜と想像します。
昔話ですが、あるホテルのシェフが自らチャーハンを作ってくれたことがあります。僕が「やはりインスタントとは全然違って美味しい」と言うと、そのシェフが「馬鹿言っちゃいけない。これはクックが作ったものだけど、あっち(インスタント)は科学者が作ったもんだからな」と...。名言なりですね。このシェフばりに言えば、デパ地下などで売っている総菜は、工場で"科学者が調合"した料理と思っても間違いじゃなさそうです。
しかし、この総菜屋さんは、この店内で調理したものを直接売るわけですから、いかにも手作り。ほぼ家庭料理です。きっと昔からの根津の味がするんでしょうね。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

下町の火鉢と消火器

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下町を歩くとよく見かけるのが、家の外に置かれた火鉢です。スペースが限られた長屋などで使われていたせいか、一人用の火鉢よりひとまわりほど大きいサイズのものが多いようです。暖房が発達して不要になり、邪魔物扱いされるようになってしまったんですね。その火鉢ですが、植木鉢として利用されているケースが多く、これは本当にあちこちで見かけます。次が金魚鉢。水をはり、水草を浮かべ、そのなかに金魚やめだかを泳がせてあります。これはなかなか風流です。なかには、猫に金魚を食べられないように、金網を載せてあるものもあります。でも、こうして使ってもらえる火鉢ばかりではありません。この写真はうちのすぐ近くで撮ったものですが、藍で模様を描いた良い火鉢です。こんなのがポイと捨てるようにして置いてあります。趣味のある人や欧米人だったら、大喜びでもらっていくでしょうね。
そして、火鉢が沢山あった下町路地に欠かせないのが消火器です。多くの路地は狭く、消防車が入れません。そこで、方々に消火器が置かれることになります。ですから、この写真の消火器のほうは捨てられているわけではありません。
しかし、この火鉢、家のなかで火種にこそなっても、まさか家の外で消火器の台になろうとは、夢にも思わなかったでしょうね。

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。
【追記】最近では、実は、建て替えも進んでいるせいか、大型の消火栓も多く目にするようになりました。

池之端の大谷石建築

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不忍池を右手に見ながら不忍通りを歩いていると、やがて上野動物園が見えてきます。そのちょっと先で、斜め左にそれる裏道に入ると、世にも珍しい(^^; 総大谷石造りの建物に出会うことができます。初めて見ると「え、こんな所にピラミッドが!」と驚いてしまいます。しかし、良く見ると、屋根は和風の瓦です。そして、そのうえには大型の通気口のようなものが鎮座しています。実にユニークな取り合わせです。「レッテルは上野池の端 両山堂」と記された看板の配色とレタリングが、これまた良き時代を感じさせて秀逸です。写真奥の建物はもう使われていないようで、ドアの把手にはほこりが積もっていました。が、手前の建物(印刷工場)のほうは、周囲の掃除が行き届いているところを見ると、まだ使われているようです。今でもここで「レッテル」が印刷されているのでしょうか?
さて、この一画にはまだ面白物件が残っています。このピラミッドの右隣りにある建物です。これも竜宮城感覚(^^;でユニークですよね。おそらくは同じ会社の保有する建物で、会社オウナーのご自宅か、上野に近いだけに、集団就職した金の卵たちの寮にでも使われていたのだろうか?という雰囲気です。
それにしても、この大谷石へのこだわり、その理由はいったい何なんでしょう? 勇気を出して、現地取材を敢行する価値ありですよね。誰か一緒に行ってくれません?(^^;

【場所】台東区池之端2丁目あたりです。
【追記】こんな建物が残っている一方で、すぐ近くにはこんな超高層マンションが完成してます。

僕が毎日訪問するブログサイトのひとつに www.shigeo.net があります。昨日、そのサイトにお邪魔してみると、「ブログの力」という本が紹介されていました。なんだか良さそうです。というわけで、今日は、気分転換をかねて、その本を買いに、水道橋の旭屋書店まで行ってきました。
旭屋書店の道を挟んで反対側は、最近、日大の高層ビルが完成し、まわりの店も小ぎれいになり、随分様変わりしました。が、その日大校舎のすぐ隣りに、有文堂書店という古い小さな古書店が残っています。昔は、古書店や洋品店、飲食店などがずらりと並んだ商店街に溶け込み、さほど目立つ存在ではなかったこの書店ですが、今日、道の反対側に立って見ると、それが周囲の建物からあぶり出されたかのように目立っています。あらためて視線を水道橋駅から神保町交差点のほうまで走らせてみると、戦後建てられたこの手の建物は、もうこの古書店だけになってしまったようです。こちらのご主人、一見とっつきが悪いのですが、実は好人物で、表情を崩しながら縁台感覚で、神保町界隈をはじめ、浅草や後楽園球場あたりの貴重な昔話をしてくれます。ここは、古書店であると同時に古話店でもあるようです。

【場所】千代田区三崎町2丁目あたりです。
【追記】www.shigeo.netの画面が、「ブログの力」のなかで紹介されていました。こうして両方を見比べるというのは妙な感覚ですね。
【追記-04/11/11_15:30】仕事の合間にちょっと自分のサイトを覗いてみると、トラックバックされています。それを遡ってみると、あれ〜、そこはwww.shigeo.netではなく、「ブログの力」サイトのようです。こうなると、誰がどうしたのか、かなり混乱してきます。と、こんなとき、その絡んだ糸をほぐしてくれるのが「ブログの力」。(>Shigeoさん、サイトの紹介までしていただき、ありがとうございます)

病院街への路で

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この写真は、昨日のつづきのようなもので、西武池袋線の清瀬駅から病院街へ向かって歩いているときに撮ったものです。左側の時計屋さん(実はこの時計屋さん、品揃えがかなりオタクっぽくて気になっているのです)のシャッターが昨日は下りていて、そのグリーンがぱっと目に入ってきました。ちょっと気になります。通り過ぎながらふり返ると、その隣りのパチンコ屋さんのオレンジ色の壁との組み合わせが派手で、さらに気になりはじめます。すると、タイミングを見計らったように雲間から太陽が顔を出し、サッと強い光が射してきました。派手な色の組み合わせと陰影が絡み、つい足を留めてカメラを構えました。でも、ファインダー越しに見ると、なんだか絵に締まりがありません。が、「デジタルなんだから、ダメなら後で消去すればいいこと」と思い、とりあえずシャッターを切りました。そしてカメラを下げたときです。向こうから、入社間もないサラリーマンといった感じの男性がスタスタと早足でやってきます。ダークスーツでちょっと地味過ぎるけど、ま、いいか、という感じで、再度シャッターボタンを押した結果がこの写真です。なんだか、アマチュア写真コンテストなどに応募されそうな、絵面だけのスナップショットなんですけどね(^^; なんとなく心象も写り込んでいる気がして…。

【場所】東京都清瀬市松山1丁目あたりです。

本郷通りのシャトー

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本郷通り沿い(本郷三丁目駅周辺)の建物は、多くが10階建て前後のビルに建て替えられていますが、ここにひとつ昔の姿で頑張っているビルがあります。関東大震災後に建てられたもので、エチソウビルという名称がついています。所有者であった越前屋惣兵衛という人の名からその名称がつけられたそうです。
こうして、すこし離れたところから見ると、なかなか洒落た良いデザインですよね。しかし、ビル沿いの歩道を歩いていると、1階がごちゃごちゃとした大衆飲食店になっていて、その簡易な看板がビルを覆い隠しているため、目が上方に届かず、このビルの存在に意外と気づきません。使われ方としてはちょっと勿体ないな〜と、見るたびに思います。本体がかなりイケてるのに、湯島のヴィクトリアンハウスと似たりよったりの使われ方で、ちょっと情けないです。ま、取り壊されるより良いか?と諦める今日この頃です(^^;

【場所】文京区本郷2丁目あたりです。
【追記】エチソウビルを斜め正面から見るとこんな感じです。

上野動物園に行く

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今日は、孫娘が上野動物園に行くというので、そのお供をしてきました。うちからは近いのですが、僕はこれまで行ったことがありませんでした(ちなみに、ディズニーランドも未体験です)。都心にある動物園ですから、スペースが限られていて、動物も人間もかなりごちゃごちゃとした状態になるのかな?と思っていたのですが、入園して最初に感じたのが、ゆったりとした空間です。大きなメタセコイアや黄色く色づいたイチョウの巨木が並木をつくり、まるで広い公園に来たような印象です。パラソル付きのテーブルやイスが配されたオープンカフェといった感じの場所もあり、動物園というよりも、動物公園と呼んだほうが相応しい感じです。動物たちの住環境も、かなり考えられていて、単にオリのなかに入れられていた感のある昔の動物園のそれからすると、格段の進歩です。これなら「動物が可哀想」と思わずにいられます。そして、最近のテーマパークや公園の常なんでしょうが、全体的にこざっぱりとしていて清潔感があります。これは重要ですね。ただし場所によってはかなり臭います。が、これは動物がいる以上、仕方がないことですね。
で、今日の写真ですが、この表側はミラーになっていて、そこに写った自分の姿とゾウの大きさを比べるという趣向です。これがあまり受けてませんでしたが、僕にはこれがいちばんトボケた面白い展示でした(^^;

【場所】台東区上野公園9-83です。
【追記】以前のポストにもコメントを頂くことがあります。これが埋もれてしまうのは実に心苦しいので、またまた、Recent Comments欄を設けました。が、最近はどこのブログサイトでもそうらしいのですが、コメントスパムが多く、これが悩みの種です。できるだけチェックして削除に努めますが、おかしな英語のコメントがあったとしても、それは無視なさってください。よろしくお願いいたします。

今年は樋口一葉がちょっとしたブームのようです。特に今月は、ブームの火種となった感のある新五千円札が発行されたり、展示会や講演会、一葉忌などの記念行事が予定されていたりと、かなり賑やかです。そんな勢いに押されてか、このところ、一葉ゆかりの地・菊坂がなんとなく気になります。が、ほぼ地元に近い隣町の住人としては、いわゆる文学散策のコースでもあり、ネットに写真が氾濫している、一葉が使用した井戸や一葉が通った伊勢屋質店の写真は避けたいところです。とはいえ、そこには、やはり古い時代の匂いが残っていて、惹きつけられるものがあります。じゃ撮ればよいようなものですが、「全景を撮ってハイ」というスタイルは避けたいのです。そんな相反する条件をうまく消化できたかな?と思えるのが今日の写真です。実は、背景になっているのが、前出の旧伊勢屋質店なんですが、それを言わなければ、「おっ、菊坂には古い民家が残ってるんだ」というふうに見えますよね? ま、それもこれも、いまどき珍しい、帽子を被りステッキを手にした老紳士が、見る人の目を惹きつけてくれるからなんですけどね。ところで、この方、地元の方でしょうね。足取りが、菊坂を歩き慣れてるって、物語ってましたから...。

【場所】文京区本郷5丁目あたりです。
【追記】樋口一葉の命日にあたる今月23日には、法真寺(本郷5-27-11)で文京一葉忌が予定されていて、法要、荻野アンナさんの講演、幸田弘子さんの朗読などが行われるそうです。また、普段は見ることのできない旧伊勢屋質店の内部が公開されるそうです。

菊人形って何だ

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文京区には団子坂と呼ばれる坂があります。何の変哲もない勾配のある片側1車線の道ですが、昔はもっと勾配がきつく狭い坂道だったのだそうです。この坂の名は、明治の文豪、夏目漱石や森鴎外が残した作品のなかにも登場し、坂上には鴎外の旧居観潮楼(現在は鴎外記念図書館)もあったことから、文学の坂というイメージが強いようです。が、文豪が活躍していた当時まで遡ると、団子坂といえば菊人形というくらいに、菊人形の盛んな地として知られていたようです。これは、団子坂の歴史などをちょっとひも解くと、必ず目にする記述です。したがって、僕も菊人形という言葉はよく耳にしていたのですが、では、菊人形とは何か?といわれると、考え込むだけで答えられない状態でした。本の図版などで、その様子をちらと目にしたこともありますが、いまひとつ具体的なイメージが湧いてきませんでした。
昨日、用あって菊坂へ行き、その帰りに真砂町を通ったのですが、途中に、ふるさと歴史館という区立の施設があります。いつも一度なかを見たいと思っていたのですが、あまりに近くにあるため、つい行きそびれていた展示館です。が、この日ふと目をやると、文化の日は入館無料と記されています。ラッキーです。早速、ちょっと様子見に入館させてもらいました。地下では「文豪直筆の手紙」が特別展示されていて、これは見応えありました。が、もひとつ興味を引いたのが、2階に展示されていた団子坂菊人形のジオラマでした。これを見て、菊人形のイメージがかなり具体的に頭のなかに出来上がった気がしました。そこで、これを紹介したいと思ったのですが、この日は閉館時間が迫っていたため、撮影は断念。今日、再び、撮影の許可を得て、撮影にチャレンジしてきました。それが今日の写真です。すこし違う角度からもご覧ください。ところで、今日は入館料(300円)をとられました(^^;

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【追記】文京ふるさと歴史館のホームページはこちらです。

銀座から消えた潮の匂い

今日は銀座へお買い物ツアーに行ってきました。コースは大体決まっているのですが、2丁目あたりまで来ると、いつもちょっとコースから外れてチェックする場所があります。2丁目ともなると銀座も外れに近いせいか、このあたりには、およそ銀座とは思えない、木造モルタル2階建ての家屋などが残っていました。そして、その古い建物を利用した Nelson's Bar という雰囲気のあるバーがありました。このバーは内外装ともに海をモチーフにしたアンティークや小物を多用し、銀座に潮の匂いを運んでくれる貴重な存在でした。僕はお酒が飲めないので、なかに入ったことはありませんが、外から眺めているだけで、ビーチバーかハーバーにでも居るような気分にさせてくれてました。が、今日、その場所をチェックすると、その建物の跡形もなくなっています。銀座は、表通りではヨーロピアン有名ブランドの出店ラッシュがつづいていますが、裏通りは裏通りで、目まぐるしく変化するんですね。しかし、この Nelson's Bar は、いまの銀座には珍しく、古い建物と共存しながら、ラフでタフで、洒落た手作り感のあるお店だっただけに、消滅したのはたいへんに残念です。ここの潮臭さは本物でした。

【場所】中央区銀座2丁目あたりです。
【追記】今日の写真は、3枚とも、撮った日時にかなりの差があり、使用したカメラもそれぞれに異なります(Nikon Coolpix 950 - Konica KD-510Z - Canon 10D) 。縦横比もサイズも違うのはそういう訳です。

最後の駄菓子屋横丁

先月末、山手線の日暮里駅で降りる機会があったので、ついでに、めったに歩いたことのない駅の東口周辺を歩いてみました。すると、駅から歩いて1分もしない所に、駄菓子屋横丁と呼ばれる一画を発見しました。
そこには、時代を錯誤したかのような古い長屋が2棟、向かい合わせにたっています。しかし、このとき既に、この一画は取り壊し工事のためにフェンスで立ち入りが禁止され、なかを歩くことはできなくなっていました。そこで、フェンスの隙間や上からなかを覗き込んでみると、長屋に挟まれた細い路地の両側に、ずらりと駄菓子や玩具の店が並んでいます。なかでは、もう取り壊し作業が始まっていましたが、それでもまだ、どうにか往時の様子を想像できる状態で残っていてくれました。なかには廃業してしまうのか? 商品を残したまま取り壊す店もあるようで、古そうな玩具の箱が路地に散乱しているところもあります。もう少し早ければ、営業しているところを写真に収められたのに…と、実に悔やまれましたが、あとの祭り。当時の面影だけでも撮れたことを幸運に思うほかありません。
こういった古い駄菓子問屋街というのは、以前は都内に何カ所かあったようですが、この日暮里の問屋街が都内最後の問屋街として残っていたのだそうです。それも、これで終わりになります。駅に近いほうの入口にはまだ、役割を終えた看板が、ポツンと、取り残されたように立っていました。

【場所】荒川区西日暮里2丁目あたりです。
【追記】この古い問屋街は閉鎖ですが、隣りのビルの1階で、駄菓子・玩具を扱うお店が2軒営業していました。

今日は、しばらくの間続いていた作業から開放され、久々にちょっとのんびりした気分でした。が、それもつかの間、明日から孫娘が遊びに来ます。今度はそれを迎え撃つ準備で結構な忙しさです。ま、これは嬉しい忙しさではありますが…。
というわけで、今日は、新宿へ出動しました。この写真は、その際に、JR水道橋駅で電車を待っているときに撮ったものです。ここに写っている人達も、同じように電車を待っているわけですが、三人が三人とも同じような態勢で、一人は携帯、二人目はマンガ、三人目は文庫本に熱中です。レンズを向けている僕には全く気づく様子もありません。この風景、説明できないのですが、何か奇妙な感じがしませんか? これって、東京など都市部に特有のものなのか、都市部以外でもこうなのか? どうなんでしょう?

【場所】千代田区三崎町2丁目あたりです。
【余談】新宿へ行った訳ですが、孫が獅子舞が好きだっていうので、ジジとしては、東急ハンズへ獅子舞の着ぐるみがないか?探しに行ったのです(^^; ありませんでした〜。残念。でも、次に行った四谷三丁目のアンパンマンショップでは、収穫ありでした。まずまずです(^^;



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