西片町の洋館

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先日、丸山福山町に行った帰りに、久々に西片町を抜けてみました。丸山福山町と西片町との境は、20メートルほどもある崖になっています。急な階段を上り、家に向かって歩いていたのですが、途中、ふっと空が開けた区画があるのに気づきました。かなり広い敷地に瓦葺きの平屋だけが建っています。板塀がめぐらされ、玄関は「お寺かな?」と思うほどの構えをしています。いったい何なんだ?と思い、ちょっと近づいてみしてみました。すると、玄関の右手に薄いブルーグリーンに塗られた瓦葺き洋館があります。その脇には、黄色のトランペットが咲き、洋館の色との対比がとてもきれいです。しかも、種々な時代と感覚が入り混じり、ちょっと奇妙な良い雰囲気を作り上げています。そこで撮ったのが今日の写真です。
そして再び家に戻りかけたのですが、今度は、傍らに石碑がたっているのに気づきました。石碑には「鼎軒柳村居住之地」と刻されています。鼎軒柳村って誰だ?と、ま、僕はその程度です(^^; 家に戻り、ネットで調べても、どうもよく分かりません。その後、もう少しねばって調べたところ、どうやら、こちらのお宅は、経済学者であり政治家でもあった故田口卯吉氏の邸だということが判明しました。鼎軒[ていけん]って田口卯吉のことだったんですね。すると、残りの柳村は誰だってことになりますが、こちらは翻訳詩人・上田敏のようです。
ま、由緒ある場所だったんですね〜。また、これも後で調べて判明したことですが、写真の洋館は、明治19年に建てられたものなんだそうです。どおりで...雰囲気十分です。

【場所】文京区西片2丁目あたりです。
【追記】田口卯吉、上田敏、両氏ともに、谷中霊園に眠っていらっしゃるそうです.
【追記】田口邸全景を追加しました。

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時々行く武蔵小金井にある“江戸東京たてもの園”http://www.tatemonoen.jp/にこれと似たものがあります。HP中の建物紹介→西ゾーン→小出邸がそれです。やはり西片町にあったものを移築したものだそうですが、やはり現役で使われてるものは存在感が違いますね。

>おやじsan
関連情報をありがとうございました。建物って立地・環境とプラスしてなんぼの物でしょうから、やはり現役を退くと本来の味は失われるでしょうね。これが、他の町への移築であれば、また違った味を発揮するのでしょうが…。
久々に西片をちょろっと歩きましたが、特に2丁目は、さすがに立派なお屋敷が残ってます。このサイトにはあまり関係ないかな?って感じですが…(笑)。PS:田口邸全体が収まった写真をアップしました。



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