2004年12月アーカイブ

大晦日の本郷三河稲荷神社

僕が住んでいる所は本郷1丁目で、桜木神社の氏子ということになりますが、距離的にいちばん近い神社は、本郷2丁目にある三河稲荷神社という可愛らしい小さな神社です。
今日の夕方、たまたま近くを通りかかると、かがり火が威勢よく燃えているのが見えます。そのまわりでは、長靴を履いた人達が雪かきと掃除に精を出しています。氏子である本郷元一会と元二会の人達が中心になり、明日の初詣に備えて準備をしているところでした。

大晦日の雪景色

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雪の大晦日になりましたね。昼過ぎに本郷を出るときは、細かい粉雪が舞っている程度でしたが、西武池袋線で、清瀬に向かっている途中、ふと気がつくと、沿線は一面の雪景色。そして郊外に行けば行くほど降る量が多くなっていくようでした。
清瀬駅で降りて歩きはじめると、足を踏みしめるたびにギュッギュッと音が聞こえてきます。あっという間に雪がかなり積もってたんですね。あまりに降りが激しいので、特急で用事を済ませ、すぐに引き返したのですが、途中、ちょこちょこと気になる光景にひっかかり、シャッターを押してきました。
雪で覆われると、アスファルトや路面に書かれた文字・ラインなどが消され、建物などの角が丸みを帯びるからだろうと思うのですが、道幅がいつもより広く、風景もひと昔前に戻ったように感じられませんか? 【場所】東京都清瀬市です。




Dragon_Tipsのカークさんと銀座で待ち合わせて、バクテーハウスで夕食をしてきました。もちろん昨日入手したばかりの手ブレ補正レンズ付きキヤノン20Dを持参です。
実は、初めてここで食事をしてから、今日で4回目。その度に店内の写真を撮らせていただいたりしてるので、もうお店のスタッフの方々にも顔を憶えられてしまい、「あ、また来た」という感じです(^^;

歳のせいなのか、最近の手ブレのひどさに業を煮やし、ついに手ブレ補正機能付きレンズを装着できるカメラの購入にいたりました。「趣味なんだから適当でいいじゃん」という自分の声もありましたが、「趣味だからこそ採算を度外視して納得がいくように」というもうひとりの自分の声に押され、ついに、ついにです。で、機種は、現在使用しているキヤノンEOS 10Dの後継機種であるEOS 20Dを選択しました。選択理由は、おおまかに以下の3つです:

初雪2004

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今年の冬は例年になく暖かでしたが、今日、天気予報通りに初雪が降りましたね。例年よりも4日ほど早いんだとか。都内では、昼前(10時頃か)に雨から雪に変わり、大粒の白い結晶がかなり高い密度で舞っていました。
左の写真は、我が家のベランダから、お昼前に撮ったものです。ホテルの赤い三角屋根のうえに、もううっすらと雪が積もっています。気温も低く、さすがに道行く人たちも寒そうにしています。
右の写真は、昼過ぎに、水道橋駅に向かう途中、白山通りで、道行く人を東京ドームホテルに絡めて撮ったものです。写り込んでいるのは、このすぐ近くにある都立工芸高校の生徒さんでしょうか、若いから元気です。友達とコンビニにお弁当でも買いに行くのでしょう。都心では珍しい雪に、きゃっきゃと大はしゃぎでした。

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。

秋葉原の再開発野原

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この風景、左右に建築中の巨大な高層ビルが写り込んでいるのに、なんとなく昔っぽくありませんか。そして、被災した後の復興作業が行われているようにも見えませんか。現在ではほとんど目にすることのない土の広い道路が、特に、そう感じさせるのだと思います。そして、今日の光の具合がそれを助長しているようです。クリアなんですが、なんとなくリアリティが感じられません。
スマトラ沖地震津波や日本各地の台風被害、今日もまた新潟を揺らした中越地震。ブッシュ政権のイラク攻撃。そんな大規模な被害をもたらした天災や人災の恐ろしさと憂鬱を目にしつづけた2004年。この風景を目にしたときに、もしも、ここがテロ攻撃や自然災害の痕だったら…と、しばし考えさせられてしまいました。この駅を通過する人の多くは、自分を含め、そんなことを想像する筋肉さえ退化しているようです。いまや想像筋を鍛えるジムなんてのが必要なのかも?ですね(^^;
ということで、今日はちょっと憂鬱なエントリーになっちゃいました。お口直しに、アキバの夜を散策するワンコの風景をどうぞ。

【場所】千代田区神田花岡町あたりです。

今日、国際湘南村じゃらんのじゃらん堂さんと、有楽町の旧可口飯店でお会いし、バクテーランチをご一緒したのですが、気さくに対応していただいたせいか、会話が弾み、素直に楽しい気分でお店を出ることができました。バクテーの後味もさることながら、人と会った後味と余韻が心地よく残るってのは良いものです。「あ〜光もきれいだし、すこし散歩して行こう」という気分になり、国際フォーラムの中庭を、ぶらぶらと歩いてみました。
すると、車が入ってはいけないはずの中庭に、フォルクスワーゲンバンもどきの軽トラックやシトロエントラックが駐車しています。平日の昼間にここを通ったことなんて、ほとんど記憶がありませんので、なんだか事情が分かりません。が、すこし離れた場所で、屋台のエスプレッソ屋さんが営業しているのが見えます。はは〜ん、納得です。屋台トラックだったんですね。家に戻り、ネットで調べて分かったことですが、これ、国際フォーラムの企画で、「ネオ屋台村」と呼ぶらしいですね。ま、それにしても、屋台と言えば赤提灯だった時代からすると、随分と様変わりしたものです。最近の屋台は人も装備もカッコイイです。
ちょうど食後だったので、エスプレッソ屋さんでカフェラテを頼んだのですが、こちらもフレンドリーで誠実。「今日の豆はちょっと苦いんですけど、いいですか?」「意識的にミルク多めにしときました」と、マニュアル通りの妙にテンションの高い会話が飛び交う大手エスプレッソ店とは大違い。コーヒー1杯でも、気持ちが行き交うのは心地よいです。あ〜、今日は人とのかかわりが、とても気持ち良く感じられた一日でした。

【場所】東京都千代田区丸の内3丁目あたりです。

この写真は、クリスマスイヴに、新橋で友人と別れた直後、新橋第一ホテルの前のガード下で撮ったものです。
ここは、昔は、ホームレスの溜まり場になっていましたが、今は金網のフェンスが張られ、街路灯も灯され、ホームレスが住み着けないようにしてありました。
このガード下は、タクシードライバーの休憩所にもなっています。この習慣も昔からです。この個人タクシーのドライバーは、僕が、道の向こうのApple Innという大人のオモチャ屋のネオンサインを撮っているときに、車に帰ってきました。きっと、近くで夕食を済ませ、新聞でも買ってきたのでしょう。ドアを開けて運転席に腰を降ろすと、ルームランプを灯け、老眼鏡を取り出して鼻にかけ、ステアリングのうえに広げた新聞を読み始めました。イヴの銀座に向けて出動する前の、ささやかな休息の時を過ごしているのでしょう。ですが、チラリチラリと僕のほうにも目を向けます。何を撮っているのか気になるようです。大切な休息のひと時を邪魔してはいけません。「お互いに頑張ろうね」と、心のなかでひと声かけ、彼よりひと足先に銀座に向けて歩き始めました。

【場所】中央区銀座8丁目あたりです。

可口飯店の窓から

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以前に可口飯店のネオンサインというエントリーをアップしましたが、そのときは、可口飯店が移転して、このお店の扉は完全に閉じたものとばかり思っていました。ところがです。先日そばを通りかかると、ネオンが消えるどころか、クリスマス用のイルミネーションが追加され、以前にも増して輝きまくっています。どうなってんでしょう?
よく観察してみると、巨大ステッカーのような看板が貼られていて、そこには「新嘉坡式肉骨茶餐室」と書かれています。しかも期間限定(年末まで)ということです。何だ? よく分からないけれど、とにかく扉は開いていて、なかで何やら食事ができるらしいということは分かりました。

アパートの鍵

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新橋で友人と別れ、クリスマスイヴの銀座を歩いてみた。銀座もはずれになると、思ったほどの人影はない。新しい交旬社ビルにオープンしたバーニーズNYのショーウィンドウをしばらく眺め、再び歩きはじめた。
みゆき通りにさしかかったときに、目の前の薄暗がりから、犬を散歩させる女性がふっと現れた。失礼ながら、もう若いとは言えない。そして髪留めでラフにまとめた髪と、身に巻き付けた大きなショールが、いかにも犬を散歩させるためのカモフラージュであることを物語っていた。このあたりの住人だろうか。洒落た感覚の持ち主であることはひと目見れば分かるのだけれど、華やかなみゆき通りで、イヴにドレスアップする必要のない女性を見るのは、やはりなんだか淋しいものだ。これが偏見であることは分かっていながらも…。
彼女は、今日、どんなクリスマスイヴを過ごすのだろう。散歩から帰った彼女を、部屋て待っている人は居るのだろうか。それとも、彼女はいま、独り身なのだろうか。このとき、唐突に、シャーリー・マクレーンの名が頭に浮かんだ。

【場所】中央区銀座6丁目あたりです。

根津の火気厳禁路地

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ここは根津1丁目交差点のすぐ近くにある路地です。きわめて幅が狭く袋小路になっているため、一般の人はまず通りません。
ちょうど宮の湯という銭湯の裏手にあたり、ここにはボイラーや燃料などが置かれているようです。火気厳禁の大きなサインが掲げてあります。ちょっと物騒ですが、その赤いサインがグリーンのトタンに映え、一目見るなり気に入ってしまい、火気厳禁路地と勝手に名付けてしまいました。タンクを運んだりするために使われるキャリアの車輪がちょこっと覗いているのもご愛敬です。
すぐ先に見えるのは、不忍通りに面した商店の勝手口側になります。火気厳禁のサインがこんなに近くにあるってのは、ちょっと怖い感じもしますが、住んでる人達はもう慣れっこなんでしょうね。余談ですが、ここには昔の長屋の名残である外置きの流し台も残っていました。もう使われてはいないようですが...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

銀座の秋風景

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そろそろ年賀状が気になりはじめる時期です。谷中のいせ辰やからからあたりに行けば、気の利いた賀状があるのでしょうが、きっとお値段が張るでしょうし、カメラ片手に谷中に行くと、賀状どころではなくなり、結局手ぶらで帰ってきちゃいそうです。というわけで、銀座の伊東屋に行ってきました。
日比谷駅で降りて、マリオンの近くを歩いていると、銀座にしては珍しく(珍しくもないのかな?)「やきいも〜」の声が聞こえてきます。その声の方に目をやると、モクモクと白い煙が上がっているのが見えます。リヤカーを引いた結構昔ながらの焼芋屋さんです。早速あとを追い、晴海通りが見え始めたところで撮ったのがこの写真です。
煙っていつもモクモク上がっているわけじゃないんですね。ですが、このときも薄い煙は出ているので、リヤカー周辺がなんとなくもやって見えます。そこに逆光の太陽の直射です。そのもやった空気感と焼芋屋さんのシルエットが絡むと、今日の銀座で撮った写真なのに、昭和の中頃か?って雰囲気を感じるんですが…。

【場所】千代田区有楽町2丁目あたりです。
【追記】焼芋屋さんのPAに関する面白いトラックバック風記事がありました。

谷中の秋風景

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谷中は昔からの寺町だったせいか、所々に開けた空間があります。その多くはお寺の境内ですが、この写真のように、お寺の保有する地所には違いないでしょうが、境内とは呼べない微妙な空間があります。お寺が経営する長屋を何棟かそっくり取り壊した跡とでも言われると納得できるほどの空間です。この区画の一部には、不自然なかたちで、まだ民家が残ってもいます。
この空間は、道の向こう側[写真では右手]は根津という位置にあります。町全体が長屋のような根津にあっては貴重な開けた場所です。まわりが立て込んでいるだけに、ここに来ると、ひとしきり広さを感じます。昨日通りかかったときに撮った写真ですが、例年なら、この時期には枝だけになっているはずのケヤキに、まだすこしだけ、黄色くなった葉が残っていました。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

湯島天神の迎春準備

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午後になると何処からともなく雲が集まりはじめ、気温も上がらず、長過ぎた晩秋もいよいよ終わりかな?と感じさせる日でした。そう言えば、今日は冬至でしたね。
ようやく空き時間ができたので、久しぶりに根津に向かいました。途中、湯島に建つアパートを高い位置から撮ろうと思い、湯島天神の階段をあがってみると、もう新年を迎える準備が始まっていました。大量の参拝客をさばくための臨時のお札所や書初めのスペース、出店などを設置したり、そこに電気を引いたりという作業が行われています。ですが、暮れというにはまだ早い平日の午後ですから、境内に人影は少なく、がらーんとしています。
そんななか、ちょっと見たことのない伴纏コートのようなものをはおり、ゆったりと境内の作業の状況を見てまわりながら、職人に指示をあたえている人がいます。がっしりとした体格とやさしい親分肌の顔つきも相俟って、いかにも余裕と貫禄があります。足元や帽子も決まっていて、あまりに雰囲気があります。そこで、思い切って、写真を撮らせていただけないかとお願いしてみました。いちおう、うんと言いやすいように「伴纏の写真を」とお願いしたんですけどね。すると、ま、いいだろうと言うお返事です。そこで、ちょっと緊張しながら撮ったのが今日の写真です。いかがでしょう。もう最高でしょ。
ところで、あとで聞いたことですが、この方は、本郷・湯島・根津を取り仕切る江戸消防記念会第四区一番の組頭でした。いや〜怖いもの知らずとはこのこと。とんでもない方にとんでもないお願いをしたものです。しかし、話し方といい物腰といい、実に礼儀正しく丁寧で優しい方でした。参りました。惚れちゃいましたね。

【場所】文京区湯島2丁目あたりです。
【追記】組頭にうかがったことですが、伴纏に入っている四本の白線は、文京区・豊島区を示しているのだそうです。おおまかに言うと、一本が千代田・中央、二本が港(一部)・品川、三本が新宿・港(一部)、五本が台東。そして線の数が奇数の場合は波形線、偶数の場合は直線を使ってあり、一目でどこの江戸消防記念会なのか分かるようになっているのだそうです。いや〜、今日は良い勉強しました。

秋葉原の裏側

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今日は、秋葉原の裏側です。と言っても、決死の潜入リポートなんてのじゃなく、単に表の反対って感じです(^^;
左の写真は秋葉原駅から外に出たところで撮ったもので、すぐ左手にはフェンスが置かれ、なかでは小型のパワーショベルが3台ほど動き回っていました。その反対側をふと見ると、人目を避けるかのように物陰に身を隠し、携帯に向かって喋っている男がいます。なんとなく工事の様子を見る振りをして、近づいてみると、聞こえてきたのは中国語[だと思う(^^;]。かなり熱のこもった調子で延々と話しつづけています。僕がカメラを向けても一向に気づく様子がありません。何かブツの取引交渉でもしているのか?と勘ぐりたくなるような光景です。ちょっと、いや、かなり怪しげですよね〜。最近は、秋葉原を歩いていると、ほんとに外国語をよく耳にします。一昨日も、街を歩いていて聞こえてきた会話の3〜4割以上が外国語だったような気がします。秋葉原って、今や東京でいちばん人種のルツボ化してる場所かもしれませんね。
右の写真は、秋葉原デパートの裏側です。電灯が煌々と灯いているところは、おなじみの、電気・電子パーツなどを売っている小さな商店がごちゃごちゃと寄り集まった、天井の低いアーケード路地になった商店街です。ここは秋葉原の雑多ぶりを象徴するような所で、お祭りの夜店を見て歩くような面白さがあります。その商店部分と、秋葉原デパート裏側の煤けたやや異様な外壁や裏口などとの対比が、これまた表の顔と裏の顔って感じで、ちょっと怪しげじゃありませんか?

【場所】千代田区外神田4丁目あたりです。

Akibaな秋葉原



雑然・雑多・混沌・猥雑といった言葉がぴったりだった秋葉原も、ほんのしばらく見ない間に、駅周辺には高層ビルが2棟もたちあがり、ビルの看板が入れ替わり、様相が全く違っていました。まるで生き物です。
今日の写真は、外神田3丁目側から、中央通りを挟んで外神田4丁目側を見上げた様子です。まさに隔世の感があります。こればかりではなく、周辺では、さらに2棟の巨大な高層ビルが建設途中です。そのうちの1棟が中央の写真のドンキホーテ [元ミナミ電気 -> T-zoneだった] の後方に見えています。そして、右の写真の高層ビルの左足元に見えているのが、もう1棟の建設中のビルです。すべてのビルが完成し、そこに大量の人が出入りすると、いったい秋葉原はどういう様相を呈するのでしょうか? とにかく、すごいことになってます。

ASCII24:秋葉原再開発進行中!関連記事を総チェック!
PC Watch:秋葉原の再開発事業、正式名称はAKIHABARA CROSSFIELDに

【場所】千代田区外神田4丁目あたりです。

秋葉原混沌街

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最近は、価格が目当てで秋葉原に行くことは少なくなってきましたが、やはり量販店ではお目にかかれない雑多な余録に出会える秋葉原という街には魅力があります。特にひいきにしている店があるわけではありませんが、とりあえず立ち寄る店というのは決まってきます。
「あきばんぐ」というお店もそのなかの一軒です。ここはオープンした頃から、CD-Rなどが安いのでちょくちょく利用しています。で、今日もなんとなくそちらに足が向かいました。このお店の入口は、とにかく煩雑そのものです。ラーメン屋さんのディスプレイとアダルト系本屋の貼り紙、あきばんぐの看板などが入り乱れ、何が何やら?という混沌状態。でも、それが秋葉原らしくて良いんですね〜。
というわけで、このアキバ的混沌ぶりを、いかにもアキバ的雰囲気の人に絡めて撮ろうと、カメラを構えて待っていました。すると、予想に反し、店のなかから、あれ?どうなったの?って感じの女性が出てきます。なんだか予定が違います。でも予定以上! 思わずシャッターを切っていました。後でうかがうと、この女性はあきばんぐで働いてらっしゃるんだとか。これまたビックリです。この渋いコスプレさん、誠実で落ち着いた話し方をする、とてもチャーミングな方でした。いや、こんな取り合わせって、やはり秋葉原ならではですね。

【場所】千代田区外神田3丁目あたりです。

都会の忘れもの

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左側の家は、千畳敷という、小高い山のうえの見晴らしの良い場所に向かう道の途中に、たった一軒ぽつんと建っていました。僕には、老人が腰をおろし、両手で持った杖のうえに顎をのせて体を休めているように見えてきます。しかし、こんな山中の集落も何もない場所に、どういう理由で家を建てたのでしょうか。かなり傷んでいますが、いまも無人ではありません。この写真を撮ったときには、家の裏手にある煙突から煙が立ちのぼっていました。
右の写真は、黄波戸で、僕に醤油工場のことをあれこれと話してくださった方とその方の愛犬です。僕は醤油工場の写真を撮りながら彼の話を聞いていたのですが、彼の職業が映画の大道具作りだと分かったときに、「おや、それじゃ写真撮らせてください」と彼にレンズを向け、「いやいや〜(こんなおやじ撮らんでもいい)」と表情が崩れたときにシャッターを切った写真です。
この2枚の写真は一見無関係に思えますが、僕にはむしろ共通する匂いが感じられ、並べることに不自然さを感じませんでした。何故だろうと、しばらく考えていたのですが、それは「疑念の無さ」ということのようです。おそらく、この家の玄関の戸には鍵がかかっていません。そして、この男性の気持ちにも鍵はかかっていませんでした。それが、都会生活のなかで無意識のうちに鍵をかけていた僕の気持ちをほぐし、その鍵を解いてくれたようです。この写真を見ていると、その時の穏やかな気持ちが蘇ってきます。

【場所】山口県大津郡日置町あたりです。
【追記】山口編は今日でおしまいにします。明日からは通常営業(^^;に戻ります。

海辺の醤油工場

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山口県の日置町というところに黄波戸[きわど]という温泉の出る村[集落?]があります。深川湾に面した半農半漁の村です。その村の海辺に、煙突のある古い建物が残っています。何だろうと思い、ちょうど犬の散歩で通りかかった年配の方にたずねてみると、醤油工場だという答えが返ってきました。しかも、現在も稼働しているといいます。廃屋だとばかり思っていましたから、これにはちょっと驚きました。
その方の話によれば、この建物は昭和5年に他所から移築されたもので、最初は倉庫として使われていたそうですが、戦後は一時的に塩を作り、その後しばらくの間は彼岸花の根から粉を作っていたそうです。この粉は片栗粉のようなもので、食用だったといいます。彼岸花の根の粉を食べたなんて初耳でした。戦後の食料事情の悪さをうかがわせる話です。そして、その後はずっと醤油工場として使われ、今日に至っているということでした。
この話をしてくれたのは、写真に写っている男性で、仕事は映画 - 主に時代劇 - の大道具作りなんだそうです。これまた意外でした。あ、それから、この男性は黄波戸温泉の発見者でもあるんだそうです。どんな土地にも、興味深い歴史や人って潜んでいるものですね。改めて実感です。

【場所】山口県大津郡日置町あたりです。

海を望む丘のうえで

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黄波戸は、海辺から小高い山の中腹にかけて家が点在する村で、その中腹、村としては一番高い位置に、山陰本線の駅があります。本線とはいっても単線です。電車も1時間に上り下り各1本が停まるだけの鄙びた無人の駅です。
その駅の正面にこの建物がたっています。倉庫のようですが、古く、もう傾いています。表面の板は、潮風と雨に晒され、太陽に焼かれ、相当に経年変化が進んでいます。しかし都会のそれとは違い、すすけていません。黒ずむのではなく、かぎりなく白に近づいていっているようです。この写真を撮っているときには気づかなかったのですが、こうして写真にして見ると、小屋に打ちつけられた板や傍らの老木、ちょっとした丘になった草地などの表情、そしてそれらの色調が、なぜか日本の田舎らしく見えません。僕には、アメリカの画家アンドリュー・ワイエスが、海を望む丘のうえで描いた風景に重なって見えるのですが…。

【場所】山口県大津郡日置町あたりです。

萩の路地で

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山口滞在中に空き時間のある日が月曜だったので、美術館系は休館日。そこで萩の古い町並みを歩いてみることにしました。
とは言っても、萩に関する予備知識などはほとんどなく、とりあえず現地に入り、観光案内板とにらめっこです。すると、なんとなく旧萩藩御船庫と書かれた辺りが臭います。というわけで、萩の北東のはずれにあたるその場所を目指しました。が、はずれとは言っても、東京の感覚で走っていると、通りこしてしまいそうな程の近距離です。あっという間に東浜崎町に到着。旧萩藩御船倉はすぐに見つかりました。が、「あ、これがそうなの」という程度。驚いたのはその周辺の町並みです。
やはり谷中で培った僕の嗅覚は鋭かったようです(^^; ここ浜崎町では、百年前なんて昨日の延長でしかないという雰囲気で、どこを見ても、古びた家[主に町屋]がごろごろしています。そして、ただ古いだけではなく、一軒一軒が趣向を凝らした厚みのある建物であることに驚かされ、圧倒されます。しかも、その多くが現役です。今日アップした写真の建物は、もちろん史跡指定など受けていないごく普通の家ですが、さすがに今年で開府400年の萩です。近隣の町の家には感じられない趣味性や意匠が強く感じられます。この浜崎町の町並みは、まるで町屋の博物館のようで、歩いていて飽きません。しかし、時間がなく、後ろ髪を引かれながら、この被写体の宝庫を後にせざるをえませんでした。残念。

【場所】山口県萩市浜崎町あたりです。

実は、僕の生まれ故郷は山口県の長門市に近い三隅町というところです。ですが、三歳の頃にその地を離れ、それ以来、住んだことがありませんので、故郷と言われても、いまひとつピンときません。
先祖からの家や土地は残っていて、戦争未亡人だった叔母が、たった一人でそれらを守りつづけていました。彼女にとっては、その三隅町の家が世界中でいちばん大切な場所であったことは疑いの余地がありません。叔母は昨年の暮れに亡くなりましたが、それ以前に入院先である宇部市の病院に見舞いに行くと、決まって「三隅に帰りたい」と口癖のように言っていました。が、彼女の言う「三隅町」とは、すなわち「三隅町にある我が家」のようでした。
同郷の画家に香月泰男さんがいます。彼も三隅町を愛し、あの有名な「シベリヤシリーズ」を描き、画壇に揺らぐことのない位置を確保した後も、三隅町に住みつづけ、三隅町で一生を終えた人です。彼の愛した「三隅町」とはいったい何だったのでしょうか。三隅町の自然なのでしょうか。彼が生まれ、育まれた家だったのでしょうか。家族の居る地だったのでしょうか。
叔母を見舞い、そして葬儀を執り行なうため、僕は昨年から何度も山口の三隅町に帰りました。その度に、いずれ住むために帰らなくてはならないかもしれない三隅町を、これまでとは違う目で見ている自分に気づいています。きっと僕には、叔母の三隅町に住むことはできないかもしれません。しかし、ひと頃のように「三隅町のような田舎は僕の住める場所ではない」とは思わなくなっています。それが人なのか土地なのか自然なのか、まだ分かりませんが、三隅町というところは、僕への当たりがまろやかで、それが僕を惹きつけ始めたのです。
香月泰男さんの三隅町とは何だったのか、このところ、そこに大きな興味を感じています。彼は、ブリキでオモチャもたくさん作っていました。そのレプリカが香月美術館のまわりの道路に置かれています。それらを見ていると、無邪気で愉快で優しく、とてもあの陰惨とも言えるほど暗いシベリヤシリーズを描いた画家が作ったものとは思えません。が、間違いなく、両者は同一人物の感覚から生まれたものです。おそらく、香月泰男という人がこのオモチャを作った感覚は、彼が三隅町に住みつづけたことと深く関わっているような気がします。その秘密に少しでも触れてみたいと思い、昨日、香月美術館に行ってみたのですが、なんと月曜で休館日です。彼に「出直せ!」と突っ返されてしまいました。でも、その突っ返し方は、やはりまろやかでした。

【場所】山口県大津郡三隅町です。

今日の写真は、本郷森川町の六叉路にある、いまはもう営業をしていない、宮前青果店の側面を切り取ったものです。
先月末に、森川町の六叉路の写真をアップしましたが、そこでも触れたように、以前から、この交差点が異様に広い理由が分からず、通るたびに不思議に思っていました。
ところが、11月23日に行われた一葉忌のときに訪れた法真寺併設の一葉会館で、ある地図を目にしました。江戸切絵図のような描き方ですが、明治以降の地図です。一葉にゆかりのある家や場所を示すために使われている地図ですが、僕の目は森川町のなかほどにある赤く塗られた地点に留まりました。文字がつぶれているため、はっきりとは読み取れなかったのですが、「神社」の文字は読めます。どうやら、六叉路が広い理由はこのあたりにあるようです。森川町に昔からお住まいの方は当然のようにご存じなのでしょうが、僕にとっては、新たな発見でした。また、それを追うように、このブログを見てくださった、真砂町の和菓子の老舗のご主人からも、「あそこには、かつて神社があったと聞いている。御神木が残っているはずだ」という嬉しいメールを頂いたのです。

そこで活躍してくれたのが、つい先日、朝日新聞でも紹介されていた「三層江戸明治東京重ね地図」です。

朽ちた黄色い自転車

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根津の八重垣町や片町あたりの家は、今でもほとんどが二階家です。建物密度は高く、隙間という隙間に建物が建っています。路地を除き、町全体がひとつの長屋か?と思うほどの密集ぶりです。空き地など殆ど目にしません。ま、そもそも江戸の頃から密集して造られた町のようですが...。
この場所は、正確には位置を憶えていないのですが、くねくねと路地を入り込んだところで目にした、数少ない空き地です。隣りと壁を共有していたか、接していたことを示すトタン板には錆の兆候すらないのに、もう植物は勢いをつけ、ちょっとした藪になっています。僕が通りかかったときは、ちょうど草が刈られた後で、藪の背丈はさほど高くはありませんでした。が、それも夏前のことです。草や竹は、いちど勢力をつけると手に負えません。このとき見えていた黄色い自転車は、もう緑の懐のなかに飲み込まれているんでしょうね。もしくは、すでに新建材を使った家でも建っているのでしょうか? もうずいぶん長い間、根津を歩いていません。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

2両連結の長屋

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スリムでしょ、この長屋。谷中にあります。蛍坂[良い名前ですね〜]の近くで、六阿弥陀道からほんのちょっと入ったところに建ってます。もう誰も住んではいないようですが、荒れた様子はなく、というより、むしろきちんと手入れされているような感じがします。反対方向からの写真をご覧いただくと、その様子がお分かりいただけると思います。しかし、幅約一間程度でびゅーんと伸びた、文字通り鰻の寝床。それでも窓があり、玄関があるわけですから、住まいだったことは間違いありません。かな? 近くで遊んでいた小学生くらいの男の子に、この長屋に誰か住んでいたのか聞いてみましたが、さすがに「知らない」という答えが返ってきました。ま、そうでしょうね。それにしても、この長屋、ちょっと遊園地の電車か何かに見えませんか? 右側に見える路地が実は線路で、夜になるとすっと移動して、ガタゴトと動きはじめそうです。
ところで、まったくの余録ですが、なかほどに見える電柱にこんな貼り紙がしてありました。

【場所】台東区谷中5丁目あたりです。

john.jpghttp://www.mitsukoshi.co.jp/john_lennon/

菊坂にひっそりと

ここは、真砂町から炭団坂をくだって菊坂に入るとすぐにある、「通ってもよいのだろうか?」と思うほど細い路地の中ほどです。小さな小さな無人の家で、傾き、荒れ、一部は崩れはじめています。どんな方が、ここで、どんな日々を送っていらしたのでしょうか。この家を見ていると、つつましくも穏やかな日々を送っていらしたことを、後追いで、願わずにはいられなくなります。ここは崖下ですが、そう願わせるような、穏やかで優しい光が舞い降りるように辺りを照らします。そして、昼間でも、自分の足音が大きく聞こえるほど静かな場所です。この家がどうなっているのかと、ふと気にかかることが少なくありません。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。
【追記】現在は、崖上のマンション建設の音が響いてて、とても静かなんていってられない状況かな?と思います。

あれは、どなたのブログだったのでしょうか。有楽町駅前の再開発にともない、可口飯店の灯が消えたというエントリーがあったのは...。いま、心当たりのブログを探してみたのですが、見つかりません。ま、いいか。
僕は、どう読んでもカコ飯店としか読めない、この可口飯店[コカ飯店」の建物と、その辺りに漂う異国情緒がとても気に入っていました。そして、通りかかるたびにパチリパチリと写真を撮っていました。が、機会がなく、なかで食事をしたことはありません。そして「いずれ、いずれ」と思っているうちに、ついにその機会を完全に失ってしまったようです。こういうサイトを運営していると特に、なんだか取り返しのつかない失敗をしたような気になってしまいます。同じレストランが、近所にも出店しているようですから、料理は同等のものが味わえるのでしょうが、この建物のなかの雰囲気は、もう味わえないんですよね〜。そして、グルメでもない僕は、当然のことながら、建物内部の雰囲気が目当てでしたので...。
落ち着いた風格がありながら、このネオンの効果か? 見方によっては、アジア系スパイの隠れ家のようにも見える、このちょっと怪しげな雰囲気のレストラン、取り壊される前になんとか不法侵入(^^;したいと考えています。無理かな?

【場所】千代田区有楽町2丁目あたりです。
【追記】この建物、四十数年前は、朝日ソノラマを発行していた「朝日ソノプレス社」が入っていたそうですが、それ以前のことをご存じの方はいらっしゃるでしょうか? 正面が朝日新聞のビルでしたから、やはりその絡みでしょうか?
【追記】ついでですが、昭和39年発行の朝日ソノラマ「鉄腕アトム」の 表紙 / 裏表紙 / ソノシート です。
【追記】関連エントリー:可口飯店のバクテーハウス / 可口飯店の窓から

記念日にスマイルを

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今日は、我が家のちょっとした記念日です。そこで、いつもとは趣向の違う写真をアップしました。クリスマスの月にも似合うかな?と思って…。
これはショーウインドウの一部を切り取ったものです。僕は、あまりショーウインドウの写真は撮らないのですが、このときは本のタイトルの文字にすっと目が行き、迷わずカメラを向けたのを憶えています。
重苦しいニュースばかりが増えていくようですが、明るいニュースだってあることを忘れずに、歩みつづけるしかなさそうですね。いま、僕の部屋には、ブライアン・ウィルソンのスマイルが流れています。

【追記】5日の明け方5時頃に、コメントスパムの嵐にあいました。どうもブログ内を英単語でキーワード検索し、それに基づいてスパムをかけてくるような気がします。つい先日までは、あるミュージシャンに関するエントリーを狙い打つようにコメントスパムが入っていましたが、それをカナ表記に直すと、スパムが減少しました。今日のエントリーも、最初は、本のタイトルを英単語で記載していたのですが、そのひとつがスパム用キーワードにひっかかったのか? まさに嵐のような攻撃を受けました。「本のタイトルの文字」という箇所は、そういう訳で書き替えたものです。
【追記】大量のコメントの削除方法はゼロチャンネルを参考にさせていただきました。感謝です。
【追記】コメントスパム対策として、スパムが送られてきたIPを次々に禁止IP登録したところ、友人から「コメントできない」というメールを頂きましたので、とりあえず禁止IPを全て解除しました。

旧東片町の中澤装芸

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この建物は、東大農学部前から白山上交差点へと向かう国道17号線[旧中山道]沿いに建っています。国道17号などと言うと、さぞ広い道路のように聞こえますが、実際には、片側1車線のごく普通の町中を通っている道です。そして、この道が、学者町である西片町と商人職人の町である旧東片町[向ヶ丘]をくっきりと色分けしています。実際に歩いてみると、かなり均一化が進んではいますが、その名残はいまでも十分に感じられます。この建物も、その違いを感じさせる一例と言ってよいでしょう。元々看板建築だったものを、補修の際にトタン板で全体を覆ってしまったようです[また、両側から確認しても、オリジナルの屋根のうえをまたぐようにして、もうひとつ屋根をかぶせたようにも見えます]。そばで見ると、かなり大きなトタンの塊で、結構な迫力があります。それだけでも目を引くのですが、そこに、すっきりとしたちょっと古風なイメージの看板が掲げられています。これが実に気になるアクセントになっています。もしかすると、これがなかったら写真を撮らなかったかもしれません。そこには「大工業 中澤装芸」と書かれています。なるほどね、この古い建物がくっきりとした輪郭を保って今日までもっている理由は、ここにお住まいの方の職業にあるのかもしれませんね。

【場所】文京区向ヶ丘1丁目あたりです。
【余談】世の中み〜んな「工務店」の看板を掲げるなか、堂々と「大工業」ってところがすっかり気に入っちゃいました。さすが東片町かな?と...。

西片町に残る長屋

ここは西片町、誠之小学校のすぐ近くです。西片町というと、学識セレブ御用達(^^;の町というイメージが頭に浮かびます。特に2丁目はそんな感じです。実際に歩いてみると、確かに閑静な住宅街です。というよりも、お屋敷町って感じでしょうか...。
しかし、そんなレッテルが貼られた町にも、小さな長屋が残っていました。すでに写真左と左手前、その奥の家は空き家になっていて、一部は鉄柵で囲われ、荒れ始めています。いまにも解体工事が始まりそうな気配です。そして、向かい側[写真で言うと右手前]でも、古い木造家屋が取り壊され、基礎工事が始まっていました。この風景も風前の灯火といったところです。
正面に見える、整然と干された白一色の洗濯物が印象的です。この洗濯物を見ただけで、この家にお住まいの方のきちんとした性格がうかがい知れます。それだけに、さぞ落ち着かない日々を送っていらっしゃるだろうな〜と、ちょっと心が痛みます。

【場所】文京区西片2丁目あたりです。

菊坂下の六角形町屋

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菊坂通り[上道]が言問通りと出会う地点はT字路になっていて、そこが菊坂通りの終点です。その片側に三角州のように残った一画があります。そこに建っているのがこの建物です。
三角形の土地に合わせて効率よくスペースを利用するためか、1階部分が変形五角形、2階部分が変形六角形という変形町屋[長町屋?]です。店舗が五、六軒営業できるような造りになっていて、以前は、洋品店の他に、魚屋、寿司屋、呉服店、パン店、米屋などが入っていたということです。が、いまも営業がつづいているのは、この丸木屋洋品店さんだけになってしまいました。
この近所で食品店を営んでいらっしゃる年配の男性に、この建物がいつ頃建てられたのかうかがってみたのですが、「さ〜ね〜古いよ、これは...。僕は70歳で、ここで生まれって育ったんだけどね、気がついた時にはもうあったね〜」というお答えでした。ま、それで良いんです。とにかく古いんです、この建物は(^^;
菊坂には、以前は旅館が多く、その旅館や宿泊客を相手に、この辺りの商店はずいぶん繁盛したといいます。その頃の残り香でしょうか、このそばを通りかかると、なんとなく懐かしいような、地方の駅前アーケードや温泉街にでも居るような、そんな匂いを感じさせられます。

【場所】文京区本郷5丁目あたりです。



ninepeace.jpg




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