都会の忘れもの

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左側の家は、千畳敷という、小高い山のうえの見晴らしの良い場所に向かう道の途中に、たった一軒ぽつんと建っていました。僕には、老人が腰をおろし、両手で持った杖のうえに顎をのせて体を休めているように見えてきます。しかし、こんな山中の集落も何もない場所に、どういう理由で家を建てたのでしょうか。かなり傷んでいますが、いまも無人ではありません。この写真を撮ったときには、家の裏手にある煙突から煙が立ちのぼっていました。
右の写真は、黄波戸で、僕に醤油工場のことをあれこれと話してくださった方とその方の愛犬です。僕は醤油工場の写真を撮りながら彼の話を聞いていたのですが、彼の職業が映画の大道具作りだと分かったときに、「おや、それじゃ写真撮らせてください」と彼にレンズを向け、「いやいや〜(こんなおやじ撮らんでもいい)」と表情が崩れたときにシャッターを切った写真です。
この2枚の写真は一見無関係に思えますが、僕にはむしろ共通する匂いが感じられ、並べることに不自然さを感じませんでした。何故だろうと、しばらく考えていたのですが、それは「疑念の無さ」ということのようです。おそらく、この家の玄関の戸には鍵がかかっていません。そして、この男性の気持ちにも鍵はかかっていませんでした。それが、都会生活のなかで無意識のうちに鍵をかけていた僕の気持ちをほぐし、その鍵を解いてくれたようです。この写真を見ていると、その時の穏やかな気持ちが蘇ってきます。

【場所】山口県大津郡日置町あたりです。
【追記】山口編は今日でおしまいにします。明日からは通常営業(^^;に戻ります。

コメント(4)

自然で良い写真が撮れましたね。山口シリーズを見ていて僕の田舎を思いだしました。同じく海辺の漁村です、日本海ですが。
それにしても、鍵の沢山あること、机の引き出しにはもうどれがどれだか解らない状態です。改めてみるとあらゆるものに鍵がついています。
「疑念の無さ」、、、いい言葉ですね(ほっ)。

>カークさん
なんとなく(僕が勝手に)僕はカークさんと似たところがあると思っているのですが、生まれ故郷の自然条件が似ていることも、知らず知らず影響しているのかもしれませんね。しかし、ほんとに鍵の数は増えていく一方ですね〜。アメリカに比べれば、まだ良いほうだなんて思ってましたが、もうすぐ追いつきそうですもんね。鍵の数は人の気持ちの荒み方と比例するのかな?と思います。

「家だけでなく心に鍵掛けない生活」それこそが田舎へ向かわせる原因んだと思いますよ。

>おやじsan
そうなんでしょうね。僕は、長いフリー生活にもう疲れたのかも?ですね(^^;



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