2005年4月アーカイブ

崖上のアパート

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ここは、日暮里駅からすこし鶯谷寄りの崖の上です。この先は階段になっていて、そこを下りて左に行くとすぐに線路につき当たります。が、踏切はなく、金網のフェンスが立ちはだかっています。右に行くと、両手を広げた程度の幅の長い陸橋があり、そこを通って線路の向こう側(写真では左)に渡れるようになっています。
左側の建物は見てのとおり木造モルタルの2階建てアパートです。この写真を撮っているときに、偶然ひとつのドアが開いて、老婦人が現れました。これから買い物かな?という雰囲気でしたが、ちょっとお話をうかがうと、もうここに40年以上お住まいだということでした。ここは崖上ですし、崖下は線路ですから、前方に視界を遮るものがなく、とにかく見晴らしは良さそうです。その眺めも時代とともに相当変わったのでは?と思い、お尋ねすると、その老婦人から「高層マンションが1棟建ったのが大きな変化という程度で、その他は40年前とそう変わらない」という答えが返ってきました。これは意外でした。ま、とにかく、眺めだけを目的に住む価値がありそうな立地です、ここは...。
が、問題がひとつ。「買い物に行くのが大変なんですよ。歳をとるにつれてね」ということだそうです。「細い陸橋を渡って日暮里側のスーパーに行くか、谷中銀座まで歩くか」のいずれかなのだそうです。確かに、買い物袋を提げて歩くには、どちらにしてもかなりの距離です。要は町外れなんですね。ま、それだけに、ここは、いつ行ってもひっそりと静かで、とても落ち着ける場所です。

【場所】台東区谷中7丁目あたりです。

経年の柄 (2)

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これは、根岸にあるアパートの入り口です。木造モルタル+ブロック塀という、よくある組み合わせです。
その入口正面に、ひび割れを粘着テープで修理したガラスが見えます。昔は、障子の穴や破れのうえに、体裁の良い形に切り抜いた紙を貼ってあったり、こうしてガラスに入ったひびのうえにテープなどが貼ってあるのをよく目にしたものですが、最近ではほとんど目にしません。
偶然この前を通りかかったときに、思わず「あ、懐かしい」と思い、足が止まりました。そうして眺めはじめると、引き戸自体の木材も相当に経年変化していますし、軒下から垂れている簾もかなり古そうで、貫禄十分です。ところが、その周りはというと、モルタルで固められていて、それが結構明るいグリーンに塗られていたり、玄関までの通路に黄色と赤のタイルが埋め込まれていて、ちぐはぐな感が否めません。
ですが、全体的に見ていると、マッチしているとは言いませんが、妙な味があります。すっと素通りしてしまえばそれまでなのですが、こうしてひっかかると、いやにひっかるものです(^^;

【場所】台東区根岸3丁目あたりです。

巨大ロボ出現

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昨夜、偶然にも「なんでも作るよ」というブログに行き当たりました。そこには、オーサーが、鉄で巨大ロボットを製作している様子が写真入りで記録されていました。しかも、それが完成し、今日、水道橋の展示会場に運び込まれるというのです。この記事を目にした途端、これはどうしても見たくなってしまいました。しかも、水道橋ならウチから歩いても10分程度です。なんだか久々にワクワクしてきました。
で、早速、巨大ロボに会いに行ってきました。会場には、問題の巨大ロボだけではなく、製作者・倉田光吾郎さんの、鉄や木、機械部品などを組み合わせた作品も展示されています。そこに並んでいる作品は、どれもこれもが、タイムマシンを自在に操って集めた材料で作られているかのような、アールヌーボーと廃墟と未来が合体したような、独特の世界を持っていました。
そして、問題の鉄で作られた巨大ロボですが、これはもう、そばに立ってみるだけで、嬉しくなってしまいます。人の背丈の三倍はあろうか?という巨大なものです。それが、分厚い鉄板を切断・曲げ・溶接・研磨などして作られています。それがまた、とても精巧に…。グラインダーがかけられたばかりの箇所などは、まだギラギラと輝いていて、見ているだけでゾクゾクしてきます。こいつには、また会いに行ってしまいそうです。

【追記】左から2番目の写真は、ラップトップですが、ちゃんとデスクトップも用意されていました(^^;
【追記】巨大ロボの写真撮影だけは禁止されています。今日アップした巨大ロボの写真は、会場で購入したポスターを撮ったものです。ポスターの写真自体には陰影はありません。

【場所】千代田区三崎町3-10-5あたりです。巨大ロボ アクセスマップ

このタイトルは、高田渡さんの唄「生活の柄」を意識したものです。僕は、高田渡さんが気になりながらも、訃報に接するまで、彼の唄を聴いたことがありませんでした。
その後すぐに「ファーストアルバム ごあいさつ」を入手し、初めて彼の唄を聴いてみました。ぼそぼそとつぶやくような彼の唄声は、何の抵抗もなくすっと入り込んできます。そして、「歩き疲れては 夜空と陸との 隙間にもぐり込んで、草に埋もれては寝たのです 所かまわず寝たのです」と唄われる「生活の柄」を聴いた途端に、高田渡の世界に深々と引き込まれてしまいました。
そんな唄のタイトルをもじってこの写真のタイトルにするなんてことは、悪ふざけに近いことかもしれません。でもね、この建物も相当に歩き疲れた表情をしています。なり振り構わず休みたいった表情もしています。僕には、とても味のある、良い表情に見えます。窓がガラッと開いて、そこから、高田さんが「やあやあどうも」って手を振っていても不思議はないような…。ま、高田さんには長屋のほうがもっとお似合いかもしれませんが…。

【場所】台東区根岸3丁目あたりです。

壁の街 丸の内

このところ、そう忙しくもないのに、なぜか下町散歩ができません。いつの間にか、トップページに、都心で撮った写真がかなり増えてしまいました。ま、しょうがないですね。そう思うようにはいきません。
で、今日も都心、丸の内からです。この写真は、去年オープンしたOAZOビルから外に出たところで撮っています。
このあたりには高層ビルが建ち並び、街そのものがビルの内部に飲み込まれたような状態で、ビルの外を歩いても、人間の眼の高さに見えるのは、ガラスか石かコンクリートの壁ばかり。そぞろ歩きなどという気分は到底湧いてきません。まさに壁街です。
確かにビルの内部には商店街もあり、ウインドーショッピングもできます。しかし、そこには四季もなければ天候による影響もありません。年中一定の条件が確保されているわけですから、ビニールハウスで人工栽培されている商店街のようなものです。特に町歩きが好きな人間にとっては、思わぬ裏道があったりするわけでもなく、面白いわけがありません。よくもあんなに人が押しかけるよな〜というのが実感です。これって、ショッピングする資力のない者のひがみ?(^^;
しかし、昼間だというのにビルの谷間のこの暗さ。ビル風にコートをなびかせながら、重そうなバッグを提げて歩く彼は、いったいどう感じながらここを歩いているのでしょうか。

【場所】千代田区丸の内1丁目あたりです。

もうじき母の日

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街では、母の日商戦が始まっているようです。どこのデパートのショーウインドウを見ても、Mother's Day の文字が躍っています。今日は、そのなかから2題を。
左の写真は、銀座松屋のショーウインドウです。様々な色と種類の花を細いビニール紐で吊り、花が宙に浮いているようなディスプレイがなされています。あ、きれいだな、と思って見ていると、ショーウインドウのガラスに、通りの向かいにあるアップルストアのイルミネーションが写り込んでいます。そして、そのアップルのなかに、さらに銀座のガス灯を模したライトの影が…。う〜ぬ、花とアップル、いずれに焦点を合わすべきか? 大英断(^^;のときです。[と言いながら、実は両方撮っている(^^;] で、やはりアップルに焦点を…。僕は、まだ、アップルに後ろ髪を引かれているようです。
右の写真は、バーニーズのショーウインドウです。こちらは、いつも度肝を抜くようなディスプレイですが、今回は、まあ多少落ち着いたディスプレイでした。古い婦人画報の表紙を大きさを変えて沢山コピーし、それを額に入れたり、周囲に貼り付けたりしてあります。良く見ると、発行年月が表紙に記載されていて、え〜、こんな時代にこんな表紙が!というような驚きもありました。例えば今日掲載した写真の号です。1948年[昭和23年]というと戦後間もない頃です。その時代にこのビキニの表紙はどんな受け取られ方だったんでしょう? これは相当に大胆な表紙だったのではないか? などなど、想像しながら見ていると、時間が経つのも忘れてしまいます。
ついでですが、戦時中に発行された号の表紙です。すごいですね(^^;

【場所】中央区銀座です。
【追記】バーニーズのほうは、実は「婦人画報100周年記念」のようで、母の日を意識しているのかな?と思いますが、実際のところは不明です。

僕は、ある時点で、突然にスポーツをやめ、歯を食いしばらなくなったせいか、前歯の1本が水平方向に回転するように傾き、その歯の角が舌に触り、気になって仕方ありません。
あまりに気になるため、矯正歯科にも通ったのですが、肝心の歯は傾いたままで、効果なし。先生に聞いても「これ以上は直りません」とのこと(^^; そこで、気を紛らわすために、四六時中ガムを噛んでいることになってしまいました。ガムとは切っても切れない仲というわけです。
この写真は、総武線水道橋駅の売店のガムやキャンデーが並んだ棚です。なんだかコチャコチャときれいに並べられています。ガムやキャンデーのパッケージというのは、小さいけれど、消費者の目を惹こうと必死のデザインがしてありますから、それがこれだけ並ぶと、なかなか壮観です。
愛用のガムやキャンデーというのはありますか? こうして見ると、ぱっと目が行くのは、ピンクのXYLITOLガムでしょうか? これ、パッケージをピンクにして売上げがすっごく伸びたって聞きますよね。ちなみに、僕は、ブルーのCloretsXPガム派です。これは長時間噛みつづけても味が長続きしますし妙な変化もありません。そして噛むときの堅さも僕に適しているようです。
ガムが必要なくなる(=歯が抜け落ちる)日が待ち遠しいような、そんな日が来て欲しくないような、です(^^;

【場所】千代田区三崎町2丁目あたりです。

菊坂春宵

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夜になると、やや肌寒い感じもしますが、やはり、もう春ですね。暖かくなってきました。今日は久々に本郷菊坂の路地風景です。
こちらのお宅は長屋ではないのですが、長屋と向き合って建っていて、長屋にお住まいの方々とも親しく行き来なさっているようです。いつ通りかかっても、軒下に鉢植えの緑や花がたくさん並んでいて、目を楽しませていただいてます。
今年は、チューリップの鉢がこんなに並んでいました。路地にチューリップというのは不意打ちでしたが、夕刻の薄暗くなった路地でも、そこがぱっと明るく華やぎ、いかにも春の空気に包まれているようでした。
"菊坂の路地で春の宵に軒下の花を愛でる" う〜ん良いな〜、などと悦に入りながら、タイトルはどうすれば良いのだろう?と考えていました。最初は「菊坂の春の宵に」なんてタイトルにしかかったのですが、それではあまりに締まりがなく、そうだ「春宵」という言葉を造語してしまおう!ということに...。で、ものは試し、Googleで「春宵」と打ち込んでみると、瞬時に7万3千件もヒット(^^; げ、な〜んだ、僕が言葉を知らないだけなんですね。ま、これも勉強(^^; 「春宵」と書いて「しゅんしょう」と読むナリ。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

今日は、僕が大好きなバンド「ヒアーズ・フォー・ゼアーズ」のライブを聴くため、足立区は梅島のユーコトピアというライブハウスへ行ってきました。
すこし遅れて家を出ましたので、会場に着くと、すでに前座バンドの演奏が始まっていました。今日は、春ということもあって(そんなの無い!)、お店のなかはかなり大入り状態です。薄暗がりのなかで見回すと、takさんの姿が…。久しぶりなので、とりあえずご挨拶です。そして近況など話していると、バンドのメンバーがまだ2人しか来ていないといいます。もうひとりはボーカルのアキさん。大丈夫なんですかね〜、そんなことで…。しかも、2人の会話を聞いていると「2人だったら何演る?」「かえってやり易いかもね」なんて呑気なこと話してます。どういうバンドなんですかね、このヒアーズ・フォー・ゼアーズというバンドは(^^; ま、そうこうするうちに、やっともう2人のメンバーが会場に到着したんですけどね。が、間もなく前座バンドの演奏がおわり、ヒアーズのメンバーはそそくさとステージでの機材調整に入りました。

先日、TVニュースで、「東大構内にコンビニがオープンした」と紹介していました。そこで、文京シビックセンターからの帰りに、ちょっと東大の構内を歩いてみました。結局、コンビニはどこにあるのか分からなかったのですが、それとは別に、東大にしてはお洒落 [東大OBの方m(__)m] な感じのショップが出来ていました。このショップは、東大オリジナルグッズ[UTマーク入り]などを扱っているのですが、ショップの前がボードウォークって感じのウッドデッキになっていて、ベンチなども置いてあり、なかなかの雰囲気です。まわりに緑も多いですしね。散策の途中に、三丁目のスタバでカフェラテでも買って、ここに座ってひと休みなんてのは、安上がりでフィーリングッドな楽しみ方かもです(^^;
さて、そこからもう少し正門のほうに歩くと、かなり古い構造物があります。休息所なのでしょうか、かなり傷んでいて遺跡のよう感じですが、昔からこの雰囲気が気に入っていました。その天井は藤棚になっていて、今日、初めてその藤が花をつけているところを目にしました。これがあまり房が大きくなく、色も渋く、非常に雰囲気がありました。一瞬、葡萄の方が似合うなって感じも無きにしもあらずですが、ま、それはそれとして...(^^;
なんだか、その藤のツルと花が、建造物の廃墟感を助長しつつも荒涼感を抑えているとでも言うのでしょうか。しばらくこの場から離れられませんでした。

【場所】文京区本郷 東京大学構内です。
【追記】ショップ[東大コミュニケーションセンター]のホームページです。

失われた建物ペン画展

いつもお世話になっています和菓子司「喜久月」のご主人から、「22日まで、文京シビックセンター1Fで、本郷界隈を題材にした「失われた建物」というペン画展が開催されています」というメールをいただきました。シビックセンターならウチから歩いて数分です。早速カメラ抱えて行ってきました。[会場の写真]
この催しの中心は、菊坂在住のアーティストでありマラソンランナーでもいらっしゃる福満喜弘さんが、古い写真や聞き取り調査などをもとに、本郷界隈の失われた建物をペン画や油絵で再現なさった作品の展示でした。そして、各ペン画には、「あ、あそこなんだ!」ということがピンとくるように、現在の写真も添えられていました。この界隈の散策を始めたばかりの僕などは、名前は知っていても、それがどんな建物だったのか、何処にあったのか、といったことが不明なことも多いのですが、今日、この展示を拝見して、何件かの謎も解けました。その収穫は、いずれこのサイトに反映させるつもりです。

所用で銀座へ出た帰りに、HMVに寄ろうと思い、有楽町方面に向かいました。すると、有楽町駅前の再開発がいよいよ始まっていて、ついに我等バクテーズの可口飯店も取り壊されていました。

取り壊されるとは分かっていても、実際に建物の姿も形も無くなった現場に立つと、やはりちょっと淋しいものですね。あの建物が好きだっただけに...。そして、何人もの気の合う人達と知り合うきっかけになった建物でしたから...。

関連エントリー:■可口飯店のネオンサイン / ■可口飯店のバクテーハウス

【場所】千代田区有楽町2丁目あたりです。

ここは根津にある丁子屋さん。創業は明治二十八年。当時の和建築の様々な工夫が、ほぼ当時のままの状態で使われつづけている数少ないお店です。
普段、お店の前を通りかかると、ご主人が座って店番をしていらっしゃる姿があり、ちょっと会釈を交わして、という感じなのですが、この日は、ご主人の姿がありませんでした。そう長い間ご不在なわけはないと思い、その場に立ったまま、店内を見回していました。すると、きちっと揃えて置かれた黒い塗りの下駄に目がとまりました。あ、いいな〜と思って、その辺りに目を走らせていると、ふと、諏訪優さんの詩の一節が思い出され、空想の世界に入ってしまいます。

 なぜか 水っぽい夏だったから
 女は
 黒塗りの下駄などはいて
 通ってくる男たちを待っていた
 寺町の ねむたい昼下がり

「おやおや、お待たせしました」という声で我にかえり、顔をあげると、ご主人のにこやかな笑顔が待っていました。こちらのご主人には、昔の根津や谷中のことをあれこれをうかがったりと、お世話になりっぱなしです。この日も、獅子舞の手拭い一本いただいただけなのに、いただくわけをお話すると、それじゃというので、手拭いの入った紙袋に、そっと縁起貝をひとつしのばせるという粋なはからい。う〜ん、参ってしまいます。

 ■関連エントリー:「藍染町の丁子屋」
【追記】諏訪優詩集「谷中草紙」
【場所】文京区根津2丁目あたりです。

このところ生活パターンがドタバタだったせいか、体調・感覚ともにややズレっぱなしになっていまして、どうも調子が戻りません。そうこうしているうちに、親の世話やら仕事やらも発生し、谷中・根津の空気を吸いに行くこともできずにいます。ま、仕事があるということは何よりなんですが…。
今日も一日中家のなかです。そんなわけで、今日は、僕が「あ〜疲れた、海を見たいな〜」と感じるときに、パソコンの画面に大きく表示させて、ぼーっと想いを馳せる写真をアップします。
この写真も、もう20年ほど前の写真になるでしょうか。逗子に住み、暇さえあれば、カブにカメラバッグと三脚をくくり付けて、海沿いの134号線を走りまわっていた頃に撮ったものです。この日は、台風が通過した翌日で、稲村に大きな波が入り、ローカルのサーファーが何人も海に入っていました。
サーフポイントはもっと左側にあります。左手に見えるサーファーは、これから、岩の向こう側をまわり、稲村ジェーンで有名になった洞穴の手前を通り、その先からパドルアウトしてポイントに向かいます。そこには人の背丈をゆうに超える波が待っています。気持ちの良い、美しい日でした。

【場所】神奈川県鎌倉市稲村ヶ崎です。

切通坂にて

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ここは、僕が、本郷から根津や谷中に向かうときに必ず通る坂道です。右側の崖上は湯島天神。左前方に屏風のように立ちはだかっているのは湯島ハイタウンという、かなり古くからあるアパートです。この坂道をもうすこしくだると、右手に夫婦坂という湯島天神へあがる坂[階段]があり、それを過ぎてもうすこし行くと、天神下という交差点に出ます。そこに地下鉄の湯島駅があります。
ここはカーブした坂道ですから、歩いていると、先に何が出てくるか分からない面白さがあります。もっとも、これまで、面白いものに出会ったためしがないのですが(^^; あると言えば、急に自転車が現れて「おっと危ない!」という程度です。
この坂は、利用する人がけっこう多く、そのわりには歩道が狭いので、夕方の通気時などは、すれ違うのに苦労するほどです。が、この時は、時間も早く、僕の前を老夫婦がとぼとぼと歩いているだけで、他に邪魔な人影はありません。そして、左前方のアパートがレフ板のように光をはね返し、手前の風景を大逆光状態にしています。これは手前がシルエットになるかも?と思い、シャッターを切ると、この状態です。ちょっと絵になりきっていないのですが、本日はこれにてm(__)m

【場所】文京区湯島3丁目あたりです。

男の癖と味

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古書店の店先に置かれた特価本を、風采の上がらない男が、腰をかがめるようにしてあさっていました。なんだか、路上生活に入る数ヶ月前といった雰囲気です。どんな本を見ているのだろうと思い、僕もその店先で足を止めました。すると、男は、腰を伸ばしながら、鼻眼鏡越しにチラリと僕を見て、表情を変えることなく、僕とは反対の方向によたよたと歩いて行ってしまいました。
どちらかと言えば小男の部類に入るその男の髪はもじゃもじゃで、無精ひげも伸びて、着ているジャケットもよれよれです。が、その左手には、日本製の一眼レフカメラが握られていました。しかも、レンズを握って持っているのです。あまり目にする持ち方ではありませんが、実は、僕も時々おなじ持ち方をするのです。こういう時って、つまらないことが気になります。急に、この男への興味と妙な親近感が湧いてきます。そうして見ると、今度は、男の後ろ姿が変にかっこよく見えはじめます。
いったい男は、どんな被写体を追って、どんな写真を撮るのでしょうか? 猫背で歩く後ろ姿からすると、運動神経とは無縁そうに見えるのですが、いざとなると、銃弾の下をかいくぐるような敏捷な動きで、一撃で被写体を射止めるのではないだろうか? そんな想像をしたくなる、強い癖と味と雰囲気のある男でした。

【場所】中央区銀座2丁目あたりです。

根津の軒下にも春が

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昨日、一昨日と、このサイトらしからぬエントリーが続きましたが、それも今日でほぼ終了。いつものテリトリーに戻ります。
やはり、日常とは異なる環境に身を置くというのは疲れるものですね。年齢的にも、感覚的にも、もうすっかり下町散策が性に合うようになったようです。
そんな気分を反映してか、今日は、根津の軒下園芸を見てほっとしたくなってしまいました。ここは、不忍通りから1本奥に入った通りに面した根津のお花屋さんです。こちらにも、春めいた花の鉢が並ぶようになってきました。周囲の色が自然で地味なだけに、花の色がパッとあでやかに感じられます。この店先を目にして、ただ単純に「あ、きれい」とだけ感じました。それだけで、ちょっと心が躍るものです。軒下の園芸も、下町に春が訪れたことを告げているようです。この写真を見ているだけで、現場の様子がわかるだけに[ま、自分で撮ってんだから当たり前ですよね(^^;]、なんだか息まで楽になるような気がします。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

本日、4月14日、銀座2丁目のJRAビル隣りに、イタリアのミラノに本拠をおくシルバー・ジュエリーを中心としたブランド・ショップ「クラウディオ・カレスターニ」の東京店と位置づけられるショップが誕生しました。

このショップは、60年代から服飾業界を走りつづけ、その後、丸井のオリジナルブランドであるビサルノの綜合ディレクターとして活躍した田村光さんが、日本での独占輸入権を獲得してオープンにこぎ着けたものです。

実は、田村さんは、2年ほどまえにディレクター職を退き、一時は服飾業界から身を引くと言っていたのです。その時点でも僕は彼にお会いしてお話をうかがったのですが、「あの田村さんが、まさか」という、ちょっと淋しい思いでその話を聞いていました。それが今回、「やはり服飾業界からは離れられそうもないよ」という電話をいただき、なんだか自分のことのように嬉しかったんです。そんなわけで、役に立てるのなら何でもする、という勢いで、彼のもとに駆けつけた次第です。30年後の恩返しとでも言うのでしょうか(^^;

今日のエントリーは、明日のエントリーの予告編です(^^; なんて気をもたせてみたりしてます。しかも、このサイトでは、初となる、販売促進モードでのエントリーです。

というのは、明日、あるショップが銀座に誕生するのですが、そのオウナーは、70年代初頭に、僕が慕って行動を共にしていた、服飾業界の兄貴分なのです [はい、僕は、昔、服飾に携わっていました]。彼の名はKoh Tamura。60年代から服飾業界にあり、メンズブランドであるグラスを赤坂に誕生させたキーパーソンでした。その後、彼が独立し、独自のブランドを発足させるにあたり、僕に声がかかったのです。もちろん、憧れの人でしたから、こちらから押しかけたいくらい。即答で「よろしくお願いします!」でした。

いわゆるマンションメーカーのスタートです。加工したジーンズとそれに合わせるシャツやジャケットなど [当時流行のいわゆるヒッピーファッションですね] を、デザインし製作販売する工房のようなものです。そして、ビジネスが大きくなるにつれ、赤坂や六本木のマンションを転々としながら、都心を中心に、当時のヒッピー風の衣料を置いているブティックやショップなどに商品を卸していたわけです。

ここは、本妙寺坂と菊坂上道との交差点あたりです。

柴田商店から向こうにのぼっている坂が本妙寺坂と呼ばれる坂道です (写真では、看板と電柱に隠れてしまってますが...)。そして、僕が立っている位置の左側あたりに本妙寺が建っていたようです。本妙寺と言えば、明暦の大火(1657年)の火元として有名ですが、いまではその面影すらありません。

僕が立っている坂は、特に呼び名はないようですが、この坂をのぼりきって、すこし左に入ると(写真で言うと右になりますね)、有名な菊富士ホテルの跡などがあります。この道は、本郷の4丁目と5丁目がつくる三角形のほぼ真ん中を、本郷通りと並行に通っているのですが、何故か、僕は、あまり通ることがありません。

先日、どういう用件だったのか忘れましたが、用事があり(大した用事ではないに決まってますが(^^;)、このコースを通って森川町の方へ向かいました。そして、この地点で振り返ってみると、なんとなく気を惹くものがあります。
この写真を見ている時点でも、それが何なのか分かりませんが、とにかく、気になるんですね。この坂のある風景が...。風景としての優れた骨格がある、とでも言ったらよいのでしょうか...。

【場所】文京区本郷4・5丁目あたりです。

今日のエントリーのきっかけは、日常舟の三種の神器に登場する手帳 MOLESKINE です。
僕は、手帳については、フェチではありませんが、気になるほうで、以下のような手帳を使ってきました。

1】ソニーの"社員用手帳"。これは、文庫本のようなタテヨコ比と罫線の幅が実に心地よく、文字を書きたくなる雰囲気をもっていました。コネがなくなり入手できなくなっていまいました。

2】システム手帳 "Filofax"。様々なリフィルで遊びつつ、数年間使いつづけましたが、結局、かさばる&真ん中のリングがじゃまで書きにくい、というので使わなくなりました。

3】電子手帳 "Palm"。革ケースに入れたりして悦に入ってました。が、結局、ON/OFFや充電、パソコンとのシンクロなどがめんどうになり、短期間でオクラ入りに。

4】最近は、小型手帳とRHODIAメモを一体化できるBRIT HOUSE製の手帳 [メーカーサイトよりずっと具体的で親切な記事] を使っています。これ、小型ですし、丈夫なので、お尻のポケットに突っ込んで使うには最適です。人に会ったときなどは、RHODIAに連絡先などをメモして渡せるのも便利。ゴムのバンドで締めるのでばらばらにもなりません。ペンホルダーも付いています。ただし、オリジナルのリフィル(紙部分)はダサめで使えませんので、別途購入するなど、自分で工夫する必要があります。



久しぶりに外に出たのである。谷中を歩いたのである。しかも、お仕事という長いトンネルを抜けて、谷中のさくらのトンネルに入ったのである。だから今日はご機嫌が良いのである。そしてまた、しかも、漂泊のブロガーさんと一緒だったのである。だから今日は、文章が aki's STOCKTAKING風なのだ(^^; [akiさん m(__)m]

というわけで、

向ヶ丘の朽家

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朽家なんて言葉が有るのかどうか知りませんが、この家には、なんとなくぴったりくるような気がして、造語してしまいました。あっても良さそうな言葉ですね(広辞苑にはありませんでした)。
ここは向ヶ丘。以前は、駒込東片町と呼ばれていた所です。この家は、廃屋のように見えますが、まだ現役です。反対側から見ると、洗濯物が干してあったりします。そちらは波形トタンに覆われ、見た目にも、もっとしっかりして見えます。
しかし、この裏側はすごいことになってます。でも、やはり現役なんでしょうか、よく観るとタテヨコの線がしっかり通っています。傷みはすごいんですが、どこか端正(この語は適当ではないですね(^^;)なところが感じられるんですね。そこが気に入った主な理由です。
僕は、ここから歩いて数分の所の長らく住んでいましたが、この家については、はっきりした記憶はなく、「そう言えば在ったな〜」という感じ。町についての記憶なんていい加減ですね。ま、町にかぎらず、僕の記憶がいい加減だってだけかもです(^^;

【場所】文京区向ヶ丘1丁目あたりです。

ここは根岸の外れに近い場所。もう最寄り駅は三ノ輪です。その根岸の角に、かなり得体の知れない、目を惹くショップがありました。かなり引力が強く、それに引きずられて店内に入ってみました。店内は、とにかく何でもあり。雑多な品物が所狭しと並べられています。
しかし、こういうお店というのは、いつ入っても面白いです。何が出てくるか分かりません。まるで宝探しをしているようで、店内にいくら居ても飽きません。ついつい長居をしてしまいます。ご主人には申し訳ないのですが…(^^;
ところで、こちらのご主人、とても気さくな方で、写真の撮影も、快く"無条件"で了解いただけました。こういったタイプのお店のご主人というのは、とかく気難しげな人が多かったりするのですが、こちらは大丈夫。探し物でもあれば、それが何であろうと、とにかく、こちらで聞いてしまうのも手だな、と思いましたね。ま、言葉より、店内の写真を見てください。

店内の写真1】【店内の写真2】【店内の写真3】【店内の写真4】【店内の写真5


【場所】台東区根岸5丁目あたりです。
【余談】実は、こちらには、電化製品などの実用品も相当に置いてあります。

佃島夜景

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この日、佃島に着いたのは、もう午後の4時をまわっていました。しかも、2丁目で雑貨店のご主人と長話をしていたため、1丁目に入り、隅田川の堤防が見えた頃には、もう太陽が沈む直前でした。
堤防に立って、久々に、視野を遮るもののない風景の気持ち良さを味わっているうちに、陽は落ち、上空の青さにどんどん黒みが加わっていきます。
ところで、佃島に住む高齢の方々が頭に描く夜景とは、どんなものなんでしょうか? 暗い色の海に漁り火が映り、手前に瓦屋根のシルエットが、という感じでしょうか…。そんな場面に出会えないなかな?と、頭のどこかで考えながら歩いてはいたのですが、現実には、どこを見ても、高層のビルやマンションが視野に入ってきます。とは言え、長屋の向こうに聳えるビルなどといった、もう使い古された新旧対比の図はいただけません。
などと言いながら、結局は、「それに類する」と言われそうな図というのがなんとも…なのですが(^^;
ここは、昔、渡し船が発着していた場所から伸びる広い通りに面して建つ、菓子や食品を扱うお店の脇です。まわりは、もう深夜のようにひっそりとしているのですが、このお店にはまだ明かりが灯いていて、店先では、近所の子供たちが、ゲームに熱中している姿も見られました。いまの東京にしては珍しいほど周囲が暗いだけに、お店のテントに反射する光が異常に眩しく、「あ、これだ!」と思い、シャッターを切った次第です。でも、ちょっと日が暮れ過ぎの感ありです。

【場所】中央区佃1丁目あたりです。

僕が立っているのは、佃島2丁目に残る古い雑貨店のなかです。
こちらは、大正年間に創業なさったそうですが、震災で建物が倒壊し、昭和6年に、同じ場所に出桁造りの建物を建て、ご商売を再開なさったということです。
当時は主に煙草を販売なさっていたようですが、その後、時代の変化とともに、徐々に煙草の種類は減らし、雑貨や駄菓子を取り扱うようになり、今日に至るのだそうです。
店内から外に目をやると、向かい側にも古い建物が見えます。まだしっかりしているようですが、もう空き家だそうです。そして、その家のすぐ右手にはマンションの壁が迫っています。こうした状況から判断すると、こうして、昭和初期の建物のなかから、やはり昭和初期に建てられた家を眺めるなんてことは、もうじき叶わぬことになりそうに思えてなりません。もうじきに…です。

【場所】中央区佃2丁目あたりです。

昨日は、佃島の2丁目で撮った写真をアップしましたが、今日は1丁目の路地です。佃島のなかでは1丁目がいちばん海(河?)に近い位置にあり、歴史もいちばん古いのだそうです(2丁目にお住まいの方のお話)。ま、対岸の築地辺りからいちばん上陸しやすい場所から発展したのでしょうから、当たり前と言えば当たり前ですね。
そんな古さを反映してか、1丁目の路地(写真左)は、特級のラベルを貼ってあげたいくらいに狭く、そして長く、驚きました。写真をご覧になれば分かるとは思いますが、とにかく、人とすれ違うのもおぼつかない幅の路地ばかりと言っても過言ではありません。そして、その路地に面して各家の玄関があるのだから、これまた驚きます。さらに、ほんのちょっとでも幅が拡がった場所には、縁台が置いてあったりもします。さすがに佃島一丁目、濃密でした。
一方、1丁目の倍くらいの幅の路地が多い2丁目ですが、なかには、あまりにも狭く、路地として機能していない路地、というよりスペース(写真右)もありました。ここ、なんとなく可愛いですね(^^;

【場所】中央区佃1・2丁目あたりです。

佃島二丁目の路地で

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ちょっと肌寒い日でしたが、仕事に区切りがついたので、午後遅くなってから、佃島を歩いてみました。
地下鉄大江戸線が開通してから、もうずいぶん経ちますが、今回はじめてその恩恵をこうむりました。本郷三丁目から、乗り換えなしで月島まで行けるんですね〜。楽チンです。月島駅で下りると、もうそこは佃島です。
佃島界隈を歩いたのは、十数年ぶりでしょうか。ずいぶんと変わったな、と言う自信がないくらいに、以前の記憶が飛んでいます。ま、初めてみたいなものです。
駅から表に出て最初の印象は、「あれ、ビルばっかり」という感じ。それにしても、町全体がビルの砦に囲まれているようで「あ、あっちだ」という勘がすぐには働きません。が、そのツルンとした砦のなかに足を踏み入れると、ありました、長屋と路地が…。それも、佃島は戦災で焼けなかったそうですから、かなり古い建物が残っています。
今日の写真は、月島の駅に近い場所にある路地です。ここは、路地を挟んで隣り合わせの家を同じ人が所有しているらしく、2軒をつなぐようにして屋根がかかっていました。なんとなく人の家のなかを通り抜ける感覚です。こういった、路地の上が屋根や建物で覆われている例は、昔はたまにありましたが、最近はほんとに目にしません。
なんだか地味な写真ですが、この佇まい、なんとなく、かなり、気に入ってしまいました。

【場所】中央区佃2丁目あたりです。

鶯谷の飲み屋街で

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今日は、ちょっと時間がありません。で、昨日のつづき、鶯谷飲み屋街の断片です。

【左】5坪のお店が寄り集まっている一画です。後方に見えるのがStar Tokyo(キャバレー?)。
【中左】飲み屋横丁とStar Tokyoの間から新世紀(ダンスホール)を見上げたところです。小雨がぱらついていました。
【中右】夕方になると大繁盛する焼き鳥屋さん(コーラ販売機の手前。この時はまだ開店していなかった)を横目で見ながら、オヤジさんが行ったり来たり…。
【右】5坪のお店が寄り集まっている一画にある自転車置き場。壁の表情が良いです。

【場所】台東区根岸1丁目あたりです。

鶯谷の飲み屋横丁

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ここは、鶯谷駅で下りて、長い陸橋を渡り、階段を下りてすぐ左側にある飲み屋街です。
この一画には、ほんとうに小さな飲食店がごちゃっとかたまって建っているのですが、どうしてこういうことになったのか、その理由が分かりませんでした。が、先日、偶然にも、あるお店の方からその理由をうかがうことができました。
その方によれば、この土地には、元々神社が建っていたのだそうですが、それが戦災で焼け落ち、しばらくは空き地になっていたそうです。それが、戦後、東京では路上に露店が増え、なんとかそれを排除したい東京市が、露天商をこの一画に格安の条件で誘致したのだそうです。そのときの分譲単位が5坪だったのだそうです。だから小さいお店が多いわけです。
飲めない僕にはあまり縁のない一画ですが、最近では、「お、ここは入ってみたい」と思わせる、ロックンロール(Stray Cats?)の臭いのする若者向けバーなどもオープンしていました。
それを見ると、いまはオヤジさん向けの飲み屋街って感じのこの一画ですが、ひょっとすると、アメ横や横スカなどの匂いのする、ちょっとオシャレな溜まり場に大変身するかも?です。

【場所】台東区根岸1丁目あたりです。
【余談】今日は、いったん、あるライブのお知らせをアップしたのですが(ご覧になった方もいらっしゃると思いますが)、残りチケット数があまりに少ないということで、急遽、記事を差し替えました。

根岸の路上舞台

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ここは、昼間通りかかっても、奥に見える医院が「ちょっと古くていい感じ」と感じる程度で、さほど惹きつけられる場所ではありません。が、日が暮れて、鶯谷駅へ向かうため、ここを通りかかると、昼間とは全く景色が違っていました。
この周囲は、いまの時代にしては珍しいほど真っ暗です。そこにポツンと夜遅くまで営業している八百屋さんがありました。その店内の照明が煌々と路上を照らし、まるで舞台にスポットライトが当たっているような状況です。
それだけでも足が止まったのですが、しばらくすると、そのスポットのなかに、犬を連れた男性や、自転車に乗った買い物客などの姿が入ってきました。まるで舞台にあがった登場人物状態です。まさに下町の連続ドラマの一場面です(^^;
実は、横位置で撮った写真のほうが、真っ暗な部分が多く、いかにも舞台って感じがわかるのですが、残念ながら、こんな時に限って、良いカットがありません(^^; やや妥協気味なんですが、今日は縦位置の写真です。

【場所】台東区根岸3丁目あたりです。



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