明日 銀座にオープン!

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今日のエントリーは、明日のエントリーの予告編です(^^; なんて気をもたせてみたりしてます。しかも、このサイトでは、初となる、販売促進モードでのエントリーです。

というのは、明日、あるショップが銀座に誕生するのですが、そのオウナーは、70年代初頭に、僕が慕って行動を共にしていた、服飾業界の兄貴分なのです [はい、僕は、昔、服飾に携わっていました]。彼の名はKoh Tamura。60年代から服飾業界にあり、メンズブランドであるグラスを赤坂に誕生させたキーパーソンでした。その後、彼が独立し、独自のブランドを発足させるにあたり、僕に声がかかったのです。もちろん、憧れの人でしたから、こちらから押しかけたいくらい。即答で「よろしくお願いします!」でした。

いわゆるマンションメーカーのスタートです。加工したジーンズとそれに合わせるシャツやジャケットなど [当時流行のいわゆるヒッピーファッションですね] を、デザインし製作販売する工房のようなものです。そして、ビジネスが大きくなるにつれ、赤坂や六本木のマンションを転々としながら、都心を中心に、当時のヒッピー風の衣料を置いているブティックやショップなどに商品を卸していたわけです。
当時は面白いように販売ルートが拓け、ディスプレイを兼ねた商品として、デパートや地方の大手衣料販売店からも仕入れ依頼があり、忙しくて仕事イコール生活という感じ。仕事場は、まるでロフト状態。でも、それが面白くてしょうがない時期でした。衣料業界誌チャネラーなどに紹介されたのもこの頃でした [右から2番目がTamuraさん、左端が僕です。1972年5月増刊号より]。

が、僕は、徐々に、服作りの基本を知らないことが気になりはじめ、ついには、楽しかったメーカーを辞め、当時渋谷にあった福原燎プロカッティング学院に入学しました。そこから、Tamuraさんとは別の道を歩むことになってしまったのです。いつかまた、敬愛するTamuraさんと一緒に仕事がしたいと思ってはいたのですが、いったん道が分岐し、業界も異なると、それはなかなか合流しないものです。ところが、合流点というものは、来る時は唐突にやって来るもののようです。なんと今回、彼が、あるショップを銀座にオープンするにあたり、僕に声をかけてくれたのです。分岐から、既に30年が経過していました。

勿論、これは仕事ではありません。ま、兄貴が忙しいんだから、弟分である僕は助っ人に行かなくちゃ、というノリです。でも、それが嬉しいんですね。僕なら、有無を言わずに飛んで行く、と思ってもらえたというのが...。はい、今日もお手伝い[という邪魔(^^;]してきました。

そんなわけで、明日、銀座でオープニング・レセプションがあります。そのレポートを明日お届けします。今日の写真はそのヒントです。

【場所】中央区銀座2丁目あたりです。

■次エントリー:クラウディオ・カレスターニ

コメント(27)

新しいお仕事?発想がチープな僕は写真からまだイメージがわきませんが、アンティークなガラスでしょうか?ワクワクしています。

1972年・・・。あの頃は熱かったですね。
70年、安保と大阪万博という、時代の新旧が交差したあと、挫折感と新しい価値観のめばえみたいなものが交じり合っているような、不思議な空気感がありました。
僕はそのころから何かを求めて海外に旅するようになりましたけれど、masaさんは服飾の、しかも結構とんがった世界にいらっしゃったんですね。
チャネラーの写真、そんな時代の雰囲気が現れていて、涙が出るほどなつかしく思いました。
その10年後に、グアムでmasaさんと出会うわけですね。
masaさんグラフィティを、楽しませてもらいました。

masaさんの若い頃の写真を遠目に見ながら、ウチの奥さんは「え、ジェリー?」と言っていました(笑)

さすがに、1972年というと私は3歳なので、あまり記憶はありませんが、Tamuraさんのお名前や、グラスは存知ております。(一応は、私も衣料関係でしたから…)

今まで、masaさんの過去に触れるという事が無かったので、ビックリした部分もありますが、気持ちを抑えながらも、強烈に嬉しさが伝わってくる文章に、意味もなく嬉しくなってしまいました。

明日のエントリー楽しみにしています。

>カークさん、じゃらん堂さん、のりさん
コメントをありがとうございます。いま、銀座でパソコンを借りて書いてます。帰宅してからお返事しますね。レセプションは5時頃から始まります。

私も1972年は2歳です(笑)
まさかこのストイックなブログで masaさんと直接お会いするより先にお顔を拝見することになるとは思いもしませんでしたが、なんかむっちゃカッコエエです!
僕ら世代が美大時代にそうしたスタイルだけを踏襲してるのとはドスの入り方が違うような気がします。それと真ん中の痩せた大橋巨泉みたいな存在感の人ってのが僕ら70年代生まれ世代にはいないんですよね(笑)
いや〜、今の masaさんがどんなか、谷中でばったりお会いできる日がますます楽しみになって参りました。

ところでグラスメンズって高校時代くらいにあった懐かしいブランド名ですけど、その後、どうなったのかとかって全く知りません(ま、経済的な理由から私がブランド商品にまったく興味なくしていってしまったせいもありますが)。レポート楽しみにしています。写真だけだと香水?って感じですけど、それじゃーブランドショップとしてはありがちすぎですよね。

あのころのmasaさんも輝いていましたね〜 流石におしゃれで服の着こなしには目を奪われました 何にでも真っ正面から立ち向かい深く掘り下げるというところは我々の規範ですね 

>カークさん
コメントをありがとうございます。この写真は、実は、水のペットボトルなんです。キャップは銀製です。イタリアのシルバージュエリー屋さんが、ノベルティーとして配ったものだそうです。
これ、欲しくてしょうがなかったのですが、売り物ではないし、もう本国にも残っていないのだそうです。

>じゃらん堂さん
コメントをありがとうございます。70年前後というのは、米国西海岸で発生したヒップスターやロックの波が日本にもモロに押し寄せた頃で、その波に飲み込まれ、目的地も分からず、夢中で駆けていた気がします。その夢から醒めた虚脱感のようなものが、ファッションの世界から遠ざかった原因のような気がしています。とにかく、熱い時代でしたよね。でも、その尾をいまだに引きずっているようにも思います。
その同時代を通ってきたじゃらん堂さんと、グァムでお会いし、それから22年経ってて、こうしてブログで再会なんて、なんだか作り話のようですよね。
このエントリーへのコメントは、とても嬉しかったですよ。ありがとうございました。

>のりsan
コメントを本当にありがとうございました。特にこのエントリーに…。しかものりさんから…。
パソコン通信初期の、のりさんやKomoさんとの交流も、もうこれに近い想いの入ったものになりつつありますね。そういえば、のりさんも服飾業界にいらしたのですね。僕が東京でウロウロしていた頃に、いまをトキめくデザイナーやブランドが産声を上げたんですよね。Tamuraさんと初めて会った時のカッコ良かったこと! もう日本にもこんな人が居るのかってくらいに驚きました。しかも、その当時、最先端を行ってた、赤坂グラスの人でしたから…。
「え、ジェリー?」は光栄アンド超ウレヒーです(^^; 奥様によろしくお伝えください。

>m-louisさん
このエントリーにコメントをいただき、ありがとうございます。
この写真の僕は、広角レンズの歪みのおかげて、多少見た目に良くなっているようです(^^; 真ん中の巨泉風の人ですが、この人は川上ヒロムさんといいい、もうお亡くなりになりましたが、女性版アイビーの石津健介とも呼ばれた方で、都繊維の重役(会長だったか?)、アイビーシスターという雑誌の発行人、エフエルというブランドのオウナーでした。この写真は、氏の自宅(根津美術館そば)で撮ったものです。氏は、アイビーからヒッピーへの変わり目にめざとく目をつけられ、我々に興味を持ってくださり、その後、資金的にも援助いただくことになりました。ところが、ヒッピーというのは、ファションではなく、生活や生き方なのだ、という我々の感覚と相容れないものがあり、あまりハッピーな結末にはなりませんでした。
グラスというブランドは、銀座サンモトヤマの御曹司が出資して、赤坂に誕生し、その後、ゴローズとともに原宿に移転したんですね。いまもグラスって存在するのでしょうか? 僕も服飾からは遠ざかっていましたので…。

>kenさん
コメントをありがとうございます。あの頃からお世話になってますね〜。掘り下げることについては、kenさんの右に出る人はなかなか居ませんよ。僕などは、やはり上っ面なめてるだけ。だめですね。僕が、おやじsanの紹介でkenさんと出会った頃、そりゃkenさんは眩しかったですよ。こんな所に書くのもなんですが、風戸さんと競ったレーサーだったんですから…。ま、ジジイの昔話はこれくらいで…(^^;

そうだった・・・・。
masaさんの写真も話も懐かしいですね。
当時、ファッションの事はmasaさんに聞けば何でも知っていましたね。
「あの店はいいよ」って、教えてもらったMILKがあったところは 今はGAPになってしまいました。
建物は時と共に変わってしまったけれど、masaさんのセンスは昔からずーっと、磨かれて光り続けていますね。

>Tri U^ェ^U ママ さん
コメントをありがとうございます。そうでした、ママさんとお会いしたのもあの頃でしたよね〜。あの小っちゃなMILKが出来たての頃。当時、ママさんが、タータンチェックのポンチョ姿で現れた姿の可愛かったこと(^^; いまでも忘れません。キャシャな感じで…。まさか二児の母になろうとは(^^; それにしても、長い間お付き合いいただき、ありがとうございます。今後とも親戚感覚でいるからね(^^;

出遅れですが、懐かしい話が多かったのでかきこさせてください。
原宿のアトリエ?懐かしいっす。時計なんかも造ってもらったり、ジーンズとか型紙が拙くて(失礼)返品食らったりしてましたね(笑)
もうあの頃に戻る事は無いでしょうがあの頃があればこそ現在があるのでしょう。

>おやじsan
おやじsanには、僕の若い頃の醜態をぜ〜んぶ見られてますからね〜(^^; 時計の改造などをやっていたのは、Tamuraさんと一緒に行動するようになる前でした。時計はパンチやプレイボーイなどにも紹介されたし、週間朝日の表紙写真の小道具としても使われたりしましたね。
返品とか、在庫の山もありました〜。なんせ素人に近いんですから…。赤坂の頃、おやじsan、これでもかという程にビョウを打ち込んだジーンズを注文してくれましたね。あのジーンズは重かった(^^; 
あの頃が、何らかの形で現在につながってはいるのでしょうが、その現在があまりね〜(^^; 失敗の原因とも言えます(^^;

はじめまして。
突然の投稿をお許し下さい…。

ボス(川上弘氏)とアイビーシスターの事を
ネット上で探しておりましたら、こちらを発見し
昔のアトリエ・ヒロの写真を拝見して大変感激致しました!
(一緒に写っている女性は井筒さんではないようですね…
井筒信さんのこともご存知でしょうか…?)
私は3年程前まで、ボスの経営するアトリエ・ヒロにて
働かせて頂いていた者です。

こちらのブログは2005年になっていますが、
この当時、ボスはまだご存命で、
大変お元気に、あるGMSの専門店の顧問をされておりました。
しかし、つい先だって、2006年5月9日にご逝去されました…。

先月、お会いした折に、
今年のAWのバレンシアガのコレクション写真を見て、
「これはオードリーのおしゃれ泥棒そのものだねぇ」
と、愉快そうにおっしゃっていたのが忘れられません。
とても紳士で、いつもファッションに敏感で…、
生涯現役を貫いたボスに心から哀悼の意を表したいと思います…。

今日は、ボスの若かりし頃のお写真と出会えて本当に嬉しかったです!
masaさん、どうもありがとうございました!

ボスとはハッピーな結末ではなかったとのことでしたが、
(こんなことを私が申し上げるのもなんですが…)
ボスのことを覚えていて下さり、写真を掲載して下さって
きっとボスも喜んでいらっしゃると思います。

それでは失礼致します…。

>rie_i さん
こちらこそ初めまして。コメントをお残しくださいまして、たいへんありがとうございます。
川上さんが、本当につい先日までご存命だったとのこと…風の便りにお亡くなりになったと聞き及んでいましたので、驚きとともに「それならお目にかかることもできたのに…」と、ひじょうに残念な思いで、いまお返事を書いています。そして、心から追悼の意を表します。川上さんの印象は強烈で、お目にかからなくなってからも、忘れたことはありません。
rei_iさんがおっしゃいますように、希なお洒落感覚をお持ちの人当たりの柔らかい優しい方、しかし一方で、テコでも動かない強い信念をお持ちの方だったという印象が強く残っています。また、膨大なジャズライブテープのコレクションのことが忘れられません(あの貴重なテープ達はいまどうなったのでしょうか…)。
「ハッピーな結末ではなかった」と書きましたが、けっして嫌な別れ方をしたわけではありません。メーカーとして成功するに至らなかった、というのがその主たる意味でした。我々に目をかけてくだすった当時、僕がまだまだ感覚的に幼なかったことが禍したような気がしていまして、それについて、いずれお会いできるものであれば、ひと言お詫びせねば…と思っていました。それも叶わず、重ねて残念に思います。
お墓の場所など、できましたら、メールでお教えいただけたら…と思います。rie_i さんにも、いずれお目にかかれたら…とも思っています。改めて、コメント、ありがとうございました。

追:井筒信さんは存じ上げません。写真中の女性はデザイナーのみどりsan、右端の男性はパターンナーの荒木氏です。

先日は、私のコメントにすぐにお返事を頂いておりましたのに、
この一月あまり鬱々としてしまい、
なかなか御礼のコメントを書かせて頂くことができませんでした。
その節は大変失礼致しました…!
masaさんには心より感謝致しております!


ボスの大好きだったジャズのテープのこと、
やはりご存じでしたか!
本当にジャズの生き字引みたいな方でした!
テープについては、私も詳しい行方は存じ上げませんが、
岩本町の会社の重役さんが、
かなりの数を譲り受けられたとのことです。
(それでも全部ではないらしいです。)
その方はボスと親交が深く、
「20代の頃からボスにジャズを教えてもらった…」とおっしゃっていました。
その方に大切にして頂けることをボスも望んでいらっしゃると思います。

思えば、私がボスと知り合ったのも音楽を通じて…
といっても過言ではありません。
ボスはサブカルチャーをいつも大切に考えていらっしゃいました。


ところで、確かにボスは個性的で、強固な一面がありました!
お若かった頃は尚更でしょうね…。
私もその頃のボスにお会いしてみたかったです。
masaさんがうらやましいです!
(私がボスと知り合ったのは、ほんの10年ほど前なのです…。(^-^))


話は変わりますが、
まだ、お墓の場所を存じ上げませんので、
ご迷惑でなければ、
わかり次第、御連絡差し上げたいと思います。
見ず知らずの者から突然メールが送られてくるかもれませんが…、
その時は何卒よろしくお願い致します!
m(_ _)m


それから、
masaさんのブログ、とても興味深いですね!
知らなかった東京の一面を見ることができて
嬉しくなってきます♪
これからも時々拝見させて頂きたいと思います!!
そして、いつかお目にかかれるといいな、と思っています!

>rie_i さん
いやいや、もうコメントいただけないかな〜と思っていましたので、ビックリしました。再訪してくださいまして、ありがとうございます。
川上さんは、僕の、ほんとうに懐かしい思い出の方ですので、つい余計なことまで書いてしまったかな?とも思っていますが、その点、お許しください。
当時の若者(僕も含みます(^^;)の多くは、ロックを中心に聴いていましたが、僕は、ジャズもかなり聴いていましたので、それも川上さんが僕を気に入ってくださった原因か?と想像しています。青山のアトリエで、テープをかけ、その説明をしてくださる時の川上さんの目は、本当に輝いていました。下手をすると、ファッションよりもジャズが好き…って方だったのかな?とさえ思います。
いや〜思い出は尽きません。もしも何らかの情報を入手なさいましたら、ぜひともお教えください。
今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。とても嬉しい気持ちでコメントを読ませていただきました。

うわわっ、若い頃のお写真、可愛い〜というかトンがってるぅ〜!素敵じゃぁないですか〜。
ビートルズじゃなくて「ずうとるび」の一員みたい。 あ、コレ褒め言葉ですよ。(^^;; とても雰囲気のあるいいお写真ですね。
71年生まれの私が言うのもナンですが、60年代〜70年前半頃って女性も男性も素敵だなぁって思いますよ。いい時代だったんでしょうね。女性のお化粧や髪形だって今みても可愛いって思うもの多いですよ。80年にはいると途端にヤバイねこりゃ〜なんていうのばっかりに…
masaさんは服飾業界にも居たのですね。だからいつもシャープなんだなぁ。
お写真もご自身も洗練されていらっしゃる。
植木職人もホテルマンもファイヤーダンスまでも経験済み…masaにmasaじぃ、恐るべし です。(^^;

>yukiりんsan
ええっ、yukiりんsanは71年生まれ……。う〜ん、もう僕はその頃大人でしたからね〜。それが、いまじゃ、タメどころか、遊ばれてますからね〜(^^; いったい僕は成長してるんだろうか?(^^; ま、いいや。しかしですね…この頃は、本当に社会の通念のようなものが、大きく変化していく真っ最中でしたね。髪が長いってだけで、入社試験も受けられないとか…という、迫害じゃ!と思うようなこともありましたし…。そんなことに本気で抵抗してましたから、ま、昔からバカだったんですね。おかげで日陰者という役回りばかりですが、自分にウソついてませんから、いまとなってはそれが支えになってますね。ま、LGご夫妻の性格もどちらかと言うと、似てますね(^^;

masaさん、こんにちは。昔のモノクロ写真、実によいですね!ファッション業界がまだまだ刺激的で、芸能界と直結していたような時代だった気がします。その代表が吉村真理さんなんかで…。ファッションショーをハシゴするのがステータスだったりして…。僕も少しファッション業界をかじったので、この写真の雰囲気がなんとなく分かる一方で、「こうじゃないんだよ!」というタイプの人間でした。masaさんの瞳もそう語っているような…。

それよりもなによりも、この若かりし日々のmasaさんにとっても似ている男子を発見しました。下記に出てくる主人公の男の子です…たまりまcenわ与。。
http://www.youtube.com/watch?v=Iq3DlUCUUsE

>cenさん
こんばんわ。確かに、当時のファンションの世界は芸能界に近かったですね。吉村真理さん、カッコ良かったですね〜。彼女は、当時、葉山マリーナに「ズムズム」というブティックをお持ちでしたね。仰るとおり、まさに直結の典型ですね。
この写真に写っている頃は、いちマンションメーカーから、大手繊維メーカーのバックアップを受け、産業としての本格メーカーに変身しようとしていた時期でした。これは、路上ライブやっている者が、音楽事務所に入ると、途端に事務所の制約を受け、自由なライブができなくなるようなもので、やはりそれまでのように自由には動きまわれなくなり、これは何か違うぞ…というものを感じていた時期ですね。
しっかし、URLはアルファルファではないですか(^^; これはむしろcenさんでしょう(^^;

うーむ、ぼくはこのエントリーをまだ知りませんでした。別人ではないかとしばらく凝視しましたが、納得してmasaさんのレイアにもうひとつ加わりました。コメントにあったMILKといえば、このころぼくやAKiさんはセントラルアパートで、MILKのすこし上の階で働いていました。おい、遊んでいたんだろうというひともいそうですがね。
ところで、「芳村真理」ですよね。妹は「吉村実子」でしたが。ウィキペディアによれば、本名は「大伴稲」なんだそうで、あまりの不釣り合いにおどろきました。姉妹の芸名に「真理」と「実」をならべるというのもひとひねりきいていますね。ぼくは、どちらかといえば妹の荒削りでみずみずしい感じが好きだったな。

>玉井一匡 さん
あ、そうですよね、この頃、セントラルアパートに事務所を構えていらしたのでしたね。僕も、当時セントラルアパートに事務所を持っていた4℃ (当時はOFFという名前でした)の連中と気が合いましたので、ちょくちょく出入りしていました。もしや、玉井さんやスリムなAKiさん(^^;とすれ違っていたのかもしれません…。
「真理&実」姉妹につきましては、都会派の真理、荒野派の実…という印象を、僕ももっています。余談ですが、芸名なら、いっそ「真理&真実」でも良かったのに(^^;なんて思ったりもします。
そして、これも余談ですが、このカレスターニが、今日、銀座から原宿に場所を移してオープンします。

いや、事務所を構えていたのではなくて勤務していたのです。
ところで、カレスターニオジさんのかっこよさは、まいっちゃいますね。
日本人の男がどんなに頑張ってもこうはいかないけれど、これを身につければ変われると思っちゃうんでしょうね。日本人も、女はいけるのに。

>玉井一匡 さん
わざわざきっちりとお答えをありがとうございました。
クラウディオ・カレスターニはほんとにカッコイイです。そして奥様がまた…ちょっとアニー・レノックスを彷彿とさせる方で…えらくカッコイイです。
ところで、今日が原宿店オープンですから、実は、彼は来日中です。今回は僕はカバーしませんでしたが…。



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