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十数年ぶりに墨田区の京島を訪ねてみました。トタン屋根の波打つ庶民の町という印象が頭を離れず、そこが今どうなっているのか、ずっと気になっていたのです。昔のままの姿を残しているのか、または一変しているのか。
最寄り駅である曳舟駅に降り立ちました。結果は、後者でした。再開発が進んでいるようで、特に駅周辺には、かなり規模の大きい高層のマンションが何棟も建っています。
もうダメかな?と思いつつも、せっかく来たのだからと、とにかく歩きはじめました。すると、古い記憶を掘り起こしてくれるような建物や風景が断片的に残っています。十数年ぶりに再会するというのは、相手が建物であれ、感慨があります。そうした断片にできるだけ出会おうと思い、歩きつづけているうちに、ある踏切の脇に、きわめて低いトタン屋根の家が見えてきました。そこには細い路地が伸びていて、奥のほうにも同種の建物が建っているようです。ちょっと入りにくい路地でしたが、足を踏み入れてみました。
いやに静かです。なんだか様子が変です。洗濯物が干してあったりするのですが、人の気配を感じません。さらに奥に進むと、ベニヤ板などで窓が覆われ、はっきりと廃屋状態であることが分かる家も現れてきます。ここまで来るとさすがに状況がつかめてきます。ここは再開発されるのだろうということが…。その状況は路地を抜けても変わりません。そして、あるお店のドアにこんな貼り紙がしてあるのを見つけました。「恙なく皆様の暖かいお交宜に支えられ良い時代でした」という下りが胸に来ます。
この路地を歩きながら、所々に人が住み着いたゴーストタウンを歩いているような錯覚に陥っていたのですが、その感覚は正しかったようです。
【場所】墨田区京島1丁目あたりです。

こんにちは、京島界隈?も興味深く読ませてもらってます。
この辺りは行ったこともなくぜんぜん土地勘もないのですが隅田川を越えたところでいわゆる「川向こう」なのでしょうか?
今本を読んでいたらこの辺の話が出ていて、京島は戦災を免れたところだそうですね。
写欲が刺激されています、続編が楽しみです。
>カークさん
こんばんわ〜。コメントありがとうございます。僕も「川向こう」をまともに歩いたのは十数年ぶりです。この辺りは、実は相当に歴史が古く、奥が深そうです。郷土史を研究していらっしゃる方にも出会ったのですが、古事記なんて単語が出てきて、びっくりです。そんなに古いの〜と、途方に暮れる感じです(^^;
京島界隈は、明治通りを境に南側が消失を逃れた地域だそうです。曳舟駅を離れると、まだまだ古い建物が残っていました。
次回の弥次喜多候補地にしましょうか?(^^;
京島という地名さえもあまり馴染みがありませんでした。
張り紙、達筆な上に温かい文章。書いた人の人柄が偲ばれる張り紙ですね。何屋さんだったんでしょう。奥ゆかしさとやさしさを感じます。
>じゃらん堂さん
そうですよね。京島って、本所や向島という地名に比べると全くと言っていいほど知られない地名ですよね。
また、通りを挟んで、文花という地名もあり、ここも京島とセットで見ていく必要があると感じました。ちょうど根岸と下谷の関係のように…。
しかし、よくこの文章を観て読んでくださいました。廃墟状態の番地を見て回り、その仕上げにこの貼り紙に出会うと、さすがにジーンとくるものがありました。こちらは、看板には「中華料理」と書いてありましたが、いわゆる町の食堂って感じでした。古いペプシの看板がかかっていました。