2005年7月アーカイブ



さて、もう何も説明はいらなくなってきました。はい、秋葉ホコ天です。Uzumeさんです。アニレゲです〜っ。前回と前々回は、アニレゲ シンガー Uzumeって感じの写真でしたが、今日はちょっと傾向の違う写真を...。本日のUzumeさんは、頭にバティック風な生地でターバン(と言ってもインドじゃない)なぞ巻いて、ひときわエキゾポップに決まっていました。そこで、左端の写真(思い切りトリミング)はともかく、他の写真は、ちょっとオンナ Uzumeに迫ってみました(^^; いやいや、聴覚的にも視覚的にもカッコイイ人です。これからも応援をつづけるぞ〜っ!(^^;

【追記】Oolong Tings a BloGwaan! に必読記事がエントリーされました。ちょっとだけ、閣下のお声も拝聴できるぞ!
【追記】関連エントリー:秋葉ホコ天 / Viva Uzume!
【場所】千代田区外神田[ドンキホーテ前]あたりです。



ハモニカ横丁にあった、知る人ぞ知る模型店・歌川模型さんが閉店です。本日訪ねてみると、歌川さんのご子息が、店内の整理をなさっていました。あの模型店の姿はもう見られなくなりました。が、せっかく来てくれたということで、ご子息が、模型の無くなった店内ばかりか、滅多に上がることのできない住居部分まで、自由に撮らせてくださいました。そのご厚意にむくいるためにも、記録として、その一部をアップします。しかし、多くのファンの熱い声が届いたようで、8月中旬、新たな場所で営業を再開なさるということです。ちょっと安堵ですね。
中央と右の写真は、つい先日通りかかった時に撮ったものです。本当に撮っておいて良かったです。これが最後になるとは...。

秋葉原復興景

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「この写真は大戦後の復興期に撮影された。多くの人がクズ銅やクズ鉄、段ボールなどを持ち込み、換金しては生活の足しにしていた。当時すでにデジタルカメラが存在したことを示す貴重な資料である^^;」なんてキャプションが付いていたら、「ほ〜、そうなんだ」と思ってしまいそうではありませんか? ま、僕の勝手な思い込みかもしれませんが…。
とにかく、高層ビルが次々に建ちあがり、最新鋭のIT都市に向けた整備が進む秋葉原で今日撮った写真とは、我ながら思えません。この建物の古さやリヤカーの存在もさることながら、街全体が工事中であることの副産物で、路面が土に覆われていることが、そう感じさせるいちばんの要因のようです。
また、あちこちに整備途中の広い空間が拡がっていたりします。都心ではあまり目にできない、緑も何も無い荒れ地のような広い空間です。これが、再開発の波に乗らなかった区画を背景にすると、空襲による焼け野原に、焼け残った建物がポツンと建っているような印象を与えてくれるようです。それがもうひとつの要因のようですね。
今の秋葉原は、中心部をちょっと外れてみると、実に面白いことになっています。

【場所】千代田区神田練塀町あたりです。

暑い日でした。が、湿度が低く、風もあって、わりと快適に感じられました。そんな今日、久々に根津・谷中を歩きました。ブログ世界(に限らず)の先輩お二人と、そのご友人で、やはり僕の先輩にあたる方とご一緒させていただいて...。
お二人は建築家で、お一人が編集者でした。やはり目の配りや足の止まり方に違いを感じます。「生ビールがあるかな?」とか「芋甚のアイスクリームだ〜」とか、ってそんなことじゃありませんね(^^; やはり、僕では到底気づくことのできない、建造物の特質や特異な点、使用素材などにすっと視線が注がれます。そして、それらに対する見解があっと言う間に出てしまいます。風景を読解する力の差とでも言うのでしょうか、そんなものを感じました。この方々が立ち止まった場所でシャッターさえ切っていれば、何かになるな〜(^^;なんて思いながら...。要は、僕にとっては、人間の力を見て感じた散歩ってことですね。勉強です、勉強。しかも タ・ダ・デ・ス(^^;
そんなわけで、あっという間に夕方になり、そろそろ何か腹に入れましょう、ということになり、お店の多い場所に向けて歩きはじめました。後方からは、「肉食いましょう」だとか、「中華か焼き肉でしょ」とか、「芋甚のアイスクリームが先だよ」とか、「生ビールさえあれば、芋甚でも結構ですよ」などなど、好き勝手な言い分が聞こえてきます(^^; そんななか「こりゃ細い道だね〜」という声が...。「あ、そう言えば、ここ細いよな」とあらためて思い、見上げた空がこの写真です。ちょっと地味ですね〜。ま、いいか(^^;

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

この建物は交通博物館の真正面にあります。住所表記で言うと神田須田町になります。この辺りは、小川町やお茶の水、秋葉原の仲間とも言うべき場所で、昔から幾度となく歩いているはずなのですが、この建物に限っては、エアポケットになっていました。または、若い頃の僕の目には、今ほど印象深く映らなかったようです。
が、今回は見た瞬間に足が釘付けになりました。よくぞこれだけ良好な状態で残っていてくれたものです。どこを見ても、銅販の剥がれなど1枚もありません。屋根の形がまた秀逸です。
ちょうど外に出ていらしたご主人(ご高齢の婦人)にうかがうと、これは関東大震災(大正12年)の直後に建てたものだそうです。その当時は、1階部分まですべて銅販に覆われていたそうですが、第二次大戦後、この辺りにも浮浪者が増え、彼らが銅販を剥がしていったのだそうです。それを売って生活の足しにしたんですね。「おとうさん、今日も1枚持ってかれたわ」というふうだったそうです。そんな事情があったとは、思いもつきませんでした。
娘さんたちは、「こんな古くさくて汚い家」とおっしゃるのだそうですが、身近過ぎてアラを探したくなるのでしょうか。そんなことはありませんよね。こんな素晴らしい銅販葺き家屋なんて、今や都内に何軒も残っていないのではないでしょうか。
それから、面白いエピソードをひとつ…。上記した通り、この建物の真正面が交通博物館なんですが、そこに貼られているポスターの写真をご覧ください。そして、その中央下部にご注目ください。あら、屋根の形が似てますね〜。そうなんです。偶然にも、昭和11年(1936年)に新築された鉄道博物館の全景を撮った写真に、この建物の3階部分が写り込んでいました。この建物の古さの証明ですね。

【追記】鉄道博物館(現・交通博物館)全景写真の左下に写っている像は、日露戦争当時に名を馳せた広瀬中佐だそうです。が、現存はしません。
【場所】千代田区神田須田町1丁目あたりです。

トーキョー亜熱帯

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今日の東京は、台風の影響で、生暖かい風が吹き、雨が降ったり止んだりでした。そんななか、よせばいいのに、秋葉原へメディアを買いに出かけました。台風が上陸する前に...と思い...。
家を出て水道橋駅近くまで歩いたときに、雨が強ければ、すぐに駅構内に駆け込んだのですが、その時は、傘をささなくても大丈夫だな〜といった状態でした。そこで、ふと思いついたのが、「神田川沿いの緑が、今日は、雨に洗われてきれいだろうな〜」でした。ま、これが間違いの元だったのですが(^^;
確かに緑はきれいでした。時折強く降る雨に洗われて、普段は、ホコリが積もってマット仕上げ(^^;のように見える葉が、ツヤを取り戻し、曇天だというのに、眩しいほどに輝いて見えます。そして、思っていたよりも他種類の木々がスクスクと生育しています。こんなに育った木々を、上から眺められるという状況もあまり無いように思います。足をずぶぬれにしながら歩いた甲斐があった(と思いたい(^^;)というものです。ジットリ生暖かい状況で、この風景を見ていると、一瞬「ええっ、ここジャングルじゃん(^^;」って感じでした。 【場所】文京区本郷1丁目あたりです。

ソーブライン

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てなわけで、ササッと秋葉原に行って、DVD-RとCD-Rを買って帰るつもりが、亜熱帯な写真など撮ったりしているうちに、大腿部から下はびっしょり。そうなると、人間、覚悟が決まります(^^; 「ええい、どんだけ降ろうがアキバまで歩いてやる〜」って感じです。で、歩きましたよ、傘さしながら...。ま、こんな天気の時にカメラを抱えて街を歩いているという機会も、そうはありません。濡れついでです。神田あたりまで足を伸ばし、写真を撮ったりしながら、アキバでちゃんと買うものは買い、しかる後、帰路につきました。
が、傘もおちょこになったことだし(^^;、さすがにこの雨のなか、歩いて帰る元気はなくなり、日和って電車に乗りました。この写真は、その電車のなかで撮ったものです。乗った時すぐには気づかなかったのですが、しばらくすると、なんだか聞き慣れない言葉が聞こえてきます。見まわすと、この車両のなか、外国人度が90パーセント以上じゃありませんか...。都内で外国人を目にすることは、もう全く日常のことですが、この車内のパーセンテージは相当なものです。思わずカメラに手が伸びました。生憎の台風でしたが、皆さん、結構楽しんでいらした様子で、ま、良かったですね。
しかし、もうちょっと外国の風景のように写るのか?と思いきや、意外にもすぐに日本って分かりますね。日本の電車のインテリアって、実は、個性があったのだろうか?(^^; 

【場所】JR総武線電車内・水道橋駅手前です。

秋葉ノ森ビル

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またしても、たわけたタイトルです(^^; 他にタイトルの付け方は無いものか?と自分でも思うのですが、どうも思いつきません。ま、それはそれとして(^^;
ここは御徒町から秋葉原に歩いていく途中で出くわしました。住所で言うと、外神田5丁目あたりだったと思います。外神田と聞くと、「おっ、下町かい」という感じですよね。確かに下町中の下町なんでしょうが、風景的には、もう下町風情はほとんど残っていません。実際のところ、広くはない路地の両側に、工場や問屋などの中低層ビルが建ち並ぶビル街で、地元の方には失礼かもしれませんが、やや殺風景な場所と言わざるを得ません。
そんな環境のなかで、この建物は目立ちました。屋根のてっぺんまでツタに覆われているのですが、ツタの繁り方が半端ではないため、建物全体に羽でも生えたかのようにフサフサして見えます。これはスゴイ!と思い、側面にまわってみると、こんどはツタだけではなく、棕櫚や柑橘系の木、鉢植えなども入り混じり、まさに緑の満艦飾。益々スゴ!です。ある意味、フリーク系の凄みがあります。が、わずかな緑の隙間に潜り込むように干してある洗濯物が、一種の緩和剤のような役割を果たし、この空間をフリーク系から日常系に引き戻していました。「あ〜良かった〜」と、ちょっとホッとする感じです。しかし、思いもつかない取り合わせの、何とも魅力のある風景でした。

【場所】千代田区外神田5丁目あたりです。

やっと時間が取れたので、前回秋葉ホコ天で紹介したUzumeさんのライブを聴きに行ってきました。他所をまわり、電車を乗り過ごしたり(^^;しながら現地に向かったため、時間が遅くなり、「Uzumeさん、もう引き上げたかな〜?」などと心配していたのですが、どうやらその前に現地到着しました。
すると、なんとなく雰囲気が変。ん?どうしたんだろ?と思い、まずは親衛隊(*)の人に話を聞くと、「路上ライブは迷惑」と警察官に注意されたとのこと。なんじゃそりゃ。しかし、事実は事実。今日のライブは中止かな?という状況だったようです。
が、しばらくすると、他所でも音を出し始めています。そこで、Uzumeさんが決断。集まったファン達に、新作だけでも聴いてもらおうと、ライブ決行の指令。親衛隊(*)が忙しく動きはじめ、あっと言う間にアンプとマイク、看板などをセット。Uzumeさんの手にマイクが渡ります。即座にスピーカーがレゲエのリズムを刻みはじめ、そこにUzumeさんの唄声が重なります。うん、心地良いぞ!アニレゲ! ホコ天がジークUzumeな世界にワープです。
てなわけで、あっと言う間でしたが、無事、Uzumeさんのアニレゲ世界に浸ってまいりました。これからも応援をつづけるぞ〜(^^; というので、お知らせです。Uzumeさんですが、8月14日に、葉山町一色海岸海の家 松鱗亭で催されるRISINGというライブに出演なさるそうです。湘南在住の皆様、Uzumeさんに成り代わり、よろしくお願いいたしま〜す!

(*)「親衛隊」ではなく「近衛部隊」でした。謹んで訂正いたしますm(__)m
【場所】千代田区外神田あたりです。

ハモニカ横丁の看板

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先日、久々に吉祥寺を歩きました。吉祥寺は、昔から何度か歩いていますし、昔の地形(^^;は留めていましたので、まあ迷わず歩けました。
今回は目的があって吉祥寺を訪れたのですが、駅を出ると、当然のように、ハモニカ横丁と呼ばれる駅前のゴチャゴチャとした路地商店街に吸い込まれてしまいました。そして、しばらくの間、ウロウロと横丁探検です。
歩いてみると、昔見たお店がかなり残ってはいますが、シャッターを閉じたままになっていたり…。やはり、ここも様変わりしています。若い人が興味を感じそうな、ちょっと癖の強い、今風感覚のお店がかなり増えています。しかし、この横丁の高密度で雑多な感じは相変わらずで、歩いていて飽きません。
今日は、その路地を歩きながら、すこし視線を上にして撮った写真です。左端と中央は昔ながらの雰囲気を残す看板で、右端はこの横丁で最も洒落た雰囲気のお店の看板です。感覚的に随分と落差がありますよね。これらが狭い範囲に同居しているわけですから、なんとも不思議な空間になっています。行政にとっては頭痛の種。好事家にとってはワンダーランドですね(^^;
これ以外にも、まるで神社を思わせる看板まであったのですが、あまりに雰囲気が違うためサムネールは作りませんでした(^^;

【場所】東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目あたりです。

気になりながらも、家から遠く感じられ、なかなか足を踏み込めなかった下落合。その界隈を、今日、初めて歩く機会を得ました。それも漂泊のブロガーこと いのうえsan に案内していただいて…。
地図なしのひとり歩きでは到底出会うことのできない数々のスポットを、いつの間にかまわっていただけではなく、締めは、あのカフェ杏奴でのひと時でした。
さて、そんな下落合散歩ですが、実際には、下落合に留まらず、目白、池袋、高田の馬場あたりにも脚を伸ばしまし、写真も数多く撮りましたので、いったいどのあたりからエントリーを始めようか?迷ってしまいます。
そこで、今日は、下落合のヘソ(^^;という感触を得た、目白ヶ丘教会の写真をピックアップしました。この教会は、フランク・ロイド・ライトの弟子である遠藤新の設計という、建物自体が由緒ある教会です(いのうえsanからの受け売りです(^^;)。この一帯は、下落合の高台にあたり、完全なる高級住宅街でした。当然、高いビルなどは一棟もなく、都心にしては空が広く感じられます。いつ雨がぱらついてもおかしくはないような曇り空でしたが、さほど暗く感じないのは、その空の広さのせいでしょうか。
この、配色や細部の造作までとても素敵な教会を撮ろうとカメラを構えていると、向こうから網を持った親子連れがぶらぶらと歩いてきます。すると隣りから「おとめ山で昆虫採集した帰りですね」と、いのうえsan。あ、忘れてました。そういえば、もう学校が夏休みに入ってたんですよね。それを思いだした途端、周囲がもうひとつ明るく見えてくるから不思議です。この親子連れ、何か収穫はあったのでしょうか?

【場所】新宿区下落合2丁目あたりです。



aki's STOCKTAKINGさんに "吉祥寺通りにて" というエントリーがありました。これが得も言われぬ不思議な形態をした建物で、見たとたんに、これは何としても自分の目で見ておかなねば!と思っていました。そこで、今日、早速現地に行ってみました。したがって、このタイトルは、正確には「吉祥寺通りにて - 二番煎じ」になります(^^;
駅を出ると、当然のように、駅前の路地商店街に吸い込まれてしまいましたが、今日は別にターゲットがあります。そこは早々に切り上げ、ターゲットに向かって歩きはじめました。15分ほど歩くと、それらしき駐車場の看板が見えてきました。さすがに aki's STOCKTAKING の BARRACK finder に登録される物件です。不可思議な形態に感嘆。どうしてこういうことになったのやら、想像もつきません。
建物前の空き地がコインパーキングになっているため、僕が到着したときは、バンとランドクルーザー(よりによって2台ともデカイ)が駐車していて、建物の前面を完全に隠していました。ま、これは仕方のないことなので、とりあえずシャッターを切りはじめたのですが、ほどなく、ランドクルーザーのほうが出ていきました。おかげで、どうにか建物の前面の一部を写すことができました。
しかし、それでは悔しいので、小一時間ほど後に、この場に舞い戻ってみました。するとバンは出ていたのですが、こんどはセダンとステーションワゴンが停まっています。トホホです。でも、バンの停まっていた場所が空いていましたので、この建物の玄関部分を撮ることができました。それが中央の写真です。
右端の写真はRC造りらしき部分を正面から撮ったものです。随分と薄っぺらです。この薄さひとつとっても、意図を計りかねる形態ですよね〜。この建物、まったく訳が分かりません(^^; でも、大のお気に入り(^^;

【場所】東京都武蔵野市吉祥寺東町2丁目あたりです。

すごい美容室

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ケアハウスに入居した父の注文の品を買うために、清瀬駅前の西友ストアーを目差し、慣れない道を慣れない車で走っていました。しかも、その車がナビなど装備していないため、「何となくこっちの方だな〜」などという感覚で走らせていました。すると案の定、曲がるべき交差点を「あっ、通り越した!」ということになります。そして、左折、左折で本来のコースに戻ろうとしたところ、右手に、この無視できない建物が見えてしまいました。すぐに非常点滅灯スイッチを押して、「ちょっと邪魔だよ〜」という後続車の視線に耐え、車を脇に寄せました。そして、大急ぎでシャッターを押し、すぐさま車へ。
しかし、このブルーのトタン屋根と淡いピンクに塗られた下見張り。そして、イレギュラーに奥へ奥へと伸びる、骨折か脱臼したうなぎ(^^;のような形態。これは通り過ぎるわけにはいきませんでした。さらに、看板を見ると、日本語版ヘルベチカ(^^;とでも言えそうな味のあるフォント(^^;で青山美容室と書いてあります。前景にはリュウゼツラン(?)とシュロの木。素晴らしい物件です。う〜ん、ここはヘアスタイルがどうなろうと、一度は入ってみたくなりました。

【場所】東京都清瀬市元町1丁目あたりです。

庭面電車

今日は、所用で、埼玉県の新座市に行ってきました。あ〜、谷中が遠い日々がつづきます。僕の場合、新座市には、東京都の外れの清瀬市で父の車をピックアップし、志木街道を通って行きます。
志木街道は随分と長い間通ったことがありませんでした。昔、僕が高校生だった頃には、水たまりの泥水をはね上げながら車を走らせた記憶があるのですが、いまでは、もちろん路面は整備され、道路幅も拡がっているような気がします。そして道の両側にはケヤキの大木が並木をなし、緑のトンネルが延々とつづきます。そして、その合間合間に、ゆったりと余裕のある地所に、意匠を凝らした立派な蔵を備える、いかにも昔の豪農という感じの家々がたっています。志木街道というのは、昔から農産物を運ぶ主要な街道だったのだろうな、と想像させる風景です。
そんな風景も、新座市が近づくにつれ、畑を整地して建てたような、どちらかと言うとゴチャゴチャとした商用・工業用施設が多く見られる風景に変わっていきます。その合間に見えたのがこの光景です。
なんと、街道沿いの家の地所のなかに、レールが敷かれ、電車が停まっているではありませんか! これ、どう見ても実物大模型なんかではありません。相当に錆び付いていますが、真物です。いったいどういう経緯でこんな場所に置いてあるのでしょうか? 想像ですが、カフェやスナックなどにでも使用していたのでしょうか? なんとも珍しい風景です。もしや経緯をご存じ、なんて方、いらっしゃいますか?
いや〜、それにしても今日の蒸し暑さ、すさまじかったですね。

【場所】埼玉県新座市野火止あたりです。

バラックシャック

このところ、高齢の親の世話と仕事の繰り返しで、およそ散歩する時間がとれません。今日も、父がケアハウスに入居する準備として、荷物の搬入に行ってきました。ベッドやソファ、冷蔵庫など、大物の搬入です。
しかし、それを終えてすんなり帰宅するのはあまりに面白くありません。そこで、途中、池袋の大型書店・じゅんく堂に寄ることにしました。いつもは、じゅんく堂が正面に見える位置まで、西武デパート沿いに歩いて行き、大通りを渡るのですが、今日は、ちょっと手前で大通りを横断し、じゅんく堂の裏側から近づいてみることにしました。
すると、ちょっとした公園(?)があり、その右手に、建物全体に蔦の絡まった5階建てほどのビルのが見えてきました。ん?何かありそう...という気がしてきます。そのビル目差して歩きはじめます。すると、こんどは、そのビルとは違う方向に、無人らしい看板建築が見えてきました。「どちらかと言えば、無人の看板建築を優先だろう」ということで、ターゲット変更です。そして、その建物の正面に立ったときに目に入ったのがこのシャック部分です。そちらの前まで行ってみると、なかなかのものです。古い長屋をやっつけ改装し、クレープ屋にでもしていたのかな?という感じです。この周りには、いつの間にか、ずいぶんと予備校が増えていました。その生徒でも当て込んだ夢の跡なんでしょうか。
この一画は、既にどの建物も無人のようでしたから、次に行ってみたら更地かビル建設中なんてことも十分ありそうな雰囲気でした。

【場所】豊島区南池袋2丁目あたりです。

60年前のカラー写真

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今日は、所用があって、丸ビルのコンランショップに行ってきました。すると、偶然なんですが、丸ビル1階ロビーで「米国人の撮った日本 東京」という写真展に出くわしました。
これは60年前に、進駐軍として日本に滞在していたアメリカ人が、占領下にあった東京や日本各地を撮った写真を集め、展示したものでした。当時の日本を記録した写真は、その大半がモノクロだったようですが、ここに展示してある写真はすべてカラーでした。当時の日本や東京を記録したカラー写真は、非常に珍しいのだそうです。
展示してある写真は、有名カメラマンが撮ったものではありません。しかし、どの写真を見ても「時間が堆積すると、写真というものはこうも重みを増すのだろうか」と思わせるものばかりで、見ていて圧倒されます。そして、もうひとつ付け加えますと、何点かの写真が、実物大ほどに大きく引き伸ばされていて、これが臨場感を増幅し、さらに圧倒されます。
戦後の東京の荒廃ぶりをカラー写真で確認できることもさるこながら、当時の一般人の生活や風俗を知るうえで、これはたいへん有益な写真展でした。しかも無料です。会期は22日(金曜日)までです。
今日の写真の、左側に写っている写真は、1950年の日光だそうです。これらの写真は、ここに展示されていない写真とともに、「にっぽん60年前」(毎日新聞社)として本にまとめられています。会場でも販売されていました。この写真展、丸ビルの近くにいらっしゃることがあれば、立ち寄っても損はありませんよ。

【場所】千代田区丸の内2丁目あたりです。

これはもう何の説明も要らないと思います。ただただ凄いですね。
店先に、あれこれと書いた看板が置いてありますが、最初に気になったのが「フオ・カズが紹介した店」という看板でした。しかし、「フオ・カズって何?人?」状態で、ピンときませんでした。が、よく見ると、濁点は「ス」ではなく「か」にふってあり、「フオ」と「カス」の間の「・」は「ー」のつもりのようです。正解は「フォーカスが紹介した店」だったんですね。それに気づくまでに、ずいぶんと時間がかかってしまいました。というのも、この写真を撮ったのが、帰国して間もない頃だったため、「フォーカス」という写真週刊誌文化のことをさほど知らなかったのです。それを知っていれば、これを見た途端に「フォーカスが紹介した店」と読めるのでしょうが、日本のジョーシキを知らなかったがための悲劇でした(^^; [いまになって見ると、FOCUSとも書いてありますね]
しかし、「お気軽にお入りください」とも書いてありますが、ちょっと気軽に入るって気分にはなれませんよね。決死の覚悟で突入するって感じですか(^^; そして帰りは裏口から、なんて(^^;(^^; このお店、いまでも元気でやってらっしゃるのでしょうか?

【場所】品川区東大井あたりだと思います。

先日、タクシーで浜松町に向かったのですが、その運転手さん、良い人ではあるのですが、道に詳しくないんです。本郷から浜松町に向かうのに、なんと銀座通りを選択したんです。わざわざ渋滞にハマりに行ったようなもんです。あきれちゃいました。料金も、これまでで最高値を記録。あ〜あ〜も〜って感じです。
が、途中、ひとつだけ収穫(と思いたい)がありました。銀座4丁目で信号待ちをしているときに、ふと山野楽器のほうに目をやると、停まっていたのがこのクルマです。クレイジーケンバンドのクルマでしょうね。もう1台ホワイトの同じクルマが停まっていましたが、それを撮ろうと思った瞬間、信号が青に変わり、撮るチャンスを逃してしまいました。しかしこのクルマ、さすがにクレイジーケンバンドって感じしますよね。

【場所】中央区銀座4丁目あたりです。

京浜運河

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この河は、東京と羽田をつなぐ京浜運河です。浜松町からモノレールで羽田に行くときに、左手にこの景色が拡がります。
僕が立っている場所は、運河に架かった橋のうえです。右手に見えるのは八潮団地と呼ばれる集合住宅群ですが、そこへ渡る橋で、かもめ橋という名前がついていました。
この辺りは、異様に視界がひらけていて、都内の雑踏のなかで暮らしている者にとっては、かなりな異空間です。が、逆に言うと、殺風景で、工場地帯のような感じもあります。しかし、このときは太陽の光がとてもきれいでした。そこに消防庁の赤いパワーボートが曳き波を立ててこちらに向かってきます。その両者のおかげで、風景がガラリと表情を変えていました。一瞬、日本ではないような…。
ところで、この写真は十数年くらい前に撮ったものですが、ここの風景は変わりません。今でも、ほぼこのままです。

【場所】品川区八潮5丁目あたりです。

さめず昭和薬局

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この写真は、おそらく1985年前後に撮ったものだと思います。が、撮った経緯も何も憶えていません。実は、場所すら記憶にないのです。ただ、看板に「さめず」とあるので、「そうだったかな〜」という程度で…(^^; 地図で調べてみると、鮫洲駅周辺の住所表記が東大井になっているので、「きっとその辺りで撮ったのだろう」という程度です。ま、この前に立ってシャッターを切ったという記憶だけはあるんですけどね(^^; あったり前ですか(^^;
でも、なんとなく、このクスリ屋さん、元々民家だったところに無理矢理お店スペースを設けたという感じがしませんか? なんとなく造りに無理を感じます。が、そこに想定の範囲外(^^;の魅力も感じるんですね。そして、「オットここにかい」という感じで唐突に立っている棕櫚の木も、風景に興を添えています。
街路灯から万国旗が伸びているところを見ると、ここは商店街の外れにでもあたるのでしょうか? このお店、いまでも健在なんでしょうかね? これを探すってのがまた大変です。でも、この可愛さですからね〜。そのうち鮫洲駅に降りてみることになりそうです。

【場所】品川区東大井あたりです[たぶん(^^;]。

桜木町のストリートアートの記録を連続エントリーしてきましたが、記録しただけという感じの写真というものは、我ながらあまり面白くありません。しかも、フィルムのスキャンにはかなりの時間が必要です。操作も煩雑ですし、面倒くさいことこの上ありません。面白くない+面倒くさい=もう止めだ〜(^^;という感じです。
というわけで、今日は、記録であり僕の写真でもある、と言えそうなものをエントリーします。嗜好の問題でしょうが、主流のラスタカラーぎんぎらパワー全開って感じの作品には、いまひとつ馴染めませんでしたが、その間にポツリポツリと描かれたイラストや絵のなかに、心惹かれるものが多くありました。今日の写真は、そんな作品のひとつを、周囲の落書きやアートの一部と絡め撮ったものです。僕は、このくらいにサラリ・フワリというのが好みのようです(^^;

■関連エントリー:桜木町ストリートアート(1) / 桜木町ストリートアート(2) / 桜木町ストリートアート(3)

【撮影】1991年頃です。
【場所】横浜市中区桜木町あたりです。



今日もひきつづき桜木町のストリートアートです。撮影したのが1991年頃だったせいか、当時は、ラスタカラーを使用したものやヒップホップを題材にした作品が主流を占めていました。なかでもポップな文字を主体にしたものが数多く見られましたが、それらはいわゆる流行であり、似たり寄ったりで、あまり撮る気にはなれませんでした。今日アップした3点は、そんな流れの作品のなかでも特に目を惹いたものです。いちばん左の作品の人の顔の表情なんかは、か〜なりお気に入りなんですけどね...。
好き嫌いはともかく、当時、桜木町の高架下に描かれたストリートアートの主流は、こんな感じだったという記録です。

■関連エントリー:桜木町ストリートアート(1) / 桜木町ストリートアート(2) / 桜木町ストリートアート(4)

【撮影】1991年頃です。
【場所】横浜市中区桜木町あたりです。

ストリートアートなるものは、キャンバスなどに描かれた絵画とは異なり、壁面や路面にフレームという概念なく自由気ままに描かれています。このフレームからはみ出した点がストリートアートのひとつの特徴だと感じます。そして、この "はみ出し" が、物理面に留まらず、気分的にも "はみ出し" 感を発散しているところに、ストリートアートの魅力があるように思います。
したがって、"はみ出し" 感のあるストリートアートを、写真に切り取ってフレームに閉じこめた時点で、それが別物になってしまう可能性があります。もっとも、対象が何であれ、写真には、このフレームという、限界であると同時に可能性である概念がつきまとっているわけですが...。
そんなことを考えながら、ストリートアートを眺めていると、フレームを作りやすい作品と、う〜んと考えさせられる作品とがあります。今日紹介した作品は、あきらかに後者です。フレームの当て方によって、印象が随分と違ってくるタイプです。
左の絵は、古い絵の上に、後から誰かが、白い文字を描いたものだと思われます。こういった場合、通常は「う〜やったな〜勿体ない」となるわけですが、このケースに限っては、そうは感じませんでした。むしろ、この、"いわゆる落書き"がなかったら、写真に撮らなかったかもしれません。
右のイラストレーションは、シンプルな線画なんですが、ハートが2つあったり、1+1が11だったり、そのうえをイルカが跳んでいたりと、見る者の想像力をかきたててくれます。この絵の発想のもとは何なのでしょう? この作者が描いたと想われる作品は他にもあり、どれも魅力がありました。後日、他の作品もアップする予定です。

■関連エントリー:桜木町ストリートアート(1) / 桜木町ストリートアート(3) / 桜木町ストリートアート(4)

【撮影】1991年頃です。
【場所】横浜市中区桜木町あたりです。

先日、線路脇園芸というエントリーにいただいたコメントのなかで、昔、横浜桜木町の高架下に描かれていたストリートアートの話題がでました。これについては、それ以前にも友人と話題にしたこともあり、いずれアップしようと思っていました。しかし、撮影したのが1991年頃で、当然ポジフィルム(スライド)で撮っています。したがってデジタル化という壁があり、なかなか実現しませんでした。が、先日やっと、まともに作動するフィルムスキャナを入手したため、どうやらその作業 - デジタル化 - が可能になり、今日、一部だけですが、スキャンしてしてみました。今日はその第1弾です。
写真を撮った場所ですが、現在の地図を見ても、僕には「ここだ」と特定することができません。が、当時、とにかく、桜木町周辺の高架下で撮ったということは間違いありません。
この高架下はかなりな距離が直線で伸びているのですが、その隅から隅まで落書きがしてありました。しかし、その多くは、とても落書きでは済まされない出来映えで、「どうあっても記録しておかねば」という気にさせるだけのパワーを持っていました。壮観でした。
今日アップした2点は、なかでも特に気になったものです。タッチが似ているので、同じ作者の作品かな?と思います。黒革靴やクロワッサン(?)など、描いている題材も気に入りました。

■関連エントリー:桜木町ストリートアート(2) / 桜木町ストリートアート(3) / 桜木町ストリートアート(4)

【撮影】1991年頃です。
【場所】横浜市中区桜木町あたり[で良いのだろうか?]です。

Tin-Ban アレレ〜

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ついでにもうひとつ脱線です(^^; 「江古田スケッチ」と同時にこんなレコードまで出てきました。これ、実は、僕の友人に、大ドラ息子がいまして、その男が学生時代に自主製作したものです。製作年月日が記入されてませんが、60年代後期から70年代初期の間に製作したものです。
念が入ったことに、このジャケットは、同じデザインでタテ20x30cmほどのステッカーにもなってまして、仲間うちでは、車のウインドウにそのステッカーを貼って走るのがお約束になってました(^^;
この製作者は、とにかく冗談が好きで、ジャケット裏のコメントがかなりけっさくです。ちなみに、こちらがジャケット裏面です。
しかし、当時、こうしてレコード(ドーナツ盤でも)を製作するというのは大変にお金のかかることで、現在の価値観で換算すると、アナログで映画1本製作するくらいの贅沢な遊びという感じがしました。ま、超珍盤ですね(^^; しかし思い出深いレコードなので、記録がてらアップすることにしました。
あ、そうそう、このバンドの弟バンドに「キチ・ジョージとカムバックス」という、バンド名からして冗談なグループもいました(^^; 

【追記】このレコードは品川のソニースタジオで録音されたものだそうです。が、カッティングする会社がテープの裏表を間違えてしまい [当時、テープは光沢面が背面というのが常識でしたが、技術的に最先端を行っていたソニーのテープはヘッド面が光っていた]、せっかく素晴らしい音で録音されたにもかかわらず、音質が落ちてしまった。という裏話がありました。

Tin-Ban アレ〜

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先日来、ミュージカルバトンなるものをあちこちのブログで目にします。それがブックバトンやムービーバトン、はたまたカレーバトンなどに変身し、これまた蔓延しているようですね。
僕も、ミュージカルバトンを両手に握っているのですが、思い入れのある5曲というハードルを越えられず、バトンを渡せないままゼーゼーと走りつづけています(^^;
でも、気にはなっていますので、なんとなく手持ちのCDやレコード、テープなどを引っ張り出したりしてはいるのです。そんなことをしているうちに、ちょっと面白いレコード(ドーナツ盤)を見つけました。
「江古田スケッチ」というタイトルです。これ、いったい何時何処で入手したものかも思い出せません。とにかく棚にありました(^^; 聴いてみると、ま、耳当たりの良い歌謡ポップスなんです。どちらかと言えば、タイトルとジャケットの勝利、という感じです。ちなみに、こちらがジャケット裏面です。
これ、珍盤の部類に入ると思うのですが、どういう人達がどういう経緯で製作したものなんでしょう? どなたかご存じの方、いらっしゃいませんでしょうか?

この写真は、東大本郷キャンパスのいちばん農学部寄りの奥まった位置から、本郷方向に向けて撮ったものです。写っている建物は工学部に属するそうです。
この辺りは、地形的には本郷台地の端にあたるため、この右手を通っている言問通りは、根津から本郷に向かって、かなり急な上り坂になっています。その高低差を埋めているのが真ん中に黒く見えている階段です。その階段を上がると、右手に、長屋のような建物が出現します。そこには、いまでは珍しい木の電柱が何本か残っていました。
この辺りを歩いていると、大学の構内というよりも、古い工場の構内にでも居るような気がしてきます。特にこれといった言われも特徴もなさそうな場所ですから、東大のキャンパス案内でも無印地帯です。が、ここには、一種独特な空気感が漂っています。無機的なカチッとした風景なのに、圧縮された時間がフワッと膨らんだり縮んだりしているような - 微かに呼吸している - そんな感じがあります。弥生式土器が埋まっていたのはここかも?ですよ(^^;

【追記】このすぐ近く(写真で言えば後方)に、弥生式土器出土記念の碑が立っています。この周辺の崖から出土したということですが、度重なる再調査にもかかわらず、場所の特定はできておらず、碑の位置はあてにならないようです。
【場所】文京区本郷東京大学です。

カワグチアパートと聞いて、ん?と反応なさる方、そういう方はもう結構お歳(^^; すでに「カワグチアパート〜? ナニ?それ〜」という方が圧倒的かもですね(^^
実は、今朝、徘徊日記BBSにお邪魔してみると、リキアパート(or リキマンション)に関する書き込みがありました。懐かしい。で、反射的に思い出したのが、春日にある川口アパート。こちらも、昔は有名芸能人が多く住んでいた高級集合住宅として有名でした。そういえば、あそこはどうなっているだろう?と思いはじめると、もうたまりません。川口アパートならウチから歩いて行けます。さっそくカメラ片手にドアの外へ(^^;
15分ほど歩いて現地に到着。外観はさすがに年月を感じさせますが、朽ちた感じはしません。健在でした。春日2丁目のこのアパート周辺は、永井荷風が幼少の頃を過ごした場所としても知られ、いまでも三井家の邸があったりする土地柄で、高台の閑静な一等地と言えるでしょう。
このアパートは、作家・川口松太郎氏が初代オウナーだということですが、僕がこのアパートの名前を聞き及んだ頃には、氏の息子さんで俳優の川口浩ファミリーのアパート、というイメージが強かったように思います。そして、川口ご夫妻はもちろんのこと、野際陽子さんや加賀まりこさんなどがお住まいになっていたことで知られていました。ちょっと話が逸れますが、播磨坂近くにあるスーパー・サントクが、かなり高級スーパーだったりするのは、このあたりに理由があるんでしょうね。
この川口アパートですが、側面・裏側はあまり絵になってくれません(土地に高低差があり、裏側は6階建てくらいになっています)。で、今日は正面を撮った写真だけをアップします。でもどうでしょう。古びているとは言え、空間に余裕と落ち着きがあって、いかにも住宅という雰囲気があり、最近ウドのように立ち上がる「何かのショールーム?」という感じのマンションどもとは一線を画しますよね。僕は、住んでも良いと言われたら、喜んで引っ越しちゃいますね。水漏れなんかもあるでしょうが、ナンノソノ(^^;

【追記】野際陽子さんは、現在もこちらにお住まいだということです。こういう集合住宅に住み続けるって、なんとなくカッコイイですね。
【場所】文京区春日2丁目あたりです。

谷中四丁目

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都心に住んでいると、よほど車が好きでない限り、滅多に車を利用しなくなってしまいます。どの道も混雑していますし、目的地にたどり着いたとしても、そこからがまた大変。駐車場を探すのにひと苦労です。そんなわけで、編目のように巡らされている地下鉄を利用する機会が増えます。
となると、心配は車のバッテリーです。先月など、なんと3回もJAFさんのお世話になる始末。いくらなんでも4回目を数えたくはありません。そこで、先日来、バッテリーあがり防止ドライブなるものを敢行しています。なんとも情けないドライブなんですけどね(^^; 最初は、ただ、そこらを1周していたのですが、単に義務的な感じがして面白くありません。そこで、せっかく時間を潰すわけですから、いっそ谷中・根津あたりをまわれば、いくらか気が利いてるんじゃないか?ということになり、コース変更です。するとやはりなかなかです。「池之端から根津ってこんなに近かったか」とか、「あ、谷中M類栖さんチだ!(^^;」とか、「あそこは一通だったっけ?」とか、「車なら動坂なんかすぐだな〜」などなど、歩くのとはまた違った感覚と視点で風景を見ることができます。たまには車もアリだという感じです。ま、たまに、ですが...。
そんなわけで、今日もその義務感ドライブに行ってきました。が、谷中となると、あちこち気になる場所があります。そこで、今日は、途中で車を停め、ちょっとだけ歩いてみました。久々の谷中です。
この写真はその際に撮ったものです。ここは2階建ての4軒長屋が残っていて、団塊の世代が小学生だった頃に、友達の家に訪ねていくと、まわりはこんなだったな〜と思わせる場所です。ほんとに懐かしい感じがします。が、今日は、昨夜の雨のせいもあってか、まわりの緑が濃さを増し、空気にも透明感があって、この風景が、いつもより、いくらか若返ったように見えました。すると、その風景を見ている僕も、すこしだけ若返ったような気がしてくるから不思議です。谷中はやっぱりワンダーランドですね。

【場所】台東区谷中4丁目あたりです。

梅雨空に

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ここは、千駄木の住宅地に建つ、ごく普通の家です。動坂下の交差点から白山方面に向かって坂をのぼり、都立駒込病院をすこし越えたところにあります。
住宅地というのは、面白い風景に出会う機会が少なく、あまり歩かないのですが、このときは、表通りからも目につくほどの緑の量に惹かれ、そばまで行ってみました。
大きく育ったビワの木が黄色い実をたくさんつけています。それだけでも見事なのですが、その下には紫の紫陽花が、そしてピンクの花をつけた夾竹桃。そこに適度に古び乱れた竹垣です。やけに懐かしい感じがします。そして、梅雨の曇り空の下なのに、妙に明るく強い光を感じます。
この写真を撮っているときに、喪服を着た初老のご婦人二人連れが前を通り過ぎていったのですが、この紫陽花の前で立ち止まり、猫でも撫でるように、花の房を撫でていたのが印象に残りました。梅雨空のもと、暑中お見舞い申し上げます。

【場所】文京区千駄木5丁目あたりです。



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