仙崎漁港の昼下がり

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4泊の事務処理小旅行が終わり、昨夜、帰京しました。が、息つく暇もなく、今日は早朝から父の通院を支援。帰宅後爆睡していました。やっと一息ついたところで、我がブログを見てみると、何やらスパムが届いていたり、フォームが崩れていたりと、たかだか5日ほどで結構変化が起きているものですね。
ところで、今回は写真を撮る時間がなく、5日間で撮った写真がRAWで2GB少々。これは、普段下町を歩くときの半日分にも相当しません。というわけで、断片的なイメージの羅列になりますが、まず僕の生まれた三隅町の隣町である仙崎の風景からアップします。

仙崎と言うと、戦後、引き揚げ者が上陸した港としても知られていますが、やはり山口県でも有数の漁港というのが定着したイメージだと思います。が、最近では、どなたもご存じのように、詩人・金子みすずの生まれ故郷として観光地化も進んでいて、町を歩いてみると、家々の軒先に、みすずの詩を書いた板がさげてありました。しかし、これは、やはり、いかにもって感じがしました。気持ちは分かるんですけどね...。
というわけで、通過するようにして撮った仙崎のイメージです。
左の写真は、言うまでもありませんが、仙崎の町並みです。この町は規制でもあるのか?いまでも高層の建物というものがありません。多くは低層木造家屋で、小高い位置から、目を細めてぼかすようにして町全体を見ると、瓦屋根が波を打つ、ひと時代前の町のイメージが浮かび上がってきます。これはなかなかです。そんな町のなかを歩いているときに撮った写真です。今回、惹かれたのは、やはり、こうした普通の町並み風景でした。
中の写真は、漁港の北端部分で撮ったものです。いわゆる観光地を意識してか、こうした木が道の両側に植えられ、ちょっとした公園のようなイメージ作りもされていました。なんだかバカバカしいような構図ではありますが、ちょっとユーモラス。ま、これも仙崎という感じです(^^; 水揚げやセリが行われる場所は、このずっと右側にありました。
右の写真は、昔使われていた漁港施設のようで、なかには、太いロープ類や網類、エンジン部品などが散乱していました。現在は使われていないようです (未確認)。相当に朽ちていて、なかなか魅力的ではありました。中の写真の左手に建っていました。

【場所】山口県長門市仙崎です。

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 masaさんお疲れさまでした。
ひるま漁港は閑散としているのでしょうか・・・

先日、京島のLOVE GARDENに行ってまいりました。前回6月から間が空いてしまったのですが、「ブログをみてきました」と言うと、私のことを覚えていてくれました。

なんともmasaさん効果でしょうか。
はなしもスムーズに弾みました。
 

masaさん、お帰りを待ってましたよ!

仙崎港、むかし行ったことがあります。
秋吉台のセメント用石灰石鉱山から長いベルトコンベアが仙崎まで伸び、港から阪神のセメント工場に船で運ばれていました。日本のバブル経済を支えるすごい動脈、という感じでしたよ。

金子みすゞの街、というイメージとは別の、もうひとつの仙崎を見た思いでしたね。

masaさん、 おかえりなさい! 首をなが〜くしながらお待ちしてました。 なんか、 この数日間が長くて長くて・・・ 小生の Kai−Wai依存症はかなり重度であることが判明致しました。 さて 一番左の写真、色といい光といいもう最高です。瓦葺の屋根、下見張り、記憶の深層に眠っている原風景に繋がっていきます。

>スコッチエッグ♂ さん
早速コメントをありがとうございました。仙崎漁港(に限らずですが…)は、もう閑散としていました。とにかく人影が少ないですね〜。
LOVE GARDENさんをおたずねになったことは、昨夜ブログにお邪魔しましたので、知っていましたよ。こんなことをキッカケに交流が深まっていくと良いですね。僕も近々お邪魔したいと思っています。行ったらご報告します。

>じゃらん堂さん
早速のコメントありがとうございます!
あ、そうでした。仙崎港と言えば、石灰岩の積み出し港という重要な性格がありましたね。漁港側からは見えないので忘れていました(^^; いまでもコンベアが道路の上を通っています。あれはオバケですね。
「金子みすずの町」という町興しですが、なんとなく企画物くささがあり、どんなものかな?という感じがしました。しかし、じゃらん堂さんの足跡はそこいら中に残っていますね。
また、バクテーズ関係(^^;よろしくお願いいたします。

>いのうえsan
通常の生活パターンに戻りました。いつも暖かい好意的な目で見てくださって、本当にありがとうございます。
この仙崎という地区は、本文にも書きましたが、高い建物がなく、左端のような風景の連続でした。人影もなく、静かで、もう少し時間的な余裕をもって歩いてみたいと思わせるものがありました。こういう風景に触れると、地方の町をもっともっと歩いてみたくなってきます。困ったものです(^^;

masaさんお疲れ様でした。
前回のコメントで・・・
私が萩にいたのは小学校時代の数年間だけなんですよ。
平安古っていう地区に住んでました。
そこ、観光地のど真ん中だったんです。
それから20年後、当時住んでいた家を探したらそのまま残っていましたよ。驚いたのなんのって。
また近所の家、商店、記憶にある公園などすべてそのまま残っていました。文化財の町って変わらないんですよね〜。昔の記憶と現在の風景が一致するなんて不思議な体験でした。

私、今は岩国市です。またきます〜。

おかえりなさーい。お疲れさまでした。
今度落ち着いたら、横浜の方にもぜひお出かけくださ〜い。

>Cezanneさん
平安古でしたか〜。僕の叔母が住んでいるのは土原ですから、ちょうど東西反対側になるわけですね。しかし、少年時代をお過ごしになった家や町を、20年後に間近に見るというのは、どんなお気持ちだったのだろうと、思わず想像してしまいます。なんだか小説のようですね。昔の記憶より、道幅が狭かったりするんですよね〜。なんだかキュンときます(^^;
ブログ読ませていただいてます。あの無人となった地区など、行ってみたいと思ってました。いずれ是非お会いしたいです。今後ともよろしくお願いいたします。

>カークさん
帰ってきました〜。いや〜、なかなかの強行軍でした。また、バクテーズや弥次喜多、よろしくお願いいたしま〜す!



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