日無坂の家

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これは昨日撮った写真です。目白通りから神田川に向かって下る崖(斜面)に、途中で二手に分岐する坂道が通っています。坂上から、その分岐点を見ると、こんな感じです。右側の坂道は富士見坂と呼ばれ、明治以後に通されたようですが、左側の日無坂は、江戸切絵図にも記載されている、古くからの坂道です。
その分岐点に建つこの家の先端は、信じられないほど鋭角になっていて、まずそこに目を奪われます。まるで舟の舳先を見ているようです。その舳先をかすめるようにして日無坂に入ると、人がやっとすれ違えるほどの細い急な坂道が待っています。途中で階段になっていますが、その辺りまで降りると、街灯の支柱と右側の建物が作る長方形のフレームのなかに高層ビルが収まり、それはそれで風情があります。昨日は、空が澄んでいて、遠くに、新宿のビル群がくっきりとシルエットになって見えていました。
その日無坂に入ってすぐ左手に、こじんまりとした空き地があります。そこに立つと、分岐点に建つ家の全景を見ることができます。今日の写真は、その空き地から撮ったものです。久しぶりに見る、サンセット後の群青色の空にシルエットになって浮かぶ家。しかもここは日置坂。情緒がありました。気分が和みます。

【場所】文京区目白台1丁目と豊島区高田1丁目の間です。

コメント(33)

masaさん、こんばんは。/「文京区目白台1丁目と豊島区高田1丁目の間」ということで、どういう場所なのか、地図ですぐに確認できました。/いや〜、しかし、まいりました、です。こちらのお宅、ほんとうに、不思議ですね〜〜。もっと下町のほうで、細長い土地に、ほんとうに厚みのない(ふとんをひけないぐらい・・・?)家をみることがありますが、目白台のような住宅地でもこのようなお宅があるのですね。富士見坂をつくるときに、土地をとられてしまったのでしょうかね?/「こんな感じ」のほうからは、気持ちよさがすごく伝わってきます。僕的には、風のない冬の天気のよい日に、散策してみたいところです。

> wakkykenさん
こんばんわ〜。この家、ほんとに凄いですよね。根性ありますね(^^; 実は、先日、タモリさんの「Tokyo坂道学入門」を入手し、パラパラと見ているのですが、この坂もとりあげられていて、「あ、そういえば!」と気になりはじめ、昨日行ってみたわけです。
ところで、おっしゃるように「この家が先か富士見坂が先か」気になるところですね。人ナツコい人が一緒に行ってくれたりすると、玄関のボタンをピンポーンなんて押して聞いてもらえるのでしょうが…(^^;

こんばんは。紫紺のグラデーション。何とも形容しがたいこの空に宇宙の英知を感じます。そして外灯から浮かぶツタの古家。印象的で、いつの時代も変わらぬこの様子を祈るような気持ちで残して行きたいと思います。
 一昨日はじめて音羽の住宅地(古い和風建築が密集してました。ちょっと興奮!)を訪れました。講談社、東大病院分院を経由して目白台へ長い坂が多く偶然通りかかった所に東京カテドラル 聖マリア大聖堂http://www.tokyo.catholic.jp/katedoraru.htmlに到着しました。帰りはお茶の水女子大を経由して茗荷谷駅から自宅に戻りました。最近。私がこうして散策している頃にmasaさんも近くでカメラを片手に散策しているのではないかと思いはじめています。

「人ナツコい人が一緒に行ってくれたりすると・・・」>masaさん。そうですか、それでは、「人材派遣業」はやっていませんが、そのような人をちょっとお願いしてみます(^^;)。/ところで、こちらのお宅は、洋風・和風・中華風(はありませんね)、どんな雰囲気のお宅なのでしょうね。それから、間取りをどのように工夫されているのか、暮らし方にも工夫があるはずだ・・・、TVでやっている渡辺篤史の「建もの訪問」の視聴者のようにな気持ちなります。/
やはり、このような問題に対処するためには、絶対に人ナツコい人が必要ですね(^^;)。

>marimo_colorさん
こんにちわ。いつもコメントをありがとうございます。僕は本郷に住んでいますので、目白台あたりへのアクセスがいまひとつ良くなく、あまり足を運んでいませんでした。が、marimo_colorさんのコメントを読ませていだき、カテドラル教会のサイト内の写真を見ていますと、あの一帯が手薄になり過ぎていたな〜と思います。
ところで、もしも、突然にお会いすることにでもなりましたら、どうぞよろしくお願いいたします(^^;

>wakkykenさん
こちらは瓦屋根の和風建築でした。三角の土地いっぱいに建物が建っているわけではなく、上から見れば台形の建物が建っています。残った三角の土地は庭になっていました。角に植えられているツゲが伸びていて、それに邪魔され、「こんな感じ」の写真には建物がまったく写っていませんね。
「いよいよ」ということになりましたら、人材派遣のほうよろしくご手配をお願いいたします(^^;

masaさん,こんにちは。
メインの写真、とても素敵です。
もう日がとっぷりと暮れた小焼けの空と、街灯がスポットライトのようになってふわっと浮き出てくるツタの絡まった家。まるで計画されていたかのような構図ですね。とても、この家が、「こんな感じ」の写真のような「うすい建物」だとは想像もつきません。

以前わたしが住んでいたマンションは押入れが三角形でしたが、これは家全体が三角形なんですね。
どのようにうまく三角形を生活に取り入れているのか、興味を持ってしまいました。

>hikkoさん
こんにちわ。コメントをありがとうございます。空気が澄んだ日のサンセットは、刻々と光りが変化して、まさに宇宙を感じさせました。ここは坂上ですから、目の前に空が広がり、尚更でした。その光景を、ただボーッと眺め、風景に溶け込みたいという衝動を感じながらも、せっせと写真を撮りまくるのは何故なんでしょうね〜(^^;
ところで、こちらのお宅ですが、地所は三角ですが、建物は四角でしたよ。

こんにちは、neonと申します。すごくいい感じの散策日記ですね。写真も素敵です。日無坂あたり、学生時代に確か通ったような。文章も閑雅でいいですね。
私は今根津に在住の者で、こうした廃屋のような建物をちょっとモダンに?描いておりまして、先日から千駄木の往来堂書店さんに、「陋巷画日記(ろうこうえにっき)」というポストカードシリーズを出させて頂いてます。
今度お近くにいらしたら、ご覧になって下さると嬉しいです。(宣伝してすみません)

「上から見れば台形の建物が・・・」>masaさん。なるほど、そうですよね〜(^^;)ゞ。台形のお宅で、お庭が三角形。こちらのお宅のリビングからみえるお庭を想像してみようと思いましたが、頭が固くてなかなか難しいですね(^^;)。たぶん、一番先っぽには、ツゲが植えられているから、お庭も台形ですね、きっと。/写真の美しさでなくて、すごく“個人的・トリビア”に取り付かれてしまって・・・。すみません。/僕は、子どもの頃から小さな家にたいへん関心がありまして(狭い公団住宅に暮していたので、小さい家でどう工夫をして暮すのかに関心がありました)。特に、小学生のときに、親がもっていた雑誌でみた、「塔の家」(http://www.linkclub.or.jp/~hiro335/a_map/tokyo_18.html)がその原点になっているのかもしれません。強烈な印象が残っています。たしか、お風呂やトイレに扉がなかったのではないかと思います。書斎はいらない、近所の喫茶店を使うから・・・。そんな感じではなかっでしょうか。都市の小さな家って、単なる機能論を超えて、現代家族論や都市論にまで議論が拡大していくのでしょうね。/アマゾンで調べると、設計者で住人でもある東孝光さんが、『塔の家白書—六坪に住んだ二〇年 住まい学大系 10』という本を出版されていますね。まだ読んでいませんが、ぜひ読んでみようと思っています。

>neonさん
こんばんわ。コメントいただきながら、お返事が遅れて申し訳ありませんでした。なんと根津にお住まいですか〜。羨ましい〜です。しかも往来堂さんにポストカードを置いていらっしゃるとか…。もう、すぐに購入にまいりますよ(^^; スキャンして宣伝しちゃいます(^^;(のっけから冗談すみません)
ま〜こんな感じでほぼ毎日だらだらと続けているのですが、ご覧くださいましてありがとうございます。なかなか「これなら」という写真は撮れませんし、文章は駄文にもならない悪文で…。時々、自分でも嫌になりながらも、何故かクセのようになり、止められません(^^; これからもお暇がありましたら、是非お立ち寄りください。今後ともよろしくお願いいたします。

>wakkykenさん
しかし、「台形のお宅で、お庭が三角形」なんてサラッと読んじゃいますが、よ〜く字面を見ると、可笑しいですね〜。かなり笑えます。
ところで、です。東孝光先生と言えばです。あのaki's STOCKTAKINGの秋山さん、MyPlaceの玉井さんのお師匠さんにあたる方だと思いますよ。その線は、きわめて探りやすい位置におります。なんせ、お二方ともに、アースダイバー(^^;ですからね〜。わははは。

masaさん、そうなんですか、東孝光は、秋山さんの先生なのですか!!興奮します〜。/それから、さらに興奮する情報をmasaさんに流しましたので、ご確認ください。いや〜、ほんとに、「どうなっちゃっているんでしょう」というお話しです。びっくりしますよ。うひひひ。

masaさん、さきほどのコメントは、『アースダイバー』と『苔のむすまで』が、masaさんという触媒を通して、頭のなかで化学反応を起こしていた状況だったので、少し修正させてください。/×「そうなんですか、東孝光は、秋山さんの先生なのですか!!」→○「そうなんですか、東孝光先生は、秋山さんと玉井さんの師匠なのですか!!」です(東先生、失礼いたしました)。/ああ恥ずかしい〜(*^^;;*)ゞ。

>wakkykenさん
中沢さん『アースダイバー』と杉本さん『苔のむすまで』は、やはりリンクしていたのですね! 驚きました。その事実をつきとめていただき、僕もちょっと興奮気味です。あのお二人の対談が既に行われていたとは…。知りませんでした…。でも、ま、地底とは言え、雲の上の出来事ですからね〜(^^; 僕はトボトボと路地を歩き回りますよ(^^;…はい(^^;

masaさん、この東京では、地底と路地と雲の上はつながっているのですよ。東京は魔都ですよ。

この写真素敵ですよねぇ。
初めて見たときから思ってたんですが、なかなかコメントできませんでした。
アースダイビングも楽しそうだなぁ・・・

>ciceroneさん
こんにちわ〜。お褒めいただき、ありがとうございます!
ciceroneさんが落ち着かれてから、ジモティ白山ダイビングでもやりましょう!(^^;

>wakkykenさん
魔都ですか〜、すんごいことになってきましたね。でも、小石川の稲荷神社あたりに居ると、そんな言葉が不自然には聞こえないですね。

昭和43年頃から3〜4年富士見坂のあの船のへさきのような家で下宿していました。本当です。懐かしいです。当時の大家さんは瀬島というの名の気難しいおじいさんと耳の不自由なおばあさんの夫婦二人暮らしでした。木造2階建て,なんと壁には2階までツタがビッシリと茂っていました。間借をしていたのは男性ばかり5人。学習院大学生,明治学院大学生,と浪人2名(この中の1名が私),社会人1名です。学生同士は気が合ってよく富士見坂を下りた所の銭湯へ行ったり,麻雀をしたものです。
学生の頃のきままな生活や彼女との思い出がつまった坂の上の家です。耳の全く聞こえないおばあさんが好きだったのが,何故かTVの銭形平次(大川橋蔵の),よく解説をたのまれたものです。
(登場人物が良いやつか悪いやつかだとか)
電話は玄関に1台。彼女からの電話を待ち,手紙の返事を書いた家です。あれから35年あまり,その家がホームページで見れるとは…離ればなれになった下宿仲間は今頃どうしているのかなァ。
当時その名の通り富士山は見えましたヨ。ただし交通量の少ない冬の朝に限られていたように思います。

>大川正晴さん
こんにちわ。一昨日・昨日と、かなり無理なスケジュールで撮影をしていましたので、お返事さしあげますのが大変に遅れてしまい、ほんとうに申し訳ありませんでした。
なんと、こちらのお宅にお住まいだった方からコメントをいただこうとは、ミクロンレベル(^^;で思ってもいませんでした。信じられないことが起きた…という感じがします。それにしても、貴重なお話を聞かせてくださいまして、ありがとうございます。有名な場所ですから、写真は多々目にしますが、こういったエピソードというものは、読んだことがありません。写真の見え方が変わってくるようなお話です。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

masaさん、大川さん、横から失礼いたします。大川さん、はじめまして。僕は、この「日無坂の家」を実際に拝見したこともないのですが、はたしてどんなお宅なのか、たいへん気になっていました。今回、大川さんが35年前に下宿されていたとことを知り、もう、無茶苦茶驚きました。青春の思い出がたくさん詰まったお宅だったのですね〜。masaさんがお書きになっているように、「信じられないことが起きた」って感じですね。大川さん。なかの間取り等がどのようになっていたのか、とても気になるのですが、もしもよろしければですが、そのあたり何かご記憶であればご教示いただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします。

大川です。当時三角形で急勾配の家に住んでいるという感じはありませんでした。へさき部分はトイレと前栽(ちいさな庭)がありました。トイレは今でいうダイニングと隣合わせで、しかも共同なので老夫婦の食事中はトイレ使用が億劫だったのを覚えています。1階も2階も部屋は四角で、三角形の部屋や納戸があった記憶はありません。段差もありませんでした。古い木造家屋にビッシリとツタが茂り、夏の2階の窓から見える風景はツタの額縁にフチどられているようでした。近くの古い人だったら覚えているかも?
目白通りに出て左へ行けば、学習院。右へ行くと田中角栄邸とトン女かポン女とか(どちらか忘れた)呼んでた女子大がありました。それと日無坂はどちらかというと、裏通りという感じであまり歩きませんでしたね。

>大川正晴さん
お答えくださいまして、ありがとうございます。この立地ですから、「ツタの額縁にフチどられた」眺望は、さぞかし素晴らしかったでしょうね〜。部屋代に眺望代(^^;が加算されても文句は言えないくらいですね。右に行くとあるのはポン女(日本女子大)のほうですね。

masaさん、大川さん、こんにちは。大川さん、ご説明くださり、ありがとうございました。そうですか〜、「へさき部分はトイレと前栽(ちいさな庭)」なんですか。そらそうですよね〜。三角形のとんがった部分って、通常の生活ではあまり使い道がありませんものね。「ツタの額縁にフチどられている」「夏の2階の窓から見える風景」を僕も想像しています。現在では、早稲田の高層ビルがドーンと目にはいってくるのでしょうが、下宿されていた35年前だとかなり異なる風景でしょうね〜。いま、Google Earthで「日無坂の家」を見てきましたが、お隣は空き地になっていました。

masaさん、皆様、行ってきました!!確認してきました!!いや〜感動しましたです、はい。今日は、早稲田から都営荒川線に乗って個人的にミニミニ・プチプチダイブしてきたのですが、その出発にあたり、「そういえば、この近くではないか・・・」と思い出し、ノートパソコンと本で重くなったリュックを背負ったまま坂を登ってまいりました。ちょっとした登山の感じになってしまいましたが(^^;;、こちらのお宅に下宿されていた大川さんのコメントなども思い出しながら、外から拝見いたしました。というわけで、よそ様のお宅ではありますが、感無量というと少しオーバーですが、拝見できてよかったな〜と思いました。

>wakkykenさん
こんばんわ。早稲田から神田川を越え、台地を目指して…という感じですね。あの坂はなかなかキツかったでしょう…。でも、ほんとに凄い立地に建ってますよね。タモリさんの「坂道美学入門」にも収録されていますし、一種のダイバーメッカですね(^^;

msasさん

どんどん記憶があやふやになっているわけですが(^^;;、このエントリーについてオおよそ2年半ぶりにコメントさせてください。テレビをみていたら、あるCMに脳味噌が瞬間に反応しました。ヘルシア緑茶のCMです。このCMのうち「engine」篇の最初に登場する「坂」なのですが、こちらのエントリーの坂なんじゃないでしょうか。ヘルシア緑茶のサイトでCMを視ることができます。きっとそうだと思うんですよね。まあ、有名な「坂」ですから、ロケに使われても…当然なんでしょうが。
http://www.kao.co.jp/healthya/cm/

これだけのことなんですが、脳味噌が反射神経したことに嬉しかったというわけです(^0^)/

>wakkykenさん
いやもう、本ブログにコメントをくださるばかりか(^^; 研究・講義から始まってブログにツイッター、はたまたテレビまで...よくチェックしていらっしゃいますね〜。
早速URLのCM見てきました、間違いありません。日無坂の三角の家ですね! そして坂をくだりきった神田川沿いも映りますね。こういう、あ、知ってる...ってのは意外と嬉しかったりするものですよね。分かります、その感じ...。
エントリーに新たな話題を追加していただき、ありがとうございました!

masaさん

なんといいますか、かんりミーハーなコメントで申し訳ないです(^^;;;。
でもお書きになっているように、関西に住んでいながら、あの坂と三角の家の塀をちらりと見ただけで反応できる自分が嬉しかったりして…なんですよ。
すみません、明日で52才になるおじさんなんですが、ご容赦ください。

>wakkykenさん
ミーハーなんてとんでもありません...やっぱガキ心は大切だと思います。でも、やはり、あの程度の見え方で場所が特定できる人って、東京の住人でもそう多くはないと思われます。それが関西の方ですから...。あと一歩でビョー...あ、いえ(^^; 大したものです。

masaさん

ビョーキですね!!
最高の褒め言葉、どうもありがとうございま〜す♪
こうなったのも、すべて「Kai-Wai散策」のおかけです!!

>wakkykenさん
う(^^; こんどは褒められているような皮肉られているような...(^^;



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