2005年11月アーカイブ

白金高輪の灯り

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用事があり、珍しく、お洒落な方角(^^; 白金高輪に行ってきました。行ってみてビックリです。ま、昔からあまり縁はない場所ではありましたが、青山・原宿界隈をウロウロしていた頃は、クルマでよく通った所です。が、もうビルとマンションだらけで、方向すら掴めないほどに変わっています。そして、明日オープンするという、超高層ビルも建ち上がっていました。
待ち合わせよりも少し早く現地に到着したので、地下鉄の駅を出て、ほんのすこしだけ周りを歩いてみたのですが、どこを向いても、波形トタンの錆びの匂いなどしてきません(^^; 銅板張りの出桁造り町屋なども、ほんとに気の毒なほど周囲から浮きあがってポツンと残っていはいましたが、もう写真を撮る気にもなれない哀れさです。その町屋のある辺りから、ちょっと気になる通りはありましたが、時間の関係から、そちらにズルズルと行くわけにいかず、また駅の方向に戻りはじめました。これはダメだな、と思いながら…。
そして、ちょっと古いマンションの前を通りかかったときです。まるでセンサーでもセットされていたかのように、マンションの玄関前の外灯がポッと点灯しました。そのランプが、いまはあまり見ない、ランプらしい優しい形をしています。そして、短時間とは言え、寒々としたデザインだらけの街を歩いた後だったせいか、暖色系のランプの光が、なんだかホコッと緊張感をほぐしてくれるようでした。こんなことでは、シロガネーゼにゃナリタクネーゼ(^^; な〜んてね、なれないヒガミか…(^^;

【場所】港区白金1丁目あたりです。

今回のアースダイビング@下北沢については、エントリー第1回第2回で紹介させていただいたわけですが、やはり、坂道の写真を忘れるわけにはいきません。なにしろダイビングですから、多少は水深(^^;を感じていただかなくては...です。
今日の写真は3枚とも、ダイブを始めたばかりの地点・代々木上原周辺で撮ったものです。左の写真は、富ヶ谷方面から、だらだらと続く細い坂をのぼってきて、振り返ったところです。結構な高低差があります。そして、こんな住宅街に、色づいた広葉樹がたっています。それが、僕の眼には興味深く映りました。通常、庭木には、こんな広葉樹は使いませんよね。まさか、武蔵野の生き残り?なんて想像をした風景です。それは右の写真の辺りでも同様に感じました。
中の写真は、ちょっと気づき難い位置にあった階段路地です。かなり長く、直線で伸びています。高低差もかなりなものです。雨の日には、ここは滝になるのでは?とさえ思います。いったいどういう理由でこういう階段路地になったものか? 理由を知りたくなりますね。
右の写真は、下ってまた上るという、典型的な谷戸タイプの坂道です。ここは、向こうに見える坂がカーブして視界から消えています。いわゆる本妙寺坂タイプと言える坂ですね。上原には、こうした良坂が多く存在していました。この坂は、街路灯が点灯する頃に、もう一度撮ってみたいと思わせるものがあります。
他にも、「あ、なぜあの坂を撮っておかなかったのだろう」という坂もあるのですが、それはまたいずれダイブしたときにでも...です。

【場所】世田谷区代々木上原あたりです。

え〜と、昨日(26日)のことになりますが、実は、遊びに来ていた孫娘のお供をして、上野動物園に行ってまいりました(^^; ええ、上野動物園行きは歓迎です。あのハシビロコウが、僕を待っていると思うと、孫娘のお供でなくとも行きたいくらいですから...。
しかし、今回は、しくじりました。母親(娘)を銀座に買い物に行かせ、その間、ジジ&ババで孫娘を遊ばせておくという役目を負っていたからです。動物園に入場してはみたものの、母親(娘)がいないため、僕がハシビロコウに張り付くという訳にはいかないのです。「あ〜あそこに行けばハシビロコウが居るのにな〜」と思いながらも、孫娘の言うがままに歩きまわらなくてはなりません。「え?シマウマ? モルモット? トラ? モノレール?」という感じで、決して「お!ハシビロコウ?」ということにはなりません。それでも、「サプリ(スポーツ飲料のこと)買ってくるからね」などと孫娘をなだめすかし、大急ぎで撮ってきたのが今日の写真です。
しかしですね〜、やはりハシビロコウです。こちらの都合など、どこ吹く風。そっぽを向いたままです。「ま、しょうがない、来た証拠だ」とシャッターを切っていると、もうケータイが鳴ります。「ジジ、何処ウロついてるの?」です(^^; いやはや...。
で、その写真だけでは面白くありませんから、ひとつ話題を...。これからお見せするのは、赤羽団地の商店街にあったハシビロコウの化石です(^^; しかも、その商店街は東京オリンピックの頃にできたということですから、約40年も前の化石なんですね〜(^^; これを発見した時には興奮しました(^^; 凄いでしょう。って、後になって、よ〜く見ると、これ、ペリカンですかね(^^; ...ですね(^^;

【場所】台東区上野動物園です。



先日(24日)初めて、下北沢を、駅前周辺だけではなく、広範囲に歩きまわる機会を得たのですが、この辺りは、商業地区を抜けると、意外にアップダウンの多い、閑静な住宅地なんだな〜という印象を受けました。これまで、世田谷辺りと言えば「昔は畑だったフラットな土地」というイメージしかなかったのですが、これが大間違いであることに気づかされました (その畑も「実際には茶畑が多かった」と、同行のジモティの方々に伺いました)。東京は、本当にどこまで行っても起伏の多い地形をしてるんですね。
そして、もうひとつ感じたのが、「ここも武蔵野だな〜」ということでした。どこを歩いても、家ばかりですが、所々に大きな広葉樹が残っていて、その葉が黄色や赤に色づいているのが目にとまります。そして、そこに、晩秋というよりも、もう初冬の陽の光が射しているのを見ると、昔の武蔵野の面影を感じずにはいられませんでした。今日の写真は、そんな感じを抱かせる場面をピックアップしたものです。

左の写真は、代々木上原の入り江のような形をした低地に建設中の上原中学校の現場です。その向こうにちょっとだけ見えるロケットの先端のようなものは、ジャーミー寺院の尖塔です。この校舎が完成した暁には、こうして上原の谷戸の風景を見ることは難しくなります。
中の写真は、東大先端科学技術研究センターに接して建つアパートのような建物の開口部から、センター構内の並木を撮ったものです。この建物は、秋山さんのaki's STOCKTAKING『今の東大先端科学技術研究センターは、昔、東京帝國大学航空研究所(あの航研機の)だった。その頃から、この通りを「航研通り」と呼ぶようになったのであろう。』と紹介されている「航研通り」にも面しています。ここでは、いかにもこの紹介文にある時代の雰囲気と、武蔵野の面影を併せ持つ風景に出会ったような気がして、何度もシャッターを切りました。光が抜群でした。
右の写真は、下北沢の駅に近いカトリック教会の敷地内で撮ったものです。まさに武蔵野ですね。というよりも、ここはもう下北高原(^^;ですね。岩肌(人工物か?)には、祭壇や聖母を配するための空間がくり抜かれていました。駅近くに、まさかこんな風景があろうとは…でした。また、ここにはこんな不思議な建物まであります。この一帯は再探索が必要と思われます(^^;

【追記】左写真の説明に、最初は「マンション建設現場」と書いていましたが、これは「渋谷区立上原中学校建設現場」の誤りでした。秋山さん、ご指摘いただき、ありがとうございましたm(__)m 危ないところでした(^^;
【場所】世田谷区代々木上原周辺〜下北沢周辺です。



記念すべきカフェ杏奴での「ブログの力」ミーティングから1年が経過した24日の正午、下北沢方面アースダイビングのため、縄文遺跡の眠る岬[証拠物件]に位置する代々木八幡神社に、建築界の多士済々が続々と集結。なかには、下北沢シンポジウム実行委員会の核となっていらしゃる下北ジモティのお顔も…。心強い。[存知あげるブロガーはAKiさんTamさんiGaさん、お酒ダイブ(^^;から合流のfuRuさん]
そして今回は、ブログというデジタルカタコンベに潜むアースダイバーが地上に浮上することを聞きつけた某TV局のカメラまでもが同行することに…。いやはや大変なことになってしまいました(^^;

そんなこんなで、どうやら、第二回目のアースダイビングがスタートしました。しかし…です。TV局はTV局で狙いがあるらしく、スタート直後にコース変更の要求です。「とんでもないよ〜!」と思っていると、軟体動物と化したAKi隊長が「あ、いいよ」と安請け合い(^^; いや〜参りました(^^; で、とにかく、まずは太陽燦々の山手通りを妖しげなオジサン達が大行進。陽に当たるモグラ状態(^^; なんともアースダイバーらしからぬ光景ですね〜(^^; ま、いいや。

で、ここからは真面目に…。実は、今回から、アースダイバーに欠かせぬ用具である「ハンドヘルドGPS」が登場することになりました。これは、最近ではクルマの標準装備ともなっているナビゲーションシステムの携帯版といったものです。収録している地図は、クルマ版に比べると貧弱ですが、地図の表示以外にも多くの機能を備えています。例えば、歩いた場所のおよその標高や距離、時間などを表示してくれるトリップコンピュータ機能などです。これは、歩いたコースも記憶してくれます。そして、そのコースをパソコンに取り込み[カシミール3Dなどのソフトを使用]、地形図や地図上に表示することができます。その機能を使用して、今日、下北沢ダイブ隊の歩いたコースを表示したのがトップに掲載した地図です。黄色の線が歩いたコースです。右端の図は、地形図と現在の地図を重ねあわせたものです。これらを見ると、歩いたコースやアップダウンが一目瞭然です。勿論、歩きながら、「あ、この坂を下ったら5m潜ったぞ」などというダイブ状況の把握もでき、町歩きが何倍も楽しくなります。[この場を借りて、こんな面白さを教えてくださったスリバチ学会石川さんに感謝いたします]

そんなわけで、下北沢に計画されている再開発が実施されれば、失われるであろう区域をトレースしながらの、全行程約10km、高低差約27mにおよぶアースダイビングが無事終了したわけです (はしょり過ぎです(^^;すみません。コースの詳細につきましてはこちらを!)。

で、いよいよ、本日の僕の収穫です。が、これが、せっかくGPSや豪華ガイド陣に恵まれたにも関わらず、いつもと同じパターンなんですね〜。もすこし、山坂を表現した「これぞアースダイビング!」という写真があれば良いのですが、そういうのはとかくつまらないんですね〜。ま、気を取り直し、以下に下北侘錆景を並べます(^^;

左写真は下北沢で70年代初めから営業をつづけているというお店です。Eat A Peachと書いてあるところを見ると、オールマンブラザースなどのジャム系ロックを流すお店なのでしょうか…。
中写真は代田の踏切近くにあった建物です。凄まじい経年変化です。が、板の隙間から、灯りが漏れていました。廃屋ではないようです。
右写真は環状七号線近くにあった「暇屋(Kaya)」さん。どうやらお店のようですが、何のお店なのやら?です。何やら名前も分からない植物で覆われていました。ツタ類でこんもりと覆われた家は時々目にしますが、これは植物がハネてるのが凄いですね。

左写真は針供養で有名だという森厳寺境内への入口です。銀杏の大木がたち、その葉が黄色く色づき、輝きを放っているようでした。
中写真は下北沢駅そばの商店街です。戦後の闇市がルーツというこの一帯。子供の頃ここで遊んだ、という方のお話も聞けたりで、非常に気に入ってしまいました。ここはいずれまた…ですね。
右写真は、その商店街のいちばん奥にある階段の上から撮ったものです。僕の好きな要素がぎっしりでした(^^;

【場所】世田谷区代々木上原周辺〜下北沢周辺です。

赤羽の奥地で

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ここは赤羽です。赤羽の谷戸の底にひっそりと佇む家です。表通りから10メートルほど奥に入っただけなのに、ここは別天地でした。路地は舗装されておらず、草と苔に覆われています。家のまわりには、鉢植えではなく、地に根を張ったササやツタ類が密生し、その一部は下見張りの壁に這いのぼり、家の一部と化しています。
この一画の家屋は、戦後10年ほどして建てられたものだそうです。長屋ではなく、戸建てが数戸並んでいました。しかし、生活ぶりは、まさに長屋感覚のようです。現役の、共同の井戸があり、それをはさんで、住人の方々の、まるで家族か親戚とでも話しているような会話を耳にしました。その様子は穏やかです。
こういう環境にお住まいの方は、とかく独居老人だったりします。しかし、ここで僕がお会いしたのは、僕よりもお若いと思える男性でした。しかも「クラブでディスクを回している」と言えば誰もが信じるような感じの方です。これには、実のところ、ちょっと驚きました。きっと、こういった、自然[野生?]と人の匂いが強く漂う生活がお好きなのだろうと想像します。[お話をしてくださった、その男性に感謝します]
ここは、赤羽の低地を歩いてみて、「原景を残すいちばんの奥地だ」との印象を受けた場所です。

【場所】北区赤羽あたりです。

こちらは、麻布十番にある、ウェディングドレスの専門店です (店名は失念(^^;)。この日は、六本木ヒルズ森ビルに写真展を見に行き、帰りに周辺を散歩しながら、麻布十番の駅に向かっていました。駅に通ずる道に出たころには、すでに日はどっぷりと暮れ、どのお店にも明かりが灯っていました。そこで目にしたのがこの光景です。
僕はもう独身ではありませんし(なんてことわるような歳でもないですが…ガハハ(^^;)、娘ももう結婚しています。したがって、しばらくはウェディングドレスとは縁が無さそうです。
気になったのは、言うまでもなさそうですが、ウインドウに飾られたドレスの脇で、淡々と針仕事にいそしむ、この婦人の姿でした。素敵でした。昔はモデルさんかな?という感じです。髪形といい、老眼鏡とそのストラップといい、そして、針と糸を操る手つき仕草など、実になにげないのですが、神経が行き渡っている感じです。よほどの達人でなくては、こうはいきません。思わずレンズを向けてしまいました。
こういう方と、話し合いながら、アドバイスを受けながら、作り上げるドレスって、さぞ素敵でしょうね。なんとなく女性っぽいエントリーになってしまいましたが、これはどうしてもアップしておきたく…。

【場所】港区麻布十番あたりです。

晩秋の菊坂

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陽が落ちてから、ぶらりと家を出ました。炭団坂をくだり、菊坂に下りると、谷底に溜まったようなヒヤリとした空気があたりを包んでいました。静かです。いつもの、日暮れの菊坂...なのですが、何か少違っています。何だろう?と思いながら、しばらく歩いていました。そして思い当たったのが、街路灯です。なんだか、以前よりも、町全体が明るいのです。町のあちこちに設置された街路灯の明かりが町の印象を変えていたのです。
暗い夜道は危険ですし、最近は、本郷も物騒な事件が起きるようになりましたから、街路灯の設置に異を唱えるつもりはありませんが、やはり、ここは電柱に傘つきの裸電球にして欲しかったな〜と、やや残念に思いながら、菊坂の空気を体内に摂り込んできました。
左の写真は、都内有数(^^;の園芸路地の入口です。大木に成長したピラカンサが、真っ赤な実を数珠なりに付けていました。夜目にも艶やかで、妖しくさえ感じられました。
右の写真は、いつも素晴らしい軒先園芸で、道行く人を楽しませてくれるお宅です。ここにも街路灯が設置されていました。その光だけを見ると、ぼんやりと周囲を照らし出し、雰囲気があるのですが、これが、先に書いたように、電柱と裸電球の組み合わせだったらな〜と、悔やまれてなりません。[下の王子の写真と比較してみてください]

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

王子駅線路脇

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王子駅から飛鳥山に向かうと、飛鳥山の裾に沿って左に伸びる直線の細道があり、そこに長屋が三棟並んでたっています。そのすべてがバーや小料理屋です。この長屋、一棟がけっこう長いので、三棟並ぶと、森のなかに突如出現した歓楽街、といった雰囲気になっています。僕などは、見慣れないためか、ちょっと奇異な感じさえする場所です。アニメの舞台にでもなれそうな…。
その長屋を、昼間、王子駅のホームから見るとこんな感じです。これが裏手になるわけですが、かなり自在な増築の形跡などあり、これはこれで惹きつけられます。が、この裏手はすぐに線路ですから、残念ながら、そばで見るというわけにはいきません。実に残念。
この日は、スリバチ学会に参加するため、赤羽に向かっていました。僕の場合は王子駅で乗り換るわけですが、その時、この一画が目に飛び込んできたというわけです。即刻駆けつけたかったのですが、集合時間に遅れるわけにはいきません。「よし、これは帰りにチェックだ!」ということで、とりあえず赤羽方面行きの電車に乗り込みました。
今日の写真は、そのスリバチ学会のフィールドワークを終え、夕方暗くなってから、王子駅で途中下車して撮ったものです。行ってみると、この日は日曜日だったため、ほとんどのお店が営業していませんでした。が、僕のそんな想いを知ってか知らずか、期待を上回る表情を見せてくれました。ついでに全景も…。とんがり帽子建築(^^;で、よろしいでしょう。

【場所】北区飛鳥山公園あたりです。

本郷4丁目の路地に描かれていた、ケンケン(?)用の落書きです。
ここは、昔は本郷田町、そのまた昔は小石川片町と呼ばれていた辺りで、元々は、高崎藩松平右京亮の中屋敷だった場所です。その中屋敷は、本郷台地から崖下までつづいていて、ここはその崖下にあたり、庭にでもなっていたのか、江戸切絵図などを見ると、ドーナツ型の池が描かれています。
最近では、路上の落書きというものをあまり目にしません。路上で遊んでは危険なことが多いので、当然の成り行きかもしれません。が、車の通れないような細い路地や袋小路などでは、いまでも時々、子供の落書きを目にすることがあります。見ると、なんだかホッとして、気分が和らぎます。
ここは袋小路になっていました。写真奥のGOALの文字の数メートル先で行き止まりになっています。そのせいか、この落書きの保存状態が良く、常設(^^;のようです。しかし、この落書き、周囲の雰囲気と相俟って、素晴らしい出来ですね (かなり大きいお子さんの仕業でしょうか?)。つづきの路地にも、多くの落書きが残っていましたが、同じお子さんが描いたのでしょうか、そのどれもが、生き生きとしたアイデアに満ちていて、大人の目を引く出来でした...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

パラボロイド@赤羽

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先日、ブログaki's STOCKTAKINGに、隠れた大発見についてのエントリーがアップされていました。それによれば、「飯倉片町交差点が東京でただ1カ所パラボロイドの坂である」ということでした。パラボロイドなんて言葉はもちろん初耳でしたし、「何のことやら?」でした。そこで、説明を読むと、パラボロイドの坂とは、どうやら「逆双曲線幾何学的な十字路」のことのようです。
これまで、幾度となく、飯倉片町交差点は通っているものの、言われてみるまでは、そんなことに気づきもしませんでした。が、その事実を知り、改めて広い飯倉片町交差点に立ち、坂の姿を眺めてみると、「オオーッ確かに!」と、妙に感動します。そして、昔は路面電車がよく脱線した交通の難所だった、というのが理解できます。
ところが…です。先日、赤羽を歩いていたときに、パラボロイドの坂をもう1カ所発見してしまったのです! 「うわ〜ここにも在ったぞ〜!大発見だ〜!」と、我一人大喜びしてしまいました(^^; 今日のエントリーは、ただそれだけ、なんですけどね(^^;

【場所】北区赤羽・諏訪神社交差点です。

リトルハウス@赤羽

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この小さな家、可愛くないですか。僕は、もう、その場から微動もできなくなるくらいに気に入ってしまいました。色といい、素材といい、構造といい、サイズといい、すべてにおいて「参りました〜」という感じです。そこに、ねじ曲がった空気抜きのダクトや、頭から生えたようなTVアンテナが、ちょっとユーモラスな味付けをしています。定番(^^;の錆びも出ていて、いい味出しています。
赤羽の低地は、終戦以降に建てられた戸建てが多く、いわゆる下町の長屋風景というものは、ほんとんど見られませんでしたが、この一画には、戦後十年ほどして建てられた長屋感覚の家が並び、濃密な空気を漂わせていました。周囲に写り込んでいる戸建てが、どこかよそよそしい感じがするのとは対照的です。しかし、これが、どこか広い草原にでもポツンとたっていたら…なんて想像すると、なんだかワクワクしてきませんか?

場所】北区赤羽あたりです。




この小さな建物を目にすると、誰もが「何だこれ?!」と思うに違いありません。しかし妙な引力があり、「通り過ぎるわけにはいかない!」という感じです。よく見ると、開け放たれた入口の横に、素っ気なく小さく「GARAGE」とだけ書かれています。しかも手書きです。おそるおそる中を覗いてみると、物が並んではいるものの、それが商品なのか?否か?という感じ。店番する人すら居ません。
しばらく表に立ち、なかの様子をうかがっていると、奥のドアが開き、若い女性が現れました。で、まあ、「怪しい者ではない」と説明。どうやら内部の写真を撮らせいただけることになりました。そんな手順を踏んで、内部に足を踏み入れてみました。




12日の土曜日に、逗子で会合があったのですが、湘南方面へ行くのは久しぶりです。せっかくですから、ちょっと早めに家を出て、鎌倉で途中下車。ちらと散策してみました。

土曜日だったこともあり、鎌倉、特に小町通りは「中年・初老の竹下通り?」という人出と賑わい。もう歩く気にもなれません。で、すぐに線路の西側へ避難です。が、こちらもけっこう人が歩いています。参ったな〜などと思いながら、ともかく、谷津の方向を目差して歩き始めました。すると、駅のすぐ近くだというのに、なんだか経年変化と錆びの匂いのする一画が目に入ってきました。駐車場かな?という感じ。ですが、奥にはコジャレタ感じの建物が…。どうやらホテルのようです。そのわりには「素泊まり」なんて泥臭い文字が目につきますし…、このごちゃ混ぜ感、ちょっと面白そうです。

スリバチ学会なる集団があります。何処に居ても北が分かるという人間コンパスでありアーキテクトの皆川さんと、タモリ倶楽部 東京ナス化計画で知られるGPSアーティストでありランドスケープアーキテクトの石川さんのお二人が中心になって運営なさっています。その主旨は、「谷=スリバチを散策し、その魅力を再発見し、かつその行方を見届ける」ということです。それだけでも面白そうです。が、それに留まりません。事前に、お二人の手作業になる、詳細な地図・地形図が用意されるのです。それがまた実に見物です。歩くスリバチに応じて、地形や歴史などの読み取りに必要な地図が、取捨選択されたり3Dソフトを駆使して作成されるのです。しかも、それらは、当日、参加者に無料で配布されます。参加資格などは一切ありません。実に自由。街歩きにご興味おありの方は、是非、いちどでも参加なさることをお勧めしちゃいます。眼からウロコ請け合いです。

で、本日、そのスリバチ学会の赤羽フィールドワークが実施されるというので、僕も参加させていただきました。実は、これが2度目なんですが…。
今回のハイライトは「赤羽の真性スリバチ」検証です。訳しますと(^^; 通常、スリバチ=谷戸は、三方が台に囲まれているわけですが、なんと四方を台で囲まれた場所を赤羽に発見した、というのです。その実地検証というわけです。もちろん、他にも興味深い検証テーマ盛り沢山です。
というわけで (って、エライはしょってますが(^^;)、今日のトップの写真は、そのスリバチの写真です(残念ながら、一部しか撮れませんでした)。かなり大型のなだらかなスリバチですから、やや分かりずらいかも?しれませんが、周囲が盛り上がっているのがお分かりいただけるでしょうか? 右の写真は、全体が木々に覆われた状態で、いかにも原地形と言えるスリバチ(谷戸)を撮ったものです。こんなスリバチ、東京では貴重だと思われます。ここは、2年ほど前まで、自衛隊の駐屯地であったことから、地形を変えられずに済んだ、という裏のエピソードもありました。

今回、スリバチ学会さんの後について、赤羽を歩いたわけですが、僕の場合は、「谷戸(下町)を彷徨い空想に耽る」という「ヤトロジー学会 (谷戸路地学会)(^^;」ですから、スリバチ学会集団とはぐれそうになりながらも、必死に後を追いかけるという行進になります。ま、そんな調子で撮った、いつもの調子(^^;の写真を以下にアップします。




【上左】赤羽の低地には、思いの外、戸建てが多く、古い長屋などが連なるという雰囲気ではありませんでした。そんなに古くからの住宅地ではなかったことが、そうさせたようです。
【上中】赤羽の低地に適応したのか?巨大なピラカンサを2本目撃。これはそのうちの1本です。ど迫力で怖いくらい。赤羽低地の主のよう…。
【上右】東京オリンピックの頃建てられたという桐ヶ丘団地(都営住宅で、なんと4千数百戸あるという。その隣りの赤羽台団地(住宅公団)は3,333戸あるとのこと。凄い数!)の中心にある、ショッピングセンターのような施設です。さびれた感じでしたが、ここが建って以来営業を続けているという天ぷら屋さんのチクワが美味しかった(^^;
【下左】彷徨ってしまい、「これは集団からはぐれたな!」と思っていた時間に撮った写真。更地の奥にスリットがあり、行ってみると、路地が…。その路地を辿ってみると、この風景が現れました。いずれは三方をビルに囲まれた「ビル谷戸」になるのか? いや四方を囲まれ、「真性ビルスリバチ」になるのか(^^;
【下左】フィールドワークの終点、赤羽神社のお稲荷さん。赤いきつねと緑の…じゃなくて(^^; 迫力があり、なんだかパワーを感じました。祠の台の模様が人の顔にも見えま〜す。
【下左】これぞアースダイブ建築!(^^;半分土に埋もれています。フィールドワークの始点近くにあった、波形トタンと錆の傑作。手前はなんと畑で、野菜が育っていました。いつもなら、「赤羽農村景」とかってタイトルで単独エントリーするのですが…。

【場所】北区赤羽あたりです。



逗子にあるタイ料理店「ロータスリーフ」が近々閉店するというので、本日、アジア料理を楽しむ会「バクテーズ」の精鋭16名が逗子に集結。「閉店などさせるものか!」と「ロータスリーフ」を襲撃してきました。で、その結果、オーナーさんはその熱意に打たれ……たものの、「予定通り閉店する」とのことです(^^; とほほ(^^; 料理の詳細は、いつもの他力本願です。Sugareeさんのリポートをどうぞ…。
てな感じで、久しぶりに逗子に行ってきました。逗子駅に降り立つと、もう懐かしいというより、新鮮(^^; 「え、ここ何処?」という感じです。で、ほんの30-40分程度ですが、待ち合わせ時間までに余裕があったため、ちょいと駅前を歩いてみました。今日は、そのときに撮った写真です。
3枚ともに逗子銀座商店街で撮ったものですが、「逗子とはこんな所」という写真ではありません。どちらかと言えば、「逗子ってこんなだっけ?」という写真だと思います。自分でも、昔はこんな場所では撮らなかったな〜と思います。人間って、やはり感性が変わりますね。って、そりゃ変わります。なんたって、昔はビーチボーイ、今じゃアースダイバーですから…(^^;

【場所】神奈川県逗子市逗子5丁目あたりです。

白山御殿町の路地

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この写真を見るかぎり、どこが御殿?って思いますよね。実は、ここは、小石川植物園のすぐ下に位置している区画です。
小石川植物園を含む一帯は、将軍になる前の綱吉の御邸が在ったところで、そこが白山神社の鎮座地でもあったため、白山御殿と呼ばれていたのだそうです。その跡地に出来た町だから白山御殿町と言うことなんですね。もっとも、現在では、町会名こそ「白山御殿町町会」ですが、住所表記は白山3丁目になっています。
さて、この白山御殿町は、植物園沿いの通りと千川通りに挟まれた長方形の区画で、そこには、2本の通りをつなぐ細い路地が何本も見られます。今日の写真は、そのうちのいずれかの路地で撮ったものです。

左の写真:言わずとも分かりますよね。アパートの階段です。建物と樹の隙間から、ス〜ッと、傾いた太陽の光が射してきました。途端に路地が表情を変えます。左上奥に見えるのは、小石川植物園の樹です。

中の写真:この一帯には、工場や工場兼住居といった建物がひしめいています。ここもご多分に漏れず製本工場です。路地の両側が同じ会社であるため、路地の上に雨避けが設けてありました。一種のトンネル路地ですね。トンネルを抜けた先右手には、戦後建った下見張りが...。その下に立って、洗濯物を取り込むために顔をのぞかせたオバサンとしばし立ち話しです。

右の写真:基本的には、建物と建物の隙間である路地は、太陽が傾くと、一気に暗くなり、表通りとの明暗差が大きくなります。ここでは、路地に水が撒かれていました。そのパターンがなかなかよろしいですね。そこに空の明るさが反射して、路地にリズムが生まれていました。

【場所】文京区白山3丁目あたりです。

ワハハ本舗

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ブログを始めて以来最もバカなエントリーです(^^; これを撮ったのは、先月半ば頃で、場所は有楽町のビックカメラです。入口にたつ円柱にドカンと貼ってありました。ワハハ本舗って名前は知っているのですが、中味はどんなんでしょう? ま、このポスター見ただけで、およそ想像はつきますが...。しかし滅茶苦茶バカやってる感じですね〜。久本雅美さんの、このアホなメークでこのキリリ顔、もうたまりません。しかも、その右隣りではポスターでさえバカなことになってます。膝蹴りを、うぬっと太刀で受けてます(^^;
...憂さ晴らしに無条件購入アイテムかも?ですね。こういう、徹底してナンセンスなものって、意外と好きでして...(^^; このDVD、ご覧になった方がいらっしゃいましたら、笑い度を教えてください。

【場所】千代田区有楽町1丁目あたりです。

Wabi-Sabi 小石川

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東京に戻ったとは言え、ブログのエントリーには萩の写真がつづき、地元散歩もできずで、かなり吾が界隈から遠のいていました。が、今日、ちょっとだけ、小石川・白山界隈を歩くことができました。いや、なんだか久しぶりです。で、やはり、いまの僕にとっては、この界隈が地元かな?という感触です。体細胞が、この界隈用に入れ替わった感じです(^^;
さて、しかし、その第一弾がこれです。萩の侘錆に対抗して、「どうだ!スゲ〜だろう!こちとら空気が汚ねぇんだよ!」という感じでしょうか(^^; ま〜、そんなこと自慢にもなりませんが...。
ここは、旧柳町と旧表町との境あたりで、戦災で焼け残った区画もある場所です。ここも、まわりの建物と比べると、「こりゃ古いな〜」という感じですが、焼け残ったものか否かは不明です。なんとなく、戦後建てられた建物かな?という感じではあります。
近くに凸版印刷があることも手伝ってか、このまわりは製本工場(こうば)だらけで、昼間は、小型のフォークリフトが狭い道をクルクルと行き来しています。が、夕刻になり、工場が終わると、とたんに活気が失せ、町全体が死んだように静かになります。加えてこの雰囲気ですから、ここは、ちょっとした廃墟のような匂いすら発散させます。小石川から無くなって欲しくない風景のひとつです。

【場所】文京区小石川3丁目あたりです。

商店展示場?

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昨日撮った写真です。人が行き交う商店街の中程で、なぜか気になって撮ったものです。写真にしてみると、これは、どう見ても大道具か張りぼてという感じですよね。で、タイトルは、ちょっと大袈裟に「商店展示場?」というわけです(^^;

写真は、肉眼で見る以上に精緻に対象物を描写するため、こうなることが、ままあります。実際には面白くもない風景が、写真にしてみると面白くなってしまうことが…。え?面白くないっすか?(^^; ま、それはそれとして…(^^;
人の眼というもの(いや脳か?)は、意外と、虚ろにまたは都合の良いようにしか物を見ていないようです。そこを写真に突かれることが「面白い」と感じる所以なのでしょうか。ただ、ここでは、それだけではなく、何となく、再開発業者の気配のようなものを感じましたが…。

【場所】東京都清瀬市松山1丁目あたりです。

萩 土塀群

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萩の写真は、昨日で終わり、と思っていたのですが、トタン錆古屋同好会(^^;の方々から、思いがけないお褒めの言葉を頂戴いたしましたので、もう1日だけ、萩の写真をアップさせていただくことにしました。それにしても萩は、写真の題材が豊富な町です…。

今日の写真は3枚ともに、言うまでもありませんが、土塀を撮ったものです。

左右の土塀は、ツタが絡んでいるせいか、表面の漆喰(?)が、剥がれ落ちていません。もっと観光地化された地区では、最近になって補修した、真っ白な漆喰の、きれいな土塀を多々目にしましたが、この写真の土塀は、オリジナルかも?と思わせる肌をしていました。ほとんどの土塀が(中央の写真のような)黄色い土色の肌を見せているなか、これは珍しいケースだと思います。

中央の写真は、観光地化されている城下町で撮ったものです。その城下町でも、やはり再開発は避けられないようで、更地にされ、工事を待っている区画もありました。この土塀は、その更地の周囲にたっていました。したがって、建物が在った間は、人目に触れることはなかった土塀です。そして、工事が始まれば、また人目に触れることはなくなります。これは、その立地を考えると、まったく手つかずで風化しながら残った土塀、と言えるようです。

【場所】山口県萩市です。

萩 侘 錆

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今日の写真は萩の断片です。波形トタンこそありませんが、いわゆる僕好み(^^;です。「これぞ経年変化だ〜! 文句あっか〜! 美しいだろ〜!」って感じでしょうか(^^; いや、真面目な話、こうした、忘れられたような、時間の堆積を感じさせる風景には、どうしても惹きつけられます。

左の写真は、藍場川の最上流に位置する家の垣根です。その家には、もう誰も住んでいないようでしたが、庭には流水の池があり、その中から、屋根を支える柱の土台となる石が立ち上がり、その上に木の柱が据えられているという、かなり風流な造りの家でした。その家を、垣根越しに撮っている時に気づいたのがこの場面です。近づいてよく見ると、なんと、萩焼が垣根の竹の頭に被せてあるのです。それも全ての竹に…。きっと、これらの製作者にとっては失敗作なんでしょうが、僕が見た限りでは、どれも立派に使える代物でした。東京下町では、サザエの殻やビールの空き缶を、このように使っているのを目にしたことはありますけどね〜。萩では萩焼ですよ、萩焼(^^;

中の写真は、鍵曲で撮ったものです。何故に置いてあるものやら、とにかく、唐突に大八車が置いてありました。相当に風雨に晒されているようで、いまにも崩れてしまいそうでした。錆びたリヤカーではないところが、さすがに萩です(^^; 背景が苔むした板塀というのもよろしいですね。

そして右の写真ですが、ここは、萩観光の中心地である城下町から100メートルほど離れた場所です。この辺りは住宅が多く、観光コースからも外れているようで、ほとんど人影はありませんでした。表通りを歩いているときに、奥にチラリと見えた土塀に惹かれ、迷い込んでみると、ありました。手の加えられていない土壁群です。なかでも、この写真の部分は迫力がありました。門前には「萩の変七烈士殉難之地」と記した石碑が立っていました。ま、萩の変についてはgoogleで(^^; しかし…です。不謹慎かもしれませんが、この石碑、この位置には立てないで欲しいですね〜。せっかくの侘錆情緒ぶち壊しとしか思えません。

【追記】けっして「寂」と「錆」を取り違えているわけではありません(^^;(^^;(^^;
【場所】山口県萩市です。

杉本博司という写真家がいます。彼の回顧展『時間の終わり』が開催されていることを、先日、玉井さんから教えていただき、できるだけ早い機会に見に行こうと思っていました。が、生憎、あれこれと用事ができて延び延びになり、昨日、ようやく行ってきました。

杉本博司が気になりはじめたのは、もうずいぶん昔のことです。彼が、劇場のなかに大型カメラを持ち込み、映画一本上映分の光で、劇場の内部をフィルムに定着させる、という行為に及んだことを知って以来、ということになります。その後も、彼は、ピントグラスの真ん中に水平線を配し、海と空とを、単純極まりないグレーの階調として印画紙のうえに再現する、海景というシリーズや、レンズの焦点を作為的に伸ばし、建物の細部をぼかして骨格を捉えた、建築というシリーズなどを発表し、現代美術に関わる人達から高い評価を受けるようになります。

彼の写真は、多くの場合、単純であるが故に解りにくい部分があるかもしれません。それは、撮影に至るまでの思考やコンセプトが、作品中で大きなウェイトを占めていることに原因がありそうです。したがって、その思考やコンセプトを知り、理解することが要求される場合もあろうか?と思います。「説明が必要な写真なんて…」という向きもありますが、僕はそうは思いません。例えば、古文を理解し味わうためには、古語辞典や参考本を読んだり、資料にあたったりする必要があるのと何ら変わりはないように思います。
ですから、「なんだかよく解らない」と感じた場合は、辞典の代わりに、彼の著書『苔のむすまで』を一読してみてください。そこには、何故、杉本博司が一連の作品を生み出すに至ったか、という理由や発想が書きしるされています。それを読むと、隔靴掻痒の感が消え、改めて彼の作品の凄さが見えはじめるはずです。

萩・藍場川で

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萩の東南端に藍場川と呼ばれる堀割があります。そこには、松本川から引かれた清水が流れ、大きな鯉がゆったりと泳いでいます。藍場川沿いの地区は、昔は、下級武士が住んでいたそうですが、今日でも、その名残りを目にすることができます。今日の写真は、そのうちのひとつ「旧湯川家屋敷」で撮ったものです。
藍場川沿いに建つこの屋敷では、藍場川の水を庭に引き入れ、いったん流水の池にし、その池からさらに家のなかに通して、台所用水として利用した後、再び藍場川に戻しています。
左の写真は、その台所の様子を撮ったものです。これは完全に家の内部ですが、土間から石段を下りれば、そこに清らかな流水があるというわけです。その流水を利用して、食材や食器を洗ったりしたのだそうです。右の写真は、その水場に寄って撮ったものですが、ここは家の内部とは言え、流水で藍場川とつながっているわけですから、炊事などをしていても、こうして鯉が顔をのぞかせたりするわけです。風流ですね〜。しかも、右手にある竹で作られた棚は、食器を乾燥させたりする時に使うのだそうですが、竹の間に確保された隙間が、明かり取りであると同時に、食器などの乾燥も促進するのだそうです。このアイデアにも参ります。事実、見回すと、周囲の土がカラカラに乾燥しているのが確認できました。ところで、この部分を外から見るとこんな感じです。ちょっと分かりにくいかもしれませんが、石橋の向こう側に見える石垣の切れ目が、この水場の位置になります。
そして、こちらの屋敷では、お風呂も同様に、藍場川の水を利用する造りになっていました。しかも、お風呂で使用した水は、石で出来た洗い場の下部に設けられた、砂利と砂と炭のフィルターで濾過して藍場川に戻す工夫がなされているとのこと…。うぬぬ〜、まさに「先人の知恵を思い知らされる」とはこのことです。感嘆します。そこで、ついでに、そのお風呂部分を外から見た写真もアップしておきます。

【場所】山口県萩市です。

萩の鍵曲

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ここは萩です。鍵曲と書いて「かいまがり」と読むそうです。鍵曲というのは、城下に進入した敵を迷わせるため、高い土塀を巡らせ、道をカクカクと直角[鍵]に曲げて迷路のようにした道筋を言うようです。これは城下町にはよく見られる手法だと思いますが、萩の場合は、それを、できるだけ昔のままの姿で残そうという努力がなされています。ま、そのために土塀の補修なども行われていて、逆に言うと、観光地化されているとも言えるのですが…。
萩には、その鍵曲と呼ばれる場所が2カ所残っているようです。そして、僕が訪ねたのは、南側に残された鍵曲でした。後になってネットで調べてみると、北側の鍵曲のほうが、より古いままの姿が残っているようで、うぬぬ、と残念なのですが、ま、そちらは次ぎの機会にでも…。
そんな南側の鍵曲ですが、そうは言っても、やはり風情はあります。特に、僕が訪ねた時間が遅かったせいもあるのか? この辺りに、ひと気はなく、静寂に包まれていました。鍵に曲がった土塀の向こうから突然、刀をかざした侍が現れても不思議はないような、そんな時代を感じさせる雰囲気でした。途中、犬を散歩させる洋服姿の老婦人とすれ違いましたが、その姿が実に不釣り合で、可笑しく感じられるほどでした。

【場所】山口県萩市です。

三隅町の草原景

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ここは三隅町です。言うに事欠いて草原なんて書いてますが、実は、そんなに広くもない、単なる空き地です。放置すると、人の背丈を越える草で覆われてしまいますが、適当な時期に、その草を刈っておくと、野生のクローバーが花を咲かせ、まるで草原を想わせる風景が出現するようです。
ところで、「…ようです」と書きましたが、僕はこれまで、この空き地がこんな表情を見せることを知りませんでした。または、こんな空き地の表情には興味もなかった、のかも知れません。
この日は、山口に到着した翌日でしたが、朝からよく晴れて、そうでなくともきれいな空気が、いっそう清々しく感じられました。しかし、朝ここを出るときは、クローバーの鮮やかなピンクの花が印象的ではありましたが、ほぼ逆光であったためか、カメラを向けるには至りませんでした。が、用事を済ませ、ここに戻ってみると、太陽の位置が変わり、柿の木などが草の上に影を落とし、左手の板塀もその直射を受けて輝いています。なんだか、郷里である三隅町の表情が、いつもこんなだったら良いな〜と思える風景で、思わずシャッターを切りました。ま、かなりウソもついている写真(^^;というのが残念なんですが…。

【場所】山口県長門市三隅町です。



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