萩・藍場川で

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萩の東南端に藍場川と呼ばれる堀割があります。そこには、松本川から引かれた清水が流れ、大きな鯉がゆったりと泳いでいます。藍場川沿いの地区は、昔は、下級武士が住んでいたそうですが、今日でも、その名残りを目にすることができます。今日の写真は、そのうちのひとつ「旧湯川家屋敷」で撮ったものです。
藍場川沿いに建つこの屋敷では、藍場川の水を庭に引き入れ、いったん流水の池にし、その池からさらに家のなかに通して、台所用水として利用した後、再び藍場川に戻しています。
左の写真は、その台所の様子を撮ったものです。これは完全に家の内部ですが、土間から石段を下りれば、そこに清らかな流水があるというわけです。その流水を利用して、食材や食器を洗ったりしたのだそうです。右の写真は、その水場に寄って撮ったものですが、ここは家の内部とは言え、流水で藍場川とつながっているわけですから、炊事などをしていても、こうして鯉が顔をのぞかせたりするわけです。風流ですね〜。しかも、右手にある竹で作られた棚は、食器を乾燥させたりする時に使うのだそうですが、竹の間に確保された隙間が、明かり取りであると同時に、食器などの乾燥も促進するのだそうです。このアイデアにも参ります。事実、見回すと、周囲の土がカラカラに乾燥しているのが確認できました。ところで、この部分を外から見るとこんな感じです。ちょっと分かりにくいかもしれませんが、石橋の向こう側に見える石垣の切れ目が、この水場の位置になります。
そして、こちらの屋敷では、お風呂も同様に、藍場川の水を利用する造りになっていました。しかも、お風呂で使用した水は、石で出来た洗い場の下部に設けられた、砂利と砂と炭のフィルターで濾過して藍場川に戻す工夫がなされているとのこと…。うぬぬ〜、まさに「先人の知恵を思い知らされる」とはこのことです。感嘆します。そこで、ついでに、そのお風呂部分を外から見た写真もアップしておきます。

【場所】山口県萩市です。

コメント(18)

素晴らしいですね。
このお宅ではありませんが、以前NHKの特集で同じ構造の台所を見たことがあります。
あれはどこだったかなぁ。
ビデオに録ってあるのですが、引っ越しでビデオをしまいこんでしまったので......。
食器やお釜を洗うと、ご飯粒などは鯉が食べてくれるので、わざとご飯粒を残したまま洗うとか言っていたような気もするのですが.。
こちらのお宅のお風呂の水処理には唸りました。
こういう暮らしをしたいものです。

>アンヌさん
こんにちわ。コメントをありがとうございます。今日では、「水は蛇口から出てくるもの」と、固定的に考えているため、こういった造りを目にすると驚きますが、昔は、ごく当たり前の工夫だったに違いありませんよね。きっと、川沿いの家であれば、全国どこでも見られたのかも?ですね。実用・共存・風情など、あらゆる面から見て、素晴らしい工夫ですね〜。ところで、お風呂内部の写真をアップしておきましたので、よろしければご覧になってみてください。

いやぁ、感心しました。
水と住宅の機能が、こんな風に調和しているなんて.......、勉強させていただきます。
それに、外壁が捲れあがっている意匠の自在さ、すばらしい。

>AKiさん
こんにちわ。建築家でいらっしゃるAKiさんが、そうおっしゃるのですから、素人の僕は、これを見て、本当に驚愕という表現が適切なくらいに驚きました。そして、こういう実用と風情とが共存できる工夫というものを、今後、再び活かすことができたら!と、つくづく感じました。ほんと〜に素敵でした。

ちょっとご無沙汰でした。
masa様のアップ楽しみにしてました。
まとめてコメントさせて頂きます。
『三隅町の草原景』古家に写る日の光が秋を感じます。SLが走っていた時代を思うとちょっと寂しい一枚です。かつて門司港駅から大阪や京都まで一昼夜かけて走っていた長距離列車が当たり前にありました。
『萩の鍵曲』古の風情を残す遺産ですね。土塀の土の色、瓦や石垣の個性に歴史の流れを感じます。
『萩・藍場川で』柳川や水郷は有名ですが萩にもこんな暮らしがあるんですね。うらやましいです。写真から暮らしの音が聞こえてきそうです。
私もNHKで見ました。イタリア賞受賞映像詩『里山 命めぐる水辺』http://www.nhk.or.jp/special/libraly/05/l0010/l1015.html
舞台は滋賀県、琵琶湖です。同じ日本にいても生活する地域によってさまざまな暮らしがあります。便利な機械などに頼らなくても自然と人間が上手くつき合って生活する方法は結構身近な所にあるんですね。

追伸「通りがかりの押上で」の件、体裁よくして頂きましてありがとうございました。

masaさん、こんばんは。おひさしぶりです。帰ってきて、さっそく『Kai-Wai散策』にやってきました。また、よろしくお願いいたします。/この萩の写真をみてすぐに頭にうかぶのが、僕のばあいは、自分自身がウロウロしている滋賀県の農村地帯です。こちらのお屋敷のように立派なものではありませんが、水道が入る以前(昭和40年代前半)、多くの農村では、飲み水は井戸水、家事などの洗物、お風呂の水などは、集落のなかをあちこち流れる水路の水を屋敷のなかに取り込んで利用していました(このエントリーと構造は同じです)。/当時は、そうやって身近な水を生活に利用していても、けして水路の水が汚れることはなかったそうです。自分が使った水をお隣もお使いになるから、汚れた水はけして流さなかったんですね(お茶碗の御飯ツブぐらいは、水路のコイが食べてしまうし(^0^))。そんなマナーのような、常識のようなものが、暮らしにきちんと根付いていたからです。水を汚さないことが、ありまえ過ぎるぐらいに、ありまえだったのですね。/とろこが、水道がはいると、しだいに水路の水は汚れていきました。もう水路の水を利用しなくても、誰でも蛇口をひねれば好きなだけ(お金はかかるけど)水を利用できるからです。汚水を流しても、誰も困る人がいなくなるからです。/こまったものですね〜。水道ができて、水路に関心をもたなくなったとたんに、水は汚れていったわけです。/これは街のばあいも、一緒でしょうね、きっと。

>marimo_colorさん
こんばんわ。いつも丁寧なコメントをありがとうございます。あ、そうか!と参考になり、また見方の引き出しを増やして頂いているようで、感謝しています。また、先にコメントをくださったアンヌさんもご覧になったという『里山 命めぐる水辺』のURLをありがとうございました。僕も、萩にこんな場所があるなんて、今回初めて知った次第です。しかし、この自然との付き合い方には、ほとほとシビレました。

>wakkykenさん
お帰りなさ〜い!なんだかお久しぶりですね〜。marimo_colorさんがコメント中で「滋賀県琵琶湖」とお書きになっているのを見て、「あ、これは、まさにwakkykenさんのテリトリじゃないか!」と思っていました。
しかし、この旧湯川家では、造りは簡素なんですが、凛とした気が家中に漂っていて、居るだけで気持ちがシャキッとしてくるようでした。こういうのを「美しい生活」とでも言うのでしょうね。
やはり、生活が人をつくり、また人が生活をつくるという、このサイクルを考え直す必要がありそうですよね。

 むかしから伝えられてきたシステムはほんとうによくできていますね。
 「柳川掘割物語」では、こどもたちが5時ころに起こされて飲料の水を汲んで樽にためるのが役目だったという映像がありました。子供たちは、それからまた寝床にもぐり込むんだそうです。早朝は、干満の影響で掘割の水がきれいになるからで、早朝は洗い物はしないという不文律があったと。
 システムは、できるだけ小さな範囲で完結させるのが、じつは無駄がないのだと思うことがよくあります。ちいさな集落では、公共下水をつくるよりも各戸に性能のいい(三次処理)浄化槽を作る方が効率がいいと言われています。雨も、それぞれの家で庭に浸透させずに、雨水排水路に流すようになったために、大雨になると都市の河川が溢れるようになってしまいました。これも、社会的な効率や気持ちよい生活環境ということより公共工事をしてお金をバラまくことそれ自体が目的になっているからなのでしょう。
それにしても、下級武士の家でさえこんなによくできているのには、驚きます。長州では、それほど武士が優位に立っていたということなのか、あるいは町人もこんなすてきな住まいで暮らしていたのでしょうか。もうひとつ質問。トイレはどんな具合だったのでしょう。
 

masaさん。こんばんは。たいへん有名であるにもかかわらず、これまで僕は一度も萩にいったことがありません。こんど、チャンスをねらってみたいと思います。/ところで、こちらの萩の藍場川沿いの地区は、地域住民の皆さんの懸命な取り組みがあったようですね(http://mytown.asahi.com/yamaguchi/news01.asp?c=5&kiji=431)。また、「旧湯川家屋敷」も文化財として保存公開されているのしょうか。/「生活が人をつくり、また人が生活をつくるという、このサイクル」というのは、本当にその通りです。いくら整備されても、人の生活の匂いのしない、映画のセットのような街では、魅力がありませんからね。/↑の朝日新聞の記事にある、「藍場川を愛する会」の西山三郎会長をはじめとする地域住民の皆さんの思いも(「観光客ありきでなく、地域の住民ありきの藍場川に」)、そのあたりにありそうです。/それから、滋賀県のNHKの番組の件ですが、琵琶湖の西にある新旭町(現・高島市)をハイビジョンで撮影したNHKスペシャル「映像詩 里山〜命めぐる水辺〜」のことですね、きっと。昆虫写真家の今森光彦さんが、撮影したものです。なんだか、イタリア賞という権威のある賞を受賞した番組のようです。それはともかく、とっても水の豊かな地域です。そして、今も、人の暮らしと水の世界が密接に結びついているところが、この地域の魅力でしょうか。/最近、この番組をみて、この地域をたくさんの方たちが訪れているらしく、地域として対応もなかなか大変なようです(^^;;。なかなか難しいものです。/ひさしぶり・ぶりのコメントで、長くなってしまいましたが、どうかお許しください。

>玉井さん
こんばんわ。コメントをありがとうございます。
そうでした!「柳川掘割物語」は、玉井さんがブログで紹介なさっていましたね!僕も早速観なくては!と思います。しかし、川沿い生活なのに、なんと潮の干満まで意識して生活していたのですね。そして、おっしゃいますように、マンモスのようなコンピュータよりも、小さなパーソナルコンピュータのネットワークの方がより機能したように、いま、スケールメリットだけを追求することに強く疑問を抱く必要があるようですね。
萩の歴史をよく知らずにエントリーし、武士と他の階級とのバランスもわかりませんが、この旧湯川家は萩の外れに位置しているのに対し、市内中心部に、なまこ壁の立派な豪商の屋敷が残っているのも目にしました。ですから、決して、旧湯川家屋敷が飛び抜けているという感じではありませんでした。江戸・明治期の萩の経済水準はかなり高かったのかな?と思わされます。
それから、トイレですが、これは小と大が別れていまして、小のほうは、ツボを逆さにして半分を切り取ったようなものが地面に埋め込まれていました(ちょうどジョウロ状態です)。大のほうは、木製でした。下部にはカメがあり、そこに糞尿を溜めるようになっていました。それを汲み取り、大切な肥料として使用していたそうです。なんだか一切無駄がありません。

>wakkykenさん
藍場川は、川幅などの変更はあったものの、ずっといまの姿を保ってきたのかな?と、ノーテンキにも、思っていました。やはり汚染との戦いの結果確保されたものだったのですね。旧湯川家は、2年(?)ほど前まで、老婦人がおひとりで住んでいらしたそうです。現在では、萩市に寄贈され、改修され、無料で一般公開されていました。ここには、ボランティアのガイドさんが常駐していらして、いろいろと説明していただくことができました。この方のお人柄がまたとても良くて…。
しかし、造られた観光地は別として、観光というものには、なかなか難しい問題がありますね〜。

お久しぶりです♪
バクテーズの会でお会いして以来
古い佇まいのお家やお店を見ては
masaさんのブログを思い出しています。

今回も素敵なお写真ですね!
萩には行ったことありませんが、
お茶のお碗でよく萩焼が登場するので
いつか行ってみたいなぁと思っています。
私もNHKだと思いますがこのような様式の
お宅を拝見しました。ご夫婦の生活風景も
流れたのですが、自然と一体となって、
それはそれはなんとも風情があり素敵でした。
でも自分がその生活をできるか・・・というと
言葉に詰まりますが、後世に残していきたい
ものだと思います。

>Lunitaさ〜ん
いや〜ご無沙汰しちゃってます〜。ゴメンナサイm(__)m 子供さんは大きくなりましたか?…ってなりますよね〜(^^;
そうですね、お茶の世界では、萩焼がよく使われるようですね。僕も、郷里の焼き物だから…というのもあるでしょうが、茶渋がしみ込んで渋さを増してゆく、あの感じがたまらず好きです。でも、地元では昔からの土が無くなり、今では、輸入した土を使っているものが多いとも聞きます。ところで、その萩焼を垣根に利用しているのを目にしました。何もなければ、明日にでもその写真をアップしようか?なんて考えていたところです。
しかし、この屋敷、清楚でよろしいですよね〜。こんな生活をしたくなります。やれる自信はありませんが(^^;

masaさん、おはようございます。右の錦鯉がうつっている写真、妙にとらわれてしまいました。屋敷内の暗さと、明り取りからの中間の明るさ、水を通した外の直接的な明るさ。3種類の光のなかに、錦鯉の赤がポッと見えてくるところに、妙にとらわれてしまうのです。/ところで、僕がよく知っている滋賀県の例だと、鯉は、こちら萩のように美しい観光用の錦鯉ではなくて、食用の黒い鯉です(^-^)。屋敷の内側の水のなかに、金網で楕円の檻のようなものをつくり、そのなかに飼っているのを見たことがあります。お客さんが来るような特別の日には、その鯉で料理をするわけです。昔、田舎で、お客さんが来たとき、朝、庭を歩いていたニワトリが、晩には、すき焼きになっているという話しがありましたが、それと似ています。

masaさん
萩に行かれたのですね。わたしも一度だけ、秋に広島の拠点から萩つわのへ出かけました。とても風情のある小さな街だと記憶しています。家屋の周囲に堀があるのは昔から憧れです。今年の冬、琵琶湖地方を訪れたときに醒ヶ井や近江八幡などやはりそうした地域があって、清流と隣り合って生きている人の暮らしを感じ感動しました。こうして家の中に水をひくと、自然のサイクルもよく知ることができるし、あまり汚さずに使うことにも気遣いが生まれて、あたりまえのようなことだけれど、人が忘れてしまった暮らし方だと感じます。
また、そんなところへ出かけたくなりました…。

>wakkykenさん
こんにちわ。僕も、この場所の水と光の表情に魅了されてしまいましたが、明暗の幅があり過ぎるため、写真にするのは大変難しいです。通常は、ストロボなどの補助光を使用すると効果的な場面ですが、それではパンフ用の説明写真になってしまいそうですし…。ここは自然光一本やりだろう!と頑張ってみました。
ここでも、錦鯉だけでなく、黒い鯉も泳いでいました (写真にも写っているんですよ)。エサを十分に与えられているせいか、なかには巨大なやつもいました。
笑い話のような「来客時に…」ってお話、ありましたね〜。忘れてました。現代人の感覚からすると、「ザンコク〜」なんて反応もありそうですが、こういうことから、命の連鎖を自然に感じることができたのでしょうね。

>mitsubakoさん
こんにちわ。コメントをありがとうございます。僕は、山口に生まれながら、山口のこと、萩のことをまったく知りませんでした。この屋敷についても、今回初めて知った次第で、それまで、こんな暮らし方が存在することすら知りませんでした。やはり、まずは見て知ることが大切であることを、いまさらのように感じています。こんなに清楚で凛とした生活をしていた先人に、少しでも近づきたいものだと、強く思っているところです。ここを訪れて、ちょっとだけ触角が伸びたような気さえします。帰ってきたばかりですが、また、あの空間に立ちたい気分です。



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