目白台の崖縁から

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この辺りの住所表記は目白台です。そして実際に目白台(台地)の崖縁にあたります [「東京の凸凹地図」をお持ちの方は92頁の陰影図参照(^^;]。昔、崖下を流れていた弦巻川が、神田川に注ぐ手前で、ほぼ直角に曲がっている箇所がありますが、その崖上に腰掛稲荷と呼ばれる神社があります。
文京区のサイトによれば、『三代将軍徳川家光公鷹狩りの折この地にご休息され、切株に腰を掛けられ、傍の小祠を拝して立ち去られた。(略)』という由来をもつ神社だそうです。
その神社の境内から撮ったのが今日の写真です。「ふぬ、鷹狩りか...」という風景ですね。家光公がここで休息した頃は、眼下に川が流れ、左手には雑司ヶ谷、中央から右手にかけて小石川(現・大塚)や巣鴨あたりが見渡せたに違いありません。
が、現在ではこの有様です。右に見えるのは首都高速道路㈱の建物です。こうして、ビルが路面から突然立ち上がっている図というのは異様な感じがします。そのすぐ向こうには首都高速5号線が通っています。その高速道路の下にちょっとだけ見えているのが不忍通りです。そして、高速道路の向こう、屋上にドームが見えるのが日大豊山高校の建物(校舎って感じはしないので...)です。
なんとも、洒落にもならない風景ですね。ま、これは「東京の凸凹地図」発売記念エントリー(^^;ということで...。

【場所】文京区目白台3丁目あたりです。

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コメント(16)

masaさん、こんばんは。今日は、娘の買い物に付き合わされて(「財布」担当です)、大阪の街に出かけました。大きな書店に入ったところ、ありました、ありました。2冊だけ『東京の凸凹地図』が大阪の書店にもありました。しかしですね〜、すでにAmazonで注文済みだったので、グッと我慢して「今、ここで見てしまってはいけない・・・」と思いつつ、パラパラとめくってみるだけで、やめました(Amazonから届くのを待ちます)。ところで、大阪の書店であるにもかかわらず、『東京の凸凹地図』のような「地図・散策系」の本は、東京(江戸)ばかりでした。やはり、「凸・凹」、「台地・湿地」、「坂道」・・・というのは、表層的な景観(人間がいじくる)は変化しても、地理的な特徴がはっきり出てくるので、わかりやすく、面白いです、たしかに。東京は、ぴったり。しかし、masaさんもお書きになっていたように、「大地にとってはかすり傷でも、町にとってはどうなの? 大地だけ気にすれば良いの? 」なんですよね〜問題は。iGaさんが、『MADCONNECTION』のエントリー「トーキョーアースダイビング」でお書きになっていた、「微地形と場所性」の問題なんです、気になるのは。この「微地形と場所性」の関係について、散策しながら、ああでもない、こうでもないと考えられるような、さまざまな情報を提供する「『地形図+各種地図』の重ね地図」(masaさん)が必要ですよね〜、ほんとに。「重ね地図」で、データ間の関係が見えてくるところが重要ですから(ちょっと興奮してますか(^^;)。

>wakkykenさん
こんばんわ。はい、お買い物の様子、ブログで読ませていただきました。ビンボケ写真が素敵でした(^^;
『東京の凸凹地図』が、何処でどのくら売れるか?というのも関心ありますね。ま、東京がダントツなんでしょうね。はやく『大阪の凹凹地図(^^;』とか、発売されると良いですね〜。
しかし、全国各地の観光協会などが観光地図などを無料配布してますが、雑誌のお買い物・食べ歩き地図の下手なマネなぞせずに、『東京の凸凹地図』のようなものを作ってくれれば良いんですよね〜。どうせ売上げとか関係ないところで予算を消化するわけですから…。
モジュールによる「『地形図+各種地図』の重ね地図」、夢です!

こんばんはmasaさん、大変な盛り上がりですね。
僕も「東京の凸凹地図」をamazonで手に入れました。
東京の崖縁に住んでおりましたので、東京の凸凹には大変な興味があり、只今この本の世界にどっぷりひたっております。
良い本を教えていただきました、ありがとうございます。

>kokiさん
こんばんわ。ちょうど秋谷日記さんに行って帰ってきたとこでした。「海辺の路地」の写真、雰囲気ありますね〜、ため息でした。
ところで、「東京の凸凹地図」ですが、これまで無かった視点で、良いですよね。3Gさんと合同でのダイブ、近々実行に移さなくては!ですね。

masaさん。『大阪凸凹地図』は、絶対に出版されないと思います。masaさんご自身がおつくりになった地図からも明らかなように、上町台地以外は、ま〜〜っ平ですからね(~~;;。大阪の街を地形として再認識・再評価するためには、東京とは別の手法が必要かもしれませんね。大阪にも、マッパーの皆さんは、いらっしゃると思いますが、どのようにお考えなのでしょうかね。

>wakkykenさん
だから「凹凹地図」と書いたんですけどね(^^; やはりダメですか〜。

masaさん。アッ!!本当だ、僕は鈍いので、よくわかっていませんでしたが、本当に凹凹です。いやはや、なんといっていいか、申し訳ありません。なんだか気持も凹凹です。でも、凹凹って、どんな地形なんでしょうね??

>wakkykenさん

>凹凹って、どんな地形なんでしょうね??
解りません。感覚的なもので…(^^;(^^;

感覚的なもので…(^^;(^^;>masaさん。あっ・・・、やっぱり。

>wakkykenさん

>あっ・・・、やっぱり。
どうやら僕の本質がつかまれたようですね(^^; 僕の場合、すべてカンです(^^;

マジに答えるのもどうかな?って感じもしますが…笑
masaさんの言う凹凹は海底地図ってことかなぁ。。縄文時代には大阪は海の底だったことも含めて。

関西の場合は大阪単独でなく京都、奈良、飛鳥を含めて考えざるを得ないのではないでしょうか?
転勤で昔住んでた頃、付き合ってた彼女の当麻寺のお宅に通うのを竹之内街道という日本最古の道で行くのですが、いつも大阪から飛鳥に入ると感動を覚えたことを思い出します。

>おやじsan
単純に凸凹に着目すると、無理があるようですが (タモリ坂道学の対象にはならない)、歴史は古いわけですから、アースダイブは可能ですよね。ま、本当のダイビングになるかも?ですが(^^;
その際、東京版のミサキに相当するキー概念を探し出せるのか? その点に興味を感じます。

「目白台」という名称ですが……。
「〜台」というと「青葉台」とか「うぐいす台」(あるのか)など新興住宅地が連想されてしまうのですが、目白台は古い地名なんでしょうか。
いや実は、目白台で思い浮かぶのは池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』。旗本である長谷川平蔵の私邸が目白台である、としています。
公邸は八丁堀ですから平蔵はいつもそちらに詰め、目白台の私邸には夫人と息子(ドラ息子である)が暮らしている——という設定で、平蔵に恨みを持つものが、夫人を殺害せんと私邸を襲う、なんて作品もありました。
ということは、目白台は昔からの名前なんでしょうね。
「駿河台」は家光の時にお茶の水台地を掘削して神田川を通したことで出きた土砂を積み上げて出来た台地なので「台」は分かります。新造されたものですね。
目白台の「台」はどうなんでしょうね。誰かが工作?して台になったのかしら。
いや、これは自分で調べますが、(^_^;) ふと疑問に思ったもので……。

> 館 淳一さん
コメントくださいまして、ありがとうございます。
地形的には、目白台は、盛り土などではなく、地理的な意味での台地だそうです(定説(^^;)。現・目白台3丁目はその台地の縁ということになります。
「文京の町名由来」(文京区教育委員会)によりますと、この地は、昭和42年1月1日付けで、高田老松町から目白台3丁目に町名変更になっています。が、これはちょっと乱暴でして、現・目白台3丁目の北半分は、明治・大正・昭和のどの地図を見ましても、「雑司ヶ谷町」と記載されています。また、大正の地図では、北端部分に「西青柳町」と記載しているものもあります。したがって、2町以上をまとめて目白台3丁目にしたということになります。
そして、江戸の頃ですが、三層重ね地図には「目白台」と記載されています。が、これは後日書き加えたもののように思われます。江戸切絵図(尾張屋清七版)には「目白台」の記載が見つかりませんでしたので…。
そして目白台という地名の由来ですが、三代将軍家光が鷹狩りのときに命名したという説があるようです。したがって「目白台」という呼び名はかなり古くからももので、それが町名変更の際に浮上した、と判断してよさそうです。
『鬼平犯科帳』につきましては、僕はサッパリなのですが、僕と同じ集合住宅にお住まいの西尾さんという方が、もの凄いサイトを運営していらっしゃいます。そちらで何か明確なことが分かるかも?と思います。http://homepage1.nifty.com/shimizumon/

なるほど、自然の台地なのですね。
自然台。(^_^)
どうも人工台が多いもので。
そうですか西尾さんの名はかねがねうかがっています。
同じところにお住まいとは……。
実際に平蔵私宅がどのあたりにあったのか、質問してみようかな。
どうもいろいろご教示いただいてありがとうございました。

> 館 淳一さん
ご教示だなんて…もったいないです。いつも館さんの独特な視線と感覚で浮上した風景を教えていただくばかりですので、たまには多少なりともお役にたちたいと思い、また、自分でも興味がありましたので、手持ちの資料にあたってみただけです。
西尾さんはやはりお名前が売れているようですね。しかし、普段は、フツーのオジサン(奥様ともどもとても素敵ですが…)していらして、僕などにも気さくにお声をかけてくださいますし、実にくだらない幼稚な質問にも、親切にお答えくださいます。そのスタンスはネット上でも同じか、と思います。



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