2006年2月アーカイブ

この小さな荒物店は、墨田区の鐘ヶ淵通りに面して建っています。いわゆる、平屋の看板建築と言える建物です。特にどうという特徴もありませんが、看板の部分が、金属やモルタルではなく、板をタテに使って造ってあるところが、ちょっと珍しいと言えそうです。その上に、塗料で何やら書かれていたようですが、経年変化でしょうか、すでに剥がれ落ちていて、読み取ることはできません。が、その割には、輪郭に崩れがありません。よほど骨組みがしっかりしているのでしょうか…。
が、この店構えを見ていると、その理由は、骨組みばかりではないようです。この整然とした品物の陳列状態を見ていると、なんとなく、ご主人の性格が想像つきます。アメ横スタイルの流れを汲んでいるのかな?といった商品の並べ方です。ゴチャゴチャしているようで、実は、極めて整然と並べられています。右端の脚立の並べ方などは、その良い例です。また、軒下のガラス部分なども、とてもきれに維持されています。
こうしたことから、こちらのご主人の性格が計り知れます。きっと物を大切にし、手入れを怠らない方なのではないでしょうか…。荒物屋さんだけに、手入れ用品には事欠かないはずですしね(^^;
この、特に特徴のない建物が、人を惹きつけるほどにスッキリとした外観を保っているのは、ご主人による建物シェイプアップのたまものだ、と思うのですが…。

【場所】墨田区墨田3丁目あたりです。

海抜ゼロメートル地帯の湿地を這いまわる路地のあちこちに、淫靡な花を咲かせていた花街・玉乃井。その地を、先日、歩いてみました。
他所には見られない造りの建物や、細工などが方々に見られ、確かに興味深いのですが、その地に塗り込められている負の歴史を思うと、好奇心を刺激するものは多々あれど、逐一カメラを向けることはためらわれました。
そういった、いつもにも増して、引き気味の散策になってしまいましたが、この建物には、カメラを向けざるを得ませんでした。ちょっと見たことのないパターンです。
花街系の建物には、とかく、角が丸くなっているものが多いようですが、この建物は、角が、切れそうなくらいに尖っています。そして、敷地が、特異な形をしているわけでもないのに、2階部分が妙に凸凹の多い造りになっています。それも、1階部分にドサッとかぶせたような造りです。う〜ぬ、いったい内部はどういう造作になっているのでしょうか…。
この建物の1階部分を見ると、窓や入口の上に、短いながらも庇があります。そして、それに丸味がついています。また、左の出窓の両側には、一風変わった円柱がたっています。これは、モルタルに細工を施したのか?それともタイルを塗装したのか? どちらとも判別できませんでした。が、これらは、この建物の素性を顕著に物語っています。
そういった素性が分かったうえで、もう一度、この建物をじっくり眺めてみたのですが、それでも、この造りは…。なんとも想像力の歯が立ちませんでした。ただ、なんとなく、アルファベットのMに見えません?(^^; ただそれだけ…なんですけどね(^^;

【場所】墨田区墨田3丁目あたりです。

サイタ質店夜景

| コメント(6)

根津に古くからあるサイタ質店さんについては、すでに何度が紹介させていただいてますが、ここで、もういちど登場願うことにしました。というのは、まだ、サイタ質店さんの、夕方や夜の姿をアップしていなかったからです。
こちらは、根津でももっとも重厚な和建築のひとつですから、昼・夜を問わず、その姿は堂々たるものです。が、昼間は、トタンやその色、暖簾など、後日手を加えられた部分的にも興味深いところが多いため、目があちこちに移動してしまいます。
が、夕方以降になると、それらが闇に隠され、太陽が沈んだあとの群青色の空を背景に、黒々とした、重量感のあるシルエットが浮き上がります。こうなると、シルエット以外には目が行かなくなり、そのせいか、この風景が途端に時代がかって見えてきます。
夜になると電飾看板や街灯が点灯し、それらが、時代感を損ねてはいますが、そこはイマジネーションの世界...です。ちょっとだけ、都合の悪いものから目を逸らしましょう(^^;
このシルエットは、大正時代、いや、もしかすると、それ以前からずっと、根津のこの場所に存在していたのでしょうね。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

この家、ちょっと地味ですが、よ〜く見ると味がでてきます。すごい経年変化が見られますが、まだまだ輪郭は崩れていません。シャキッと立っています。そばで見ると、もしや人間の背丈より低いのでは?と思うほどに低さを感じます。変な言い方ですが、「木製バラック造り」という表現がぴったりかな?という感じです。
すでにまわりはモルタルの壁だらけです。足元を見ても、家がコンクリートの皿の上に置かれているようなイメージですから、そのお皿ごとヒョイと持ち上げられそうです。その様子は、「モルタル空間のなかに、この家屋が標本として置かれているのかな?」という感じです。
前面に、黒く塗られ錆も浮いた看板がありますから、かつては、何かご商売をなさっていたのでしょう。その看板下の部分が、一部前方に突き出ているのは、後日、住宅として使うために改装されたからでしょうか? 左右の庇の高さが段違いになっているのも気になります。看板を大きくするために、庇を一段下げたためでしょうか? それが玄関口の低さにもつながったのでしょうか? う〜ぬ、よく分かりません(^^; しかし…様々に想像を駆り立ててくれる可愛い家ではあります。

【場所】墨田区墨田3丁目あたりです。

玉乃井の呉服店

| コメント(21)

こちらは、東向島にある呉服店「スミノ近江屋」さんです。戦後間もなく建てられた建物だそうです。ということは、この地で約60年間ご商売をつづけていらしたことになります。ところが、残念なことに、この建物も、来月(3月)には取り壊しになる…ということでした。
ちょうどお店にいらしたご主人にお伺いすると、「建物の古い部分はまだしっかりしているのだが、裏手の増築部分やその継ぎ目などに痛みが目立つこと、そして、いまどき敷地は広いが建物は低層ということでは、効率が悪過ぎる」といった理由から、「取り壊しやむなし」という結論に達したということでした。そうですね〜、きっとこの辺りでこの土地面積では、固定資産税だけでも大変だろうな〜と思います。
右の写真は、そのご主人のご好意により、撮らせていただいたもので、店内のいちばん奥のコーナーです。「取り壊し前でちらかしているけど…」とのことでしたが、目を凝らせば、昔はさぞ繁盛したお店だったろうな〜と思わせる匂いがします。店内奥の中央には、しっかりとした造りの、独立した帳場までありました。

【場所】墨田区東向島5丁目あたりです。

仲良し看板建築

| コメント(17)

この一連の看板建築は、入谷の大通り沿いに、孤立したように、ポツンと残っています。確認したわけではありませんが、おそらく、造りは長屋だと思います。去年(2005年)の3月に撮ったものですから、場所がはっきりと特定できませんので、確定的なことは言えませんが、戦災焼失地図を見ると、入谷には焼け残った地区があります。もしかすると、この長屋は、その生き残りかもしれません。表面を新建材で修復したところもありますが、家の傾き具合や部分的な経年変化ぶりなどを見ると、そうとうに古そうです。
そして、長年連れ添ってきたからでしょうか、各棟の意匠がてんでバラバラですが、この5軒は、しっかりと団結して、ひとつの塊になっています。どの1軒も切り離せません。こうなると、家も、なんだか可愛くありませんか?
今日アップしたのは、言うまでもありませんが、その長屋の昼の表情と夜の表情です。どちらも、それぞれに味がありますね。なんとなく、夜のほうが生き生きして見えるけれど…(^^;。長生きしてくれよ、と思います。

【場所】台東区入谷1丁目あたりです。

雨の神保町で

| コメント(14)

雨が降っていましたが、夕方になって、本を買いに、神保町へ行ってきました。
今日の雨は、昼間はシトシト程度でしたが、夕方になると本降りになり、傘は必須でした。雨の日には、傘をさそうがカメラに布などを被せようが、カメラを濡らす可能性が高いので、通常は、撮影を控えたいのですが、このところ、雨や夕闇といった悪条件の下で撮るのが趣味(^^;のようになっていて、今日もその例に漏れず、無理な姿勢でファインダーを覗いてきました。結局、本を買いに出たのやら?写真を撮りに行ったのやら?という感じです。で、以下はその成果(^^;です。

左の写真は、神保町の有名な喫茶店「ミロンガ」と「ラドリオ」のある裏路地です。こういう路地は雨に濡れるとガラリと表情が変わりますね。ちょっとうら寂しい感じも...(^^; なんとなく音楽が必用な感じですね。

中の写真は、このところ神保町に行くと立ち寄る、すずらん通りの古書店「キントト文庫」の前で撮ったものです。今日は、残念ながら、お休みのようでした。では、「ぱっと目についた看板でも撮ろう」と思い、バッグからカメラを出したときです。傘をさした男性が立ち止まり、携帯でメールを打ちはじめました。「あ、邪魔が入った」と思ったのですが、「飛んで火に入るナントヤラ」と思いなおし、撮ったのがこの写真です。

右の写真は、神保町の駅に近い場所で撮ったものです。ここには、以前、古びたちょっと不思議な建物がたっていました。それが取り壊されたようで、ポッカリと空間ができていました。この隣りの建物の地下には、以前、ブルーグラスインというお店がありました。そこは、長いお付き合いをさせていただいている Heres For Theres というバンドを初めて聴きに行ったお店でした。前方のスリットから漏れているのは靖国通り沿いの光です。

【場所】千代田区神保町1丁目あたりです。






昨日のエントリーが賑わいましたので、内容がダブリますが、勢いでエントリーしてしまいます。
実は、昨日、建築家玉井一匡さんと、京島のラブガーデンさんに行ってきました。これは、玉井さんが「いちど訪ねてみたい」とおっしゃっていらしたことや、ラブガーデンのご主人cenさんが、玉井さんの翻訳監修なさった本『シェルター』や『タイニーハウス』他を座右の書としていらしたことから、起こるべくして起こった事のようでもありました。そんなわけで、お二方と面識のある僕が、この際、ご案内役を務めさせていただくことになったわけです。
ところで、「会う」と言っても、仕事がまったく絡まないわけですから、結論を出したり成果をあげる必用もありません。位置を決めるでもなく、皆、好きなことを好きなように...という感じです。時々、コーヒーを手にしたまま、とりとめもない会話も...。玉井さんに至っては、cenさんの子供さん(3歳)に気に入られ、まるで、ジジマゴ状態です(^^; しかし、ラブガーデンという空間で、なにげなく時間を過ごしているだけで、詰めた話をする以上の感覚的な交感が行われていたのを感じます。それぞれの触角が何かを感知したような...。

関連エントリー:
LOVE GARDEN
Love Garden in 京島

LOVE GARDEN:墨田区京島1-20-12 / 03-5247-1068 / 10:00am - 7:00pm

しばらく遠ざかっていた、曳舟駅前の再開発地を歩いてきました。当然のように、第1期再開発地区はもう更地。道のみが残され、その両側はフェンスになっていました。道筋は変わっていませんし、フェンス以外に視界を遮るものは一切無いのですが、建物が無くなると、方向感覚がつかめません。こうしてみると、人間は、町では、建物を目印にして方向を知り、道を進んでいくもののようです。
ここは、東武浅草線の曳舟駅に向かう道です。ちょうど京成線のガード下の小さなトンネルを抜けた所です。正面奥に見える建物は東武・曳舟駅ビルです。そこまで、ずっと更地がつづいています。見えるのはフェンスだけです。すこし先まで歩き、そのフェンスを越えれば、はるか遠くに地変線が見えるのでは?という錯覚を覚えるような風景です。
同じような思いでいらっしゃるのでしょうか、男性がひとり、感慨深げに佇んでいらっしゃいました。おや?しかし…手にしてらっしゃるのはラブガーデンさんの袋では…。そういえば、この後ろ姿、どこかでお見かけしたような気がしてなりません(^^;

【場所】墨田区京島1丁目あたりです。

消えた四軒長屋

| コメント(16)

先日、曙ハウスの斜め前に建っていた四軒長屋がシートで囲われた状態をアップしましたが、その後、重機械による取り壊しが進んでいます。もうしばらくすれば、曙ハウス跡地と同様に、更地になってしまうでしょう。
この長屋は、曙ハウスほどに特徴が無いため、あまり注目を集めていないようですが、やはり、曙ハウスとともに、路地風景をつくってきた重要な脇役です。そこで、今日は、その四軒長屋が取り壊される前の写真をアップすることにしました。
右の写真が、曙ハウス(写真中右)と四軒長屋(写真中、電柱手前)ともに健在だった頃の根津の路地風景です。四軒長屋にお住まいだった旦那が、まだ寒い季節というのに、首にタオルをかけ、シャツ1枚で闊歩しています。宮の湯からの帰りなんでしょう...。いかにも下町根津という感じですが、これで、この風景は見納めです。
左の写真は、曙ハウスの真正面にあった、細い細い路地です。右側の壁が四軒長屋の側面ということになります。そして、その奥にも下見張りの家屋がありました。濃密な空間でした。その後、この路地の左の建物と、奥の家屋が取り壊され、そこが更地になっていました。その更地から、四軒長屋の裏側を撮ったのが、以下に掲載した写真です。

根津の表通り

| コメント(30)

振り返ってみると、拙ブログでは、町の裏通りの風景ばかりで、表通りの風景をほとんど掲載していませんでした。ま、表通りには縁がありませんからね...歩行も人生も...(^^; そこで...、今日は、根津の表通りの風景をアップすることにしました。
ここは、不忍通りと言問通りの交わる根津1丁目交差点の、不忍通りに面した一画です。僕の立ち位置のすぐ右手には、地下鉄の入口があります。地下鉄を降りて、階段をのぼると、この一部が、最初に目に飛び込んでくる根津の風景になります。
昔の、看板建築がずらりと並んだ根津の風景に比べると、なんだかペラペラした建物揃いに見えます。風景の味としては、明らかに退化しています。「映画のセットのように見えます」と言いたいところですが、こうなると、「現実にセットそのもの」と言っても過言ではない出来です。これらが経年変化しても、とても雰囲気なんて期待できそうもありません。現役から直に廃墟景になるだけのような気がします。
それでもここを撮った理由は、細長く素っ気ないマンションが林立したところよりはるかにマシだからです。こうした、2階建て看板建築が軒を連ねている風景というのは、この辺りでも、もう殆ど目にすることはできません。この裏手にまわってみると、勝手口と勝手口が向き合う、路地本来の姿が残っています。まだ、家の外に石の流しが置かれていたりします。こう見えても、下町商店の原型をとどめている貴重な一画です。やはり、その良い表情を、残しておいてあげなくては...と思います。こうして見ると、なかなか可愛らしいでしょ(^^;

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

あぶない階段 (3)

| コメント(12)

あぶない階段シリーズの第3弾です。はい、まだたったの3弾目です。というのも、このシリーズは、単に「あぶない」だけではなく、造形的に見て優れている(^^;という条件をクリアする必要があるからです。たは〜(^^;
この階段は、谷中の大名時計博物館の崖下にある、袋小路の突き当たりにあります。この路地は、まさにこの路地に面した家の方々のための生活路です。こういう場所には、通常、入りにくいのですが、僕が、ここまで入り込めた理由は、その突き当たりに稲荷神社(真島稲荷)があるからです。
昔、この一帯が真島藩(岡山県)の下屋敷であったことに由来する稲荷神社であるためか、なかなか立派で、雰囲気もあります。そして背の高い鳥居が、ぱっと目に飛び込んできます。それにおびき寄せられるように、この路地の奥まで入り込んだわけですが、入ってみると、その鳥居もさることながら、この階段にも魅せられてしまった、というわけです。
このアパートらしき建物は、もう無人かな?という感じでしたが、まだそう荒れてはいません。しかし、この階段の傾斜はすごいです。そして幅が狭いです。そして、ハイライトは、下のほうの折れ曲がり方ですね。どう見ても、後から付け足したもののように見えますが、よくもまあ...という感じです(^^; しかし、魅力は十分でした。

【場所】台東区谷中2丁目あたりです。

青木菓子店

| コメント(18)

こちらは、川越街道から、家一軒分奥に入った所にたっている、駄菓子屋さんです。昭和12年頃に建てられてからというもの、第一パンの看板やテントが付け加えられことを除けば、特に手直しもされず、じっと風雪に耐えてきた...という感じです。なんとも雰囲気があります。そして、表情が優しく、穏やかです。
看板建築なら、都内には、他にもまだ多く残っています。なかには意匠を凝らした重厚なものもあります。が、現存する看板建築の多くは、とかく、窓枠がアルミサッシに交換されていたりと、改修の跡が目につきます。
こちらは、銅板を使うでもなく、モルタル仕上げの、特にどうと言う特徴もない、地味な部類に入ります。が、この建物にはひどく惹きつけられました。オリジナルのままの表面の、褪せてはいても暖色系の色や木枠の窓、シャープなのに丸みを感じさせる輪郭などが、しっくりと解け合い、柔らかさや温かさを感じさせるのでしょうか...。並べられた商品が駄菓子ということも、大いに手伝って...。
このお店の前に立ち、建物の表情を眺めているだけで、気持ちが和らぎます。使い古された表現ですが、ここでは、まさに「時間がゆっくりと穏やかに流れている」のを感じました。

【場所】板橋区成増1丁目あたりです。

菊坂下道異景

| コメント(30)

ここは菊坂の下道です。前方に明かりが見えるのは、Minagawaという床屋さんです。その先はT字路になっていて、そこを左に折れると、急な上り坂(鐙坂)になります。右手に見える建物は、菊水湯という銭湯です。
今日は、夕方になって、真砂町にある文京ふるさと歴史館へ『文の京の写真展・なつかしい昭和を訪ねて』を見に行ってきました。閉館時間の5時まで写真を見て、外に出てみると、上空にぽっかりと月が浮かんでいます。空の色も、透明感のあるブルーに変わりそうです。そこで、ちょっと、菊坂まで脚を伸ばしてみました。
歩いていると、すぐに辺りが暗くなりましたが、それでも、建物や木々の輪郭がクッキリと見えます。雨が降ったわけでもないのに、なぜか空気が澄んでいるのでしょう。それが、いつもの風景を、いつもとは違った雰囲気で見せてくれていたようです。見慣れたこの場所も、いやに新鮮に見えてしまいます。そこで、構図を考えながらシャッターを切っていました。すると、右方向から、ユルリユルリと自転車をこぎながら男子生徒がやってきました。携帯を右手に持って通話しながら...。
ここは無人で撮りたかったので、その男子生徒が視界から消えるまで待とうと思い、ファインダーから目を離していました。すると、このT字路を右に曲がろうとしたところでバランスを崩したのか、一瞬、左足を地面に着けて停止しました。とりあえず、それに反応してシャッターボタンを押したのが、今日の写真です。
この時間に写真を撮る場合は、通常、シャッター速度がかなり遅いため、走っている自転車は流れてしまいます。が、この写真では、自転車が道の真ん中で止まって写っていますね。それが、ごく日常的(でもない?(^^;)な風景に、ちょっとだけ非日常的な印象の素を添えているようです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。






根津の象徴のひとつだった「曙ハウス」が、ついに取り壊されました。曙ハウスは、童話や「七つの子」「雨ふりお月さん」「青い目の人形」などの童謡の発表の場となった児童向け雑誌・絵本の発行元、金の星社の創始者・斉藤佐次郎という人が、大正末期から昭和初期にかけて何棟か建てたものだそうで、この曙ハウスは、その最後の1棟だったようです。一時は、金の星社もこの曙ハウスに社を移していたということです。
そんな歴史もある、この曙ハウスですが、そんなことを知らなくても、前を通りかかると、その古色蒼然とした姿に圧倒され、誰しもが、うなり声をあげるほどでした。家霊というものがあるとすれば、間違いなく、この曙ハウスにはそれが住み着いていた、と思わせる佇まいでした。
そんな曙ハウスですから、根津の町に住む人、足繁く訪れる人の記憶には、その存在が深く刻まれていました。もちろん僕の記憶にもです。

昨日、「曙ハウスも4軒長屋も消滅か〜、根津ももう終わったかな?」などと思いながら、根津の駅に向かって歩いていました。すると、いつも無言でたっていた建物たちが、「わたしを忘れちゃいませんか?」と、合図でも送っているよう感じられます。そうでした、忘れてはいませんが、これまでは、曙ハウスなどに気をとられ、あまり注意を払ってはいなかったことは確かです。
昨日は、夕方以降、上空がどんよりとした雲に覆われていましたが、なぜか空気は澄んでいました。いつもより風景がカリッとクリアに見えていました。そして、周囲が、仄暗いなかに輝きをたっぷり含んだような...不思議な空気に包まれていました。
すると、以前から気にはなっていた、古いナショナルの看板を掲げた小さな電気屋さんから漏れる明かりが目にとまりました。その明かりの前で、足を停め、正面から眺めてみると、長屋なのに、この電気屋さん1軒が浮きあがって見えます。蛍光管が切れたり切れかかったりしている看板が、寂れた田舎町にある商店のような匂いを発しています。そして、上空の雲の切れ目から月まで顔をのぞかせています。
表通りのお店には無い、この静かなひっそり感が、何とも言えません...。主役が居なくなっても、こうした名脇役が控えていたことを忘れちゃいけませんでした...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

曙ハウス最後の日

| コメント(16)

用事を手早く済ませ、夕方、根津の曙ハウス解体現場に行ってきました。今日の写真は、一昨日アップした写真と同じ位置から撮ったものです。左手の曙ハウスを覆っていたシートが取り払われ、入れ替わるように、右手の4軒長屋が足場とシートで覆われていました。
曙ハウスが建っていた場所には、ポッカリと穴があいたような空間ができていました。全ての柱と壁が倒され、根津在住のneonさんが昨日のコメント欄で知らせてくださった通りの状態です。この空間の前で立ち止まり、感慨深そうな面持ちで、立ち話しをする根津の人たちの姿が多々見られました。やはり、意識するしないに関わらず、根津の人たちの心のどこかに、この曙ハウスが住み着いていたのだろうと思わせる光景でした。
そして、消滅した曙ハウス側から、向かいの4軒長屋を見たところがこの写真です。この写真だけを見ると、もう、かつてお住まい方でも、何処なのか分からないのでは?と思えるほどの変わりようです。後方に聳えているのは、不忍通り沿いに建つマンション群です。根津のこの一帯は、もう、何の変哲もない、ただの街に変身してしまうようです...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

このところ、根津の曙ハウス解体が気になりつづけています。できる限りの範囲で、現地に足も運んでいます。そんなわけで、今日も根津の路地で拾った欠片です[撮影日は今日ではありません]。

左の写真は、根津路地裏の花屋というエントリーで紹介した花屋さんの店内を、ガラス戸越しに撮ったものです。もう時間が遅かったため、お店は閉まっていました。が、奥の電灯が灯っていて、店内がボワ〜ッと照らしだされています。目の横に手をかざしてなかを覗きこむと、光源は思ったよりも明るく、台の上に置かれた青ガラスの花瓶を照らし出しています。くすんだ褐色のなかに、その青が浮かんでいるように見え、一種の清涼感を感じ、シャッターを切ったものです。それにしても、こちら、達人ですね〜。
右の写真は、路地の板塀に取り付けられた告知板です。板塀・告知板ともに、経年変化で、かなり痛んでいます。が、痛んではいるものの、しっかりと輪郭を保ち、毅然としてそこに在るように感じられました。そこに、筆で「栃乃花関 年男奉仕」とだけ書いた短冊(と言ってよいのかな?)だけが、画鋲で留めてあります。「節分の日に、根津神社での豆まきに栃乃花関が来るよ」と知らせている短冊です。それが、告知板の中心に1枚だけ...。なんだか、こういう「きちんとしたもの」って、見ると気持ちが清々してきませんか。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

曙ハウスの路地で

| コメント(19)

羽田に娘を迎えに行くはずだったのですが、西日本の空港では、雪のため、飛行機の離着陸が困難な状態になり、予定が変更になったため、急遽、根津の曙ハウスの取り壊しの様子を見に行ってきました。
丸太の足場と白いシートで囲われたなかでは、重機械1台が黙々とアームを曲げ伸ばしして、慎重に、しかし易々と、瓦礫の山を築いていきます。その瓦礫が実に黒々とした色をしています。古い建物ですから、煤や脂が染み着いているのでしょう...。
建物のおよそ半分(向かって右側)の取り壊しが済んだところで、夕方になり、今日の作業は終了ということになりました。全てが消滅するまでに、あと2日程度かな?という感じです。
さて、今日の写真は、その曙ハウスの前を通る路地です。左手に見える丸太の足場が、取り壊しの現場です。が、実は、それだけに注目しているわけにはいきません。右手に見えているのは、4軒長屋ですが、こちらも、もうすぐに取り壊しが始まります。今日、この長屋の裏手にまわってみると、解体前の消毒が済んだことを知らせる貼り紙がしてありました。
根津谷の、この愛すべき路地風景を目にできる時間は、もう僅かしか残されていません。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

昨日は赤塚、今日は東上線・成増で途中下車です(^^;
気温は低く、風にあたると、まさに耳がちぎれそうでしたが、よく晴れて、気持ちの良い日ではありました。
ここは、成増駅前の商店街から、ちょっとだけ脇に逸れる、坂になった路地です。この路地を下ると、すぐに日本通運の事務所があります。建物の外形や窓枠などを見ると、かなり古い建物のようです。が、残念なことに壁全体が新建材で覆われています。覆われる前だったら、かなり雰囲気があっただろうに…という感じです。惜しい。そして、そのすぐ先が、もう線路になります。
手前に素っ気ないビルの壁があり、はるか向こうには、尖塔をもつ訳のわからないビルが見え、両者の間に、昭和の匂いが挟まれる格好になっています。なんとも言い難い風景です。光のせいで、妙に美しく見えるのが、あだ花のようで、何とも…です。

【場所】板橋区成増2丁目あたりです。

赤塚新町異景

| コメント(12)

昨日にひきつづき、寒〜い日でしたね〜。この写真は、川越街道沿いで撮ったものです (このところコレが多くなってます(^^;)。新たにコンビニがオープンするのかな?という感じです。実に安っぽい素材で、単純に素っ気なく造られています。このうえに、更に安っぽいプラスチックの看板などを取り付け、どうしようもない、目もあてられない状態になった時点で完成ということでしょうか…(^^;
しかし、光というのは偉大です。そんなものですら、なんだか意味ありげな風景の一部にしてしまいます。ちょっと焦点をずらして見ると、「お、デザイン臭くなくて良いじゃん!」なんて気もしてきます。ほんとに、紙一重なんですね。デザインというのは…。
この写真を撮ったときは、ちょうど店の前の駐車スペースの舗装が終わったばかりのようでした。まだ白い線も引かれてなく、黒々とした広場ができていました。それもまた、ゴチャゴチャした東京の街に慣れた目には新鮮に映り、気を引かれた要因になっているようです。

【場所】板橋区赤塚新町2丁目あたりです。

雨の根津の路地で

| コメント(39)

今日も、午後になって、根津に行ってきました。いよいよ取り壊される、根津のシンボルだった建物「曙ハウス」の様子を見るために...です。内部に残されたゴミは大方運び出され、いよいよ明日から解体に取りかかるということでした。
そんなことを業者さん(これが話の分かる人達なんですね〜)と話していると、すぐ近くにヤマハのバイクが停まり、ライダーが降り立ちました。「あれ、見たような体型(^^;」と思っていると、ヘルメットの中から現れたのは、なんとなんとGG-1さんじゃありませんか! 昨夜、コメント欄に「行こうかな?」なんて書き込みいただいてましたから、「もしや...」とは思っていたのですが、本当の話になってしまいました。てな訳で、「暗くてもう撮れない」頃になって、二人で谷中ボッサへ。しばらく談笑です。[それにしてもGG-1さん、背が高く、脚も長くて、カッコイイ!]
と、いう訳で(^^;です。曙ハウス以外の写真は無いに等しいため、今日は、昨日撮った写真をアップします。どちらも、雨の日の、根津の路地で見かけた光景です。
左の写真は、根津1丁目に残る細い路地で撮ったものです。建物はトタンに覆われていますが、細部の造作をよく見ると、相当に良い木材を使い、しっかりと組み上げられていたことがわかります。この窓枠にはしびれました。柾目の通りかたなど、ギターの表面版に使えるのでは?と思うほどです。それが、風雨と清掃により、仕上げられたのでしょう。素晴らしい質感になっていました。
右の写真は、根津2丁目の路地で撮ったものです。背景は、ほとんで空家になった、古いアパートです。こちらも、波形トタンが錆びて、なんとも言えない風合いになっています。曙ハウスなき後は、もう、この建物しかありません...。

【場所】文京区根津1丁目・2丁目あたりです。

雨の根津町角

| コメント(29)

ここ二三日、雨にもメゲず、根津に居ました。ある建物の最後を見届けるために...です。が、それについては後日ということにして、今日は、根津の表通り・不忍通りに面した果物屋さんのコーナーを撮った写真です。
こちらは、下町によく見られるモルタル看板建築風の建物です。間口が狭く、その分かなり奥行きがあります。T字路の角に建っているため、通りから、建物の側面全面が見えます。その造りがちょっと面白いのです。表側が3階で裏側が2階になっているため、屋根の形が大きな「ヘ」の字になっています。う〜ぬ、この説明で分かりますかね〜。ま、そんなわけで、建物の輪郭が、巨大な平屋をスパッと切ったように見えるわけです。「これは何だか妙な感じだ」と思い、その建物をそばに立ってみました。雨が降っているというのに物好きですね〜(^^;
すると、建物の輪郭よりも気になる光景が...。タイミングが良かったのか、雨のせいなのか、周囲がかなり暗いにも関わらず、街灯は灯いていません。そして、果物屋さんの店先は、商品が雨で濡れないように、ビニールシートで囲ってあり、その部分だけがポッと浮き上がって見えています。これって、一種の電球ですね(^^; 傘をさしながらの窮屈な姿勢でシャッターを切ってみました。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。



ninepeace.jpg




月別アーカイブ(Archives)



写 真 集


おすすめ




おことわり

エントリー、コメント、トラックバックにつきましては、管理者の判断により削除させていただく場合があります。予めご了承ください。
Powered by Movable Type 4.22-ja





copyright © 2004-2017 masa