傳八ビルのルーツ

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江戸東京博物館へ、「昭和モダニズムとバウハウス - 建築家 土浦亀城を中心に」という展示を見に行ってきました。
土浦亀城という人の経歴(ライトの弟子)や自邸(工業製品としての家)については、ネット上に多くの情報がありますので、省略し、検索してもヒットしない情報、特に、傳八ビルの図面などを写真に収めてきましたので、それらをアップすることにしました。
まずはトップ写真ですが、左の写真は、土浦亀城邸 (第1)で撮影されたもので、右から土浦亀城・信子夫人/谷口吉郎/前川國男/五井孝夫の諸氏ということです。右の写真は、土浦亀城デザインによるパイプフレームの椅子と化粧台です。これらは現在でも使用されているもので、今回の展示のために貸し出されているそうです。
そして、今回の、僕にとってのハイライトは、何と言っても、傳八ビル(三原橋センター)の設計図でした。展示してあるかな?と、ちょっと心配しながら展示室に入ったのですが、ありました! なんだか建築家 秋山さんのご親戚にでも出会ったような嬉しさ(^^; ま、ちょっと勘違いのような気もしますが...(^^;
というわけで、その図面たちです。ただし、展示されている図面は、平らに置いてありますので、写真に撮ると先つぼみになります。それをエイヤッとパースペクト修正してありますので、タテヨコ比などには多少のズレが出ています。その点をご了承ください。では、以下をクリックなさってみてください。平面・断面図 (1) / 平面・断面図 (2) / 立面図です。
これらの設計図は1952年 (昭和27年)に描かれたものなんですね〜。しかも、あの傳八ビルのルーツのホンモノです。これを見ただけでも、なんだか感動を覚えました。行ってよかったです。

【追記】僕は、つい先日まで、土浦亀城 (つちうらかめき)という方のお名前すら存知あげませんでしたが、過日、建築家 秋山さんに同行させていただいて三原橋の傳八に立ち寄る機会があり、そんなことから秋山さんのブログのエントリーを拝読し、土浦亀城という名前に初めて出会ったという次第です。
その後、傳八ビルの写真を拙ブログに掲載しましたが、そこにコメントをお寄せいただいた作家 館淳一さんの徘徊日記BBS(2006/03/06) でも土浦亀城に関する記事が掲載され、そのなかで、上野西郷会館も彼の設計になる建物であることや、今回の展示会が行われることが記載されていました。そんな経緯があって、今回、両国まで足を運んだというわけです。次ぎは、上野の西郷会館ですね(^^;

【場所】墨田区横網1丁目あたりです。

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aki's STOCKTAKING - 三原橋 (2006年3月18日 04:17)

もう16年も前、1987年、居酒屋「傳八」銀座店の内装を設計した。 Be-eater に「傳八」の話をのせたが、そこに書いた「・・・・この傳八銀座店のある建物、これが奇妙な建物なのである。」を BARRACK finder してみようと考えた。 銀座4丁目の交差点から晴海通りを歌舞伎... 続きを読む

コメント(23)

ちょっと徘徊をさぼっていたら、このような事態になっていたとは.....であります。
私めも早速、展覧会にいかねばというところであります。それに聚楽のビルまで、これ又、灯台もと暗し....ですね。
とにかく、図面があるとは....慌てております。

>AKiさん
もう、おはようございます。吉村順三展などに比較しますと、内容はいささか貧弱といわざるをえませんが、あのビルの図面だけでもあれば!…と、駆けつけた次第です。

わー、行かれたんですね。
ぼくも早く行かなくちゃ。(焦)

あの群像写真、ぼくもどこかで見ていて、ひとりだけいる女性に注目していたんですよ。惹かれたというか。美人ですごくモダンな印象。(^_^)
彼女だけとりだせば最近の日本女性だといっても分からないですよね。
なんと亀城氏の奥さんでしたか。
彼女は夫と一緒に渡米し共にライトの事務所で働いていた(はず)んですから、センスもアメリカナイズされていたんでしょう。うーん、チャーミング。(^_^)

この信(子)夫人の写っている写真を載せた本は何だったかな〜、たぶん藤森照信氏の著書だろう、と本棚を探していたんですが見つかりません。野々村アパートを扱ったなかに載っていたような気がしたんですが……。
そのなかで『昭和住宅物語』(藤森照信、90/3、新建築社)というのをめくってみたら、なんと、藤森氏は長者丸の土浦亀城邸に赴いて、亀城氏本人と信夫人にインタビューしているじゃないですか。(*_*;) 見落としていた。
時に亀城氏は90歳をとうに越えています。夫妻ともども長生きされたんですねえ。

ここで面白いのは、ライトの事務所で夫婦で働いていた時、信夫人はライトにとても可愛がられたというんですね。欧米人の目から見れば日本人女性はすごく少女っぽく見られる。ライトは信夫人の愛らしさをすごく愛でたようで、パーティというと彼女に和服を着せて連れてったという。
で、信夫人が言うには、彼ら夫妻がライトのタリアセンの事務所で働いている最中、夫人がライトと大喧嘩して出奔してしまった——というんですね。ライトの経済的な問題だろうというんですが、これはどうしてもライトが東洋から来た愛らしい人妻にうつつを抜かしたからじゃないか、と思うんですよ。ライトの離婚の原因は亀城夫人だった。(笑)
で、前から不思議だったんですが、亀城はライトの直弟子であるのに、もっと縁の薄い遠藤新らがライト派として健闘したのに、亀城はライトを見限ってバウハウスの流れをくむモダニズムに身を投じたところです。
亀城はその原因を「師があまりに偉大で自分は彼を乗り越えられないと自覚したからだ」と言っています。ライトはそのことをかなり怒っていたらしいですが、亀城がライトから離れたのは、信夫人が一時、ライトに可愛がられすぎたことの反発があるんではないでしょうかね。勘ぐり過ぎだと言われればそれまでですが、芸術なんて、コロリと女性によって変わってしまうものです。(笑)
『昭和住宅物語』は面白いのでぜひ一読をおすすめします。

私も展覧会を見に行こう。
都市住宅7109臨時増刊・住宅第1集には添田浩氏による上大崎の土浦邸(第二/1935)の実測図を始めとする詳細なレポートが紹介されています。それまで外観写真だけでしか知らなかったけれど、スキップフロアによる連続性をもつ室内空間と玄関回りの上下足の履き替えをモダニズム住宅の中で見事にクリアしているのに驚きました。添田浩氏はノイトラからの影響を指摘してますね。
因みに都市住宅7109臨時増刊・住宅第1集には秋山さんの東事務所時代の担当作品も掲載されてます。(そういえば、高木事務所に手伝いにきた添田さんが描いた幼稚園のスケッチが残っていたなぁ。)

>館 淳一さん
無料でコラムを書いていただいたようなものです。ありがとうございます。情報源不明ですが、信(子)さんは大学教授のお嬢様で、専攻は文化系だったにもかかわらず、ライトの事務所で働きながら建築を習得した…ということを耳にしました。きっと語学に長けてらしたのでは…と想像します。

藤森照信氏によるご夫妻のインタビューの様子(15分程度)が、会場で上映されていました。亀城さんは、もうすっかり良いお爺さんという感じで可愛かったですよ。一方、信子夫人は、まだしっかりしていらして、どう見てもご主人をグイと引っ張ってらっしゃる、という感じでした(^^;
もしや、信子夫人をモデルにした館さんの作品が読めるのでは?という感じですね(^^;

>iGaさん
いや〜、素人エントリーに玄人コメントをいただき、申し訳ない気分です(^^; 筋金を通していただいた気分(^^;
いつものことながら、ありがとうございます。

ああ、図面綺麗ですねえ。こうはいきませんが、masaさんが「これを手本に」と仰有って居る気がします。。。両国で見てきますね。

こんばんは。
わあ〜ぜひ見に行って来たいと思います!
館氏のお言葉”芸術なんて、コロリと女性によって変わってしまうものです”
確かにそうかもしれないですね。芸術家とは思いこみが強く情熱的ですからそういうことがあったかもしれないですね〜(笑)
大好きな両国に久しぶりに行ってきます!

>neonさん
neonさんに向かってそんな、そんな…です。
建築家の描く設計図というのは、「絵にしよう」という意図なく絵になってしまっているところに、最近、とても惹かれるようになりました。

>Naoさん
こんばんわ〜。コメントいただくばかりで申し訳ありませんm(__)m
芸術も政治も社会も…何もかも、鍵を握っているのは女性のようですね(^^; 徐々にそれが逆転しそうな勢いの今日この頃ではありますが…(^^;
とにかく、両国でお撮りになる写真を楽しみにしていま〜す。

余談ですが、江戸東京博物館ってJAFの会員証を見せると20%割引になるんですね。今日、届いた会報で知りました。

>iGaさん
ええっ「JAF会員は20%OFF」なんですか〜。知らなかった〜。チケット売場のオネエさん、ヒマ持てあましてる感じなんだから、ひと声あっても良さそうなもんですよね〜。割引してもらいに、もう1度行ってきます(^^;

masaさん、こんばんは。傳八ビル(三原橋センター)の設計図、僕にとってはブログでお世話になっている皆様にお会いできた場所ですし、ぜひ見てみたかったです。

>wakkykenさん
おお、中国からですね。遠方からありがとうございます(^^; この展示は、5月7日まで、だそうですから、ご覧になる機会があるかも?ですね。体調維持にお気をつけて…。

masaさん、wakkyken@浙江省・寧波市です。いまのところ、体調は快調ですが、食事の量が多く、体重も増えていることでしょう(^^;;;。さて、企画展のことですが、東京出張のおりにでも、江戸東京博にいくことにします。いまのところ、パソコン環境に限界があるため、メッセージも短めです。

>wakkykenさん
通信環境が悪いなか、コメントありがとうございます。お元気なご様子、なによりです!

一昨日、行ってきました。
しっかりと20%オフの480円で入場できました。(^o^)
色々と図面を見て、土浦亀城邸 (第2)とライトの住宅との関係性、その後の吉村順三とライトとの関係性も解けたような気がします。
1993年のビデオの中のF森教授も若いし、土浦亀城も飄々として軽〜い感じが良いですね。ライトから「お前は何故、遠藤新と協力して有機的建築を日本で広めないで、フランクフルトのファンクショナリズムを真似するな。」とか、お叱りの手紙を貰っても、ライトの手の内だけで生きたくなかったんだろうな。何か、タリアセンで一緒だったリチャード・ノイトラもモダニズムのスタイルで建築を続けるなどの共通点があって興味深い。

>iGaさん
あ、120円お得に入場なさったわけですね。くやしい(^^;
やはりご専門の方がご覧になると、図面などが雄弁に語りかけるもののようですね。こちらは、うらやましい(^^;
しかし、あのビデオで見る限り、土浦亀城って、わりと頑固なこだわりの無い人なのかな?と感じます。個性はあってもアクが無いとでも言いますか…そんな好印象を受けました。一方、信子夫人のほうは、一筋縄ではいかないな〜(^^;と…。けっこう奥様がリードしていらっしゃる部分も多いのでは?と勘ぐってます。

遅ればせながら江戸東京博物館、行ってきました。
信夫人の写真何枚かとビデオ画像のなかのタリアセン時代の写真とか晩年の姿を見て、感無量でした。
いや、亀城の建築よりも商売柄?美夫人のほうに関心があって。(^_^;)

そうしたらなんと、信(子)夫人はあの吉野作造博士の長女だったじゃないですか。(*_*;)
大正デモクラシーを主導した超インテリ、スーパー思想家。(褒めすぎ)
その娘だったとは……。呆然。
父親の別荘を亀城が頼まれて、伊豆の現地で測量した際、信が仕事を手伝ったのを機にラブラブになったようです。

亀城は、最近とり壊された八重洲口の国際観光会館ビルの設計もしていたんですねえ。あと銀座の「立田野」。西郷会館もとり壊されますし、ますます作品が無くなります。

>館 淳一さん
コメントをありがとうございます。亀城=建築という興味でしか語られていないように思いますが、館さんの人間亀城&信夫人、という視点でのお話は、とても新鮮に感じます。夫妻のなれそめについても、もちろん初耳でした。なんだか、亀城の名が経歴の割に轟いていないことや登場人物など…小説より奇なり…な世界がありそうですね。
なんと、展示を見ていながら、傳八ビルや西郷会館などばかり注目していましたので、あの八重洲口の国際観光会館ビルの設計者であることを見落としてしていました(^^;(^^;(^^;

はじめまして。toshimiyaといいます。
AKiさん経由でお邪魔しました。

こちらのエントリーで「昭和モダニズムとバウハウス〜建築家土浦亀城を中心に〜」展の開催を知り、終了間際になんとか訪れることができました。
ありがとうございました。
また、遊びに来ます。

>toshimiyaさん
こちらこそはじめまして。ブログにお邪魔しましたら、なんと通信コースで建築学科をご卒業、建築士を目指していらっしゃるのですね。なんだか背中を叩かれた思いがしました。そんな本職の方の目に耐える記事ではないと思いますが、期日についてだけでもお役に立てたとしたら嬉しいです。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。



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