荒木町界隈凸凹地図

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今日は写真はちょっとお休みして、僕自身が欲しいと思っていましたし、ブログを通じてお付き合いいただいている方のなかにもご興味をお感じになられる方がいらっしゃるのでは?と思い、荒木町と若葉町をカバーするの四谷界隈の凸凹地図を作ってみました。サムネールをクリックしていただくと、ヨコ900ピクセル・タテ700ピクセルの凸凹地図が表示されます。結構広い範囲ですから、本来は「四谷界隈凸凹地図」と呼んだほうがよいかも?です。
この凸凹地図作成に使用しているデータは、とても正確なものですが、僕のソフト使用法は素人同然ですので、この地図を(目安としてお使いになるのでしたら十分な精度がありますが)、間違っても学術的な見地からはご覧にならないでください、あくまでも遊び道具として使っていただけたら...と思います(^^;

■関連エントリー:荒木町小盆地景 / 荒木町階段路地景 / 荒木町段坂路地景 / 荒木町坂道景 / 段路地の粋

【追記】凸凹地図には、カシミール3Dで表示させた「数値地図5mメッシュ(標高)」(国土地理院) および GARMIN社「MapSource」で表示させた「Japan City Select」を使用しました。

コメント(19)

昔々、本塩町の靖国通りから一本裏道の事務所にアルバイトに行っていたことがあるので、昼飯を求めて四谷の裏道を徘徊してました。この凸凹地図で分かるように、谷道の靖国通りからは、空きっ腹を抱えて坂道を上らなければいけないと云う宿命を抱えてましたね。流石にその時は荒木町までは遠征することなく、一本手前の道で引き返してました。

>iGaさん
靖国通りは、昔からよく通った道ですが、クルマで通過するばかりでしたので、南側がこのように上り坂ばかりということが感覚的に分かっていませんでした。北側は切り立っていますのでピンとくるのですが…。やはりフィールドワークによる体感って重要ですね。それにしても、この辺りも凸凹が多いですね。

靖国通り南側には、そのものズバリの坂町もありますからね。
そういえば、中央線の車窓から見る信濃町周辺の南元町東側の谷戸もいつの間にか谷がビルで埋め尽くされてしまった感がありますね。この谷戸は中央線・総武線で塞がれているから、これは鉄道系スリバチですかね。

>iGaさん
あ、南元町も真性スリバチの様相を呈してますね。気がつきませんでした。わずかにあった開口部を鉄道が閉じているように見えますね。いや〜確認に行かねば…です(^^;

>masa さん、、、でしょ。
10+1の東京スリバチ学会にもスリバチのタイプは書いてないですね。
その上、南元町のスリバチは谷口が赤坂御用地によって一般人は立ち入ることができないと云う2重のバリアがありますね。なんだか谷戸の下流が下流社会ではないと云うパラドックスを持つスリバチですね。尤も赤坂御用地内に連続している谷戸部分には建物はなく、確かテニスコートがある筈です。

>iGaさん
5mメッシュだけで見ても、やはり、この谷戸は閉じてますね。真性スリバチとして公認(^^;されている、荒木町は江戸期のダムで、赤羽は日本軍による引き込み線で閉じられたことによります。池が涸れたものやカルスト地形を別にすると、いったい自然にできた真性スリバチって存在するのでしょうか…。うぬ〜だんだんハマってきました(^^;

こんにちは
MIXIの古い建物好きコミュから
来たものです。
22日お天気ならば参加したいです。
おじゃましてもよろしいでしょうか?

じゃ〜ん、人工的・真性スリバチを見つけました。
横浜の根岸競馬場跡です。ここは一度は訪れないといけませんね。

> samasamaさん
僕は主催者側の者ではありませんが、スリバチ学会の皆さんはとても気楽な良い方々です。歓迎です! ご一緒いたしましょう。僕は、キヤノンデジ一眼を2台抱えていますので、お声をおかけください。

>iGaさん
興奮してます!(^^; 見事な真性空豆スリバチですね〜。北東部分の台がかなり怪しげで、ダイブして確認しなくては!と思います。いらっしゃる時は声かけてください。

凸凹地図は興味をかき立てられます
荒木町はほんとに堰き止められているのが良く判ります
こういうのを見ると歩き回りたくなりますねえ
今度、荒木町と南元町・若葉の辺をうろついてみます

>見事な真性空豆スリバチですね〜
「空豆スリバチ」に座布団二枚差し上げます。(^o^)
今月はとても無理ですが、来月になったら時間を作って行ってみようかな、その時はメールします。

>GG-1さん
耳で聞くのとは違って、こうして目で見るという効果は大きいですよね。盛り土の上からすり鉢の反対側を見ることもできるのですが、その眺めがまたなかなかオーッという感じですよ。荒木町は22日のスリバチ学会でも歩きますね。

>iGaさん
座布団ありがとうございます。でも、まだiGaさんのところに5枚ほどいってますね。頑張らねば…(^^; 時期につきましては了解いたしました!

昨日の夕方、事務所の帰りがけに荒木町、若葉2、3丁目に行ってきました。荒木町が、あんなに完全なスリバチだとは思いませんでしたが、正直なところ、スリバチを埋めつくす建物たちのひどさが気になって、その下敷きの地形がもったいなく、かわいそうに思われてしまいました。
 そのあと、若葉3丁目まで行ってきました。ありましたよ、路地が。地図をみると、平行する長屋と路地が一目瞭然のところがありますが、やはり、そこでした。その一帯の入り口にお知らせ看板があって、再開発がこの秋に行われるようです。
 iGaさんの言われる南元町、東宮御所の道路をはさんだ向かいにある南元町公園は、愛ちゃんが公園デビューしたところです。
 

書き忘れましたが、この凸凹地図は一目瞭然。当たり前だけれど、歩いてみた実感がそのとおりに確認できます。ふたつの疑問が残っています。1)荒木町の真性スリバチの排水は、どうやっていたのか。2)摂津の守の屋敷は、スリバチのどの部分にあったのか。1)は、靖国通りよりはまだだいぶ高いところにあるので、ダムの下に水抜き管があったのでしょうね、2)は、おそらく、谷戸の中の谷戸のようにへこんでいるところがありますが、この部分ではないでしょうか、滝があったというのも、このあたりですよね。

>玉井さん
なんともうお歩きになったのですね。確かに、スリバチのなかは大変なことになってますが、地盤が緩いのが幸い(^^;してか、高い建物が無いため、まだ凹が明確に確認できるのが救いですね。そして、夜目遠目になるとまた違った雰囲気があります。若葉町は僕も近日中に歩いてみたいと思います。
1) 荒木町スリバチの排水は、北東部に暗渠(江戸期のもの)があり、そこから…ということです。現在でも下水道となっているそうです。(新宿区歴史博物館にて確認)
2) 屋敷の位置は、かなり切絵図などを見たのですが、確認できませんでした。敷地の北側と南側が大縄地となっていて、中程が摂津守の屋敷地所として使われていたところまでは分かったのですが…。
滝が落ちていたのは、現在ある池の崖上にある料亭・千葉さんの(向かって)右側だそうです。(町会の方に確認)

こんにちは
 今は荒木町ですが、その前は若葉町、でその前は四谷四丁目の富久よりの新宿通りより、低い場所。
 自分の住んでいた場所は、確かに凸凹地形をたどっていたんですね〜

masaさんに僕の人生を振り返らさせてもらっているみたいです。

>こうらsan
なんだか見事にスリバチ系を選んで移動なさってますね〜。こうらsanのご先祖様に溯って、お住まいの位置を調べてみたくなります(^^;



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