2006年5月アーカイブ

もんしぇん応援団

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このそろい踏み、ご覧ください。見る人が見れば、大変な豪華キャストです。このまま映画の撮影に入れそうな...(^^; というフリから、今日は、拙サイトにしては、きわめて珍しい映画紹介です。

実は、今日、渋谷のシネカノン試写室において、注目の玉井夕海さんが制作主演なさった映画『もんしぇん』の試写会がおこなわれました。光栄なことに、僕もお誘いいただき、早速、観に行ってきました。
とは言うものの、「え? オマエ、映画のこと分かってんの?」という声が聞こえてきそうなほどに、僕は、映画についての知識がありません。が、映像については一応興味を持ってますし、「あの夕海さんってどんな人?」という興味もあって、試写室の椅子に腰を下ろさせていただいた次第です。

で...です。肝腎の映画についてですが、まず惹きつけられたのがロケーション。特に、海のなかに浮かぶようにして建つ風化した家です。いや〜コイツがたまりません! しかも、潮の干満により、その家に渡る道が現れたり隠れたり...で、まるでモンサンミッシェル状態なんです。それだけでも、あれこれと想わせるものがあります。映画制作者は、この家を見て映画を思いついたのでは?と思うくらいに、素晴らしいロケーションです。
そして、もうひとつ惹かれたのが、映画の持つリズムでした。これは映画が撮影された土地(御所浦という島)の時間とシンクロしているのでしょうか、ゆったりと、淡々としていて、それは最後まで変わることがありませんでした。ちょっと変な言い方ですが「動くスチール写真」とでも表現したくなるような場面の連続という印象を受けました。
こう書いてくると、およそ想像がつくと思いますが、この映画はストーリーの展開に一喜一憂するというタイプではない、と言ってよいようです。もちろん物語の骨格はあるのですが、それが、時間軸的にも空間的にも、映画全体にモザイクのようにちりばめられ、若干把握しにくいということも手伝ってか、観る人が各々に、スクリーンのなかの場面に、(スクリーンの外にある)自分の記憶の糸を結びつけながら、何か大切なものを感じ取る...または思い出す...という映画のように感じました。

それで...です。やっと本日の写真についてです。試写会の会場に集合したのは、玉井さんは勿論のこと、AKiさんiGaさん、という顔馴染みのメンバーです。となると、生ビールが欠かせません(^^; というわけで、今日の写真は、映画とは関係なさそうですが、実は、『もんしぇん』応援団結成記念ということで、生ビールを求めて渋谷の街を徘徊している最中に撮ったものです。どうです?心強い応援団でしょう...。映画のなかで夕海さんは笹の小舟に乗るんだけど、こちらは大舟ですよ(^^;

■2006年7月15〜25日 天草・第一映劇にて先行プレミア上映会
2006年8月19日より 上野・東京国立博物館敷地内映画館「一角座」にて公開されます。
■玉井さんのブログMyPlaceのエントリー「もんしぇん」の公開 / 映画 もんしぇんをぜひご覧ください。

【場所】渋谷区道玄坂1丁目あたりです。

西荻の銭湯「玉の湯」の近くにある駄菓子屋さんの店先です。いまどき珍しいダッコちゃんがぶら下がっていました。僕が子供の頃に大流行したダッコちゃんは、全身真っ黒でしたが、最近は、日に焼けるとお肌に悪いとかで、紫外線を避けるための化粧品や日傘がヒットしているせいもあるのでしょうか(^^; このビニール製のお人形さん、色白でした。とは言え、この姿形を見ると、どこか懐かしく足が止まりました。
そして、その懐かしさを助長しているのが、日除けに使われていたテントです。手前の青く見えるのは、カネボウのアイスクリーム。赤+ピンクのほうは、ロッテのガーナチョコレートのテントでした。ともにかなりヤレていますが、それが良い味を出していました。アイスとチョコだけに(^^;なんて…(^^;
この写真を撮ったのは、昨日ですが、午後は、薄曇りという感じでした。が、ちょうどこの時に、影ができるかできないか、という程度の光が射してきました。その具合がまた絶妙で、思わずシャッターボタンを押した次第です。

【場所】杉並区西荻北3丁目あたりです。

有楽町のガード下

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時々空が明るくなり、「晴れるのか?」と思うと、「粒の大きい霧雨」といった感じの雨が降ってくるという、はっきりしない天気でしたね。それに加え、先日の旅の疲れがまだ残っているのか、なんとなく脱力感があり、気分がシャッキリしません。そんな気力不足状態でしたが、午後、所用があって、銀座へ出ていました。
最近は、銀座あたりに行くとなると、「三信ビルのニューワールドサービス」のことが頭に浮かびます。が、今日は、雨のなか傘をさして三信ビルまで歩くことすら面倒…という感じでした。そこで、せめて、先日、拙ブログにコメントをくださたもらsanが写真を撮っていらした、有楽町のガード下でシャッターを切って帰ろうと思いたちました。
有楽町のガード下は、昔から何度となく通っている場所で、よく知っているつもりが、もらsanの写真を拝見すると、どうも昔のガード下とは雰囲気が違っているようです。考えてみると、僕は、最近、ほとんどこのガード下を通ったことがなかったんですね〜。
昔も、ここには飲食店が並んでいたと思いますが、ガードの壁には、赤尾敏氏の顔写真入り日本愛国党のポスターがベタベタと貼られていて、もっと薄暗く薄汚いという印象が残っていました。が、いまや、日本愛国党のポスターの代わりに古い映画のポスターが貼られ、居酒屋さん側には、あれこれとレトロな看板などが出され、一種の「居酒屋博物館」(ラーメン博物館とかカレー博物館とかありますよね) 的な場所と化していました。お酒のみのための遊園地って感じですか…。なかには、ドアだけの床屋さんなんてのまでありました。とにかく、レトロを演出してるんですね。狙ったレトロというのはどうも…なんですが、ここは、そんなに嫌だとも感じませんでした。やはりホンモノのガード下という立地が効いているのでしょうか…。

【場所】有楽町あたりです。

萩城跡からの眺め

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これは、萩城の外周に巡らされた石垣の切れ目から、浅い湾を挟み、対岸の鶴江台を眺めたところです。この石垣の上には、昔は、土塀が築かれていて、そこに点々と四角い窓が開けられていたそうです(現在、部分的に再現されていました)。その開口は、敵が海から上陸を試みた際に、弓矢を放つために設けられたものだそうです。
ま、実は、それは後で分かったことで、この写真を撮ったときは、「あ、砂浜に草が生えてて、なんとなく海外のビーチ風でもあるな〜。そこに石垣があって、面白い」と思っていました。しかし、撮った後になって、けっこう考えさせられることになりました。
ご覧いただければお分かりか?と思いますが、この写真には、現在を特定できるものが全く写り込んでいません。写っているものと言えば、石垣と砂利道、草と海、対岸の緑と台地、上空の曇り空…だけです。
萩城(指月城とも呼ばれる)は、慶長9年(1604年)から12年(1608年)にかけて築城されたそうです。ということは、1608年ころには、砂浜にこんなに草が生えたままではなかったかもしれませんが、ほぼ今日と同じ風景が存在していた、ということになります。
したがって、当時から今日まで、この場所に立った人の目にはこの風景が映っていた、ということになります。が、「いったい、当時の人に、この風景がこんな風に見えたのかな?」ということを考え始めてしまったのです。なにしろ、当時の人と現代人とでは、脳にインプットされている情報がまるで違うはずです。それが、風景を見るときに、影響を及ぼさないわけがありません。
最初に僕は「…海外のビーチ風に感じた…」と書きましたが、昔の人がそんな風に感じるなんてことはあり得ないと思われます。そう考えると、同じ風景でも、見る人によって、映り方はかなり違ってくるんですね。写真って、簡単なだけに、やはり難しいですね〜。

【場所】山口県萩市です。

山腹の侘錆景

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長らくお休みさせていただきました。実は、法要のため、郷里・山口に行っていました。昨夜、東京に戻りましたが、山口滞在中、けっこう神経を使ったためか、家に着くと、もうグッタリ。でも、しばらく放っておいた拙ブログをのぞいてみると、コメントスパムでいっぱいです。やれやれです。とりあえずそれらを削除。が、昨夜は、それ以上は何をする気にもなれず、休んでしまいました。

が、今日からリセットです。まずは、山口土産「侘びしい錆びつき波形トタン屋根」(^^;です。この建物は、長門市日置にある、千畳敷という見晴らしの良い丘に上る道沿いに建っています。
とにかく、凄いトタンの継ぎ接ぎぶりです。場所によっては、いったい何枚重なっているものやら?です。錆びて穴が空いた箇所にその上から…という作業の繰り返しが、この姿を生んだことは想像に難くありません。
もう左の端から植物と絡み合った状態で、自然に戻りつつある家ですが、まだまだ現役です。それは、軒下に置いてある自転車が使える状態であることからもお分かりいただけると思います。また、この建物は右に続いていて、途中から瓦屋根になっています。そして、その隣りにも古い別棟の家があり、以前に、その家の煙突から煙りがのぼっているのを見たことがあります。
しかし、ここは小高い山の中腹です。交通手段は車以外にありません。集落があるわけでもなく、ほんとうに人里離れた位置にポツンと建つ1軒家です。ここに家を建て、今日に至った理由が気になります。が、この家の玄関が開き、誰かが姿を現すのを待つ時間はなく、それは分からず仕舞いのまま帰ってきてしまいました…。

場所】山口県長門市日置あたりです。

今日は、ブログを通じた奇特(^^;な友人たち (wakkyken, m-louis, GG_1, greenagain, J16, and neon:敬称略) が根津に集合し、皆で食事をしながら「曙ハウス談義」をやってきました。そしてメインは、neonさんの個展「ピアニシモな建築たち」です。

あの「曙ハウス」が、neonさんの筆でどう蘇るのか、実のところドキドキワクワクです。で、会場である CAFE NOMAD に入ると、渋い緑を基調とした「スウハ曙」の画が目に飛び込んできました。う〜ん良い! なんだか感無量といった感じ...と同時にドカンときましたね〜。蘇っちゃってます、あの曙ハウスが...。
neonさんの網膜に焼き付いた映像や印象もあるのでしょうが、やはり、何人もの関係者に直接お会いになって聞き取りをなさったり、GG-1さんがお撮りになった写真などを子細に観察なさったたりと、画を描くという行為から離れた部分でも、曙ハウスに切り込んでゆく情熱と姿勢を持続なさったことが、作品「スウハ曙」の、愛らしい迫力を生んでいるのかな?と感じました。(neonさん、生意気なこと書いてます。すみません)

作品「スウハ曙」は、写真に撮らせていただきましたが、今日はアップするのをやめておきます。やはり「根津のカフェに展示中の実物がどんなものなのか?」と、ドキドキワクワクしながら足を運んでいただきたい、と思ったからです。
neonさん、曙ハウスの素晴らしい姿を再び見せていただき、ありがとうございました。感動しました。そして、今日、根津に集結したブログ仲間の皆様、たいへんありがとうございました。楽しかった〜。また、何かの機会にお会いしたいですね。では、では...。

【追記】明日から3-4日、東京を留守にします。その間、ブログの更新ができません。帰り次第、更新再開しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
【場所】文京区根津2丁目あたりです。

高輪の下町系断片

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高輪という所は、名前は良く知っていますし、ホテルがあったりする関係から、過去に何度か訪れていましたが、高輪とう町を自分の足で歩いたのは、初めてと言ってもよい状態でした。
高輪の歴史はもとより、地理的な高低差がある、なんてことすら、行く直前になってやっと知った程度でした(ちょっと大袈裟ですが(^^;)。そんなわけで、高輪をどう撮って、どうまとめれば良いのか…その焦点が合わないままに、とにかく歩き回った、というのが実情です。
しかし、僕は従来、どこを歩くにしても、その場所について下調べをしたり、地図を持参したりしていませんでした。とりあえず、無色のまま町に飛び込み、迷い、自分の五感でその町を感じとることが面白かったからです。それでも、歩いた後は、「あ、この町の匂いはこうなんだ…」といったものが感じとれたのですが、高輪については、それが通用しませんでした。
たったの2回ほど歩いただけでは仕方がないとも思いますが、多様な層が重なった手強い町です。この町にも、下町と呼ばれる低地がありますが、ゼロメートル地帯の下町とは明らかに雰囲気が違っています。いわゆる仮住まいからの発展型という雰囲気は感じられません。そして、面白いことに、台上にも下町(町屋と言うべき?)のような区画が存在します。また、通常は高台にあるお寺が低地にあり、参道が下りになっているという例もひとつふたつではありません。
そのあたりの経緯チェックは今後の課題として、今日は、とりあえず高輪を歩きまわり、集めた断片をご覧ください。でも、この3枚からも「何やらフツーとはひと味違う、このあたりの匂い」が感じられませんか?「きたな小ぎれい(^^;」とでも言うんでしょうかね〜(^^;

【場所】港区高輪1丁目・3丁目あたりです。

高輪台の西側斜面

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先日、はじめて高輪の低地を歩きました。ひじょうに興味深い場所でした。かなり再開発も進んでいますが、戦災を潜り抜けた建物もあちこちに残っていて、突然に、低地の湿度を感じさせる風景が目の前に…なんてことも多々ありました。ところで、今日の写真は、拙ブログとしては、かなり説明的な写真です。

まずは下左の地形図をご覧いただけますか…。薄い赤でマークした部分が、高輪台の西側斜面・崖で、その斜面に沿うように桜田通りが伸びています。下右の断面図は、その赤でマークした部分を東西に切った断面図(高さ強調)になります。今日の写真は、その断面図中、黄色でマークした斜面を這う階段路地を歩きながら撮ったものです。




桜田通りというと、幹線道路ですから、相当な交通量があります。そして、その通り沿いには、高層マンションなどが立ち並び、まるで要塞の外壁のような様相を呈しています。が、その外壁からほんの少しだけ内側に歩を進めると、そこには、むっとするような、湿度の高い、低地風景が待ち受けています。
そういった低地の底で撮ったのが、トップ中央の写真です。左隅に細い階段がありますが、その階段をのぼって、そのまた先に伸びる細い路地を抜けると、高輪台の二本榎通りに出ます。それだけではなく、階段の途中には横に伸びる階段路地が何本もあります。急な斜面に無理矢理つけた階段ですから、トップ左右の写真のような、かなり「あぶない」または「おもしろい」階段が随所に見られ、それらが造られた事情を想像して歩くだけでも、一日が過ぎてしまいそうです。ここもまた、通ってしまいそうな予感です(^^;

【追記】地形図・断面図には、カシミール3Dと「数値地図5mメッシュ(標高)」(国土地理院) を使用しました。
【場所】港区高輪1丁目あたりです。

神田明神の夏祭り

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今日は、銀座から秋葉原へという、所用消化コースをまわりました。銀座で用事を済ませ、アキバに着いたのは、もう5時をまわっていました。そのせいか、路上には、もしや?と思っていたUzume閣下のお姿は見あたりませんでした。その代わりと言っては何ですが、目についたのが、伴纏姿のお兄さんやお姉さんです。そうだ、もう神田明神のお祭りだったんですね。
そこで、アキバでの買い物をすませ、帰宅する途中にある神田明神に向け、トコトコと歩きはじめました。そして、裏参道の急な階段をあがると、もう木遣りが聴こえてきます。急いで境内のほうにまわると、御輿の宮入り前の神事が行われている様子です。これから夜にかけて、華やかで勇壮な御輿の宮入が見られそうです。が、すでにかなりの時間歩いていたため、それを待って写真を撮るだけのパワーに欠けていました(^^; [追記:後で思うに、今年は昨年に比べると、ひっそりしてました。もしや、早めに宮入が終わっていたのかも?です。]
というわけで、今年は「夏祭りという側面」に焦点を合わせたと言えば、「そうかな」という感じ(^^;の写真が撮れてましたので、それをアップすることにしました。神田はもう夏です、夏...。この風情です(^^;

■関連エントリー:神田祭 2005
【場所】千代田区外神田2丁目あたりです。

昨日もエントリーした、高輪台駅のすぐそばにある、屋根付きの抜け道です。撮影日は今日です。「なぜ雨の日に?わざわざ…」とお思いになるでしょうが、実は、昨日ここで写真を撮っている時に「路面が濡れている時がベスト」と感じたからです。そして「人工照明が点灯してからがさらに良い」とも…。
というわけで、遅くなってから、傘をさして出かけてきました。結果は、写真をご覧いただければ一目瞭然なのですが、予想した通りでした。いや、予想を上回ってくれたような気がします。
今日は、たまたま、この家にお住まいの高齢のご婦人と、ちょっとだけお話することができました。そのご婦人によれば、この家は関東大震災後、おそらくは昭和初期に建てられたものだそうです。ここには、古い「高級鮮魚 魚勘」という看板が残っていますが、その看板のとおり、ここは、以前、両側ともに鮮魚の売場だったということでした。数年前に廃業なさるまで、60年間、ここで魚屋を営んでいらしのだそうです。
その魚勘さんも、この一帯の再開発にともない、来月末には取り壊され、跡地には地上29階のマンションが建つということでした。そんなわけで、魚勘さんの名前を記憶に残すべく、この屋根付き抜け道に「魚勘アーケード路地」という名前をつけてしまった、というわけです。
今日の写真は、昨日の写真とは反対の方向(桜田通り)に向かって撮ったものです。いや〜、それにしても、5月下旬とは思えない寒い日でした〜。

【場所】港区高輪3丁目あたりです。

都市徘徊blogに「高輪台で階段三昧」というタイトルの連載記事があります。凸凹の多い高輪を縦横に這う細い階段をお歩きになり、その印象を写真と文章で綴っていらっしゃるのですが、これが階段や路地歩きの魅力がライブに伝わってくる素晴らしい記事になっています。特に、「高輪台で階段三昧1」は、「ただ街を歩くだけで何が面白いのさ?」という問いに対する的確な返答も含まれ、必読のエントリーといえます。
そんな記事に刺激され、「高輪を歩きたい」と思っていた矢先に、こんどはカークさんの写真ブログに、「緑陽小径」や「濃緑に染まる家」など、高輪からの写真が登場。いよいよもってたまらなくなり、ついに本日、その高輪界隈を歩いてきました。

で、今日の写真については、いやに簡単ですが、高輪台駅前にある、屋根付きの抜け道です。ここは、通勤通学路になっているらしく、通り抜ける人の数は半端じゃありません。それは地下鉄のダイヤとシンクロしているようで、波のように、間を開けながらも途切れることはありませんでした。
屋根を見ると、半透明の波形プラスチックが使われていて、安っぽいのですが、その両側の家は、よく見ると、かなり古い建物で、かなり凝った造りをしています。片側には「鮮魚 魚勘」という看板が残っています。もしや、この屋根は、昔のアーケード商店街の名残なのかもしれません。人の波が寄せると現在になり、人の波が去ると時代がさかのぼるという、とても興味深い空間でした。

いちおう、最近の拙ブログでのお約束になりつつある、凸凹地図-高輪界隈版も制作してみました。
左地図は、カシミール3Dで表示させた「数値地図5mメッシュ(標高)」(国土地理院) に、GARMIN社「MapSource」で表示させた「Japan City Select」を重ね合わせたものです。(もっと広範囲にご覧になりたい場合はこちら(1200x1000)の地形図で)
右地図は、最近入手したプロアトラスSVプロアトラスSV航空写真を使用したものです。余談ですが、プロアトラスでは、航空写真とマップを切り替えるだけではなく、航空写真にマップを重ね合わせ、表示アイテム(道路や施設名など)を選択したり、マップの濃淡を調節したりできます。その点は、Googleマップに勝ります。
左右の地図は、ほぼ同じ範囲を表示していますので、見比べていただくことができます。僕にあれこれと解説まではできませんが、この高輪界隈、相当に凸凹が細かく、入り組んでいることがわかります。また、左下に見える区境が、谷戸に沿って凸形になっているところなど、興味深いですね。

【場所】港区高輪3丁目あたりです。

癒しのバクテー

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このところ、梅雨入りしたかのような、スッキリとしないお天気がつづいています。それに波長が合ったように、こっちの気分まで塞ぎがちになっていました。だから...というわけでもないのですが、「バクテーを食べて元気になろう!」とばかりに、祖師谷の馬来西亜マレーさんへ行ってきました。
と言うと、突然のように聞こえますが、実は、かなり以前から、カークさんと「あの味が忘れられない。そろそろ禁断症状が...」などと話していたのです。その計画がやっと実現したというわけです。
今回お邪魔したのはお昼時だったため、店内はほぼ満席。空いていたのは、窓際のカウンター席だけでした。問題ありません。早速その席に腰をおろしました。すると、もうその時点から、どういうわけか、気分がゆったりとしてきます。なんだか不思議なのですが、自宅に居るときとはまた違う、のんびりとした穏やかさに包まれはじめます。これは、こちらのご主人のご自宅の一部ということも関係しているのかもしれません。とにかく、この感覚は他では味わえません。ところで、何を食べよう?と考えているうちに、テーブル席が空き、そちらに移動です。
そして、いよいよ料理ですが、まずはバクテーです。こちらのバクテーは、豚肉や椎茸とともに何種類もの薬草などを煮込んだ黒系スープのバクテーです。そう言うと、コッテリ味を想像しますが、これが実にスキッとしています。と同時に奥深い独特のコクと甘味があり、実に美味しいのです。確実にクセになります。
バクテー以外に注文したのは、ムマサバビ(バングラデシュスタイル豚の角煮。これがまた絶品)、タピアイス(タピオカとココナツアイスクリーム)、ドリアンアイスクリーム、チャイ、コーヒーです。けっこう飲み食いしてますが、これがスンナリ収まるのも不思議です。
前回、こちらに大勢でお邪魔したときのリポートバクテーズ集合(祖師谷編)にも記しましたが、今日の写真のような空間で、こちらのご主人ご夫妻に、あれこれとお話をうかがいながら、ゆったりと、美味しいアジア料理を食べていると、なんだか安堵感を伴う充足感のようなもので満たされてゆきます。こちらは、決して、料理が美味しいお店というに留まりません。空間や料理などを通して、ご主人のお人柄に触れるお店のように感じます。すべてに魅力があります。そして癒やされます。やはり、料理も「心」なんだと思った次第です。

【場所】世田谷区祖師谷4丁目あたりです。

月夜 - iPod CM 風

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傘こそ必要ありませんでしたが、湿度の高いどんよりとした一日でしたね。が、夕方、家に向かって歩いていると、上空に、予想もしなかった月が浮かんでいました。薄い雲がかかっていて、それが紗を通して眺めているような効果を生んでいます。そして、どういうわけか、淡いピンクに染まっていました。
歩きながら眺めていると、月が、ビルのシルエットの向こうに隠れたり、また顔を出したりします。そして、いよいよ家が近づいたときです。工事現場のクレーンと手前のビルの間に月が浮かんでいます。しかも、ビルの隙間と月、そしてクレーンの滑車が、ほぼ一直線に並んでいます。なんとなく面白い図です。クレーンで、ビルの隙間から、月を吊り上げているようです。ん? もしやこれは「ツキを吊り上げる」ということだ! 縁起が良いんじゃないか! とばかりに撮ったのが今日の写真です。
ついでに、これが「ブルー背景+黒いシルエット」で、なんとなく iPod の CM 風です(^^; そんなわけで、ちょっと拙い構図ですし、他の写真とは毛色が違いすぎですが、この写真、アップすることにしました。

【場所】文京区本郷1丁目あたりです。

勝どき暗闇景

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ここは勝どき5丁目の外れです。この建物の裏手は堤防になっていて、その先はもう海です。と言っても、運河ではありますが…。向こうに見える灯りは、対岸にあたる汐留や銀座方面のビルです。
ここ3日ほど、勝どきの古い長屋などを紹介してきましたが、そういった風景が見られるのは、埋め立て地・勝どきのなかほどだけで、そこからちょっと外れると、寒々とした、異質な風景が目の前に拡がりはじめます。夜目には怖いような巨大な水門を間近に見たり、海水の侵入を防ぐための、分厚い鉄の扉が日常利用する道路に設置されているのを見たりすると、この地がゼロメートル地帯であることを改めて思い知らされます。
が、そんな環境にも、高層の集合住宅が建ち並び、思う以上の人通りがあります。「人影があるべきではない風景」のなかに「無いはずの人影が垣間見える」というのも、また一種異様なものです。
今日の写真に写っているは、何の建物なのか分かりません(^^; 堤防沿いに、こういった建物(形は異なる)がポツリポツリと建っていました。ただウッと気になり、シャッターを切らされた感じです。

【場所】中央区勝どき5丁目あたりです。

勝どきの現役廃屋

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勝どきに、経年変化の激しい板と、錆びに錆びたトタンの塊が眠っていました。もう使われていない建物です。が、実際は、写真で見るほどに、廃屋臭さがありません。この建物は、細い路地の両側に長屋や小さな家が連なっている場所に建っています。したがって、向かい側に住む方々が、この建物沿いに鉢植えを並べたり、壁面を掲示板のように利用したりなさっています。それがこの建物に現役度アップにつながっているようです。
この建物、放置される前は、海産物(だったと思います)の加工工場として使われていたそうです。海産物と言われると、一瞬「えっ!」と思いましたが、ここは勝どき…。あの、将軍に献上するための白魚漁で有名な佃の隣町です。海産物なんて言葉を耳にしても不思議はない土地柄なんですね。
この路地で立ち話した初老の男性からは「30年前に越してきたときは、草ぼうぼうの淋しい所で、ぽつりぽつり居たのは漁師ばかり…。うちからも魯が出てきた」なんてことを聞きましたし、その後立ち話に加わった男性からは「うちは父親の代まで船大工だった。工場が河沿いにあって…」などという言葉が…。
林立するマンション群や舗装された広い通りを走るクルマなどを見ていると忘れてしまいますが、ひと昔前まで、ここは潮の匂いが充満した町だったんですね。トタンも錆びつくわけです(^^;

【場所】中央区勝どき3丁目あたりです。

勝どきの長屋路地

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勝どきの長屋風景です。昨日エントリーした長屋のすぐ近くにある長屋ですが、戦前に建てられたもので、ほぼ原形を留めた状態で残っていました。しかし、この路地はそう長くはありません。突き当たりは、マンションになっていて、2棟のマンションがつくる隙間のようなトンネルを抜けると、そこはもう繁華な大通りです。逆に、大通りからそのトンネルを抜けると、目の前にこの路地風景が拡がることになります。もう極端なまでに、ガラリと世界が変わります。
この長屋と路地ですが、昔ながらの物干し台やガラスの引き戸、下見張り、瓦、トタン等々、好事家泣かせの部品が勢揃い(^^; そして極めつけとも言える見事な路地園芸がずらり。それはもう、ほんとうに素晴らしい雰囲気です。
しかし、お住まいの方の話では、「ここも1-2年内に取り壊されることが決まっている」とのことです。ここは、大江戸線勝どき駅から地上にあがってすぐの所です。取り壊される前に、そっとお訪ねになることをお勧めしたくなります。

【場所】中央区勝どき1丁目あたりです。

勝どきの長屋

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築地から勝どき橋を渡り、しばらく歩くと右手に公園が見えてきます。そこで右に折れて再びしばらく歩くと、この長屋の建っている場所に出ます。
勝どきには、戦災で焼失しなかった長屋が残っています。このすぐ近くに残っている古い長屋にお住まいの方にうかがったところ、「うちは戦前の建物」と仰っていましたので、この長屋も、古さ・雰囲気からいって、戦前の建物の可能性が高いように思います。部分的に改修はされていますが、瓦屋根と押縁のついた下見張りを残す、重量感のある長屋です。ここは、ひと区画の端から端まで長屋が連なっているという点でも、都内では貴重な存在だと思います。
しかし、ここでも「今年中に壊すからね」という声を耳にしました。前述した、この近くの長屋にお住まいの方も、「うちも1、2年で取り壊されるのは確実」と仰っていましたし…。
この長屋の建つ区画は、一部を除き、どういうわけか奇跡的に、2階建ての長屋と路地が多く残っています。が、歩いてみると、あちらからも、こちらからも、「取り壊し」という言葉が聞こえてきます。周囲には、その言葉を裏付けるように、高層の新しいマンションやビルが林立しています。どうやら、もう「時間の問題」の範疇に入っているようです。

【場所】中央区勝どき1丁目あたりです。

動坂下の錆看板

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よく晴れた気持ちの良い日でした。太陽の直射を浴びると暑いけれど、そよ吹く風はひんやりとしていて、ちょうど良い案配でした。しかもゴールデンウィーク中なので、都心の路上は車も人も少なく、街全体がいつもよりずっと静かです。空気もきれいなら光もきれいで、街路樹の緑が色濃く輝いて見えます。そんな街を歩いていると、なんだか避暑地にでも居るような、のんびりとした休日感覚に陥りました。久々です、こんなことは...。
で、今日の写真ですが、緑だ避暑地だなどと言ったわりには、いつものように錆関係です(^^; この平屋の看板建築(実は後部が2階建て)は、不忍通り沿いに建っています。こちらは乾物屋(主に豆)さんだったそうですが、すでに廃業なさっていて、去年か一昨年に気づいたときには、もうこの姿でした。通りに面した部分は、この通り廃屋状態ですが、後方の二階家部分は現役で、ご老人が住んでいらっしゃるということでした。
この建物、ずっと気になっていたのですが、実は、すぐ前にパーキングメーターが設置されており、いつ通りかかってもクルマが停まっていて、「う〜んまたか...」というパターンがつづいていました。が、今日はゴールデンウィーク。さすがにクルマも停まっていませんでした。

【場所】文京区本駒込4丁目あたりです。

谷町の路地奥で

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新宿区若葉町の谷戸は、ちょうど、右手でハンバーガーをつかんだような形状をしていて、その手の部分が谷底の道になっています。そして、その谷底道から両側に道が伸びているわけですが、ハンバーガー側に伸びているのは、細い路地が多く、しかも、その先が崖に突き当たっています。
今日の写真は、そんな路地の奥で撮ったものです。ま、実のところ、あらたまって奥と言うほど長い路地ではないのですが、どの路地もまだ生活臭が強く漂い、進むにつれて濃密さが急激に増すという点では、より奥深く入り込んだ感覚に襲われます。

さて、左の写真は、そんな路地の突き当たりで撮ったものです。路地を奥に向かって歩いていると、古い下見張りの家が目に入ってきました。その頂部にすこしだけ、ツタの葉が絡まっているのが見えます。それだけでも雰囲気があります。が、その隣りに空間があります。庭かな?空き地かな?と思い、そこまで進み、振り返ってみてビックリです。ツタがすっぽりと家を包んでいます。路地の奥でこんな風景を目にしたことは、これまでありませんでした。何かが違いますね…。
右の写真は、左写真の家の近くから、路地の出口に向かって撮ったものです。電柱のたっているところが T 字路になっていて、左手にも家があります。右に折れると、すぐに再度左に折れて、表通り、すなわち谷底の道に出ます。この建物も、通常、路地では目にしないタイプの建物ですね。ここでも、やはり何かが違う感じがします。早い時期に、建て替えが進んだのでしょうか…。
ところで、この写真は、昨日(5月1日)撮ったものですが、その日歩いたコースはこちらです。

【追記】コース(トラック)表示には、カシミール3Dおよび轍(Wadachi)を使用しました。
【場所】新宿区若葉3丁目あたりです。



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