新潟市凸凹地図

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昨日まで新潟に滞在してはいたものの、新潟の歴史的背景も地理的背景もまったく知りませんでした。そこで、とりあえず地形だけでも…と思い、新潟市中心部の凸凹地図(800x800)を制作してみました。それをアップしておきます。一昨日のエントリーで「新潟島」と呼んでいるのは、信濃川と分水路で切り離され、島状態になった区画のことです。
この地図で見ますと、南に拡がる水田地帯には大きな「潟」があり、その周囲にも、水色の、いつ「潟」になっておかしくない低地が散在しているのが分かります。これが「新潟」という地名の元だと言います。
また、北端の海岸線の間際が、小高い丘になっているのがはっきり分かります。新潟島内の丘で、最も標高の高いところは、新潟大学ちかくの丘(標高23m)でした。
もう少し新潟島に寄った地形図(680x680)も制作しましたので、ご興味おありの方は、こちらをクリックなさってください。

【追記】凸凹地図は、カシミール3Dで五万分の一地形図を表示させたものです。0m=淡青、1m=淡緑、2m=淡黄緑、3m=淡黄茶、4m以上は茶系のグラデにしてあります。

コメント(16)

そういえば、島の海岸線の中央にある
「マリンピア日本海」に去年の夏いったのでした。
今年は、家族をだまして旧市街に行ってみようかな。

>fuRuさん
こんばんわ。「マリンピア日本海って何だ!?」と思ってgoogleしてみましたら、水族館主体の施設なんですね。今回は、雨にたたられ、距離を歩くことができませんでしたので、もちろんそこも見ていません。旧市街地のほんの一部を歩いただけですが、とにかく、古家のある風景にはことかかない町でした。また、旧市街から、海岸線に沿った丘(堤防)への、急な上り坂には、階段路地もあり、とても素敵でしたよ。あの辺りは、デベロッパーの手が伸びる前に、できるだけ歩いておきたい…と思わせるに十分でした。

この凸凹地図は、相当に高さを強調したものなんでしょうね。おかげで、これを見て新潟の成り立ちが実感としてよく理解できました。海沿いのあの高台は、大昔には入り江を囲い込むようにしてつづく、細長い島のつらなりだったのでしょう。信濃川が運んだ土砂がその内側の海をひろい平地につくりかえたのですね。現在では海のきわに並ぶ弥彦と角田というふたつの山はあきらかに島だったと思っていましたが、この高台はその島と連続していたにちがいありません。
高台のさらに海側には、砂山が続いていて、下駄をはいたぼくたち子どもの足では、足が熱くてあつくて、泳ぐ前に越えねばならない、ちょっとした試練でした。川が運んで来た砂が、日本海からの風が吹き寄せられてこの高台に遮られて溜まってできたのが、あの砂山だったのでしょう。
なにをいまさらといわれそうですが、なんだか、とてもすっきり整理された気がします。関谷分水が流れを変えたことと地下水のくみ上げで地盤沈下が起こり、今では砂山はなくなったのだと言われています。

>玉井さん
こんばんわ。この地図は、数値的な強調はしていませんが、標高による色別けを通常とは段違いに細かくし、かつ、光効果(コントラスト)を最大に設定しています。したがいまして、デフォルトよりもずっと高低差があるように見えます。しかし、実際にあの丘の上に立ち、東京に帰って、こうして地形図を眺めてみましても、「高台のさらに海側にあった砂山」が存在した、ということが信じられません。信濃川下流域の水害を減らし、かつ水深を確保する目的で関谷分水路が設けられたといいますが、それも砂丘が姿を消した原因のひとつだったのでしょうか…。
それにしても、この水田地帯のゼロメートルぶりには驚かされました。このフラットな地形で、水が潟に流れ込む角度を確保するなんて、もう神業としか思えません。

↓はみ出し情報です。
この「マリンピア日本海」から
海岸線をしばらく松林を堪能しながら南下して、
カークさん出生の地(たしか)の出雲崎あたりまでの道すがら
妻入りの集落群があり、それがなかなか良い味を出しています。

fuRuさん こんにちは、同県人としてなんかうれしいですね。
はみ出し情報でもう一つ、大したことではないのですが、出生は別のところで、
縁あって育ちが妻入りの群落の一角でした。
江戸時代は天領として佐渡の金を江戸に運ぶ中継地として大変栄えていたのですが、
今は見る影もない過疎地でございます。
でも、時々旅の雑誌などに紹介されるとうれしいものですね。

>fuRuさん
こんにちわ。地図で海岸線沿いに南下してみましたが、新潟県というのは、ほんとに南北に長いですね。これじゃ北端と南端ではそうとうに文化も異なりますでしょうね。ずんずん南下して、やっと出雲崎に到達しました。その集落が気になりはじめましたよ〜。

>カークさん
こちらにもコメントをありがとうございます。カークさんは「新潟のご出身」というのはよく存知あげてましたが、それだけで、「新潟のどこ」というのはうかがっていませんでしたね。でも、こうして、新潟の地理がすこし分かってきますと、カークさん由縁の妻入りの集落を見てみたい衝動にかられます。そのうち、勢いで行ってみたいですね(^^;

不思議なものですね、masaさんのブログを通じて同郷の方々とこうも親しくお付き合いをさせて頂くということは。
特に今回はmasaさんをご招待された玉井さんのお力によるものだと思います。
そうですね〜、特に新潟のどことは伝えてなかったですね、東京から見たらホントに日本の裏側の新潟、
でも東京から一番近い日本海は新潟なんですよね。
今でも続いているかどうかわかりませんが毎年夏になると藝大生が課題製作で褄入りをモデルにスケッチをしていました。
という訳でわが故郷、新潟島と同様、この「kai-Wai散策」で全国区に出場することができました(fuRuさんにも感謝!)、
寒村の出雲崎も多いに喜んでいると思いますよ。
ちなみにここの地名の由来はなんでも出雲のえらい神様が海で遭難して打ち上げられた海岸がここで、
それで出雲に崎がついたというありがたいところでもあります(^^;
masa神様さんは時代変わって文明の利器で到達したそうな。

カークさん 先日はmasaさんとの話にカークさんも登場しました。ところで出雲崎が良寛の出身地だということは、新潟ではだれでも知っているけれど、全国区では知られていないかもしれませんね。ぼくも行ったことがないので、そのうちにいってみようと思います。ぼくのBlogに明治の人口統計表を付け加えましたが、新潟県の人口が日本最大だったことがあるということ、ぼくは知りませんでした。

>カークさん
こんばんわ。玉井さんからお電話をいただいたときに、どうしてああもスンナリと、二つ返事で「行きます」という言葉が出たのか…と、いまになって思いますが、なんとなく「引き合わせ」といったものを感じますね。そもそも、それ以前に、新潟ご出身の方と妙に多く知り合ったというのも、なにかのご縁のように思います。ほんとに不思議な感じはします。しかも、芸大生となると秋山さんまでつながります(^^; ところで、出雲崎というところは、地図でみますと、海岸線にやたらとお寺や神社が多いですね。ズラーッと連なるように在ります。これにも何か理由がありそうに思えます。出雲との関連といい、量感との関連といい、すごく興味を感じはじめてしまいました。しかし、デジタルマップに乗って登場じゃしょうがないですね(^^;(^^;

>玉井さん
こんばんわ。いま明治の人口統計を見てきましたが、なんと明治21年から26年にかけて、日本一人口が多かったのですね。失礼ながら、なんだか意外で、驚きました。
「川を知る事典」(鈴木理生)に、要約しますと「明治元年に、信濃川・阿賀野川の舟運を背景にした新潟港が開港(自由貿易)すると、各国の領事館が建ち並んだ」という記述があります。当時の新潟の人口は、コメ大国という背景よりも、中国方面からの玄関・貿易港という背景によるもの…という感じですね。

カークさんもご登場で盛り上がっておりますね。
さらに、はみ出し情報といいますか、
僕が生まれ育ったのは、どちらかというと富山に近い方です。
豪雪で有名な高田の街の近くです。
さらに西に行くと、糸魚川というところになりますが
糸魚川の人の言葉は京都弁に近いと言うことですし、
糸魚川の友人たちの喋る言葉は、僕には関西弁に聞こえました。

>fuRuさん
こんにちわ。地図を見ますと、新潟市ー高田の距離は、およそ新潟市ー前橋の距離に相当しますね。これはかなりな距離ですよね〜。気候風土的にも、そうとうな違いがあるでしょうから。いちがいに県人でくくれない県の筆頭かも?ですね。

masaさんが作成された地図と文章に刺激され、少しだけネット上で新潟平野のことを調べていると、「この水田地帯のゼロメートルぶりには驚かされました」とお書きになっている背景といいますか、過去の新潟平野の様子を写真で確認することができました。かつては、腰までつかるような田んぼがたくさんあったようですね。「集落は河川がつくる自然堤防上に立地し,低地は潟湖から湿地・水田へと変化していく」と書かれています(勉強のチャンスをいただき、ありがとうございました!)。今回の地図は、「水のある世界」をイメージさせます。新潟平野の原イメージに相応しい色使いですね。http://www.jsidre.or.jp/com/hpcheck/rekishi/p110_111/p110_111.htm

>wakkykenさん
こんばんわ。いつもこの欄で、本文のフォローをしていただき、ありがとうございます。僕も、「昔、この辺りの水田では、胸まで泥につかって作業していた」と、玉井さんからうかがいました。しかし、そんなに水深があるとこで、イネの根はどこに植えたんでしょうね? ほんとに良くわかりません。wakkykenさんが調べてくださったURLの写真を見ますと、なんとイネ刈りにも舟を使っていますよね。もう益々???です。この点といい、平坦な田に水をゆきわたらせる技術といい、新潟の稲作って凄いものがありますね。



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