曙ハウス・プレートの行方

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今日は、曙ハウス関連の、たいへんに喜ばしい報告をさせていただきます。今年の2月に、惜しまれつつも解体された曙ハウスですが、その後、ハウス入口にかかっていた「あのプレートはどうなったの?」という声が、曙ハウスファンのみならず、多くの友人や近隣の方々からも上がっていました。あの建物と同様に、あのプレートは、想像以上に多くの人たちの記憶に焼き付けられていたようです。
実は、あのプレートは、建物解体と同時にゴミになる運命でした。それを何としても阻止したかった僕は、ある古物商さんに、かなり無理なお願いをして、プレート(+手摺り支柱) を取り外し、保管していただいていました。
それが、あれこれと紆余曲折はあったのですが、先月末、ついに、文京ふるさと歴史館に収蔵されることが決定しました。そして、本日、ふるさと歴史館より、「収蔵の最終手続きが終了した」とのお知らせをいただいたのです。もう、これは、このブログを始めて以来、最もうれしい出来事です。これで、あの曙ハウス・プレートは、半永久的に公的機関で保存されることになります。曙ハウスファンにも「最善である」と感じていただける結末ではないでしょうか...。

古物商さんがどなたであるかは、ご商売に差し支えなどがあってはいけませんので、明言しませんが、とにかく、一本気な方で、僕の気持ちを汲んでくださり、ねばり強く誠実に事を運んでくださいました。心から感謝したい思いでいます。
また、以前のエントリーでは、僕は、「ふるさと歴史館あたりが乗り出すべきだ」などと書いてしまいましたが、実は、今回、プレート収蔵に向けて動いてくださった学芸員さんは、そのエントリーをご覧になり、心痛めていらっしゃったことを、後になって知った次第です。曙ハウス解体時には、ふるさと歴史館では企画展準備などに追われ、気になりながらも一歩も動けない、という状況だったということです。また、今回の曙ハウス・プレート収蔵についても、ふるさと歴史館内で賛否両論があり、担当学芸員の方が相当にご努力してくださった結果、なんとか...という状況だったようです。担当学芸員の方には、この場をかりて、お詫びと御礼を申し上げたい気持ちです。
今日の写真は、言うまでもありませんが、文京ふるさと歴史館の倉庫に収まった、曙ハウスのプレートと手摺り支柱です。まったく痛んでいません。久々に会えて、ほんとうに懐かしい思いがしました。
なお、この曙ハウス・プレートなどは、来年2月10日〜3月18日に予定されている企画展「文京まち再発見 II - 近代建築 街角の造形デザイン (仮称)」で、初お目見えすることになりそうだ...ということです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

コメント(91)

おめでとうございます。
これで、曙ハウスそのものも、記憶の中に保存されますね。
よかった。

>玉井さん
超速攻コメントで驚きました。僕が言うのも変ですが(^^;ありがとうございます。しかし、実を申しますと、思ってもみなかった結末になった、というのが実感です。何事もやってみるものですね。なんだかホッとしました。

やっと、お披露目の時が来ましたね。
そういうことは仰有らないけれど、どれだけmasaさんが奔走なさったかは、ずっと痛いほど感じていました。(いやいや何もしていませんとおっしゃるでしょうが、いつものように。。。)しかし、とにかくハウスの忘れ形見がこうしてまた日の目を見ることができるのは何より嬉しいことですね。是非沢山の方にまた見て頂けることを祈ります。

>neonさん
こんばんわ。やっと、やっと、保存が決まりました。neonさん、ほんとに、いろいろとご支援くださいまして、ほんとにほんとに、ありがとうございました。心強かったですよ。その後のことは、すっかりneonさんまかせで、申し訳なく思っています。また、この件につきましては、ご相談申し上げると思います。どうぞ宜しくお願いいたします。

おめでとうございます&お疲れさまでした。
後だしジャンケンですが僕は密かに「ひょっとして」とずーっと期待しておりました。良かった良かった。

neonさんがご推察されてるように私も masaさんの「いやいや・・」レスがついてしまいそうなので、お礼と感謝の言葉は直接お会いしたときにでもと思っておりますが、しかし、こうしてプレートだけになってみるとこれまで見えてなかったものが逆に見えて来たりしますね。例えばあの素材は本当にアレだったんだなとか(^^;)
しかし、やっぱりご苦労様でした。

こんにちわ〜。neonさんにちょこちょことお話は伺っていたのですが、こうしてmasaさんのご報告をよませていただくととても嬉しいです(^^)。お披露目になったら、ぜひ足をはこんでみたいと思います。ありがとうございました。

>カークさん
こんばんわ。カークさんと、初めて一緒に根津を歩いたときのことが思い出されます。曙ハウス前での記念写真は、あれしかありませんから…。

いいえ、何を仰有いますやら。こちらはただ経緯を見守るだけで。。。masaさんが、ハウス解体の後、じきに「写真展を見にふるさと歴史観に行ってきました」とエントリーなさった時、すぐに「あっプレートのことを話しに行かれたんだ」とピンときて、何だか涙が出そうになったのですよ。ここまで本当にご尽力ありがとうございました。
ハウスを愛しておられる方、記録や作品に残されている方は多く居られますから、そういった方にもまたご協力をお願いすることになりそうですね。

>m-louisさん
こんばんわ。やっと公にできる日がきました。本体が消滅したのはいまだに残念ですが、プレートだけでも、願ってもない機関に収蔵され、良しとするしかありません。でも、とにかく、今日は嬉しかったです(^^; ところで、アラが見えてくるでしょう(^^;

>kaerumaさん
こんばんわ。お会いしたいと思いながらも、なかなか…です。が、neonさんを通じ、お人柄はじゅうぶんにうかがっています。ふるさと歴史観での展示の際には、ハウスにまつわる話が不可欠だと思います。これからはもうkaerumaさんの独断場です(^^; ぜひ、よろしくお願いいたします。

>neonさん
それはカイツブリ、じゃなくカイカブリと言います(^^; ま、とにかく、これでひと安心です。ふるさと歴史館でご尽力いただいた方々のためにも、展示の際には、ぜひご協力くださいませm(__)m

上記「カイカブリ」のコメントに爆笑しました(^_^)
良かったですね〜!
最近、熱い方に出くわさないので、熱いmasaさんにブラボーです(失礼致しました)。

オウ、あの曙ハウス・プレートが・・。

プレート収蔵に向けて動いてくださった学芸員さんも、あのエントリーをご覧になって、心痛めて下さっていたとは。

ブラックワイドショーではないのですが、とてもグット来てしまいました。
古物業者の方そして、なによりmasaさんありがとう。何時でも会えるようになるんですね。
これで、文京ふるさと歴史館に行く機会がまた増えそうです。では、

masa さん えらい

>greenagain さん
昔から、熱中症には縁がないクセに、熱中しやすい性格なようです(^^; でも、ほんとに気が抜けたみたいに安心しました。これからは、greenagainさん、出番ですよ〜。

おお〜、おめでとう御座います
Akiさんと同じく
masaさんエライ!
誠に奔走ご苦労様でした
パチパチパチ

お披露目の企画展には是非足を運びたいです
実はこのプレートを見たことが無いもので・・

>菊坂の与太郎さん
担当学芸員さん、もしや与太郎さんのお知り合いかも?なんて思っているのですが(^^; 実は、その方、僕がスリバチ学会でご一緒させていただく方と親しくしていらっしゃる…なんてことも、後で判明した次第です。展示へ向けて、我々が何かお役に立てれば、できるかぎり動こうと思っています。その節には(どの節にも…ですが(^^;)、また、ご相談申し上げるかもしれません。どうぞ宜しくお願いいたします。

>AKiさん
お言葉いただき、光栄ですm(__)m m(__)m m(__)m

>GG-1さん
とにかく素直にありがとうございます(^^; そう言えば、スウハの前で、偶然にお会いしときには、もうプレートは外れてましたね。そうでした〜。でも、あの時、GG-1さんが、カニ歩きステップで、あの写真を撮ってらしたんですよね〜。企画展、ひとりで見ても、皆で見てもいっしょですが、ぜひご一緒したいですね。

是非是非♪

>GG-1さん
じゃ、とりあえず、GG-1さんとは、来年の2月10日に、文京ふるさと歴史館の前で…ってことでよろしいですね(^^;

masaさんをはじめ多くの方々の想いや尽力で休息場所を与えられた「曙」の文字が、ホッと一息ついて休まれているようにも見えます。みなさまご苦労様でした。

目頭が熱くなりました!!!
(こんな古典的表現がぴったり!)

何度かmasaさんに連れて行ってもらった「スウハ」です。最高の結末ですね。

実は、最近我が家では「masaさん的」という表現が生活の随所で使われているのですよ。
「masaさん的風景!」とか「masaさん的感動!」とかね。
今回の喜ばしいご報告もまさに「masaさん的」!

 タイトルに快挙という言葉を付けたい良いニュースですね。masaさんの行動力と熱意に感謝です。

masaさん、こんにちは。多くの皆さんの喜びのメッセージを拝見しました。よろしかったですね〜。また、あの「スウハ曙」の看板を拝見できて、僕も懐かしく幸せな気持ちで胸がいっぱいです。

> ymdxaaaさん
コメントをありがとうございます。確かに「曙」がちょっと首をかしげてますね(^^; やはり、想像以上に多くの方々の想いが、何かを動かしたという気がします。

>じゃらん堂さん
こんにちわ。この歳になって、「強く思い、願ってみるものだな〜」なんて感じています(^^; でも、単独ではどうにもならなかったと思います。前エントリーを読んで共鳴してくださった方々、コメントくださった方々のチカラって気がします。

>じんた堂さん
お忙しい真っ最中だと思いますが、コメントをありがとうございました。とにかく、ひと安心です。

>wakkykenさん
関西から、強力にご支援くださいましたことに、あらためて感謝いたします。プレートの行き場に困ったときに、思わず電話したのが、wakkykenさんでしたね(^^; 関西にいらっしゃるのですから、相談されてもどうにもなりませんよね(^^; でも、心強かったですよ。ありがとうございました。

masaさん、その節は、なんのお役にたてずにすみませんでした。東京で働いていれば、とりあえず、仮に保管させていただいたのですが。でも今回は、きちんとした問題意識をもった学芸員の方がいらっしゃって、「スウハ曙」も幸せでした。電話をいただいたとき、仕事がら、公立の博物館の裏事情を少し知っているだけに心配していたのですが、よかったです本当に。それから、なんてったって、古物商のご主人に心から感謝です。それぞれに個別の事情をかえ、このような問題にかかわるにしても1人1人ができることには限りがありますが、masaさんをパワフルなキーパーソンにして、古物商のご主人、学芸員の皆さん、GG-1さん、neonさん、そして『Kai-Wai散策』ファンの皆さんのコメント、いろんな方たちの自分のスタンスなりの力が結びつくことのなかで、それが社会的に大きな力になったのだなあと感じるわけですね、僕としては。企画展「文京まち再発見 II - 近代建築 街角の造形デザイン (仮称)」が計画されていたことも幸いでした。こういうことが、これからもあったら、いいですね〜。

>wakkykenさん
今回の出来事は、たかが古看板一枚…という見方もできますが、一方で、これは「象徴」でもありますね。媒体はネットであろうと何であろうと、人々の熱い思いが、ひとつの流れを作り出したということの…。僕は、思いのほうが先にたち、オロオロしてばかりいたのですが、なにやら事のほうが先に進んでいた…という感じです(^^;

いやいや、これは、ほんと、すごいことです。
人って動かそうとしても動くものじゃあないわけで
ほんと、すごい、です。
そして、すばらしい、です。

>fuRuさん
こんばんわ。ほんとに、実のことろ、あのゴミになるはずだった看板が、よくも、ふるさと歴史館のような公的機関に収蔵されたものだと思います。大勢の人の気持ちが何かに穴を開けたな〜と、いまだに半信半疑のような気分で、安堵しています。

こんばんは。
プレートが保存されることになって本当に良かったですね。masaさんの熱意と皆さんの気持ちが一緒になっての素晴らしい成果に、曙ハウスを知らない私もなんだか嬉しくなってしまいました。

ふるさと歴史館はまだ行った事がなくて、そのうち是非!と思っているのですが、来年の2月を待ちきれずに行ってしまいそうです。(...おいおい、行ってもプレートはまだ見られないって。)

masaさん、早速のご報告ありがとうございました。
この反響の大きさ!大量のコメント!!!
「スウハ曙」をとりまく人の輪に改めて驚きました。
その縁によって今回当館に収蔵できたという幸運、
そしてmasaさん、Mさんをはじめ
みなさまのご尽力に心より感謝申し上げます。
曙ハウスは、根津のまちのシンボルであり、
ちょっと近寄り難く立ち入ってはいけないようなあの雰囲気、
ほんとうはいつまでも現地で残ってほしいと思っていました。
その最期に立ち会えなかったことも心残りです。
でもこうしてほんの一部だけでも「モノ」が残ったことで、
少しでも未来へ記憶を継承できるのではないかと考えます。
それも私たち地域の博物館の使命です。
みなさま、2月からの展覧会にぜひご協力ください。
そして再会しにいらしてください。
どうもありがとうございました。

>あ88さん
こんばんわ。このエントリーをご覧になって、ちょっとでも嬉しくなってしまったアナタは、もう曙ハウスファンクラブに会員として登録されたことになります(^^; ところで、歴史館は、会員(年会費1500円)になると、何度でも入館できるとのことです。今回のこともあり、僕はさっそく会員になることにしました。あ88さんもいかがですか(ここで営業してどうする(^^;)

>歴史館さん
お立場上、個人ブログへの書き込みには、微妙な点がおありになるにも関わらず、コメントくださいまして、ありがとうございます。曙ハウス解体時には、歴史館さんのご事情も察することなく、批判的と思えるコメントを書いていますが、その点、改めてお詫びし上げます。申し訳ありませんでした。しかし、今回の収蔵に関しましては、Mさんとの折衝を含め、ご尽力くださいまして、本当にありがとうございます。近隣・全国の曙ハウスファンを代表させていただき、御礼申し上げます。コメント欄だけではなく、電話やメールでも、ファン同士でやりとりいたしましたが、曙ハウスが消滅したとは言え、今回の思わぬ出来事に、皆一様に大喜びしています。今後、曙ハウスに関し、何かお手伝い可能なことがあれば、どうぞお声をおかけください。できる限りの協力をさせていただく積もりでいます。本当に、今回のこと、ありがとうございました。
PS:歴史館さんの年間会員に登録させていただきます(^^;

それはカイツブリ、じゃなくカイカブリで、
オヤこのフレーズは・・・。(^^;
おもわずパクッテシマイマシタ。

というわけで、小生なんかはふるさと歴史館
さんに御好意で、写真資料を提供して頂いた
りアドバイスを頂いたりしてもらっている側
でして、かえってスリバチ学会でご一緒され
ている方の方が・・と思っております。

しかし素敵な学芸員さんですね。本当に郷土
を愛して下さっている方なんですね。
ふるさと歴史館 頼もしい次第です。

閑話休題、masaさんが新潟にいらしてい
る頃国鉄APの上物、解体の真っ最中でした。
果たして遺稿調査が行われるのか、それとも
何か発見しちゃうと工期が遅れるからやらな
いかも知れませんね。そうそう記録日の帰り
スウハHの元尚美ホール前で道路工事を行っ
ておりふと穴の脇を見ると検地石が転がって
おりました。現場監督さんの話ではこの周り
を掘る度にヨクこんな検地石が出るんですよ
と仰っておられました、もっとも出土数の点
では汐留め跡地の規模ではないそうですが。

向きは、旧ガソリンスタンド方向、女子美の
「弓町校舎」発祥の地。前田利鬯貴族院議員
邸側を向いておりました。尚検地石の材質は
砂岩でしたヨ。では、「スウハ曙」看板たち
に会える日を、楽しみにしております。 

また、文京ふるさと歴史館友の会に入って下
さったら同じ会員になれてとても嬉しいです。
ムフフ、是非皆さんも・・。
我らがステキな「ふるさと歴史館」に乾杯!

              本郷が好き!与

>菊坂の与太郎さん
こんばんわ。元国鉄アパートの姿がとうとう無くなりましたね。ところで、スウハH前の道路工事の際に検地石が…というお話ですが、それも興味深いですね。スウハHの建つ土地は徳川家の所有だったと聞いていたのですが、最近になって、高田藩主・榊原家の所有だっだことを知りました。また、それ以前は、本当に御弓隊や鉄砲隊の住居だったのでしょうか…数年前にスウハH駐車場が陥没し、その穴を見た管理人さんの話では、陥没部底部に横穴が確認できた…といいます。もしや江戸城に通じてはいまいな…なんて想像してしまいます。そんなですから、検地石が出ても不思議はない土地柄なんでしょうね。
それにしても、歴史館の学芸員さん、一般人の熱意をよくも汲み取ってくださり、ご尽力くださったことだ…と、感謝の気持ちでいっぱいです。これは、もう、どうあっても友の会入会です(^^; ご先輩、そちらでも、どうぞ宜しくお願いいたします。

masaさん 本当にありがとうございます。 又来年の2月が楽しみですね。 

>いのうえsan
こんばんわ。コメントをありがとうございます。来年の2月といいますと、そうとう先ですよね。もう息切れしそうな気もしてます(^^;

masaさん
その手があったとは。
歴史館さんとは武田五一展から、まだずっと連絡網があります。私もそのことを考えつけばよかったなあ。歴史館さんから報告を受けてこちらに参上。masaさん、すばらしいですよ

おはようございます。
いいえ〜小生も入ったばっかりです。「同じ釜の飯」の口で、
こちらこそお願い致します。

向きは、検地石の友面が旧ガソリンスタンド方向、でしたので
元尚美ホール方向につらの面が伸びていたようです。

オウ!駐車場が陥没したとは聞きましたが、抜け道は知りませ
んでした。そうでしたかするって〜とここでまたmasaさんに紹介
していただきました。御菓子司 喜久月のご主人の話が
思い出されますね。勿論、別の抜け道かもしれませんが。

もう一つの「小笠原佐渡之守屋敷跡」裏事情で書きましたが、
●「真砂遺跡」昭和62年頃調査・・閑話休題、真砂町の和菓子
のご主人からの情報。御亭主の話では、真砂遺跡には「長い抜
け道」があり、二方向に伸びていたという事である途中が既に
陥没又は他のビル等の建築工事により埋没されているため、実
証が出来ずに推測域を出ないが、他の建築現場でもその道筋
域に「抜け道」が見つかっていると云う。一つは水戸屋敷方向
もう一つは東の方、加賀藩邸・農大方向、に伸びていたという。

 ここで、思い出すのは弥生地区、農学部近辺の「森川氏」裏
「水戸藩邸」である。大いに可能性があると思う。・・今後の
調査に期待致しましょう。

●ちなみに、ご主人が実際入り、見た抜け道の様子は
木枠等補強は?とお聞きしましたところ、無かったとのことで
した高さは人がやっと立って歩ける位いとの事。でも、当時の
武士(もののふ)の平均身長は今より低かったそうですから十分
だったのかも知れませんね。オット、長くなってしまいました
イカンイカン、つい時を忘れてしまいます。では、

ウ〜ン。またmasaさんの情報でワクワクして参りました。
「スウハー」息を整えている。
これも、スウハのお陰です。     ではまた・・・与

いつも楽しく拝読いたしております。初めて書き込みさせていただきます。私は小石川2丁目在住のものです。曙ハウスのプレート保存、すばらしいですね。

「文京ふるさと歴史館」での展示、楽しみにいたしております。

>小道さん
こんにちわ。先日の目白での写真展でお会いできるか?と思っていましたが、お目にかかれず残念でした。どうも、このところ、小道さんのご友人関係のご厄介になるパターンに陥っているようです(^^; いまになって考えますと、もっと、相談のしようもあったな〜なんて思うのですが、当時は必死で(^^; まわりが見えてなかったようです。そんなわけで、関西の人に電話したりと…バタバタしてました。いずれお目にかかれますのを楽しみにしています。

>菊坂の与太郎さん
う〜ん、さすがにお詳しいですね〜。が、が、その抜け道にはドキドキしてまいりますね〜。なんでも、森川町の古い旅館の若大将も、か〜なりそういった情報をお持ちと聞きます。こちらはコネありますので、いずれ…突入しておうかがいせねば!と思っています。

>ミドル英二さん
はじめまして…。こうして、近隣の方にご覧いただいているのだな〜と思いますと、改めて、取材はしっかりしないと…と、気が引き締まる思いです。コメントをありがとうございました。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

masaさん、すごいですね。
こんな素敵なことになっていたとは....と、吃驚しちゃったので
ぼんやりしていたら、この大量のコメント。また吃驚です。

>kadoorie-aveさん
なんだか祈ってましたら(オマエは祈祷師か?って声が聞こえそうですが(^^;)、こんなことになっちゃいました。僕がいくら曙ハウス関連のエントリーをしても、コメント欄が盛り上がらないようでしたら、こういうことにはならなかったと思います。コメントいただいた方々に大感謝しています。PS:バクテーズ隊長がお忙しいらしく、なかなか声がかかりません。もう分科会(^^;でも…なんて考えています。その節には、よろしくお願いいたします。

オウ、森川町の古い旅館の若大将もか〜なりそういった情報をお持ちだとか。ピク・ピク
EHエリック氏ではございませんがこれはこれは嬉しい情報です。 エッちょっと古いって・・

森川町関連は二案件程息詰まっております物で次回お尋ねの折には一緒に聞いて頂けますか.?
2005年01月22日の日暮れ時の菊坂の記事に投稿下すったいのうえ大先生の後輩ですかホウホウ。イヤハヤ素晴らしい人脈ですね。

閑話休題
2006年02月10日の曙ハウスを見直していました。
イヤー、何か時間が経って来る程、嬉しさが込み上げて来ますね。あの時、ここまで記録して下さっていたmasaさんや、それを支える仲間の皆さんの努力に感謝。人が居た、あのハウスが根津に建った時から、進み始めた時計が、一時止まった。

しかしあの記事によって私たちの中で曙ハウスの新たな時が歩み始めていた。中で暮らしていた方々の人生劇場、多くの喜怒哀楽を想う品物そして壁のシミ、一つ一つに思い出があり、時の流れという洗礼を受けて来た。それは、容を失ったが、暖かい思い遣りがボクの心にも残っていました。
其の時計が来年二月鳴るんですね。ふふ

失った物を取り戻したような、何か夢のような不思議なワクワク感が有ります、これってなんだろう。
時の移ろいに何か歯止めを一つ掛けられたからかなそんな気がしてなりません。

ありがとう「曙ハウス」そして「masaさん」古物商の方、ふるさと歴史館の学芸員の皆さん。
そして皆さんの声援どれ一つ欠けてもこの夢は実現しなかったことでしょうね。 
改めて、昔空間を散歩する資料が保存され、消え行く面影が記録されるとことの難しさと同時に、後世への研究の一助になるこれらの出来事の素晴らしさを新たに致しました。敬服  与

すかさずお返事。バクテーズ分科会是非よろしくお願いいたします♪
蒸し暑さが増す折り、バクテーで元気いっぱい...!がよろしいかと。
(せっかくの曙ハウス・プレートのコメント欄に、食い気に走った書き込みなどいたしまして、本当に申し訳ありません)

>菊坂の与太郎さん
あら、なんと、すべてお見通しですね(^^; いや、はい、そういうことなんです…。
ところで、そのままエッセイに…というコメントをいただき、ありがとうございます。しかし、与太郎さんがお書きになられた「皆さんの声援どれ一つ欠けてもこの夢は実現しなかったことでしょう」というくだり…まさに、仰る通りですね。すごく良い言葉だな〜と感じ入っているところです。ほんと〜に、その通りですね…。

>kadoorie-aveさん
あ、ちょっと遅れましたが(^^; 了解です! 僕もそろそろ禁断症状出てきてましたので…。ああ、バクテーの夢を見そう(^^;

>masaさん
おめでとうございます。
将来、遺伝子科学が発達してこのプレートからDNAが取り出され曙ハウス本体が蘇る日を夢見る私です。

良かったですね。
おめでとうございます。

masaさんやいろいろな方の地道な努力があって このプレートが残るんですねえ。
美術館や博物館などで見ているものも ひょっとしたら そのような紆余曲折を経て そこに収まったのかもしれないのですね。

そう考えると ますます 感動的ですね。

もっとじっくり見てみようと思いました。

バクテーズ、気になるんですけど。
検索〜!ううっ、美味しそう!私も参加したいです!

>[ ] さん
わははは、デス(^^; いや〜プレートからDNAですか〜そりゃいいです。最高です。僕が考えていましたのは、せいぜい「ふるさと歴史館を「スウハ曙」と改名して、その正面玄関で燦然と輝く…」なんて程度でした。世の中の進化を再確認いたしました(^^;

>光代さん
コメントをありがとうございます。「術館や博物館などで見ているものも ひょっとしたら そのような紆余曲折を経て」と言われてみて、「あ、そうだよな」と思います。実は、そういった施設は、収蔵しては陳列するばかりで、実は、モノそのものよりも興味深かったりする「収蔵に至るストーリー」を忘れているきらいがありますよね。そういった興味深いストーリーってあるに違いありません。これからはストーリーも同時に収蔵すべきかも?ですね。興味深いお話、ありがとうございました。

>greenagainさん
greenagainさんは、以前のお話から、すでにカウントされていました(^^;(^^;

>masaさん
すみません、名無しのコメントは私です。あまりの目出度さに名前が抜けました。

>nirizoさん
あ、norizoさんでしたか〜。遡って修正することもできますが、名抜けも雰囲気(^^;ですから、このままにしときますね。

うわ〜コメントがすごいことになってますね。
「曙ハウス」恐るべしです。
ちょっと夢を見ているような出来事ですね。
こうして「曙ハウス」のプレート(手摺り&支柱)が残されていたなんて……。
masaさん流石です。文京ふるさと歴史館さんもナイスです。
企画展がある様ですが「曙ハウス」の1/500ぐらいの模型が出るといいですね。
またはあの界隈の再現模型とか……。
楽しみだな〜

>marimo_colorさん
こんばんわ。さすがに曙ハウスですね。ここにコメントを書いてくださった方々は、氷山の一角でしょうから、実際のファンの数たるや、そうとうなものでしょうね。
でも、今回の出来事の裏の主役は、なんと言っても、僕の気持ちを汲んでくださった古物商さんでした。
曙ハウスの図面は、有志が集まって作ろうとしています。また、できたら模型も…なんて話ているんです。が、誰もが多忙ですから、そこまでやれるか?否か?って感じなんです。でも、実現させたいと思っています。

出遅れましたが、いや本当に良かった。
masaさんやったね。

>tadanzakaさん
やはり、あのプレートをゴミにしちゃいけませんよね〜。ところで、実際にやってくれたのは、何と言っても古物商さんです。僕はヤキモキしてただけでして…(^^;

ブログの削除の件では、御迷惑をお掛けいたしました。m(__)m
masaさんmasaさん悪いけどちょっとだけ聞いてくれる〜。
■御対面!!報告
縁があったんでしょうか今日、曙ハウスプレート様と御対面!!しました。

いやあ、あったあった、お元気で。
その時まで時を刻んで待っているようです。
今朝、真砂図書館の前を通って行くと、学芸員の方達三名で作業をしておりまして。

小生が思わず立ち止まると、「今度展示しますからまた来て下さいね」と、手を止め奥から優しい
お言葉を下さいました。「ハイ! masaさんの界隈で聞いておりました、来年でしたね楽しみにし
ています。どうも皆様お疲れ様です。 ヨロシクお願いします」ペコリとすると。
会釈までしてくださいました。 

曙ハウスプレートにあえたらなんか急に暗かった心が嬉しくなり、今日一日ハッピーでした。 お・わ・り 与

>菊坂の与太郎 さん
おお、あのプレート、与太郎さんはじめ、気にかけてくださってる方がいらっしゃると思うと、嬉しくなります。今日ご覧になったと…そうでしたか〜。僕は、まだ会員登録に行けずにいます。いけませんね〜。曙ハウス関連の部品(部屋番号札)も歴史館さんにお届けしなくてはいけませんし…。なんとか近々に…です。

>菊坂の与太郎 さん
おお、あのプレート、与太郎さんはじめ、気にかけてくださってる方がいらっしゃると思うと、嬉しくなります。今日ご覧になったと…そうでしたか〜。僕は、まだ会員登録に行けずにいます。いけませんね〜。曙ハウス関連の部品(部屋番号札)も歴史館さんにお届けしなくてはいけませんし…。なんとか近々に…です。

解像度が向上したGoogleEarthで「スウハ曙」を空撮すると未だ健在、パッチワーク状の屋根も識別可能。
(  35°43'8.17"N 139°45'53.86"E )

>iGaさん
おおっ、トタンパッチワークがはっきりと見えますね。これはとりあえず、画像で残しておかねば!です。
ところで、スウハ曙の後継者長屋(^^;が以下にあります。
( 35°43'9.57"N139°45'53.95"E)

masaさん、iGaさん、こんばんは!!「スウハ曙」、はっきりみえますね〜。それから、後継者も見えます。masaさん、後継者というのは、以前、曙ハウスの跡地をみたあと、neonさんの個展を拝見するまえにいったところでいいんですよね(今のところ、そうに違いないと信じているのですが・・・)。

>wakkykenさん
はい、あいつです!

masaさん、安心しました。

>wakkykenさん
そういった、ひっかかりって、気になるものですよね(^^;

>masaさん 皆さんこんばんは
「ふるさと歴史館」はおととい辺りからスウハ関係の準備に入っているようですね。楽しみです。
さてさて、例の抜け穴情報も新しいものが「本妙寺」と「女子美菊坂校舎」関連、聴き取り中ひっかかりましたので報告しておきます。
場所は本妙寺本殿近く、昔陥没があり確認したところ地下通路跡が見つかり、埋める為に水と共に流したら落ち着くのには、トラツク30杯分必要だったそうです。ではまた・・与

>菊坂の与太郎さん
こんばんわ。ふるさと歴史館の担当学芸員の方々は、追い込みに入り、超多忙な日々を送っていらっしゃるようです。これとリンクするように「まちかどの近代建築写真展 in 根津」(http://blog.goo.ne.jp/gookomichi/e/0b5a2dc157044e50f3ffa345e29ef220)も準備にお忙しい日々です。
地下通路の件、お教えいただき、ありがとうございました。はやりあちこちに在るんですね。Hハウスの地下通路は、埋めもどさずに、上をコンクリート板で覆った状態のようです。

>masaさん
「まちかどの近代建築写真展 in 根津」お知らせくださってありがとうございます。
イヤーmasaさんスゴイネー、たゆむこと無く大活躍されていることを知り、とても嬉しいです。
それも、まさかこの水戸後楽園藩邸からの地下通路の出口とされている水戸屋敷の近くで開催とは・・・。ホホホ
何か縁があるのかな。…(^^;

 大切な時期を迎えております。ケガや体に気をつけて下さいね。※いそがしいのにコメントありがとう。与

>菊坂の与太郎さん
いえいえ、凄くもなんともないんです(^^; ただ、お話にのせていただいているだけでして…何のお役にも立てずにいます。申し訳ないのですが…。しかし、2つの企画を推し進めていらっしゃる方々のパワーには圧倒されます。

>masaさん
そうですね、2つの企画を推し進めていらっしゃる方々のパワーには圧倒されますね。でもブログをの力を継続され、いつも変わらず受け止めてくださるmasaさんにも敬服しております与。これからも楽しみにしております。 ・・本郷 菊坂の与太郎

>菊坂の与太郎さん
ブログを始めた頃から、ずっと暖かい厚意の目でご覧くださいまして、こちらこそありがとうございます。今後とも、益々宜しくお願いいたします与(^^;

masaさん、いよいよですか。企画展、楽しみにしています。開催期間中、東京を通過することが何度もあるので、そのときに拝見させていただこうと思います。

>wakkykenさん
去年の今頃は、曙ハウス解体準備がはじまり、日参していたな〜と思い出します。「曙ハウス」エントリーをしたのが、ちょうど去年の2月10日でした。ちょうど1年後の同じ日に、企画展でプレートに再会する…というのも、なんとなく、何やら因縁を感じます。もし、いらっしゃれるようでしたら、ぜひご連絡ください。

はい、連絡しますよ〜!!

>wakkykenさん
了解で〜す!

>masaさんこんばんは
先日は街灯君お世話になりました。

企画展「文京まち再発見 II - 近代建築 街角の造形デザイン」がお開きになりましたね。本日、もう一度とスウハ曙君と、昔お世話になった遠藤医院、中村鎮氏の萬葉倉「鎮ブロック」に逢って来ました。 思い起こせばmasaさんや少数の方が取り上げてくれた小さなきっかけがこんなに多くの方達の賛同を受け、ドリームプロジェクトに取り入れられ保存展示が実現するなんて本当にスバラシイです。masaさんのブログ継続の力と、担当学芸員の方や表には普段出ない裏方の方達のたゆまぬ努力に、とても感謝しております。どうもありがとう。
そして、関係者の方々お疲れ様でした。会期終了・・おめでとうございます。これからも楽しみにしております。  菊与

>菊坂の与太郎さん
こんばんわ。曙ハウスの一周忌が終わった…という感じもします(^^; この件につきましては、僕がいくらエントリーしたところでどうにもならなかっただろうと思っています。やはり、続々と、熱のこもったコメントを残してくださった方々のパワーによるところが大きい…と感じます。僕は、残念ながら、今日は行けませんでしたが、与太郎さんが会いに行ってくださったと聞いて、ちょっとホッとしています。ありがとうございました。

イヤ、やはりmasaさんが最初のクサビを打ち込んでくれたからここまで纏まったんだと思っています。
ありがとうございました。
これからも大切な事、私たちでは気づかない事、色々教えて下さいね。    菊坂の与太郎

>菊坂の与太郎さん
いつもそんなふうに好意的に考えてくださいまして、ありがとうございますm(__)m このところ地元を離れての徘徊をつづけていますが、地元徘徊時には、また特に、援護(以上ですが(^^;)射撃、よろしくお願いいたします。

ハ〜イ。ドキューン(分る範囲でなんて、プップッ ヨクゆうね・・・(^^; 与太郎は井の中の蛙なんだも〜ん m(__)m)

>masaさんの賢いおまごさんmasa君へ
いい方向に感化されているのはこちらの方でお爺いちゃまにはいつもお世話になっております。
でも、masaじいがカメラを首から吊り下げ、街灯帽子をかぶり
本郷界隈を徘徊していたら手厚く保護し(拉致した後で)ご自宅まで送り届ける所存でございます。
老人形館予備軍仲間 :下戸、友の会会員    与太爺より。

>菊坂の与太郎さん
masaの孫です。おじいちゃんは、家系的にボケるのが早いと皆が言っています。最近、すごく物忘れします。近々、ドッグタッグを首からぶら下げておこうと話しています。でも、もしも、徘徊していたら、宜しくお願いいたします(^^; ありがとうございますた。



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