祭りのあとの町

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映画「もんしぇん」イベントにからみ、今日の午後は上野に居ました。上野と言っても、一角座のある場所は、上野駅よりも谷中に近いため、帰りは、ふと思いたって谷中ボッサに立ち寄り、その後、祭りの終わった根津の町を通ってみることにしました。
実は、今日も、根津神社の祭りはつづいているのですが、主には神社内部での行事が行われるため、いわゆる目に見える祭りは昨日で終わり...ということになります。
そうでなくても、今日は祝日ということで、交通量は少なめでです。そして、当然のことながら、祭り目当ての観光客の姿はありません。根津在住の方々も、それぞれの家で、祭りの疲れを癒やしていらっしゃるのでしょう。なにしろ人影がまばらです。昨日の人混みが嘘のように...というやつです。
今日の写真は、3枚ともに、谷中ボッサを出て、根津駅に向かいながら撮ったものです。祭り提灯は灯っていても、ひっそりと人影の無い根津の町。なんだか、やはり根津は不思議の町か?という感じでした。やや不気味なくらいに...。

ところで、言い忘れましたが、谷中ボッサさんって、ほんとに心地よいです。ま、波長が合う...ってこともあるのでしょうが...。そして、ご主人の身内の方が有機農法で栽培なさったというカボチャを使用したカボチャプリン、これがまた美味しかった...。ま、敬老の日だし(^^; 自分への慰労もかねて(^^; 良い一日でした。

【場所】文京区根津です。

コメント(12)

masaさん、おはようございます。一度でもいった場所は、たった一度であってもその場所を知っているので、写真を見る側の「親近感」のようなものがやはり違います。根津は、一度お邪魔しているので、すごく「近い場所」という感覚があります。たとえば、チラリと路地からみえるあの商店街は(一番左の写真)、「ああ、あそこ・・・」なんて感じです。ところで、「根津の祭り (初日)」(根津の祭り (初日))に、「侘しさ」、「寂しさ」の話しが出てきましたが、一番右の無人のテントって、特にそれを感じてしまいますね。「行事の後」ってことですからね〜。

さすがmasaさん。ここまで撮って頂ければ本望です。(って私しゃ何かい)。。。と言いますか、華やぎの後は静けさが余計沁みますね。でもわずかにその余韻もあって、私もこの感じがとても好きなのですよ。でもウチの裏路地では夜遅くまで結構打ち上げ?の声が聞こえていました〜。(あの辺、鳶の方がかなりいらっしゃるんですよ。)masaさんは、お酒を召さない分、「ボッサのカボチャプリン打ち上げ」の〆だったんですね。でもそれも何だか好いですね〜(笑)。

>wakkykenさん
こんにちわ〜。知った場所(特に自分の住む場所周辺)を、他の人の写真で見るというのは、親近感のなかに微量の違和感を伴い、面白いですよね。おっしゃいますように、右端の写真があったから、この3枚で組んでアップしたようなものです。お目が高いです(^^;

>neonさん
こんにちわ〜。昨夜は根津駅に直行しましたので、路地を歩くことができませんでしたが、表通りを歩いているだけで、祭りの余韻を残す独特の静けさが感じられました。でも、その静けさに覆われた裏路地に響く、打ち上げの声も聞いてみたかったですね〜。それが静けさを強調する…なんて感じもあるのでしょうね〜。良さそう(^^;
ところで、確かに、カボチャプリンで打ち上げてしまったことになりますね、ワタクシめは(^^;

masaさん、neonさん、こんにちは。neonさんのお書きになっている余韻っていうのは、いいですね〜。今年も完全燃焼してしまったんだけど、体にはまだ火照りが残っているといった感じでしょうか。体の火照りを仲間との慰労会でおさえつつ、来年の祭りのことを考えながら、日常生活に戻っていくき、来年、また完全燃焼するっていうのは、昔だったらあたりまえだったのでしょうが、今だと、根津のような地域コミュニティに属していないと経験することがなかなか難しい世の中になってしまいましたね〜(僕などは、生まれてから50年近くになりますが、そのようなコミュニティに属したことがありません)。そういう循環する時間のなかで、人間関係を大切にしながら多くの人が生きている地域でないと、「やはり地元の若者と『お〜久しぶり』『すっかり大人っぽくなったじゃん』などというやり取りが、そこいらじゅうであり」(masaさん)というふうにはいかないのでしょうね。まあ、愚痴ってもしょうがないんですけど(^^;)。

>wakkykenさん
僕もそういう地域コミュニティに属している…という感覚を味わったことがないんですよ。せめてそんな感覚に触れたくて、町、特に下町を歩いているような気もします。スポーツも地域コミュニティ作りには貢献できるのでしょうが、やはり祭りは、それとは異質な部分がありますよね。それこそ地霊を感じさせるよな部分が…。

masaさん、「地霊を感じさせるよな部分が」っていうのは、そうですよね〜。その土地の神様の存在をぬきにしたら、なんだか祭りをするにしても、パワーが出ませんものね。御輿(神輿)は、神様がお乗りになる輿(こし)ですから、その神様の存在をリアルに感じてこそ、という部分がありますね(僕のばあいですけどね(^^;))。祭りには、通常ではありえない、異常な経験ができなければね、あっちの世界に飛ぶぐらいでないといけないわけですね、本来は(^0^)。極端な例かもしれませんが、信州の諏訪大社で7年に1度おこなわれる御柱祭りでは、祭りで亡くなる人までいますから。関西だと岸和田のダンジリ祭も、かなりヤバイですね。もう、人生そこに賭けてますから。ああ、ちょっと、コメント、調子に乗りすぎました(^^;)。

masaさん、wakkykenさんのお書きになっている地霊ということ、ほんとに私もそう思うのですよ。以前茨城の学園都市に10年住みましたが、そこでも、団地住まいの(私ら含めた)よそ者(学園都市はよそ者の町ですから)が、何とか形ばかりの「お祭り」をするのですが、土地の歴史とは無縁のもので、仕方ないとは言え、何だか心から虚しかったのを覚えています。そういう意味では、今こうして根津の町に住んで、地元のひとりとして、この町と町の人と関わることができる幸せを、しみじみ思うのです。

>wakkykenさん
祭りとは、本来「あっちの世界に飛ぶ」くらいのものなんでしょうね。最近は、祭りもか〜なりお行儀良くなって、毒抜き(^^;されてる感ありですが、それでも、御輿を担いで練るというのは、スポーツとは違う何かを感じさせますね。
これからは、「カメラはスポーツだ」ではなく「カメラはマツリだ」でいきましょうかね(^^;

>neonさん
あ、なんとなく、海外で日本人会が行う祭りって感じなのかも?ですね(^^;
僕は、家内が白山地元民、僕も文京に(出入りはしたものの)三十数年住んでいるのですが、地元感覚が湧いてこないんです。子供時代の引越で、そういったことを感じる神経がマヒしてしまったのかも?ですね(^^; やっぱ、とりあえずは、御輿を担いでみる必要がありそうですね。

こんばんわ。
遅れをとってしまいましたが,コメントしちゃいます^^

祭りの後の閑けさというのは独特ですよね。なんだか,祭りの最中の喧騒がうそのようなほどに閑散としていて,なんだか寂しさすら感じてしまいます。
でも,ぼくはその寂しさがたまらなく好きだったりします。
masaさんの写真も,そんな祭りの後の町の表情が伝わってきました。

それにしても,やっとmasaさんの写真のアジが出てくるような季節になりましたね。夕方の光の加減は,masaさんの写真ならではだと思ってますから^^
ぼくも,このところ街歩きよりも,仕事系のエントリばかりだったので,ふたたび街歩きのエントリ増やそうと思います。

>hikkoさん
こんばんわ。祭り前後の対比というのは凄いですよね。しかし、権現様の祭りが終わると、地元民ならずとも、秋ですね〜。季節的にも「祭りの後」の匂いが強まりますよね。僕は、たしかに、夕方以降の光が好きですが、実は、そんな時間に、カメラ抱えて外に居る人が少ない…というだけかも?です(^^;



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