2007年1月アーカイブ

佐野のバス停から

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つい先日、このところご無沙汰していた足立区に行ってきました。足立区でも、西端に位置する大谷田というところです。そこには、足立区立の郷土博物館があり、以前から、いちど訪ねてみたい…と思ってたのです。が、我が家からは交通の便が悪く、いずれ…いずれ…と、ついつい先延ばししていました。
が、午後の、僕としては、早い時間に家を出ることができた日に、思い立って行ってみました。が、交通手段をあまり調べるとこなく向かったものですから、とにかく乗り換えとそれにまつわる待ち時間が長く、結局、「ほんとか?」と驚くほどの時間がかかり、到着したのは、もう4時を大きくまわっていました。郷土博物館は5時が閉館。これはヤバイです。ダーッと駆け足で展示室をまわり、資料室の棚をこれまたダーッと眺め、出版物を少々購入したところで、はい閉館(^^;です。しかも、日が暮れるのが早いので、その後は、近くを流れる用水は見たものの、運河や中川の様子など…楽しみにしていた場所には行けず仕舞いです。これじゃ出直しですね(^^;
というわけで、あっと言う間に、こんどは、郷土博物館前のバス停で、亀有行きのバスを待つことになりました。この時期は、待っている間にも、日がどんどん暮れてゆくのがわかります。風景が光と色を失いはじめ、黒いシルエットになってゆきます。すると、それと反比例するように、コンビニの電飾看板が、鮮やかさと輝きを増してゆきます。まるで、風景から抜け落ちてゆく光と色を、電飾看板が吸収しているかのようでした。

【場所】足立区佐野1丁目あたりです。

雑踏ライディング

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いつ頃からか、雑踏のなかを歩くのが嫌になってきました。このところ、つい荒川方面に足が向かうのは、それがひとつの原因なのかもしれません。
そんなことを言うと、「じゃ、もっと田舎に住めば?」と言われそうですが、そうは言っても、雑踏には雑踏の魅力というか魔力があるんですね。人間には、人が沢山いる場所に吸い寄せられる習性でもあるのでは?と思いたくなりますが、僕にも、時に、雑踏のなかに身を置くことで、ちょっと安堵するようなところがあります。

雑踏というものを、ちょっと気をつけて見ていると、時に、人波に周期があることに気づきます。主には信号や電車の影響によるものでしょうが、それは寄せる波にも似ています。そうして見ていると、だんだんと、人波にも、1本1本に違いがあり、良い人波と悪い人波がある…ということが分かってきます(^^; そこまでくると、もう、一人前の人波サーファー予備軍です(^^; 良い波だ!と感じた波に乗ってみたくなります。人波でサーフィンするわけですね。言い換えると、雑踏ライディングです(^^;
こうして見ると、実は、雑踏のなかに身を置いて安堵するという心理は、サーファーが波に乗ることで、波との一体感を感じ、心安良かになるのと同じようなものなのかもしれません。…そりゃ違うって?(^^; そうかな〜(^^; ま、ともかく、今日の写真は、その雑踏ライディング中に撮ったものなんです…。

本当は、そんなこと言いたくてこの写真を選んだわけじゃなかったんですけどね〜。なんだか妙な方向に行ってしまいました(^^;

【場所】新宿区新宿3丁目あたりです。

暮しの手帖の秘密

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完全な番外エントリーです。ご覧のとおり、誰もが知っている「暮しの手帖」です。その早春号(26号 ) です。何をいまさら…とお思いでしょうが、それにはわけがあります。
昔、僕が子供だった頃は、各家庭に1冊、「暮しの手帖」と「リーダーズダイジェスト」という雑誌が転がっていたものです。「暮しの手帖」は、ちょっとハイカラな生活者応援雑誌、「リーダーズダイジェスト」は、インターネットなどの無い時代の米国文化運搬雑誌、という印象が残っています。
で、その「暮しの手帖」のほうですが、昭和23年の創刊以来、誌面に一切広告を入れず、読者からの購読料だけで運営するという方針を貫いています。これは、ある企業や製品に片寄った見方を徹底して排し、あくまでも生活者・消費者の立場に立った論評をしてゆこう…という信念から生まれた方針だといいます。
しかし、雑誌を取り巻く環境も変わり、書店には、派手な、広告料奪取のためだけ…とも思える雑誌がズラリと並んでいます。その環境変化を横目にしながらも、独自路線にこだわりつづける「暮しの手帖」は、営業的には苦戦している、と伝えられていました。
その状況から脱するため、暮しの手帖社は、カウブックス主宰者でありエッセイストとして知られる松浦弥太郎さんを編集長に迎えました。これは新聞各紙でも報じられました。が、実は、新聞では報じられなかった、もうひとつの重要な秘密が隠されていました。

新宿駅の南口では、いま、かなり大規模な改修工事が行われています。そのせいで、通路や壁(囲い)などは、すべて「仮」です。工事が始まったばかりの頃は、通路の位置がちょこちょこと変わっていました。
建設工事などの現場は、通常、白く塗装した金属板などで囲われています。したがって、その周囲はかなり殺風景なことになります。それを避けるためでしょうか…ここ新宿南口では、囲いの板に、大きく引き伸ばした、新宿ゴールデン街のお店や店主と思しき人たち、新宿で生活する人たち(と思います)などの写真が貼り付けられています。
これは、とかくありがちな、花や植物などの "ロハスげ" な写真をプリントすることや、駅構内の壁などを利用した「○○同好会絵画展」などとは全く趣の異なるもので、最初に目にすると、かなりの衝撃があります。僕は、図柄に「ちょっとな〜」と感じるものがありますが、この趣向は、基本的に気に入っています。そんなわけで、新宿に行くたびに、つい、この写真壁を絡めた写真を撮ってしまいます。今日も、所用で新宿に出たのですが、用事を済ませ、やはり、南口をしばらくウロウロしていました。
左の写真は、若い男の子ですが、かなりの時間、じっとしゃがんだまま、携帯の画面をのぞき込んでいました。他に場所がありそうなものなのに、ここが良いんですかね〜。ちょうど真上に街灯があって、液晶画面が見やすいのかも?です。
右の写真は、銀塩一眼レフを持ったカメラマンです。この方は、熱心に何やら設定していましたが、葉隠れの術の遣い手(^^;のようです。夜陰に乗じ、背景に溶け込んで姿を消しています。達人と見ました。どんな写真をお撮りになるのでしょうか…。

【場所】新宿区新宿駅南口あたりです。

麻布十番1丁目

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午後、所用で、麻布十番の、あるインテリアデザイン事務所にお邪魔していました。商談…ではなく、談笑(^^;を終えると、外はもう暗くなりかけていました。
「でも、ついこの間までは、5時になると真っ暗だったよな…」などと思いながら、一の橋の交差点まで歩き、信号が青になるのを待っていたときです。やはり信号待ちをしていた、濃いブルーにグリーンが混じったような色のフェラーリが発進する姿が目に入りました。フェラーリという車は別に好きでもありませんが、フェラーリにしては地味なボディカラーです。暮れなずむ空の色や光、点灯しはじめた街の灯りと相俟って、なんとなく艶めくようなものが感じられ、ウッと惹かれるものがありました。で、咄嗟にシャッターを押したのがこの写真です。

【場所】港区麻布十番あたりです。

広尾の古家

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あるインテリアデザイン事務所にお邪魔していたことは、上のエントリーでお話しましたが、その事務所のメンバーというのが、生まれも育ちも浅草や白金…といった生粋の東京人です。こういう人達にはかないません(^^;
で、その事務所のPCをお借りして、拙サイトにアクセスし、写真を見ていただいたりしていたわけです。すると、写真を見てくださった方々から、「あの家を見たか? この辺りは…?」との問い連発…。さすがに良くご存知です。僕は「知りません」の答え連発です。そこで、それらの位置を地図に印し、後日探索することにしました。が、そのうちの一軒は広尾です。広尾ならすぐ近くだし…と、足を伸ばして撮ってきたのがこの家だった…というわけです。
こちらは、やはり上記の方々のお話では、「昔は、居酒屋だったと思う」ということでした。そう言われてみると、右側の2階部分に残る、訳の分からないフレームのようなものが、看板の支柱・骨組みの名残のように見えてきますね。きっと、そこにトタンの看板があって、1階の軒には暖簾でも垂れていたのでしょうね…。
また、この家ですが、驚くことに、壁1枚隔てて、すぐ隣りがガソリンスタンドです。そばに立ってみると、両者の落差の凄さに唖然…です。

【場所】渋谷区広尾5丁目あたりです。

夜空に浮かんでいるのは月です。決してドット抜けではありません(^^;
ここは、松島3丁目。昔、「○に鍵」と書いて「マルケン」と呼ばれるカフェー街だったところです。連日、大勢の客が押し寄せ、それは賑やかだったということです。「現金が飛び交う土地柄だから、周囲に巡らされていたドブをさらうと、お金が出てきたものだ…」と、この一画に住む高齢の婦人から聞きました。
長屋や小さな愛らしい平屋が密集した、雰囲気のある濃密な一画だったようですが、昨年の春頃から、ポツポツと取り壊しが始まり、いまでは、建物が建っている土地と空き地とが半々…といった状態になっています。残っている家が、三角屋根の平屋で、シルエットが愛らしいだけに、ガラ〜ンとした空き地に立って、それを眺めていると、昔を知らない僕でも、なんだか、実に淋しい気がします。
この日は、雲ひとつない澄んだ夜空に、三日月が浮かんでいました。表通りの街灯が、道の向こうに並ぶビルを照らしだしています。が、手前の、切り離され、1棟だけになった家の裏側には光が当たらず、黒いシルエットになっています。これを見ているうちに、ふと「これは、トタンで作った、下町のピラミッドだ」というイメージが頭に浮かびました。馬鹿げた想像です。が、それに近いものを感じてしまうんですね〜、この風景には…。かなり本気で…。

【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

暖冬?不忍池

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所用で上野に行ってきました。上野と言えば、取り壊しが決まったことで、先日、話題になった、「モミの木」または「おでん」または「はんぺん」ビルが思い出されます。そこで「取り壊しが始まる前に、もっと寄った写真を撮っておこう」と思い、不忍池に向かいました。
夏には、蓮の葉で覆われ、緑一色だった池も、枯れた蓮の茎で、全体が茶褐色に変わっていました。その茎の間を縫うように、多くのカモが、餌を探しているのか、スイスイと泳ぎまわっています。傾いた穏やかな陽射しに照らし出されたその光景は、実に長閑です。
が、その光の具合が、モミの木ビルを撮るには、やや不都合です。ビルと背景が、中途半端に解け合っている状態で、写真にすると、フラット過ぎます。そこで、ひと工夫。ビルが、葉をふるった小枝で囲まれて見える位置から撮ることにしました。
が、その位置に立ってみると、前の遊歩道を歩く人達が視界に入ってきます。いつの間にか、ビルよりも、そちらに気をとられはじめました。してみると、けっこう皆さん役者なんですね〜(^^; 目の前で、いろんなドラマを演じてくれます。
そうこうしている時でした。右手から、カートを引く老人の姿が近づいてきます。路上生活者のようでもあり、そうでなさそうでもあり...という感じです。視線は死んではいません。むしろ鋭さを感じます。ほどなく、カメラを構える僕を意に介するでもなく、淡々と、目の前を横切っていきました。至近距離から見ると、路上生活者であることは歴然でした。そして、そんなに高齢ではなさそうです。もしや、僕と同じ年代では?という感じです。
いつ頃からでしょうか...。おそらく、フリー生活をするようになってからですが、こうした境遇がやけに近い距離に感じられるようになりました。すぐ隣りにある...という感覚です。この人の、僕とそうは違わないであろう年齢と、まだ屈していない視線のせいか、この後、暖冬と言われる日の気温が、急に低下したように感じましたね〜。

【場所】台東区上野公園です。

牛乳受箱の逸品

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東小松川に残る古い民家の玄関先で目にした牛乳受箱です。これと同じタイプの牛乳受箱は、ときどき目にしますが、通常、地の黄色い塗料が残っています。が、こいつの場合、その地の黄色がきれいさっぱりと剥がれ落ちています。にもかかわらず、「エンジェルマーク」と「ビタミン入」「森永ホモ牛乳」という文字は、薄れてこそいますが、残っています。
どうして地の塗料だけが剥がれたんでしょうね〜? ちょっと分かりませんが、ま、それがこいつの逸品たる由縁です(^^;
この材木の地肌の状態からすると、塗料が剥がれ落ちてからも、すでに相当な時間が経過しているようです。もう、家の壁板と一体化している…と言っても過言ではないほどです。渋い! そして、残っているとは言え、マークや文字などの薄れ具合が、何とも言えない雰囲気です。いや〜、このヤレヨレた感じ…こいつはもう完全にアートの域に入ってますね。本気で、戴いて来たかったな〜(^^;

【場所】江戸川区東小松川2丁目あたりです。

N的家譚 (2)

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え〜と...N的家譚の2回目です。前回は平井で撮ったコイツでした。今回も、偶然、同じ江戸川区内で撮った家です。
同じ江戸川区内と言っても、平井と東瑞江は荒川放水路で隔てられています。なおかつ対岸というわけでもなく、距離的には、かなり離れています。が、これは江戸川区の伝統なのでしょうか(^^; またもN的な家を見せてくれました。
コンクリート瓦の屋根部分が、元から在った家屋で、そこに左右ともに、敷地いっぱいに増築した...というふうに見えます。どういうわけか、臭突が2本。お約束のように、傾いたTVアンテナがちょんとのっかっています。電柱が見えないのが難ですが、ま、電線は見えています。N的パーツ条件をほぼ満たしている...と言えます(^^; 
ま、写真的には、どうということもないのですが、苦心の跡をひとつご披露です。それは、臭突から立ち上る煙です(^^; はい、雲の位置を合わせて撮った...というわけです。これで、臭突が煙突と1本二役(^^; それが2本もあるし、N的と呼んでもNGは出ないかな?(^^;

【場所】江戸川区東瑞江あたりです。

呑んべ横丁

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先日、葛飾区の青戸あたりを歩いているうちに日が暮れ、地図で位置を確認すると、ちょうど青砥駅と立石駅の間あたりでした。そこで、「もう暗いけど、来た道を戻るより、立石を通って帰ろう」と、立石駅に向かうことにしました。
立石と言えども、やはり再開発は進んでいて、「おっ」と惹かれる風景は、そうそうありません。「明るいうちにもう一度来ようか?どうしようか?」などと考えながら、ともかく、駅の方向に歩いていました。そして、駅が視界に入った頃です。商店と商店の間に、なんとなく気になる空き地とも路地ともつかない空間があります。が、先が左に折れて、つづいていそうです。
またも「ついでだ」と、その空間に入ってみました。そして奥を左に曲がったときです。驚きです。ここは魔窟かギーガーか(^^;という世界が目の前に…。凄い。一瞬廃墟か?と思うほどの迫力です。が、よく見れば、路地の入口に「呑んべ横丁」の電飾看板がかかっています。「あ、ここがあの名高い…」と、その時やっと気づいた次第です。
狭い一画に、それこそ小さなバーなどのお店がゴチャゴチャ〜ッとひしめいています。新宿ゴールデン街に更に輪をかけた感じです。通路の上には屋根がついているため、細い煤けた洞窟内にできた街…という雰囲気すらします。どんよりと曇った夕方だったせいもあるでしょうが…。とにかく、この手の飲屋街としては、その迫力はトップクラスではないでしょうか。参りました(^^;

【場所】葛飾区立石7丁目あたりです。

iiYARE景

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今日は、同じ江戸川区からですが、左の写真は東瑞江で、右の写真は松島で撮ったものです。
「さて、今日はどの写真にしようかな〜」などと、あれこれ写真をクリックしているうちに、なんとなく、この2枚に共通のものを感じはじめ、組み合わせてみたくなってしまいました。その共通するものとは、主に、いい具合にヤレた感じ…でしょうか。
実際のところ、合板が剥がれた部分や、ビートルの錆びた部分だけに注目してみると、既に「ヤレた」状態を超えています。が、ともに、周囲が現役で固められているせいか、廃墟的な匂いが緩和または中和されているようです。そこも両者に共通する点です。
こうして見ると、風景というものは、各部が、複雑に影響しあって、ある匂いを発散しているのだな〜と、改めて思います。切り取り方ひとつで、写真が違ってくるわけですね。
ま、それはともかく、家のドアもビートルも、完全にジャンク状態ですが、それら自体に、まだ愛らしさがしっかりと残っているような感じがしませんか? 周囲の作用…なんて言っておきながら…ですが(^^; 結局、なんだか、理屈抜きに、惹かれるものがあるんですね〜コヤツ等に(^^; 今日は、もう、何書いてんだか?(^^;ですね。

【場所】江戸川区東瑞江(左)・松島2丁目(右)あたりです。

夕暮れ広場

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一昨日につづき、江戸川区の東瑞江からです。いまどき珍しく、同じ形と色をした平屋が、数軒並んで建っている一画がありました。その正面は、空き地になっていて、駐車場として使われていました。と言っても、舗装されているわけでも、位置決めのラインが引かれているわけでもありません。なんとなく決まった位置に決まった車が停まっている…という感じです。それも数台のみで…。
その空き地ですが、以前は、写真に写っているのと同じような家が並んでいたに違いない…という雰囲気です。と言うことは、この写真に写っている家も、そう遠からず…ということなんでしょうね。一部はもう空き家でしたし…。
都内では、こうして、たまたまではあれ、家の前が土の広場になっていて、その広場から家、しかも連なった平屋、そして空を眺める…なんてことは、久しく経験していないような気がします。それだけでも、懐かしい気分になりますが、ここでは、さらに、電柱と臭突、街灯が、結果的に…でしょうが、広場のなかほどにたっていて、ひと昔前の匂いを、より強めてくれていました。が、広場にはつきものだった、日が暮れるのも忘れて遊ぶ子供の姿も、そんな子供を呼ぶ親の声もなく、辺りは、実にひっそりとしていました。淋しいばかりに…。

【場所】江戸川区東瑞江あたりです。

東四つ木避難橋のうえから、東京都心に向かって撮った写真です。その状況を Google Earth で俯瞰すると、こんな感じになります。僕の背後には、葛飾区四つ木の町がひかえていますが、この橋の向こう側には、町はありません。あるのは、川と土手 (荒川と綾瀬川の間の中土手)のみ…。その先がどこかへつづくわけでもありません。
橋の名称「避難橋」が示すように、ゼロメートル地帯・四つ木あたりが、万一、水に襲われたときに、いくらか水面から顔をのぞかせているはずの土手に避難するための橋のようです。この凸凹地図をご覧いただくと、その状況がお分かりいただけると思います。確かに、中土手のほうが、町よりも高くなっています。しかし、こんな橋が存在することを知ると、「ここまで考えてるのか…」と感じる反面、「ええっ、こんな橋が必要になる可能性があるわけ?」と、やや空恐ろしくもなります。
その空恐ろしさは、夜、人通りも少ない、この薄暗い橋のうえにひとり立ってみると、殺伐とした感触と共に、実感として感じられると思います。ま、それも慣れ…なのかもしれませんが…。

【追記】凸凹地図には カシミール3D+数値地図5mメッシュ を使用しました。
【場所】葛飾区東四つ木あたりです。

昭和の欠片景

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江戸川区の東瑞江で撮った写真です。長屋の片側を取り壊した際の傷口がまだ生々しく見える状態です。
地下鉄新宿線の瑞江駅に降り立ったのは、おそらく初めてのことです。ホームから地上に出たときに、どんな風景が待っているのか、想像もつかない状態でしたが、とにかく地上に出てみると、待っていたのは、中規模のビルが建ち並ぶ、ノッペリとした、何の特徴もない、いわゆる郊外の駅前風景でした。
「オッ」と思ったのは、駅近くに、地域給水用のかなり大きな円筒型タンクがドデンと居座っていたことくらいです。しば〜らく歩いても、やはり何の変哲もない、新建材戸建ての街が途切れません。
「これは面白くない!」と、引き返しそうになった頃でした。やっと、何やら気になる四角い煙突が見えてきました。ヤレていますが、どうやら銭湯の煙突のようです。銭湯の煙突は、町歩きの強い味方です(^^; 歩を早め、まっしぐらに、その煙突を目差しました。すると、その周囲に、やはり残っていました。所々ではありますが、昔の瑞江を想わせる建物が…。が、もうそれらは、現役遺跡(^^;という状態。周囲は、やはり新建材の建物で固められていました。
今日の写真は、そんな一画で撮ったものです。木造モルタル長屋の片割れです。周囲の家もすっかり取り壊されたようで、駐車場に囲まれた状態でした。したがって、皮肉にも、空間に余裕が感じられます。そして、まわりに、今風な家が写り込まないからでしょう。この場の性格が、この家に決定づけられ、昭和の匂いが強く漂っているのを感じました。ただ、乱暴で、もの悲しさ感じさせる風景であることには変わりありませんね。

【場所】江戸川区東瑞江あたりです。

見事なまでにグリーン一色の波形トタンハウスです。形状もまた良し...です。このグリーンハウスは、一昨日アップした「旧カフェー街」の近くにたっていて、現在は、洋品店として使われています。
昨年の春頃までは、グリーンハウスの手前と右側の空き地にも店が残っていたようです。その店が残っていたら、こうして、全景を撮ることはできなかったわけです。が、やはり、路地のある区画が消えたことのほうが惜しい...と思ってしまいます。
この旧カフェー街にも、再開発の大波が寄せているようで、すでに、このすぐ近くでも、同様の店の跡地に、高層のマンションが完成間近という状態です。このグリーンハウスのある一画も、こうして歯抜け状態になっているところを見ると、そう遠からず...という気がしてきます。
このグリーンハウス、昼間見る姿は愛らしいのですが、夜になると色が濃く見えるせいか、トタンではなく、波形鋼鉄によるミニ要塞のようにも見えてきます。再開発の大波に飲み込まれまいと、身構え、孤軍奮闘しているのでは?と思うと、なんだか、愛らしい...などと言っていられなくなります...ませんか?(^^;

【追記】斜め正面からの写真を追加しました。
【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

中川眺望

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帰宅後、ブログを巡回していると、「千住新橋・遠望」なるエントリーに遭遇。たまたま、中川の風景をアップしようかすまいか…などと迷っていたところでしたので、「おお、関連エントリーにもなる」と、アップを即決。
東京で、いちばんクネクネと蛇行している中川。地図では、それをよく知っていても、近くの住人でもないかぎり、なかなか見る機会のない、その姿です。この見事な曲がりっぷり(^^;をとくとご覧ください(^^;

ところで、左の橋は青砥橋。右の奥に小さくチラリと見えるのが奥戸橋です。撮影したのは、青砥駅近くの河岸からです。Google Earthでは、<35°44'39.20"N 139°51'24.83"E> の地点から。
そして、ついで…と言っては何ですが、キヤノンのフォトステッチというソフトで連結したパノラマにした写真もアップしておきます。

【場所】葛飾区青戸1丁目あたりです。

旧カフェー街で

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ここは、新小岩駅南口の、かなり長いアーケード商店街を抜けてすぐの所にある横丁です。居酒屋やスナックなどは、とかく、駅前の一画に、もっとごちゃごちゃした状態で寄り集まっているものですが、ここでは、そうした店が、駅からかなり離れた場所に、わりと空間に余裕を感じさせる状態で、並んでいました。
ここを通りかかったのは、午後の四時頃でしたが、寿司屋の看板が点灯しているだけで、まだ大半の店がドアを閉ざしていました。空には十分な明るさが残っていましたが、この横丁に入ると、仄暗さと仄明るさが入り混じったような状態で、なんとなく、他所とは違う気配が漂っているように感じられます。
地元の方の話によれば、このあたりは、昔、赤線と呼ばれていたところで、カフェーが連なっていた…と言います。後日、ネットや本で調べてみましたが、それは確かなことのようです。ここで感じられた独特の気配が、その残り香…とまでは言いませんが、街の履歴というものは、よほど大規模な再開発に晒されないかぎり、どこからともなく匂い立つように現れるものなのかな?と感じた次第です。どことなく…なのです。

【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

すごい金物店

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昨日のエントリーで触れた、四つ木の商店街にあった金物屋さんです。こちらは、ちょっと通り過ぎるわけにいきませんでした。このごちゃごちゃぶり…。ここまでくると、実に楽しいですね。しかも、店内空間を、立体的に、有効に使ってあります。そして、正面から見たときに、それらが重なりあわないように、ちゃんと計算もされています(^^;
それらを見ていくと、看板は金物店となっていますが、実際には、かなり営業種目の多いお店のようです。なんとなく、よろず屋という看板のほうが相応しいような…。きっと、お客さんの要望に耳を傾け、それらを次々と取り込んでみたらこうなった…という典型なのでしょうね。まさに地元密着型。
この四つ木というところは、よほど、刃物研ぎ、合鍵作り、電池交換、ビデオダビング、などの需要がある所なんでしょうか…(^^; しかし!…スキンまで売ってる金物屋さんは、日本全国探しても、そうは無いぞ!(^^;
いや〜とにかく楽しい金物屋さんです。折りを見て、じっくりとご主人のお話でも聞きながら、店内を探検してみたいものです。ほんとに素晴らしいの一語。参りました。自分の部屋も、こんなふうに散らかせば良いんだな〜きっと…(^^;

【場所】葛飾区四つ木1丁目あたりです。

東四つ木3丁目

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葛飾区の中央を東西に蛇行する中川。その川沿いの風景がどんなものか? 気にはなっていたのですが、なかなか行く機会がありませんでした。そこで、今日、中川を目差して家を出ました。京成線の四つ木で降りて、南下し、中川に沿って青砥まで歩こう...という積もりでした。が、四つ木の駅を出ると、もうダメです。朽ちた色の下見張りが呼んでいます(^^; それに誘われて、南ではなく北へ...。すると、すぐに古い商店街に出ました。ひと目見ただけで、「こりゃ寂れてるわい」という感じ。なんだか見て歩くのが申し訳ないくらいで...。が、いまのうち...と思える建物が目白押しです。
そんなわけで、商店街を出たり入ったりしながら、写真を撮りはじめてしまい、いつの間にやら、そこで日没を迎えてしまいました。青砥まで...どころじゃありません(^^;
と、ここまで書いてきて、今日の写真は、その商店街で撮ったものではありません(^^; 四つ木には、以前、墨田区から橋を渡って来たことがありますが、その時は、四つ木に着いた時間が遅く、もう真っ暗に近い状態でした。が、その時に見た風景が忘れられず、まだ空に明るさが残っているうちに、あの風景をもういちど見ておきたい...と思い、急ぎ足でそちらに向かいました。前回、四つ木を訪れたのは、昨年の8月27日のことでした(関連エントリー)。あれから、まだ4ヶ月しか経っていません。しかし、驚くことに、その4ヶ月間のうちに、かなり更地が増えています。例えば、関連エントリーの中央の写真に写っている建物も消えていました。今日の写真に写っている建物も、次回訪れるときにはどうなっていることやら...です。

【場所】葛飾区東四つ木3丁目あたりです。

鈴木たばこ店

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総武線・新小岩駅の北口を出て、駅前から伸びる道を、そのままちょっと歩いたところに、突然、枝を張り、葉を繁らせた大樹が見えてきます。その樹の根元に目をおろすと、この鈴木たばこ店があります。見た目には、まるで、樹を利用して造り付けられたかのようです。が、部分的にモルタルが剥げ落ち、木材の骨組みが露出しています。ヤレかたはかなりのもの…。それだけに…と言うとあんまりかもしれませんが、なんとも言えない味があります。しかも、樹と家屋の両方にツタがまつわり付いているため、樹との一体感がより強調されているようです。このテキトーさ加減には、なんとなく、南の島や東南アジアの感覚を思い起こします。まずはそこに惹かれてしまいました。
ところで、このたばこ店ですが、営業を始めたのは40年ほど前とのことです。が、この建物がその時に建てられたものとは思えません。この古さです。この辺りは戦災による消失を逃れていますから、やはり、戦前の建物を引き継いで、たばこ店を開店なさった…というところでしょうか…。そんなこと、聞いてくるべきでした(^^;

【場所】葛飾区東新小岩あたりです。

中島自転車商会

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新小岩駅の南口を出ると、正面に、真っ直ぐに南に向かって伸びるアーケード商店街があります。昔からの商店が連なる道のうえに、とかく妙に張り切ったデザインの屋根をつけたという…どこの街にもよくあるやつです。
その商店街、さほど長く続いているわけではないのですが、南端あたりに行くと、なんと区境を越えて、葛飾区から江戸川区に入ります。ひとつの商店街が2区にまたがる…なんて例は、他にもちょくちょく見られるものなのでしょうか? もしや区境の変更が生んだものか?と思い、東京が35区になった昭和7年の地図にあたってみましたが、区境は現在と同じです。ま、地続きですから、こんなこともあるのでしょうね(^^;
そんな商店街の外れに、この中島自転車商会の建物がありました。その筋では有名な建物のようで、以前に、どこかのサイトで写真を見た記憶があります。目にした途端に「あ、これか!」という感じでした。古そうです。時代を感じさせます。上方にアーケードの屋根が見えるせいか、なんだか博物館のなかにある建物のようにも感じられます。出来すぎなくらいですね。
この辺りは、戦災で焼けていませんから、おそらくは戦前の建物なのでしょう。よくも雰囲気を損なうことなく残っていたものです。拍手ものですね。

【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

ワビオウ

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新小岩に行ってきました。総武線の車内から街の様子を見るかぎり、新小岩あたりは、すでに再開発が進み、大小様々な規模のマンションが林立していて、もう古い建物などはみじんも残っていないように感じられます。そんなわけで、これまでは、新小岩は通過していました。しかし、新小岩と言えば、昔は、南の町外れ(実際には隣区になる)に遊郭もあり、永井荷風も足を伸ばしたと聞きます。何も無いということはないだろう...が、ま、何も無ければ無いで...と思い、とにかく歩いてみました。
駅に降り立ってみると、なんとなく、「無い」ほうの予想が当たったかな?という感じです。が、何も無ければ、中川の風景でも見て帰ろう...と思っていましたから、さほどどうとも思わず、とにかく北に向かって歩を進めました。が、やはり、電車の窓から見ただけでは分からないものです。途中、「暗渠化された川だな」と、すぐにわかる遊歩道を横目に、「これは旧道かな?」と思しき道を選んで進んでいくと、けっこう古い建物が点在しています。そして、まったく思いもかけないところで、突然に目の前に現れたのが、今日の写真の建物です。
いや〜もう、その素晴らしさに、力が抜けて、その場に座り込んでしまいそうでした。もう絶品ですね。このワビオウにあっては、あのサビオウも、うかうかしていられません(^^; いい勝負です。いや...もしかすると、こちらに軍配が上がるかも?ですね。とにかく魅力の塊。参りました。しかも、これ、現役です。
近所の方の話では、こちら、住居として使われているだけで、煙突から想像するようなご商売はなさっていないそうです。が、どう見ても、この裏手の部分は、昔は、何か火を使う仕事場にでもなっていたのでしょうね。それにしても...新小岩、あなどれません。

【追記】画像を追加しました。左から見るとこんな感じです。
【場所】葛飾区東新小岩あたりです。

菊坂の階段

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遠出する時間がなかったので、夕方になって、近所をぐるりとひとまわりしてきました。近所と言えば、言わずと知れた菊坂です。
拙ブログを始めた頃に比べると、菊坂も変わりました。こんなに変わってよいのかな?と思うくらいに...。ま、それでも、ひっそりとした穏やかな空気感は、まだ感じられ、歩いているだけで、気分が安らぐ町であることに、大きな変化はありません。

今日の写真は、菊坂の下道から、上道へとつづく階段を撮ったものです。それぞれに、階段の雰囲気を撮ったつもりでしたが、こうして2枚を並べてみると、思いがけず、上道と下道との、場所による高低差の違いを表していることに気づきました。
菊坂通りは、本郷三丁目あたりから菊坂下にかけて、なだらかに下っています。その菊坂通りが、途中から分岐し、その地点から、菊坂通りのつづきを上道、がくんと1段低くなっているほうを下道と呼びます。
1段低い下道は、上道と並行に、ほぼ平坦に伸びていますが、上道のほうは、なだらかに下っています。したがって、菊坂下に近づくほど、高度が低くなります。ということは、菊坂下から遠くなるほど、上道と下道の高低差が大きく、菊坂下に近づくほど、その高低差が小さくなります。
いや〜文字にするとややこしいですね〜。が、まあ、そんなわけで、左の写真は、菊坂下に近いほうの階段、右の写真は、菊坂下から遠いほうの階段、ということになります。だからどうした?と言われると、返答に窮するのですが...(^^;

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

かこのいま

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ここは、川越街道沿い。和光市から朝霞市に入ってすぐの地点です。

この辺りの様子については、まったく知りませんが、この場所は、地図で見るかぎり、和光駅と朝霞駅の中間にあって、およそ街の中心からは離れています。いわゆる町はずれ的なところです。そこに、こうした、飲食店が入ることを前提としたような建物がポツンと建っていました。

現在は、川越街道(新道)を挟んで反対側に、陸上自衛隊朝霞駐屯地の広大な施設がひろがっています。もしや、その駐屯地に住む、自衛官をアテにしたものなのでしょうか? が、実は、その駐屯地の歴史もわかりませんし、この建物の築年もわかりませんので、その想像が当たっているものやら?外れているものうやら?という状態です。

とにかく、どう見ても、繁盛している感じはしません。かなり寂れた感じがします。が、キャンバス地やシャッターのペイントが新しい店もあります。この写真には写っていませんが、もっと右のほうにも店がつながっていて、そちらには、注連飾りも見えました。

ぱっと見ると「廃屋か?」という印象ですが、よく見てみると、実は、夜になると、けっこうお客があるのかな?というふうにも見えます。なんとも妙な、やや怪しい感じのする建物でした。立地が立地だけに、まさか、亡霊の溜まり場ではないだろうな〜^^;という感じで...。

ま、冗談はともかく、この建物、幹線道路沿いに建てる建物ではなさそうに思えてなりません。細い路地沿いに建っているのなら頷けますが...。ともかく、この風景、かなり語りかけてくるものがありました。

【場所】埼玉県朝霞市栄町5丁目あたりです。

巨大熊手で招福

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さて、お正月二日目は、日本一の巨大熊手にしました。お立ち寄りいただく皆様と一緒に、今年の福をかき寄せよう!という招福エントリーです。なんせ、こいつはデカ過ぎて、ひとりでは、福をかき寄せようにもかき寄せられそうもありません。この熊手の強大な威力を発揮させるためには、どうしても、どなたかにお力添えいただかなくてはならない…というわけです。と、まあ、そのように、勝手に解釈してのエントリーです(^^;
ところで、この熊手ですが、千束3丁目にある、昔から、こういったものを作っていらっしゃる職人さんの家の前で撮らせていただいたものです。千束3丁目ということは、そうですね、吉原(4丁目)のすぐ隣り…ということになります。また、熊手を境内に並べ、威勢のいいかけ声とともに売ることで有名な鷲神社もすぐそばです。この手の熊手は吉原の必需品でもあったことも考え合わせると、やはり、ここでも歴史は生きていますね。

この熊手、実は、大き過ぎて、売り物にはならないそうです。なんでも、台東区に寄贈されるとか…。そして、おそらく日本一の大きさだろうということでした。とにかく、背の高さ・重さも相当なもので、大人2人でやっと運べる…というサイズです。これを斜めにして、家のなかに入れるところを見ていたのですが、大人がもうひとり加わってやっと…という状態でした。
なんでも、この熊手、僕が通りかかり、この写真を撮らせていただく直前まで、NHKの取材陣が撮影していた…とのことで、それは今月13日の「新日本紀行」で放映される…とのことでした。
それから、もうひとつ気づいたことがあります。鷲神社のうえに「浅草田甫」の文字が入っていました。こんなところからも、吉原周辺には、昔、田甫風景が広がっていたのであろうことが偲ばれますね。

さてさて、ま、そんなことはともかく…本年も、この熊手を使っての招福に、お手をお貸しいただきたく…。皆様、よろしくお願いいたしますm(__)m

【場所】台東区千束3丁目あたりです。

わがやのお雑煮

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玉井さんのこちらのエントリーに端を発した「わがやのお雑煮大会」への参加エントリーです。
僕は山口県の出身で、わがやのお雑煮と言えば、鰹昆布だしのつゆに、丸餅・鶏肉・かぶ・にんじん・青み野菜など(鶏肉は入っていなかったかもしれません)を入れ、お鍋で煮たものでした。お椀に盛って食卓に置かれるころには、餅はかなり溶けて、つゆがドロドロに近い状態になっていました。これは、父が胃の弱い人であったため、母が何でも柔らかくしていた…ということも手伝っていましたが…。僕は、このどろどろ雑煮が好きになれず、正月になると、「あ、またあの雑煮か…」と、ちょっと憂鬱になっていたものでした。
が、家内の家では、澄んだつゆに焼いた角餅が入った、基本的には関東風の雑煮が出されていました。なかには、合鴨と小松菜だけが入っています。これが、合鴨のコクと脂が出て、とても美味しいのです。それまでの雑煮は何だったのか?と思うくらいに…。
そんなわけで、わがやのお雑煮は、家内の家のお雑煮を、そのまま引き継ぐことになりました。が、その雑煮が食卓にのる正月も、もう30回以上になりすので、いまでは、すっかり「わがやのお雑煮」という顔になりました。いまや、この雑煮以外は考えられません。
だしは、鰹節・さば節・昆布・椎茸などからとったものです。と言うと、いかにも手をかけているように聞こえますが、実は、これ、手抜きをして、京都・七味家さんの「おばんざいのもと」を使います。なぜ京都の?とお思いかもしれませんが、実は、家内の母は京都出身でした。それで、わがやの食には、京都の食が、かなり進出している…というわけです。

【追記】合鴨ですが、主に出汁と脂を目的とした胸肉と、食べることを主眼としたロースを混ぜて使うと結果が良いそうです。また、店により品質にかなりバラつきがあるそうですので、お店の選択は重要…とのことです。(家内談)

2007年幕開け

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実は、僕は、喪中でして…「明けましておめでとうございます」とは言えないことに、建前上は、なっています(^^; でも、言ってしまいましたね(^^; 今年も、どうぞ宜しくお願いいたします。

てなわけで…ということもありませんが、昨夕は、久々に新宿に行き、ざっとCD・DVDショップをまわってきました。
ブログを運営していますと、いろいろな方々とお話させていただく機会があるわけですが、とにかく、僕は、あまりに映画を観ていない…ということを痛感させられます。その反省から、今年は、少しはその凹を埋めよう…というわけです。

この写真は、ディスクユニオンのジャズ館から、新宿三丁目の駅に向かっているときに撮ったものです。伊勢丹の交差点で信号待ちをしていると、右手からSMAPの宣伝トラックがやってきました。こいつは、ちょっと正面から撮りたい…と思い、左折するトラックを追って、左に歩き始めました。すると、デジカメでの構図決めに集中するあまりか? 背後にトラックが迫っていることなどお構いなしに、トラックの前に仁王立ちする人の姿が…。トラックのほうも、宣伝に走り回っているだけですから、先を急ぐわけでもなし…じっと停止して、撮影が終わるのを待っています。で、結局、トラックそのものよりも、この光景のほうが、なんとなくトボケた感じで面白く、僕もその場に留まり、シャッターボタンを押してきた…というわけです。
写真を撮っているときは、この人のように、つい正面の出来事に夢中になり、左右や背後のことは忘れがちになります。これは、年のはじめの、自戒を込めてのエントリーでもありますね(^^; 今年も、街を歩くときには、十分気をつけなくては…です。

【場所】新宿区新宿3丁目あたりです。



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