洲崎の生き残り

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意外と寒い日でしたね。今日は、東陽町に居ました。東陽町と言えば、やはり州崎…という地名を思い浮かべます。

以下は、google検索でヒットした『東京紅団』さんのサイトから抜粋させていただいたものですが、それによれば、「現在の東陽1丁目は、住居表示制度実施前は深川洲崎弁天町1丁目及び2丁目で、明治19年、根津遊廓の移転のために海面を埋立てて造成したところ」とのことです。詳しくは、同サイトの洲崎遊廓跡を歩くを参照していただければ…と思います。

と、まあ、そういった背景を持つ町ですが、いま歩いてみると、再開発が進み、とてもそんな匂いは感じられません。が、そんな状況にあっても、州崎当時の建物が2、3は残っていました。それらは、昔からこの地に在った建物なのですが、実際に現地に立ってみると、「この土地にはそぐわない…」という、逆転した感覚に捕らわれてしまいます。今となっては…というやつです。
今日の写真も、そんな生き残りの1軒です。現在は、八百屋さんとして使われています。しかし、異彩を放つ…とはこのこと…。周囲とはかけ離れた匂いをまき散らすその姿に圧倒されて帰ってきました。ほんとに…見ているだけで体力を消耗します(^^;
ところで、この八百屋さんですが、辺りが暗くなってから見せる表情にもたまらないものがありました…。"東陽亜細亜景" ですね〜こうなると…。

【場所】江東区東陽1丁目あたりです。

コメント(21)

masaさん、はじめまして。
エントリーのおもしろさと併せて、お写真が素晴らしいので(おそらくご専門の方では?と思いつつ)、先ごろより拝見させていただいておりました。
僕も先日、昼の時間帯にこの付近に立っておりまして、八百屋さんの佇まいに惚れシャッターを切りました。

ところで、暗くなってからの表情にも圧倒されますね。さすがお見事な写真です。

>M.Niijimaさん
こちらこそ、はじめまして。コメントをありがとうございました。いま、M.Niijimaさんのブログのごく一部を拝見しました。それだけで、真摯に写真に取り組んでいらっしゃることが伝わってきました。今日は、もう時間がありません。M.Niijimaさんのブログをしっかり拝見した後に、もういちどお返事差し上げようと思います。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

洲崎が根津の移転で始まったということを迂闊にも知りませんでした。なるほど〜。
グレイの色彩の中に灯る裸電球。空気の色もうつっています。横のところでひねるタイプのスイッチでしょうか。この八百屋さんは、こんなふうなたたずまいについて、多分とても淡々とふつうに思っていらっしゃるのでしょう。

>braryさん
根津->州崎ってのは、実は、僕も、じんた堂さんという方と深川を歩いているときに、彼の口から出た説明で知ったのでした。
この建物の姿ですが、braryさんが仰るように、特にどうするでもなく、フツーに使われていることが、逆に魅力を増しているのでは…と、僕も思いました。これが、有形文化財に指定されたりすると(ま、建物の性格上ありえないでしょうが(^^;)、妙にペラペラしてきますよね。ところで、最近、チャリを見ると、ブランドをチェックするようになりました(^^;

この写真を見ると、当時の建物がちゃんと残されているのがわかりますね。ブルーシートと同じブルーに塗ってあるのが面白いというかもったいないというべきか。
ところで、黒沢の映画の脚本などを書いた脚本家にして、植草甚一の従兄弟である植草圭之助の自伝的小説「冬の花悠子」は、たしか洲崎遊郭を舞台にしています。この遊郭にいた悠子に本気で惚れて、命がけで足抜きをさせるというもので、遊郭とはどんなものだったかがわかったように思いました。吉原と同じように、堀が巡らされていたようです。

以前、小生もこのあたりを歩いたことがあります。
この八百屋さんの二階のデザインが、柱間ごとに微妙にバリエーションを変えていておもしろいです。
少し先には、「大賀(タイガー)」という建物があってそれは当時とほとんど変わっていませんね。今は某政党の事務所になっているのでびっくりします。
明治期の洲崎遊郭は、ここに出島のように飛び出していたようですが、その後埋め立てられて、陸地化しています。戦後は「洲崎パラダイス」と呼ばれるようになりますが、川島雄三監督の「洲崎パラダイス 赤信号」という映画があって、DVDで見られます。新玉三千代さんがすごく色っぽいです。当時は、舟の行き来する水路があり、電飾のアーチを埋め立て現場へ向けて、ひっきりなしにトラックが砂煙を上げて走っていたようです。
玉ノ井や鳩の街と同様、ほとんど痕跡を残さず、変化してしまった街ですね。

masaさん、玉井さん、こんばんは、
洲崎は、昨年の深川散歩でご案内したかった場所でしたが、あのときは時間切れで残念でした。戦後の洲崎は、海に向かって大通りの右側に住宅、左側に特飲街があったそうです。すでに胸の振り子さんがコメントされていますが、映画「洲崎パラダイス」の舞台となった地です。数年前までは、大賀の奥に旧遊郭(特飲街)時代の建物が三軒ほど並んでいましたが、いまは大賀を残して皆マンションになってしまいました。

ところで洲崎の入り口にあった橋はもうありませんが、その手前にあるかつての川に沿ってある地域は、いまなお原作の芝木好子の小説「洲崎パラダイス」の面影があるような気がします。このことは木村聡「赤線跡を歩く」でも同じような印象を書いてあります。だからといって、すぐに本屋へ駆け込まないで下さいね、文庫本ですが芝木好子「洲崎パラダイス」、4月末の谷根千一箱古本市に持っていきます。また玉井さんが紹介された植草圭之助の名は全く知りませんでした、今度見つけたら読んでみます。

>玉井さん
コメントをありがとうございます。この建物を最初に見たときは、「あ、ブルーのタイル張り」と思ったのですが、実際には塗装でした。玉井さんの仰る通り…ですね。
植草圭之助の小説「冬の花悠子」について教えてくださいまして、ありがとうございます。ぜひ読んでみたいと思います。下手をすると、こんどは州崎ミニダイブ…などにつながるのでは?(^^;なんて心配しています。

>胸の振り子さん
こんばんわ。州崎を舞台にした映画をご紹介くださいまして、ありがとうございます。やはり、これは観なければ…と思います。この日、「大賀」(タイガーと読むとは知りませんでした)も見てきました。仰るように、某政党の看板が掲げられ、なんとも…な感じでした。次ぎに、いただいたコメントに関連したエントリーをアップしようと思います。コメントをありがとうございました。

>じんた堂さん
こんばんわ。いつも、貧弱内容のエントリーを滋養豊富なものにしていただき、感謝しています。じんた堂さんとの深川散歩のおかげで、今回、江東を歩いていても「あ、橋があるな…」などと、ピンとくるようになりました。が芝木好子「洲崎パラダイス」は、反則でしょうが、いまから予約させていただきます(^^;
ところで、じんた堂さんと胸の踊り子さんのエントリーに反応し、次ぎのエントリーでは、「かつての川に沿ってある一画」の写真をアップすることにしました。コメントをありがとうございました。

いや〜とうとうこられましたね、この秘境の地に?私生まれも育ちもこの洲崎の隣町です。
 驚きました、でも皆さんよくご存知で、じんた堂さんがおっ
しゃるとおり映画洲崎パラダイスでも橋の手前に有るボートの
乗り場は不動産屋の建物が使用され今も残っております、それ
と映画「忍ぶ河」で少し洲崎橋が写ってたと思います。学生時
に同級生がここに下宿しており遊びに行きました
その家は中心に庭が有りその周りを囲む様に廊下が有ってその
廊下に沿って部屋がたしか四畳半だったなー

 

あら〜、芝木好子の本は古本屋さんなどでずい分買って今でも処分せずに持っているのです。この「洲崎パラダイス」は知りませんです。masaさんが手に入れてしまわれるのですか〜?次私に譲ってください(^^;。先越された・・・。若い頃でしたから多分遊郭の話は避けたのでしょう。アースダイブも時期が合ったら参加したいです。neonさんにもお会いできるような気がします。

>仁さん
こんにちわ。仁さんはこの辺りの方だったのですか〜。どこに行っても地元の方の目がありますから(ま、当たり前ですね(^^;)、うかつな歩き方・撮り方はできませんね〜。冷や汗が出ます。
その不動産屋さんって、もしや、16日付けでアップした写真のもう少し左にあるお店でしょうか…。とにかく、地元の方に聞き込みする以外に得られないエピソードを残していただき、本当にありがとうございます。

>aiさん
こんにちわ。いや〜芝木好子さんのお書きになったものを1冊も読んでいないワタクシメがゲットしてしまう…というのも気が引けますが、「醜いジジイ!」と言われようがどうなろうが、ここはなりふり構わず(^^; つばつけてしまいます(^^;
アースダイビングにaiさんご参加…ということになると、北から南から…という感じで、盛大な感じがしてきますね〜。いよいよ全国的な拡がりを見せることになります(^^; ぜひご参加を! neonさんは御父上ことがありますら…微妙なところなのかな?と思いますが…。

いえいえ3月のアースダイブは企画があって出かけることはできません。
この洲崎かいわいであったら参加したいです〜。
今は芝木好子さんの本はほとんど店頭にはないとおもいますから、それは読みたいものがあったらゲットしておくべきですよね。
お読みになってからでいいですからね(^^;。と、次のツバをつけたつもりにになっています。

>aiさん
あ、そういうことでしたか〜、自分で「州崎ミニダイブ」なんて書いておきながら…失礼いたしました。芝木好子さんの本の件…は…はい、了解いたしました(^^; やんわりとねじ伏せられた感じですね〜(^^;

>玉井さん、皆様
このブルー部分ですが、再確認しましたら、細かいタイル貼りでした。

今日の夜、吉原炎上のTVがあり、久しぶりに、州崎のこと思い出しました。この町で、小さい頃、育ちました。子供には優しい町でした。友達に家(アパート)に遊びにいくと、玄関がすごーく大きく、なんか違和感がありましたが・・・・。階段も変に大きく、大きい廊下の左右にたくさんの部屋があったことが記憶にあります。遊郭がアパートになっていたんですね。昭和44年ごろまで住んでいましたが、離れてから25年ぐらいたってから気がつきました。
(注:このコメントは12月28日に頂いていましたが、管理者が、スパム駆除の際に誤って削除してしまい、再記入させていただきました。HUさん、大変失礼いたしました。お詫びいたします。by masa)

>HUさん
上にも書きましたが、大量のスパム駆除の際の不手際をお詫びいたします。
観月ありさ主演の「吉原炎上」…ありましたね〜。僕も「観ようかな〜」なんて思っていましたが、すっかり忘れてしまい、HUさんのコメントを見て「あ、しまった…」という感じです(^^;
ところで、昔の遊郭がアパートになっている例ってありますね。僕も、州崎で目にしました。たまたま会った地元の方が、そのアパートのことをよくご存じで、玄関のドアを開けて、なかを見せてもらったことがあります。こういった例は鳩の街でも目にしたことがあります。豆タイルを貼った柱のあるアパートってやつでした。
そういうことって、子供の頃はわかりませんが、後になって、貴重な体験であったことに気づきますよね。
コメントをありがとうございました。

州崎遊郭については、永井荷風が若干23歳の時に発表した「夢の女」で、叙情豊かに描かれています。明治36年の作品。

根津遊郭が州崎に移転したのが明治21年ですから、その15年後に発表された作品ということになります。

楼の部屋から州崎の美しい海が見通せて、客も舟で乗りつけることが多かったといいます。東京にもそんな情緒がまだあったのです。

>NAOさん
州崎を描いた荷風作品について教えていただき、ありがとうございました。こういう情報は貴重です。「夢の女」読んでみたいと思います。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。



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