根津遊郭の名残

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昨日、根津・千駄木・谷中あたりで、一箱古本市なる催しがあり、それに、じんた堂さんが参加なさるというので、僕も、午後になって、根津のオヨヨ書林という古書店前に、じんた堂さんをたずねました。そこでは、拙ブログにコメントをくださる菊坂の与太郎さんと、初めてお会いすることにもなっていました。
ま、そんなわけで、じんた堂さんの箱のまわりをウロウロしたり、じんた堂さんの休憩時間に、与太郎さんと3人でお茶にしたり...と、のんびりとした午後を過ごしてきました。
が、実は、一箱古本市を巡るお客さんの数が思ったよりも多く、じんた堂さんは、予想外に(^^;お忙しそうでした。したがって、あまりじんた堂さんにまつわりつくわけにもいかず(^^; 与太郎さんと、近所をかるく散歩することにしました。で、最初に向かったのが、根津遊郭唯一の名残...と言われていた建物です。それが今日の写真なんですが、実は、その建物があった場所に行ってみてビックリです。なんと、もう取り壊され、その跡には、すでに次の建物の柱が立っていました。そのショックで、散歩はそこで取りやめです(^^; いやはや...です。そんなわけで、とりあえず記録...という意味で、在りし日の姿をアップしておくことにしました。

【場所】文京区根津あたりです。

コメント(18)

ひと月前くらいに消滅してしまいました。
masaさんのこの写真は、実際の印象よりもずっと美しく、遺影という感じです。建物も喜ぶでしょう。

>neonさん
こんにちわ。そもそも、この建物の素性はneonさんから伺ったんでしたね〜。根津の重しのようなものが次々に消えてゆきますね…。
ここは、常に逆光になりますから、いつかきっちりした写真に…と思っているうちに消えてしまいました。ま、とかくそんなもんなんでしょうね〜。
ひと段落おつきになりましたら、ぜひneonさん流の画に…。

masaさん,こんにちは。根津遊廓の地域って随分広かったのですね。意外でした。masaさんがオヨヨ書林近辺にいた頃、たぶん私は一本隔てた東大職員宿舎跡にいました〜。

>ymdxaaaさん
こんばんわ〜。僕も、この建物にはかなり前から気づいていたのですが、相当に古い長屋…としか思っていませんでした。まさか遊郭の残党とは…です。が、前のお米屋さんのお話では、間違いないことのようですよ。
なんだか、この日は、いろんな方とニアミス状態になっているようですね(^^; 何かの機会にご挨拶できたら…と思っています。

出ましたな
此処は小さいくせに妙な存在感がありましたね
矢張り皆さんの目に留まっているようですなあ

二軒がひっそりと
肩寄せ合っているようで、逆光なのも日陰者な感じを盛り上げてくれますね

>GG-1さん
こんばんわ。2階部分の天井が低く、相当に古い長屋だろうな…と思ってはいました。僕が気づいたときは、すでに左側の一軒が取り壊された状態でしたので、「三軒長屋のまま残っていてくれたら…」と思いながら眺めたものです。確かに存在感がありましたね〜。

>左側の一軒が取り壊された状態
だったのですね!
2階の屋根のバランスが微妙なのは、単に古いからなのか?と思っていたのですが、合点がいきました。
そして左側(元真ん中)の2階の窓が、これまた不思議なパッチワーク状態であることも気になります。

あ〜、あの場所もなくなってしまったんですねぇ。
確か曙ハウス七人衆(−GG-1さん)と曙ハウス行く前にも寄りましたよね。
散歩にならないお気持ちお察しします。本当にまた一つです。

>M.Niijimaさん
こんばんわ〜。そうなんです。左側が空き地になってたんですよ。二階の窓部分ですが、窓の外に、腰をおろせるようになっています(この部分を何と呼んだか忘れました(^^;)。そこに女性が腰をおろし、客と話したり、見送ったりしたようです。(その部分がパッチワーク状に見えるでは?と思いますが…違いますか?(^^;)

>m-louisさん
そうなんですよ〜またひとつ…です。ここは、完全に油断して(^^;行きましたので、現地を見たときのショックはかなりのものでした。ほんとにビックリ・ガッカリしました。m-louisさん、また文章お願いいたします!(^^;

>masaさん >みなさんこんばんは
現場の工事案内板には、期間 平成19年3月22日から19年7月29日までとなっておりました与。当日はお世話になりました。masaか天保改革の頃からの存在だったらスゴイですね。やはり慶應四年、幕府陸軍奉行の許可からの名残なんでしょうかね〜? ウ〜ン、それでもスゴイ。そして、このようにその姿を見ることが出来スゴイ幸せです。 もう少し地元の調べが進んで来ると、道灌の件でまた訪れるだろうと感じております。また、色々教えて下さい。お蔭様でちょっと、エリアの広がった 菊坂の与太郎です。

>菊坂の与太郎さん
こばんわ。先日はお世話になりました。ありがとうございました。工事期間からすると、neonさんが書いていらっしゃるように、1月ほど前から…ということになりますね。具体的にそれを知ると、ますます悔しい気がしますね(^^; ところで、この長屋、真砂町にあった足軽長屋にも似て、江戸期っぽさを感じますが、どんなもんなんでしょうね〜。誰か調査に入ったのでしょうか…。入っていてくれると良いですね〜。

>masaさん みなさまコンニチハ
お蔭様でmasaさんのこの写真を見て、真砂町にあった足軽長屋を思い浮かべると、昔の空間が想像出来ますね。
masaさんも記録してくださっている、菊坂下道の10軒長屋関係の資料は、文京歴史建物の活用を考える会が中心
となり、まゆみチャンやひろみちゃんらが、記録を残してくれていました。ひょっとすると、この建物の記録も取ってあ
るかもかも知れません。 neonさん今度素性とかエピソードとかあったらまた訊かせてくださいね。  本郷 菊坂の与太郎

masaさん、みなさん、おはようございます。
まったく見れば見るほど味のでるお宅です。その在りし日のお姿を見ることができないとなると、masaさんがバランスよく切り取られたこの写真は、たいへん貴重なものになりますね。

ところで、わたくしがパッチワークに見えているのは、ベランダ?バルコニー?の手摺部分ではなく、その奥の窓だと思うのですよ。窓に格子がはいっていないでしょうか? そして格子を切った四角のひとつひとつがグレーだったり、薄茶、濃茶に見えるのです。
如何でしたでしょうか?

>菊坂の与太郎さん
こんばんわ。下道のほうの10軒長屋も危うい感じがしますね。あれが無くなったら、もう、菊坂は終わりかな?なんて思います。与太郎さんの肩にかかってますよ〜!(^^; よろしくお願いいたします。

>M.Niijimaさん
こんばんわ。やはりそうでしたか(^^;すみませんでした。ということで、元画像で確認してみましたら、Niijimaさんのご指摘通りです。窓の格子です。それも、下部のみ、結構目の細かい格子になっています。そして、ガラスが割れたところを、板や紙などを使って、てんでバラバラに補修されていました。ガラスが残っている部分もありますので、おっしゃるように、まさにパッチワーク状態です。自分で撮っておきながら、たいへん失礼いたしました(^^;

masaさん、とんでもございません。わざわざ元画像にあたってくださり恐縮です。
そうですか! 割れたガラスを所々補修されていたのですね。
実はまず目が飛んでいった先だったので、とても気になっていたのです。
これで今夜はよく眠れそうです(^^;

ありがとうございました。

>M.Niijimaさん
この長屋は、補修だらけで、建物のプロポーションを別にすると、昔を想わせるのは、Niijimaさんの視線がいった部分だけかも?ですね。そこだけは、女郎さんが腰をおろして…といった匂いを感じとれそうな気がします。



ninepeace.jpg




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