路上生活者の夏

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僕は、政治にはさほど興味がありませんし、社会派というわけでもありません。そんなわけですから、本来は、こうして、訳あって路上で生活している人に、カメラを向けるタイプではありません。が、この光景を目にしたとき、そういったことは、いったん棚にあげ、シャッターを切らずにはいられませんでした。
今日は、このところの暑さがひと段落し、多少しのぎやすい日でしたが、やはり、涼しい…というわけにはいかず、歩いていると、汗が肌をつたいます。多少大気の温度が下がっても、街を覆う造作物が蓄熱していて、それらが放射する熱で打ち消されてしまうような感じがします。やはり暑い…。
住む家のあるものは、汗ダクになったところが、帰宅して、シャワーを浴び、エアコンの効いた部屋で涼む…という生活が待っているわけですから、どんなに汗をかこうが、ま、どうということはありません。
しかし、路上で生活している人は、そうはいきません。せいぜい、公園や公衆便所の水道の水で身体を濡らし、清潔とは言えない布で拭き取るのが関の山でしょう…。となると、身体を動かさず、汗をかかない…というのがいちばんの暑さ対策です。この、椅子にすわってウトウトとする男性を見たときも、とても "涼んでいる" とは思えませんでした。暑い日には "動かないことがいちばんの節約" になるからこうしているのでは?としか思えません。動かなければ、喉も渇かないし汗もかかずに済みますから…。
しかし、この図が、簡素で妙に美しく感じられ、それだけに切なくもなってきます。以前にも書いたことがありますが、不安定なフリー生活をしていると、こういった図が、すぐ隣のことに感じられるようになり、人ごととは思えないんですね〜。

【場所】千代田区三崎町あたりです。

コメント(24)

ナイスショット!ですね。

鏡を見ている思いです。“不安定なフリー生活”、“安定した缶詰生活”、……。

鏡を見ているなんて、写真のお方に失礼な発言でした、すいません。

う〜ん、すばらしい!

>masaさん>cenさん、おはようございます
ホントに其の通りです。今は未成年者による路上生活者襲撃がニュースになる世の中ですが昔、路上生活者が子供を襲った事件が報道されていた頃、銀行に勤めている人の子供が、野外活動で近くの公園に行った帰り道、路上生活者の人を見て、事前に大人から聞いていたのでしょう「ああいう人は怠けているからいけないんだよ、働けばばいいのに。」と傍らを通る時大きな声で言いました、(寝ていたのか大事には至りませんでしたが)、「イヤそういう人も居るかもしれないけど中には働きたくても病気などになって働けなくってしまった人も大勢居るんだよ。だからそういう事は云わないで上げて。」って不甲斐無い弁護しか出来なかった過去の自分を冷や汗を持って思い出します。あの時、もっとしっかりこの問題について説明しておけばこのような世の中にならなかったのではと、生活設計をしっかり立ててきたのに、雇用形態が崩れてしまった今、その立場にある日突然追いやられた人や、明日はわが身と感じている小生にとってもこの光景を見ていると、わかっているのに何も出来ないでいる不甲斐無い自分に涙が出て来ます、同じく・・切実です。 明日は我が身 ・与

ん〜〜〜〜ん
隠遁生活・・・羨ましくも感じる・・・
masaさまの写真がステキだからですね?
納得♪

>cenさん
コメントをありがとうございます。こういう場面にカメラを向けるのは、失礼になるな…と思いながらも、最近、時々撮ってしまっています。でも、やはり、素敵(という言うのも変ですが)に見えるんですよね〜。

>菊坂の与太郎さん
コメントをありがとうございます。銀行員の子供さんの言葉、まさに強者の言葉ですね…。理屈は通っていそうですが、人を思う心の欠片もない…。僕も、こうした方々を見るにつけ、与太郎さんと同じく、歯がゆさや不甲斐なさを覚えます。勿論、自分に対して…です。いま動くことは、明日の自分に関して動くことに他ならない…と解っているのに…です。政治や行政を憂いたところで、何も解決しませんしね。いやはや…途方にくれます。が、途方にくれてる時間はない…という声も聞こえますしね。いや、切実です。

>chatnoirさん
ひと目に触れにくい場所であれば、隠遁…にも見えますね。しかし、都会では、淀める場所がどんどん排除され、隠遁が困難になってますね〜。とにかく、弱者により厳しい街にまっしぐら…という感じです。

大貧乏経験者としては 他人事と思えず コメントが 冷静に書けません。


傘の干し方 ペットボトルやバケツの位置 腰のずらしたお昼寝の仕方・・・全てに 無駄の無い定位置の美しさがあって この方の性格やしてこられたであろう職業も 仄見える気がしますね。

ガードしたに住まわれる方の一つのタイプですね。
壁の美しさが この方の住まいを引き立てています。
ビルの谷間だと こうは行かなかったのじゃないでしょうか?


朝一番に見ていましたのに コメントはやっと今になりました。

>光代さん
光代さんが大貧乏経験者とはとても思えないのですが、そのようにおっしゃってましたね〜。が、その反対にしか見えないところがさすがです。
この写真はアップしようかすまいか…やはり、しばらく考えました。が、ご指摘のように、シートなどや、絵の具を流す技法で描いた日本画よりよほどカッコイイと思われる背景、この方の、老子か?と思わせる風貌などに惹かれ、アップした次第です。

私もこの暑さの中で、路上生活者のことを毎日思わずにはいられません。
お風呂に入らないから毛穴が塞がって、熱が体内から発散されにくいでしょう。
熱中症で亡くなる人もいるでしょう。
そんなことをつらつら考えていると、路上生活者を生ずる社会の仕組み、ネットカフェ難民と呼ばれる若者たち、これからこの社会がどうなっていくのか……連想は果てしなく続き、熱帯夜にますます寝苦しくなってしまうのです。

わー、素晴らしい、映画っぽくてかっこいい!
僕の場合、(不謹慎にも)こういう写真を見ても「路上生活者」という言葉は一切浮かびません。

masaさん、
こんばんわ。いつも拝見させていただいています。今日の写真は、明日の我が身を見るようで辛くて切ないです。
街でこうした光景を目にするたびに、病気で仕事ができなくなった自分自身の現在の状況を重ね合わせて、
社会の不条理を嘆くことしかできない自分の非力さをしみじみと感じている今日この頃です。

いつの日か、人々に、とりわけ社会的弱者にもっともっと温かい心を持って、
みんなが助け合って生きていける世の中になるように願わずにはいられません。

この写真で、そういう気持ちを持たねばと、あらためて強く感じました。

>アンヌさん
こんばんわ。路上生活においては、寒さも辛いでしょうが、これは着込めば何とかなりそうです。が、暑さのほうは、裸になる以外ありませんから、これはかなり辛いでしょうね〜。屋外の仕事をした経験からも、そう感じるんです。
しかし、こうした境遇の人たちを無くす…なんてことは、国家予算レベルで考えれば、たやすいことでは?と思うのですが、そういった連中は、保身ばかり考えるのが常で、どうにもなりませんね。お坊ちゃんが外遊してる間に、どこかの女史がクーデターでも起こさないかな?なんて、けっこうマジで考えてしまいます(^^;

>妾番長 さん
おひさしぶりで〜す。番長さんも更新滞ってますね〜(^^;
映画っぽい…だなんて嬉しいお言葉をありがとうございます! しかし、「路上生活者」でないとすると、どんな単語を思い浮かべられるのやら? 興味津々(^^; ブコウスキーの方向でしょうか…。

>やっとα100 bodyだけ手に入れたpoor freeさん
こんばんわ。今回、ロンドンやオックスフォード、パリの街を歩いてみて思ったのですが、いまの日本というのは、様々な面において、画一的であろうとする傾向が強すぎるような気がします。多種多様であることが非能率である…少しでもはみ出したものははね除ける…と叫んでいるようにすら感じます。これは政治レベルだけではなく…です。
もう少し、バリエーションを受け入れることのできる、懐の深さを感じさせる文化・社会になってほしいものですね。このままでは、益々ペラペラな社会になってゆきそうで、うすら怖い感じがしますね…。

最近一人でふらつく時間がなかなか取れないため、写真もなかなか溜まりません。(^^;)
この写真は、ブコウスキーというよりタルコフスキーとかホウ・シャオシェン(台湾の映画監督)が浮かびます。
ただ、いつも絵面にしか反応しないので「路上生活者の人達は大変だ」のような考えには及ばないのが常です。
脱線しますが、僕は人一倍物忘れが激しいので、ある時本で調べてみたところ、それを防ぐには、いろいろなものとリンクさせて記憶するのが良いようです。
自分の性癖を省みて納得しました。

>妾番長 さん
引っ張り出してしまったようですね(^^;すみません。
そんで、タルコフスキーの名が登場ですか…。二三の方から、「タルコフスキーをご覧なさい」と言われながら、そのままになってますが、妾番長さんからも…ですから、これは観なくては!です。
ところで、僕も、多くの場合は、絵面反応型です。なので、コメントをいただいて…う〜んなるほど…という感じですね(^^;
記憶の方法ですが、リンクはリンクでも、視覚的イメージに絡めると良いと、昔から言いますよね。が、それでも僕はダメです(^^;

え!タルコフスキーをご存知ないとは、ある意味幸せ物です。
これから沢山感動できるはずなので。
いろいろな作品がありますが、絵面反応型の方には、「鏡」がお勧めです。
夢で見るような断片的なシーンの連なりでストーリーはほぼありません。

今まで掲載されてきた写真と異なり、うまく言えないんですが・・・人権問題というのでしょうか・・・今回の写真は問題ありの様な気がします。

>妾番長 さん
またまたありがとうございます。以前も何かお勧めいただき「よし!観るぞ!」と思いながら、そのまま…(^^;というのがありそうです(アリマス!(^^;)が、タルコフスキーはこの機会に…と思います。

>いつも楽しみに拝見している者ですsan
ご訪問いただき、ありがとうございます。この写真は、問題がない…と思ってエントリーしているわけではありません。確かに問題があります…様々の…。また、これまでエントリーしてきた写真のなかにも、多くの肖像権(人ばかりでなく)侵害のおそれのあるものがあります。
で、この写真にもどりますが、本当に問題なのは、こうして写真に撮れる、この光景を生み出すところにあると思います。この方は、カッコ良いと感じたこともあり、そういった問題に多少なりとも目を向けよう…という気持ちで、迷いながらもアップした次第です。

>masaさん >皆さん今晩は
肖像権侵害、エ〜!◎この写真からの問題提起を捕らえずして、写真の人物はどんな人なのか、なんという名前の人なのか、どんな過去を持った人なのかなどという詮索的な見方をすれば之、問題ありと捕らえてしまうかも知れませんね。でも、この写真を見てこの人の名前を知ろうとか、過去にかかわろうとか思いません。ちなみに小生にとって過去から引きずってきた心の傷(重荷)をこの画によってコメント出来とても、何か救われた一枚です。世の中の問題に蓋をして、目をそむけ見て見ぬ振りをすることの多い現代、このような光景が色々なところに点在する事が心を痛めます。このような光景が一つでも少なくなるといいですね。(但し、恒例の街のお掃除は、願い下げです。昔の強制代執行のような一時しのぎは人を不幸にするだけですから。)と思う与太郎です。
>いつも楽しみに拝見している者さんも、きっとmasaさんのことを心配して書いてくださったのでしょうね。
これからもmasaさんの視点を通して色々な事を教えて下さいね。楽しみにしています。 ・・・菊坂の与太郎

>菊坂の与太郎さん
僕の意図をしっかりと汲んでくださいまして、ありがとうございます。心から感謝いたします。僕も、世でフリーと呼ばれる、アパートを借りるにも不自由する状態になって20年以上が経とうとしています。来月までもつだろうか…という不安と戦ったことも度々です。そういう生活を経験しますと、路上生活をなさっている方々に、つい我が身を重ねていることがあります。いわば、この写真は、僕自身の鏡に映った姿のようにも思えます。
本当に、こういった境遇の方がひとりでも少なくなるのを願うばかりです。そして、逆に、もっと路上生活や水上生活のしやすい街になっても良いのでは?とも思います。
しかし、おっしゃいますように、あの"街の掃除"ってやつは実に腹立たしい行為ですね。執行担当者がとかく言いがちな「上からの指示だから仕方がない」などという言い訳は通用しないと思います。

写真の掲載には問題はつきものです。他人には侵されたくない肖像権や人権、人間としての尊厳等々。しかしながら、そんな奇麗ごとで済まされない社会の現実に心を痛め、そんな社会を少しでもよくする方向に民意を持っていくのは、こうした写真の力だと思います。人を想う気持ちを込めて撮られた写真には言葉で言い表せないそんな強い気持ちが読み取れるような気がします。ワタシは自分自身が仕事もなく毎月の病院代に二万円もかかり税金を滞納して苦しい生活を続けています。来月の生活もおぼつかない暮らしぶりになって既に数年。最近ではビンボー生活に免疫が出来てきましたが、心の隅にはいつも暗雲が垂れ込めています。ですから、この写真の持つ切実さを理解しているつもりですが・・・・・・。この写真には、「問題にされるべき問題」が込められていますね。とりとめないことを書いて失礼致しました。

>Will get a Carl Zeiss α Lens Someday Soon !! さん
僕の気持ちを深く理解してくださいまして、ありがとうございます。僕が、言葉で自分を表現できれば、きっとそうしているのでしょうが、言葉では、どうしても、それが出来ません。が、写真ですと、それがいくらか(と言っても、言葉よりずっとです)表現できる気がします。そして、写真には、常に、肖像権というものが絡んできます。これは宿命のようなもので、これを完全に回避しようと思えば、写真を撮ることを止めるしかないのが現状のようです。しかし、そうはできませんので、ディレンマを抱えながら撮りつづけている…というところです。したがって、撮った写真が、撮影者の想いを確実に伝えるものであるか否か…という、かなり漠然としたものが、ひとつのフルイになるような気がします。
書いてくださいましたように、この写真に写っている方の肖像権・人権…といったレイヤーは、すぐに問題として見えますが、この状況を生み出した問題についてのレイヤーは、見えない場合もあるようですね。
それにしても、「心の隅にはいつも暗雲が垂れ込めています」という一文に、心が痛みます。そういった重い気持ちでの日々が、僕にもありましたし、現在でも暗雲が、すぐそこで待機していますから…。手をとりあうことって大切ですね。改めて思います。



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