上中里のはずれ

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ここは、住居表記でいうと、上中里2丁目。区分地図などをご覧になれば、一目瞭然ですが、京浜東北線・上越新幹線と宇都宮線・高崎線、それと広大な操車場に囲まれた、陸の中州状態になっているところです。この中州のなかに、どんな風景がひろがっているのか、以前から気になっていたのですが、普段、足を運ぶ用のない場所ですから、なかなか訪れる機会がありませんでした。が、このところ、駒込界隈を歩いたせいもあって、以前に比べれば身近に感じられるようになっていました。そんなわけで、今日は、中里を歩いてみました。
実を言いますと、予想では、さして興味深い風景には出会えないだろう…と思っていました。が、もしそうだとしても、それが分かるだけでも…と思い、足を運んでみました。上野台地の崖の中途にある上中里の駅をこえて、崖下のフラットな中里の地に足をおろし(^^;歩行開始です。

しばらく歩いた印象は、「中途半端に再開発された住宅地で、予想がズバリ当たったな」というものでした。「早めに切り上げようか?」とさえ思ったのですが、「もう二度と来ることはないかもしれないから、とにかく歩いておこう」と、田端方向に向かって歩きはじめました。そして、上中里の南東の端あたりに差しかかったときです。再開発を待っているのか?とおぼしき空き地が見えてきました。が、近づいてみると、どうも再開発待ち…ではなさそうです。なかに立っている柱に書いてある文字を見ると「中里貝塚史跡広場」とあります。「おおっ、これが昨日、ブログで話題になった貝塚跡か!」と、ひとりコーフン(^^; このあたりから、俄然、中里が興味深いものになってきました。(貝塚についてはまた…)
そして、そこから100mほど離れた、やはり貝塚跡のすぐ隣に展開している風景が、今日の写真です。この落差には、なんとも唖然とします。この右手の建物は、操車場の一部のようです。そして、左手のモルタルアパートは、この近くの会社の寮だそうです。これが古色蒼然…というのか、殺伐…というのか、とにかく、その存在は、夕闇のなかで、迫力いっぱいでした。いまでは、かなり空き部屋があるようですが、部屋の電灯がついていることからもわかるように、まだ現役です。
ここに到達した頃には、すでに日が暮れきっていましたから、ここはもういちど行かねば…などと思っています。日本最大級の貝塚が隣にありますし、「もう二度と来ることはないかもしれないから…」どころではありませんでした(^^;

【場所】北区上中里2丁目あたりです。

コメント(10)

是非ふたたび・・・などとあえて言わずとも
masaさまは間違いなく行かれますね(^^♪
楽しみにさせていただきます(^^♪

masaさん、おはようございます!!朝からびっくりして大笑いしましたよ。昨晩、じつは、僕もGoogleMapとGoogleEarthを使いながら、この線路に囲まれた地域を見いていたのです。もともとは、荒川の堤防が決壊したときのハザードマップを見ていて、ふと、線路に囲まれたこの「中洲」状エリアが気になったわけです。外部世界とつながる道路も3箇所ありますし、陸橋もちゃんとありますね。変な言い方ですかけれど、ちょっとホッとしました(^^;;。幼稚園や保育園、コンビにや商店もありますが、こんな形で住宅地ができるってるのは、やはり開発されてきた過程が気になってしまいます。古い地図を順番に調べれば納得できるんでしょうが(たぶん、そこまではやらないでしょうね)。で、さらに驚いたのですが、この「中洲」のなかに、地図では「貝塚町会館」ってのがあります!!「上中里貝塚町会」という自治会がちゃんとあるんですね〜。昨日、コメント欄で貝塚の話しをして、こうやって本日、その場所のエントリーをネットで読むことができるってのは、なんとも幸せですね〜。masaさん、どうもありがとうございます。次回、台地(崖)の上にたって、縄文の海を幻視しながら、貝塚のあった場所をじっと眺めて妄想してみたいですね〜。交易のための干貝の生産工場があったわけですからね〜。いや〜、また楽しみが増えました。大森貝塚にもいきましたが、ここだけの話し、ぜんぜん冴えない感じの公園になっていました(まあ価値観の違いといえば、それまでですが・・・)。北区を歩くさいのテーマが、またまた増えました!!

>chatnoirさん
ありゃ、もう行動パターンを読まれているようですね。しかし…です。次回、中里貝塚に行ったら、笑みを浮かべた女性がひとり佇んでいて、「クロネコと申します〜」なんてことになったら、間違いなく心臓麻痺おこしますです(^^;

>wakkykenさん
いや〜この中州の話題で喜んでいただけるとは…嬉しいかぎりです。しかし、ここは昔は、崖下の海岸…なんて考えると、現在の中州状態とあいまって、やはりコーフンしますよね〜。海原も幻視してまいりましたよ。見えましたです、はっきりと…打ち寄せる波まで……。ここの貝塚広場は、埋め戻されただけ…という感じで、まだ生々しさが残っています。それだけに、妄想の対象としては状態が良いとも言えます。昨日は、蒸した牡蛎をよばれてきましたから(^^;(^^;
しかし、そういう観点に立てない場合は、なんてこともない町ですね(^^;

しかし、そういう観点に立てない場合は、なんてこともない町ですね(^^;>masaさん。masaに、そのとりですね〜((^0^)大爆笑)。でも、どんな経緯で中洲になったんでしょうね?線路が先か、人が先か。全国探しても、こんな形の「中洲」って、あまりないと思います。とりあえず、貝塚の続報、期待しています(今、外にいて、ローマ字入力で書いていますが、いまいち調子がでませんね〜…)。

>wakkykenさん
いや、笑っていただけましてようで…(^^; しかし、この笑いは、なかなか理解されないかも?ですね。
この中州ですが、貝塚があるくらいですし、江戸期以前から人の往来があった場所ですから、そこに線路が割り込んできたようですね。明治期の地図をみると、集落があり、田んぼだらけです。

masaさん、こんばんは。『川の地図辞典』、うっかり職場においてきたものですから、明治時代の中洲地域の状況確認できていません。「必携」なんですけどね。残念・・・。線路が後から入ってきて、農地が残って、その農地が住宅開発されいった・・・そんな過程でしょうかね。写真で見ましたが、この貝塚の厚みは4.5mもあるようで、かなりの迫力です。といっても、「なかなか理解されないかも」ですね、まっ、仕方ありません(^^;;。

>wakkykenさん
あ、川の地図辞典を忘れるとは…まだ修行がたりませぬ(^^; しかし、まあ、なんてこともない空き地に立った男が二人、異様にコーフンしてる図…というのも、ソートーに凄み迫力がありますでしょうね(^^;

そうそう、それも夕方から夜にかけて、です(^0^)。フェンスで囲まれた貝塚の跡地を前に、フェンスをつかんで「おおお、ううう・・・」とか唸っているとかなりマズイです。

>wakkykenさん
あああ、それはもう僕の想像を超える図です(^^; 怖い(^^;



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