東中野堤夜景

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所用で中野に行ってきました。その帰り道、中央線の窓から外を見ていると、東中野を出てしばらくした辺りに、ちょっと惹かれる建物群がありました。「そのうちに…」などと思いましたが、「そのうち」が、とかく、いつまで経っても「そのうち」でありつづけます(^^; というわけで、時間もあることだし、次の大久保駅で下車。来た方向と反対に歩きはじめました。
が、高架を走る電車から見える風景に辿りつく…というのは意外に大変です。結局、電車からは見えても、道からは見えず、徒労に終わることも多々です。目的の場所まで入り込めないケースや、角度が違うと全く印象が異なる…という場合もあります。
しかし、目的の建物や風景に辿り着けなくても、まず間違いなく、それに代わる風景に出会うことができます。町は必ず代替えを用意して待ってくれているようです。今日の風景も、その一例で、期待もしていなかったところで出くわした風景です。
ここは、もう東中野駅の近くです。外灯に照らされた家の前を左に行くと、すぐに土地がいち段高くなり、階段になっています。その階段を上ったところに駅があります。そして、ここを右に行くと、これまたすぐのところを神田川が流れています。ということは、この位置は、地形的に見て、神田川の河岸段丘の途中…ということになります。どうりでジメッとした空気に包まれていたわけです(^^; そして、向こうに聳えるのは、先頃の再開発により立てられた超高層のマンションです。実は、この右手に、同じような超高層マンションが、もう1棟建っています。しかし…、こうして見ると、なんだか、東中野堤…というよりは、東中野谷…という風景ですね。

【場所】中野区東中野1丁目あたりです。

コメント(12)

高架から見える景色に、徒歩でアクセスすると、に関しまして、うんうん、そうですよねぇ、と何度も首を縦に振ってしまいました(^^;
ところで今回の写真は、まるでmasaさんのためにライトアップされているようですね。
東中野駅から神田川へ降りる処は、断崖とも云えるような地形ですし、おもしろい構図のものが撮れそうですね。そして少し川を(南のほうへ)上り、大久保通りが渡る末広橋上は、西新宿の高層ビル群をひとまとめにフレームにいれる絶好の場所であったと思い出しました。
そして、その末広橋の西詰めから緑道公園のようなものが分岐していますが(川としては合流ですね)、今、「川の地図辞典」を捲ってみましたら桃園川の跡であると、この必携本が教えてくれました。(p268-269, p292)

>M.Niijimaさん
見る角度と距離が違うと、当たり前ですが、ほんとに風景が変わり、面食らうことがありますよね。
ところで、末広橋を教えてくださいまして、ありがとうございます。次回はぜひ、その橋上から西新宿の高層ビル群を眺めてみたいですね〜。しかし、仰いますように、「川の地図辞典」は便利ですね。僕もエントリー前に、現在と明治期の川筋をチェックしました。この辺りも、明治期にはかなりくねっていたものを直線化してるんですね。が、それにしては飛び地がありませんから、区間で土地交換をしたのかな?などと想像していました。「川の地図辞典」が出るまでは、こうはいきませんでしたね。

おはようございます。
ひとつの物語が出来そうな雰囲気ですね?
masaさまを呼んでいたのかも知れない・・・
だとすると本来の目的地へたどり着くための
プロローグ?
橋を通って・・・又ひとつ違った喜びが待っているかも・・・な〜んてね?

>chatnoirさん
こんにちわ。肉眼は自動調整して風景を見てしまいますから、実際にはこうは見えませんが、何とも奇妙な雰囲気が漂っていました。この向こうに待っているのが「喜び」であってくれると良いのですが…。橋から転落(^^;なんてことがないよう気をつけます。

masaさん、こんにちは。コレは非常にビックパワーを感じずにはいられまcen ! ちょっと今の京島と似ていますが、この瞬間のテリップショットは“メロっとさせます、さすがです”…

>cenさん
コメントをありがとうございます。仰るように、いまの京島にも似ていますよね。しかし、都内では、こうした風景が定番のようになっていきますね。こうなる理由が、頭では分かっても…ってやつですね。

東中野のこのあたり、かつて身内が住んでいたアパートがあり、よく行きました。おっしゃるとおり神田川の河川敷のような低湿地で、駅側が崖になっていまして、駅からアパートへ向う時は、なぜか陰気な気分になったものです(その身内は同棲相手とゴタゴタがあってそのトラブル解決のために何度も行き来したのですが、よけい心も足も重かったのを覚えております)。こう言っては今そこに住まれている人には悪いかもしれませんが、やはり低湿地はスラム街を形成する結果、特に日照の悪い西に崖を背負って立つ場所は、心も荒むような気がしました。いや、ハッピーに住われているかたもおられると思いますが。(^_^;)

ちなみに背後のビルは、かつて結婚式場として有名だった『日本閣』を再開発した跡地に立つ「ユニゾンタワー」ですね。住民の反対運動を押しきってガーンとぶったてました。
かつての日本閣の敷地には天然湧水を利用した滝もあったと言いますから、地形を巧みに利用した日本庭園が作られ、それが「売り」でもありました。日本閣はリニューアルして新しい建物で営業しているようですが、かつての名園はどうなったんでしょうね。

>館 淳一 さん
こんばんわ。コメントをありがとうございます。東中野という土地は、駅前の映画館に行ったことがある程度で、歩いたのは初めてに近いのですが、やはり川のある低湿地を整理して超高層…という、ミニヒルズ化を感じた次第です。それを間違いではない…と、裏付けていただいたような気がしています。ほんとに住人の方々には申し訳ないような気がしながら…。
そして、この超高層の建つ区画が、日本閣跡地…ということに、コメントいただいて気づいた次第です。そういえばありましたですね〜。場所は神田川沿いですし、「天然湧水を利用した滝」というのがやけに刺激的に響きます(^^; こんど、それを求めてダイブを試みたいとすら思います。

M.Niijimaさんが、久しぶり(そうでもないか?)に『川の地図辞典』をコメントに引いて下さいましたので、本書の売れ行きについてご報告。
岩波ブックセンターでは、1月度の「他版元(岩波書店ではない)」売り上げ書籍第1位だったそうで。書店長柴田氏の「神保町大好き」ブログで書いて頂きました。購入のため走って下さった方々、ありがとうございます!
東中野一丁目、おお!日本閣方面出口にはね、今の若い方は知らないだろうが(コン!)、飯田深雪、梁川剛、などの家があってそのそばを通り、私は「忘れられた朝鮮物作家」湯浅克衛のお宅に通って夫人から料理(キムチなど)を習ったのであります。改札口を出て反対側には新日本文学会がありました。もう跡形もありません! 低地でしたが、戦前から戦後の文化人の変容が見られる土地柄でした(ン、低地とどう結びつく?)。階段を降りて、ガタンと下の道に下りて新日本文学会に通った記憶がよみがえりました。私も「川の地図辞典」を見て、納得しました。

>川好きonnaさん
こんばんわ。いま、久々にgoogleで『川の地図辞典』を検索してみましたが、売れ行き好調を裏付けるように、かなりヒット数が増えていますね! なんだか自分のことのように嬉しいです(^^;
しかし、飯田深雪さんをはじめとする文化人がこの辺りにお住まいだったとは知りませんでした。僕が知っていますので、経済界の方ですが、先頃建て替えられた銀座越後屋のオウナー一族が日本閣裏手にお住まいでした。
それにしても、『川の地図辞典』はこんなときに便利です。これが無かったら、現在の地図と明治の地図をつきあわせる…なんてことは、とてもしていません。改めて感謝いたします!

おじゃまします。
友達が写真の近所に住んでおります。
中央線神田川の橋、東中野側は幽霊が出るそうです。
その他におばあさんの霊が出るマンションの非常階段、
浮浪者の霊が出ると言われている公園のトイレなど
東中野は実は心霊スポットの集まりだったりします。

>kozkozさん
こんにちわ。コメントをありがとうございます。東中野に心霊スポットが多い…とは知りませんでした。ここは「中央線神田川の橋、東中野側」に相当しますね。う〜ん、なにやら…寒気がしてきました(^^; 次回からは、撮影前に、いつも以上に、地霊に祈りを捧げることにします!



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