2008年4月アーカイブ

外根岸で

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ここは根岸です。が、根岸も5丁目…旧町名でいうと下根岸ですから、根岸もはずれ。最寄り駅も三ノ輪になります。

根岸には、戦災で焼失しなかった地区がありますが、それは3丁目あたり(旧中根岸)のことで、このあたり一帯は完全に焼失しています。ということは、写真右手の、古そうに見える長屋も、戦後の建物…ということになります。しかし、戦後の建物とはいえ、いまとなっては相当に古い部類に入ります。にもかかわらず、いちばん手前の部分を除いては、歯抜け部分もなく、全体がほぼオリジナルに近い状態にあるようです。

しかし、だからと言って、この建物が建てられた当時の匂いを感じ取るのは容易なことではありません。なんせ人々の生活ぶりが違っていますし、周囲の街パーツ(^^;が大きく異なっています。髪型や洋服を変えると、同じ人でも印象がかなり変わってしまうのと同じですね。と言いながら、道路から舗装を剥がしたり、クルマをどけたり、標識を抜き取ったり、電柱を木製にしてみたり、母親には和服で赤ん坊をおんぶさせてみるのですが、当時の様子を妄想できません(^^; 修行が足りないようです(^^;

【場所】台東区根岸5丁目あたりです。

根津儚景

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ここは根津です。左奥に明るく見えているのが不忍通りで、その辺りからは、もう根津駅入り口が見えます。そんな位置関係ですから、多くの人が通り抜けます。こういった通路も路地と呼ぶのでしょうが、ここを昼間見ると、いわゆる路地という言葉からくる雰囲気は感じられません。こうして、お店もあるにはありますが、商店裏の空間といったほうが適当だな...という感じです。
それが...です。夜になって、周囲が黒くつぶれ、小料理屋の灯りが店の前を照らすと、この空間の雰囲気は一気に変わります。照明デザイナーという職業が存在するわけですね(^^; ま、それはそれとして...。こうなると、なんだか夢のなかで見ているような儚さを感じます。浮世の儚さってやつですね〜(^^;
しかし、その儚さが、現実には、再開発の波にいつ飲み込まれるかわからない...というところにあるというのが、なんとも...なんですが(^^; ま、どちらにしても、存在とは危ういものですね。

ま、ともあれ、明日は、谷根千で一箱古本市があります。我らがじんた堂さんも参加なさいます。僕も、応援という名目で、邪魔をしに行くつもりです。もしかすると、旧藍染川あたりでの催しだけに、ビックリするようなゲストがいらっしゃるかも?とのこと...。これも楽しみです。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

1番街シルクロード

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昨日、シルクロード裏路地なるエントリーをしましたが、今日の写真は、その表側を撮ったものです。なんだかエントリーの順序が逆…という感じですが…。ま、とにかく、ここは、シルクロードの入口です。そして、このアーケードの奥のほうが赤羽駅方向になりますから、ここは、入口とは言っても、裏の入口…と言えそうです。

この日は、たまたま定休が多かったのか、ほとんどの店のシャッターが下りていて、営業していたのは、裏と表の入口近くの数店舗だけ…でした。そのせいで、ご覧のように、通路も暗く、活気がありません。
ここで目をひいたのが、左右の店の看板です。左のオレンジのキャノピーには魚豊と書かれていますが、ガラス戸には、中国語とおぼしき漢字が並んでいます。また、たまたま写っている女性ですが、どうも魚屋の店先とはしっくりこない雰囲気です。そして、右の店は、看板に電脳の文字があるように、なかを覗くと、パソコンや関連部品などが並んでいました。アキバの奥あたりにありそうな店構えで、ちょっとこの商店街とは不釣り合いな感じがします。その奥には、かなり古びた、昭和を思わせる店舗がつづいています。なにか微妙なズレを感じさせる空間です。

このシルクロードのみならず、赤羽1番街では、こうした、様々な意味での前線のぶつかり合いがあちこちで見られました。もしや、この商店街の活気のなさは、定休が多かったことだけが理由ではないかも?です。これは定休以外の日にも行ってこの目で確かめなくては…です。

【場所】北区赤羽1丁目あたりです。

シルクロード裏路地

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シルクロードといっても、赤羽駅東口にひろがる商店街・赤羽1番街にあるシルクロードのことです。
赤羽1番街と呼ばれる大きな商店街は、戦災で焼け野原となったこの一帯を復興するため、戦前からこの辺りでご商売なさっていた方々が集まり、区画整理と前後するようにして、商業活動を始めたのが発端となっているようです。当時の様子を収めた写真を、商店街のホームページのこちらで見ることができます。
この赤羽の商店街の規模に驚いていましたが、規模だけではなく、歴史も古いし由緒もある、筋金入り商店街なんですね。知らない…ということは恐ろしいです(^^;

ところで、今日の写真ですが、すでに書いたとおり、シルクロードと呼ばれる商店街の裏手を撮ったものです。表側は、当然ですが、店舗の構えになっていて、店舗に挟まれる通路にはキャンバスの屋根がかけられ、いわゆるアーケードになっています。入口には、立派なモルタル看板建築の呉服屋さんがあったりしますが、とにかく、何もかもが古さを感じさせます。もしや、ここも戦後間もなく建てられたものなのか?という感じがします。
写真をご覧いただければ分かることですが、ここは路地というより隙間です。この日は、幸か不幸か…ここの殆どのお店がお休みでしたので、こうして通り抜けることができましたが、住人の方の出入りがある日は、ちょっとよそ者が通るには狭すぎます。だいいち気が引けます。しかし、ここは、古いには違いありませんが、きたな古くなっていません。やはり写真からお分かりか…と思いますが、よく清掃されています。そして、雑然とした感じがありません。むしろ、スッキリしている…と言ってもよいくらいです。こういった木造(と思う)長屋の維持は大変だ…ということは、そこらじゅうで耳にしますが、こちらでも、維持管理にはかなりな労力を使っていらっしゃるようお見受けします。なんだか、ご老体とはいえ、久々に元気な現役トタン張りと路地を見た気がします。

【場所】北区赤羽1丁目あたりです。

須田町高架下

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ここは秋葉原から神田に向かう途中です。手前の黒く見えるのは山手線の高架、奥に見えるのは中央線の高架です。
もうしばらく左に行くと、神田駅があります。東京駅から平行して走ってきた山手線と中央線は、そこから二手に分かれます。そして、写真右手に見える靖国通りのうえを通過するところで、両者の距離が、この写真に見える程度離れます。奥の中央線は、この後、大きくカーブしてお茶の水に向かい、山手線は、このまま右に進み、秋葉原に向かいます。
この日は、日曜日でした。秋葉原はもの凄い人出です。が、この辺りまでくると、ご覧のとおりで、車道も歩道も閑散としています。周囲には、殺伐とした風景がひろがっていて、夜でなくとも何かあったらヤバいな…とまで感じることがあります。

このとき、太陽はすでにビルの陰に隠れていました。しかも、雲間から顔を出したり隠れたり…です。が、太陽が顔を出すと、その強いひかりが、あちこちのビルの窓や壁に反射し、無彩色に近い街に、わずかながら暖かみを添えます。それだけで、風景の印象は大きく変化します。風景の殺伐感をやわらげてくれます。
そして、妙なことに、このときふと頭をよぎったのが、RNさんという若者の以下の文章でした。僕は、このくだりを読むたびに胸がゆさぶられます。

 この三年のあいだに、ぼくはいくつか職を替え、二人目の子どもを授かり、汀に移り住んで、自動車とサーフボードと一眼レフを買った。
 またこの三年のあいだに、ぼくは壊れていたsonyの黄色いCDラジカセを修理して、いくらかの本を読み、いくらかの映画を観た。何人かの友人の結婚式に出席し、何人かの離婚の話を聞いた。
(中略)
 そしてまたこの三年のあいだに、何人かの人がぼくの人生に足を踏み入れ、立ち止まり、あるいはそのまま歩み去っていった。
 ぼくは、古くなったお気に入りのバスケットシューズを捨てて、新しいピカピカのVANZのスニーカーを買った。人生とはそういうものだ。

【場所】千代田区神田須田町2丁目あたりです。

Good Ol' Friends

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昨日撮った写真です。この建物は、実は、昨日のエントリーの写真の奥に、一部が写っています。ここは神田駅のすぐ近くです。このあたりは戦災で完全に焼失しています。ということは、これは戦後間もなく建てられた建物だろうと思われます。そして、いま、この周辺でも再開発が進行していて、中小のビルが並びはじめています。が、まだ、あちこちに、こうした建物が残っていました。

このあたりは、けっこう歩いていると思っていましたが、まだまだ…です。または、以前歩いたときには、この隣に建物が在って、こうは見えなかった…ということもありえます。とにかく、街は日々どころか、刻々と変化していますから…。

ま、そういうわけで、神田という町で、予期していなかった建物に出会うことができました。これは、通りから見ると、変哲もない(というと失礼ですが)店舗です。が、裏手にまわると、このように、実に味のある顔をしています。必要が生んだデザイン=バラック系の建物です。しかも、この2軒が、ピッタリと寄り添うようにして生き長らえている…という感じです。見ていると、なんだか健気な感じがしてきます。

こういった建物のある風景はどんどん少なくなっています。寂しい話です。が、もう、保存しろ…というのも無理な話かもしれません。ただ、町の姿形は変わっても、この人の背丈に合った町の匂いを忘れてはいけないのでは…と、強く思う今日この頃です。

【場所】千代田区鍛冶町2丁目あたりです。

鍛冶町裏通り

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今日は秋葉原へ行ったついでに、神田あたりをうろついてきました。日曜日のアキバは、いつものように、中央通りが歩行者天国になっていて、すごい人の波です。あちこちで、路上パフォーマーをとり囲む人の輪ができています。路地も公園も人だらけ…。
が、アキバをちょっと離れると、その混雑が嘘のように、街は閑散としています。アキバから神田までは、JRの高架がつづいていて、それに沿って歩くと、人影がないせいもあって、なし崩しの、どうにもならない風景が広がっていることが強調されて見えます。もう張りぼて以下…。
が、神田に入ると、まだ、古い町並みが、寸断されながらも、多少は残っています。このあたりまで来ると、ちょっと路地で一息…なんて気にもなります。そんな気分で、路地を曲がると、正面に、今日の写真の風景が現れました。右下に見える、ダクトやゴミ箱、ビールケースなどから、ここは飲食店の裏手のようでです。ポツンと佇む男性は、ちょっと一服…の最中です。が、この辺りは、路上禁煙のはず。でも、この男性は、この後、この写真に写っている建物に姿を消しましたから、彼の家のなかも禁煙なんでしょうね。いや、喫煙者にとっては切ない季節になりました。思わずビルを見上げる気持ちが分かるな〜。もう春…(^^;

【場所】千代田区鍛冶町2丁目あたりです。

中野光座

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ブログを運営していると、一日のはじまりの儀式のなかにブログ巡回が…という方は多いことだと思います。かく言う僕もそれがすっかり習慣として定着しています。
というわけで、今日、まずは自分のブログをチェックしてみると、Rambler5439さんという方からコメントを頂戴していました。その方のブログ「今日も黄昏気分」にお邪魔してみると、生活の匂いのする町の風景を愛おしんでお撮りになった写真が多々あることに気づきます。そして、つい過去に遡り、あれこれと写真を拝見していると、中野センターがお気に入りでいらして、何度も写真を撮っていらっしゃいました。

そこで、思い出したのですが、実は、僕は、浪人時代に、ほんの2ヶ月ほど、そのあたりのクリーニング屋の2階に下宿していたことがありました。しかも、タイミングが良いことに、今日は、中野に行く用があったのです。ちょっと懐かしさもあり、この機を逃す手はない…とばかりに、その中野センターを目指すことにして家を出ました。

そんなわけで、中野駅から南北にのびる大通りを、南の方向に歩き、大きな5差路に差し掛かったときに、現れたのが、この中野光座の建物でした。が、こんな建物は記憶にない(^^; 僕が下宿してたのはどこ?状態です。が、この建物、どうやら、いまは営業していない劇場か映画館のようです。帰宅後、ネットで調べてみると、有名なロマンポルノ上映館だったことが判明。そして、1階部分が、市場的な店舗になっていて、そこを中野センターと呼ぶようです。これは魅力的です。
また、ネットで調べていると、中野光座については、多くの方が記事をアップなさっていて、なかには「中野をオフブロードウェイに!」するため、この光座を再開させよう…という方までいらしゃいます。コヤツ、相当に有名な存在のようです…(^^;

【場所】中野区中央4丁目あたりです。

赤羽1番街の古株

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赤羽というと、もう3年も前に、スリバチ学会の方々とご一緒させていただき、桐ヶ丘団地や赤羽台団地あたりを歩いた記憶があるくらいで、ほとんど馴染みのない土地です。特に、赤羽駅の東口周辺は、遙か昔に歩いた以外に、足を踏み入れたという記憶がありません。

今回は、地下鉄南北線を利用し、赤羽岩淵で下車。そこから東口商店街に向かって歩いてみました。大通りを避け、1本裏の道に入ったのですが、すぐに感じたことは、土地が平坦で道幅が広い...ということでした。
ウィキペディアでチェックしてみると、赤羽駅東口については、『古くからの商業地が広がっている。複数の商店街が周辺に点在する他、パチンコ店や居酒屋も多く、南側には歓楽街も広がっている。戦後の早い時期に行われた区画整理により、南北に走る東本通りを中心とした比較的整備された街並みとなっている。』とあります。なるほど...です。戦後の区画整理が効いていたわけです。

しかし、この赤羽東口は、なかなか興味深い建物やお店などが多く、歩いていて飽きません。なかには、赤羽霊園なる、お化け屋敷カラオケコミック居酒屋(^^;まであって、これには笑ってしまいました。が、実は、かなりコワイ(^^; なかなかやってくれます。

で、今日の写真ですが、これは、まさに赤羽駅東口にひろがる、赤羽1番街という商店街で撮ったものです。東口には、これ以外にも大規模な商店街があって、よくもまあこれだけの商店街がもっているものだ...と、正直なところ、驚いてしまいました。しかし、まるでシャッター通りになっている区画があるか...と思うと、もの凄い繁盛ぶりの商店が連なる区画があったりと、なんともよく分からない商店街です。
この写真の建物は、仕舞屋なのか、たまたま定休日だったのか分かりませんが、この周囲には繁盛している店が多々あります。が、この一画は、周囲とは違うリズムで時を刻んでいる...という感じでした。これが赤羽駅前商店街の原景に近いのかな?などと想像しながらシャッターボタンを押した次第です。が、なんとも雰囲気あります...。

【場所】北区赤羽1丁目あたりです。

千駄木すずらん通り

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ここは、千駄木にあるすずらん通りです。すずらん通り...というと、神保町にある通りを思い浮かべますが、同名の通りが各地にあるようですね。赤羽にもありますし、ここ千駄木にもあります。どうやら、銀座通りと並んで人気のある通り名のようです。

ま、そんなすずらん通りですが、このすぐそば (僕の背中側) に、よみせ通りと呼ばれる通りがあります。その通りは、藍染川と呼ばれる川を暗渠化したものであることが知られています。そして、実は、その上流は、谷田川と呼ばれる川 (やはり現在は暗渠) で、その旧川筋を歩いたのがこの企画だったわけです。

また、このあたりは、川沿いの低地ですから、千駄木の高台から坂をくだったところにある町...というわけで、昔は、千駄木坂下町と呼ばれていたそうです。ま、そんな川沿いの横丁ですから、ほぼ湿地と言ってよいように思います。実際、その匂いを感じさせる風景が展開しています。特に、このすずらん通りは、両側に、小さな飲食店やバーなどが連なっていて、特に、その匂いが濃厚です。

この日は、午後になって雨があがり、路地に、いっせいに、傘の花が咲きほこっていました。ここ、すずらん通りでも、ソレッとばかりに、洗濯物と傘の花が...。ここは飲食店街ですが、実は、こうして、住人の気配や生活の匂い...といったものが、強く感じられます。それが、よその町の、こうした通りとの大きな違いのような気がします。

【場所】文京区千駄木3丁目あたりです。

雨上がりの根津で

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今日は、所用で千駄木へ行っていました。16時頃に用事が済み、その後の予定がありませんでしたので、ひっさびさに、千駄木から根津あたりを歩いてみました。さすがに長い間留守にしましたので、けっこう変化もあります。でも、まあ、変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば変わらない...というところです。そう言ってしまうと、すべて終わってしまいますが(^^;
最近、谷根千からは足が遠のいていましたが、久々に歩いてみると、高層マンションなどが増えてはいるものの、やはり、ひとのサイズが単位になっている町...という感じがします。

今日は、根津神社のつつじ祭り期間中なのに、平日の雨上がり...ということもあってか、観光客の姿もなく、町にしっとりと落ち着いた雰囲気が感じられ、ほっとひと息つけた気がします。カメラを、従来通りに町の風景に向けたのも久々のことでしたし...。

そんなわけで、今日の写真は、根津駅に向かう途中の路地で撮った写真です。この路地をもうすこし行けば、不忍通りにでます。そこを左に折れて、またすこし行くと、地下鉄の駅入口があります。僕の前を行く男性も、やはり根津駅に向かっているのでしょう。右手に握られている傘が「持ち主は通勤者です」と言っているようでした...。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

烏森の路地

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なんとなく久々の路地系の写真です。路地といっても、新橋烏森の路地ですから、完全な飲み屋街の路地です。普段、僕には縁のない場所です(^^; 先日、汐留から足を伸ばす…ということでもなかったら、こうして写真を撮ることなど、まずなかったかも?です。
さて、その烏森ですが、新橋駅に近いところは、もうネオンだらけで、いわゆる繁華街の様相を呈しています。が、外れに近づくにつれて、ギラギラ度は下がり、いかにも路地…という雰囲気がでてきます。シットリ感が増してくるといいますか…。

この写真の路地は、そんな、ネオンが途切れがちになるあたりにありました。烏森の路地の多くは直線的で、街は碁盤の目状態になっていますが、この路地は、適度な曲がりがあり、雰囲気十分です。基本的には…。
というのは、もう路面の舗装がいけません。こういう路地らしからぬ(なんて誰が決めたのか知りませんが(^^;)舗装を見ると、興醒めです。そして、電飾看板が、これまたいけません。最近は、こういった街に、チェーン店とおぼしき店の看板が増えています。これはどこの街で見ても同じ…当たり前ではありますが…。しかし、面白くありません。そして、その極みは、コンビニの看板です。これが掲げられると、もうその路地は路地でなくなります(^^; しかも、飲み屋街に「酒」の看板…。自由競争なんでしょうね〜。そんなことが、見た目の風景のみならず、何か大切なものをぶち壊しているように思えてなりません。
この路地は、とても素敵な骨格をしています。しかし……なのです。残念ながら…。

【場所】港区新橋4丁目あたりです。

雨の秋葉原駅

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今日は、朝からほんとによく雨が降りつづきました。気温もそう上がらず、街にはコート姿が目立ちました。ちょっと街歩き…という気分になれない日でした。というわけで、電気製品やカメラなどの下見に…。
そんなとき向かうのは、やはり秋葉原です。いまや、電気製品などは、どこの街にもある量販店でチェックできますが、やはり、秋葉原の底力にはかないません。秋葉原も、再開発が進んで以来、他の街となんら変わりのないガラス箱だらけの街になりつつありますが、それでもまだ、残されたビルのあちこちでは、旧来のアキバ文化圏が勢力を維持または盛り返しつつある光景も見られます。実に、電気街だけでは終わらない、アキバ独特の匂いがまだまだ感じられる街です。

今日の写真は、言うまでもありませんが、JR秋葉原駅です。そして、この駅ビルの内部は、アキハバラデパートと呼ばれる屋内商店街(^^;になっていました。そのデパートが営業をやめたことは知っていましたが、今日通りかかると、足場がかけられ、解体(改修?)作業が始まっていました。一部はシートやフェンスで隠されています。この程度の目隠しで解体作業が行われるとは思えませんので、近々、全体がシートの向こうに隠れてしまうのでしょう。もしや、これがアキハバラデパートの姿を見る最後の機会か?とも思いながら、写真を撮ってきた次第です。
しかし、こうして、平日に北口を見ると、秋葉原ってオフィス街なんだな…と改めて思います。土日に見る秋葉原のアキバ風景に、あまりに慣れているせいか、この風景には、ここがアキバか?と…逆に異様に思えたりします(^^;

【場所】千代田区外神田1丁目あたりです。

かきの木通り

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今日のエントリーは、ちょっとタイミングを逸した感がありますが、建築家・玉井一匡さんのブログ MyPlace「住む。」 春号:「ひと と いえ と まち と」へのトラックバックにかえて…のエントリーです。

というのは、僕は、その記事の舞台となっているまちに、何度か滞在させていただき、写真も撮っていましたので、「そのまちの風景はどんなものか?」との興味を抱く近隣ブロガーの方々もいらっしゃるのでは…と思い、ほんの一部のまた断片ではありますが、ここに紹介させていただこうと思った次第です。

まず「かきの木通り」とは何か?ということですが、これは、玉井さんが『ぼくたちは「かきの木通り」という20戸に満たないほどのちいさなまちづくりの計画をした。』と書いていらっしゃいますが、そのまちのことです。

ここは、英国オックスフォードのカウリーロードという通りです。この日は、この町でカーニバル(Cowley Road Carnival)が行われていました。僕は、この通りからちょっと入った所にあるアパートに滞在していたのですが、旅行者ですから、この祭りのことなど、当日になるまで、まるで知りませんでした。まあ、鳴り物の音などは、部屋に居ても聴こえていましたから、「なんだか外が騒がしいな…パレードでもやってるのか?」とは感じていましたが、アパートを出てみてびっくりです。とにかくすごい人出です。この様子を見れば、いかにニブくても、祭りであることは分かります(^^; が、これが何の祭りなのか?は、いまだに不明のままです(^^; すみません。

さて、というわけで、せっかくの祭りです。かなり長いこの通りを、とにかく歩いてみることにしました。すると、あちこちの街角や広場で、様々な催しが行われています。行き交う人のなかには、派手に仮装した人もいます。とにかく日本の祭りの地味派手とはうってかわって、派手派手です。皆さん酔いも入っているのか?気分浮き浮きのようで、この日は、誰にレンズを向けても、笑顔で手を振ったりポーズをとってくれます。いや〜いつもこうだと写真が撮りやすいんですけどね…。

足立南部ヒロ景

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まずはPATINA LIFE in LoveGardenのこちらのエントリーをご覧いただけますか...。
そのコメント欄に、僕が「足立の南端に、こんな感じの一画がありまっせ! こんど拙ブログに掲載しまっさ!」と書いています。今日は、その「拙ブログに掲載しまっさ!」エントリーです(^^;

この写真は、実は、この日に撮ったものです。ついこの間の出来事のように思いますが、もう一昨年のことになります...。いやはや、光陰矢のごとし...とはよく言ったものです(^^; はやい...。

で、本題です。この写真の場所に立ったとき、ふと感じたのは、なんだか東京にしては、いやに空間がゆったりしている...ということでした。そして、昔観た西部劇のなかに出てくる町の記憶からでしょうか、目の前を幌馬車が通ったり、どこかに馬がつながれていたりしても不思議はない風景だな...ということでした。

PATINA LIFE in LoveGarden に掲載されている写真は、ハワイ島のヒロの町並みを写したものですから、この足立の写真とは光がまったく違いますが、空間や風景の骨組みには、どこか共通するものを感じてしまいます。
大昔は、この辺りが海岸線で、波が寄せていたわけですが、そういった土地の記憶が、同種の匂い発するのか?などと、思わず空想してしまいます...。

【場所】足立区赤不動あたりです。

相変わらず雑用に追われ、散策にも出られず、家のなかで黙々悶々の日々が多くなっています。今日も、その例にもれず、ほぼ一日、家のなかであれこれと作業していました。やけにきれいな光が射しているのを横目で睨みながら...。あ〜うらめしや(^^;です。
が、もうすぐ日没...という頃になって、さすがに居ても立ってもいられなくなり、「では、ご近所の東大に行ってみよう」と思い立ち、カメラを抱えていそいそ...です。

ところで、東大に行ってみようと思った理由のひとつは、「東大構内で工事が行われていた福武ホールが完成している」ということでした。デザインが安藤忠雄さん...ということもあり、どんな姿なのか、ちょっと興味があります。で、初めて対面した、その建物の写真がこちらです。

この後、三四郎池から安田講堂あたりを歩いているうちに、もう辺りは真っ暗です。「まだ家での作業が残っているし」というわけで、引き上げることに...。その途中、福武ホールの一部を撮ったのが今日の写真です。

【場所】文京区本郷東京大学構内です。



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