かきの木通り

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今日のエントリーは、ちょっとタイミングを逸した感がありますが、建築家・玉井一匡さんのブログ MyPlace「住む。」 春号:「ひと と いえ と まち と」へのトラックバックにかえて…のエントリーです。

というのは、僕は、その記事の舞台となっているまちに、何度か滞在させていただき、写真も撮っていましたので、「そのまちの風景はどんなものか?」との興味を抱く近隣ブロガーの方々もいらっしゃるのでは…と思い、ほんの一部のまた断片ではありますが、ここに紹介させていただこうと思った次第です。

まず「かきの木通り」とは何か?ということですが、これは、玉井さんが『ぼくたちは「かきの木通り」という20戸に満たないほどのちいさなまちづくりの計画をした。』と書いていらっしゃいますが、そのまちのことです。

そのまちづくりが計画された土地は、元々、玉井家の所有になるもので、そこには、多くのかきの木と、古い日本家屋が一軒だけたっていたそうです。その家は、まちづくり計画が現実のものとなった時点で、敷地の角にある森のなかに移動され、同時に縮小されました。そして、空いた土地には、老木や古いレンガ塀などを傷つけることなく、道路が通され、その両側が分譲されました。そこに、「かきの木通り」の理念に賛同する人々が、家を建て、移り住み、まちが誕生した…というのが、実に大雑把ですが、これまでの経緯です…のはずです(^^;

ま、ここまでは、探せば、似たような話もあるだろうと思いますが、探してもまず見当たらないだろうことは、そのまちに住む人々が、玉井さんの提案とはいえ「このまちで育ってゆく子供たちへの約束」というかたちをとって、「まちの憲章」とも言うべきものを作りあげた…ということです。それが、今回、雑誌にとりあげられたポイントでもあるようです。

建築家…というと、僕たちは、つい、建物の意匠考案者と思ってしまいます。実は、多くの場合、そうではないか…とも思います。しかし、玉井さんという建築家にとっては、建物の意匠も大切ですが、それは氷山の頂のようなもので、その頂を支える土台部分が極めて重要なことであるようです。そこに、多くの思索する時間を割いていらっしゃる方…建築家である前に生活者であることを片時も忘れない方…というふうに感じられてなりません。

そんな玉井さんが、基本設計をなさった「かきの木通り」ですが、まだ生まれたばかりのまち…と言えます。そして、設計者は何十年も先を見越していらっしゃいます。例えるなら、はきこまれる前のジーンズ…といったところです。したがって、このまちは、まだ風景として馴染んでいないところもあります。が、住みこまれることにより、味わいを増すに違いない素敵なまち…。その片鱗だけでも感じとっていただけたら…と思い、僕の思いこみの強い写真ですが、掲載させていただきました。

【場所】新潟市亀田早通あたりです。

コメント(17)

なんとも言えない趣のある3点ですね〜
柿の木のシルエット・・・
ステキですね〜
シッカリmasaさまが存在する・・・

建築家のブログも初めてお邪魔しました・・・
新潟には行ったことがないのです・・・
自分でも歩いてみたくなりました♪
7・8・9と38年ぶりに仙台に行ってきました(^^♪

 トラックバック的エントリーを、ありがとうございます。何度目かのアップルストア行きから昨日帰ってきたMacBookを開いて、さっそくコメントを書き込もうとしていたのに、そのままいつのまにか眠ってしまいました。
 masaさんのこの写真たちは、いえといえの「あいだ」にある空気を、光と影によって気持ちよく伝えてくれます。

 自分の外にある規則というのは、ついついうっとうしく感じてしまうものだから、約束ごとと住人のあいだに中間的なものをおけば、約束ごとが自分のものとして感じられるのではないかと思ったのです。それで、子供に約束するという形式のものをつくりました。
 じつは、「これについて議論しましょう」といって管理組合で論議してみんなで署名するというようなことを考えていたのですが、それも、はじめの意図ともちょっと違う気がするので、みんなで論議して憲章をつくりあげたということでもないのです。できれば、日常的な関わりの中で自然に、意志を共有してゆくことになるといいと思っているのですが・・・。
この「まち」では、お隣との間に歩行者のための小道をつくりましたが、それも、間に中間的なものを置くことだと思っています。それをmasaさんが写真にしてくださったわけです。

>chatnoirさん
あ、ブログが更新されないな…と思っていましたら、旅行なさってたのですね。安心しました。
このまちですが、やはり、やはりの言葉で言うなら、「記憶を残す土地」のうえで、軽やかな現代生活が営まれている…という感じがします。分譲地とはいえ、決して「更地のうえ」ではないということが、とても大切ですし素敵なことだと感じます。そのあたりが何とか言えるような写真が撮れたら…と思いますが、なかなかです(^^;

>玉井一匡 さん
あ、MacBook、また…ですか(^^; 僕は、玉井さんのMacBookのためにApple Careに加入したような気がしてきました(^^;(^^;
ところで、あの「絵本」も、やはり、MyPlaceという考え方の流れのなかにあるものだ…ということに、コメントを拝読し、気づきました。そして、僕がカメラを向けていた空間は、実は、中央通りとともに通された小道だったわけですね。僕は、あれは、目に見える境界のない敷地の境目が、なんとなく小道になったものか?と思っていました。が、そう見える…ということは、この小道があるべき姿なのだ…ということにもなりますね。
が、そういったこともさることながら、僕には、生活者であり設計者でいらっしゃる玉井さんや、玉井さんのご家族、ご友人…といった方々との交流がつねにあるまち…ということが特筆すべきことに映ります。

masaさん、こんばんは。玉井さんとのエントリーを拝読したうえで、写真を拝見しますと、いや〜ジーンときました。玉井さんの建築思想がこういうふうに形になっていたのですね。写真のおかけで、イメージがクリアになりました。この「場所」の履歴を大切にしながら、なおかつ、ここに暮らす人びと同士が交わることによって、そしてこの「場所」を包み込む風土や自然を強く意識しながら、この「場所」に新たな豊かさや幸せを織り込んでいく・・・すばらしいですね〜。といいますか、いいな〜、住みたいな〜と思います。masaさんの写真からは、そのことがよく伝わってきました。

実際に行ってみたい。いつか、そういうチャンスもくると思っています。

>wakkykenさん
こんばんわ。エントリー時に、もっと説明的な写真にしようか? 住人や子供たちの姿が写っている写真にしようか? などと迷いましたが、結局こうしたイメージ色の強い写真を並べました。これらは、かきの木通りの一側面を伝えるに留まりますが、このまちでは、こういった骨組みを背景に、軽やかな生活が営まれている…という感じです。いずれ、折りをみて、玉井さんのお宅に押しかけ、合宿いたしましょう(^^;

wakkykenさん、masaさん
出遅れちゃいました。masaさんの写真は、現実の中に潜んでいて、ぼくたちがみすごしてしまうようなもの、とりわけ美しいものを取り出します。だから、ぼくたちがふつうに見ていると、masaさんの写真の方が美しく感じることが多いですね。この写真もそういうところがあるかもしれない。でも、そういうまちに育てていこうと、はげまされます。
おいおい、合宿やるときには、ぼくも入れてくださいね。勝手にこういう話がすすむというのは、MyPlaceだなあと、ちょっとうれしいのです、ほんとは。
先日、映画「めがね」を見ました。「かもめ食堂」と同じスタッフ、中心に同じ出演者をつかってつくられた映画でした。かもめもいいけれど、こちらの方がもっとすきかもしれないなと思いながら見ていて、いろいろな意味でわきたさんをおもいだしていました。

>玉井さん
コメントをありがとうございます。写真を撮っていますと、「写真」と「網膜に映る像」と「脳が見る像」との関係がとても気になります。そして、ひとは「脳で、見たいように見る」傾向が強いことも…。が、写真は、多少の演出はできても、あるものを素のまま写してしまうところがあるように思います。とすると、やはり、かきの木通りには美しい光景が随所に在る、ということなんだと思います。それを、新しいまちの、まだ馴染んでいない部分の印象から、「見えているのに見ていない」こともあるのでは?と、この光景を見ながら考えていました。
ところで、合宿の話、どうぞ宜しくお願いいたします(^^; その前に「めがね」も観なきゃ…です。

このmasaさんの写真はmasaさんが立っている背景も写っていて想像が膨らみます。
「めがね」もいいですね。このあいだDVDを借りて見ました。
僕も、そのうち機会を作って、父方のルーツの会津から新潟に抜け、日本海の五十嵐浜や三条の五十嵐神社に行ってみたいと考えてますが、かきの木通りとその周辺の集落にも興味がわいてます。

masaさん
 そうですね。見る側にとっては脳が選んだものが見えるものなのであって、写真を見るときにさえ、その画像の中から脳が選んで認識するわけですね。しかし写真になったものは、すでに方向付けがなされたものを見るということですね。
「海馬」は、読みましたか?もし、まだでしたらお貸ししますが、ものすごく面白い本でした。ブログにもエントリーしましたが、海馬は、感覚器官がとらえたものを取捨選択するところなのだというはなしだから、masaさんのおっしゃることをやっているのが海馬なのだ。まだだったら、まずは下記のエントリーを読んでみてください。
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000180.html

>iGaさん
こんばんわ。コメントをありがとうございます。左の写真では、家の壁が、ちょうどスクリーンとなり、玉井さんのお宅の木の影を映し出していました。
ところで、僕は「めがね」どころか「かもめ食堂」すら観ていません(^^; なんせ映画を観ていません。なのに、「もんしぇん」は2度半観てますから(^^;これは凄いことです(^^;
かきの木通りのある一帯は、穀倉地帯で、本当に土地がフラットです。にも関わらずあの広大な水田全体に水を行き渡らせる技術。凸凹とはひと味違うアースダイブもできそうです。
ところで、五十嵐浜というのがiGaさんのご苗字のルーツなのでしょうか…。またはその逆なのでしょうか…。

>玉井さん
仰るとおりなんだと思います。そして、写真や絵は、ひとの視覚に影響を与え、ややもすると、それがカセとなりかねない…という側面もあるということが、これまた気になっています。
「海馬」は玉井さんのブログで知ってすぐに入手して読みました。とても興味深い内容でした。僕が、写真と眼に映る像、脳が見る像…を切り離して、はっきり意識するようになったのは、「海馬」に負うところ大です。いまさらですが、ご紹介くださいまして、ありがとうございました。

masaさん、どうもです。
五十嵐浜がどうかは判りませんが新潟がルーツであることは確かです。但し、家は幕末も近い嘉永年間に神職を継ぐ為に横山家から養子に入っているので、縁だけですね。因みに横山の苗字のルーツは八王子ですから、これも縁ですね。

>iGaさん
ふ〜む、そうなんですか…縁というのはおもしろいものですね。Cワゴンも車検から戻ったようですし、首都高もさることながら、iGaさんのルーツからツーツへダイブってのもアリですね(^^;

そうなんですか。五十嵐浜だけでなくて住居表示にも「五十嵐」があります。なぜか、新潟では「いがらし」でなく「いからし」と、にごらずには発音するのです。かきの木通りの住人にも五十嵐さんがいらっしゃいます。白鳥で有名になった瓢湖のある水原というまちに、五十嵐邸という古い屋敷があって、レストランや結婚式場になっています。
五十嵐邸ガーデン

「いからし」と、にごらずに発音するのが本流のようですね。
垂仁天皇第八皇子・五十日足彦命(イカタラシヒコノミコト)が天皇の命により越の国の各地に赴き...治水や農耕の技術を教え... 云々とありますが、渡来人説もあるようです。
低湿地や川筋に魅かれるのも...なにやら...因縁でしょうか...(^_^;)

>玉井さん、iGaさん
五十嵐…という語は、新潟と随分深いつながりがあるんですね。そして、ブログを始めてから気づいたことですし、単に僕の印象ですが、東京には、新潟に所縁のある方がとても多いですね。これは、昔、新潟が日本の窓的な港であったことや、人口日本一の都市であったこと…などに起因するのでは?なんて想像します。縁という網の目の凄さを感じます。



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