須田町高架下

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ここは秋葉原から神田に向かう途中です。手前の黒く見えるのは山手線の高架、奥に見えるのは中央線の高架です。
もうしばらく左に行くと、神田駅があります。東京駅から平行して走ってきた山手線と中央線は、そこから二手に分かれます。そして、写真右手に見える靖国通りのうえを通過するところで、両者の距離が、この写真に見える程度離れます。奥の中央線は、この後、大きくカーブしてお茶の水に向かい、山手線は、このまま右に進み、秋葉原に向かいます。
この日は、日曜日でした。秋葉原はもの凄い人出です。が、この辺りまでくると、ご覧のとおりで、車道も歩道も閑散としています。周囲には、殺伐とした風景がひろがっていて、夜でなくとも何かあったらヤバいな…とまで感じることがあります。

このとき、太陽はすでにビルの陰に隠れていました。しかも、雲間から顔を出したり隠れたり…です。が、太陽が顔を出すと、その強いひかりが、あちこちのビルの窓や壁に反射し、無彩色に近い街に、わずかながら暖かみを添えます。それだけで、風景の印象は大きく変化します。風景の殺伐感をやわらげてくれます。
そして、妙なことに、このときふと頭をよぎったのが、RNさんという若者の以下の文章でした。僕は、このくだりを読むたびに胸がゆさぶられます。

 この三年のあいだに、ぼくはいくつか職を替え、二人目の子どもを授かり、汀に移り住んで、自動車とサーフボードと一眼レフを買った。
 またこの三年のあいだに、ぼくは壊れていたsonyの黄色いCDラジカセを修理して、いくらかの本を読み、いくらかの映画を観た。何人かの友人の結婚式に出席し、何人かの離婚の話を聞いた。
(中略)
 そしてまたこの三年のあいだに、何人かの人がぼくの人生に足を踏み入れ、立ち止まり、あるいはそのまま歩み去っていった。
 ぼくは、古くなったお気に入りのバスケットシューズを捨てて、新しいピカピカのVANZのスニーカーを買った。人生とはそういうものだ。

【場所】千代田区神田須田町2丁目あたりです。

コメント(20)

さすがmasaさんお墨付きの素晴らしい抒情詩のようなRNさんのブログですね。なにか懐かしい時代というか、ジ〜ンと胸を打たれました。

masaさん、こんにちは。これって、masaさんのことでもありますよね・・・、って思わずストレートにかいちゃいましたけど。個々のディティールではなくて、なんといいますか・・・(masaさんが「二人目の子どもを授かり」って話しは聞いたことがありませんし(^^;;)。僕がグッと感じたのは、人生にとって大きな転換期を、いたって淡々と(なおかつ、しっかり)生きていくときの「淡々さ」みたいなものでしょうか。

masaさんのブログも、5月8日で、5年目に突入しますね〜。

おはようございます!!
朝から素敵な文章に出会ってジ〜ンとしています。

ところで・・・
このとき、太陽はすでにビルの陰に隠れていました・・・から続くmasaさんの文章を読んだ時、トールキンを思い浮かべたのは私だけでしょうか?
思わず何度も読み返してしまいました。

今日はもうおはようタマゴを描いた後ですが、
今ならまったく違う表情です!!

ほんのわずかの時間で人間の気分はなんて変化することでしょうね!!

「人生とは そう言うものだ」
この言葉の意味するところが 私の存在の芯にまでやってきて、私にこんなことを言いました。「臆する事なかれ」

お気に入りのバスケットシューズを捨てる時、必要なのは 新しい靴よりもその前に勇気。
そして,その勇気を支えてくれるものは 遠くに見えている一条の光ですね。


久しぶりのコメントになりました。
masaさんのこの写真から なぜか目が離せなくなっています。この写真の何がそうさせるのか 私にはまだ分かっていません。
ただ、初めてmasaさんの写真を見た時に 同じ症状(?)になりました。何日も masaさんの写真を見続けました。
その時 写真は言っていました「自分を諦めてはならない」

今日、この写真とこの文章にであったのは 私にはとても意味のある事でした。
答えははっきり出ています。
「進め」です!
よし! 大変だけれど、今日も頑張るとするか!

見事な一枚ですね。かなり厳しい条件であるにもかかわらず、ガード下の暗がりの部分や夕空の諧調が、きちり残っていることに驚いてしまいました。
RNさんの文章も味わい深いものでした。おそらく、一日一日を丁寧に積み重ねている人にしか書くことができないものなのでしょうね。アルコールには弱い体質なのですが、いいスコッチを飲みたい気分です。

>cenさん
RNさんのブログ、舞台は湘南方面だし、なんだかcenさんの若い頃を思い出させるようじゃありません? それにしても不器用に生きながら素晴らしい文を書く人で、以前から注目しているんです。

>wakkykenさん
はい、思わず自分を重ねていることがあります。RNさんの文章は、仰るように淡々として気負いがないのに、グサリと食い込んできます…。これはもう才能としか言いようがないですよね。

>アンさん
僕は、RNさんのような文章が書けたらな〜と思えど叶わず…ですから写真を撮っている…と言う感じです(^^; し、しかし、トールキン、断片すら読んだことがありません。機会があれば読んでみようと思います。
ところで、人間の気分って、不思議なものですよね。ほんの些細なキッカケで、ガラリと変化するものですね。そう思うと、誰もの気持ちが、明るく穏やか変化するような世の中、そして町であってほしいと切に願ってしまいます。

>光代さん
こんにちわ。このとき、ややザラついた心持ちだったのですが、太陽のひかりが、どんなところにも満遍なくゆきわたるのを見て、すこし楽になったような気がしました。そして、RNさんの言葉が、光代さんがお感じになられたのと全く同じに、「歩きつづけよう」と言っているように感じられました。幾つになっても、平穏無事な毎日なんて無いようですね(^^; 僕も、RNさんの手をかりて腰をあげ、「さて、もうひと頑張りするか…」です(^^;

>Rambler5439 さん
いつも写真をきっちりご覧いただき、大変ありがとうございます。仰いますように、厳しい条件でした。いま使っているカメラには、白飛び黒つぶれを抑えるモードがついているのですが、それを使いますと、無理な処理が施されるようで、シックリこない画像になるため、ここでも使用していません(それにファイルサイズが異常に大きくなります)。が、14bitで記録していますので、暗部の描写については、12bit記録よりもやや有利なようです。
RNさんという方とは、3年ほど前に、ブログを通じて知り合ったのですが、以来、彼の文章の虜になってしまいました。

ロードオブザリングを翻訳した
瀬田貞二さんを思わせる
と言ったほうがいいかもしれません。
アンは英語ができないので・・・(^ω^;)(;^ω^)
でも、瀬田貞二さんの訳は素晴らしくて、
きっとトールキンの世界を忠実に再現してくれているはずで、
やっぱりトールキンのようだと言ってしまってもいい気がします。

この写真のようにmasaさんの”陰”のあるような写真が好きです。
”影”の写真も好きですが、
もちろん明るいのも大好きですが、
”陰”のぞくぞく感が好きです。
そしてその陰のなかのどこかに希望が宿っているようなところが好きです。
それが撮る側のmasaさんの気持ちかななどと思っています。
私の勝手な見方ですが(^ω^;)(;^ω^)
なんだか言いたいことがまとまらなくなってきました(^ω^;)(;^ω^)

光と影がシャープでないのがなんともいえない余韻を生んで
masaさまの写真に出会った人それぞれに何かを残してくれるのですね
RNさまをおたずねしました
masaさまとのブログを通じての心の通いあいを思いました
通り過ぎ封印した「時」が「ふわり」とあらわれました

>chatnoirさん
いただいたコメントを、スパム退治中に、誤って削除してしまいましたので、(投稿時間はズレますが)こちらで再度投稿させていただきました。大変申し訳ありません。お詫びいたします。

さて、写真ですが、逆光だったことが、コントラストカリカリにならなかった理由で、それが功を奏したのかもしれません。
RNさんは、すでに書いていますが、ブログを通じて知り合いました。が、まだお会いしたこともありません。が、なんだかわかりませんが、つい昔の自分をダブらせてしまうことがあります。いずれ小説家として頭角を現す人だと思っています。

>アンさん
やはり、ロードオブザリングは必読のようですね。最近、本を読むことがきわめて少なくなりましたが、これは何とか…と思います。
ところで、「その陰のなかのどこかに希望が宿っている」と書いていらっしゃいますが、これは読み取っていただけた…と思います。これは、実は、ボサノバ写真だ〜なんて思っていたのでした(^^; ボサノバの、あの一本調子で気怠さだらけのムードのなかで、控えめだけど、規則正しく刻まれるリズムが、一縷の希望を感じさせる…という感じですね。

お気になさらないでください。
RNさまとはやはりそういう「心」の通い合いでしたか・・・良いですね〜
北の地でRNさまの小説を心待ちにさせていただきます(^^♪
ナンダカトテモウレシイデス

>chatnoirさん
ほんとにスパムには手を焼きます。いまも応戦中です(^^;
RNさんですが、そろそろ機が熟してきているように感じます。僕も期待しています。

神田からこのあたりで大きなカーブを描いて、旧交通博物館(旧万世橋駅)そしてお茶の水までのレンガ積みは驚異的に綺麗です。積まずにタイルを張ってもこんなに綺麗には出来ないだろうという感じです。角に入った石積みやアーチのキーストーン、レンガで作ったコーニスも精度が高い。明治維新いらいの近代化がほとんど完成して技術の頂点にあったのではないかと勝手に思っています。
配線やダクト、鉄骨、穴塞ぎのモルタルなどで悲惨な状況ですが、それらを全部はがして綺麗にしたら素晴らしい都市遺産になると予てより考えています。

>kawaさん
こんにちわ〜。コメントをありがとうございます。神田〜お茶の水間のレンガ積みは、昌平橋と万世橋あたりで注目していました。特に、昌平橋南詰めから見える柱(というのでしょうか…(^^;)の先端の意匠など、本当に素晴らしいですね。次回は、レンガの積み方にも、書いていただいたポイントを思い出しながら、注目してみます。

masaさん。はじめまして。初めてコメントさせていただきます。
かれこれ1年半ほどkaiwai散策を隠れチェックさせていただいています。

エントリーからずいぶんと時間が経ってしましましたが私はこの写真が頭から離れません。何度も通ったことのある場所ですが、こみ上げてくるものがあります。
どこかで共鳴する部分が存在し、それをもとに人を信じたくなるようなエントリーでした。ありがとうございます。

>通りすがりsan
こんばんわ。そして、コメントをありがとうございました。何度も読みかえしました。そして、通りすがりsanがお書きくださった最後のラインを、そのままお返ししたい気分です。こちらこそ、心温めていただいた気分です。ありがとうございます。今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。



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