和泉町の古参

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ちょっと行事などがつづき、更新が滞ってしまいました。というわけで、かなり間があいてしまいましたが、今日の写真は、前エントリーの写真と同じ日に撮ったものです。

ここは、住居表記でいえば神田和泉町です。この地は、その大半が、江戸期に、津藩藤堂家の所有地であり、同家が代々任官していた和泉守にちなんで町名にした…とのことです。ついでですが、和泉町の隣には、佐久間河岸や佐久間町という町名が残っています。これも、江戸期に、佐久間平八という人が、その地で問屋を営んでいて、江戸城築城の際に建築用材を提供した…といったことから、その名で呼ばれることになったようです。[『東京の地名由来辞典』を参考にしました]

そんな由来のある神田和泉町あたりですが、歩いている限りでは、そんな匂いは皆無です。もっとも、この一帯は、戦時に全焼していますから、江戸期の名残を探すほうが無理…というものかもしれません。

そんななか、ほんの一カ所ですが、「オオッ」と思わせる建物がありました。隣が更地利用の駐車場になっているからこそ目にできた建物ですが、総トタンの、ちょっと王冠のようにも見える家です。これは、表通りから見える部分もトタン張りになっていました。1階部分は店舗になっていましたが、どうやら、旗などを製造卸していらっしゃるお宅のようです。ガラス戸越しに、高齢の男性が、ひとりで、何やらモソモソと作業なさっている姿が見えていました。

【場所】千代田区神田和泉町あたりです。

コメント(8)

>皆様、今晩は >masaさん お帰りなさい、
masaさんが仰るように神田和泉町も、江戸期の津藩 藤堂家の所有地のようで、他にも「家康」と「天海」に近しかった関係からか、色々な箇所に土地を賜わっていますよね。東大の敷地の一部も、一時は「藤堂家」が持っていたようで、柳原近くはここと隣の、藤堂佐渡の守でしたね。だから前の写真に続いて、ここもか〜と思いながら王冠のトタン家を「ここに歴史あり」と拝見しておりました。
今、与太郎がやっているものも高虎公が大いに関係しており、調べていくウチにその「昌泉院」が「根津神社」に別当として係わりその流を継承していたり、間違いかも知れませんが、はたまた「本能寺の乱」関係の「智」が微かに臭ってきたりし始めています与。ではでは、次の「古参のヤレ具合も」楽しみにしております。  本郷-菊坂の与太郎

>菊坂の与太郎さん
こんばんわ。情報補足コメントをありがとうございます。どうやら、藤堂一族というのは、かなり将軍家に近い存在だったようですね。東大敷地の一部が藤堂家の所有だったことをはじめ、書いてくださったことは初耳だらけですが、お返事を書いた後に、復習しておきます(^^; いつもありがとうございます。

こんにちは。
新鮮なアングルで、参考になります。
24mm単焦点(画角36mm相当)を付けっぱなしにしていたこともあって、友人から「昔っからクリエイティビティはなかったけど、最近、とみに(構図や距離感が)ワンパターンだな」と指摘され、雨天用ズームレンズ(防塵防滴レンズではなく、濡れて曇っても平気な安物レンズという意味です^_^;)で撮り歩いています。出かける前にmasaさんのアーカイブを最低でも1ヶ月分、拝見するようにしていまので、近いうちに「masaさんの模写シリーズ」をアップするやもしれません。その時は、なにとぞご容赦くださいmm(__)mm。

> Rambler5439さん
こんばんわ。雨天用ズーム…よろしいですね(^^; それにしましても、「最近、とみに(構図や距離感が)ワンパターン」とはあんまりですね(^^; そうですかね〜。言い換えますと、「視線と距離感が安定し独自のものが確立された」となりそうです。「模写」と仰りながら、独自の色を発揮なさるに違いありませんので、楽しみにしています。
ともかく、真面目にキチンと撮っていらしゃるところに好感を持ちます。僕もその点だけは…気をつけていますので…。

瑠璃と紺碧のトタンは、masaさんには宝石の家に見えたのではないでしょうか?サファイヤも真っ青な品格を感じます。
江戸時代の話しが出ましたが、江戸城建設関係図面等の資料は整然と揃って保存されていて感嘆ものです。明治期以降膨大な東京市資料が纏められており流石東京です。少しづつ図書館で読んでいます。
私の独断では「江戸時代を知らずに、東京を語るな」と言いたいのです・・・。
天海と幕府の関係は、とても坊さんが遣ったこととは思えません。(^v^)

>FKSnoopyさん
こんにちわ。「瑠璃と紺碧のトタン」という表現、良いですね! この建物は、側面全面が壁で素っ気ないのですが、大切に住まわれているという感じがして、好感を持ちました。
江戸期…と言いますと、遙か昔のように思いますが、よく考えてみると、ついこの間までは江戸時代だった…とも言えますね。江戸と東京を、2つのレイヤーとするのではなく、1枚の連続レイヤーとして感じ取る感覚が必要なのかも?ですね。

お久しぶりです。
駐車場部分も・・・もしかして青トタンのお宅だったのでは?この建物の具合からして染工場?
大きなご商売なさっておられたのでは?
な〜んて勝手に想像してしまいました・・・

>chatnoirさん
こんにちわ〜。なるほど…そういうこともあり得ますね。とにかく、側面に窓がひとつも無いところを見ますと、長屋が切り離されたのだろうと思いますが、この、いまは駐車場になっている空間に何が在ったのか?気になってきますね〜。



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