2008年11月アーカイブ

『明治百話』というお芝居の稽古場にお邪魔してきました。なぜ?と言いますと、そのお芝居に、玉井夕海さんとかりんさんが出演なさるからです。

え〜それで、なぜ、玉井夕海さんとかりんさんが出演なさると、僕が写真を撮りに行くのか?(^^;と言いますと、これは、超はしょって言いますと、映画「もんしぇん」つながり縁から...ということになります。

ま、とにかく、そのお二人が出演なさるお芝居が、来月(12月)の3日から7日まで、神楽坂のiwatoで上演されますので、その応援かたがた...というところです。ま、もんしぇん応援団がカタチを変えたようなものですね(^^;

てなわけで、今日の写真は、稽古中の夕海さんです。きものを着てらっしゃると、かなり感じが違いますね。良いのではないでしょうか(^^; 本番の舞台では、大正時代の着物を着ての演技になるそうです。
また、久々にお会いしたかりんさんは、ご専門の25弦箏はもちろん、今回は三弦も弾き、配役もありと、大活躍なさるようです。かりんさんの稽古中のひとこまです。

で、撮っただけ...の写真ですが、稽古場全体の様子がこちらになります。

ちょっと漠然としていますが、今日の報告はこんな感じで...。

【追】玉井一匡さんのブログ "MyPlace" に『明治百話』にからむエントリーがアップされています。
【追】秋山東一さん(もんしぇん応援団長)のブログでも『明治百話』が紹介されています。
【追】五十嵐進さんのブログにもエントリー『明治100話』がアップされています。

【追】シアターイワトの制作日記はこちらです。『明治百話』についても書かれています。

【場所】新宿区岩戸町7番地です。

荒川の路地

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荒川2丁目に、「ここは根津などにように、計画的に長屋を連ねたに違いない」と思われる一画があります。そこには、写真でご覧いただけるような路地が、タテヨコに通っています。

荒川あたりで路地というと、密集して建つ戸建てやアパートの隙間...という印象を持っていましたが、そうばかりではないようです。荒川の歴史に疎く、この写真の長屋の由来は知りませんが、なにか、この辺りが工業町化されたことと関わりがあるように思えます。とにかく、近々、荒川区の図書館に行かねば...です(^^;

それにしても、荒川で、こんな素晴らしい路地空間に出会おうとは思っていませんでした。歩きやすいようにと敷かれた石と、この辺りの湿度の高さを示す苔とが、なんとも雰囲気を出しています。そして、家の壁に沿って置かれた草花が、そこに彩りを添えています。が、この路地にお店などは在りません。単に、生活のための路地と長屋が、ひっそりと存在しているだけです。良い感じです...すごく...。

【場所】荒川区荒川2丁目あたりです。

アラカワ晴れ

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前日の雨がほこりを洗い流してくれたせいもあって、上空には、透き通るような青空がひろがっていました。抜けるような青空...と言いますが、今日の東京上空は、モロに青く抜けていました(^^;
そんな日は海辺へ...とでも言いたいところですが、やはり、このところ凝っている荒川区へ行ってきました...(^^;

この写真を撮ったところは、荒川区の荒川というまちです。名のひびきからすると、「すぐそばを荒川が流れていて、その土手からは広々とした河川敷が...」なんて感じがしますが、これが全く違うんですね。そもそも、荒川区沿いに流れている川は、いまでは隅田川と呼ばれていますし、荒川というまちが、その川沿いにあるわけでもありません。それどころか...内陸部(^^;のコテッとしたまちです。

しかし、このまちが良いのです。フツーに下町していて...。かつては、江戸城の鬼門にあたる...とかで、屠畜場がおかれたり...という歴史もあるようですが、とにかく、このまちには、まだ、昔ながらの庶民の生活の匂いが残っているように感じます。それも、かなり濃く...。

そんなわけで、しばらくは、アラカワ通いがつづきそうです(^^;

【場所】荒川区荒川あたりです。

小さなトタンの家

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総トタンの小さな家です。Googleマップのストリートビューに関する物議に鑑み、場所は荒川区...とだけ...。

この家が最初に目に入ったときは、色がくすんでいることもあってか、迫力のようなものを感じました。「ぅわっスゴ!」ってやつですね。

しかし、小さなピンクの自転車や三輪車、オモチャの滑り台などに目が行った途端、それが変化します...。この家が、頼もしく、健気に見えてきます。

ということは、ここで、そういう生活が営まれているからだ...と信じたい風景...でした。

【場所】荒川区です。

北上野の路地

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上野という土地は、ちょくちょく歩く機会がありますが、多くの場合、アメ横の延長としての上野であったり、上野公園の延長としての上野であったりします。 したがって、上野駅の南側や西側はよく歩いていても、東側になると、その頻度はガクンと下がりましすし、北側に至っては、ほとんど歩いた記憶すらありません。

ちょっと前のことになりますが、braryさんが「東上野の踏切」なるエントリーをブログに掲載なさいました。
そこには (東上野北部に関し)『この周辺は上野のような巨大ターミナルの至近でありながら、しもた家が残る。地下鉄の引込み線も残る。木枯らしが吹きはじめ、そろそろ晩秋にかかってきた早朝。祝日で誰もいない曇天の東上野は、実はかなりハードボイルドでもある。』とあります。引き込み線?...ハードボイルド?...うぬ〜です。

というわけで、早朝や曇天という条件を全く満たしていないのですが、行ってきました...ハードボイルドなまちの幻の踏切見学(^^;に...。

で、その踏切に到着したのはもう日暮れ近い時間でしたから、電車が通ることは全く期待していませんでした。が、到着後まもなく、なんと、チンチンと踏切の警報機の音が聞こえてきました。ラッキーです。日頃の行い...なのでしょうか(^^; 目出度く、最初のトライで踏切を通過する銀座線車両を目撃です!

そして...やっと今日の写真の説明です(^^; これは、踏切を目差してカンで歩いているうちに、北上野を越えてちょっと下谷に入ってしまったのですが、ちょうどその辺りで撮ったものです。この手の、ビルの谷間にとり残された長屋の一画という図は、都心の定番風景になってしまった感がありますが、こういった風景を根こそぎにし、ツルンとした風景ばかりにして、本当に良いのか?と思いますね〜。

【場所】台東区下谷1丁目あたりです。

旧江戸川 土手した

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ここ二、三日、江戸川区の東南端 (ということは、東京の東南端でもあり) あたりを歩いていました。

川の土手あたりというのは、そうでなくとも、街なかとは風景が異なりますが、極端な言い方をすると、そこは「地の果て」ともなりますから、場合によっては、アッと驚くような風景に出会う確率が高いように思います。

が、旧江戸川に沿っては、自転車歩行者専用道路が整備され、家々も多くは建て替えられています。したがって、旧江戸川の昔を偲ばせるような風景は少ない...いずこも同じ...というのが、歩いての印象です。

この場合は、アッとは驚きませんでしたが、オ...くらいには...ですね(^^;

【場所】江戸川区東葛西4丁目あたりです。

江戸川冬景色

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この川は旧江戸川です。もうすこし先で東京湾に注いでいます。左岸が千葉県浦安市。右岸が東京都江戸川区になります。そして、正面に見えている橋は、地下鉄東西線の橋梁です。もうすこし左に行くと、浦安駅があります。

左岸に灯りが見えていますが、それらは沖釣りから帰って接岸した船とその船宿のものです。また、右手前に赤い杭が見えていますが、そこは、旧江戸川に中州のように浮かぶ妙見島の南端部です。

この日は、午後になって雨がぱらつきはじめ、空が実にどんよりしていました。暗いです(^^; 見た目には寒そうです。「いつの間に津軽海峡に来てしまったのか?」なんて感じでした(^^;

とにかく、この、ほとんどモノクロームか?と思える場面だけを見ていると、とても東京とは思えませんが、僕の立っている場所は、千葉県との境ギリギリとはいえ、まだ東京都江戸川区です。東京は広いです(^^;

【場所】江戸川区東葛西3丁目あたりです。

江戸川の寅壱

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この看板には参りました。メインの黄色と黒の看板だけでもソートーなものですが、脇を固める小看板たちも、カナリなものです(^^;

ここは、江戸川区の南部を、東西に通る新川のほとりです。店の前の道路が傾斜していますが、これは、すぐ近くに橋があるからです。この右上がりの道路のおかげで、この店が地面にめり込んだ状態になっているのも、この濃いキャラを一層濃いものにしているようです。

寅壱というのは、どうやら、こちらの店の屋号ではなく、鳶職に代表される、いわゆるガテン系の作業服のメーカー名のようです。こちらでは、その寅壱を中心的に取り扱っていらっしゃるのでしょうね。最近の僕には縁のないタイプの服なので、確認はしませんでしたが...。

それにしても、ここまでくると、もう、ポップもキッチュも通り越してパンクと言いますか(^^;かなり凄いですね。

【場所】江戸川区中葛西2丁目あたりです。

曲師 伊丹秀敏

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写真は、浪曲の曲師・伊丹秀敏師匠と、その弟子・水乃金魚(キントト)さんです。

僕が初めて伊丹さんの浪曲伴奏を聴かせていただいたのは、つい先日の、玉川スミさんの米寿記念公演のときでした。まあ、浪曲というものをまともに聴いたこともなかった僕ですが、その伴奏の三味線の妙に、「こんなに凄いことができるのか...」と、まさに度肝を抜かれたのでした。

そんなわけで、すっかり伊丹さんの音に惚れ込んでしまい、今日、ある会で演奏なさることを聞きおよび、ちょっと無理をお願いしてそこに滑り込ませていただき、その音に浸ってきた...というわけです。

その音や妙について、なんとか少しでも、言葉でお伝えしたいのですが、僕の文章力ではとても無理。ぜひご自身の耳で聴いてください...としか言えないのが残念です。

ただ言えることは、浪曲師が波乗りであるとすれば、曲師は波。浪曲師が木の葉であるとすれば、曲師は風。そんな感じがします。しかし、それも、伊丹さんの三味線だからこそ...なのかもしれません...。
いやしかし、伊丹さんの研ぎ澄まされ変幻自在な三味線の音と絶妙のタイミングで発せられる「ョオ〜ッ」という合いの手...ほんとうにゾクゾクします!

レッド マスタング

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ここは渋谷駅前の交差点です。赤いクルマは、再発売モデルですが、フォードのマスタング。このモデルのオリジナルは、僕がまだ学生の頃、レースでも活躍していましたし、当時大ヒットした映画にも登場。全世界で、若者の憧れの的になっていました。(当時はムスタングと呼んでました)

ところで、なぜ渋谷に...と言いますと、Bunkamura ミュージアムで開催されている「アンドリュー・ワイエス (創造への道程) 」を見に行ったからです。

今回の展示は、展示タイトルが示唆するように、彼の代表作が一堂に...というものではなく、鉛筆による複数のスケッチ(部分)が一枚のスケッチに再構成され、それがラフな水彩画となり、最終的にドライブラシやテンペラという技法によって完成画となる課程を見せる...というものでした。言い方を変えれば、ある画が完成するまでの舞台裏を見せていることになります。
というわけで、アンドリュー・ワイエスとはいえ、心奪われるような画はそう多くはありませんでしたが、興味深い展示であることは確かです。

ところで、会場に入るとすぐに、アンドリュー・ワイエスのポートレートが見えます。それが、平凡なんですが、惹きつけるものがあります。その写真のクレジットを見ると、なんと、この人でした(^^; というわけで、なんとなく、今日の写真は、渋谷のマスタングになったわけです...。う〜〜〜わかりにくいですね〜(^^;(^^;

【追記】NYのchoseiさんより、「この写真に写っているクルマは、90年型ダッヂ・チャレンジャー」との情報をいただきました。ということは、タイトルから誤り(^^;ということになりますが、クルマ情報エントリーではない...ということで、タイトル・本文ともに、そのままにいたします。が、とにかく、フォード・マスタングではありませんので、お間違えなきようお願いいたしますm(__)m

【場所】渋谷区神南1丁目あたりです。

新橋 十仁病院

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ここは、ご存知の方も多いことと思いますが、新橋駅に近い場所で、手前に見える古い建物群は、美容整形で有名な十仁病院です。いつ頃からだったか記憶はありませんが、かなり以前から、再開発を待つばかり...という雰囲気を漂わせていました。が、つい最近、ついにフェンスの向こうに姿を消したようです。

僕は、十仁病院のお世話になったことはありませんが(^^; このすぐ右隣に、新橋第一ホテルがあり、もうかなり昔のことになりますが、実は、そこに勤務していた経験があります。学生から社会人 (成りきれませんでしたが(^^;) へ...という時期を過ごした場所ですので、この辺りの風景には、かなりの懐かしさを覚えます。

当時の第一ホテルは、現在のような中途半端な高級路線ではなく、本格的ホテルサービスを大衆へ...という路線で、客室稼働率が100%を超えるのが当たり前...。とても活気がありました。建物も、古い茶系タイル張りで、お隣の、この写真に写っている一画と、よくマッチしていました。

この古い一画が無くなると、もう、当時の面影を残すのは、この左手にある、ガード下の大人のオモチャ屋...くらいでしょうか...。

【場所】港区新橋1丁目あたりです。
東中野にある「プリズントーキョー」というライブレストランで、岩城さんと福嶋さんのアコーディオンデュオ Sarasaのライブがありましたので、行ってきました。

実は、Sarasaは、今回のライブをもって、期限を区切らず、いったん活動を休止する...ということになり、そのせいもあってか...開場時間がちかづくと、会場入口には長蛇の列ができたほどで、場内は独特の熱気に包まれていました。

会場で配られたプログラムに書かれた挨拶文によれば、この活動中止は、決して解散を意味するものではなく、「Sarasaを創る」ために必要な時間を得るため...であることが強調されています。これ、分かる気がします...。

というわけで、我らが岩城さんの、この日の姿が気になる方も多いことだと思い、写真をアップさせていただくことにしました。

この日の演奏はタイトだしカッコ良かったですね〜。またサポートに入られた黒川さん(ギター)と嶋田さん(パーカッション)が、もうこのっ...ってくらいカッコ良くて...。 「もうSarasa創れてるじゃん(^^;」なんて言いたくなるくらいでした(^^;

Set 1 : The Reeds Lead Reeds / ルパン三世のテーマ / ゆがんだ時計 / 黄昏ビギン / Mekong Delta (岩城さん作曲) / クロードへのタンゴ
Set 2 : レオエスタンテ ナムインスタンテ / 古いスタイルの曲 / パリの空の下 / Indifference / ブシュケ
Encore : おわりのはじまり (福嶋さん作曲) / ボラーレ


【追】トップの写真のサイズが小さく、いまひとつ雰囲気が伝わりにくいかな?と思い、もっと大きい写真(1200x800)をアップしました。ぜひご覧になってください!

【場所】中野区東中野4丁目あたりです。

目黒の元寝具店

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目黒本町にある仕舞た屋らしき古い建物です。手前の空き地(僕の立っている位置)は、この近くのカメラ店の駐車場になっています。

そのカメラ店というのは、新品・中古を問わず、時々、国内最安値か?と思われる価格で販売することのある店で、僕もごくたまに...ですが、訪ねることがあります。そんな時、どうしてもこの仕舞た屋の前を通ることになり、そのたびに気になって...というわけです。

で、この建物について...です。
最初にこの建物の前を通りかかったのは、3年ほど前のことだったと思いますが、その時は、夜で、ガラス戸の向こうの棚に、電球に照らされた、祝儀袋や洗剤、ちょっとした文具などが見えましたので、「あ、以前は雑貨屋さんだったのかな?」と思っていました。

が、その後、通りかかったときに、通りに面した側の看板に、経年変化による褪色と錆びで消えかかってはいますが、何やら文字が書いてあることに気づきました。じっくり見てみると、正面に「吉野製綿寝具株式會社」そして側面に「古橋商店取次店」と書いてあるようです。

ま、だからどうした...わけでもないのですが(^^; この清廉なスッキリ感...良いですよね。

【場所】目黒区目黒本町2丁目あたりです。

運河沿いのツタ家

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東陽町辺りはそこそこに歩いていましたが、それも州崎の名残のある辺りまでのことで、そこから先は未踏状態でした。それではいけない...ということで、今日、なんとなく、その気になり(^^; 東陽町から南下し、運河のある辺りまで行ってきました。

いや...やはり歩いてみるものです。今日の写真にあるように、とんでもなく魅力的な風景に出会うことができました。

ここは、汐浜運河沿い...とも言える位置です。運河沿いには、とかく、トタンを多用したバラックなど、魅力的な建物が建っていたりするものですが、ここも例外ではありませんでした。こちらは、トタンではなく木造モルタルの家ですが、全体がツタとプミラ(のような植物)に覆われ、そのツタが紅葉し、このように、見事な状態になっていました。

しかし、僕が立っている位置は、行政が再開発のために確保した土地にありがちな、金属網のフェンスに囲われた場所です。この一帯には、運河沿いに...ですが、そうした空地が多数見られました。この家も、そう遠からず整理(?!)されてしまうのでしょう。

【場所】江東区東陽1丁目あたりです。

今日の写真も、先日、江戸川あたりを歩いたときに撮ったものです。

やはり江戸川あたりの写真を使った前エントリーに「結構な店舗数のエトワールなる古い商店街が存在する」と書いていますが、今日のお店は、その商店街で目にしたものです。

ご覧のとおり、能登屋という御菓子屋さんですが、なんとなく周囲の様子が普通ではないとお感じになると思います。その通りで、このお店は「江戸一ショッピングセンター」という名の、アーケードとも何ともつかない建物のなかに入っています。古い駅前などに、時々見かける、テナント平屋(^^;という感じのものですね。

したがって、本来は、この通路の両側に店が並び、明るく賑やかな光景が見られてしかるべき場所です。が、現実には、このとおり閑散としていています。どうも、この御菓子屋さん1軒だけが営業をつづけていらっしゃるだけ...と見受けました。ま、こちらのお店がかなり元気そうなのがすくいでしたが...。

それにしても、最寄り駅・瑞江からもそう近くはなく、瑞江ができる前の最寄り駅・小岩からは遠く離れたこの場所に、どうしてかなりの規模の商店街...しかもその商店主の多くは2代目と聞きました...が成立したのか?と考えると、やはり、この近くを流れる旧江戸川を利用した水運によるもの...としか考えられません。

というわけで、とりあえず『川の地図辞典』(P426-429) を見てみると、明治の頃は、周囲は川と水田だらけ...。その後も堀川が存在しています。ということは、まず間違いなく、水運が生んだ商店街という感じですね。ま、次回、そのあたりを地元の方にうかがってみようと思います。

【場所】江戸川区江戸川1丁目あたりです。

エドガワメル編

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ここは、江戸川区江戸川...です。行った理由は、江戸川がダブルになった土地というのはどんな感じだろう?という、実に単純素朴な好奇心からです(^^;

都心からその地に向かうには、都営新宿線が便利そうです。そして、新宿線の瑞江駅で下車し、ちょっと南に歩けば簡単にアクセスできそうです。というわけで、そのコースにオンです。

瑞江駅の南口を出ると、しばらくは東瑞江という住居表記(結構時間が経過した新興住宅地...という感じ)がつづきますが、ほどなく、江戸川という表記が見えはじめます。それが見え始めると、もう旧江戸川がすぐそこ...という位置関係になってきます。土地はいかにも平坦で、空気もしっとり...。放っておけば数分で苔が生えるのでは?(^^;というくらいです(^^; いや実際に、そんな感じがあるんです...この辺り...。

そして、興味深いことに、その辺りに、意外にも、結構な店舗数のエトワールなる古い商店街が存在するのです。かなり元気ありません。何とか頑張っている...という感じです。都営新宿線が開通するまでは最寄り駅が小岩だったという、この地に、こうした商店街がある...というのは、水上交通...なんてことを思わせますね...。

ま、今日はその話ではなく、写真です(^^; これは、旧江戸川の土手でサンセットを迎え、そのサンセットも「もうピークは越えたな...」という段階になり、来た道を戻り始めたときに、ふと目に留まった風景です。なんとなく、切り絵チックな感じがします。三日月と星が見えているだけに、ちょっとメルヘンチックな感じもしますよね(^^; というわけで今日のタイトル...でした(^^;

【場所】江戸川区江戸川1丁目あたりです。


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