2009年2月アーカイブ

バスを待つ間に...

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ここは、僕が、バスで上野方面に行くときに利用する停留所 "真砂坂上" です。

昨日は、お昼頃、まともに雪が降っていましたが、午後の2時頃には雨に変わってしまい、初雪景色...というわけにはいきませんでした。が、とにかく気温は低く、吹く風の冷たいことといったらありませんでした。こういうときは、バス停で待つ時間がなかなか辛いものです。そうなると、待つ時間も、普段より長く感じられますしね。

このときは、このお爺さんと僕とで、こうして、けっこう長い時間、吹きさらしでバスを待っていました。雪の影響がいくらかあったのでしょうか...なかなかバスはやって来ません。すると、このお爺さん、すぐ背後にある自動販売機で、温かい缶コーヒーを買い、それを手に握ったままオーバーのポケットに突っこんで、また元の位置に...。はい、カイロ代わり...ですね。

ま、そんなこんなで、寒いなか、来ないバスを待つ者どうし、なんとなく仲間意識が芽生えてきます(^^; わははは。目が合ったのをキッカケに、「バス、来ませんね〜」「寒いですね〜」「行ったばかりのようですね...」などという、実に他愛もない会話が始まります。しかし...です。そんな言葉のやり取りが、意外な寒さしのぎになるのだから、不思議なものです...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

蔵前の路上で

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昨日まで、山口で撮った風景をつづけましたが、今日から心機一転(^^; 東京のまち風景に戻ります。

で、そのリセットのための写真が、こんな感じになってしまいました。もう、なんと言うこともない、都心のどこにも転がっている風景です。が、そのどこにでも...という風景は、あまりにも当たり前で、意外と誰も撮らないですね。撮ってみてそれが分かる...という感じですが...。

ところで、中央に写っている若い女性ですが、スラリと伸びた脚でスタスタと歩く姿にシビレました(^^; そして、その前をゆくオジサマですが、そちらも、よく見れば、上背もあり、メタボ無縁のスラリ型です。ご両人とも、上出来です!

そして、ここでもうひとつ注目なのは、画面左に見えるグリーンのピックアップです。実は、このクルマを運転しているのはこのひとなんです。別に待ち合わせたわけでも何でもなく、蔵前のこの場所で偶然に出会ってしまったのです。

僕は、この日、蔵前で地下鉄を乗り換えるため、地上を歩いていました (はい、蔵前での乗り換えは、いったん地上に出ます) 。が、「待てよ...蔵前なら三筋がすぐだな...そうだ!らいに寄って行こう」と思い、地下鉄の駅入り口を通り越して、そのまま歩いていました。で、その途中で、突然目に飛び込んできたのが、LoveGardenのロゴ入りピックアップでした。

いや〜驚きました。偶然というのは恐ろしいです(^^; 行動範囲がやや似ているとはいえ、このときは特に、片やクルマ...片やアルキ...ですしね。cen載一遇...とは、masaにこのことか(^^;です。

【場所】台東区蔵前4丁目あたりです。

山陰の漁村で

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山口県で撮った写真を三日連続でお届けです(^^; 一昨日が山陽側の平地から。昨日が県中央の山間部から。そして今日は、山陰側の平地...の漁村から...です。

その山越えの移動を住所で書くと、山陽小野田市〜美祢市〜長門市...となります。僕の生まれ故郷は、長門市の三隅町にありますので、従来はそこで到着!となるのですが、今回は萩に滞在しましたので、長門市を通過して萩市に向かいました。今日の写真は、その途中で撮ったものです。

長門市から萩市に行くには、従来は、山間を通る、曲がりくねった道を通っていました。それが、昨年のことですが、長門市と萩市を結ぶ海沿いのバイパス "萩・三隅道路" が開通しました。これが、トンネルと橋を組み合わせた、とんでもないスケールの自動車専用道路で、巨額の税金投下が一目瞭然です。
それにしても、従来から在った191号線が混雑して...などという不満を感じたことはいちどもありません。そこになぜそんな豪華道路を...と、利用しながらも憤懣を覚えます。しかも、その道路は、まだ延長工事がつづいているのですから呆れかえります。

さて、で、税金の無駄使い問題ではなく、写真ですが(^^; この家が在る場所は、萩市の三見というところです。従来はアクセスしにくい場所だったのですが、こればかりは、その馬鹿げた道路のお陰で、楽に訪ねることができるようになった漁村...と言えます。
そこで目にしたのが、この、実にフラットな、木造の家です。見た途端に、大田区のこの家を思い出しました。木とトタンの違いはありますが、地を這うような...というスタイルは、何か惹きつけるものがありますね(^^;

【場所】山口県萩市三見あたりです。

山間の於福で

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昨日の写真は、山口県の山陽側の低地、厚狭で撮ったものでしたが、今日の写真は、県中央部の山間にひろがる美祢市の於福(おふく)という村落で撮ったものです。

昨日と同じように、谷戸の小屋風景なのですが、背景に山が写り込んでいることから、お分かりいただけると思いますが、谷戸の彫りが深くなっています。いかにも、"山間"という語が適切である...という感じがしてきます。

さて、この小屋ですが、実は、山越えのドライブルートからは、かなり離れたところにあります。が、魅力があり、見過ごすわけには...。というわけで、脇道に逸れ、できるだけ近くまでクルマを走らせてみました。が、そう近くまで行くことはできず、実際には、この写真右上のほうに、クルマを停め、あとは、斜面につくられた棚田のあぜ道を伝ってここまでおりてきました。

で、最初は、この小屋に寄った写真を撮るつもりで、斜面をくだったわけですが、そばまで来てみると、「小屋としてはいまいちだったかな?(^^;」という気がしないでもありません。が、この山間の農村風景は、撮るに値する...どころか、おつりまでくる...という感じです(^^; というわけで、今日は、山口県中央部の山間から...でした。

【場所】山口県美祢市於福あたりです。

山陽の畑で

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20日に東京を発ち、昨日まで、山口県の萩市と長門市を行ったり来たり...ということをしていました。そんなわけで、ブログの更新ができませんでしたが、昨夜、東京に戻りましたので、まずは、山口土産エントリーで更新再開です。

山口に行くときは、まずは飛行機で山口宇部空港まで飛びますが、空港は山陽(南)側にあります。しかし、僕が用のある萩や長門は、山陰(北)側にありますから、空港でレンタカーを借り、県中央部に横たわる山脈を越えて行くことになります。

この写真は、その山越えのずっと手前...山陽側の小野田市厚狭(あさ)で撮ったものです。いったんクルマを走らせてしまうと、途中、何か興味深いものを発見しても、クルマを停めて...とはなかなかならないものですが、この小屋が視界に入ったときは、躊躇なく、非常点滅灯をオン! 道が空いていることもありますが、クルマの流れを妨げない場所に駐車し、カメラを持って、久々にあぜ道を走りました(^^;

なんとも良い小屋です。板を横に張った壁面などを見ると、かなりしっかり造られているようです。が、ドアの取りつけ部分を見ると、ややいい加減だったりします。休憩スペースのひさし?と思われる、右に伸びた部分などは、風で飛ばされて当たり前...という感じです。

しかし、まあ、この手の作業小屋というものは、理屈云々ではなく、実利一点張りってところが魅力の根源でしょうから、つべこべ言う積もりはありません(^^; この、押しつぶされ首が埋まったようなプロポーションに、すっかり魅せられてしまいました。

それにしても、この小屋、どことなく明るい雰囲気があります。それがやはり山陽側なのかな?と思わせるところです。

【場所】山口県山陽小野田市厚狭あたりです。

多町二丁目

ここは、東京でも、最も古い町のひとつとして知られる、神田多町(たちょう)です。この町の歴史には、非常に興味深いものがあります。ぜひこちらをご覧になってみてください。

その多町と近隣の古い町ですが、その歴史もさることながら、大正の大震災時にも火事をださず、昭和の大戦時にも焼失しなかったといいます。その両災禍を免れたということは、東京の町(特に下町)にしては、きわめて珍しい...と言えそうです。
この一帯を歩くと、まだ、古い建物が多く見られることに誰もが気づくと思いますが、それにはそれなりの理由があってのことだったのですね。当たり前か...?(^^;

とは言うものの、都心のビジネス街ですから、建て替えや再開発も進み、全体的に見れば、既に、ビルが林立する町になっています。が、震災後に建てられたというモルタル看板建物や、戦前の建物か?と思わせる銅板張り建物のまえでは、そんな新参ビル町は霞んでしまいます。
このときは、光の具合もあったのでしょうが、強い芯を持つ古老建物が、往時の町の匂いを発散させ、グンと時代を引き戻していました。

【場所】千代田区多町2丁目あたりです。

【お知らせ】20日より三、四日、東京を離れます。その間、ブログの更新はできません。戻りましたら、また、宜しくお願いいたします。

Jazz少々

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ここは、成増ですが、川越街道からちょっとだけ住宅街に入ったあたりです。そこで、こんな場面に足元をすくわれました(^^;

これを目にしたときは、一瞬、「ん?何を見たのだろう?」という感じでした。なんせテープで切り貼りした文字で "Jazz少々" です。なんだか状況が飲み込めません(^^; が、立ち止まって少々観察したところ、これはどうやらジャズ喫茶であり、その店名が "Jazz少々" なんだ(ろうな(^^;)...との結論に達しました。

それにしても、個性がつよいです。このときは CLOSED のサインが出ていましたので、なかに入ることはできませんでしたが、サインが OPEN だったとしても、このドアを押す勇気があったか否か...ちょっと不明です(^^;

ところで、シャッターにベタベタ貼られたチラシなどを見たかぎり、こちらは、どうやら、前衛的ジャズを中心にした店のようです。美術や写真などもお好きなようです。また、ところどころに、ご店主の手書きと思われる紙も貼り出してありましたので、以下に、そのいくつかの写しを...

● もちろん!! Albert Aylerの「Summer Time」あります!!!

● 米国にPharoah Sanders、日本に竹内直あり!!

●《珈琲》は注文ごとにネルドリップでつくります。《おこのみ》には多少は応じられます。店主

【場所】板橋区成増1丁目あたりです。

浅草橋洞穴景

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浅草橋というと、衣料系や雑貨系の問屋街として有名ですが、その方面に関係のない人間にとっては、そうそう訪れる機会のあるまちではありません。

では、なぜその浅草橋に行って、この写真を撮ったか...といいますと、自分でもよくは分からないのですが、おそらく、先日エントリーした、横山町の東陽ビルを撮りに行ったのが遠い原因になっているような気がします。

これは僕だけの習性かもしれませんが、特に用事がなく、どこでも好きな所に行ってよい...という日は、とかく、その直前に歩いた所を思い浮かべることが多いような気がします。イヌの散歩コースがおよそ決まっているように、ヒトも放っておくと、そんなふうにコースが決まるのかも?ですね(^^;

ともかく、そんなわけで、今日は、東上野〜浅草橋〜秋葉原と歩き、アキバに着いた頃にはグンと寒さが増したため、早めに切り上げて帰路...というコースでした。その途中、浅草橋の駅に差し掛かったところで、この「おっ、浅草橋に洞穴があるとは知らなかったね〜(^^;」という風景に出会った...というわけです。

【場所】台東区浅草橋1丁目あたりです。

風景剥離

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都心で多く見られる、地上げ・再開発途上の風景です。が、これだけ度を越した風景もそうは無い...という感じがします。

別に合成した写真でもないのに、中央の建築と背景とが、まったく解け合っていません。水と油...。どう見ても、画像ソフトで切り貼りしたようにしか見えません。そんな理由から、タイトルを風景剥離...などとしたわけですが...。

それにしても、この風景を見ていますと、もはや、町並み...などと言う語が、意味を失っているような気さえします。そして、こんな脈絡の感じられない風景を造りだして平気な感覚というものが蔓延しきっているのを感じます。昔からの住まい住人を、こんな状況に追いやるのは、間違いなく、一種の暴力だと思います。

実は、この写真を撮る前に、こちらにお住まいの方に、撮らせていただきたい旨を申し出たのですが、快いお返事はいただけませんでした。お疲れになっている様子でしたし...。したがって、この写真を撮ったことはマナーに反します...が、しかし、この風景には、僕の言いたいことが詰まっていて...。素通りはできませんでした。

【場所】千代田区です。

亀甲柄ビル

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この建物は、東上野...下谷神社の近くにあります。実際には、ビルというよりも、看板建築とすべき建物ですが、語呂の良さからビルになってもらいました(^^;

なんと言っても、この建物の特徴は、世にも珍しい(^^;亀甲柄の壁面...でしょうか。最初に見たときは「あっ、アーガイルのセーターだ!」なんて思ったりもしましたが(^^; とにかく、他所でこれに類する意匠を見た憶えがありません。

こういった、ややもすると、やり過ぎになりがちなデザインの壁面ですが、この建物の場合はそう感じません。それどころか、好感をもちます。なんとなく、愛らしい、お洒落だったおばあちゃん...な感じがします(^^;

ま、それはそうと...この亀甲柄ビルですが、どう見ても一般住宅でありません。が、1階部分は、いつもこの通り、閉まっています。仕舞た屋...ということですね。では、いったい何の商売をなさっていたのだろう...というのが気になります。その答えは、かなり以前にどなたかのブログで見たのですが、和菓子屋さん...だったと思います。

【場所】台東区東上野3丁目あたりです。

浅草橋の古ビル

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清洲橋通りに面してたつ古いビルです。ここは住所で言うと浅草橋5丁目ですが、位置的には、秋葉原駅と浅草橋駅の中間点あたりになります。

このあたり、特に表通り沿いは、もうすっかりビルに建て替えられていて、特にどうの...という町並みではなくなっています。が、所々に、こうして、「もしや戦前の...?」と思える、古い建物が残っています。例えば、この建物ですが、実は、このはす向かいにたっています。

さて、この古ビルですが、こぢんまりとしていますが、基本的な造りも意匠もなかなか凝っています。なんとなくですが、有楽町駅前にあった、可口飯店の入っていたビルや、銀座の旧 新田ビルなどを思い出させます。良い感じです。

しかし、このビルの素性となると、ネットで調べても、まったく分かりません。唯一ヒットしたのが、Komichiさんのサイト「都市風景への旅」(近代建築 → 東京2 → 台東区浅草橋) に掲載されていたデータです。が、そこでさえ「旧日光商事 昭和初期」という記載があるのみです。やはり資料は極めて少ないようです。

【場所】台東区浅草橋5丁目あたりです。

三筋町のらい (再)

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写真は、先日、拙ブログで紹介させていただいた三筋町の喫茶店「らい」の入口です。こちらの店内の空気を吸って以来、僕は、どうも、その依存症(^^;になってしまったようです。

らいの窓には、いつも、こうして、レコードのジャケットが飾られています。が、同じジャケットが同じ位置に...ではなく、日替わり・時間替わりで、それらは入れ替えられています。それが、この入口の表情に変化をつけています。したがって、らいという喫茶店は、日々、違う表情で僕らを迎えてくれる...というわけです。

最近、このドアを開けるのが、僕の大きな楽しみになりました。午後3時という早い閉店時間の小一時間ほど前に店内に入り、ちょっと薄暗い、やや湿り気の多い空間に置かれた、ビニール張りの椅子に腰を下ろし、適度な音量で、神経を尖らせない装置で、楽にビリー・ホリデイのレコードを聴く...。

そうしているうちに、ご近所の常連さんらしい、杖をついた、老齢の二人連れがやってきて、窓際の席につき、コーヒーを注文し、美味しそうにそれを飲み干し、いかにもそれが目的だったかのように、さっと勘定を済ませ、出ていったりします。

ただそれだけのことなのですが、そんな、ただ目に映ることを、何も考えずにぼんやりと眺めながら、ビリーの唄声に包まれていると、なんだか、僕自身が、映画のなかから映画を観ているような...そんな不思議な感覚にとらわれてしまうのです。もしや...僕は、子守唄に揺られ、目をあけたまま昼寝をするために、らいに足を運んでいるのかもしれません...。

【場所】台東区台東区三筋2丁目あたりです。

東陽ビル

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拙ブログのエントリー「鳥越の良壁」に、東神田にお住まいの方からコメントをいただきました。以下に、その一部を引用させていただきます:

話は逸れますが馬喰横山駅入口にある、壁面落下防止用の緑のネットで覆われた近代建築の「横山町 東陽ビル」が解体工事に入ってしまいました。まだ始まったばかりなのでできれば最後の姿を紹介していただければと思いコメント致しました。

馬喰町や横山町は、衣料系の問屋街として、全国に名を知られる街ですが、その方面に縁が無い者にとっては、そうたびたび訪れる機会のある街でもありません。また、そうは言っても、僕は、そこそこに歩いているのですが、それは通過しただけだったな〜と、いまになって思う次第です。

しかし、そんな僕でも、上記のコメントをいただいたときに、ビルの名前からはピンと来ませんでしたが、「あ、あのビルだろう」と思い当たるものがありました。ネットで検索してみると、見覚えのあるビルの姿が現れます。平凡なビルなのですが、しっかりと記憶に残っていました。

そんなわけで、横山町の東陽ビルは、「いつか機会があれば...」と思っていたビルでした。が、その機会が訪れる前に、解体作業用の足場に囲われてしまっていました。写真は、昨日(12日)の午後撮ったものです。

【追】つかちゃんsanが、ご自身のブログ「店長のガラクタ部屋」で、このビルの昔の写真をアップなさっています。

【場所】中央区日本橋横山4丁目あたりです。

二丁目

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ここは、二丁目...といっても、新宿二丁目です。全国的に名の通った二丁目...ということができそうです。

江戸期に内藤新宿と呼ばれていた区画...の一部です。この町は、成立した当時から、歓楽要素を持っていたようですし、その後も、遊郭・赤線のある町として知られ、その伝統はいまも消えることがない...というところです。

現在、この二丁目を歩いてみると、歓楽街...とはいっても、歌舞伎町あたりとは全く様子が違います。新宿駅から離れていることもあって、昼間歩いたかぎりでは、人通りも多くはなく、派手なネオンだらけ...ということもありません。

確かに、一見アパートかマンションという建物に、場違いと思えるように、看板が並んでいたりはします。それらしきグッズや下着などを売る店もあります。しかし、町全体をみると、猥雑を極める歌舞伎町とは決定的に印象が異なります。どこか、ひっそりとしているところがあります。その理由のひとつは、やはり、ここがゲイタウンである...ということなのかもしれません。

今日の写真は、そんな町...新宿二丁目のはずれにある太宗寺という、やはり江戸期からある寺院の墓地と本堂を撮ったものです。このとき、ちょうど、太陽の光と雲が、ちっとばかり演出をしてくれました。

【場所】新宿区新宿2丁目あたりです。

歌舞伎町の裏側

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歌舞伎町というと、誰もがまず思い浮かべるのは、昨年末で52年の歴史に終止符を打ったコマ劇場の存在でしょう。が、そのコマ劇場から裾野のように広がる歓楽街とホテル街...こちらの存在も忘れられません。

とは言うものの、僕は、コマ劇場にも歓楽街にも縁がなく、歌舞伎町は、そう何度も歩いたことはありません。が、今日、「ちょうど新宿に来たことだし、時間もあるし...」ということで、久しぶりに歩いてみました。

いや、もう、何なんでしょうね...この歌舞伎町という街は...。完全に病んでます。渋谷や池袋よりも症状は重いかも?です。街中の看板という看板に...ホスト(男ですよ!)君の写真写真写真...。女の子の写真も在るには在りますが、探さなくては...という状態です。いったいこの傾向は、いつ頃からのことなのでしょう?

ま、とにかく、そんなことにショックを感じながら、歌舞伎町の1丁目と2丁目を歩いていました。そして、ふと気になる路地に入りこんで撮ったのが今日の写真です。ここは雑居ビルがまた雑居している...という感じの区画...のなかです。そんなビルとビルの隙間です。そこが、飲食店とやや危なげな店によって、グチャッとした使われ方をしていました。ここがまた凄くて...。いや、久々に圧倒されて帰ってきました...。

【場所】新宿区歌舞伎町1丁目あたりです。

BEAMS通り

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ここは新宿です。このすぐ近くに、中古レコードなどの販売で有名なディスク・ユニオンがある...ということもあって、ここは、昔からよく通った場所です。

とは言うものの、最近は、以前ほど音楽を聴かなくなり、何か用のついで...でもなければ、わざわざCDを探しに...買いに...ということも少なくなってきました。この傾向は、自分でも、ちょっと寂しい気がするのですが...。ま、それにつれて、このあたりを歩く頻度も落ちています。

そんな僕ですが、昨日(8日)、最近にしては珍しく、わざわざディスク・ユニオンに行く機会に恵まれ?(^^; このあたりを歩いていました。そして、もうすぐユニオン...という位置に差し掛かったときでした。ビルの隙間から漏れた太陽の光が、T字路の奥に見える "BEAMS" を狙い撃ちしているのが目に入りました。

アルファベットの文字看板というものは、ただでさえ、どこか欧米の匂いを発散し、洒落て見えるように感じます。そこにこの光の演出ですから、これは撮らねば...と、カメラを構えました。すると、直後に、その看板の下を、こちらに向かって走行してくるデカスクが...。その組み合わせが、なんとなく、現在の新宿のカフェレーサー景...というイメージに膨らみ、シャッターを押したのがこの写真です。

あ、付け加えますが、BEAMS通りなんて名称は、僕が勝手につけた名前ですので...(^^;

【場所】新宿区新宿3丁目あたりです。

鳥越の良壁

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ここは鳥越の "おかず横丁" と呼ばれる商店街の一画です。そこで、この壁に出会いました。

この商店街は、お隣の佐竹商店街ほどではないにせよ、鳥越神社のお膝元にあって、長い歴史を誇っているようです。また、この一帯は戦災による焼失を免れています。...とすると、この経年変化ぶりです...もしや戦前から...などと想像を逞しくしてしまいます。

正確な築年数は不明ですが、こうした古い建物が取り壊しや建て替えられることなく、今日まできた...ということは、とりもなおさず、日々のご商売がお忙しかったから...に違いありません。その場しのぎの補修だらけ...ということからも、その事情がうかがえるように思います。

で、この田崎食料品店さんですが、店先に「午後より営業いたします」という貼り紙があります。しかし、何度か午後通りかかりましたが、店は閉じられたままです。気になるところです。

それにしても、この手工芸的(^^;な継ぎ接ぎや補修ぶり...泣かせますね。こちらのご主人、そうとうに几帳面な性格の方であること間違いなし!でしょう...。

【場所】台東区鳥越1丁目あたりです。

壁の向こうへ

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ここは台東区の台東3丁目です。そこに、古い、長屋看板建築が残っています。写真左部分がその一部ですが、そこは、元・森永の牛乳販売所だったらしく、建物上部には錆びたエンゼルマークが残っています。そして、何と言っても目につくのが、このボール状 (地球儀状?) の看板です。

また、その右手の路地のなかほどには、そのボールと雰囲気を合わせたか?のような、ピンク、グリーン、イエローといったカラフルなテントが張られています。勿論のこと、手前の青白ストライプのテントもそのお仲間。自動販売機だって青白ストライプ系ですからね(^^;

この一画のそんなところを見ていると、建物の荒れも適度なヤレに感じられ、僕の場合は...ですが、理由もなく、ひと気の少ないサーカスや遊園地...というイメージが浮かんできます。笑いと哀しみが同居...というやつのなのでしょうか...。
そんなわけで、歩道までの空間とその先の空間は、前者が日常、後者が非日常...という感じがします。そして、両者の間には、目に見えない壁が存在しているように感じられます。

このとき、僕は、道路の反対側から、この風景をカメラに収めようとしていました。すると、やはりカメラを持った友人が、画面右手のテントが気になったのか、そちらに向かって歩いてゆきました。ま、そういった状況は、よくあります。が、彼が、歩道に差し掛かったときでした。彼のすぐ向こうに目に見えない壁あり、彼がそれを突き抜けようとしているように感じられたのです。なにしろ、空気の壁に波紋が広がったのが見えましたから...(^^;

ま、それは冗談ですが、写真は、ひとの目には見えないものを写し出すことがあります...。もしや...あなたには、この写真に写っている見えない壁が見えますか?(^^;

【場所】台東区台東3丁目あたりです。

下谷竹町の匂い

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この辺りの現在の町名は台東3丁目ですが、昔は...昭和38年末までは竹町...明治43年までは下谷竹町...と呼ばれていたようです。(年代についてはネット検索の結果です)

この町は、大正の大震災時には壊滅しているようですが、第二次大戦時には焼失を免れている区画があります。この写真を撮っている辺りがまさにその区画で、驚くべきことに、周囲には、町名が竹町であった頃からでは?とおぼしき建物が多々残っています。

初めてこの区画に迷い込んだときは、陳腐ですが、まさにタイムマシンに乗せられた感覚を味わいました。その時代遡上の感覚たるや、大袈裟に言いますと、血の気が引いてクラッときたほどです(^^;

ま、そんな風景が残っていてくれたのは素晴らしいのですが、それにしても...です。閑散とした、ちょっと侘びしささえ感じさせるこの感覚・この風景です。ここが、交通量のとても多い幹線道路・昭和通りや、都内でも有数の雑踏の町・御徒町にきわめて近い...ということが、にわかには信じられません。まち歩きに油断は禁物ですね...伏兵は思わぬところに潜んでいます(^^;

【場所】台東区台東3丁目あたりです。

佐竹の路地

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僕は、商店街を歩くときに、どちらかと言うと、商店街の店舗部分ではなく、その裏側が目当てで歩いているところがあります。

先日は、佐竹商店街の素顔というエントリーをしたように、この商店街を歩いたわけですが、上記のごとく、店舗の連なるアーケードからそれて、路地に入り込んでいた時間のほうが長く、その辺りの写真を中心に撮っていました。

いまや都心からは路地がどんどん消えてゆきつつあります。老朽化した建物が建て替えられるたびに、そこの道幅が広げられ、濃密な路地空間が、中途半端な無味空間に変えられています。
そこで生活なさっている方にとっては、便利になることは良いことなのでしょうが、端から見ている者からすると、とても残念なことです。ま、せめぎ合い...ですね(^^;

今日の写真は、そんな複雑な思いをさせる、佐竹の路地を撮ったものですが、都心で撮った路地の写真としては、かなり濃密な部類に入るように思います。というよりも、他の路地の味が薄れてきているいま、トップクラスの濃密さ...と言って良いように思います。そして、こんな風景が心底素敵だと感じるんですね〜。

【場所】台東区台東4丁目あたりです。

いそぎあし

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台東3丁目と4丁目の境となる通りを、御徒町方面に向かっているところです。正面奥に見えている高架は、昭和通りのうえを通る、首都高速道路1号上野線です。

この日は、午後になって、台東3丁目あたりを歩きまわり、いつもよりやや早めに、そろそろ引き上げよう...と、上野方向に向かっていました。もちろん、帰路も写真を撮りながらの歩行になりますから、そうすんなりと帰れるわけはありません(^^;

この辺りでも、建物の隙間から、ヒスイにも勝る(^^;...というくらいに美しいグリーンのトタン壁などが垣間見えたりして、思わずそちらの路地に吸い込まれていました。
そして、その路地から、ふと来た道を振り返ったときでした。芸人さん?とおぼしき和服姿の二人連れがさっと路地の出口を横切りました。和服が板についています。いかにも、知ったまちを用事があって歩いている...という歩き方ですが、その身のこなしもまた板についています。何とも雰囲気があります。

これは...と思い、急いで路地の入口までとって返し、その二人連れが歩み去った方向に目をやると、この写真の感じです...。う〜ぬできる...です。で、ちょっと後を追いながら撮ったのがこの写真です。こういう光景って、滅多に出会えません。しかし、出会うと、東京のまちも、まだ何とかなるかな...という気になれるんですね。理由はありませんが...。

【場所】台東区台東3丁目あたりです。

佐竹商店街の素顔

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ここは御徒町からすこし東に行ったところにある佐竹商店街です。秋田由来の、歴史ある商店街のようです。

このところ、何度かつづけざまにこの商店街を歩く機会がありましたが、いつも心配になるほど閑散としています。歩く時間帯が悪いのかもしれませんが、残念ながら、どうも、そうでもなさそうです。

さて、僕が立っている位置は、その商店街のなかほどにできた更地利用の駐車場のなかです。Googleマップのストリートビューで眺めると、この位置には、まだ、6階建てと4階建てのビルが建っています。駐車場の設備が新しいところを見ても、どうやら、更地になったばかりのようです。

しかし、よくある話ですが、そんな空き地ができたおかげで、こうして、昔ながらの佐竹商店街建物の素顔を見ることができた...というわけです。こうして見ますと、他の商店街の建物にくらべて、サイズがとても大きいのが分かります。栄えた商店街の証...という感じがします。が、それを持て余し、そうとうに疲弊していることもまた分かります...。

【場所】台東区台東3丁目あたりです。

東上野の古参

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ここは東上野です。この一帯は戦災による焼失を免れています。そのせいか、いかにも古い建物が、まだ、そこそこに残っています。

とは言うものの、久々に歩いてみると、「あっ、あの建物が無い」とか「おや、こんなとこに駐車場は無かったぞ」という具合で...、まちはいずこも変わっていきますね。諸行無常の響き...満ちています(^^;

ま、それはそれとして、このトタンで覆われた建物も、この土地に残る古い建物のひとつですが、メンテナンスが良いのでしょう...まだきれいで、かなりしっかりしています。したがって、「戦前の建物に違いない」と言い切れないのが...ですが、古参であることに違いはありません。

こいつが「オッ」と思わせるのは、総トタン...ということもありますが、やはり、中央部分のトンガリ部分の存在です。これは、建物を見る位置の違いにより、建物外形の見え方をかなり変える効果があります。例えば、このままもっと建物に近づいて見上げるようにすると、建物の外形が、ひとつの三角屋根の建物のように見えたり...ということです。

そんなことから、もしや、この建物を建てた大工は、このトンガリ部分の角度をかなり計算したのだろうか?などと、余計なことを思ってしまいます。

【場所】台東区東上野5丁目あたりです。


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