2009年10月アーカイブ

南千住陰影景

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日比谷線の南千住駅の南口改札を出ると正面に見える風景です。風景と呼んでよいものか...ですが(^^;

写真中、右上に見えている黒い部分は日比谷線の陸橋です。左手の黒い部分は、貨物用の線路をまたぎ、泪橋方面へ出るための陸橋です。その陸橋も、歩行者用と自転車専用とが、限られた空間になんとか組み込んだ...という感じで設置されています。したがって、ここでは、空間が、橋や階段、スロープなどで、隙間無く埋め尽くされている感じです。

とにかく、初めてここに降り立った人の誰もが「こんなに殺風景な駅前は見たことがない」と感じるのではないかと思われます。まあ、そんなわけで、逆の意味で、一見の価値はあるのですが...(^^;

それも、太陽が真逆光で射してくる時刻になると、黒い陸橋部分の隙間が輝きを発するようになり、一種、何かの結晶でも見ているような気になれなくもありません(^^; いや、ほんとにかなりのものです。

そして、ついで...のようで申し訳ありませんが、この隙間から見えている部分一帯は、鈴ヶ森とならんで有名な小塚原刑場の跡地です...。

【場所】荒川区南千住5丁目あたりです。

白鬚橋のたもとで...

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夕方、白鬚橋あたりを歩いていました。そのときに撮った写真です。

川沿いの風景やスカイツリーの写真を撮ろうと思っていたわけではなかったのですが、隅田川に近いところを歩いていましたので、土手が見えると、とかくその上にあがってみたくなるものです。で、そうしてみると、川の向こうにスカイツリーが見えます、思いもかけず...です。

ま、考えてみれば、ここから浅草は、もうそう遠くはありません。見えても全く不思議はないのですが、おかしなもので、墨田区あたりに居ると、スカイツリーが存在する...ということが、もう頭に刷り込まれているのですが、場所が変わると、スカイツリーのことが頭からスポッと抜けているのです。したがって、白鬚橋の向こう側に、無いはずのものが突然ニョッキリと目の前に...オオッ...という感覚です(^^; ま、これは僕だけかも?ですが...。

そんわけで、ちょっと得をしたような気分で、川沿いの風景を眺め、ファインダーをのぞき...などしていると、そばを、なんとも愛らしい女の子と母親の二人連れが通りすぎてゆきました。

【場所】荒川区南千住3丁目あたりです。

アキバアオキ

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今日の秋葉原です。秋葉原の風景って、ほんとに、じゃかすか...という感じで変わってゆきます。この風景などは、もう、どれだけ秋葉原をよく知っている人でも、即座に場所を言い当てることができないのではないでしょうか...。

この先に、クルマが通っている通りが見えていますが、そこが秋葉原の中央通りです。そこに出て右手を見ると、もうすぐ先に秋葉原の駅と総武線の陸橋が見えます。そして、右手の壁はヒロセ無線...左手の工事中(ここもか!)の壁はサトー無線...という位置関係です。

この辺りは、電気街・秋葉原でも一等地で、電気製品の大手販売店のビルが連なっていたところです。そこに、エレクトロニクスの波、アニメとフィギュアの波、メイドの波...などが押し寄せ、昔から電気製品を取り扱っていた店がどんどん淘汰されてきました。

そんな流れにも、もう慣れっこになってしまいましたが、このアキバに、しかも目抜き通りに、洋品店"アオキ" がオープンしていたのには唖然でした。アキバの匂いがどんどん薄くなってゆきますね...。

【場所】千代田区外神田あたりです。

必殺ヤレトタン!

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この家は、中川から遠からず...の位置にあります。視界に入った途端、あまりのト耽美に、ガックリと地面に膝をつく(^^;という感じです。
トタンを使った味わいのある家というのは、都内をまめに歩けば多々ありますが、こちらは、やはり、5本の指に入るか...と思われる出来映えです。ほんとに心惹かれます。

こちらのご主人は、あまり細かいことは書けませんが、30年ほど前にこちらに越していらした...とのことですが、この家は戦前のものかも?というお話でした。この一帯は、戦災に遭っていませんから、あり得ることですね。

話は逸れますが、この辺りでちょっと興味深いことがあります。この一帯の住所は西新小岩ですが、昔は上平井町と呼ばれていました。そこで「ん?」と思い出すのが、荒川放水路の対岸にあるまち...平井です。
いまでこそ、でっかい放水路によって切り離され、しかも、かたや葛飾区...かたや江戸川区ですが、もとは地つづきの隣まち...です。そう言われてみると、同系の建物を対岸の平井でも目にしたな〜などと、やや強引に(^^;思えたりするのは、妄想の部類でしょうか...(^^;

ところで、ついでですが、実は、この左隣にも、やはり味のある平屋が残っていました。が、先日通りかかってみると、そちらはもう取り壊され、新たな家が建っていました。この家だっていつなんどき...です...。

【場所】葛飾区西新小岩あたりです。

谷中闇光景

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ここは谷中です。が、10メートルも歩けばもう根津...という位置です。昨日の夕方撮った写真です。

最近は、ほんとによくある、建物が取り壊され、そのあとが駐車場になり...というパターンの風景です。ここは、場所は良いのですが、もうずいぶん長い間、駐車場のままです。シルエットになって見えている建物は、古い古い金物屋さんですが、建物そのものも相当に古く、そう遠からず...という感じがします。

ちなみに、その金物屋さんの隣は、中野パン店でした。というのは、まだ建物は残っていますが、お店は既に閉じてしまいました。また、通りを挟んだ反対側(写真では左)には、全体を新建材に覆われたやや妙な形をした家がありますが、その建物は昔はこんな姿をしていました。

ま、そんなわけで、この三角屋根のシルエットも「見られるうちに見ておかないと景」と言えそうです(^^;

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

真砂の古看板建築

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春日通り沿いの古い長屋看板建築です。後方に背の高いマンションが見えますが、その真下あたりに真砂中央図書館、そのすこし手前には文京ふるさと歴史館があります。また、この建物のすぐ右手には、真砂坂上というバス停があります。そして、ここは我が家から歩いて二三分...です。というわけで、僕がこの横断歩道を渡る頻度はかなりなものなのです。

が、これまで、この建物は拙ブログに登場していませんでした。何年も前から、通りかかるたびに、何枚も何枚も撮ってはいるのですが、近所の良品であるだけに、ついチカラが入ってしまうようです。もっと良い表情で...もっと...の繰り返しで、いつになっても「これならよし!」ということにならいのです(^^; 実のところ、もう「おまえバカか?」というくらいの枚数を撮っていると思います。なんせ、僕が本郷に越してくる前(アナログ時代)から撮りつづけているわけですから...(^^;

そんないわくつきの建物ですが、これは今日撮った写真です。今日の光は角度といい色といい、陰影のつきかたといい、かなりなものでした。空の柄(^^;もよし。ただ、大きな難は、最初に触れた、後方のマンションです。これが目障りです。が、在るものはしかたありませんね(^^; いずれ、まだそのマンションが建っていない頃に撮った写真もアップしようか...と思っています。建物の素性などについても、そのときまでにしっかり調べておきます...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

初秋暮色

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根津に、気になっている場所があり、そこの様子を見てきました。そして、そこから、千駄木駅あたりまで歩いてきました。

今日は、10月にしては気温も高く、晴れて気持ちの良い日でした。そこに日曜が重なっていましたから、観光客の多いこと...です。この傾向は、二三年前よりも強くなっていますし、これからもっと強まってゆくのでしょう...。まちって変わりますね。当たり前なんですが...。

で、まあ、そんなこんなで、千駄木駅あたりまで歩いたわけですが、そこから、そのまま駅に入るには時間が早い...。ということで、来たときとは違うコースで根津駅まで戻ることにしました。

すると、やはりもう秋なんでしょうか、周囲が暗くなるのが思ったより早いです。まだ明るさが残っているうちに根津駅に...なんて思って歩きだしたのですが、とんでもない...。途中ですっかり宵闇迫れば...です。

が、路地の隙間から見える空には、まだ明るさが残っています。この時間が、なんとも路地の黄金の時間かもしれません。この微妙な時刻の、路地の暗さというのか明るさというのか...は、実に絶妙で、時代を超えた空気の艶ようなものを感じさせてくれます。家路を急ぐばかりの時間にしては勿体ない...ですね。

【場所】文京区千駄木2丁目あたりです。

スカイツリー09.10.16

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京島の路地から見た、本日のスカイツリーです。9月なかば頃とくらべても、かなり背が高くなっています。工事の進行が速いです。

このところ、良い天気がつづいてますね。暑くもなく寒くもなく...初秋といいますか、空気がいい感じです。ついでに光もいい感じです。というわけで、午後遅い時間の太陽が、京島の路地に差し込み、建物の壁に陰影をつくっていました。

京島とはいえ、ここは、両側ともにコンクリートの建物が並んでいますが、それでも、この光のせいか...下町らしい風情が感じられます。そう思って見るからでしょうかね〜。ま、いいですね。そして、その奥に、やや霞むようにしてスカイツリーです。もうこんなに見えるようになっていました。

が、なんだか、このツリー、このままの状態でいてくれたほうが雰囲気ありそうに思えてなりません(^^;(^^;

【追記】17日3時頃にTwitterに流れた情報です。東京スカイツリーの高さが、610メートルから634メートルに変更されることになった (事業主体の東武タワースカイツリーが16日発表) ...とのことです。

【場所】墨田区京島1丁目あたりです。

ペインター

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最近、まちなかで、こうした手仕事の現場を目にする機会が激減していますね。道路工事は非常に...否...異常によく目にしますが(^^;

とにかく、最近は、どんな工事をするにしても、基本的には隣近所や通行人への配慮ということなのでしょうが、シートなどで覆いをして作業が行われますから、その向こう側で何が行われているのか...分からないケースがほとんどです。
したがって、こうして、ペンキ屋さんが、塗料を入れた缶を片手に、慣れた手つきでハケを動かす...なんて姿も久々に目にした気がします。いや実際に久々です。

ま、脚立と手道具の時代はとうに過ぎ去り、クレーンと電動工具の時代になってはいますが、それでも、人が手足を動かし、道具を使い、仕事をしている現場・姿を見る...というのは、なにか大切なことに思えてなりません。

この脚立と足腰との一体感、手の動きと目線の動き...など、かなり腕のある人だからでしょうが、見ていると、ホレボレなのですが、そればかりではなく、なんだかほのぼのと暖かいものを受け取った感じがします。

【場所】北区王子1丁目あたりです。

豊島の戦後

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前々エントリーと同じく、北区の豊島からです。

豊島一帯は、ごく一部を除き、大戦の空襲により、ほぼ全体が焼け野原になっています。この家は、よくぞ残っていたものですが、前々エントリーで話題になった日産化学の工場から遠からずの位置にあります。戦災焼失区域表示地図と照合してみると、もしや、戦災に遭わなかったごく一部の、そのまた生き残りと思われます。愛らしいですが、迫力があります。

先日、たまたま、終戦後 日産化学の近く(ということは、この家の近くでもあります)にお住まいだったという高齢のご婦人にお話を伺う機会がありましたので、簡単に...ですが、その内容をメモがてら記載しておきます。

●この辺りの建物は、おが屑をコールタールのようなもので固めたブロックを基礎に使っていた。戦災で焼け落ちたときは、それらがたくさん露出していた。
●焼け野原の頃は、豊島から、王子駅そして富士山まで見えた。富士山はその後も見えていたが、池袋にサンシャインが建ってから見えなくなった。
●日産化学は、戦後、様々なものを製造していた。例えば醤油なども製造していた。それらは配給された。
●日産化学の従業員の作業着がすぐに赤茶色に変色していた。そこから、彼らは"あかご"と呼ばれていた。戦後、工場は3交代制・24時間操業していた。
●日産化学の周囲の建物のトタンはすぐに錆びていた。また、タンスの取っ手などもすぐに錆びた。
●豊島には、日産化学へ引き込まれた貨物線とは別に、火薬工場用の軍用鉄道と運河(現緑地公園)があった。(こちらを参照してください)

ま、そんなことなんですが、なんだかズーンと重い言葉が多いですね...。ところで、最後の項の運河ですが、いまは豊島緑地公園に姿を変えています。が、その運河についてネット検索しても、何もヒットしないに等しい状態です。となると益々興味が湧いてきます。何かご存知の方、いらっしゃいませんでしょうか...。

【場所】北区豊島あたりです。

小さな風景

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このブログでは、"寄った"写真はほとんど掲載していません。が、昔ほど撮らなくなったとはいえ、"寄った"写真を撮らないというわけではありません。というわけで、今日は、そこそこに"寄った"写真を...。

ご覧のとおり、黒いビニールのようなもので出来たミッキーマウスとミニーマウスです。千住の路地にある、看板を見なければそれと分からないような、小さな美容院のガラスのドアに、こうして貼り付けてありました。

このミッキーとミニーですが、さほど大きいものではありません。身長10cm程度でしょうか...。そんなわけで、実は、最初に通りかかったときは、「うん?ドアに何か汚れのようなものがあったな」という程度で立ち止まりもしませんでした。が、通り過ぎてからも、何か気になり、戻ってみると、その汚れはミッキーとミニーだった...というわけです。

まちの美容院というと、通常、入口ドアには店名が書かれているものですが、こちらは、屋根近くに看板は出ていますが、ドアには何も書かれていません。店名の代わり...というわけではないでしょうが、こうして、小さなミッキー&ミニーが置かれているだけです。

が、これが、なんとも心を和ませてくれます。最近は、とにかく、まちがギスギスしてきているように感じられてなりません。トゲが強くなっているように感じます。そんななかにそっと在ったこの小さな風景...。こうした心持ちがまちを覆ってくれたらな〜と...。

【場所】足立区千住柳町あたりです。

闇光景

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全国的に台風の影響で雨風が...というときに、それに輪をかけるようなクラ〜イ写真をアップすることになってしまいました(^^;

ここは北区の豊島というところです。この地を踏んでみるまでは、豊島...という語の響きから北区を思い浮かべることはありませんでしたが、どうやら、豊島という地名の本家は豊島区にあらず...こちらのようです。

そんな豊島ですが、ちょっと調べてみると、数年前に、土地がカドミウム(訂正:ダイオキシンでした)に汚染されていたことが判明し、大騒ぎになったのが同5丁目でした。「そうだ、そういえばそんな問題があったな...」と、思い出した次第です。

この豊島という土地は、元々、隅田川を挟んで対岸となる足立区側に深く食い込むような形をしていて、天狗の鼻...と呼ばれていたようです。が、荒川放水路の掘削でかなり形が変えられています。下の地図でその変化をご覧いただけると思います。



地図の年代は以下のとおりです:
左端:現在 [Yahoo地図]
左から2番目:平成14年頃(orそれ以前) [3層重ね地図]
右から2番目:昭和初期 [東京日々新聞付録 / 昭和7年 隣接町村併合記念]
右端:明治後期 [3層重ね地図]

かなりな変化がありますね。そして、もうひとつ、重大な変化が見てとれます。元肥料製造会社の敷地だったところが、現在、団地になっている...ということです。その素性が表面化したのが、以前話題になったカドミウム(訂正:ダイオキシン)汚染問題だったわけですね。で、今日の写真ですが、いまどきにしては、やけに闇が濃いな...などと思っていたのですが、もしや、そんな土地の暗い影が写ってしまったのかも?です(^^;

【場所】北区豊島あたりです。

ブリキヤさんの角

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北千住駅から西の方向にしばらく歩いたところに、トタン系の建物が寄り集まっている一画があります。今日の写真に写っているのがその一画なんですが、とんでもなく惹きつけるものがあります。

ここは、先端が八の字(の上のほう)のような形になっているため、交差点というよりも、家屋群の岬が広場に突きだしている...という感じがします。その感覚は、かつてはどぶ川であったであろう道がこの家の前あたりに集まってきていることでも強められているようです。

そういったことを別にして、実は、この一画...というよりも、先端のトタン家は、いわゆる町歩き系のひとたちの間ではよく知られた存在のようです。波形トタンとガラスの引き戸の組み合わせだけでもかなりなものですが、加えて、ガラスに書かれた"ブリキヤ"の文字と"サイドカー式チャリ"の存在です。これを見れば、まあ、町歩き系にかぎらず、たいていの人は参りますね(^^; 懐かしさもありますし...。

こちらは、僕も、過去に何度も通りかかった場所です。が、しばらく遠ざかっているうちに、すっかり記憶から飛んでいました。ところが、つい先日、じんた堂さんのブログでこれがとりあげられていました。思い出しましたね〜。そして、うまくしたもので、そんな時は、ちょうど北千住に行く用事ができたりするんですね(^^;

【場所】足立区千住柳町あたりです。


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