真砂の古看板建築

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春日通り沿いの古い長屋看板建築です。後方に背の高いマンションが見えますが、その真下あたりに真砂中央図書館、そのすこし手前には文京ふるさと歴史館があります。また、この建物のすぐ右手には、真砂坂上というバス停があります。そして、ここは我が家から歩いて二三分...です。というわけで、僕がこの横断歩道を渡る頻度はかなりなものなのです。

が、これまで、この建物は拙ブログに登場していませんでした。何年も前から、通りかかるたびに、何枚も何枚も撮ってはいるのですが、近所の良品であるだけに、ついチカラが入ってしまうようです。もっと良い表情で...もっと...の繰り返しで、いつになっても「これならよし!」ということにならいのです(^^; 実のところ、もう「おまえバカか?」というくらいの枚数を撮っていると思います。なんせ、僕が本郷に越してくる前(アナログ時代)から撮りつづけているわけですから...(^^;

そんないわくつきの建物ですが、これは今日撮った写真です。今日の光は角度といい色といい、陰影のつきかたといい、かなりなものでした。空の柄(^^;もよし。ただ、大きな難は、最初に触れた、後方のマンションです。これが目障りです。が、在るものはしかたありませんね(^^; いずれ、まだそのマンションが建っていない頃に撮った写真もアップしようか...と思っています。建物の素性などについても、そのときまでにしっかり調べておきます...。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

コメント(13)

そういえば、この古看板建築は三年前、安田講堂で行われたシンポに行く道すがら写真に収めてました。
この二軒長屋のムクリの付いた屋根と、古看板建築右側界壁のレンガがちょっと気になりました。
斜向いにはヤレトタンのパッチワーク建築もありましたが未だ健在でしょうか。これもそうですが、あのヤレトタンも写真を撮る時間帯が難しいですね。

>iGaさん
コメントありがとうございます。この建物はやはり注目度高いですよね。ところで、この屋根のムクリ(ネットで調べて理解です(^^;)ですが、もしや、経年による天然ムクリではないでしょうね(^^;(^^; また、右側の建物とその隣との間にある煉瓦塀は昔ながらのもので防火が主な目的もようです。本郷界隈には、それらしき壁がまだいくつか残っています。そのあたりは菊坂の与太郎さんが異様(^^;に詳しいのですが...。
そして、向かいのヤレトタンですが、仰いますように、常時逆光になることもあって、難しいですね。が、あいつはすでにアップしています(http://kai-wai.jp/2008/09/post-14.html)。あの界隈では最も古い建物だそうです。

こんばんわ、masaさん。
遂に登場しましたね、以前からまだかまだかと思っていたのですよ。
実は近くに医療機器系のお取引先があり、前を通るたびに写真家masaさんを思い出しては、ヤレトタンや並びにある骨董屋を覗いたりしていました。
それにしてもまるで生き物のように、ムク、、、れています。いや確かにこの建てものは生きています。 通りかかる人々が何故か静かに時代のうつろいを観ているようで見物人などいない様な印象がまた、自分にはたまりません。近くには教会を併設した古い由緒ある幼稚園もありますよね。

>kazuさん
こんばんわ。ほんとに、やっと...という感じです。個人のブログのように、締め切りが無い場合は、とかくこういうことが起きますね。時には締め切りってありがたいものです(^^;
しかし、この辺りをよくご存知ですね〜。あの骨董屋さん(皿美術館併設)も紹介の対象だよな〜と思いながらも、近所って、けっこうやりにくいところがありまして...(^^;てなわけです。
触れていらっしゃる弓町教会にはパイプオルガンがあって、休日には無料コンサートが開かれたりします。そして、ひと昔前は、教会のはす向かいあたりに、古い日本家屋のフランス料理レストラン楠木亭があったりと...雰囲気ありました。が、最近はもうマンション町になりつつあります。
で、本題にもどってこの建物ですが、建物を所有なさっている方は、借り主から戻ってくるのを待っている状態のようです...。

ほんとうに、ついに出た!のですねー。
あまりにご近所で、あまりに「それ」なので、今更なのかと思っていました。でも「バカか?」というほど撮っていらしたとうかがって、今日わたしは大感動しました。この向かい側の時計屋さんに分解修理を頼んでいますが、なかなかできません。

>braryさん
あまりにsoreでいまsara(^^;...というのはあまりに正しいご推察です(^^;
しょだな〜(^^;あ、いえ、そうですね、しかし、実際に撮った大量の写真を目の前になさったら、やはり「これははっきりバカだ(^^;」とお感じになると思います、はい。
ところで、時計ですが、大丈夫でしょうか? 分解はできても組み立ては難しいって言いますよね〜。僕の取り越し苦労であることを祈りますが...(^^;

あは 感慨深いですね。
後方のマンションは最初の計画からは2階分しか低くできなくてすまんです。
だいぶ頑張ったんだけどね。
わたしゃ某大手不動産会社から工事妨害で訴えられて地裁通いしましたよw

>tadanzakaさん
こんばんわ。いや、そうでしたか〜。すまん...なんて、とんでもありません。こちらは実害ありませんが、tadanzakaさんとこはモロですからね〜。しかし、2階分しか...とおっしゃってますが、確かに2階分のみ...とも言えるでしょうが、実のところ、行政がOK出した設計を変更させたたというだけで、大健闘ですね。
とにかく、あの崖縁にあの高さデカさのビルをおったてるという発想にはうなずけませんですね...。

宇都木家具店の隣の銅貼り家のほうが、いまや貴重品ですね。大横町商店街にも1軒のこっています。
多いのは、本湊町あたり。潮風避けでしょうか。
宇都木家具店---大長編『大菩薩峠』のそもそもは、机竜之介と宇津木兵馬(?)の奉納試合からはじまります。
この家具店、甲州産系の人なんでしょうね。

>chuukyuuさん
コメントをありがとうございます。銅板貼りの家は、あれだけよく目にしていましたが、気がつけば...という感じで数が減りつづけていますね。銅板を貼った家は、震災の火事が教訓となって増えた...と聞きましたが、海沿いでは、潮風避けもありえますね。
そして、宇都木家具店の店名からの読み...なるほど!です。とてもそこまでは読めませんでした。ありがとうございました。

自信がなかったので、確かめてみました。
机龍之介の試合相手は、宇津木文之丞でした。訂正します。が、姓は間違えていませんでした。
宇津木家は、大菩薩峠を武州側におりて13里の和田村---八王子同心の家---といいいますから、やっぱり武田の遺臣ですね。

追記。兵馬は、殺された文之丞の弟で、竜之助を兄の仇と狙うのでした。

また追記。『旧高旧領』のデータ・ベースで検索したところ、宇津木村は多摩郡で現・神奈川県とありました。
とすると、博学の中里介山先生が、八王子同心の子息としたのは、間違いかも、八王子同心は、武田の下級武士を30俵2人扶持で甲州街道口の守りにつかせたのですから。神奈川県なら北条系ですよね。宇津木家は、北条系から徳川へついたのかも。でも変ですね。

>chuukyuuさん
中里介山先生もさることながら、勝るとも劣らないchuukyuu先生御自ら、お時間を割いてお調べいただき、大変にありがとうございます。
しかし、さすがに話が峠にまつわるのか...結果がコロリゴロリと、まるで崖を滑ち落ちるか...のようですね(^^;
お書きくださった内容に、どうやら、くっついて行きましたが、どちらにしましても、ともかく、ウツギという音には、確実に甲州の匂いが感じられて不思議はなさそうですね。重ねてのコメントを大変ありがとうございました。



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