長屋の裏庭

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前エントリーは、川越の象徴とも言われる塔"時の鐘"が写った風景でしたが、今日は、同じ川越でも、打って変わって...という風景です。

この場所は、観光資源中の資源である"時の鐘"からそう離れてはいません。長屋の裏手の路地わきに広がった小さな空間で、実にひっそりしています。ここに佇んでいるかぎり、"時の鐘"周辺の人の流れがうそのように感じられます。
しかも、この空間は、手を感じさせない程度に手が入っていて、とても清潔な感じがします。そして、しっとりとした空気と人の営みのにおいに満ちています。

前エントリーで「観光コースを一歩外れると、別のまちにでも来たかのような風景のなかに入りこみます」と書きましたが、この空間などは、まさに、その代表的な例と言えそうです。

ところで...です。実は、この路地の入口は、通り抜けできる路地の入口とはとても思えない造りをしています。他人の家への入口にしか見えません。ではどうして僕がここで写真を撮ったりしてたのか...ですが、それは、地元の人の行動を観察して学習し...です。ま、やや動物的ですね(^^;

というわけで、前&本エントリーと、川越の極端な2面を紹介しましたが、次エントリーからは、アットランダムに川越風景を...と思っています。

【場所】埼玉県川越市元町あたりです。

コメント(10)

masaさんがおっしゃる通り「手を感じさせない程度に手が入っている」って 魅力的ですね。ふぅっと温かな厚みを感じます。

ここも城下町の一角なのでしょうか?
谷町の入り組んだ長屋群を思い出します。
こんな風に 「通り抜けられそうに無いのに通り抜けられる路地」や「一見 通り抜けられそうなのに行き止まり」になっていて、他所者を混乱させるのです。

それにしても他所者のmasaさんが ちゃあんと地元の人の行動を学習してこんなところにまで入ってらっしゃるって、なんだかとても愉快です!
masaさんの写真の沢山のマジックの一つが これなんですね!

「まちを撮る」というのは そんな風に動物のように 虫のように 風のようにしなやかに 入り込む事も必要なんですね。・・・・・褒め言葉です、念のため。

>光代さん
こんばんわ。コメントをありがとうございます。
この場合は、"意識して"手を感じさせない程度になっている訳ではなく、偶然にそうなっているのでしょうが、やはり、庭には、さりげなさがとても大切だと思います。
谷町の入り組んだ長屋群...と書いていらっしゃいますが、ここでは、本文に書こうか...と思ったくらいに、それを思い出していました。あの2階建て長屋の1階部分に穴が開いたような入口です。まさにあの手の入口だったのです。でも、ここは関東。よもや誰もが利用できるとは思いませんでした。が、気になる...というので、しばらく近くに立って見ていると、地元のご婦人がそこに入るのが見えましたので、急いで、その方の行方を確認しました。すると、向こう側の口から出てどこかへ...。もうひとり待ってみましたが、やはり同様...。しめた!(^^;というわけです。
しかし、まち歩きする場合は、本気で、忍びの心得があったらな〜と(^^;つくづく思います。

そこが川越であろうがなかろうが、右手の植物がなんであろうが、昏がりのその先が通り抜け可能だろうが、行き止まりであろうが。もはやそれらいっさいの情報は、空気の密度が写されてしまった、写真という〈事件〉を解く鍵とはきっと無縁、と。以上は、私的つぶやきです。妄言多謝。気配に圧倒されました。至福の絶句のひとときを、感謝します。

通行人様 masaさん
横からごめんなさい。

「空気の密度が写されてしまった」
こういう風に書けば良いんですね。

その空気の密度の事です、私が「温かな厚み」と書いたのは。
私には それが地面から ゆんわりゆっくり 立ち上ってくるように見えました。
通行人さんは どのようなものを感じられたのでしょうか?

masaさんの写真には その土地の持っている「時間」と「人の営みのエネルギー」の積み重なったものが 写り込んでいる事が良く有りますね。
まるで地層のように重なり合って 厚みとなって 写真を魅力的にしていると感じます。
時折、それに ゾゾゾッと震えがくる事すら有ります。 
そして、それらの写真が大の大の大好きです。

通行人さんのコメントが 今まで 大人しく 控えたコメントを書いていた私の心に点火してくださいました。
饒舌な割にポイントをついたコメントは書けませんが、通行人さんのコメントに共感し 横からお話しさせて頂きました。

>通行人さん
通行人さんは、相当な遣い手でいらっしゃる...と拝察いたします。写真を裏の裏まで見てくださいましした。そのうえでのコメントを大変大変、ありがとうございました。こちらこそ感謝いたします。今後ともご指導を宜しくお願いいたします。

>光代さん
重ねてのコメントをありがとうございます。僕はに、このブログでも何度か書いていますが、言いたいことを文章で言うことが難しく、写真のほうが楽に言える気がするから写真を撮ってる...という感じです。コメントをくださる方々の文章を拝読し、あ...なるほど...ということがしばしばです。今回もまさにそんな気がしています。
いつも暖かいコメントをお寄せいただき、本当にありがとうございます。

>光代さん
気まぐれな書き込みへの応答、ありがとうございます。
川越に行くことがあれば、ぜひこの場を訪ねたいです。ですがそれは、masaさんの写真の濃密な空気を、現場で確かめられるという期待からではなく、むしろその不可能の確認への期待からです。あったものが撮られたのではなく、撮られたものが生々しくありはじめるという、「写真という詐術」の現場が、そこに浮上するのだろうと思います。

>masa さん。
勝手なことを書き込んで済みません。板橋大山であれ川越であれ、あたかも行ってみたら偶然そこに、そのようにあったかのような、masa さんの地名交じりの〈口上〉と、黙秘する写真の絶妙なバランス。また、立ち寄らせてください。

>通行人さん
お返事まで...ありがとうございます。勝手なこと...なんてとんでもありません。"不可能の確認への期待...「写真という詐術」の現場...黙秘する写真..." などなど、短文中にいくつもの原石が埋め込まれています。写真というものの素性性質を鋭くおつきになった文章、惚れ惚れするとともに、大変勉強になりました。ここでは、千里眼さん...とお呼びさせていただこうか...と思います。

通行人様
東京出張の折 ユニークな看板のおかげで masaさんの撮影場所に偶然立ったのが分かった事が有ります。。驚愕しました。
私なりの「不可能の確認」をさせられるはめに陥ったのです。(写真を撮りませんが・・・)でも 良い表現が出来ません。
通行人さんのコメントをお待ち申します。

通行人さんの「撮られたものが生々しくありはじめるという、『写真という詐術』」と言う表現に震えます!
私がここに来て 舌足らずにも饒舌に書いた山のようなコメントは 通行人さんのこの一行に表現されています。改めて自分が感じているものが確認できました。

masaさん
ここに来ると 私はmasaさんが たった一つ「カメラ」と言う武器だけを持って 丸裸でその現場に立ち向かっていらっしゃると感じます。
masaさんの全身+カメラを通して見える東京は 時間と空間の厚みが感じられ、私を「生まれ出た私」に引き戻してくれるのです
そして、身が引きしまる思いで居ます。

「空気の密度」写真 お待ちしています。

>光代さん
通行人さんの鋭い感覚に感動なさっているようですね。僕も同様です。
とにかく、僕の場合は、自分の感覚の赴くままにしか撮れませんが、普通の人が普通に暮らしていることの奇跡、それらに対する驚きや畏怖を感じながら...すぐそこら...に眼をこらしていこうと思っています。



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