ふれあい橋

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写っているのは "神田ふれあい橋" なる歩行者専用の橋です。神田川のうえに架かっていて、秋葉原駅の南口あたりと岩本町/須田町とを結んでいます。

すぐ左に見えるゴツイ鉄骨の塊は東北/上越新幹線の鉄橋の梁ですが、面白いことに、この橋(ふれあい橋)は、元々その鉄橋の工事用として架けられたものだそうです。したがって、本来は鉄橋完成後に撤去されるはずだったものを、周辺住民の要望により残し、一般の利用に供した...という経緯があるようです。

写真で言うと、左方に万世橋が、右方に和泉橋がありますが、この地点からは両橋ともに200メートルほど離れています。したがって、この橋は、対岸から秋葉原駅に向かうには大変便利な位置にあり、通勤の人たちも多く利用しています。このときは、ちょうど退社時刻に重なったせいもあって、会社員らしき人影が途切れることがありませんでした。

この橋からは、昼間は、神田川の下流方向を望むことができます。が、夜になると、それも闇のベールの向こうに隠れます。したがって、この橋は、上方が開けているというのに、なんとなくガード下感覚...もうひとつ言うとトンネル感覚...が強まります。それも、この無骨なまでのゴツさのせいか、どこか異次元的です(^^;

ま、元々が工事用だったわけですし便利な橋ですから、別に文句はないのですが、江戸期は、この背後の一帯は、川沿いに柳の並木があり、柳原土手と呼ばれ、夜鷹も立った...なんてことを思うと、やはりちょっと考えてしまいます(^^;

【場所】千代田区神田須田町2丁目あたりです。

コメント(14)

月曜日の夕方に真砂図書館に行ったので、ひとつ前のエントリーにコメントさせていただこうかとも思ったのですが。

この橋の風体と、お書きになっていらっしゃる江戸期の背景からすると、「神田ふれあい橋」というネーミングがほとんど冗談のようで。
ですが、こういうものを残すという選択はなかなか悪くないので、名前もほんとに洒落でつけたのかもしれません!

>braryさん
コメントありがとうございます。月曜日は、僕も夕方、真砂図書館に行きましたので、得意のすれ違い(^^;のようですね。
で、この橋ですが、ほんとにネーミングが微妙です。新幹線鉄橋とふれあい...ですし、すれ違う人の肩がふれあい...あたりに由来がありそうに思われます(^^;

確かにその時刻は秋葉原駅へ向かう(帰る)人々の利用が多いですよね。ちょっと階段を登ることと、鉄骨の構造によって、川を渡る橋というより道路を越える歩道橋のような感じを覚えます。
「ふれあい橋」という名付け。現代には似たような感覚の言葉が多く、その貧しさに情けなくなります。
たとえば(橋ではなく坂ですが)袖摺(@牛込)などと名付けた先人たちの感覚を見習いたいと思うのであります。

>M.Niijimaさん
この時間にこの橋を渡るのは、この時が初めてだったのですが、ほんとに利用者が多いですね〜。ここに立ち止まるのは、さすがにはばかられましたから(^^;
この橋の名称は、応募によって決めたということですが、どうもな〜という感じはありますよね。僕も、実に、袖摺坂(iwatoの近くですよね)を思い浮かべました。圧倒的な風情の差ですね(^^;

はい。iwatoからほんの少し箪笥町へ行ったところです。
ところが元々の袖摺坂は現在標柱のある階段のところではなく、大久保通りを挟んだ南側であったという説もあります。
http://www.teinenjidai.com/syumi/saka/h20/07/index.html

すみません、ふれあい橋から脱線してしまいました。

>M.Niijimaさん
再度のコメント&情報をありがとうございます。袖摺坂にそんなエピソードがあるとはまったく知りませんでした。現在の坂が唯一のものとばかり思っていました。URLの記事を見ますと、もうひとつの候補の位置って相当に違いますね(^^; もしや、大久保通りがもっと狭かった頃、ふたつの坂が大久保通りを踊り場にして、1本の坂のようだった...(^^;とか...あり得ませんかね(^^;

 こんにちわ。あの橋がそんな具合にできたのだとは知りませんでした。初めて通った時に、こりゃ便利だ、と思ったんですが、なんでそれまでこの橋を知らなかったのか、自分で不思議だったんです。
 この橋は「訳知り」の雰囲気で一目散にわたる常連さんばかりですよね、そんないい方変だけれど。

 須田町の方のたもとに神社がありませんでしたっけ?

>nsw2072さん
こちらにもコメントをありがとうございます。僕も、実を申しますと、この橋のエピソードは、このエントリーを書くときに初めて知りました。確かに便利ですが、新幹線直下という凄い位置にあることに納得した次第です。仰いますように、橋というよりも「知った抜け道or歩道橋」的に通り抜ける人が、確かに多いと感じます。
で、はい、橋の南詰めに柳森神社という小さな神社があります。

え~、書き込みはひさしぶりです♪「ふれあい橋」の思い出をひとつ。

平成になったころに、ふれあい橋から万世よりのテナントビルに
ワタシの働いてた会社の本社が入ってました。毎日タイムカード
押すために朝本社にいってたので、そのビルの上に住んでる
オーナーの家の品のいいおばあちゃん(たぶん当時70前くらい)
とエレベーターなどで行き会うと、ときどきお話してました。
「アナタたち、お祭り(神田祭)に参加しない?」…いやはや、
当時はまだ若かったのですわ(汗)。

なかでも、一番印象に残っていたのはふれあい橋の話。
「あの橋はね、亡くなった主人の悲願でね…」しみじみと
回想していたおばあちゃんの口調が今でも忘れられません。
アキバのあのあたり、古くからの住人が自分の持ちビルの上階に
すんでいることが多かったので、あの橋を残すことで
アキバに来る人と住む人がふれあえることを願っていたのでしょうね。


>kaerumaさん
こんばんわ〜。
そうですか...そんなエピソードもあったのですか...。こうして、地元の方の裏話とまでいかないにしても、お話がネット上に残されますと、それが多くの人々とシェアされますから、とても意味がありますし素敵なことですね。ありがとうございます。
橋の名称につきましては、ネットでチェックしたかぎりでは、「川の両岸のまち同士のふれあい」というものを主にイメージしたように書かれていましたが、「アキバに来る人と住む人とのふれあい」というのは、いかにも住人ならではの発想のように思えますし、これまた接遇精神面での暖かいものを感じさせますね。いまは、どこのまちも、来る人にピリピリと神経をとがらせているようなところがありますので...。

こんばんわ。久しぶりに書き込みさせて頂きます。
柳森神社~ふれあい橋は、いつも住まいから秋葉原へ
PCのパーツ買い若しくはパチンコ打ちに行くとき
必ず通るルートなので馴染み深いです。

柳森神社に行くと、いつも猫が3匹(三毛・白灰のぶち・黒)
が居て、黒はまだ若くいつも神社の2階縁側で人を避けており
三毛とぶちはかなり年寄りで人によくなついていました。
前にこの2匹が門の入口の左右に座っていたのを見て、まるで
参拝客を出迎えているかのようですごく印象深かったのを覚えています。
最近三毛の方見かけませんので少し心配です。

この通りの銅板張り看板建築も有名ですね。

>東神田住人さん
こんばんわ。コメントをありがとうございます。この橋は、間に合わせのような化粧は施されていますが、あの位置あの環境で残されたということが、ある意味、その便利さを物語っていますね。確かに、あの辺りのお住まいの方にとっては便利でしょうがないってくらいに便利で有り難い橋でしょうね。想像がつきます。
ところで、柳森神社では猫の姿を必ずのように目にしていましたが、さすがに地元の方...それぞれの毛並みまでよくご存知で(^^; なんだか狐の代理(^^;という感もありますね。
そして、あの、柳森神社のすこし先の銅板張り看板建築の並び...あれは良いですね〜。もう何回か写真は撮っているのですが、とかく車が邪魔してくれてまして(^^; ブログ掲載に至っていません。そのうち...です(^^;

橋の名にちなむお話しにはホッとすると同時に、言葉が拙い的な発言をして反省しております。(もし、わたくしの発言にご気分を害した方がいらっしゃいましたら、此処に深くお詫び申し上げます。)

そして(何処かの、誰かの)想いを知るには、ストーリーの存在がとても大切なのかもしれません。こうしたブログの場で、そういったことを知ることができるのは有難いことでございます。

>M.Niijimaさん
細やかなお心遣い...皆様にかわり御礼です。あの橋に対する住民の方々の想いと、名前そのものの評価とは結びつくものではありませんから、その点はご心配ないのではないでしょうか...。そのあたりは本当に人それぞれですし、僕も実はM.Niijimaさんと同じように感じていました。
それにしても、こうしてコメント欄に書き込んでいただいた情報にどれだけ教えられたことか...と思います。主にその意味で、スパムに負けてコメント欄を閉じることがあってはいけない...なんて思います。



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