路地と裸電球

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エントリー『柳原千草通り』のなかで、「左右の路地に逸れると、そこがまた......です」と書いていますが、その路地で撮ったのが今日の写真です。

付け加えますと、路地にすこし入り、千草通りのほうにふり返って撮ったものです。したがって、突き当たりにベージュや茶の壁が見えていますが、それらは商店街の店です。どちらが路地?という感じですが、そこが良いところですね(^^;

そして、何といっても、この辺りの路地で気になるのが、昔ながらの街灯です。丸太の柱に金属の傘、裸電球...というスタイルです。都内にはもう本当に少なくなりましたが、ここ柳原の路地では、まだあちこちで目にします。

これがまた、照度センサーなど洒落たもの(^^;は付いていないタイプで、時間で点灯するようになっているそうです。そんなわけで、こうして、まだ明るいうちに点灯していたりします。

勿体ない...という指摘も受けそうですが、この日中に点灯した裸電球、細い路地とあいまって、ちょっと鄙びたような、なかなかの雰囲気を醸し出してくれます。いやほんとに、同じ灯りでも、どこかのタワーやビルを使い、とんでもない予算を組んでライトアップするよりどれだけ安上がりで雰囲気があるか...です(^^;

ま、両者を同列に並べて比較するのは無理がありますが、それを承知でなお...です(^^;

【場所】足立区柳原2丁目あたりです。

コメント(36)

こんにちは。
木製の電信柱に白熱電球、こんな組み合わせが東京にもまだ残っていたのですね。
千草通りは何十回も歩きヘボ写真の山を築いてきたというのに、ついぞ気がつきませんでした。
荒川を挟んでのこのシリーズ、楽しませていただいています。とくに放水路掘削以前の地図に
「陸前浜街道」の文字を見つけた時には、びっくりしてしまいました。といいますのも、
この古代からつづく道の先には、ぼくが生まれ育った小さな町 - 歳の離れた従兄に言わせると、
どん欲なことで知られる歴史でさえ手を出しかるほど貧しいかったけれども、それでもなお
歌枕を訪ね歩く人々や南へと向かう防人たち、あるいは戊辰戦史の片隅を飾った人たちの足跡が
刻まれてきた土地 - があるからなのです。関東大震災のおり、保線夫たちを率いて「帝都救援」に
赴いた父方の祖父も、おそらくは途中で列車を降りてこの道を歩き、まだ工事中の荒川放水路を
横断して千住に入ったのでした。
つぎにこのあたりを歩く際には、明治時代の地形図も持参したいと思っています。

>Rambler5439さん
う〜ん...感慨深いお話をありがとうございます。僕は同地図上で「陸前浜街道」の文字を目にしたときに、おや?と、妙な違和感を覚えましたが、そういうことだったのですね。土地にはほんとに様々な物語が様々に埋め込まれているものですね。
しかし、明治大正時代の政府にとっては、そんな古代の道も、およそ目ではなかったのでしょうね。見事に削り取ったものです...。
この、旧水戸街道ですが、放水路の両岸に立って、途切れた道を想いながら対岸を眺めますと、かなり感慨深いものがありました。その辺りも写真に撮ってはいますが、それを喜ぶ人は(wakkykenさんなど(^^;)きわめて限られますので、ブログにはアップしませんが、今回、両岸を歩き込んでいる理由のひとつは、その削り撮られた道とその周囲を、妄視(^^;してやろう...ということもありました。なんせ、ついこの間まで地続きなんだから...というノリです。
ついでですが、柳原には、震災の前か後かわかりませんが、大正期に建てられた家屋が残っていることを、つい先日知りました。

 いやぁ、毎度良い写真をありがとうございました。実は友人のひとりが柳原に住んでいるんですが、これまで一度も足を踏み入れていないんですね。
 この街頭の写真だけを撮りにでも行ってみる価値がありますねえ。

>nsw2072さん
こんにちわ。この街灯もありますが、柳原の半円形の元川とその両側の道をお歩きになるだけでも...と思います。しかもご友人がいらっしゃるとのこと...通常よりも一歩踏み込めることが保証(^^;されているようなものですから、羨ましい限りです。

masaさん、こんにちは。
「その辺りも写真」を「喜ぶ人」、wakkykenです(^^;;。

私は、土地の人から聞いた「水戸街道」が地図では「陸前浜街道」となっているので「あれっ?」と思いましたが、そのままにしていました。ちょっと調べると、明治になつてつけられた名前が「陸前浜街道」で、それ以前は水戸までは「水戸街道」、水戸以北は「奥州街道」ということだったんですね。

さて、この写真、私も点灯した瞬間におりましたが、不思議な感じでしたね〜。『Kai-Wai散策』で電球といえば、私個人としては、「王子の線路脇」(http://kai-wai.jp/2005/11/post-534.html)です。こちらのほうは、町が異次元に突入する「汽水的な時間帯」=masa-time(?!)に撮影されたものですが、今回の写真は、まだ昼間といった時間帯です。これは、不思議な感じですね〜。お書きになっているように、タイマーなんでしょうが、なにかの合図のように感じました(^^;;。

>wakkykenさん
こんにちわ。お疲れのところお呼び立ていたしまして...(^^;
街道名についてお調べいただき、ありがとうございます。ということは、あの辺りではあの道を旧水戸街道と呼んでいますが、正式には、今でも「陸前浜街道」なんですね。ま、放水路で断たれていますし、そんな大それた道には見えませんが...。

「王子の線路脇」の写真まで思い出してくださいまして、ありがとうございます。で、柳原の街灯のほうは、白昼に点灯している意外性、それに逆光という条件が重なって、なんとなく不思議な感じがしましたよね。しかし、あの時に点灯しましたっけ?(^^; それは僕は見落としました(^^;
ま、どっちにしましても、最近路地でも流行のように取り付けが進んでいる、人が通ると反応して点灯する赤外線センサーの外灯はどうもいけませんね...。

masaさん

しかし、あの時に点灯しましたっけ?(^^; >masaさん

えっ、違いましたか??
私は、そうとばかり思っていました〜〜。
そうなんか、私の気のせいですか!!
でも、そんなことがあってもよい電灯だと思いますよ。

>wakkykenさん
あ、いえ、僕の記憶はもうきわめて曖昧ですから、wakkykenさんがそう仰るのだからそうだったに違いない...と思った次第でして(^^; しかし、まったくお書きになってる通りで、この電灯はかなり"二階堂焼酎のCM的(^^;(^^;"だと思います。例えば以下です(^^;
http://www.youtube.com/watch?v=EhAnGC6_PD4

masaさん、こんばんは。

お酒を召し上がらないmasaさんが、てんこ盛りの麦焼酎のCMをご紹介くださったので、びっくりしました〜!!
で、この二階堂のシリーズそれなりに気にしていたので、おっしゃることよくわかりますよ〜♪同じ、麦焼酎のCMでも「いいちこ」とは少し違いますよね〜(^^;;。

>wakkykenさん
TVのCMは下戸であろうと上戸(^^;であろうと観てしまいますから...。
いいちことはかなりイメージ作りが違いますよね。イメージの比較ということになりますと、僕はハッキリといいちこポスターのほうが好きですけど(^^; 

masaさん

僕はハッキリといいちこポスターのほうが好きですけど(^^;>masaさん

うん〜、そのあたりが、古くからの『Kai-Wai散策』のなかでも、特に町家系・まち歩き系ファンを戸惑わせてしまう(?!)ところでしょうか。本来の写真家としては、いいちこのほうなんでしょうか(^^;;。←なんだか怪しいこと書いてますね〜(^^;;。「二階堂系」と「いいちこ系」ってなんや?…って感じでもあります。

>wakkykenさん
きっとそれはあると思います。まち歩きというと歌謡系と思われがちでしょうが、僕はポップ系(^^;なんですよね。そのあたりがご覧いただく方を戸惑わせてしまう面が確かにあるかもしれません。
しかし、はっきり言ってしまいますと、二階堂系(^^;のベッタリした感じはもう全くダメです(^^;

masaさん、続けて、こんばんは。
あっ、ハッキリ宣言されましたね〜!!

>wakkykenさん
あ、いえいえ、こんなところで言ったところが、そんなハッキリなんてほどでも...です(^^; でも、前コメントで書いたことは間違いありません!(^^;

masaさん、じゃ〜、ハッキリではなくてキッパリ(^^;;。
八丁堀・松戸のパリスタ関口さんのギャグですが、キッパリパリパリ!! です。

>wakkykenさん
え、関口さん、そんなギャグを飛ばすんですか...知らなんだ...です。
しかし、久々のチャットモードでした。ありがとうございます。(いまイタリアがニュージーランドと引き分けました!(^^;)

masaさん、こんにちは。

しつこくコメントですみません。
従来の常識的な視点や感性を土台に下町エリアを歩くのではなくて、「ポップ系」で従来とは異なる視点に転換してみてみると、「現在の東京」が見えてくるということなんでしょうか。日本にやってきた外国人旅行客が下町を歩きながら、ガイドブック的な観光情報からはずれて、自分自身の面白さをみつけた…というのにも近いかもしれません。まあ、それはともかく、いいですよね〜荒川の両サイド。川に近くになるにつれて、独特の雰囲気が出てくるところも、また、不思議によいです。永井荷風は荒川周辺の鄙びた(少し荒涼とした)風景が好きだったと聞いています。

ところで、あのあたりを実際に歩いてみて、荷風の文章を読むと、またエエ感じなんですよ〜。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001341/files/49661_38962.html

>wakkykenさん
しつこく...なんてとんでもない、歓迎です!ありがとうございます。
ポップ系という語は歌謡系と対比させる意味で使ったもので、特にポップであることが重要ではありません。ロックでもOKです。が、まち歩きというと、とかく名所旧跡文学ポイントを連ねたラインをなぞる...ということになりがちですが、そこからはっきりと離れる...程度の意味は込めています。
二階堂系は、あのいかにもな感覚が嫌ですが、描こうとしている白日夢と想像の世界が錯綜したような世界は決して嫌いではありません。むしろ、日常の世界で迷子になる感覚というのは、それだよ!という感じで好きです。
この白昼点灯していた街灯にも、そんな感覚を覚えました。が、ここで、アンバー系のフィルターをかけてソフトフォーカスにして、かつ意識的にブレまでいれて(二階堂のCFはそんな感じ(^^;)...というのはいただけない...という感じですね(^^;

荷風の放水路のURLをありがとうございました。上流で放水路開削を知った云々...の部分をみただけでもうううっときますね。早速ダウンロードしてiPhoneのi文庫で読めるようにしました!

 街灯というのも、けっこう謎な存在なんですよねえ。
 第一。このエントリとはあんまし関係ない話題なんですが、種類が異様に多い。出歩くたびにいちおう街灯は撮っておくようにしているのですが、いっしょに施工されたのではないもので「全く同じもの」というのを見た覚えがありません。まあパーツがいろいろあって順列組み合わせをしたらよっぽどの偶然がない限り「全く同じもの」ができあがる可能性はないようにも思うんですが、どこかに「全く同じものは作らない」という意思があるのじゃないかという気もしまして、そのあたりが気になっています。
 第二。このエントリに関連する話題。あれ、どういう基準で点灯するんでしょうか(=^_^;=)。まあいろいろ時限方式とか照度センサー方式とかあるんだろうと思いますけど、ついでにその照度センサーのセッティングとかもあるんだろうとは思うんですけど、「明らかにまだ明るいだろ・・・」という状況で点灯するやつとか、同じ道筋なのに日向日陰考えずにランダムに点灯しているやつらとか、いろいろおいでになりまして。
 ときおり常夜灯流れのわけわかんない街灯なんてのもあったりして、街灯観察もそれはそれで面白いものです。そいや街灯系の重鎮だったサイトが閉鎖になっちゃってけっこう不便しているんだよなー(=^_^;=)。

>猫が好き♪さん
あ、そういえば、商店街の街灯などは、それぞれの土地の特徴を取り入れたデザインの特注ものを使っていたりしますね。ということは、それも種類の違いとしてカウントすると、天文学的な数になりそうですね。しかも、結構パーツが多いですし...。その辺りは全く意識して観ていませんでしたが、言われてみると...という感じです。
しかし、デザインが通りや商店街によって違うのは、そもそもは誰がそうしているのかさせているのか...というのもまた興味深いですね。どうも商店街側ではないような気がしますが(^^;

また、点灯消灯のタイミングってのも、ほんとによく分からないですね。同じ通りでも、点灯していたりしていなかったり(球切れは別として)しますし...。この柳原の場合は、住人の方にたずねたところ、時間...という答えが返ってきました。

いやしかし、街灯はどなたかにお任せ...したいです(^^;(^^;

masaさん、おはようございます。
コメントのこと、気になりながら、昨日は深夜まで時間をとることができませんでしたので、チャット状態からすればちょっと間抜けですが、続きを。

「白日夢と想像の世界が錯綜したような世界」、「日常の世界で迷子になる感覚」>masaさん

そうそう、これですね!!もう、これ以上いうべきでないかもしれませんが、私は、お書きになったよな雰囲気をもった小説が大好きなものですから、masaさんの言葉の深みにはまってしまいます。宙ぶらりんでちょっと不安で不思議な感覚…、おもわず小さい声で「えっ…うそ」ってつぶやいてしまうような感覚…かな。難しいですね、表現が(^^;;。

以前、玉井さんのお知り合いのお知り合いの作家の絵本にいたく感動したことがありました。拙ブログのエントリーでも少しふれましたが、「あかしあ第一小学校」(http://www.1101.com/suso/akashia/index.html)覚えておられますか?見慣れた自分の学校や町をペンギンが走り去っていく…って話しなんです(^^;;。まあ、街灯にスイッチが入ることと、このペンギンの絵本のあいだにどんな関係があるのか…ってことになると…説明に困ってしまいますが。街灯にもどりますと、タイマーで自動的にスイッチが入るっていうのが、現代的には正しいし合理的な考え方であるわけですが、そこを無理して(^^;;、今誰かがスイッチを入れていった、その人の気配がした…と妄想しながら歩くところに妙味があるのかもしれませんね〜。

>wakkykenさん
こんにちわ。そうそう、『小さい声で「えっ…うそ」ってつぶやいてしまう』という感じだと思うんです。近所で火事が発生して「うぎゃ〜っ」と叫ぶんじゃないんですよね(^^; 例えが悪いですが(^^;
この感覚、村上春樹さんの文章には大いに含まれているのではないでしょうか。初期の作品はむさぼるように読んだくちですが、その現実の微妙なズレ感覚にやられた気がします。ペンギンではなく羊...ですけど(^^;
昼間点灯している街灯...見あげると点灯する街灯...なんてのも、現実の空間を少しだけツイストさせるスイッチなのかも...と思います。良いですよねこういった感覚って...。

masaさん、こんにちは。

そうですね〜村上春樹の描く世界に似ていますよね。「あっち」の世界と「こっち」の世界が奇妙に交錯しているばあいにおきますね。心のなかからそのような「物語」が勝手に生み出されてくる、そのようなことを村上さんは書かれていたように思いますが、街のなかでも地面の底から「物語」が醸し出され、その「物語」と共振するのかもしれません。小菅にいったとき、最初はよくわかりせんでしたが、最後は、そういう気持ちになりました。

>wakkykenさん
『街のなかでも地面の底から「物語」が醸し出され、その「物語」と共振』という感覚、分かります。第六感が発達している云々ではなく、夢見るチカラ...想像力と言い換えても良いでしょうが...が衰えていなければ、それは感じ取れるよな...なんて思います。
その時その場で起きたことは現実ですが、次の瞬間にそれは記憶になり、曖昧さというヴェールに包まれはじめる...ということが、歩いているうちに現実と混じり合いだして...ということになるのではないでしょうか...。

 えぇ、また引っ張っておりますが、上述しましたこの界隈の友人に「オイ!おつな街灯があるらしいじゃないの?」と聞いたら、「そうそう、そうなんだよ」と嬉しそうでございました。そのうち見に行くチャンスができそうでございます。

>nsw2072さん
コメントをありがとうございます。nsw2072さんなら柳原にお住まいになられて、土手を散歩なさりながらツイットじゃんじゃん飛ばして...なんてのもお似合いかも...です(^^; とにかく、あそこは一種アイランド状態で、本当に惹かれます。そのうち...なんておっしゃらず、近々にぜひ!です。

なんと! ここ最近「現実の狭間にふいと現れる夢のようなこと」的なことをずっと夢想しておりました(その理由はまた今度)ので、ここでのwakkykenさんとのやりとりを拝読して、ドキリとさせられました。
白昼に照る電球の黄が誘惑的です。
実は放水路掘削以前の、水路に囲まれた此処柳原という土地にも目を丸くさせられていたのでした。

>M.Niijimaさん
こんばんわ。眼に写っていることと視ていることとの違い...のようなことは、五感それぞれについて言えるのでしょうが、ひとはそのあたりを行き来するのが常で、そこに想像が介在し...といったことが、あちらとこちらの世界を生む理由のひとつかなと思いますが、M.Niijimaさんが何故にそのあたりに興味を覚えていらしたのか...うかがうのが楽しみです。
ところで、柳原の半円形、実に興味深い地形が残ったものですね。半円なだけに目が丸くなる...という感じですね(^^;

 商店街の街灯とかですが、あれは行政が「1本いくら」で金を出し、派手なもんを作りたいのならばあとは自分らで出してねってことになっている・・・みたいです。文字入れとかはまあ別としても、確かにパーツは多いんですよね。街灯それぞれのかたちでしょ、灯数でしょ、上支えと下支えでしょ、180度開きとか90度開きとかがあるでしょ。最初は分類しようかなあと思っていたのですが、そのうち何を手がかりとして分類すればいいのかがわかんなくなってきて、あとは撮るだけ撮って放置にしてます(=^_^;=)。
 で、業者さんがカタログを持って商店会とかに行って決めるんだと思うのですが、業者がひとつだけなら「絶対に同じ組み合わせのものは作らない」というポリシーはあり得るのでしょうけど、しかし業者ひとつだけじゃないだろ、というあたりからわけわかんなくなってきているのです。やっぱりこう、一般受けしそうなものって限られると思うし。
 まあ街灯は、そのうちまた街灯マニアのひとがどこからか出てきてがんばってやってくれるのではないかと思います。

>猫が好き♪さん
商店街灯秘話(^^;をありがとうございます。ということは、商店会が「街灯たてますから補助金お願い」などと申請するあたりから始まるのでしょうね。ま、これもいろいろありそうですね。街灯の意匠よりもそちらの流れがどうなってるのか...のほうに興味を持っていかれそうです(^^;
しかし、この街灯ってやつは、大昔のコンクリート柱のやつや裸電球にトドメをさしますね。最近のデザインしてみました...的なやつにろくなのないですよね〜(^^; あれも重要なまちの風景の一部ですから、もうすこしシンプルでスッキリしたフツーのデザインしてくれ!なんて思います...。

 すみませんねー(=^_^;=)。街灯ネタでもうちょい暴走します(もうちょいって制御きいているのは暴走じゃないから。制御きいてないっていう自覚があるんでしょ>おれ)。

 個人的に好きなのは、当時は新しかったんだろうけど今となってはレトロ・・・っていうか見捨てられかけているプラスチック円盤型のやつなんですよ。たとえばこんなやつ。

http://nekosuki.org/landscape/pieces/s3p53940.htm(栃木県日光市足尾)

 あ、電柱に裸電球はもちろん素晴らしいのですが、ほとんど実見できないものですから。

 いまどきのデコレーション過多な街灯はちょっとなんだかなあという感覚は共有します。ごてごて飾り立てればいいってもんじゃねだろおらおら、とか思うことは多いです。金かけりゃいいってもんでもないだろーが、と思うことも少なくありません。
 とか言いつつ、ごく稀にですけど、「きらめくセンス」を感じることがあるんですよ。その発想をしたやつが誰なのか(商店会のおっさんなのか、行政のやつなのか、そのあたりはわからないのですけど)。その一例を紹介しておこうかと。

 埼玉県川越市の事例です。

http://nekosuki.org/landscape/pieces/01143a10.htm
http://nekosuki.org/landscape/pieces/nd737586.htm

 同ポジの写真があればなあ・・・と思うんですが、ないのですが。上が2001年の写真で、下が2007年の写真。同じ通りのやつで、更新されました。
 2001年には、ありがちな「ごてごてデコレーションタイプ」だったんです。でも場所が川越の伝統的景観保存地域でしょ、ごてごてデコレーションの街灯って、邪魔なんですよ。邪魔だと思ったひとがおれ以外にもいたみたいで、2007年訪問時には、新しいシンプルなものに更新されていたんです。けっこう金かかっただろうに、その問題に気づいて解決をはかろうとしたやつがいたんだなぁ、なんてね。そういうことに気づくと、それなりに嬉しかったりするわけで。てゆーか、上から目線でごめんだけど、おれはそいつをほめてあげたい(=^_^;=)。

 おれもまあ、そんな何にもかんにも興味を持っていられるほどもう時間的余裕がないし、街灯の優先順位は低くせざるを得ません。なので、とおりいっぺんに済ませようと思います。とか言いつつ、「もうすこしシンプルでスッキリしたフツーのデザインしてくれ!」というmasaさんの思いを実現しようとしてがんばったやつが少なくともひとりはいて結果を出してたりするんですよ、という情報は共有しておきたいと思った(=^_^;=)。

>猫が好き♪さん
続・商店街灯秘話(^^;をありがとうございます! 暴走(^^;歓迎です!
猫が好き♪さんお好みのプラスチック円盤型って、ありましたね。言われると思い出します。が、確かに、最近はあまり目にした記憶がありません。絶滅危惧型なのでしょうね...。
ところで、川越での実例を引いてのご説明ありがとうございます。この例は確かにデザインが改善されている...と言えると思います。スッキリとして邪魔にならず、かつ行燈の雰囲気すら感じさせますね。しかし、この改変が行われたのは、あの蔵造りの商家が立ち並ぶ通りにかぎられるのでしょうか...。昨年、僕も川越を歩きましたが、脇道に入りますと、猫が好き♪さんが2001年に撮影なさった例と同じタイプの街灯が見られました(って、そう記憶していたわけではなく、撮った写真を確認して分かったことですが(^^;) 次のエントリーにそれが写っています。http://kai-wai.jp/2009/12/post-1361.html
しかし、川越のこの例は拍手を送りたくなりますね。とかく、まちおこしという話しになりますと、タコが自分の足を食べるような図が散見され、まちにすこしでも資源となるものを...という図はなかなか見られない気がしますから...。

 川越市の(っていうか、川越旧市街地の)街灯ですが、写真に撮ってあるだけで10種類あります。前のコメントで言及した更新されちゃったやつがまざっていますから、同時現存9種類ですね。
 この行灯型の街灯に更新されたのは、おれが覚えている限りでは、蔵の町として有名な部分のみで、残りは「わりとごてごて型」のままだったように記憶しております。

 基本線で街灯は「商店会の数だけ種類がある」もののようで(隣接する、あるいは連続する複数の商店会が、話し合って同じデザインを採用したのであろうと思われるケースはいくつか見ていますが)、川越旧市街には少なくとも9つの商店会が存在しているということなのでしょう。
 そして「商店会の区分け=街灯のデザインの区分け」というのもいろいろで。
 一般的には、商店会は「商店街(=道路)」単位でまとまっていることが多いようです。その場合、道の左右は同じ街灯になります。道の交点のあたりに複数のデザインの街灯が並んで覇を競っていたりすることがあります(*1)。ただ、商店会が地番単位でまとまっている場合もあるようで、その場合道路を挟んで左右が違う商店会に属していることがあり、左右で違うデザインの街灯が立っていたりします。たとえば杉並町の永福町駅前でそういう状況を実見しています(*2)。

*1 http://nekosuki.org/landscape/pieces/nd736957.htm
*2 http://nekosuki.org/landscape/pieces/s3p20505.htm

 ただまーなんだ。過去におれがけっこう便利に使わせてもらっていた街灯サイトあたりでも「形態的分類」までしか扱っておらず、こういう「なんでそーなったのよ的疑問」には言及していなかったので、ここらへんはもう庶民組織論あたり(笑)を扱うどっかの大学の研究者にでも出てきてもらわないと収拾がつかないんじゃないかなんて気がしなくもありません(=^_^;=)。

>猫が好き♪さん
再度の考察コメントをありがとうございます。
商店会の違いと街灯の違いがおよそイコールであることは想像に難くないですが、暗渠などに多いですが、道が町境や区境になっていることは多々で、したがって、道に沿って成立している商店街の両側が同じ商店会または町会に属さないというケースはまま見られますね。我が家の近くでも、大横丁という商店街や春日通りを挟む真弓商店会などは、道の左右で町名や町会が異なっています。しかし、じゃその街灯は?と、いま訊ねられると「う〜んどうだったかな...」という程度なんですが(^^;
しかし、とにかく、街には、街灯ばかりでなく、分類しようと思うと、あれこれ要素があり過ぎますね(^^; とても追っつかないような気がします。
が、ともかく、街灯ひとつとっても、深く追っている方がいらっしゃるものだと、感心いたしました。頂いたコメントは、コメント欄に留めておくには勿体ないですが、ま、とりあえず、このままにします。たいへんありがとうございました!

僕もこの手の街頭が多くある街をフラフラしたことがあります。

http://www.kit.hi-ho.ne.jp/ma-mikami/photo_tb/gaitou3.html

でもどこだか忘れちゃいました(^^;
「昔ながらの」というには随分多く残っていること、逆に「意図的に」と言うには上の写真のようにかなりヤレた感じを出していて、そこまで凝る目的っていったい何?
などとモヤモヤしておりました。

>妾番長さん
こんばんわ。番長さんが撮られたのも雰囲気ありますね〜。本来、雨のことなど考えますと、裸電球なんて年中ショートに危険に晒されてると思いますので、いまどき残ってるほうが不思議とも思いますが、在る所には在りますよね(^^; 個人の家の門灯などならまだしも、地域の街灯となると、どうして残ったのか残したのか...などなど、確かに疑問に思い、モヤモヤは晴れません(^^; が、まあ、いいか...などと、いつもの調子で片隅に押しやってます(^^;



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