おたふく食品

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かなり古そうな看板建築ですが、これも、最近凝っている柳原から...です。

この地図を参照していただくと分かりやすいと思いますが、下部中央に、半円を描く道があります。川が埋められてできた道ですが、その半円内が柳原というまちです。

ちょっと脱線しますが、このあたりの地図を見て気づくのは(もっと広域の地図をご覧いただくと一目瞭然です)、このあたりの町名には、あたまに"千住"がつきます。千住旭町や千住寿町、千住大川町など...です。が、この柳原と日ノ出町には"千住"がつきません。それは、この2町が、荒川放水路の開削以前は、葛飾区に属していたことの名残りということです。なかなか数奇な運命(^^;のまちなんですね、この柳原というまちは...。

そんな柳原の、元川沿いに建っているのが、今日の建物です。すぐ左に見えている道が、元川だったところです。そして、この20メートルほど右と左には、元土手道が、元川の道と平行に、やはり弧を描くようにして通っています。この、弧を描く道が3本、それも目と鼻の先を、平行に通っている...というのは、実際に現地を歩いてみると、かなり興味深くも妙な感覚です。

そして、やっとこの建物ですが、もうご商売はしていらっしゃいません。食品店の名残りは看板と飲料の自動販売機だけです。が、見ていると、この自動販売機、80円...が効いているのか、なかなか利用者が多いのです。撮影者にとっては好都合でもあり不都合でもあり(^^;です。

【場所】足立区柳原2丁目あたりです。

コメント(2)

風情のある景色ですね---masaさんがそのようにお感じになってお切り取りになったのだがら当然ですが。
柳原---神田川南土手あたりも柳原。北土手は向う柳原で銭形平次の子分・がらっ八が伯母さんの家に居候していました。そこから明神下まで、「親分! 大変だぁ」ってきたわけ。

ところで、神田川ぞいの柳原土手---江戸城から凶の方位にあったので、厄除けの柳の木を植えたのだそうです。
とすると、葛飾郡(現・足立区)の柳原村もその方位にあたっていたのかもしれません。
種類にもよりましょうが、柳って凶除け信仰があったのですって。お化けが寄り添う樹とばっかりおもっていました。

>chuukyuuさん
こんにちわ。コメントをありがとうございます。
そうでした…新幹線が秋葉で神田川をこえる辺りが柳原土手と呼ばれてたんでしたね。すっかり頭から飛んでいました(^^; そして、平次の子分云々という日常ドラマの背景だったわけですね。
ところで、柳の木が厄除け…と信じられていたとは…まったく知りませんでした。柳は大門とセット(^^;で、三業の印か?(^^;なんて思っていました。で、柳の下のお化けならぬ柳の下の夜鷹…などと…。本当に良い勉強をしました。重ねてありがとうございます。



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