2010年12月アーカイブ

2010光景

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今日は、各地から雪の知らせなど届いていますが、東京は、気温は低いものの、よく晴れていました。

せっかくのお天気です。その光に誘われるように、今年最後の散策に出てきました。もちろん自転車で...です。機材はいまだに10kgほどの重さですが、自転車が運んでくれるようになってからというもの、かなり楽になりました。

この場所は、厩橋を墨田区側へわたってすぐの交差点近くです。周囲は、ほぼ中小規模のビルが連なる一画ですが、そのなかに、本当にポッツ〜ンという感じで、「これは戦後すぐ建てられたものだろう」と思しき平屋が残っています。

表通りに面した側は、自動販売機に覆われるようになっていますが、こうして側面にまわると、トタンとタール(黒塗料かも?)という組み合わせ...なんとも悲しいような懐かしさを感じさせます。そして、この周囲だけが妙に静かです...。

というわけで、今年最後のエントリーになりました。皆様、どうぞ良いお年を!

【場所】墨田区本所1丁目あたりです。

五軒看板建築 (八広)

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こうして、2010年末を五軒看板建築エントリーで埋めることになろうとは...夢にも考えていませんでしたが(^^; ついに、それで締めくくることになりました。

この建物は、荒川にかかる四つ木橋の墨田区側たもとにあります。手前に見える道路が左上がりになっていますが、これが「橋の直近」であることを示しています。また、右側には赤い舗装が見えていますが、これは「交差点の直近」であることを示しています。

当然のことながら、橋にはどうしてもクルマが集中します。また、交差点では信号待ちでクルマが連なります。そんなわけで、この場所は、とにかくクルマの流れの切れ目を見つけるのが難しい地点です。

この建物は、これまでにも何度か、全体を写真に...と思っていましたが、上記理由から、なかなか実現できずにいました。
が、たまたま、このところ(個人的に(^^;)五軒看板建築への興味が高まってきて、この建物が気になりはじめていたこと、そして、昨日は御用納め後なので、クルマの量が激減しているのでは?という思惑から、「この時だ(^^;」とばかりに、この地点を目差した次第です。

それにしても、この五軒長屋...全体が足並み揃ってこざっぱりとしていますね。長屋とはいえ、各軒てんでバラバラという例が大半といういまのご時世には、そういった意味でも珍しい例と言えるような気がします。お住まいの方々の連携も良いに違いありませんね...きっと。

【追記】2006年2月に撮った写真が見つかりましたので、建物の変化を見るのも興味深いか...と思い、追加しました。こちらです。

【場所】墨田区八広6丁目あたりです。

六軒看板建築 (小島)

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今日の建物は、このエントリーのコメント欄で話題にのぼったものです。台東区の小島というまちに在った(いまは一部が残っているのみ)、六軒が連なる建物です。

タイトルは「六軒看板建築」としましたが、この建物が、構造的にみて六軒長屋なのか否かは、僕には判断できません。ぱっと見た目には、六軒長屋に見えます。が、写真を拡大してみると、左二軒(銅板張りの部分)と右四軒の接する部分で、建物が分かれているようにも見えます。

というわけで、実際には、(二+四)軒看板建築なのかもしれませんし、五軒看板建築だったり、タイトル通り六軒看板建築だったりするのかもしれません。

というふうに、ちょっと曖昧な部分を残すこの建物ですが、とにかく、これだけ横に長く、軒の高さが揃って連なった建物は、もはや都心では他に見られないのでは?と思われます。これは、やはり、まちの記念物ですね、写真だけでも残しておかねば...です。

【場所】台東区小島1丁目あたりです。
このところ、五軒長屋エントリーがつづいていますが、またまた五軒長屋の看板建築です。

この日は、南千住に向かっていたのですが、道草ばかりで、到着した頃にはもうすっかり陽も落ちて...というパターンです(^^;
そんなわけで、目的のひとつだった、円通寺の黒門は、そばをすり抜けるがごとく眺めてUターン...ということになりました。

その後は、混雑を避けるため、大通りの一本裏の通りを選んでひた走り...です。その道は、以前よく歩いた道だったのですが、自転車で走ってみると、記憶にある道筋以上にくねっています。これがちょっとイヤな感じです。方向感覚を狂わせてくれます(^^;

案の定、途中で、コッチだ!と判断して折れたところ、記憶と実際とがズレてしまい、予期していたのとは異なる風景が出現です(^^; GPSを持っていても迷う...この方向感覚の悪さよ(^^; 何とかならないものか?(^^;

が、まあ、そんなわけで遭遇したのが今日の建物でした。後になって調べてみると、この場所は、三河島駅と鶯谷駅のなかほど。両駅をほぼ直線で結ぶ道路沿いです。

こうして見ると、建物表面に銅板が張られているわけでも、左官による紋様があるわけでもありません。ノッペリとしたモルタル仕上げで、さして愛想もありません(^^; が、なんせ都心では数少ない五軒長屋...それに物語性が強く感じられます。どこか...ロバート・ウェストール好みの匂いが感じられてならないのだ(^^;

【場所】荒川区東日暮里5丁目あたりです。

(五減壱)軒看板建築

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こちらこちらで、五軒長屋の看板建築をエントリーしましたが、都心にあっては、絶滅が危惧される五軒長屋。これは出来る限り記録しておこうと改めて思っているところです。

今日の建物は、以前に、このブログで紹介しているものです。こちらです。

以前エントリーした頃(撮影は2005年)は、そちらの写真に見られるように、まだ五軒とも健在でしたが、最近になって行ってみると、残念なことに右端の1軒が取り壊され、四軒長屋になっていました。まだ傷口に包帯が巻かれたようにも見えて、ちょっと痛々しいのですが...。

そんなわけで、既に五軒看板建築ではなくなってしまったこの建物ですが、かつては五軒看板建築...ということで、(五減壱)軒看板建築なるタイトルでエントリーした次第です(^^;

【場所】台東区入谷1丁目あたりです。
前々エントリーと同じ建物です。そちらには「この建物、いつ行っても、前にクルマが停まっているのです」と書いていますが、それは事実でした。

ところが、通りかかる時間が関係するのか、街のクルマの事情が変わったのか...前のエントリーの写真を撮った後に2度ほどこの建物の前を通りかかりましたが、いずれの場合も、建物の前にクルマは停まっていません。いや、街というのは読めません(^^;

が、「この建物については何時もクルマが邪魔している」というイメージが僕のなかに擦り込まれていますから、既に写真は撮っているものの、面白いもので、やはり「稀な機会だから撮っておかねば...」ということになります。

この日は、柔らかい光が注いでいて、建物の表情がぐっと穏やかに見えました。そんなわけで、前のエントリーの写真よりも、こちらのほうが建物も喜んでくれるか?と思い、新たにエントリーしておくことにしました。

■関連エントリー:五軒看板建築 (竹町) / 五軒看板建築 (黒門町)

【場所】台東区上野1丁目あたりです。

いもりの黒焼き

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旧黒門町にある五軒長屋の看板建築のエントリーに、chuukyuuさんが "「いもりの黒焼き」店の看板などがありましたね。" という一文を含むコメントを残してくださいました。

「そうか...そんなものが在ったのか、さすが黒門町」などと思いながらそのコメントを拝読しましたが、なんせ黒門町で黒焼き看板...それもイモリ...。これは記憶に刻まれてしまいます。

しかし、それはかつて在ったもので、現存しないのだ...とばかり思っていましたら、今日、上野の自転車屋さんに行って、駐輪していると、視線の先に、白い建物が...そして、その壁に "総元祖 黒焼" とあります。記憶に刻まれたばかりのアレです!オヨヨ(^^;

というわけで、場所は、厳密に言うと旧黒門町ではなく旧神田五軒町でしたが、なんと黒焼きの店はいまも在りました。正式には「伊藤黒焼店」とおっしゃるようで、こちらにホームページもあります。そちらには、明治創業の頃の建物の写真も掲載されています。極めて目を惹く立派な建物だったようですね。

で、トップの写真ですが、これはショーウィンドウに並んでいた「いもりの黒焼き」が入ったガラス瓶です。いもりそのものは写っていませんが、とにかく、江戸期には惚れくすりとして人気があったという「いもりの黒焼き」は、現在もこうして売られていました。なんだか嬉しくなってエントリーです(^^;

【場所】千代田区外神田6丁目あたりです。
先日、台東3丁目(旧 竹町)の五軒長屋の看板建築を紹介しましたが、そちらに勝るとも劣らない五軒看板建築が上野1丁目(旧 西黒門町)にあったことを思い出し、エントリーしておくことにしました。

この建物がたっている場所は、実際には上野1丁目ですが、なんとなく体感的には湯島だったり、おそらく地元の古い方には黒門町といったほうが通りが良いように思われます。黒門町...か、粋な町だったんでしょうね...町名だけ見ても...。

ま、そんな場所に、こんな立派な、モルタルの看板建築が残っています。それも、5棟すべてがオリジナルと思われる統一感のある壁面を保っています。こんな例はもう、都心ではこの建物だけだと思われます。それだけでもお見事!と言うしかありません。

この写真は、つい先日撮ったものですが、この建物も、何度撮りに行ったことか...という建物のひとつです。が、この建物、いつ行っても、前にクルマが停まっているのです。

それはそれで、良かったりもしますが、僕は、まずは、通行人やクルマの入り込まない風景が撮りたいタイプですので、なんとも歯がゆい思いをさせられていました。それが先日やっと...本当にやっと...という感じで撮れましたので、ここに晴れてデビューということになりました(^^;

■関連エントリー:五軒看板建築 (竹町) / 五軒看板建築 (黒門町) - 再

【場所】台東区上野1丁目あたりです。

有楽町SEIBUから

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午前中から、どんよりとした曇り空。そしてシトシト雨。とても自転車のペダルを踏んで...という雰囲気ではありません。そんなわけで、ヤボ用をやっつけに、電車で銀座へ...。

途中、有楽町西武へ。西武デパートといえば、僕ら(団塊世代)が青年だった頃、池袋の泥くさ〜い百貨店が、当時、ロンドンやアメリカ西海岸から上陸したばかりの感覚をいちはやく取り入れ、それが若者を中心に支持を集めるや、それをテコに急成長を遂げた...それも文化の紹介者という匂いを発しながら...というイメージが強く残っています。

当時のその快進撃ぶりを目にしていたら、西武デパートが衰退するなんてことはとても考えられませんでした。しかし、やはり栄枯盛衰...なんですね。ま、未来永劫なんてことはない...とは思いつつも、こんなにアッサリと、僕が生きているうちに(^^;西武デパートという怪物が衰えようとは思っていませんでした。

が、そんなことが現実に起こり、同デパートの旗艦店とも言える有楽町店が今月末で閉店し、あとを他の企業に譲り渡すとのこと...。

ま、建物が取り壊されるわけではありませんから、これからも、この窓からこうして街を眺めることはできるかもしれませんが、僕には、これが有楽町SEIBUからの最後の眺め...ということになりそうです。特に感慨があるわけでもありませんが、このお天気はそれには適切だったかと...(^^;

【場所】千代田区有楽町2丁目あたりです。

五軒看板建築 (竹町)

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秋葉原のすぐ近く...台東3丁目に残る五軒長屋の看板建築です。

このあたりは、戦災による焼失をまぬがれていることから、戦前のものと思われる古い建物が、まだかなりの数残っています。が、勿論のこと、ここでも古い建物の取り壊しや建て替えは日常的に行われていて、いつ何時...という流れのなかにあることは間違いありません。

このまちも、四五年前にブログを始めてから、ちょくちょく訪ねるようになりましたが、最初の頃に比べても、けっこう建て替えが進んだな...という印象です。それも、この一二年で特に...です。

実は、この看板建築も、遠からず...と思っていたものです。が、しかし、予想とは良くはずれるものです(^^; いまでもしっかりと頑張ってくれています。しかも、こうして、内装(外装もか?)工事などが行われているところを見ると、この建物が早晩に消滅することだけは無さそうです。なんとなくひと安心(^^;

それにしても、三軒や四軒の長屋まではまだまだ目にしますが、五軒長屋の看板建築というのは、ほんとうに少なくなりました。それもこうして、全棟の雰囲気的調和...または一体感...を保っている例は、もう他に見られないような気がします。

しかし、こうして、この建物全体が撮れたのは、僕が背にしている側の建物が建て替えられて空間がひらけたから...という皮肉な理由つきです...(^^;

■関連エントリー:五軒看板建築 (黒門町) / 五軒看板建築 (黒門町) - 再

【場所】台東区台東3丁目あたりです。

京島異新

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昨日は、お天気も良いことだし、京島の定期点検(^^;に行ってきました。

都内では、"建物の更新" が "日々" と言ってもよいくらいに見られますが、昨日の点検(^^;では、キラキラ橘商店街のはずれの、電気店やラーメン屋さんがはいっていた長屋群が、まとめて取り壊されているのを目にしました。もう、重機が地面を慣らしている状態でした。いやはや...。

どうやら、曳舟駅前や押上駅前を襲った再開発の津波が、まちの奥まで影響を及ぼしはじめているようです。

この写真の場所は、その現場とはやや離れていますが、都内で、最も足繁く訪れた場所のひとつです。映画を撮るならここでロケを!と思うくらいに、雰囲気のある風景が残っている通りです。ここも、まだ津波こそきていませんが、その予兆のような波に洗われはじめてはいます。

それは風景面でも同様で、先日来、背後に建設中のスカイツリーが見えるようになりました。それが、風景にとってはかなりな津波となり、あちこちで、違和感や落差をつくりだし、風景の印象を大きく変化させています。

昨日は、お天気は良かったものの霞がかかっていて、遠景がぼけて見えていました。おそらく、その効果が大きいのでしょうが、いよいよ背の高くなったツリーが、塔というよりも、ちょっと変わった形の煙突(^^;のように見えていました。

元来、東京のまちは、前景にこのような三角屋根の家がつづき、その向こうに工場の煙突が...というのが定番風景だったように思います。この時のこの風景はまさにその再現になってしまっているようでした。

これまでカメラを向けたことのないこの角度からの風景に、スカイツリーの出現以前にも増して"懐かしさ"を感じさせられカメラを向けさせられたのは、前景と最新の風景要素であるスカイツリーとの対比...ではなく、前景と遠くの"煙突"との風景的調和...という皮肉によるものだったようです。これは"風景の先祖帰り"なんですね、きっと...(^^;

【場所】墨田区京島2丁目あたりです。

Happy Doll Project

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銀座4丁目・和光の西側のウィンドウ・ディスプレイです。通りかかるひとの多くが、歩を止め、見入っていました。

最初に目にしたときは、最近よくあるキモカワイイ人形作家の作品を使用したクリスマス用ディスプレイなのかな?と思いましたが、そばに寄ってみると、どうも雰囲気が違います。また、人形には紙片が添えられていて、そこには幼い筆跡で「ディズニーランドではたらけますように」とか「早く足がなおりますように」といった祈りにもにたメッセージが書かれています。

これがどういうものか、およその見当はつくものの、本当のところ何なのだろう?と思っていると、ウィンドウの右隅に "Happy Doll Project / WAKO x Wonder Art Production" とありました。

というわけで、帰宅後、それらを手がかりに、ネットでチェックしてみると、これは "Wonder Art Production" という団体による "Hospital Art Lab" という活動分野における "Happy Doll Project" という活動の一環...という情報が得られました。

その情報から、この活動目的をザックリと説明してしまうと、「とかく無機質になりがちな医療の現場を、アートを媒体として、人に優しく温かなものに変えてゆく」ということのようです。そして「アート」の部分を「人形づくりワークショップとその展示」に置き換えたのがこの活動である...と思って間違いないようです。

ということは、これらの人形は、各地の病院で病気と闘っている子供(大人も)たちが、願いや想いを込めて、そして楽しみながら創作したものだったのですね。とても可愛いけれど、可愛いだけでは済まない、意味のある、素敵なディスプレイです。展示はクリスマスまでつづくようです。銀座方面にお出かけの機会があれば、立ち止まってみる価値おおいにあり...と思います。

【場所】中央区銀座4丁目あたりです。


ninepeace.jpg




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