谷中 根津 千駄木の最近のブログ記事

根津あんぱちや裏

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これは2006年の5月に撮ったものです。前々エントリーと同様に、以前撮った写真をブラウズしていて見つけた写真です。

この建物ですが、実は、根津の"あんぱちや"の裏側(あんぱちや裏手の家の側面かもしれません)です。建物の右上に四角いツノのようなものが伸びていますが、それは煙突などではなく、看板建築の看板部分を横から見たところです。

そんなことからも分かると思いますが、"あんぱちや"を表から見ると、テント幕や看板に覆われた、いわゆるモルタルの四角い看板建築です。が、裏にまわって見ると、こうして、ごく普通の三角屋根の建物が現れます。それがまた、双子のような形状や壁面の継ぎ接ぎ具合などに雰囲気があって、やけに愛らしい...です(^^;

このとき僕が立っている場所は更地ですが、その後わりとすぐに家が建てられ、こうして眺めることはできなくなってしまいました。が、こうした"まちの愛らしさ"が感じられる風景を隠してしまうのは残念なことでもありますから、せめてネット上にでもそれを残そうと思い、エントリーした次第です。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

長命源

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西日暮里(感覚的には谷中)にあった健康食品の店"長命源"です。伝え聞いたところによると、最近、ご主人がお亡くなりになったため、店をたたみ、現在、建物の改築中とのことでした。
そんなわけで、"長命源"全体が写った写真(2005年夏撮影)がありましたので、記録をかねて、掲載しておくことにしました。

この建物ですが、とりあえず間に合わせで建てたバラックを、その後、折りあるごとに、辻褄合わせのような改修補修を繰り返し、この姿にまで仕立ててきた...という感じがします。
谷中の夕焼けだんだんのうえのひろっぱ(だったに違いない空間)に、戦後のどさくさ...を感じさせる建物がいくつかありましたが、この建物もそんななかのひとつでした。

こうして正面から見ると、けっこうスッキリとして見えますが、斜めから見るとかなり印象が違ってきます。こんな調子です(^^; ゴテゴテとかなり賑やかで、名物の面目躍如といったところです(^^; 懐かしい...。

【追記】"長命源"の詳細につきましては谷根千ウロウロさんをご参照いただけたらと思います。

【場所】荒川区西日暮里3丁目あたりです。

谷中闇光景

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ここは谷中です。が、10メートルも歩けばもう根津...という位置です。昨日の夕方撮った写真です。

最近は、ほんとによくある、建物が取り壊され、そのあとが駐車場になり...というパターンの風景です。ここは、場所は良いのですが、もうずいぶん長い間、駐車場のままです。シルエットになって見えている建物は、古い古い金物屋さんですが、建物そのものも相当に古く、そう遠からず...という感じがします。

ちなみに、その金物屋さんの隣は、中野パン店でした。というのは、まだ建物は残っていますが、お店は既に閉じてしまいました。また、通りを挟んだ反対側(写真では左)には、全体を新建材に覆われたやや妙な形をした家がありますが、その建物は昔はこんな姿をしていました。

ま、そんなわけで、この三角屋根のシルエットも「見られるうちに見ておかないと景」と言えそうです(^^;

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

初秋暮色

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根津に、気になっている場所があり、そこの様子を見てきました。そして、そこから、千駄木駅あたりまで歩いてきました。

今日は、10月にしては気温も高く、晴れて気持ちの良い日でした。そこに日曜が重なっていましたから、観光客の多いこと...です。この傾向は、二三年前よりも強くなっていますし、これからもっと強まってゆくのでしょう...。まちって変わりますね。当たり前なんですが...。

で、まあ、そんなこんなで、千駄木駅あたりまで歩いたわけですが、そこから、そのまま駅に入るには時間が早い...。ということで、来たときとは違うコースで根津駅まで戻ることにしました。

すると、やはりもう秋なんでしょうか、周囲が暗くなるのが思ったより早いです。まだ明るさが残っているうちに根津駅に...なんて思って歩きだしたのですが、とんでもない...。途中ですっかり宵闇迫れば...です。

が、路地の隙間から見える空には、まだ明るさが残っています。この時間が、なんとも路地の黄金の時間かもしれません。この微妙な時刻の、路地の暗さというのか明るさというのか...は、実に絶妙で、時代を超えた空気の艶ようなものを感じさせてくれます。家路を急ぐばかりの時間にしては勿体ない...ですね。

【場所】文京区千駄木2丁目あたりです。

あかぢ坂で...

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谷中のあかぢ坂の下にある道案内板です。そこで、こんなユーモラスな場面に出会いました。

今日は、その指がさす方向に坂をのぼってゆくと、途中にこんな風景が見られました。もはや谷根千名物となった感のある一箱古本市です。この場所には、催しに参加なさったじんた堂さんが出店をなさっていました。こんな感じで...。

ご覧いただくと、お分かりいただけるか?と思いますが、今年のじんた堂さんの箱では、あの「タモリ倶楽部に登場!」のコレジオさんの『川の地図辞典』他の書籍と、拙写真集『時差ボケ東京』を前面に押し出した品揃えで頑張ってくださいました。

そのご奮闘のお陰で、コレジオさんの書籍はかなりの好成績をおさめたとのことです。また、拙写真集も、まさか!と思う冊数をお求めいただきました。お買いあげくださった方々(おひとりは存知あげていますが(^^;)、大変ありがとうございました。

そんなこともさることながら、じんた堂さんは言うに及ばずですが、久々にコレジオの芳賀さん、M.Niijimaさんにお会いできたことも嬉しかったですし、じんた堂さんの隣に出店なさってた "vegeca"さんとその関係者(^^;の皆さん...に出会えたことも収穫でした。体調不良であちこち動けませんでしたが、ま、良い一日になりました。

【場所】台東区谷中2丁目あたりです。

根津の貸本屋

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船橋ボックスを見学した後、場所を根津に移して懇親会...ということに...。なんだか、ずいぶんと久しぶりに根津を歩くきがします。

目指すは根津駅に近い居酒屋さんなのですが、根津神社からそちらに向かう途中、藍染大通りをかすめました。...と、やはり懐かしさを感じます。しかも、谷根千ウロウロさんの記事によれば、あのなかよし文庫が入っていた長屋も、ついに取り壊されるとか...。もしや、もう解体されているかもしれない..と思い、そちらにまわってみました。

すると、姿はかなり変わっていましたが、建物自体は、まだ残っていました。おそらく、山と積んであった本などは、もう店内には残っていないのでしょう。が、入口の上にぽつ〜んと残されている「貸本」の看板...この存在がたまりません...。

以前、拙ブログで紹介させていただいた頃は、「なかよし文庫はきっと再開なさる」と信じていましたが、現実には、難しかったようです。しかし、あのときの、ご店主の「きっと再開する」という気力...それはとても大切なものだったような気がします。が、もう「お疲れさま」の声をかけるときが来たことを知りました。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

根津儚景

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ここは根津です。左奥に明るく見えているのが不忍通りで、その辺りからは、もう根津駅入り口が見えます。そんな位置関係ですから、多くの人が通り抜けます。こういった通路も路地と呼ぶのでしょうが、ここを昼間見ると、いわゆる路地という言葉からくる雰囲気は感じられません。こうして、お店もあるにはありますが、商店裏の空間といったほうが適当だな…という感じです。
それが…です。夜になって、周囲が黒くつぶれ、小料理屋の灯りが店の前を照らすと、この空間の雰囲気は一気に変わります。照明デザイナーという職業が存在するわけですね(^^; ま、それはそれとして…。こうなると、なんだか夢のなかで見ているような儚さを感じます。浮世の儚さってやつですね〜(^^;
しかし、その儚さが、現実には、再開発の波にいつ飲み込まれるかわからない…というところにあるというのが、なんとも…なんですが(^^; ま、どちらにしても、存在とは危ういものですね。

ま、ともあれ、明日は、谷根千で一箱古本市があります。我らがじんた堂さんも参加なさいます。僕も、応援という名目で、邪魔をしに行くつもりです。もしかすると、旧藍染川あたりでの催しだけに、ビックリするようなゲストがいらっしゃるかも?とのこと…。これも楽しみです。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

千駄木すずらん通り

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ここは、千駄木にあるすずらん通りです。すずらん通り...というと、神保町にある通りを思い浮かべますが、同名の通りが各地にあるようですね。赤羽にもありますし、ここ千駄木にもあります。どうやら、銀座通りと並んで人気のある通り名のようです。

ま、そんなすずらん通りですが、このすぐそば (僕の背中側) に、よみせ通りと呼ばれる通りがあります。その通りは、藍染川と呼ばれる川を暗渠化したものであることが知られています。そして、実は、その上流は、谷田川と呼ばれる川 (やはり現在は暗渠) で、その旧川筋を歩いたのがこの企画だったわけです。

また、このあたりは、川沿いの低地ですから、千駄木の高台から坂をくだったところにある町...というわけで、昔は、千駄木坂下町と呼ばれていたそうです。ま、そんな川沿いの横丁ですから、ほぼ湿地と言ってよいように思います。実際、その匂いを感じさせる風景が展開しています。特に、このすずらん通りは、両側に、小さな飲食店やバーなどが連なっていて、特に、その匂いが濃厚です。

この日は、午後になって雨があがり、路地に、いっせいに、傘の花が咲きほこっていました。ここ、すずらん通りでも、ソレッとばかりに、洗濯物と傘の花が...。ここは飲食店街ですが、実は、こうして、住人の気配や生活の匂い...といったものが、強く感じられます。それが、よその町の、こうした通りとの大きな違いのような気がします。

【場所】文京区千駄木3丁目あたりです。

雨上がりの根津で

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今日は、所用で千駄木へ行っていました。16時頃に用事が済み、その後の予定がありませんでしたので、ひっさびさに、千駄木から根津あたりを歩いてみました。さすがに長い間留守にしましたので、けっこう変化もあります。でも、まあ、変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば変わらない…というところです。そう言ってしまうと、すべて終わってしまいますが(^^;
最近、谷根千からは足が遠のいていましたが、久々に歩いてみると、高層マンションなどが増えてはいるものの、やはり、ひとのサイズが単位になっている町…という感じがします。

今日は、根津神社のつつじ祭り期間中なのに、平日の雨上がり…ということもあってか、観光客の姿もなく、町にしっとりと落ち着いた雰囲気が感じられ、ほっとひと息つけた気がします。カメラを、従来通りに町の風景に向けたのも久々のことでしたし…。

そんなわけで、今日の写真は、根津駅に向かう途中の路地で撮った写真です。この路地をもうすこし行けば、不忍通りにでます。そこを左に折れて、またすこし行くと、地下鉄の駅入口があります。僕の前を行く男性も、やはり根津駅に向かっているのでしょう。右手に握られている傘が「持ち主は通勤者です」と言っているようでした…。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

謹賀新年 2008

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明けましておめでとうございます。
昨年にひきつづき、本年も拙ブログを宜しくお願いいたします。

この写真は、2005年のお正月に、谷中で撮ったものです。青い屋根のお寺です。初めて気づいたときは「銅板が、緑青を吹く前って、こんな色になるのかな?」などと思っていましたが、いつまでたっても、この色のまま…でした。このお正月中にでも、その後の様子を見に行ってみようかな?と思っています。

その下に垂らされた幕が、日本的なのでしょうが、実に派手で、お正月の空気を、華やかに染め、かつキリッと引き締めていました。清々しいものでした。こういう図を見ると、やはり、ジャパンデザイン(日本の意匠と言うべきか(^^;)って良いものですね。

【場所】台東区谷中6丁目あたりです。

根津遊郭の名残

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昨日、根津・千駄木・谷中あたりで、一箱古本市なる催しがあり、それに、じんた堂さんが参加なさるというので、僕も、午後になって、根津のオヨヨ書林という古書店前に、じんた堂さんをたずねました。そこでは、拙ブログにコメントをくださる菊坂の与太郎さんと、初めてお会いすることにもなっていました。
ま、そんなわけで、じんた堂さんの箱のまわりをウロウロしたり、じんた堂さんの休憩時間に、与太郎さんと3人でお茶にしたり…と、のんびりとした午後を過ごしてきました。
が、実は、一箱古本市を巡るお客さんの数が思ったよりも多く、じんた堂さんは、予想外に(^^;お忙しそうでした。したがって、あまりじんた堂さんにまつわりつくわけにもいかず(^^; 与太郎さんと、近所をかるく散歩することにしました。で、最初に向かったのが、根津遊郭唯一の名残…と言われていた建物です。それが今日の写真なんですが、実は、その建物があった場所に行ってみてビックリです。なんと、もう取り壊され、その跡には、すでに次の建物の柱が立っていました。そのショックで、散歩はそこで取りやめです(^^; いやはや…です。そんなわけで、とりあえず記録…という意味で、在りし日の姿をアップしておくことにしました。

【場所】文京区根津あたりです。

曙ハウス - 再び

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今日の写真は、昨年(2006年)の1月31日の午後4時頃に撮ったものです。背景は、根津にあった曙ハウス。そして、唐草模様の布にくるまれているのは、曙ハウスの玄関にかかっていた「スウハ曙」プレートです。
拙ブログの過去のエントリーを読んでいただければ、「曙ハウスとは何か?」「そして何があったのか?」といった、およそのことはお分かりいただけると思いますが、ひと口で説明すると、「曙ハウスという、根津の象徴的な古い建物が、去年解体された」そして「解体されてみると、それを惜しむ声が、地元の方々をはじめ多くの人から聞かれた」ということです。
解体に先立ち、当然のことながら、各部屋の所有者による荷物の搬出・引取などが行われるわけですが、なかには所有者不明...といった荷物などもあり、最終的には、業者による処分...ということになりました。そして、その処分最終日に、「スウハ曙」プレートも取り外されました。
プレートは、木とトタン(ブリキ?)で出来ていましたが、乾燥しきっているのか、わりと軽く、下手に持ち上げると、ボロリと壊れてしまいそうでした。そこで、業者さんは、ありあわせの布団でプレートをくるみ、トラックの屋根に載せてくれました。これは、あの時のあの場では、できるかぎりの丁寧な保護措置だったと思います。
こうして、ごみとして処分されずに、運び出された「スウハ曙」プレートですが、その後、公的機関である「文京ふるさと歴史館」に収蔵されました。そして、今月の10日から、そのプレートが、曙ハウスの解体後はじめて、我々の前に姿を現わすことになりました。以下は、そのお知らせです。
企画展「文京・まち再発見2 近代建築 街角の造形デザイン」
会場:文京ふるさと歴史館 文京区本郷4-9-29
会期:2007年2月10日(土)〜3月18日(日)
時間:10:00〜17:00 月曜日休館

■ 文京ふるさと歴史館での展示風景を追加しました。(2月12日)

この企画展と連携するように、愛らしい建物で知られる根津教会で、建物写真展が開催されます。こちらにも曙ハウスの画や写真が展示されます。以下は、そのお知らせです。
まちかどの近代建築写真展 in 根津
会場:日本基督教団根津教会 文京区根津1-19-6
会期:2月10日(土)〜2月17日(土)
時間:10:00〜17:00(最終日は15:00まで)

■「曙ハウス」関連エントリー:
曙ハウス・プレートの行方 / 曙ハウス / 曙ハウス最後の日 / 曙ハウスの路地で / 曙ハウスの階段 / 根津のブラックホール

谷中M類栖 /1f

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谷中界隈では、今月15日から、谷中芸工展と称する、町をあげてのアート展が行われています。そのため、日頃からお世話になっているM類栖さんが、大阪から帰京なさり、期間中は谷中にいらっしゃるというので、かなり出遅れ気味ではありますが、展示室にもなっているご自宅をお訪ねしてきました。
展示されているのは、M類栖さんの御祖父・丸井金猊(きんげい)画伯の作品10点他です。構成としては、絹地に彩色された絵が中心ですが、展示の核となっているのは、やはり、大作屏風絵『壁畫に集ふ』です。今日の写真は、その大作のほぼ全体を撮らせていただいたものです。この屏風は、以前にも拝見したことがあるのですが、その時は、半分が閉じた状態でした。なにしろ、横3.6メートル、縦2.6メートルという大作ですから、「ちょっと開いて全体を見せて」というわけにはいきません。そんなわけで、今回はじめて、全体を拝見する機会が得られた…というわけです。この絵を前にして、まず感じるのは、その迫力もさることながら、「なんとモダンでお洒落な感覚だろう…」ということです。制作されたのが1938年(昭和13年)ということを考えると、なおさらです。
他の作品は、上記したとおり、絹地に彩色された絵で、植物や花、鳥などがモチーフになっています。こちらは、非常にきめ細やかにに描き込まれたものが多く、精緻という言葉がぴったりと当てはまる感じです。例えばこんな感じです。部分によっては、ちょっとリアル過ぎて怖いくらいです(^^; が、構図には、やはり、どこか洒落たものが感じられます。
この芸工展ですが、期間は、明後日の22日までです。ちょっとご紹介するのが遅れてしまいましたね〜。でも、もしお時間がおありでしたら、ぜひ足を運んでみてください。こんな絵を、間近で鑑賞できる機会なんて、そうはありませんから…。

【場所】台東区谷中1丁目あたりです。

祭りのあとの町

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映画「もんしぇん」イベントにからみ、今日の午後は上野に居ました。上野と言っても、一角座のある場所は、上野駅よりも谷中に近いため、帰りは、ふと思いたって谷中ボッサに立ち寄り、その後、祭りの終わった根津の町を通ってみることにしました。
実は、今日も、根津神社の祭りはつづいているのですが、主には神社内部での行事が行われるため、いわゆる目に見える祭りは昨日で終わり…ということになります。
そうでなくても、今日は祝日ということで、交通量は少なめでです。そして、当然のことながら、祭り目当ての観光客の姿はありません。根津在住の方々も、それぞれの家で、祭りの疲れを癒やしていらっしゃるのでしょう。なにしろ人影がまばらです。昨日の人混みが嘘のように…というやつです。
今日の写真は、3枚ともに、谷中ボッサを出て、根津駅に向かいながら撮ったものです。祭り提灯は灯っていても、ひっそりと人影の無い根津の町。なんだか、やはり根津は不思議の町か?という感じでした。やや不気味なくらいに…。

ところで、言い忘れましたが、谷中ボッサさんって、ほんとに心地よいです。ま、波長が合う…ってこともあるのでしょうが…。そして、ご主人の身内の方が有機農法で栽培なさったというカボチャを使用したカボチャプリン、これがまた美味しかった…。ま、敬老の日だし(^^; 自分への慰労もかねて(^^; 良い一日でした。

【場所】文京区根津です。






昨日にひきつづき、根津神社御遷座三百年大祭でに賑わう根津の町に繰り出してきました。祭りは今日が本番。さすがに昨日とは町の雰囲気が違います。なんといっても人出の多さ。根津神社を中心に、町は人で溢れていました。心配されたお天気も、夕方まではどうやらもって、行事なども、まあ恙なく進行できたようです。

根津の祭り (初日)

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今日から根津はお祭りです。しかも、根津神社御遷座三百年大祭とやらで、例年とは気合いの入り方が違うようです。それでも、今日は、まだ前夜祭という感じで、いつものような根津の祭りムードでしたが、明日は、宮御輿3基と山車が町内を練り歩くといいます。三百年大祭ならでは…の壮麗なものになるようです。
ということで、「祭りだ!」という写真は、明日お届けすることにして(お届けできる予定(^^;)、今日は、ちょっと裏をかくような、静かな祭り風景をアップすることにしました。
左の写真は、根津神社の参道にある表具屋さんのガラス戸です。わりと煌びやかな三百年大祭のポスターと、経年変化した造作との組み合わせが、なんとなく侘びしさを感じさせます。祭りというものは、興奮ばかりではなく、実は、寂しさも感じさせますね。
中央の写真は、夕刻になって不忍通りを練り歩く御輿です。この写真では、1基がぽつん…という感じがしますが、実際には、10基(だと思う)の御輿が一列になって練り歩くため、実に壮観です。
右の写真は、根津神社の境内で撮ったものです。やはり、例年通りに、多くの出店が軒を連ねています。こちらはの主役はやはり子供たち。この子たちは、出店を物色しての獲物を、出店のきれた空き地で確認中のようです。ちょっと懐かしさを覚える光景でした。

【場所】文京区根津です。

根津日常景

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午後、根津で人に会っていました。このところ、話題があちこちに飛び、かなり目まぐるしくなっていましたが、今日は、久々に根津からです。
根津の…なんでもない…ふつ〜の日常風景ですが、近頃は、壊れたような風景ばかりが目につき、もう、こういった風景をふつ〜とは呼べないのかな?とさえ思います。
この2枚の写真は、根津神社に向かって歩いているときに、連続的に撮ったものですが、見ると、ごちゃごちゃしていますし、カッコ良くもありません。色もくすんでいます。でも…です。「これがまちだ」という感じがするのです。アラーキー氏が、根津のまちを撮った写真集のタイトルを「人町」としていますが、さすがですね。このあたりを歩いていると、まだ、そんな匂いを感じます。
今日は、自然の食物が身体にとっては栄養であり薬でもあるように、こういったまちは、人の気持ちや精神の、栄養であり薬にもなっているのではないか?と感じた次第です。風景って、ただ眺めるだけのものじゃなくて、人にとって、かなり大切なものなんですよね…きっと。

【場所】文京区根津1丁目あたりです。

今日は、曙ハウス関連の、たいへんに喜ばしい報告をさせていただきます。今年の2月に、惜しまれつつも解体された曙ハウスですが、その後、ハウス入口にかかっていた「あのプレートはどうなったの?」という声が、曙ハウスファンのみならず、多くの友人や近隣の方々からも上がっていました。あの建物と同様に、あのプレートは、想像以上に多くの人たちの記憶に焼き付けられていたようです。
実は、あのプレートは、建物解体と同時にゴミになる運命でした。それを何としても阻止したかった僕は、ある古物商さんに、かなり無理なお願いをして、プレート(+手摺り支柱) を取り外し、保管していただいていました。
それが、あれこれと紆余曲折はあったのですが、先月末、ついに、文京ふるさと歴史館に収蔵されることが決定しました。そして、本日、ふるさと歴史館より、「収蔵の最終手続きが終了した」とのお知らせをいただいたのです。もう、これは、このブログを始めて以来、最もうれしい出来事です。これで、あの曙ハウス・プレートは、半永久的に公的機関で保存されることになります。曙ハウスファンにも「最善である」と感じていただける結末ではないでしょうか...。

古物商さんがどなたであるかは、ご商売に差し支えなどがあってはいけませんので、明言しませんが、とにかく、一本気な方で、僕の気持ちを汲んでくださり、ねばり強く誠実に事を運んでくださいました。心から感謝したい思いでいます。
また、以前のエントリーでは、僕は、「ふるさと歴史館あたりが乗り出すべきだ」などと書いてしまいましたが、実は、今回、プレート収蔵に向けて動いてくださった学芸員さんは、そのエントリーをご覧になり、心痛めていらっしゃったことを、後になって知った次第です。曙ハウス解体時には、ふるさと歴史館では企画展準備などに追われ、気になりながらも一歩も動けない、という状況だったということです。また、今回の曙ハウス・プレート収蔵についても、ふるさと歴史館内で賛否両論があり、担当学芸員の方が相当にご努力してくださった結果、なんとか...という状況だったようです。担当学芸員の方には、この場をかりて、お詫びと御礼を申し上げたい気持ちです。
今日の写真は、言うまでもありませんが、文京ふるさと歴史館の倉庫に収まった、曙ハウスのプレートと手摺り支柱です。まったく痛んでいません。久々に会えて、ほんとうに懐かしい思いがしました。
なお、この曙ハウス・プレートなどは、来年2月10日〜3月18日に予定されている企画展「文京まち再発見 II - 近代建築 街角の造形デザイン (仮称)」で、初お目見えすることになりそうだ...ということです。

【場所】文京区本郷4丁目あたりです。

ヒ鉢植えのゼラ

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昨日、バック・フロム・ザ・ブートの3人と一緒に、根津の赤札堂の裏手あたりを歩いているときに撮った写真です。この一画は、路面はしっかりと舗装されてはいるものの、まだ、昔ながらの面影を感じることのできる長屋が残っています。下見張りと波形トタンが、ともに経年変化し、互いに解け合った状態が美しく、時々、気になって立ち寄る場所です。
昨日は、この一画のどこかに、3人の若いアーティストに立ってもらい、そこを撮影しようと思い、立ち寄りました。そして、この辺りで撮ったには撮ったのですが、結果は、ほぼ全滅(^^; どうにもわざとらしくて...ってやつですね。原因は、僕は彼らに「ポーズ無しのポーズ」を期待し、彼らは僕から「ポーズや立ち位置の指示」が出ると考えていたに違いない、という意思疎通不足につきます。あ〜、言葉と文化の壁は厚かった(^^;
が、まあ、そんな感じですが、とにかく、この場での撮影は切り上げ、次ぎの場所に移動しようと、歩き始めたときに、ふと目に飛び込んできたのがこの光景でした。火鉢にストンと嵌め込まれた鉢植えの先端(実際には後方の鉢植え)に、赤いゼラニュームの花がついていました。周囲の地味な色との対比からか、それが、蛍光色のように際だって見えます。それが、この一画の空気を一変しているようです。ファインダーを通して見ると、トタン家の屋根が、なかなか良いリズムを作っています。というわけで、シャッターを押したのが今日の写真になりました。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

曙ハウス跡地が…

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先日、わきた・けんいちsanが、「曙ハウス」関連記事を総まとめするエントリーをアップなさったのをかわぎりに、neonさんもご自身の作品<スウハ曙>をネット公開なさり、それを追うように、m-louisさんが「曙ハウス」談義記事、そして「曙ハウス」マニア必見(^^;の「曙ハウス」図面(準備版)+「曙ハウス」リンク集をアップなさいました。皆さん…ほんとに凄いです。
その熱さに引きずられ、僕も、久々に曙ハウス関連の写真をアップすることにしました。と言っても「ハウス跡地の現在」写真なんですが…。
実は、先日、根津にお住まいのneonさんから、「曙ハウスの跡地が駐車場に…」というお知らせをいただいていました。そこで、neonさんの作品を撮らせていただくため、根津に行ったついでに、その様子も写真に収めてきました。ま、実は、「neonさんの作品<スウハ曙>は曙ハウス跡地で撮ろう」と思っていたのが、すでに工事が始まっていて、ちょっと予定が狂ってしまった…ということなんですけどね。
そして、ついで…です。対比のため、左の写真とほぼ同じ角度から撮った、在りし日の曙ハウス(パースペクト修正)です。風景が変わりましたね〜、当たり前ですが…。

【場所】文京区根津2丁目あたりです。

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