白山 西片 向ヶ丘の最近のブログ記事

向丘の古トタン家

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ここは向丘です。手前に見える道路は本郷通りで、左に行くと本郷方面、右に行くと駒込方面です。

この辺りも家から遠からずの距離にあるので、つい、何時でも行けると思い、逆に手薄になったりします。この愛らしいトタン家もその例に漏れません。何度か撮ってはいるのですが、どこか「また来ればいいや」的な雰囲気の写真が目立ち、もっとしっかり撮っておかねばと思っていました。

理容坂下さんも森沢商店さんも、かなり前から、もう営業はなさっていませんでした。したがって、そう遠くない将来に...と思って警戒(^^;はしていたのですが、昨年末(だったと思う)のこと、車で前を通りかかると、なんと、その2軒が取り壊されていました。

そうなると、もう新たに撮ることはできませんので、撮ってあるものを探すしかありません。そして、探し出してきたのが今日の写真です。いかがでしょう。おもちゃみたい...というと語弊があるかもしれませんが、家なのに何とも愛らしいですよね。というわけで、気に入っていた一画ですので、記念にor記録だけでも...と思い、エントリーした次第です。

【場所】文京区向ヶ丘1丁目あたりです。

福山アパート

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丸山福山町(旧町名)に残る古老アパートです。築70年を超えるといいます。以前のエントリー「乱歩な福山アパート」と「乱歩な福山アパート(2)」に目を通していただくと、このアパートのおよその素性がお分かりいただけるか...と思います。

実は、つい先日までは、この手前に、もう一棟、アパートがありました。その棟は、以前にエントリーした頃(2004年末)から、すでに住人はなく、取り壊しを待つ...という状態だったのですが、意外と言うのも変ですが、けっこう長い間取り壊されずにいたな...というのが本音の印象です。

が、しかし、ついに...と言いますか、その空き家だった棟が取り壊され、こうして、古老棟が我々のまえに全貌を現すことになった...というわけです。

こういったケースでは、それまで隠れていたものが、ある日突然人目に晒される状態になるわけですから、とかく、見た目に痛々しさが伴います。が、この福山アパートの場合は、そんな感じがありません。「こうして全貌が見えるのが本来だよ」と言わんばかりです。威風堂々...という言葉を使いたくなります...。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。

まちの洋服店

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まちから、専門店というものがどんどん消えています。が、意外と健闘しているように思えるのが洋服店です。それも注文服専門...という感じの店。この花岡洋服店もそんな例です。

ここは文京区の向ヶ丘です。水族館劇場がテントを設営していた光源寺をはじめとして、お寺がとても多いまちです。また、この洋服店の前の通りは、白山上(本郷方面)と団子坂(谷根千方面)をむすんでいて、人通りも車の流れもそこそこにありますが、このあたりは、どうしても中間点・通過点になってしまうのか、商売に向いた場所ではなさそうに思えます。

そういったハンデを背負った土地にありながら、質実ではあるものの、こうして、夕方になると明かりをともし、暖かみと清潔感のある佇まいを見せているこの洋服店...ぐっと惹かれるものがありました。

で、考えてみると、確かにこの場所は商売に向かないのかもしれませんが、昔から、まちの仕立て屋さんは、服を誂えるお客の邸に出向いて、採寸や仮縫いをやっていたものです。この近くには、西片や駕町といった、お屋敷まちが控えています。こちらのご主人は、きっと、そういった古い顧客を多々抱えておいでなのだろう...と想像します。間違いなく、良い仕立てをなさるのでしょう...。

【場所】文京区向ヶ丘2丁目あたりです。

水族館劇場 (3)

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水族館劇場そして水族館劇場 (2)...と紹介させていただいた劇団の、今回の公演としては最終日となる昨夜(6月8日)、駒込大観音光源寺の境内に行ってきました。

境内に入ると、「あれ〜あの人だ」という人や、「あ、あなただったのですか」という人や、「なんだあなたじゃん」という人など...多士済々です。そして、いつの間にやら、境内が、文字通り、人で埋め尽くされます。

そんなこんなで(と、やたらとはしょります)、あたりがやっと暗くなった頃、この劇団の公演がスタートします。まずは、テントの外で行われるプロローグから...です。このあたりからして、この劇団、すでにひと味ふた味ちがいます。左の写真は、その風景です。こうした状況で行われているため、役者、舞台、観客、まち、日常...などの"境"が、きわめて曖昧です。

それが終わると、こんどは、入場券を持っている人が、番号順にテントのなかに誘導されます。テントのなかでは、鳶姿の座長が、ハンドマイク片手に指示をとばしていて、それに沿って案内係の人に導かれて着席します。これがまたかなり見物です(^^;

そんなわけで...と、またもはしょりますが、わりとすんなりと幕が開きます。が、舞台で芝居が演じられている間は撮影は禁止ですから、当然のことながら、その写真はありません。

で、もう芝居が終わった後にうつります(^^; 右の写真です。もう割れんばかりの拍手のなか、座長(中央の鳶職に見えるひと)が、役者と裏方のひとりひとりを、丁寧に、観客に紹介してゆきます。芝居も良いけどここも良い...のです。 この座長は放っておくと、団員の紹介が終わったら、こんどは、「...カクカクシカジかで...千駄木からお越しの○○さん!」などと、観客ひとりひとりの紹介にうつりかねません(^^; ま、そんな精神をお持ちだ...ということのたとえ...ですが...。

実は、僕は、この前日が千秋楽だと思い込んでいて、前日にも、この芝居を観たのです。が、ほとんど芝居を観たこともない僕に、単純に「これは翌日も観たい...」と感じさせるものがありました。凄いのです...この劇団。

■関連エントリー:水族館劇場 (2) / 水族館劇場

【追記】Blog"谷根千ウロウロ"のエントリー「水族館劇場・メランコリアの日々
【場所】文京区向丘2丁目あたりです。

水族館劇場 (2)

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先日、水族館劇場のテント外観の写真を掲載させていただきましたが、今日は、その内部の写真です。

今回の公演は、初日が今月の23日ということですから、もう残すところ1週間ほどです。建て込みも進み、かなりかたちになってきています。が、実際のところ、進行具合はいかがなものなのでしょうか? ま、こちらの劇団は、結成からかれこれ20年にもなる...ということですから、準備にぬかりはないのでしょうね...と想像します(^^;

左の写真は、テント内部の、観客席側から舞台側を見たところです。どうやら舞台の骨格ができてきている...という感じです。これからどうなるものやら?ですが、とにかく、この時点では、これはコンサート会場とはちと違うな(^^;という程度です。右上に小窓があったりするのが、ちょっと気になるところですが...。

そして、右の写真ですが、これは、日本に古くからある旅する芸能一座的な匂いを強く感じて撮ったものです。
劇団とは、人々に非日常を見せることが仕事なのでしょうが、劇が演じられていない間は、そこに、劇団の人たちの日常がかいま見え、それが非日常用の装置を背景にするため、より強く日常の匂いが感じられるような気がします。芸能一座的な匂い...と書きましたが、ここで感じたのは、そんな匂いでした。むら...むかし...そんな言葉がキーワードになるような...。

■関連エントリー:水族館劇場 (3) / 水族館劇場

【場所】文京区向丘2丁目あたりです。

水族館劇場

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久々にカメラを持って外に出てきました。とは言っても、体調万全とは言い難いので、ごく近所まで...ですが(^^;

行った先は向丘の光源寺です。というのも、"古本T" のかんからsanから「光源寺境内で、現在、水族館劇場という劇団の、公演に向けての準備が進んでいる。その公演も素晴らしいが、設営中のテントもmasa好みと思われます」との情報を、いただいていたのです。

ところで、水族館劇場と言えば、何を隠そう(^^; "谷根千ウロウロ" さんのエントリーで、何度か目にし、ずっと気にはなっていたのでした。が、いまひとつ機会がなく...という状態でしたので、今回は、「かんからsan、背中を押してくだすってありがとう!」という感じです(^^;

で、現地へ行ってみると、テントの端を見ただけでも、なるほど...です。かんからsanの読み...どおり(^^; 好み...(^^; 良い感じです。しかも、そこには、デジタル一眼を2台抱えた怪しげな(^^;人影がチラチラと...。その影の主、誰かと思えば、なんと、"谷根千ウロウロ"の主宰者・やまだsanでした〜。いや〜お互いに、やっっっと会えた...という感じです。が、これが実にラッキーでした。やまだsanが、すぐに劇団の方々に紹介してくださいましたので、初めて...というのに、テント内部まで、自由に撮らせていただくことができました。

という経緯と理由で、これからも何度もエントリー題材になりそうな予感(^^;の水族館劇場、まずは第一弾のお届けですっ!

■関連エントリー:水族館劇場 (2) / 水族館劇場 (3)
■水族館劇場HP: http://www.suizokukangekijou.com/

【場所】文京区向丘2丁目あたりです。

船橋ボックス

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建築家でありブロガーでいらっしゃる方々に混じって、船橋ボックスと呼ばれる建物の内部を見学させていただいてきました。

この建物は、建築家・宮脇壇さんの設計になるもので、外観は、コンクリートの四角い箱状。そのなかに木造の家が造り込まれている...と、まあ、超簡単に説明すると、そんな感じの家でした。

それが、近々、建て替えのため、取り壊されるとのことで、その前に、希望者には見学してもらって...ということだったようです。で、門外漢の僕にも、住んでいる場所が近いこともあり、「どう?」と声をかけていただきましたので、野次馬根性かたがた(^^;行ってきました。

現地に着いてみると、意外にも、黒々とした頭髪が目立ちます(^^; グレー頭髪の集団を目印に...なんて思っていましたら、アテが外れました(^^; どうやら、この船橋ボックス...老若男女の興味を惹いているようです。

というわけで、僕も、内部に入らせていただきましたが、専門家の見学の邪魔にならぬよう、ササッと撮ってサッと切り上げ...です。また、建築写真家による記録は多々ある...ということでしたので、僕は、徹底的に主観的(ひとりよがり...とも言う(^^;)な印象写真をアップすることにしました。なんとなく船内に居るような気がしたもので...。

【場所】文京区向丘2丁目あたりです。

白山下の古物屋

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この写真は、元旦に、墓参りに行った帰りに撮ったものです。

文京区の白山下に、元々は白山2丁目の外れだったものが、新しい白山通りが通されたため、飛び地となり、「ここは白山5丁目の外れか?」という状態になった三角地帯があります。

そこに、昔から変わらぬ姿で残っている木造の平屋があります。僕は、以前に白山5丁目に住んでいましたが、そこに引っ越した当時...30年以上前のことになりますが、既に、こんな姿だったと記憶しています。

白山5丁目は、白山神社のお膝元になります。いまでは、鉄筋のビルやマンションなどが連なっていますが、僕が住み始めた当時は、ごちゃごちゃと、バラックに近い建物も密集していたところで、地下鉄の駅もなく、もちろん現在の白山通り(白山下から千石までのあいだ)もなく、都心の離島...という感じすらしました。ここで育った義父は、よく「東京の田舎・白山村」などと言っていたものです。

ところで、この三角地帯ですが、ここは、白山神社のある高台と小石川植物園のある高台に挟まれた低地にあります。その低地のつづきには、昔、白山花街や柳町などがありました。そこに建つこの建物は、白山神社あたりの住人だったら知らない人は居ない古物屋さんです。商品の陳列のしかたも、昔からこんな感じです。本当に昔のまま...です。

この右手には、履物屋さんと提灯屋さん(これは確実)があった...と記憶しています。そちらは、とっくにビルに建て替えられましたが、この古物屋さんは、いまもって頑張っています。よくも生き残っているものだと思います。こうなると、この一帯の匂いを留める象徴として、長生きして欲しいものだと思わずにはいられません。

【場所】文京区白山2丁目あたりです。

Psalm@光源寺

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もう一昨日の21日(金曜日) のことになりますが、Psalm(サーム)による、映画「もんしぇん」公開記念ライブが催されました。会場は、団子坂と白山の間にある光源寺でした。Psalmというのは、映画「もんしぇん」の音楽も担当した音楽集団のことです。メンバーは、玉井夕海さんと中川果林さんが核となり、時と場合に応じて自在に変動するとのことです。この日は、前半が2人(左写真)、後半はバイオリン(松尾嘉子さん)とビオラ(大澤史郎さん)のお2人が参加し、4人での演奏(右写真)になりました。
Psalmでの夕海さんの担当はヴォーカルです。が、ヴォーカルと言っても、単にうたをうたう…のではなく、声帯や呼吸器そして身体全体を使ってうたを表現する…と言ったほうが、よりイメージが伝わるような気がします。そして、中川果林さんですが、こちらは珍しい25絃琴(or 箏) の奏者です。なんとなく、琴奏者というよりも琴プレイヤーと書いたほうが雰囲気が伝わるかな?という感じです。

白山御殿町の路地

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この写真を見るかぎり、どこが御殿?って思いますよね。実は、ここは、小石川植物園のすぐ下に位置している区画です。
小石川植物園を含む一帯は、将軍になる前の綱吉の御邸が在ったところで、そこが白山神社の鎮座地でもあったため、白山御殿と呼ばれていたのだそうです。その跡地に出来た町だから白山御殿町と言うことなんですね。もっとも、現在では、町会名こそ「白山御殿町町会」ですが、住所表記は白山3丁目になっています。
さて、この白山御殿町は、植物園沿いの通りと千川通りに挟まれた長方形の区画で、そこには、2本の通りをつなぐ細い路地が何本も見られます。今日の写真は、そのうちのいずれかの路地で撮ったものです。

左の写真:言わずとも分かりますよね。アパートの階段です。建物と樹の隙間から、ス〜ッと、傾いた太陽の光が射してきました。途端に路地が表情を変えます。左上奥に見えるのは、小石川植物園の樹です。

中の写真:この一帯には、工場や工場兼住居といった建物がひしめいています。ここもご多分に漏れず製本工場です。路地の両側が同じ会社であるため、路地の上に雨避けが設けてありました。一種のトンネル路地ですね。トンネルを抜けた先右手には、戦後建った下見張りが…。その下に立って、洗濯物を取り込むために顔をのぞかせたオバサンとしばし立ち話しです。

右の写真:基本的には、建物と建物の隙間である路地は、太陽が傾くと、一気に暗くなり、表通りとの明暗差が大きくなります。ここでは、路地に水が撒かれていました。そのパターンがなかなかよろしいですね。そこに空の明るさが反射して、路地にリズムが生まれていました。

【場所】文京区白山3丁目あたりです。




かなり以前に、目黒のプチガウディなる建物を紹介しましたが、今日は、文京区の白山にあるガウディnanoです(^^;
ここは、かなり以前から注目していたのですが、なんせいつ通りかかっても、正面のシャッターが下りていて、どうしてこういうことになったものやら、その理由が分からず、エントリーできないでいました。が、今日、通りかかると、その開かずのシャッターが開いています。一大事です(^^;

ブルーバットな壁

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すごいタイトルをつけました(^^; ブルーバットは黄金バットからの連想です(^^; 黄金バットなんて、僕が本当に小さい子供の頃、紙芝居に登場するキャラだったような? また、当時既に昔のキャラだったような気もします。ま、それは忘れてください(^^; とにかく、この家の壁面が突然目の前に現れたときは、ウワッと驚きました。深夜でしたし…。
家が密集している場所では、ある家が取り壊され、それまで見えなかった隣りの家の壁面が突然衆人の目に晒されることがありますが、これだけ「もうアートじゃないか?」と思わされる例というのはあまりありません。なんだか、左右に広げた手羽をバタつかせて、こちらに飛んできそうだな〜という感じでした。ちょうど青いシートで覆われた直後だったのかもしれません。この写真を撮ったのが18日。24-5日に同じ場所を通ったときには、既に足場が組まれ、シートは取り払われ、壁面はサイディングで覆われていました。月夜の西片町に一瞬現れたブルーバット景でした(^^; このエントリには「でまかせ」というカテゴリが必要ですね(^^;

【場所】文京区西片2丁目あたりです。

向ヶ丘の朽家

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朽家なんて言葉が有るのかどうか知りませんが、この家には、なんとなくぴったりくるような気がして、造語してしまいました。あっても良さそうな言葉ですね(広辞苑にはありませんでした)。
ここは向ヶ丘。以前は、駒込東片町と呼ばれていた所です。この家は、廃屋のように見えますが、まだ現役です。反対側から見ると、洗濯物が干してあったりします。そちらは波形トタンに覆われ、見た目にも、もっとしっかりして見えます。
しかし、この裏側はすごいことになってます。でも、やはり現役なんでしょうか、よく観るとタテヨコの線がしっかり通っています。傷みはすごいんですが、どこか端正(この語は適当ではないですね(^^;)なところが感じられるんですね。そこが気に入った主な理由です。
僕は、ここから歩いて数分の所の長らく住んでいましたが、この家については、はっきりした記憶はなく、「そう言えば在ったな〜」という感じ。町についての記憶なんていい加減ですね。ま、町にかぎらず、僕の記憶がいい加減だってだけかもです(^^;

【場所】文京区向ヶ丘1丁目あたりです。

旧東片町の中澤装芸

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この建物は、東大農学部前から白山上交差点へと向かう国道17号線[旧中山道]沿いに建っています。国道17号などと言うと、さぞ広い道路のように聞こえますが、実際には、片側1車線のごく普通の町中を通っている道です。そして、この道が、学者町である西片町と商人職人の町である旧東片町[向ヶ丘]をくっきりと色分けしています。実際に歩いてみると、かなり均一化が進んではいますが、その名残はいまでも十分に感じられます。この建物も、その違いを感じさせる一例と言ってよいでしょう。元々看板建築だったものを、補修の際にトタン板で全体を覆ってしまったようです[また、両側から確認しても、オリジナルの屋根のうえをまたぐようにして、もうひとつ屋根をかぶせたようにも見えます]。そばで見ると、かなり大きなトタンの塊で、結構な迫力があります。それだけでも目を引くのですが、そこに、すっきりとしたちょっと古風なイメージの看板が掲げられています。これが実に気になるアクセントになっています。もしかすると、これがなかったら写真を撮らなかったかもしれません。そこには「大工業 中澤装芸」と書かれています。なるほどね、この古い建物がくっきりとした輪郭を保って今日までもっている理由は、ここにお住まいの方の職業にあるのかもしれませんね。

【場所】文京区向ヶ丘1丁目あたりです。
【余談】世の中み〜んな「工務店」の看板を掲げるなか、堂々と「大工業」ってところがすっかり気に入っちゃいました。さすが東片町かな?と…。

西片町に残る長屋

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ここは西片町、誠之小学校のすぐ近くです。西片町というと、学識セレブ御用達(^^;の町というイメージが頭に浮かびます。特に2丁目はそんな感じです。実際に歩いてみると、確かに閑静な住宅街です。というよりも、お屋敷町って感じでしょうか…。
しかし、そんなレッテルが貼られた町にも、小さな長屋が残っていました。すでに写真左と左手前、その奥の家は空き家になっていて、一部は鉄柵で囲われ、荒れ始めています。いまにも解体工事が始まりそうな気配です。そして、向かい側[写真で言うと右手前]でも、古い木造家屋が取り壊され、基礎工事が始まっていました。この風景も風前の灯火といったところです。
正面に見える、整然と干された白一色の洗濯物が印象的です。この洗濯物を見ただけで、この家にお住まいの方のきちんとした性格がうかがい知れます。それだけに、さぞ落ち着かない日々を送っていらっしゃるだろうな〜と、ちょっと心が痛みます。

【場所】文京区西片2丁目あたりです。

今日は、昨日紹介するつもりでいた丸山福山町に残る古い長屋の写真です。4軒長屋で、これも築100年前後だということです。ということは、明治初期に建てられたことになりますから、江戸末期に建てられた足軽長屋に次ぐ古さということになります。現在は、左側3軒が住居、右端が竹炭製品を販売する店舗として使われています。造りの感じから、元は町屋(1階部分が店舗)だったのかな?と思っていましたが、そうではなく、最初から民家として建てられたものだそうです。ただ、昔は、当然ですが、1階部分が今のように駐車場ではなく、引き戸の入口が付いていたようです。また、この長屋の所有者のお宅がこの裏手にあり、そこには煉瓦(表面が素焼きタイルのような感じ)造りの立派な蔵が残っています。どうでしょう。今日の写真は建物を紹介するような撮り方ではありませんが、この日の空の雰囲気と長屋のシルエットが相まって、なんだか京都あたりの風景にでも見えませんか?

【場所】文京区白山1丁目あたりです。
【追記】実は、この長屋についてお話してくださったのは、竹炭製品の専門店「竹炭の家」のご主人です。こちらには「こんな物まで竹炭が使われてるのか」と驚くほど様々な製品が展示されています。また充実したホームページも運営なさっています。

丸山福山町の路上で

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今日は、実は、丸山福山町に残る古い長屋を紹介するつもりでしたので、その建物について聞き取り調査(^^;をするため、ちょっと家を出ました。
すると今日も光がきれいです。もう晩秋ですから、夏に比べると光が穏やかで角度もつき、あちこちに適度なコントラストの明暗をつくり出しています。こうなると都心ものどかです。路地に落ちる木漏れ日や窓辺に這う色づいた蔦、鉢植えの花や植物が輝いて見えます。いいですね〜こういう感じ。家にこもってるのが惜しくなります。
そんなわけで、一直線に目的の長屋に行くつもりだったのが、途中でやたらと道草が多くなり、時間ばかりくってしまいます。そして、やっと丸山福山町にたどり着き、そこで最初に目にしたのがこの光景です。まさに光景ですね。ここはもう何度も通っている道ですが、これまで立ち止まったことはありませんでした。この光と陰影がなかったら、今日も素通りしていたに違いありません。それが今日は、しばらくこの路上に立ち、通る人や車によって表情を変えるこの光景を、飽かず眺めさせられてしまいました。ここは現在の住所表記では白山1丁目。「ミステリーゾーン丸山福山町」の南の入口にあたります。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。

西片町の洋館

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先日、丸山福山町に行った帰りに、久々に西片町を抜けてみました。丸山福山町と西片町との境は、20メートルほどもある崖になっています。急な階段を上り、家に向かって歩いていたのですが、途中、ふっと空が開けた区画があるのに気づきました。かなり広い敷地に瓦葺きの平屋だけが建っています。板塀がめぐらされ、玄関は「お寺かな?」と思うほどの構えをしています。いったい何なんだ?と思い、ちょっと近づいてみしてみました。すると、玄関の右手に薄いブルーグリーンに塗られた瓦葺き洋館があります。その脇には、黄色のトランペットが咲き、洋館の色との対比がとてもきれいです。しかも、種々な時代と感覚が入り混じり、ちょっと奇妙な良い雰囲気を作り上げています。そこで撮ったのが今日の写真です。
そして再び家に戻りかけたのですが、今度は、傍らに石碑がたっているのに気づきました。石碑には「鼎軒柳村居住之地」と刻されています。鼎軒柳村って誰だ?と、ま、僕はその程度です(^^; 家に戻り、ネットで調べても、どうもよく分かりません。その後、もう少しねばって調べたところ、どうやら、こちらのお宅は、経済学者であり政治家でもあった故田口卯吉氏の邸だということが判明しました。鼎軒[ていけん]って田口卯吉のことだったんですね。すると、残りの柳村は誰だってことになりますが、こちらは翻訳詩人・上田敏のようです。
ま、由緒ある場所だったんですね〜。また、これも後で調べて判明したことですが、写真の洋館は、明治19年に建てられたものなんだそうです。どおりで…雰囲気十分です。

【場所】文京区西片2丁目あたりです。
【追記】田口卯吉、上田敏、両氏ともに、谷中霊園に眠っていらっしゃるそうです.
【追記】田口邸全景を追加しました。

ここ2日間、ちょっと脱線気味でしたが、今日から再び下町写真紙芝居路線に復帰です。まずは先日紹介させていただいた福山アパートのつづきです。前回この建物の前を通りかかったのは、もう日没後でした。既に周囲は暗く、細部が見て取れるような写真を撮るのは無理な状態でした。
そこで、その翌日、好奇心にずるずると引きずられ、行ってきました。丸山福山町の怪人二十面相の棲み処へ...。やはり、昼間だというのに、このアパートのある一帯は、シーンと静まりかえり、なにやら怪しげな空気に包まれています(大袈裟です(^^;)。でも、なんとなく、足音を忍ばせてソロリソロリと歩きたくなってしまう雰囲気はあるんですね。
しばらく周囲をうろついていると、怪人二十面相の息子さんかな?といった年配の男性の姿がアパートの玄関先に見えます。早速、お話をうかがってみると、このアパートにもう30年以上お住まいだということでした。その方によれば、写真に写っていないほうの棟は、戦災で焼け落ち、建て直したものだそうですが、この棟は焼失をまぬがれ、古いまま残ったということです。元々、屋根は瓦葺きだったそうですが、雨漏り対策などに費用がかかり過ぎるため、現在のトタン葺きになったということです。
今日の写真は、先日とは反対の方向から撮ったものですが、なんだか、昔の戦艦の一部でも観ているような感じがしませんか? この福山アパート、怪しいくせにキリッとしてて、益々気に入ってしまいました。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。
【追記】先日と同じ角度からの写真です。
【追記】このアパートの大家さんが、谷中にもまったく同じようなアパートを所有なさってるということでしたが、場所がはっきりしません。どなたか、場所をご存じありませんでしょうか?

文京区は元来、良い水脈に恵まれているようで、あちこちに井戸が残っています。特に下町の路地では、いまも現役で活躍中の井戸をいくつも見ることができます。ですが、その多くはパートタイマーといったところで、植物に水をやるときや夏場の打ち水に使われる程度のようです。
ここは丸山福山町です。この井戸ポンプは、あるお宅の専用のようですが、他の現役井戸ポンプに比べると、見るからに色つや(^^;も良く、パワフルな印象を受けます。確かめたわけではありませんが、日々使用されているに違いありません。ポンプ本体に錆もういていませんし、下のコンクリートに緑の苔がついていることからも、それが推測されます。こいつは貴重なフルタイマーのようです。そして、もうひとつ。これまで見たポンプの色は大半がブルーだったのですが、こいつはパールがかったグリーンです。これ、かなり珍しいんです。
余談ですが、井戸ポンプを見ると、僕がまだ小学校の低学年の頃、友達の家に遊びに行くと、敷地内に井戸があり、友達が慣れた手つきで器用に片手でポンプのハンドルを操りながら、もう一方の手で水を受けて口に運ぶのを見て、「あ、大人っぽいな〜」と、なんとなく羨ましく感じられたことを思い出します。

【場所】文京区白山1丁目あたりです。
【追記】現在、文京区内のほとんどの井戸には、飲用として使わないよう注意書きが添えられています。この井戸の横にも貼り紙があり、「防災協定井戸 / 飲むときは必ずわかして下さい。/ 管理者並びに文京区役所」と書いてありました。

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