千代田区 - Chiyodaの最近のブログ記事

老齢のイチョウの木

| コメント(21)

この、いかにも老齢のイチョウの木は、皇居の大手濠に突き出すような形をした公園の角に立っていました。根元に設置されたプレートに、以下の文が添えられていました。

『この木は、震災いちょうと呼ばれています。樹齢150年を超えると思われるこのイチョウは、かつて文部省の跡地である一橋一丁目一番一帯(現在のパレスサイドビル・住友商事ビル・一橋総合ビル一帯)にありました。大正12年(1923年)9月の関東大震災によって一面焼け野原となった都心にあって奇跡的に生き残り、このイチョウは同時の人々に復興への希望を与えました。その後、復興事業に伴う区画整理によって切り倒されることになった際、当時の中央気象台長岡田武松氏がこれを惜しみ、なんとか後世に残したいと思い帝都復興局長官清野長太郎氏に申し入れたところ、長官もその意義を理解しこの地に移植されたという由緒をもっています。』

そばで見ると、樹肌が相当に傷んでいて、樹木医による治療の跡と思われる大きな傷が残っていました。もう、葉をおおかた落としていましたが、下枝にはまだ、黄色というよりも黄金色の葉を多少つけていました。見ようによっては、空に向かって両手を伸ばしているように見えます。また、右手を腰にあて、左手を大きく振って歩き出そうとしているようにも見えてきます。怪物のようだけど、なにか仕草の可愛い、この老齢のイチョウ。逆境を乗り越えてきた木の持つ、とてつもない迫力を感じました。

【場所】千代田区大手町1丁目あたりです。

北の丸のハゼの木

| コメント(6)

運転免許証の更新日が迫っていましたので、今日、神田橋の運転免許更新センターなるところに行ってきました。昔に比べると、更新も随分と簡略になってきました。更新のお知らせのハガキと運転免許証、手数料2800円を用意するだけでOK。都内の住人は、顔写真すら用意する必要がないんですね。
そんなわけで、すんなりと新しい免許証を手にし、更新センターの外に出たのが午後3時頃でした。光がきれいです。しかも、滅多に来ることのない神田橋周辺。そのまま家に帰るのもシャクなので、皇居のお堀端でも歩いてみようかな?という気になり、とりあえず、皇居平川門あたりに向かいました。
すると、何ですね〜、皇居まわりというのは、広いですね〜、だから空も広いですね〜。でも、それだけに、なんだか空虚な感じもします。中沢新一さんが「東京の中心は無だ」というのが解る気がします。ま、そんなことを思いながらも、ご自慢(^^;のGPSの示す数値を読み、「ふむ、平川門あたりは高度20mくらいか、代々木八幡より20mも低いぞ」などと面白がりながら、北の丸を目差しました。
その北の丸公園で撮ったのが今日の写真です。ここは科学技術館の前の公園です。ハゼの木が、茶色や黄色の木の葉を背景に、真っ赤に色づいた葉をつけてたっていました。木の数は多く、雑木林と呼んでもよさそうですが、下草がまったく生えていないのが、公園たる所以でしょうか。なんだか妙な感じがします。しかし、ま、都心で、これだけの紅葉が、"ついで"に見られようとは思いませんでした。今更…という感じですが、やはり皇居周辺は外せませんね。

【場所】千代田区北の丸公園です。

ワハハ本舗

| コメント(15)

ブログを始めて以来最もバカなエントリーです(^^; これを撮ったのは、先月半ば頃で、場所は有楽町のビックカメラです。入口にたつ円柱にドカンと貼ってありました。ワハハ本舗って名前は知っているのですが、中味はどんなんでしょう? ま、このポスター見ただけで、およそ想像はつきますが...。しかし滅茶苦茶バカやってる感じですね〜。久本雅美さんの、このアホなメークでこのキリリ顔、もうたまりません。しかも、その右隣りではポスターでさえバカなことになってます。膝蹴りを、うぬっと太刀で受けてます(^^;
...憂さ晴らしに無条件購入アイテムかも?ですね。こういう、徹底してナンセンスなものって、意外と好きでして...(^^; このDVD、ご覧になった方がいらっしゃいましたら、笑い度を教えてください。

【場所】千代田区有楽町1丁目あたりです。

昼下がりの古書店街

| コメント(4)

ここは神保町のすずらん通り。撮ったのは、ちょうどお昼時です。が、タイトルは昼下がりです(^^; ま、そのほうが、なんとなく雰囲気ありますから…。まさか、光の角度まで計算して「タイトルに誤りあり!」なんて人もいないでしょうし(^^;
というわけで、この写真を撮ったのは、昼頃の昼下がり(^^;でしたが、この通りには、飲食店も多く、昼食を求めて歩くサラリーマンや学生の姿も多く見られました。
本来は、左手に見える看板建築に光りが当たっていたため、それをを撮ろうと思い、適当な立ち位置を探していました。ところが、すずらん通りから狙うと、どうしても見上げることになり、いまひとつ気に入りません。で、すこし距離をとってみようと思い、すずらん通りと直角に交わる道に入ってみました。すると今度は、右に見える古書店が路上に拡げた書棚が邪魔になります。どうしたものか?と考えていたのですが、ここでふと気づいたのが、強い光と影。即、狙いを変更です。が、なんせお昼時です。通行人の多いこと…。が、待てば海路の日和あり…です。一瞬、ファインダーのなかに、この男性がひとりだけに…。本当は、スタイルの良い女性が通りかかってくれたら良かったんですけどね(^^; ま、そう上手くはいきません。これはこれで「保護色な感じでヨゴザンス!」ということで…(^^;。
いや、しかし、こういう種明かしって、あまりしない方が良いのかも?ですね。

【場所】千代田区神田神保町1丁目あたりです。

女坂でビックリ!

| コメント(20)

今日、神保町・お茶の水あたりを歩いていました。台上にあたる駿河台から、谷底にあたる猿楽町へ下るには、急な石段 - 男坂や女坂 - を降りなくてはなりません。男坂は、直線的な階段で、上に立てば下が見えています。が、女坂のほうは、途中で、右・左と2度折れ曲がります。したがって、上からは下が見えず、なかなか風情があります。降りるならこちらです。
で、その女坂を下りはじめると、なんとなく雰囲気が違います。何か?と思えば、その階段沿いに、新築のマンションが建っていたからです。これが、階段の途中から玄関に入る設計になっているため、なかなか苦しい工夫の跡があり、それを見ているだけで、かなり楽しめるのです。
でも、階段の途中に玄関がある、しかもその階段が女坂なんて、なかなか得難い立地です。外壁もコンクリートの打ち放しでスッキリです。なのに、なんとなく良い意味で長屋的な匂いも感じさせるんですね。これはとりあえず記録として撮っておこうと思い、階段を下りたところで、カメラを構えました。が、当然のことながら、かなり見上げるようになってしまいます。そこで、高さを稼ぐために、手頃な場所にあった建物のフェンスによじ上り、そこから写真を撮っていました。

ここは、あの交通量の多い靖国通りから、ほんのちょっと裏に入ったところです。この風景に出くわしたときはびっくりしました。なんせ、このお稲荷さんのある一画だけが、周囲とまるで違う世界。ここだけをお盆に載せてトンと置いたような状態です。ま、実は、当然のことながら、こちらのほうが古くから在ったわけですが…。
このお稲荷さんは、戦前までは、五と十の日に縁日がたち、大変に賑わったということから、五十稲荷神社[ごとう]と呼ばれるようになったのだそうです。御霊は、三百年ほど昔、京都伏見神社から奉戴したもので、安産の守護神だということです。この一帯は、震災と戦災の2度にわたり消失していますが、この御霊は、現在こちらにお住まいの老婦人の母上が、背負って脱出したため、三百年前のままの姿だということでした。
もうすこし近づくとこんな感じです。この赤い鳥居をくぐってみると、なかは、狭いながらも神社の境内という濃厚な匂いがあり、たった1本の木が鬱蒼としているように感じられます。左のトタンの家屋はお住まいですが、そのグリーンと鳥居の赤の対比が鮮やかで、周囲から完全に浮き立って見えます。この周囲との違和感。本当にこのまま飛び立っても不思議はない雰囲気でした。

【場所】千代田区神田小川町3丁目あたりです。

都心の草原

| コメント(2)

今日は、午後になって、神保町の古書店街を歩いていました。空はどんよりとしていて、時に雨もぱらつきました。湿度が異様に高く、意外に温度も高かったのか、歩いていると汗ばむほどでした。
ここは、靖国通り沿いにある空き地です。駿河台下の交差点のすぐ近くです。歩道側にフェンスを立てて目隠ししてあるため、通行する人の数はとても多いのですが、誰もフェンスからなかを覗きません。ま、それが普通ですね。が、僕はけっこう好奇心旺盛ですし、そのフェンスがかなり曲がったりしているのが気になりました。で、ちょっと背伸びしてなかを覗くと、一面の雑草畑! なかには、可憐な花を咲かせている草もあります。都心のコンクリートだらけの環境のなかで、ここは別世界になっていました。植物の生命力を見る思いです。[脱線:植物学者でいらした昭和天皇は、「草にもすべて名前がある」と、「雑草」と呼ぶのがお嫌いだったそうですね] 
都心では、こういった空き地があると、とかくワンパターンな小さな公園にしてしまいますが、使途不明な「奇妙なオブジェのあるアーバンスペース」になってしまっている例が多く、感心しません。この空き地は、何かワケアリなのでしょうが、誰か、ここを買い上げて、このまま放置するなんて、太っ腹の人は居ないものですかね(^^; [周りから苦情殺到でしょうが(^^;]

【場所】千代田区神田小川町3丁目あたりです。

上田風子X好古堂

| コメント(18)




上田風子さんをご存じでしょうか? お名前はフーコさんと読みます。実は、10月1日から、風子さんの作品が、西神田の画廊「好古堂」1階のギャラリー&バー「ひいらぎ」に展示される、というお知らせを頂いていましたので、今日、おじゃましてきました。すでに数多くの熱心なファンがいらっしゃるようで、多くの作品に、もう、売れたことを示す赤いマークが貼付されていました。
さて、僕が初めて風子さんの作品に出会ったのは、昨年のクリスマスイブ。銀座を歩いているときでした。まったくの偶然なのですが、視線の先に突然、この光景が現れたのです。僕とはまったく違う世界なのに、なんだかすごく惹かれてしまい、画廊のなかに足を踏み入れました。僕には、少女趣味もなく、倒錯した世界にも縁がありません。が、そんなことは、どうでも良くなってきます。作品を目の前にすると、彼女の、独特の毒のある世界を糖衣錠にして、否応なしに飲まされてしまう感じです。すっかりその毒がまわってしまった僕は、会場に置いてあったノートに住所氏名を記入してきたのです。で、今回のお知らせを頂いたというわけです。
そんなわけで、中央の写真は、去年、銀座の画廊に展示してあった作品を撮ったものです。左右の写真は、今日、好古堂さんで撮らせていただいたものです。写真でもお分かりいただけるように、今回の展示では、絵にはスポットライトも何も当たっていません。展示というよりも、部屋に飾ったという状態です。古風な家具のある薄暗い部屋の空間に、ぼうっと浮かび上がる、風子さんの棘のある妖艶な世界にじっと眼を凝らす。これもまたオツなものでした。



ところで、上田風子さんの作品展示の会場となった好古堂さんですが、こちらが、また、風子さんの作品に負けず劣らず興味深いところでした。女性のご主人にお話を伺うと、元々、こちらは浮世絵を扱っていらっしゃったのだそうですが、現在では、主に、ヨーロッパのシュールレアリズムの作家の作品を扱っていらっしゃるとのことでした。1階は展示スペース兼バー(バーは夕方から深夜まで)。画廊の拠点は2階にありました。左右の写真は、その2階で撮らせていただいたものです。こちらも古い家具や古書などが並び、なんとなく秘密結社のアジト(^^;という感じです。雰囲気あります。が、ここまで上がってくるのは勇気がいりますね〜。僕の場合は、ご主人が「じゃ、ご覧になれば」ということで、比較的気楽に上がらせていただきましたが...。でも、ご主人によれば、意外にも、匂いを嗅ぎつけて、割りと気軽に入って来る人も多いのだとか...。「昨日も編集者達が集まり、ここでお鍋を囲んでたんですよ」などとも...。う〜ぬ、神保町・水道橋界隈にも、全く知らなかった世界が潜んでいるものですね〜。ここはアナログにブックマークです(^^; あ、そうそう、言い忘れるところでした。こちらでは古書も販売なさっています。

■上田風子さんHP (準備中)
http://www.geocities.jp/uedafuco/
好古堂さんでの展示期間:10月1日から10月31日まで。日祝休み。

■古書画・版画 「好古堂」
千代田区西神田1-4-12
TEL: 03-3295-5558 / FAX: 03-3295-5533

有楽町の廃道で

| コメント(6)

有楽町のマリオンビルと交通会館に挟まれた区画です。いまや再開発まっ盛り。僕が立っている道は廃道になるそうです。このすぐ右手には、つい先日まで雰囲気のあるビルがあり、そこは可口飯店[コカレストラン]というお店でした。初めてバクテーという食べ物に出会った場所でもあり、その食べ物を通じて多くの方と知り合うことができたことから、強く印象に残っている場所です。
が、そのビルが建っていた側は完全に更地。この廃道となる道の左側は、二期工事にでもなるのか?まだ建物は残っています。が、その多くは閉店し、ひと気はありません。
この日、ここを通りかかると、奥のほうに「あれ、観音様?(^^;」という物体が見えます。まさか!ですよね。ま、見間違いだったのですが...。そう見えたのは、パワーショベルのアームでした。黄色いアームが傾いた太陽の光を浴びて、金色に近く見えたのがその原因かもしれません。
しかし、開発途中というのは、妙な風景を生む天才ですね。その天才にあっては、「止まれ」のサインも、なんとなく照れているようです。なにしろ、もう車は通らないのですから...。

【場所】千代田区有楽町2丁目あたりです。

日比谷の三信ビルが解体されるという報があってからというもの、あちこちで「惜しい」という声があがり、それを受るようにして「三信ビル保存プロジェクト」が立ち上げられましたが、これに類する、いやもっと深刻なことが大阪でも起きています。詳細は谷中M類栖さんのブログエントリー「阪急梅田駅コンコース解体」を読んでみてください。そして彼が急遽立ち上げたこちらのブログも...。大阪では、もう既に作業進行中のようです。
そんなことから、あの三信ビルにあるスナックバー「ニューワールドサービス」に未だ行ってなかったことに焦りのようなものさえ覚えはじめ、昨日、やっと足を運んできました。

え〜、あわててエントリーしてます。前回こちらで報告した「海南鶏飯シンガポール」なんですが、今日、神保町から家に帰る途中、「9月4日オープンだけど、もう工事は終わったかな?」などと思い、前を通りかかってみると、「やや、なんとなく営業してるんじゃない?」という雰囲気です。周囲には花輪なども並び、すっかり開店祝いムード。「なんじゃ、もう完全にオープンしてるわい」です。
で、近くに居らした関係者の方に話をうかがうと、「9月4日開店予定だったんですが、風水では1日開店が縁起が良いとのこと。急遽予定を変更して1日オープンにこぎ着けた」というのです。
いや〜やられました。ここ、オープンの日に単独突入して、バクテーズ隊長の鼻をあかそう(^^;と策略していたのですが、さすが隊長の念力には凄いものがあります。このエントリーをしようかな?と画像をパソコンに取り込もうとした途端、メールが届き、誰からかな?と思えば、隊長から…。「1日にオープンしてたでしょ。バクテーズ集合かけるからよろしくね」とのこと…。いや〜よくチェックなさってます(^^;
てなわけで、既に、じゃらん堂隊長のブログには、次回バクテーズ開催のエントリーが掲載されてました。
で、ついでですから店内も見せていただき、写真を撮ってきました。店内はこんな感じでした。

【場所】千代田区三崎町2丁目あたりです。

神田ミステリアス景

| コメント(6)

神田駅のすぐ近くの路地です。左の建物は古い眼鏡屋さん(看板には「眼科」とも書かれている)で、いわゆる看板建築です。そして、右側は近代的なビルです。
最初ここが気になったのは、タイル張りの路地が、向こうに見える看板の光を反射して、ピカーッと光っている点でした。ちょっと足を止めて眺めていると、どうやら向こう側に安い飲み屋さんがあるようで、この路地、けっこう人通りが多いのです。そして、この位置からは、通行する人が、完全な逆光になるため、真っ黒なシルエットに浮かび上がって見えます。ちょっとシャッターを切ってみると、「お、なんだかミステリアスな感じ!」です。そこで、しばらく、絵になるシルエットを待ってみました。が、そうなると、人ってなかなか通らないものです。しかも、様になるシルエットとなると益々です。そして、やっと人が通ったと思うと、とかく「おいおいそれは位置が違うだろう〜」というコースを歩いてくれます。スナップショットというのは、なかなか思うようにはいきません。そんななか、「ま、これならどうにか」というのが今日の写真です。
あ、これで気づいたことですが、古い長屋の路地などは、こうして電球が灯いている場合、その光を、周囲の板張りの壁や軒下の園芸、地面などが吸収し、光源から離れるにつれ、闇になっていくのですが、最近のビルの谷間では、その光が反射されて残るんですよね。闇が消えるミステリー(^^;というのでしょうか。この路地は、それも実証してくれてますね。ユーレイには住みにくい町になりました(^^;

【場所】千代田区神田鍛治町1丁目あたりです。

バクテーズに朗報?】先日、白山通りを水道橋から神保町に向けて歩いていたのですが、三崎町交差点の角に、こんなサインを発見。これって西荻の夢飯[ムーハン]じゃありません? もしそうだとすると、ウチから歩いて食べに行けるようになります。9月4日にオープンと書いてありました。ワクワク(^^; 【場所】千代田区三崎町2丁目あたりです。

トイミサイル

| コメント(124)




え〜と、これは下のエントリーアメ横の裏側からのつづきになります。
そんなわけで、アメ横にハマり、ホコ天に行くのが遅れてしまいました。が、アメ横からアキバまでは大した距離ではありません。Uzumeさんが居なくなる前に到着せねば、と急ぎ足でアキバに向かいました。が、ところが、です。アキバの裏通りで、以前から気になっていた古い荒物屋さんの戸が開いています。なかではご主人が在庫の整理中。また話が始まってしまいました [これはいずれアップします]。

ここは、例の看板建築や昨日の幾何学ビルのある神田須田町のお隣、神田淡路町です。
街角にシトロエンなど駐車していて、フランスっぽいな(^^;と思っていましたら、あら、こんどはモンサンミッシェルです(^^; このときは、ちょうど潮が引いていたので、歩いて渡ることができました。が、まだ道は濡れています。などと冗談を言いたくなるほど、この風景はけっさくでした。この尖塔ですが、10年かそこら前には無かったと思います。
ここは変形の五叉路になっていて、交差点内の面積がかなりあり、ちょっとした広場になっています。数年(?)ほど前までは、この左手に、建築そのものが有名だった同和病院(1929年築)が建っていました。その建物には煙突がついていて、それがこの交差点のイメージを決定していました。古びた、いかにも昭和初期といった風景でした。その同和病院も取り壊され、いまでは、どうと言うこともない、普通の眺めになっています。が、その代わりとでも言うように、この尖塔が、ちょっと面白い風景の伝統(^^;を受け継いでいるようです。かなり不思議な雰囲気の漂う場所です、ここは...。ま、台風の日に、こんな風景撮ってる人も不思議ですけどね(^^;

【場所】千代田区神田淡路町1丁目あたりです。

神田の街角

| コメント(8)

神田須田町に、T字路とT字路が出会う場所がありました。もうちょっとズレれば十字路なのに、という感じです。しかも、そのT字路が、共に、直角のTではないのです。そのズレと角度、そして微妙な傾斜が、なんとなく違和感のある視覚効果を生んでいました。
特に、その一画に建っている建物が、角度を意識させる特異なデザインであることも、それに拍車をかけているようです。
このときは、建物の陰から顔をのぞかせているのがシトロエン。後方には尖塔もあり、なんだか異国に居るような気さえする光景でした。

ま、ともかく、神田須田町あたりって、古い日本家屋の蕎麦屋さんや料理屋さんがあるかと思えば、こんな建物があったり、はたまた立派な看板建築が残っていたりと、かなり興味深いところです。

【場所】千代田区神田須田町1丁目あたりです。



さて、もう何も説明はいらなくなってきました。はい、秋葉ホコ天です。Uzumeさんです。アニレゲです〜っ。前回と前々回は、アニレゲ シンガー Uzumeって感じの写真でしたが、今日はちょっと傾向の違う写真を...。本日のUzumeさんは、頭にバティック風な生地でターバン(と言ってもインドじゃない)なぞ巻いて、ひときわエキゾポップに決まっていました。そこで、左端の写真(思い切りトリミング)はともかく、他の写真は、ちょっとオンナ Uzumeに迫ってみました(^^; いやいや、聴覚的にも視覚的にもカッコイイ人です。これからも応援をつづけるぞ〜っ!(^^;

【追記】Oolong Tings a BloGwaan! に必読記事がエントリーされました。ちょっとだけ、閣下のお声も拝聴できるぞ!
【追記】関連エントリー:秋葉ホコ天 / Viva Uzume!
【場所】千代田区外神田[ドンキホーテ前]あたりです。

秋葉原復興景

| コメント(2)

「この写真は大戦後の復興期に撮影された。多くの人がクズ銅やクズ鉄、段ボールなどを持ち込み、換金しては生活の足しにしていた。当時すでにデジタルカメラが存在したことを示す貴重な資料である^^;」なんてキャプションが付いていたら、「ほ〜、そうなんだ」と思ってしまいそうではありませんか? ま、僕の勝手な思い込みかもしれませんが…。
とにかく、高層ビルが次々に建ちあがり、最新鋭のIT都市に向けた整備が進む秋葉原で今日撮った写真とは、我ながら思えません。この建物の古さやリヤカーの存在もさることながら、街全体が工事中であることの副産物で、路面が土に覆われていることが、そう感じさせるいちばんの要因のようです。
また、あちこちに整備途中の広い空間が拡がっていたりします。都心ではあまり目にできない、緑も何も無い荒れ地のような広い空間です。これが、再開発の波に乗らなかった区画を背景にすると、空襲による焼け野原に、焼け残った建物がポツンと建っているような印象を与えてくれるようです。それがもうひとつの要因のようですね。
今の秋葉原は、中心部をちょっと外れてみると、実に面白いことになっています。

【場所】千代田区神田練塀町あたりです。

この建物は交通博物館の真正面にあります。住所表記で言うと神田須田町になります。この辺りは、小川町やお茶の水、秋葉原の仲間とも言うべき場所で、昔から幾度となく歩いているはずなのですが、この建物に限っては、エアポケットになっていました。または、若い頃の僕の目には、今ほど印象深く映らなかったようです。
が、今回は見た瞬間に足が釘付けになりました。よくぞこれだけ良好な状態で残っていてくれたものです。どこを見ても、銅販の剥がれなど1枚もありません。屋根の形がまた秀逸です。
ちょうど外に出ていらしたご主人(ご高齢の婦人)にうかがうと、これは関東大震災(大正12年)の直後に建てたものだそうです。その当時は、1階部分まですべて銅販に覆われていたそうですが、第二次大戦後、この辺りにも浮浪者が増え、彼らが銅販を剥がしていったのだそうです。それを売って生活の足しにしたんですね。「おとうさん、今日も1枚持ってかれたわ」というふうだったそうです。そんな事情があったとは、思いもつきませんでした。
娘さんたちは、「こんな古くさくて汚い家」とおっしゃるのだそうですが、身近過ぎてアラを探したくなるのでしょうか。そんなことはありませんよね。こんな素晴らしい銅販葺き家屋なんて、今や都内に何軒も残っていないのではないでしょうか。
それから、面白いエピソードをひとつ…。上記した通り、この建物の真正面が交通博物館なんですが、そこに貼られているポスターの写真をご覧ください。そして、その中央下部にご注目ください。あら、屋根の形が似てますね〜。そうなんです。偶然にも、昭和11年(1936年)に新築された鉄道博物館の全景を撮った写真に、この建物の3階部分が写り込んでいました。この建物の古さの証明ですね。

【追記】鉄道博物館(現・交通博物館)全景写真の左下に写っている像は、日露戦争当時に名を馳せた広瀬中佐だそうです。が、現存はしません。
【場所】千代田区神田須田町1丁目あたりです。

秋葉ノ森ビル

| コメント(2)

またしても、たわけたタイトルです(^^; 他にタイトルの付け方は無いものか?と自分でも思うのですが、どうも思いつきません。ま、それはそれとして(^^;
ここは御徒町から秋葉原に歩いていく途中で出くわしました。住所で言うと、外神田5丁目あたりだったと思います。外神田と聞くと、「おっ、下町かい」という感じですよね。確かに下町中の下町なんでしょうが、風景的には、もう下町風情はほとんど残っていません。実際のところ、広くはない路地の両側に、工場や問屋などの中低層ビルが建ち並ぶビル街で、地元の方には失礼かもしれませんが、やや殺風景な場所と言わざるを得ません。
そんな環境のなかで、この建物は目立ちました。屋根のてっぺんまでツタに覆われているのですが、ツタの繁り方が半端ではないため、建物全体に羽でも生えたかのようにフサフサして見えます。これはスゴイ!と思い、側面にまわってみると、こんどはツタだけではなく、棕櫚や柑橘系の木、鉢植えなども入り混じり、まさに緑の満艦飾。益々スゴ!です。ある意味、フリーク系の凄みがあります。が、わずかな緑の隙間に潜り込むように干してある洗濯物が、一種の緩和剤のような役割を果たし、この空間をフリーク系から日常系に引き戻していました。「あ〜良かった〜」と、ちょっとホッとする感じです。しかし、思いもつかない取り合わせの、何とも魅力のある風景でした。

【場所】千代田区外神田5丁目あたりです。

<<前のページへ 891011121314|15|161718 次のページへ>>


ninepeace.jpg


che.jpg


月別アーカイブ(Archives)



写 真 集





おことわり

エントリー、コメント、トラックバックにつきましては、管理者の判断により削除させていただく場合があります。予めご了承ください。
Powered by Movable Type 4.22-ja





copyright © 2004-2020 masa