北区 - Kitaの最近のブログ記事

ブリキのアメ車


@ Toshima, Kita, Tokyo

靴修理露店


@ Jujo, Kita, Tokyo

ブリコルールの家


@ Akabane, Kita, Tokyo

■参照エントリー:aki's STOCKTAKING " Bricoleur " / " ブリコラージュ bricolage "

さくら新道トタン長屋

今日(1月21日)の明け方、飛鳥山のふもとにある、さくら新道(飲み屋路地)のトタン長屋の一室から出火し、3棟すべてが焼失した...ということです(実際には、2棟全焼、1棟半焼だった模様)。あの建物が見られなくなったとは...なんとも寂しい限りですが、ま、無くなったものは無くなったもの...戻りません。

ペインター

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最近、まちなかで、こうした手仕事の現場を目にする機会が激減していますね。道路工事は非常に...否...異常によく目にしますが(^^;

とにかく、最近は、どんな工事をするにしても、基本的には隣近所や通行人への配慮ということなのでしょうが、シートなどで覆いをして作業が行われますから、その向こう側で何が行われているのか...分からないケースがほとんどです。
したがって、こうして、ペンキ屋さんが、塗料を入れた缶を片手に、慣れた手つきでハケを動かす...なんて姿も久々に目にした気がします。いや実際に久々です。

ま、脚立と手道具の時代はとうに過ぎ去り、クレーンと電動工具の時代になってはいますが、それでも、人が手足を動かし、道具を使い、仕事をしている現場・姿を見る...というのは、なにか大切なことに思えてなりません。

この脚立と足腰との一体感、手の動きと目線の動き...など、かなり腕のある人だからでしょうが、見ていると、ホレボレなのですが、そればかりではなく、なんだかほのぼのと暖かいものを受け取った感じがします。

【場所】北区王子1丁目あたりです。

豊島の戦後

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前々エントリーと同じく、北区の豊島からです。

豊島一帯は、ごく一部を除き、大戦の空襲により、ほぼ全体が焼け野原になっています。この家は、よくぞ残っていたものですが、前々エントリーで話題になった日産化学の工場から遠からずの位置にあります。戦災焼失区域表示地図と照合してみると、もしや、戦災に遭わなかったごく一部の、そのまた生き残りと思われます。愛らしいですが、迫力があります。

先日、たまたま、終戦後 日産化学の近く(ということは、この家の近くでもあります)にお住まいだったという高齢のご婦人にお話を伺う機会がありましたので、簡単に...ですが、その内容をメモがてら記載しておきます。

●この辺りの建物は、おが屑をコールタールのようなもので固めたブロックを基礎に使っていた。戦災で焼け落ちたときは、それらがたくさん露出していた。
●焼け野原の頃は、豊島から、王子駅そして富士山まで見えた。富士山はその後も見えていたが、池袋にサンシャインが建ってから見えなくなった。
●日産化学は、戦後、様々なものを製造していた。例えば醤油なども製造していた。それらは配給された。
●日産化学の従業員の作業着がすぐに赤茶色に変色していた。そこから、彼らは"あかご"と呼ばれていた。戦後、工場は3交代制・24時間操業していた。
●日産化学の周囲の建物のトタンはすぐに錆びていた。また、タンスの取っ手などもすぐに錆びた。
●豊島には、日産化学へ引き込まれた貨物線とは別に、火薬工場用の軍用鉄道と運河(現緑地公園)があった。(こちらを参照してください)

ま、そんなことなんですが、なんだかズーンと重い言葉が多いですね...。ところで、最後の項の運河ですが、いまは豊島緑地公園に姿を変えています。が、その運河についてネット検索しても、何もヒットしないに等しい状態です。となると益々興味が湧いてきます。何かご存知の方、いらっしゃいませんでしょうか...。

【場所】北区豊島あたりです。

闇光景

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全国的に台風の影響で雨風が...というときに、それに輪をかけるようなクラ〜イ写真をアップすることになってしまいました(^^;

ここは北区の豊島というところです。この地を踏んでみるまでは、豊島...という語の響きから北区を思い浮かべることはありませんでしたが、どうやら、豊島という地名の本家は豊島区にあらず...こちらのようです。

そんな豊島ですが、ちょっと調べてみると、数年前に、土地がカドミウム(訂正:ダイオキシンでした)に汚染されていたことが判明し、大騒ぎになったのが同5丁目でした。「そうだ、そういえばそんな問題があったな...」と、思い出した次第です。

この豊島という土地は、元々、隅田川を挟んで対岸となる足立区側に深く食い込むような形をしていて、天狗の鼻...と呼ばれていたようです。が、荒川放水路の掘削でかなり形が変えられています。下の地図でその変化をご覧いただけると思います。



地図の年代は以下のとおりです:
左端:現在 [Yahoo地図]
左から2番目:平成14年頃(orそれ以前) [3層重ね地図]
右から2番目:昭和初期 [東京日々新聞付録 / 昭和7年 隣接町村併合記念]
右端:明治後期 [3層重ね地図]

かなりな変化がありますね。そして、もうひとつ、重大な変化が見てとれます。元肥料製造会社の敷地だったところが、現在、団地になっている...ということです。その素性が表面化したのが、以前話題になったカドミウム(訂正:ダイオキシン)汚染問題だったわけですね。で、今日の写真ですが、いまどきにしては、やけに闇が濃いな...などと思っていたのですが、もしや、そんな土地の暗い影が写ってしまったのかも?です(^^;

【場所】北区豊島あたりです。

やきとり"バナナ園"

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ここは十条にある富士見銀座という商店街です。露店に毛が生えたような、古い、実に小さな、愛らしい店が残っていました。

まずは、右の店ですが、看板にうなぎとありますが、実際に店頭にならぶ商品は青果です。夕方になると、どこからかおじさんがやってきて、シャッターの前に積まれた箱を路上にひろげ、そのうえに青果を並べて開店...となります。

そして、その左のやきとり屋さんが今日の主役です。これは、ご主人に聞いた話ですが、その昔、ご主人のお父さんが、ここでバナナを売りはじめたのが、この場所での商売のはじまりだったのだそうです。いわゆる叩き売りのようなものだったようです。バナナの叩き売り...なんとも懐かしい響きです。

で、その後、バナナの商いはやめ、やきとり屋に転身なさったのだそうですが、その際に、(面倒なので)看板を書き替えることなく、そのまま、やきとりを焼いて売って...を始めたのだそうです。世にも珍しい「やきとり"バナナ園"」の誕生です(^^; その頃の写真を見せていただきました。残念ながら、その看板は写っていないのですが...。

ところで、こちらの店ですが、どういうわけか、店前のテーブルと椅子に婦人が陣取っているのをよく目にします。なぜかな?と思っていたのですが、ご主人と話をしているうちに、その理由も分かった気がしました。

こちら、営業は主に昼間で、夕方を過ぎると閉店してしまいます。しかも、メニューに飲料がありません。ご主人が酔っぱらいが嫌いなので、飲みたい人は、どこかで買ってきて好きに飲んでもらう主義なのだとか...。これだと、酒類を買いに行くのが面倒なので、ベロベロになるまで飲む人はまず居ないのだそうです。なるほど!でした。ここは僕向きだ!(^^;

【場所】北区十条仲原2丁目あたりです。

上十条古町景

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こんなわけで、十条駅でwakkykenさんと待ち合わせた後、とりあえず簡単にお昼を...ということになりましたが、その前に、ちょっとだけ、十条という町のひと頃の姿を感じさせる風景を見ておこう...ということになりました。

十条駅に降りて、南へちょっとだけ行くと、駅のホーム南端をかすめるようにして、王子方面へ向かう道がのびています。その道沿いには、まだ、ひと昔前の十条にはこんな風景がひろがっていたのだろう...と思わせる、いかにも古い看板建築などが残っています。が、勿論(?)のこと、そういった古い建物が整理(?)され、新しいマンションに衣替えしている風景もチラホラと見られます。

そんな現状を見ながら、王子方向にしばらく歩いていると、平屋の八百屋が見えてきます。2階建てがつづく町並みにあっては目につく存在です。しかも、その背後に、銭湯の煙突がそびえて見えます。ここで面白いのは、そのふたつがセットになって、何やら風景の化学反応(^^;が起きていることです。三角屋根の平屋と煙突...という不滅(^^;の組み合わせ、何ともノホンとしてて、気分がゆるみます(^^;

【場所】北区上十条1丁目あたりです。

十条ステーション

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ここは、このところ、ちょくちょく利用するJR十条駅のホームです。別に、このあたりに仕事があるわけでもなんでもないんですけどね(^^;

この日は、十条と赤羽のあいだに横たわる稲付の谷戸にダイブするため、ある方と待ち合わせていました。そのある方とは"この方"のことで、関西在住でいらっしゃいますが、せっかく東京にいらした折りに、よりにもよって「十条~赤羽を歩きたい!」とおっしゃる奇特なお方です。...なんて冗談めかして言ってますが、実は、なるほど"環境"があたまに付いた社会学がご専門でいらっしゃるな~と、感心させられます。ま、だから奇特ではない...とも申しませんが...(^^;

とにかく、そんなわけで、待ち合わせ場所である十条駅に向かったわけですが、この駅の構内には、レールを柱や梁に使った構造物(ホームの屋根など)があります。最近、"この方"とは別の「この方」の影響で、それらの構造物にも興味を感じはじめていたところですので、そちらも撮っておこうと思い、待ち合わせの時間よりも少々早めに行って、写真を撮っていました。

が、実は、これがなかなか大変です。十条駅は、女学校の最寄り駅にもなっていることもあって、とにかく、乗り降りする人がとても多く、ホームの構造物の全体図を撮ろうと思うと、なかなか骨が折れます(^^; 写す対象は動かないものなのに、けっこう一瞬のスキをついて...という作業になります。そんなことをしているうちに、んっ...と気になったのがこの構図でした。

【場所】北区上十条一丁目あたりです。

影ハウス

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なんというタイトルなんでしょう(^^; が、まあ、気持ちは分かっていただけるか?と...(^^;

最初は、このブルーの波形トタンに目がゆき、それにひかれるように、この場所まで歩いたのですが、そばに来てみると、そのトタン壁のうえに、道路の反対側の家の影が落ちていました。

ま、光があるかぎり影くらいできますね(^^; が、この場合は、ちょっと、その出来が秀逸でした。

太陽がほぼ真後ろにあったせいか、このように、家の形が歪まずきちんと投影されていました。実は、こういう状況だけでも、けっこう珍しいのですが、ここでは、加えて、その影の、実に適切な位置に窓がきています。これがなかなかの高得点を叩きだしています(^^;

というわけで、今日は、世にも珍しい(^^; 影ハウスの紹介でした...(^^;

【場所】北区十条仲原3丁目あたりです。

十条のトタン家

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今日の写真は、十条駅前につづく商店街にある商店の裏側を撮ったものです。

この家、実は、埼京線の電車が十条駅のホームに滑り込んだ途端に、車窓からチラッとだけ見えます。ま、実際には、ホームの端付近まで行けば、看板などの隙間から見ることもできるのですが...。

とにかく、この姿、お見事です。なんせバリバリの現役ですから、サビてはいてもヤレてはいませぬ!(^^; しっかりしたものです。古くても、両隣のヤワなビルなんざ何するものぞ...。凛々しい...好感(^^;です。

ところで、この建物ですが、裏手でL字に曲がっています。ということは、裏手で幅が広がっている...ということです。したがって、この建物は、裏から見るほうが、表から見るよりもずっと横幅があります。これだけのボリューム感には、そんな理由がありました。

が、写真からお分かりいただけるように、手前の空き地が駐車場になっています。しかも、駅に近いせいか、利用者がかなり多いのです。いつも何台かが駐車しています。したがって、ここでクルマ無しの写真は撮れないだろう...と、ほぼ諦めていました。が、先日、僕の想いを汲み取ったか?のように、この状態。いやもう、大慌てでシャッターを切ってきました。...てなわけで、人知れず、苦労しています...(^^;

【場所】北区上十条2丁目あたりです。

ちいさなひろば

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今日の写真も、先日来歩きまわっている、十条から赤羽にかけての凸凹地帯のなかの風景です。

まずは、この場所の状況説明です。先日、この辺りをダイブなさった近隣ブロガーの目をクギ付けにした...という、いわくつきの変則十字路です。 確かに、かなり変わっています。そして、上空からの写真で分かるように、この十字路に面した家は、いずれも、角を削ったカタチをしています。それが、この十字路を、通常のそれよりもかなり広くしているのでしょうが、現地に立ってみると、実際に増えた面積以上に、この十字路を広々と感じさせていることが分かります。

そんなことから、ここを通りかかった途端、「昔は子供たちの遊び場...ひろば...だったに違いない」と思った次第です。
それは、その通りで、かつては、ここで子供たちが野球をしたりしたばかりか、この町会の盆踊りまでこの十字路でやった...という話を、この十字路にある家にお住まいの古老にうかがいました。あ、そうそう、しかも、この一帯の道路は、この十字路を含め、私道...なのだそうです。これにもビックリでした。

いまでは、この十字路の少し先に、土地の凸凹を利用し、これが無料かい!?と驚くような滑り台まである、素晴らしい清水坂公園が完成していますが、そちらは、なにかとってつけたようです...。遊びやすいのかな? こういった、何でもない、ただのひろば...が良いんですよね。しかも、なんてったって、こちらには、この時間でも、町会の目ってものがありますしね...。

【場所】北区十条仲原3丁目あたりです。
これは、先日来歩きまわっている、十条から赤羽にかけての凸凹地帯のなかの風景です。

ここで、iGaさん作成の凸凹地図をちょいと無断で拝借(^^; 場所の説明です。この図でお分かりいただけるか...と思いますが、十条仲原4丁目にあるこぢんまりとした谷戸の谷頭(やとがしら)から、谷口(やぐち/赤羽方向)を撮ったものです。ちょうど赤い線でできたV字の範囲が写っています。

左前方にちょっと顔をのぞかせている木に覆われた高台が、講談社の野間さんの別邸が在ったところで、その裏手には鳳生寺の墓地があります。右前方に見える高台には法真寺や香神社があります。そして、手前には谷底に下りる階段が見えていますが、これがか〜なり急です...。本当に谷底に落ちてゆく感じです。

ところで、ここに立ったときに、まず感じたのは、右手のアパートの白い板壁と自転車、それに青い錆びたトタン屋根...などの影響もあると思いますが、眼下に波が見えても不思議はない...ということでした。が、考えてみれば、ここは谷戸とはいえ、武蔵野台地の端。海の影響が大いにあったに違いありません。というわけで、そういう感覚も、おかしくはないのかもしれません。

そんなことを考えていると、目の前に見えてしまいましたね〜。石器で削りだした単板サーフボードを抱えて、波をチェックしている縄文サーファーたちが...(^^;

【場所】北区十条仲原4丁目あたりです。

赤羽の古家

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赤羽では、駅前から十条方面に向かう道路の幅を広げ、かつ直線化するための用地買収が行われていました。買収は既にかなり進んでいて、計画のかかる区画は、もう更地だらけという状態になっていました。

今日の写真は、そんな更地だらけの区画に、ポツンとたっていた建物です。テントの看板にはドライクリーニングと書かれていました。間口は狭く奥行きの長い...店舗と住居を兼ねる場合によく見られる、いわゆるウナギの寝床スタイルの建物です。

トタン壁部分が店舗、平屋部分が住居、屋根のうえに見えるのが、洗濯物干し台。かつては、この台いっぱいの洗濯物が、風に吹かれ踊っていたのでしょう。が、考えてみると、当時は、両隣に、ほとんど隙間も無いほどに接近して建物がたっていたのでしょうから、洗濯物の踊りは、やはり見ることはできなかったでしょうね(^^;

【後記】後日(4月23日)、通りかかったところ、こちらは営業なさっていました。ご主人にうかがったところ、この建物は昭和初期に建てられたものだそうです。

【場所】北区赤羽西2丁目あたりです。

稲付川の匂い

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このところ、十条〜赤羽あたりを歩く機会が増えています。その理由は、やはり、谷戸が複雑に入り組んだ地形...にあります。

谷戸は、都心にも、数多く存在しますが、地表が高層ビルで覆われ、その存在が目につき難くなっています。が、十条・赤羽あたりでは、地表は住宅に埋め尽くされてはいるものの、高層ビルなどはまだまだ少なく、谷戸の全体的な形状を目で確認することが可能です。
今日の写真は、そんな谷戸の底で撮ってきたものです。

谷戸の底のいちばん低いところには、当然のことながら、川が、流れていたり、かつて流れていたりするわけですが、ここ、十条仲原の低地にも、かつて川...稲付川(北耕地川)...が流れていました。現在、その流れを見ることはできませんが、かつての川筋を辿ることはできます。

というわけで、既に、その川筋を何度が歩いているわけですが、歩く度に、さらなる興味が湧いてくる...という、始末の悪い川筋です(^^; それは、単に地図上で線を引ける...というだけではなく、かつての川の姿の欠片があちこちに残っているから...のように思います。いわば、好き者にとっては...ですが、一種宝探し的な感覚があるのです。

今日の写真も、まさにそんな、宝を見つけた!という感覚の一枚です。ここは、稲付川の土手にあたる場所です。川が氾濫すると(実際によくあふれていたようです)、水中に没していたに違いありません。それを思わせるように、良いお天気だと言うのに、この湿気です。一面に苔が生えていることからも、その湿度の高さがお分かりいただけようか...と言うものです。もっと言うなら、水の...川の...匂いが立ちこめています。

それにしても、この空間、庭職人が手を入れたはずもないのですが、下手に築かれた庭などよりも、よほど雰囲気があるように思えます。

【場所】北区十条仲原4丁目あたりです。

ほろよい横丁

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ここは埼京線・板橋駅のすぐそばの、線路沿いの路地です。本当に小さなお店が連なる飲み屋街で、いかにも戦後の露店やバラックが発展して...という雰囲気です。実際にはどうなのか...不明ですが...。

板橋駅のすぐそばですから、住居表記は、当然のことながら、板橋区板橋とでもなるのだろうと思っていましたが、後で調べてみると、この辺りは、豊島区と板橋区、そして北区が衝突している場所で、ちょっと歩くと他区に入ってしまう...という状況です。板橋駅のホームに至っては、北と南では区が異なる...という有様のようです(^^;

ま、そんな区が入り乱れる辺りで、こんな路地に出会いました。とにかく、両側が店であるわりには、路幅が狭いです。両側から、電飾看板が我勝ちに突き出している路地というのは、他所でも目にはしますが、これだけの狭さ...というのは記憶にありません。男性が歩いているあたりから先になると、すれ違うのも大変なくらいです。それだけに、路地じゅうが電飾看板だらけ...。なんとも壮観です(^^;

僕がここを通りかかった時間は、ほとんどの店がまだ準備中でしたが、「開店時間が待ちきれない...」という感じで、店内をのぞき込みながら歩くおじさんの姿を目にしました。それもひとりならず...です。日が暮れる頃になると、さぞかし...なんでしょうね

【場所】北区滝野川7丁目あたりです。

低湿地の始点

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ここは、先日、近隣ブロガーの方々がアースダイブなさった赤羽です。僕は残念ながら参加できなかったのですが、その後、iGaさんが再調査なさるとのことで、それに同行させていただき、土分補給(^^;してきた...という経緯があります。

さて、赤羽一帯は、山(台)あり谷ありで、とにかく地形が複雑です。したがって、その地形をなぞるように這う道も複雑で、地図なしで歩いていると、すぐに自分の位置が分からなくなってしまいます。ま、いまでは、自分の位置なぞ、iPhoneのGPS機能でいっぱつ...なんですが、そんなのは、アースダイバーとしての望ましい姿とはほど遠いですからね(^^;

てなわけで、先日来気になっている赤羽を、昨日も、短時間ですが、歩いてきました。ただし、ごく短時間でしたので、凸凹を味わうのはおあずけ(^^; 以前から気になっていた崖下一帯に集中です。

そして、撮ってきたのが、今日の写真です。これは、この凸凹地図 (カシミール3Dで作成) 中の、赤矢印の指し示す位置・方向で撮ったものです。すなわち「武蔵野台地の北東の果て...その崖の直下で撮った」とも言えるわけです。ちょっと大袈裟に響きますが、実際にそういうことになるんですね(^^; そう思うと、ちょっと感動的です(^^;

で、ついでに考えてみますと、東京の下町...または低湿地帯というのは、広義では、武蔵野台地の北東側に広がる低地一帯を指しますから、この写真に写っている傾斜地(崖の一部)が平坦になる部分が、東京低湿地帯(下町)の始まる地点...ということにもなります。なんだか良い感じです(^^;

【記】ついでですが、上記凸凹地図中の黄色矢印は、iGaさんのこの(鉄分補給)写真が撮られた位置と方向を示しています。

【場所】北区赤羽北1丁目あたりです。

根津モータース

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tk1260.jpg珍しくも、ちょっと仕事などでゴタゴタとし、ブログ更新できずにいました。

しばらく横須賀で撮った写真をつづけましたが、今日は東京に戻り、田端から...です。ここは、北区と荒川区の境近くになります。こちらのエントリーで紹介した坂をくだりきったところにある、自動車の修理工場です。建物にはSUBARUの文字看板がありますが、現在は、特にスバルのディーラーということもないようです。様々なクルマが停まっているのを目にします。

このあたりでも古い部類に属する建物ですが、さほど大きくはない...とも、町なかの工場としては大きい...とも言える大きさです(^^; が、とにかく、天井は高く、内部が整然と整頓されていることもあってか、ガラーンとした広がりを感じます。
夜になって人工照明だけになると、その感じがさらに強調され、結果、この空間に、無力感を伴う一抹の寂しさが漂うように感じます。しかし、それが何とも言えず良いんです...。なぜ良いと思うのか?は、よく分かりませんが、とにかく、それが街の魅力のひとつであることは間違いないような気がします。何なんだろう...?

【場所】北区東田端1丁目です。

堀船のトタン家

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ここは北区の堀船です。が、地図をご覧いただければ分かることですが、北区とは言っても、荒川区に半分足を突っ込んだような位置にあります。最寄りの駅が、都電荒川線の荒川遊園地前か荒川車庫前…であることからも、その位置関係がお分かりいただけるか?と思います。

ま、それはともかく、今日は、隅田川がすぐそばを流れる、荒川遊園地周辺を歩いてきました。というのは、先日、尾久にある会社を訪ねたのですが、その会社の方から「遊園地のあたりにはまだ古い家がポツポツと残っている」とうかがったからです。

実際に歩いてみると、かなり建て替えが進んでいて、モルタルや新建材を使った家やビルが目立つのですが、確かに「これは古い」と思わせる家も、所々に残っていました。
今日の写真は、そんな生き残りの1軒を撮ったものですが、壁面にトタンが使われているとはいえ、かなりしっかりしています。
この辺りで見た古い家の多くが、きちんと建てられたもので、いわゆるあり合わせの貼り合わせ…という感じではありませんでした。この辺りの土地柄なんでしょうが、それがどんなものか? それはまたの機会(^^;ということで…。でも、この家と木との組み合わせ…なんとなく、ひと昔前のこの辺りの面影を残しているのでは?と思わせます。

【場所】北区堀船4丁目あたりです。

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