北区 - Kitaの最近のブログ記事

1番街シルクロード

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昨日、シルクロード裏路地なるエントリーをしましたが、今日の写真は、その表側を撮ったものです。なんだかエントリーの順序が逆…という感じですが…。ま、とにかく、ここは、シルクロードの入口です。そして、このアーケードの奥のほうが赤羽駅方向になりますから、ここは、入口とは言っても、裏の入口…と言えそうです。

この日は、たまたま定休が多かったのか、ほとんどの店のシャッターが下りていて、営業していたのは、裏と表の入口近くの数店舗だけ…でした。そのせいで、ご覧のように、通路も暗く、活気がありません。
ここで目をひいたのが、左右の店の看板です。左のオレンジのキャノピーには魚豊と書かれていますが、ガラス戸には、中国語とおぼしき漢字が並んでいます。また、たまたま写っている女性ですが、どうも魚屋の店先とはしっくりこない雰囲気です。そして、右の店は、看板に電脳の文字があるように、なかを覗くと、パソコンや関連部品などが並んでいました。アキバの奥あたりにありそうな店構えで、ちょっとこの商店街とは不釣り合いな感じがします。その奥には、かなり古びた、昭和を思わせる店舗がつづいています。なにか微妙なズレを感じさせる空間です。

このシルクロードのみならず、赤羽1番街では、こうした、様々な意味での前線のぶつかり合いがあちこちで見られました。もしや、この商店街の活気のなさは、定休が多かったことだけが理由ではないかも?です。これは定休以外の日にも行ってこの目で確かめなくては…です。

【場所】北区赤羽1丁目あたりです。

シルクロード裏路地

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シルクロードといっても、赤羽駅東口にひろがる商店街・赤羽1番街にあるシルクロードのことです。
赤羽1番街と呼ばれる大きな商店街は、戦災で焼け野原となったこの一帯を復興するため、戦前からこの辺りでご商売なさっていた方々が集まり、区画整理と前後するようにして、商業活動を始めたのが発端となっているようです。当時の様子を収めた写真を、商店街のホームページのこちらで見ることができます。
この赤羽の商店街の規模に驚いていましたが、規模だけではなく、歴史も古いし由緒もある、筋金入り商店街なんですね。知らない…ということは恐ろしいです(^^;

ところで、今日の写真ですが、すでに書いたとおり、シルクロードと呼ばれる商店街の裏手を撮ったものです。表側は、当然ですが、店舗の構えになっていて、店舗に挟まれる通路にはキャンバスの屋根がかけられ、いわゆるアーケードになっています。入口には、立派なモルタル看板建築の呉服屋さんがあったりしますが、とにかく、何もかもが古さを感じさせます。もしや、ここも戦後間もなく建てられたものなのか?という感じがします。
写真をご覧いただければ分かることですが、ここは路地というより隙間です。この日は、幸か不幸か…ここの殆どのお店がお休みでしたので、こうして通り抜けることができましたが、住人の方の出入りがある日は、ちょっとよそ者が通るには狭すぎます。だいいち気が引けます。しかし、ここは、古いには違いありませんが、きたな古くなっていません。やはり写真からお分かりか…と思いますが、よく清掃されています。そして、雑然とした感じがありません。むしろ、スッキリしている…と言ってもよいくらいです。こういった木造(と思う)長屋の維持は大変だ…ということは、そこらじゅうで耳にしますが、こちらでも、維持管理にはかなりな労力を使っていらっしゃるようお見受けします。なんだか、ご老体とはいえ、久々に元気な現役トタン張りと路地を見た気がします。

【場所】北区赤羽1丁目あたりです。

赤羽1番街の古株

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赤羽というと、もう3年も前に、スリバチ学会の方々とご一緒させていただき、桐ヶ丘団地や赤羽台団地あたりを歩いた記憶があるくらいで、ほとんど馴染みのない土地です。特に、赤羽駅の東口周辺は、遙か昔に歩いた以外に、足を踏み入れたという記憶がありません。

今回は、地下鉄南北線を利用し、赤羽岩淵で下車。そこから東口商店街に向かって歩いてみました。大通りを避け、1本裏の道に入ったのですが、すぐに感じたことは、土地が平坦で道幅が広い...ということでした。
ウィキペディアでチェックしてみると、赤羽駅東口については、『古くからの商業地が広がっている。複数の商店街が周辺に点在する他、パチンコ店や居酒屋も多く、南側には歓楽街も広がっている。戦後の早い時期に行われた区画整理により、南北に走る東本通りを中心とした比較的整備された街並みとなっている。』とあります。なるほど...です。戦後の区画整理が効いていたわけです。

しかし、この赤羽東口は、なかなか興味深い建物やお店などが多く、歩いていて飽きません。なかには、赤羽霊園なる、お化け屋敷カラオケコミック居酒屋(^^;まであって、これには笑ってしまいました。が、実は、かなりコワイ(^^; なかなかやってくれます。

で、今日の写真ですが、これは、まさに赤羽駅東口にひろがる、赤羽1番街という商店街で撮ったものです。東口には、これ以外にも大規模な商店街があって、よくもまあこれだけの商店街がもっているものだ...と、正直なところ、驚いてしまいました。しかし、まるでシャッター通りになっている区画があるか...と思うと、もの凄い繁盛ぶりの商店が連なる区画があったりと、なんともよく分からない商店街です。
この写真の建物は、仕舞屋なのか、たまたま定休日だったのか分かりませんが、この周囲には繁盛している店が多々あります。が、この一画は、周囲とは違うリズムで時を刻んでいる...という感じでした。これが赤羽駅前商店街の原景に近いのかな?などと想像しながらシャッターボタンを押した次第です。が、なんとも雰囲気あります...。

【場所】北区赤羽1丁目あたりです。

雨の田端銀座

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なんだか、ご当地歌謡曲のようなタイトルになってしまいました(^^;が、これには訳があります。このとろこ良い天気がつづきます。嬉しいことなんですが、冬場ですし、ただでさえ空気が乾燥していますから、地表もお肌もカサカサ。そろそろひと雨欲しいところです…。というわけで、これは雨乞いエントリーです(^^;(^^; いや〜言うに事欠いて…という感は否めませんが(^^;

ま、そんなわけで、前回の雨…というと、思い出すのが、wakkykenさんと田端あたりを歩いた日の雨です。そうです…北区中里の貝塚などを見た後に、駒込駅の南北に延びる商店街を歩い日でした。この日は、天気予報では、午後は雨…ということでしたが、曇天ではあったものの、夕方になるまで、どうにか降られずに済みました。が、日が暮れてから、小雨が降りはじめ、それがいつかミゾレに変わり、夜が更けるにつれて本降りの雪に変わりました。この写真は、その日、雨のなか、田端銀座で撮ったものです。

しかし、このあたりの商店街のお客さんと言うと、カートを引いたおばあちゃん…というイメージが先行してしまいがちですが、実際には、こうして、今風な若者が買い物をする姿もけっこう見かけます。最初は好奇心からでも良いから、ご当地商店街に、若いお客がもっともっと増えて欲しいものです…。

と、まあ、こんなことで雨が降ってくれるでしょうか?(^^;

【場所】北区田端4丁目あたりです。

西ヶ原銀座の裏側

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今日の写真は、西ヶ原銀座に入ってすぐのところで撮ったものです。この家は、表通りから見ると、平屋の看板建築ですが、中央で、2店舗に区切られています。片方は、化粧品・雑貨のお店で、いまでも元気に営業をつづけていらっしゃいます。が、もう一方のお店は、営業を止めて久しいのか、看板部分も判読できないほどに傷み、剥がれ落ちています。かろうじて残っている部分から、想像力を大きく膨らませて判読すると、「パン」と「コーヒー」と書いてあったのかな?という感じです。
写真からも分かるように、この一画はすでに歯抜け状態で、再開発前夜…という雰囲気が漂っています。最近の東京では、頻繁にあることですが、そういう状態だったからこそ、裏手にまわり、こうして写真を撮ることができたのですが…。なんとも複雑な気分であることはたしかです。
しかし、ここは、表から見たときは、2店舗ですから、小さな家が壁を接して建っているか、長屋になっている…とばかり思っていましたが、裏にまわってみて、ちょっとびっくりです。これはどう見ても、一軒家ですね。
ま、それはそれとして…。この家ですが、相当に古いことは間違いありません。この右手にも、これに似た、やはり古い看板建築が残っています。経年変化の具合も似たりよったりです。どうも、この一画にある建物は、西ヶ原銀座ができた当時のままの姿では?という感じがします。
谷田川暗渠沿いの商店街が成立したのは、昭和10年代半ばのようですが、この一帯は戦災で焼失していますから、戦後間もなく建てられた…という感じなのでしょうか…。

【場所】北区西ヶ原4丁目あたりです。

中里貝塚跡

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写真は、3枚ともに、中里貝塚跡で撮ったものです。中里貝塚…と聞くと、1カ所のように思っていましたが、実際に行ってみると、Google Earthでご覧いただくと一目瞭然ですが、3カ所にわかれて在りました。住宅や工場が多くある場所ですから、建物が取り壊されでもしないかぎり、発掘調査はできない…というのが、3カ所に点在している理由のようです。きっとこの一帯は、どこを掘っても縄文期の痕跡が出土するのでしょうね。

上中里海原景

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京浜東北線の上中里駅に下りて、改札を出ると、上野台地にのぼる道と、崖下にくだる階段につながる通路が見えてきます。通路のうえには、上越新幹線の高架が通っていて、そこは短いトンネル状態になっています。そのトンネルを抜けると、いよいよ上中里に入る階段が見えてきます。そこで、ふと、通路を覆う目隠しに隙間があるのに気づき、何の気無しに、そこを覗いてみました。すると、なんと!そこから、ベターッと平らな上中里ヶ原(こんな住所はありません(^^;) が広がっているのが見えます。う〜ドキドキです(^^; こんなところでドキドキする僕はアホか?(^^;などと思いながら、震える手(^^;でシャッターを切ったのが今日の写真です。

写真は、上中里駅から、ほぼ東に向かって撮っています。手前に見えるグリーンの屋根は、鉄道関係の社屋のようです。右上隅に見えるのは、新幹線の高架です。そして、日本最大の貝塚が見つかったのは、この写真中央右寄りになります。赤白の鉄塔が見えますが、その右手にちょっとETっぽい鉄塔(操車場の照明塔)が立っています。そして、そのもうひとつ右手に同じような鉄塔が立っているのが見えますでしょうか? その下あたりが、貝塚が発見された場所です。

縄文時代の貝塚が…なんてことを考えながら、妄想を膨らませ、このひろがりのある風景を見ていると、気のせいか、潮の匂いがしてくるから不思議です(^^; しかし、ここは、その昔、葦原に分け入りしばらく進むと海辺に出る…背後には緑の台地がそびえて…といった地形で、海辺では、牡蛎を中心に、魚介類の漁と加工が行われていた場所なんですね。
そんな思いこみで風景を見てはいけないのかもしれませんが、ま、かたいこと言わずに、この際、縄文期の風景を幻視しちゃいましょう(^^;

【場所】北区上中里2丁目あたりです。

上中里のはずれ

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ここは、住居表記でいうと、上中里2丁目。区分地図などをご覧になれば、一目瞭然ですが、京浜東北線・上越新幹線と宇都宮線・高崎線、それと広大な操車場に囲まれた、陸の中州状態になっているところです。この中州のなかに、どんな風景がひろがっているのか、以前から気になっていたのですが、普段、足を運ぶ用のない場所ですから、なかなか訪れる機会がありませんでした。が、このところ、駒込界隈を歩いたせいもあって、以前に比べれば身近に感じられるようになっていました。そんなわけで、今日は、中里を歩いてみました。
実を言いますと、予想では、さして興味深い風景には出会えないだろう…と思っていました。が、もしそうだとしても、それが分かるだけでも…と思い、足を運んでみました。上野台地の崖の中途にある上中里の駅をこえて、崖下のフラットな中里の地に足をおろし(^^;歩行開始です。

田端銀座夕景

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昨日・今日と、寒い日がつづきます。今日のほうが昨日より気温は低かった…ということですが、体感では、昨日のほうが、空気が冷たく感じましたが、いかがなものでしょうか…。

ところで、また、行ってきました。駒込の谷戸へ(^^; このあたりの凸凹地形にはどうも気になるものがあります。ちょっと、じっくりとお付き合いしてみる価値あり…という感じです。そんなわけで、下エントリーの凸凹地図をつくってみたりもしたわけですが…。

僕の場合、最初は、とにかく予備知識を入れずに現地に向かい、やみくもに歩いてみる…というパターンですから、いちど歩いたところでも、次に行ったときに、それがどこだったのかパッと分からない…ということが多くあります。

駒込界隈凸凹地図

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このところ、ちょっと凝っている、駒込から北西・南東に延びる銀座商店街ですが、そこは旧谷田川の川筋...ということはわかっていますが、体感だけでは、いまひとつ頭のなかに地形が描けません。そこで、駒込界隈の凸凹地図を作成してみました。使用ソフトは、いつものように、カシミール3Dです。
こうしてみると、自分の歩いていた場所がどんな地形だったのか、実によくわかります。ものの見事に谷戸が見えてきます。そして、谷戸の底に線を引いていますが、緑=西ヶ原銀座、黄色=染井銀座、橙色=駒込銀座、青=田端銀座...で、僕は、その線に沿って歩いていたことになります。

ところで、この凸凹地図は、五万分の一の地図に数値地図を重ねたものですが、細い道などは記載されていませんので、線(商店街のある道)は、実際とは多少ズレています。が、まあ、雰囲気は十分に伝わりますよね(^^;

西ヶ原銀座で

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ここは、タイトル通り、西ヶ原銀座です。昨日紹介した霜降銀座を進むと、いつの間にか豊島区の染井銀座にはいり、さらに進むと、こんどは北区の西ヶ原銀座にはいります。
ぼ〜として歩いていると、どこが何銀座なのか?まったく分からなくなりそうです。ま、分かる必要もないのですが、やや気をつけて観察してみると、それぞれに、それなりの特徴も見てとれます。
霜降銀座は、駒込駅に近いこともあり、まだまだ元気。商店街は、間に合わせの改装を繰り返し、昔ながらの商売をつづけて生き延びている…という感じです。それが、染井銀座に入ると、区が異なるせいか、道幅が広くなり、路面はタイル張り、店舗も建て替えや本格改装したところが多く、スッキリとしているのですが、人影はきわめて少なく、貸店舗の貼り紙もチラホラ…という状態です。そして、西ヶ原銀座に入ると、再び道幅が狭くなり、昔のままの姿、またはちょっと化粧直しした程度で、どうやら息をついている…という雰囲気です。
この写真を見ると、「そんなこと言ってるけど、活気のある商店街みたいじゃないか」という印象をお持ちの方もいらっしゃるでしょうね。確かに、この写真は、そんなふうに見えます。が、それは、プラスチックの造花と、このとき、たまたま通りかかる人の数が多かったせいです。実際には、もっとひなびた雰囲気につつまれています。が、染井銀座よりも元気かな?という感じです。
この写真で言うと、奥が駒込、背中の方向が滝野川になります。かなり疲れている商店街と、杖をついて歩く高齢男性の姿の組み合わせに、なんともグッとくるものを感じて…。

【場所】北区西ヶ原3/4丁目あたりです。

霜降銀座の路地で

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いや、今日も寒い日でしたね。風がなかったのが幸いしましたが、それでも、空気の冷たさはかなりなものでした。そんななか、このところつづけていた繁華街や無機的な街歩きに嫌気がさしていましたので、今日は下町有機系(^^; これまで盲点になっていた、駒込あたりに行ってみました。

いまさら…という感はありますが、駒込あたりも、山手線沿いが崖ですから、坂が多く、興味深い風景があちこちに見られます。そして、その坂をのぼりくだりしているうちに、急にあることを思い出しました。
根津を流れていた藍染川の上流は谷田川と呼ばれ、とうの昔に暗渠化されてはいるものの、その川筋が商店街となって残っている…ということを…です。というわけで、ほんの少しだけですが、その商店街を歩いてみました。

その商店街は、駒込から北西へ、駒込銀座・霜降銀座・染井銀座とつづきますが、やはり、外れに行くほど人影が少なくなり、染井銀座あたりは、もう地方都市の息絶え絶えの商店街…といった雰囲気すら感じさせます。が、それと同時に、道は、北西にいくほどくねりはじめ、いかにも旧川筋…といった雰囲気も強めていました。
で、染井銀座まで歩いたところですっかり暗くなったため、そこで折り返し、来た道をもどりはじめました。そして、霜降銀座のなかほどにある、まだまだ元気な八百屋の明かりが漏れる路地に入って撮ったのが今日の写真です。路地の先に自転車が見えますが、そこを(写真で言えば)左右に通っている細い通りが商店街になっています。

【場所】北区西ヶ原1丁目あたりです。

心配されていたお天気も味方した勤労感謝の日に、総勢18名(子供1人)+2名による、アースダイビング Take the "A" Tram が決行されました。この催しの主旨は、都電荒川線 (The "A" Tram)に乗って、武蔵野台地の凸凹をダイナミックに体感。途中、飛鳥山と三ノ輪橋で下車し、徒歩で、音無川の旧川筋を辿りながら、建物の下や地底に横たわる、かつての東京の素顔を探り、その残り香や気配を感じ取ろう...というものでした。

参加者は、AKiさん玉井さん、吉松さん(ダイブ組長老)、iGaさんじんた堂さん河さんneonさんGG-1さん酒井さん小野寺さんKokiさん3Gさんりりこさん(途中リタイア)、池ノ内さん(途中リタイア)、fuRuさん(途中合流)、カークさん(途中合流)、cenさん(桜橋待ち受け合流)、yukiりんさん(もんじゃ指南合流)という豪華な顔ぶれになりました (+masaです)。
そして、本来参加なさる予定が、体調不良やご多忙につき、残念ながら未着となった方に、わきたさんいのうえさん栗田さんがいらっしゃることを付け加えます。[またそして、実は、今回、この方にもご参加いただきたい...なんて思っていたのですが(^^;]

というわけで、当日の行動を、GPS受信機が記録したデータを掲載しておきます。トップのサムネイルをクリックすると表示されるのが、今回のダイビングの軌跡です。が、都心は電波の障害物が多いため、途中、GPS受信機と衛星との交信が途絶えることがあります。そして、交信が途絶えた点と再度交信が始まった点は、直線で結ばれるため、軌跡が、実際のルートとかなりズレている箇所もあります(荒川線が軌道を外れて走ったりします(^^;)が、ま、ご勘弁ください。およそのルートはお分かりいただけるか...と思います。とにかく、この線(軌跡)は、アナログに移動することでしか引けません。そう思って見ると、貴重な美しい線に見えてきませんか?(^^; また、距離や時間、高低については、以下のようなデータが残りました:
・総移動距離22km
・移動時間3時間 / 停止時間4時間
・GPS表示高度:早稲田 3〜4m / 雑司ヶ谷駅 29m / 王子(名主の滝崖上) 26m / 向島 マイナス1〜2m

以上、ざっとですが、第4回アースダイビングの結果報告です。

キタピー

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iGaさんが企画なさった第四回アースダイビングの下見に同行させていただくため、待ち合わせ場所である王子の北トピアへ…。で、少し早めに到着したため、ちょっとだけ、北トピアのまわりをウロウロ。そして最初に目についたのが、この真っ黄色なトタンの塊(^^; 近くまで行ってみると、駐車場でした。トタンは切り貼りされているのですが、黄色一色に塗られ、そこに「P」ひと文字…というのがよろしいですね。普通、「駐車場」とか「パーキング」とか書きたくなるものなのでしょうが、スパッと割り切ったところが素晴らしいですね。ところで、この物件は、アースダイビングでは訪れません(^^;

【場所】北区王子2丁目あたりです。

赤羽の奥地で

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ここは赤羽です。赤羽の谷戸の底にひっそりと佇む家です。表通りから10メートルほど奥に入っただけなのに、ここは別天地でした。路地は舗装されておらず、草と苔に覆われています。家のまわりには、鉢植えではなく、地に根を張ったササやツタ類が密生し、その一部は下見張りの壁に這いのぼり、家の一部と化しています。
この一画の家屋は、戦後10年ほどして建てられたものだそうです。長屋ではなく、戸建てが数戸並んでいました。しかし、生活ぶりは、まさに長屋感覚のようです。現役の、共同の井戸があり、それをはさんで、住人の方々の、まるで家族か親戚とでも話しているような会話を耳にしました。その様子は穏やかです。
こういう環境にお住まいの方は、とかく独居老人だったりします。しかし、ここで僕がお会いしたのは、僕よりもお若いと思える男性でした。しかも「クラブでディスクを回している」と言えば誰もが信じるような感じの方です。これには、実のところ、ちょっと驚きました。きっと、こういった、自然[野生?]と人の匂いが強く漂う生活がお好きなのだろうと想像します。[お話をしてくださった、その男性に感謝します]
ここは、赤羽の低地を歩いてみて、「原景を残すいちばんの奥地だ」との印象を受けた場所です。

【場所】北区赤羽あたりです。

王子駅線路脇

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王子駅から飛鳥山に向かうと、飛鳥山の裾に沿って左に伸びる直線の細道があり、そこに長屋が三棟並んでたっています。そのすべてがバーや小料理屋です。この長屋、一棟がけっこう長いので、三棟並ぶと、森のなかに突如出現した歓楽街、といった雰囲気になっています。僕などは、見慣れないためか、ちょっと奇異な感じさえする場所です。アニメの舞台にでもなれそうな…。
その長屋を、昼間、王子駅のホームから見るとこんな感じです。これが裏手になるわけですが、かなり自在な増築の形跡などあり、これはこれで惹きつけられます。が、この裏手はすぐに線路ですから、残念ながら、そばで見るというわけにはいきません。実に残念。
この日は、スリバチ学会に参加するため、赤羽に向かっていました。僕の場合は王子駅で乗り換るわけですが、その時、この一画が目に飛び込んできたというわけです。即刻駆けつけたかったのですが、集合時間に遅れるわけにはいきません。「よし、これは帰りにチェックだ!」ということで、とりあえず赤羽方面行きの電車に乗り込みました。
今日の写真は、そのスリバチ学会のフィールドワークを終え、夕方暗くなってから、王子駅で途中下車して撮ったものです。行ってみると、この日は日曜日だったため、ほとんどのお店が営業していませんでした。が、僕のそんな想いを知ってか知らずか、期待を上回る表情を見せてくれました。ついでに全景も…。とんがり帽子建築(^^;で、よろしいでしょう。

【場所】北区飛鳥山公園あたりです。

パラボロイド@赤羽

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先日、ブログaki's STOCKTAKINGに、隠れた大発見についてのエントリーがアップされていました。それによれば、「飯倉片町交差点が東京でただ1カ所パラボロイドの坂である」ということでした。パラボロイドなんて言葉はもちろん初耳でしたし、「何のことやら?」でした。そこで、説明を読むと、パラボロイドの坂とは、どうやら「逆双曲線幾何学的な十字路」のことのようです。
これまで、幾度となく、飯倉片町交差点は通っているものの、言われてみるまでは、そんなことに気づきもしませんでした。が、その事実を知り、改めて広い飯倉片町交差点に立ち、坂の姿を眺めてみると、「オオーッ確かに!」と、妙に感動します。そして、昔は路面電車がよく脱線した交通の難所だった、というのが理解できます。
ところが…です。先日、赤羽を歩いていたときに、パラボロイドの坂をもう1カ所発見してしまったのです! 「うわ〜ここにも在ったぞ〜!大発見だ〜!」と、我一人大喜びしてしまいました(^^; 今日のエントリーは、ただそれだけ、なんですけどね(^^;

【場所】北区赤羽・諏訪神社交差点です。

リトルハウス@赤羽

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この小さな家、可愛くないですか。僕は、もう、その場から微動もできなくなるくらいに気に入ってしまいました。色といい、素材といい、構造といい、サイズといい、すべてにおいて「参りました〜」という感じです。そこに、ねじ曲がった空気抜きのダクトや、頭から生えたようなTVアンテナが、ちょっとユーモラスな味付けをしています。定番(^^;の錆びも出ていて、いい味出しています。
赤羽の低地は、終戦以降に建てられた戸建てが多く、いわゆる下町の長屋風景というものは、ほんとんど見られませんでしたが、この一画には、戦後十年ほどして建てられた長屋感覚の家が並び、濃密な空気を漂わせていました。周囲に写り込んでいる戸建てが、どこかよそよそしい感じがするのとは対照的です。しかし、これが、どこか広い草原にでもポツンとたっていたら…なんて想像すると、なんだかワクワクしてきませんか?

場所】北区赤羽あたりです。

スリバチ学会なる集団があります。何処に居ても北が分かるという人間コンパスでありアーキテクトの皆川さんと、タモリ倶楽部 東京ナス化計画で知られるGPSアーティストでありランドスケープアーキテクトの石川さんのお二人が中心になって運営なさっています。その主旨は、「谷=スリバチを散策し、その魅力を再発見し、かつその行方を見届ける」ということです。それだけでも面白そうです。が、それに留まりません。事前に、お二人の手作業になる、詳細な地図・地形図が用意されるのです。それがまた実に見物です。歩くスリバチに応じて、地形や歴史などの読み取りに必要な地図が、取捨選択されたり3Dソフトを駆使して作成されるのです。しかも、それらは、当日、参加者に無料で配布されます。参加資格などは一切ありません。実に自由。街歩きにご興味おありの方は、是非、いちどでも参加なさることをお勧めしちゃいます。眼からウロコ請け合いです。

で、本日、そのスリバチ学会の赤羽フィールドワークが実施されるというので、僕も参加させていただきました。実は、これが2度目なんですが…。
今回のハイライトは「赤羽の真性スリバチ」検証です。訳しますと(^^; 通常、スリバチ=谷戸は、三方が台に囲まれているわけですが、なんと四方を台で囲まれた場所を赤羽に発見した、というのです。その実地検証というわけです。もちろん、他にも興味深い検証テーマ盛り沢山です。
というわけで (って、エライはしょってますが(^^;)、今日のトップの写真は、そのスリバチの写真です(残念ながら、一部しか撮れませんでした)。かなり大型のなだらかなスリバチですから、やや分かりずらいかも?しれませんが、周囲が盛り上がっているのがお分かりいただけるでしょうか? 右の写真は、全体が木々に覆われた状態で、いかにも原地形と言えるスリバチ(谷戸)を撮ったものです。こんなスリバチ、東京では貴重だと思われます。ここは、2年ほど前まで、自衛隊の駐屯地であったことから、地形を変えられずに済んだ、という裏のエピソードもありました。

今回、スリバチ学会さんの後について、赤羽を歩いたわけですが、僕の場合は、「谷戸(下町)を彷徨い空想に耽る」という「ヤトロジー学会 (谷戸路地学会)(^^;」ですから、スリバチ学会集団とはぐれそうになりながらも、必死に後を追いかけるという行進になります。ま、そんな調子で撮った、いつもの調子(^^;の写真を以下にアップします。




【上左】赤羽の低地には、思いの外、戸建てが多く、古い長屋などが連なるという雰囲気ではありませんでした。そんなに古くからの住宅地ではなかったことが、そうさせたようです。
【上中】赤羽の低地に適応したのか?巨大なピラカンサを2本目撃。これはそのうちの1本です。ど迫力で怖いくらい。赤羽低地の主のよう…。
【上右】東京オリンピックの頃建てられたという桐ヶ丘団地(都営住宅で、なんと4千数百戸あるという。その隣りの赤羽台団地(住宅公団)は3,333戸あるとのこと。凄い数!)の中心にある、ショッピングセンターのような施設です。さびれた感じでしたが、ここが建って以来営業を続けているという天ぷら屋さんのチクワが美味しかった(^^;
【下左】彷徨ってしまい、「これは集団からはぐれたな!」と思っていた時間に撮った写真。更地の奥にスリットがあり、行ってみると、路地が…。その路地を辿ってみると、この風景が現れました。いずれは三方をビルに囲まれた「ビル谷戸」になるのか? いや四方を囲まれ、「真性ビルスリバチ」になるのか(^^;
【下左】フィールドワークの終点、赤羽神社のお稲荷さん。赤いきつねと緑の…じゃなくて(^^; 迫力があり、なんだかパワーを感じました。祠の台の模様が人の顔にも見えま〜す。
【下左】これぞアースダイブ建築!(^^;半分土に埋もれています。フィールドワークの始点近くにあった、波形トタンと錆の傑作。手前はなんと畑で、野菜が育っていました。いつもなら、「赤羽農村景」とかってタイトルで単独エントリーするのですが…。

【場所】北区赤羽あたりです。

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