しかし、現地を歩き、住人の方々にお話をうかがうと、とても興味深い土地柄であることが分かってきます。そんなことから、自分でも思いもよらず...でしたが、つい、地図を広げたり、何度か足を運んだり...ということになってしまいました。
というわけで、小菅はこれからも注目の地(^^;になりましたので、ここに地図や資料をアップしておくことにしました。
以下は、『江戸明治東京三層重ね地図』で見た、小菅から北千住一帯の地理的変遷地図です。
左が明治期、右が平成期、中央が両者を重ねた図です。
堀切菖蒲園駅の北側に、京成線の線路とほぼ平行にのびる、堀切5丁目商和会という商店街があります。かなり遺跡的匂い(^^;の強い商店街ですが…(失礼千万な表現ですが、地元の方、お許しください)。その商店街のなかほどに、この建物がありました。でも、かつて…です。
つい先日、青木書店さんを訪ねたのですが、そのときに、「あの古い建物はどうなっているのだろう?」と思い、帰りがけに、そちらの方向に足を運んでみました。すると、いくら歩いてみても、この建物が見当たりません。奥まった所に建っているわけではなく、ご覧のとおり、表通りに面して建っている建物ですから、見落とした…ということは考えられません。しかし、建物の位置をしっかりと記憶していたわけではありませんので、「これは取り壊されたに違いない」ということにして、とりあえず、引き返してきました。
帰宅後、その建物のことが気になり、早速、以前撮った写真をチェックしてみました。すると、2006年9月に撮った、この写真が出てきました。これで見ると、隣に銭湯の煙突が見えます。そういえば、新築の建物を目にしましたが、それが銭湯の隣だったような…。これがまた記憶が定かではありません。困ったものです(^^;
が、どうやら…十中八九、この、いかにも古い、堀切の昔を想わせる、古老ともいうべき建物は、姿を消してしまったようです…。そんなわけで、撮り直すことができませんでしたので、記録として、この写真をアップしておきます。
【場所】葛飾区堀切5丁目あたりです。
よく晴れた気持ちの良い日でしたね。いつもの東京とは確実に違う空気が満ちていました。そんな今日、京成線・堀切菖蒲園駅前にある青木書店さんを訪ねました。『時差ボケ東京』を詰め込んだバックパックを背負って...です(^^)
実は、写真集を制作する前から、「出版した暁には、京島のLOVE GARDEN、神保町のブックダイバー、そしてそして、堀切の青木書店に置いてもらえたらな〜」と考えていました。そして、LOVE GARDENとブックダイバーには既に置いていただき、想像していた以上の方々にお立ち寄りいただいたり注文いただいたりしています。が、青木書店となると、下町の筋金入りの古書店です。なかなか「こんちわ〜」というわけにはいきません。勿論のこと、LOVE GARDENとブックダイバーが筋金入りじゃない...ということではありません。ま、筋金の種類が違う...というのでしょうか...。とにかく、そういうことなんです(と茶を濁す(^^;)。
そんなわけで、ちょっとモジモジしていたところ、以前から、時折、拙ブログにコメントをくださるユーコさん(ご店主の奥様)が、昨日のエントリーのコメント欄に「置きますよ。どうぞ...」と書き込んでくださったのです。もう一も二もありません。三です...じゃなくて(^^;、とにかく「青木書店に置いていただける!」という嬉しさで、翌日の今日、堀切にすっ飛んだ...というわけです。
で、ご店主とは久々にお会いすることに...。いや〜相変わらず良い感じの方です。笑顔も良いし...「すぐそこの荒川にゴムボートを浮かべ、隅田川を経て神田川を遡り、水道橋で上陸、そこでゴムボートを畳んで、帰りは電車...」なんて話をしながら、僕の写真集を実にじっくりと見てくださいます。それは初対面(と言う気はしませんが)のユーコさんも同じです。「見てると乗り物酔いしてしまいそうだ(^^;」などと仰りながら...。
ま、そんなわけで、充実した、とても気持ちの良い時を過ごすことができました。そして、僕の写真集『時差ボケ東京』は、本日より、堀切の青木書店でもお求めいただけます!ということになりました。どうぞ宜しくお願いいたします。
写真については、説明するまでもありませんが、青木書店さんのウインドーを撮ったものです。うさぎ君の右側にパソコンが見えていますが、ユーコさんは、そのパソコンからコメントをくださっているようです。いや、とにかく、良い日でした〜。
【場所】葛飾区堀切3-8-7です。
今日のエントリーは、写真がどうのこうの…というものではありません。問題は建物側面にある看板の文字にあります。なんと「葛飾防災音頭」です。いや、すんごいタイトルです。冗談としか思えませんが、とりあえずは、どんな歌なんだろう?と気になってしまいます。
そんなわけで、帰宅後、ネットで調べてみますと、こんな記事が…。ちょっと以下に引用しておきます。
『葛飾防災音頭』の発案は一年前にさかのぼる。同町会役員が本田消防署に、20年のイベントの相談を持ちかけた。署側からは、関東大震災で大きな被害を受けた墨田区には『墨田防災音頭』があるが、地盤の悪い葛飾区にはない。大震災に備えた、日ごろの心構えが最も大切。この際『葛飾防災音頭』をつくったら、という話が持ち出されたのだという。
北崎政三(まさみ)さん(57)に作詞と作曲の話が持ち込まれた。「わたしは演歌専門。依頼されたときは冗談かな? と思いました。防災を歌にするのがむずかしく、完成まで3ヶ月ほどかかりました」と話す。
なんとなんと、行政絡みの真面目極まりない、まともな歌だったようです。しかも、墨田区にも防災音頭ってのがある…と書いてあります。知らなかった…(^^;
どうやら、僕が見た建物は、葛飾防災音頭の作詞作曲者でいらっしゃる北崎政三さんのお店だったようです。
しかし、そうした事情がわかっても、まだ、夢か真かという気分から抜けきれません(^^; もしやYouTubeにその歌がアップされてはいないか?と思い、チェックしてみましたが、発見できませんでした。というわけで、この防災音頭…未だ幻のままです(^^; これはCDを入手するしかなさそうです…。
【場所】葛飾区東立石7丁目あたりです。
良いお天気でした。空気もきれい。日差しも強かったですね。しかし、風が強かったせいか、体感温度は意外と低く、半袖で歩いていると、だんだん体が冷えてくる…という感じでした。そんななか、今日は、どこを歩こうか?と考えたあげく、しばらく行っていない葛飾区の高砂と立石に行っきました。
このあたりも、既に数回は歩いているはずなのですが、あまりに脈絡なく、あちこち歩きまわるせいか、歩くたびに風景が新鮮です(^^; ま、良いのか悪いのか…ですが、風景がいつも新鮮に見えるってことは幸せです(馬鹿とも言いますね(^^;) ということで、良し…としましょう。
さて、今日の写真ですが、ご覧のとおり、非常に小さく愛らしい洋館(と言ってよいものやら?ですが)です。今日は、たまたま外に出ていらしたご主人と話す機会があったのですが、この建物は、なんと昭和2年に建てられたものだそうです。それを、その後、現在のご主人が買い取って、ここで商売を始めた…ということでした。
正面を向いている、とんがり帽子のような屋根をした部分が玄関で、その奥に、横に生活部分がつづいています。右側が店舗になっていますが、そこは、もともとは庭だったのだそうです。もう、玄関が傾いたりしていますし、古い建物なので、生活しやすいとは言えないようですが、基本的な構造はとてもしっかりしていて、いまでも問題なく暮らせる…とのことでした。それにしても、よくもまあ…なんとまあ…という感じです。かなり痛んではいますが、こうなると、確実に何かが宿っている感じです。愛らしさも抜群でした。
あ、ひとつ忘れていまいました…ご主人がここで商売をお始めになってから、もう、かれこれ50年になるそうです。
【場所】葛飾区立石7丁目あたりです。
葛飾区を南北に流れる新中川沿いの町・細田というところで撮った写真です。ここは、エントリー「高砂農村景」で紹介した場所から、そう離れてはいません。
この辺りは、もう完全に住宅街という感じでした。しかも、大半の家が建て替えられていて、「これは外したかな?」と思いながら歩いていました。地図を見ても、道路がほぼ碁盤の目状に通っていて、よくある郊外の住宅街パターンです。
が、住宅街のなかほどを通る緑道が途切れたあたりで、突如として、碁盤の目が崩れている一画がありました。「これは、昔からの農道くさいぞ...」と思い、そのカーブした道に沿って歩いてみました。すると、見えてきたのが銭湯の煙突。そして、その周囲には、古いトタン張りのアパートなどが残っていました。今日の写真は、その一画で撮ったものです。
曲がったうなぎ(^^;のような敷地に、トタン張りの2階家を建て、そこから、奥へ奥へと建て増しをつづけたような、なんとも妙な形をした建物がありました。その建て増し部分の壁を横から撮ったのが、今日の写真です。しかし、1軒の家の側面なのですが、使用されている材といい、様式(と言えるか(^^;)といい、変化に富んでいます。なんだか、昔の下町の壁見本でも見ているようでした。でも、美しい...と思うのですが...。
【場所】葛飾区細田3丁目あたりです。
ここは、京成高砂駅からそう遠くない場所です。しかし、表通りからは死角になっていて、目につきにくい場所です。最初にこの空間に気づいたときは、空き地を利用した駐車場だな…と思ったのですが(事実、一部は駐車場になっています)、その奥に、そう広くはないものの、ネギ畑が広がっていました。
そして、その向こうに見える家屋が、なかなかの雰囲気をしています。見えているのは裏側です。表側にもまわってみましたが、小さいけれど、木造のしっかりした造りの家でした。ただし、増築萌え系(^^;…という感じで、裏側表側ともに、敷地いっぱいにきっちりと建物が建っている…という状態ですし、とても農家という匂いはしませんでした。ネギ畑との境にフェンスがあることからも、この家屋が生産者の家…ということはなさそうです。
ところで、この辺りには、用水路を暗渠化した「せせらぎ通り」という直線道路があることからも、昔(工場などが増える以前)は、畑や水田が広がっていたに違いありません。
したがって、この写真の家と畑の組み合わせは、本来的ではありませんが、擬似的(^^;には、この辺りの農村風景の面影を留めている…と言ってもよさそうです。
【場所】葛飾区高砂あたりです。
うつろう…という言葉が好きです。彷徨いながら、穏やかに緩やかに変化する…という感触があって…。そして、この言葉には、盛りを過ぎゆく…という意味もあるようです。
東京の下町を歩いていると、「盛り場の喧噪は何なんだ」と思いたくなるほど、寂れた町が多いことに気づきます。どこの商店街を歩いても、シャッターを閉じたままの店舗や、閉店や休業を告げる貼り紙の貼られたドアを目にします。なかには、商店街全体が、ゴーストタウンのように静まりかえっている例さえあります。
こうした街を歩いていると、東京の激しい変化…というものを肌で感じます。この街はどうなってしまうんだろう?と、心配になる街だらけ…と言っても過言ではありません。うつろう…なんて死語です。よく言われていることでしょうが、東京は、そんな悠長な変化など許さず、「盛りを過ぎる前に叩き壊し、新たに建て直す」というタフでマッチョな精神が要求される街のようですね。無粋なことに…。嘆かわしいぞ(^^;
【場所】葛飾区東新小岩あたりです。
先日、葛飾区の青戸あたりを歩いているうちに日が暮れ、地図で位置を確認すると、ちょうど青砥駅と立石駅の間あたりでした。そこで、「もう暗いけど、来た道を戻るより、立石を通って帰ろう」と、立石駅に向かうことにしました。
立石と言えども、やはり再開発は進んでいて、「おっ」と惹かれる風景は、そうそうありません。「明るいうちにもう一度来ようか?どうしようか?」などと考えながら、ともかく、駅の方向に歩いていました。そして、駅が視界に入った頃です。商店と商店の間に、なんとなく気になる空き地とも路地ともつかない空間があります。が、先が左に折れて、つづいていそうです。
またも「ついでだ」と、その空間に入ってみました。そして奥を左に曲がったときです。驚きです。ここは魔窟かギーガーか(^^;という世界が目の前に…。凄い。一瞬廃墟か?と思うほどの迫力です。が、よく見れば、路地の入口に「呑んべ横丁」の電飾看板がかかっています。「あ、ここがあの名高い…」と、その時やっと気づいた次第です。
狭い一画に、それこそ小さなバーなどのお店がゴチャゴチャ〜ッとひしめいています。新宿ゴールデン街に更に輪をかけた感じです。通路の上には屋根がついているため、細い煤けた洞窟内にできた街…という雰囲気すらします。どんよりと曇った夕方だったせいもあるでしょうが…。とにかく、この手の飲屋街としては、その迫力はトップクラスではないでしょうか。参りました(^^;
【場所】葛飾区立石7丁目あたりです。
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