江戸川区の最近のブログ記事

田辺一鶴 翁

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千葉県の松戸駅近くに、天丼とあなごで知られる老舗「関宿屋」があります。今回、その関宿屋の2階が改装され、「席亭 宇」という、寄席もできる空間に生まれ変わりました。そして、今日(5日)、そのこけら落としとなる「田辺一鶴一門による講談の夕べ」が催されましたので、行ってきました。

さて、どうして僕がその夕べに...ということですが、実は、「席亭 宇」実現のための相談役をつとめられたり部分的な改装を手がけられたのが、玉井一匡さんでした。したがって、玉井さんはそういうお立場からも、その会に出席なさるわけですが、その際、浪曲にも興味を出している僕に、「一鶴師匠の講談はどう?」と、声をかけてくださった...というわけです。

そんなわけですから、まずは新たに設けられた入口から...などと思っていましたが、会場を見せていただいているときに、突然ぼくの目の前に現れた田辺一鶴師匠の、予想を遥かに超えるカッコ良さに完全にノックアウトされ、まずは師匠のポートレート!ということになってしまいました。

いや、もう、とにかく、さすがに田辺一鶴師匠です。ぶっ飛んでます。凄い。参りました。こんなに人に惹きつけられたことも珍しい...というくらいです。こちらに師匠の紹介ページがありますが、それによると、昭和4年(1929年)のお生まれですから、現在80歳でいらっしゃいます。が、もうお元気そのもの...。カクシャクとかシャキシャキという音が聴こえてきそうな感じです(^^;

師匠についてはもっとあれこれ書きたくなりますが、ここらで、asahi.comから師匠の言葉を引用させていただき、おわりにしようと思います:
「名前はイッカクでも、やっていることは多角的。後期高齢者どころか『光輝』高齢者なんですよ」
「これからが本当の講談師人生の始まり。90歳を迎えたあたりで私の評価が決まるとプラス思考でやっています」

【追記】残念なことに、2009年12月22日に他界なさいました。心からご冥福をお祈りいたします。
【追記】玉井さんのブログにアップされた関連エントリーです。
【追記】それにしても、こんなスペースをつくり、こんな会を催された関宿屋さんには本当に拍手です!
【追記】この寄席と催しについては、朝日・毎日・読売の各紙上ならびにNHKテレビで報じられています。
【場所】関宿屋: 千葉県松戸市本町7-2です。 / 師匠: 江戸川区在住です。

怪家四面相

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ここは、地下鉄新宿線の一之江駅の近くです。駅前...といってもよいくらいの場所です。そこに、こんな風景が広がっていました。

都営新宿線の駅は、そもそも何もないところに突如出現したものですから、駅周辺は、土地の特徴も何も感じられない、ただただ新興の顔をしています。寒々とした感じの...。

しかし、その一帯から、道一本隔てたところに、どうやら、このあたりの大地主さんが所有なさる土地のようですが、こんな一画が残っていました。地面は舗装もされず、草もはえ、そこにモルタルのアパートが並び...、なんだか、ひとつふたつ時代が違っているような感覚です。

しかし、ここで驚いたのは、この建物の構造です。4軒の家がくっついている...ような顔をしていますが、なんとこれが、一体になっています。元々は別棟だったものをつなげたり、つながっている建物を別棟のような顔に仕立てたりしたから...なのでしょうか...。なんとも理解に苦しむ建物です。

右隅に洗濯物が干してあるのが見えると思いますが、それを取り込みに現れた高年のご婦人にうかがったところ、この建物、ほぼ空家だそうですが、まだ、ひと部屋ふた部屋ふさがっている...のだそうです。

【場所】江戸川区一之江3丁目あたりです。

旧江戸川 土手した

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ここ二、三日、江戸川区の東南端 (ということは、東京の東南端でもあり) あたりを歩いていました。

川の土手あたりというのは、そうでなくとも、街なかとは風景が異なりますが、極端な言い方をすると、そこは「地の果て」ともなりますから、場合によっては、アッと驚くような風景に出会う確率が高いように思います。

が、旧江戸川に沿っては、自転車歩行者専用道路が整備され、家々も多くは建て替えられています。したがって、旧江戸川の昔を偲ばせるような風景は少ない...いずこも同じ...というのが、歩いての印象です。

この場合は、アッとは驚きませんでしたが、オ...くらいには...ですね(^^;

【場所】江戸川区東葛西4丁目あたりです。

江戸川冬景色

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この川は旧江戸川です。もうすこし先で東京湾に注いでいます。左岸が千葉県浦安市。右岸が東京都江戸川区になります。そして、正面に見えている橋は、地下鉄東西線の橋梁です。もうすこし左に行くと、浦安駅があります。

左岸に灯りが見えていますが、それらは沖釣りから帰って接岸した船とその船宿のものです。また、右手前に赤い杭が見えていますが、そこは、旧江戸川に中州のように浮かぶ妙見島の南端部です。

この日は、午後になって雨がぱらつきはじめ、空が実にどんよりしていました。暗いです(^^; 見た目には寒そうです。「いつの間に津軽海峡に来てしまったのか?」なんて感じでした(^^;

とにかく、この、ほとんどモノクロームか?と思える場面だけを見ていると、とても東京とは思えませんが、僕の立っている場所は、千葉県との境ギリギリとはいえ、まだ東京都江戸川区です。東京は広いです(^^;

【場所】江戸川区東葛西3丁目あたりです。

江戸川の寅壱

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この看板には参りました。メインの黄色と黒の看板だけでもソートーなものですが、脇を固める小看板たちもカナリなものです(^^;

ここは、江戸川区の南部を東西に通る新川のほとりです。店の前の道路が傾斜していますが、これは、すぐ近くに橋があるからです。この右上がりの道路のおかげで、この店が地面にめり込んだ状態になっているのも、この濃いキャラを一層濃いものにしているようです。

寅壱というのは、どうやら、こちらの店の屋号ではなく、鳶職に代表される、いわゆるガテン系の作業服のメーカー名のようです。こちらでは、その寅壱を中心的に取り扱っていらっしゃるのでしょうね。最近の僕には縁のないタイプの服なので、確認はしませんでしたが...。

それにしても、ここまでくると、もう、ポップもキッチュも通り越してパンクと言いますか(^^;かなり凄いですね。

【場所】江戸川区中葛西2丁目あたりです。

今日の写真も、先日、江戸川あたりを歩いたときに撮ったものです。

やはり江戸川あたりの写真を使った前エントリーに「結構な店舗数のエトワールなる古い商店街が存在する」と書いていますが、今日のお店は、その商店街で目にしたものです。

ご覧のとおり、能登屋という御菓子屋さんですが、なんとなく周囲の様子が普通ではないとお感じになると思います。その通りで、このお店は「江戸一ショッピングセンター」という名の、アーケードとも何ともつかない建物のなかに入っています。古い駅前などに、時々見かける、テナント平屋(^^;という感じのものですね。

したがって、本来は、この通路の両側に店が並び、明るく賑やかな光景が見られてしかるべき場所です。が、現実には、このとおり閑散としていています。どうも、この御菓子屋さん1軒だけが営業をつづけていらっしゃるだけ...と見受けました。ま、こちらのお店がかなり元気そうなのがすくいでしたが...。

それにしても、最寄り駅・瑞江からもそう近くはなく、瑞江ができる前の最寄り駅・小岩からは遠く離れたこの場所に、どうしてかなりの規模の商店街...しかもその商店主の多くは2代目と聞きました...が成立したのか?と考えると、やはり、この近くを流れる旧江戸川を利用した水運によるもの...としか考えられません。

というわけで、とりあえず『川の地図辞典』(P426-429) を見てみると、明治の頃は、周囲は川と水田だらけ...。その後も堀川が存在しています。ということは、まず間違いなく、水運が生んだ商店街という感じですね。ま、次回、そのあたりを地元の方にうかがってみようと思います。

【場所】江戸川区江戸川1丁目あたりです。

エドガワメル編

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ここは、江戸川区江戸川...です。行った理由は、江戸川がダブルになった土地というのはどんな感じだろう?という、実に単純素朴な好奇心からです(^^;

都心からその地に向かうには、都営新宿線が便利そうです。そして、新宿線の瑞江駅で下車し、ちょっと南に歩けば簡単にアクセスできそうです。というわけで、そのコースにオンです。

瑞江駅の南口を出ると、しばらくは東瑞江という住居表記(結構時間が経過した新興住宅地...という感じ)がつづきますが、ほどなく、江戸川という表記が見えはじめます。それが見え始めると、もう旧江戸川がすぐそこ...という位置関係になってきます。土地はいかにも平坦で、空気もしっとり...。放っておけば数分で苔が生えるのでは?(^^;というくらいです(^^; いや実際に、そんな感じがあるんです...この辺り...。

そして、興味深いことに、その辺りに、意外にも、結構な店舗数のエトワールなる古い商店街が存在するのです。かなり元気ありません。何とか頑張っている...という感じです。都営新宿線が開通するまでは最寄り駅が小岩だったという、この地に、こうした商店街がある...というのは、水上交通...なんてことを思わせますね...。

ま、今日はその話ではなく、写真です(^^; これは、旧江戸川の土手でサンセットを迎え、そのサンセットも「もうピークは越えたな...」という段階になり、来た道を戻り始めたときに、ふと目に留まった風景です。なんとなく、切り絵チックな感じがします。三日月と星が見えているだけに、ちょっとメルヘンチックな感じもしますよね(^^; というわけで今日のタイトル...でした(^^;

【場所】江戸川区江戸川1丁目あたりです。

松島の旧カフェー

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江戸川区松島の旧カフェー街に残っている建物です。家の角のカーブなどを見ると、この建物がカフェーであった頃の名残かな?と思わされます。
この周囲には、以前のエントリーこちらこちらで紹介した建物がありますが、それらトタンの建物とはかなり雰囲気が異なります。その違いが、業種の違いによるものなのか?否か?が分からないところが情けないのですが...。
ともかく、この一画は、手前の空き地を見てもわかるように、再開発されることは、ほぼ間違いないようです。したがって、この写真を撮ったのが今年の1月ですから、もしや、この建物も既に...という、ヤな予感(^^;すらします。
しかし、そう思って見るからか...何の変哲もないモルタルの建物ですが、シュロの木と外灯が妙にマッチしていて、なんとなく艶めかしさを感じるのですが...。

【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

一之江農村景

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ここは江戸川区の一之江です。昨日のエントリー「低湿地サンセット景」に、あおいsanが「以前は、この辺りに農地が多く見られたのだが…」といったコメントを残してくださいました。
現地を歩いてみると、駅前は、元々農地が広がっていたところに駅ができた…という事情を物語るように、妙に洒落たマンション群に占拠され、やけにピカピカしていますが、その直ぐ後方には、いまだに畑とビニールハウスがあり、その一角には、なんと野菜の自動販売機なるものまで設置されています。いかにも馬脚…状態です。
そして、駅から少し離れると、やや古い住宅街に入り、そこを抜けると、旧街道や古い商店街などが現れます。このことからも、新宿線の一之江駅が、古くからの商店街や住宅街を通り越した辺鄙な場所に作られたものであることが、容易に想像できます。
その住宅街も、農地を宅地化したもので、地元の方の話では、昔、このあたりは小松菜畑と蓮田だらけだった…ということです。この「蓮田が多くあった」ということが、いかにも低湿地であることを物語っていますね。
そんなわけで、一之江の住宅街のなかに、もうそうは見られませんでしたが、農地と農家らしい建物が、やはり残っていました。今日の写真は、それを撮ったものです。昨日撮ったものですが、太陽が沈んだ後も、西の空には明るさが残り、いつまでたっても雲の色が淡いピンク系に染まったままで、ちょっと異様な感じのする夜空が印象的でした。

【場所】江戸川区一之江あたりです。

低湿地サンセット景

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江戸川区の一之江あたりを歩いていました。光のきれいな日でしたが、夕方に近づくにつれ、雲が多くなり、徐々に寒々とした感じが強まってゆきました。が、太陽が大きく傾き始めた時です。スパッと切れた雲の下に、太陽が姿を現しました。途端に、ほぼ真横からの強烈な光があたりを照らし出しました。いまのいままで見ていた風景が一気に姿を変えます。これは、土地の起伏や高い建物があってはあり得ないことで、この土地のフラットさを感じさせる光景…とも言えそうです。
それにしても、こうなると、もはや、どこの国で撮ったものか…まったく分かりませんね。ま、そんな必要は無いのかもしれませんが…。

【場所】江戸川区一之江あたりです。

真冬に舞い戻った…というか、やっと真冬がやって来た…というか、とにかく寒い一日でした。風も吹いていたせいか、カメラを持つ手がこんなに冷たく感じたことは、今季の冬、なかったような気がします。
そんな日の午後遅く、江戸川区の篠崎を歩いていました。都営新宿線の篠崎駅から、ほんのすこし北に歩くと、「昔の用水をミニ親水公園化したな…」と思われる、緑地とも小川ともつかないベルト付きの直線道路があります。その道の両側には、商店や住宅が連なっていますが、法的規制でもあるのか…、背の高いビルがまったく見あたりません。したがって、そうでなくとも平坦な土地柄ですから、都心ではすぐにビルの陰に隠れてしまう太陽が、ギラギラと燃えながら、地平線近くまで落ちてゆくのを見つづけることができます。こんなに傾いた太陽を見たのは、ほんとうに久しぶりでした。
都心に住んでいると、そうそう目にできない光景なのだから、太陽が家並みの向こうに沈むまで眺めていよう…と思い、しばらく歩道に佇んでいました。すると、ほどなく、太陽が信号機の裏側に入りました。真逆光…というか、信号機による日蝕(^^;状態です。そして、ふと気づくと、空はオレンジ色に染まり、前景はすべてが黒いシルエットになっています。そのなかで、信号灯のグリーンだけが浮き上がって見えます。なんだか、太陽が、僕に「進め!」とメッセージを送っているかのようでした。さて…と…。

【場所】江戸川区篠崎町7丁目あたりです。

夜空に浮かんでいるのは月です。決してドット抜けではありません(^^;
ここは、松島3丁目。昔、「○に鍵」と書いて「マルケン」と呼ばれるカフェー街だったところです。連日、大勢の客が押し寄せ、それは賑やかだったということです。「現金が飛び交う土地柄だから、周囲に巡らされていたドブをさらうと、お金が出てきたものだ…」と、この一画に住む高齢の婦人から聞きました。
長屋や小さな愛らしい平屋が密集した、雰囲気のある濃密な一画だったようですが、昨年の春頃から、ポツポツと取り壊しが始まり、いまでは、建物が建っている土地と空き地とが半々…といった状態になっています。残っている家が、三角屋根の平屋で、シルエットが愛らしいだけに、ガラ〜ンとした空き地に立って、それを眺めていると、昔を知らない僕でも、なんだか、実に淋しい気がします。
この日は、雲ひとつない澄んだ夜空に、三日月が浮かんでいました。表通りの街灯が、道の向こうに並ぶビルを照らしだしています。が、手前の、切り離され、1棟だけになった家の裏側には光が当たらず、黒いシルエットになっています。これを見ているうちに、ふと「これは、トタンで作った、下町のピラミッドだ」というイメージが頭に浮かびました。馬鹿げた想像です。が、それに近いものを感じてしまうんですね〜、この風景には…。かなり本気で…。

【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

牛乳受箱の逸品

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東小松川に残る古い民家の玄関先で目にした牛乳受箱です。これと同じタイプの牛乳受箱は、ときどき目にしますが、通常、地の黄色い塗料が残っています。が、こいつの場合、その地の黄色がきれいさっぱりと剥がれ落ちています。にもかかわらず、「エンジェルマーク」と「ビタミン入」「森永ホモ牛乳」という文字は、薄れてこそいますが、残っています。
どうして地の塗料だけが剥がれたんでしょうね〜? ちょっと分かりませんが、ま、それがこいつの逸品たる由縁です(^^;
この材木の地肌の状態からすると、塗料が剥がれ落ちてからも、すでに相当な時間が経過しているようです。もう、家の壁板と一体化している…と言っても過言ではないほどです。渋い! そして、残っているとは言え、マークや文字などの薄れ具合が、何とも言えない雰囲気です。いや〜、このヤレヨレた感じ…こいつはもう完全にアートの域に入ってますね。本気で、戴いて来たかったな〜(^^;

【場所】江戸川区東小松川2丁目あたりです。

N的家譚 (2)

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え〜と...N的家譚の2回目です。前回は平井で撮ったコイツでした。今回も、偶然、同じ江戸川区内で撮った家です。
同じ江戸川区内と言っても、平井と東瑞江は荒川放水路で隔てられています。なおかつ対岸というわけでもなく、距離的には、かなり離れています。が、これは江戸川区の伝統なのでしょうか(^^; またもN的な家を見せてくれました。
コンクリート瓦の屋根部分が、元から在った家屋で、そこに左右ともに、敷地いっぱいに増築した...というふうに見えます。どういうわけか、臭突が2本。お約束のように、傾いたTVアンテナがちょんとのっかっています。電柱が見えないのが難ですが、ま、電線は見えています。N的パーツ条件をほぼ満たしている...と言えます(^^; 
ま、写真的には、どうということもないのですが、苦心の跡をひとつご披露です。それは、臭突から立ち上る煙です(^^; はい、雲の位置を合わせて撮った...というわけです。これで、臭突が煙突と1本二役(^^; それが2本もあるし、N的と呼んでもNGは出ないかな?(^^;

【場所】江戸川区東瑞江あたりです。

iiYARE景

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今日は、同じ江戸川区からですが、左の写真は東瑞江で、右の写真は松島で撮ったものです。
「さて、今日はどの写真にしようかな〜」などと、あれこれ写真をクリックしているうちに、なんとなく、この2枚に共通のものを感じはじめ、組み合わせてみたくなってしまいました。その共通するものとは、主に、いい具合にヤレた感じ…でしょうか。
実際のところ、合板が剥がれた部分や、ビートルの錆びた部分だけに注目してみると、既に「ヤレた」状態を超えています。が、ともに、周囲が現役で固められているせいか、廃墟的な匂いが緩和または中和されているようです。そこも両者に共通する点です。
こうして見ると、風景というものは、各部が、複雑に影響しあって、ある匂いを発散しているのだな〜と、改めて思います。切り取り方ひとつで、写真が違ってくるわけですね。
ま、それはともかく、家のドアもビートルも、完全にジャンク状態ですが、それら自体に、まだ愛らしさがしっかりと残っているような感じがしませんか? 周囲の作用…なんて言っておきながら…ですが(^^; 結局、なんだか、理屈抜きに、惹かれるものがあるんですね〜コヤツ等に(^^; 今日は、もう、何書いてんだか?(^^;ですね。

【場所】江戸川区東瑞江(左)・松島2丁目(右)あたりです。

夕暮れ広場

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一昨日につづき、江戸川区の東瑞江からです。いまどき珍しく、同じ形と色をした平屋が、数軒並んで建っている一画がありました。その正面は、空き地になっていて、駐車場として使われていました。と言っても、舗装されているわけでも、位置決めのラインが引かれているわけでもありません。なんとなく決まった位置に決まった車が停まっている…という感じです。それも数台のみで…。
その空き地ですが、以前は、写真に写っているのと同じような家が並んでいたに違いない…という雰囲気です。と言うことは、この写真に写っている家も、そう遠からず…ということなんでしょうね。一部はもう空き家でしたし…。
都内では、こうして、たまたまではあれ、家の前が土の広場になっていて、その広場から家、しかも連なった平屋、そして空を眺める…なんてことは、久しく経験していないような気がします。それだけでも、懐かしい気分になりますが、ここでは、さらに、電柱と臭突、街灯が、結果的に…でしょうが、広場のなかほどにたっていて、ひと昔前の匂いを、より強めてくれていました。が、広場にはつきものだった、日が暮れるのも忘れて遊ぶ子供の姿も、そんな子供を呼ぶ親の声もなく、辺りは、実にひっそりとしていました。淋しいばかりに…。

【場所】江戸川区東瑞江あたりです。

昭和の欠片景

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江戸川区の東瑞江で撮った写真です。長屋の片側を取り壊した際の傷口がまだ生々しく見える状態です。
地下鉄新宿線の瑞江駅に降り立ったのは、おそらく初めてのことです。ホームから地上に出たときに、どんな風景が待っているのか、想像もつかない状態でしたが、とにかく地上に出てみると、待っていたのは、中規模のビルが建ち並ぶ、ノッペリとした、何の特徴もない、いわゆる郊外の駅前風景でした。
「オッ」と思ったのは、駅近くに、地域給水用のかなり大きな円筒型タンクがドデンと居座っていたことくらいです。しば〜らく歩いても、やはり何の変哲もない、新建材戸建ての街が途切れません。
「これは面白くない!」と、引き返しそうになった頃でした。やっと、何やら気になる四角い煙突が見えてきました。ヤレていますが、どうやら銭湯の煙突のようです。銭湯の煙突は、町歩きの強い味方です(^^; 歩を早め、まっしぐらに、その煙突を目差しました。すると、その周囲に、やはり残っていました。所々ではありますが、昔の瑞江を想わせる建物が…。が、もうそれらは、現役遺跡(^^;という状態。周囲は、やはり新建材の建物で固められていました。
今日の写真は、そんな一画で撮ったものです。木造モルタル長屋の片割れです。周囲の家もすっかり取り壊されたようで、駐車場に囲まれた状態でした。したがって、皮肉にも、空間に余裕が感じられます。そして、まわりに、今風な家が写り込まないからでしょう。この場の性格が、この家に決定づけられ、昭和の匂いが強く漂っているのを感じました。ただ、乱暴で、もの悲しさ感じさせる風景であることには変わりありませんね。

【場所】江戸川区東瑞江あたりです。

見事なまでにグリーン一色の波形トタンハウスです。形状もまた良し...です。このグリーンハウスは、一昨日アップした「旧カフェー街」の近くにたっていて、現在は、洋品店として使われています。
昨年の春頃までは、グリーンハウスの手前と右側の空き地にも店が残っていたようです。その店が残っていたら、こうして、全景を撮ることはできなかったわけです。が、やはり、路地のある区画が消えたことのほうが惜しい...と思ってしまいます。
この旧カフェー街にも、再開発の大波が寄せているようで、すでに、このすぐ近くでも、同様の店の跡地に、高層のマンションが完成間近という状態です。このグリーンハウスのある一画も、こうして歯抜け状態になっているところを見ると、そう遠からず...という気がしてきます。
このグリーンハウス、昼間見る姿は愛らしいのですが、夜になると色が濃く見えるせいか、トタンではなく、波形鋼鉄によるミニ要塞のようにも見えてきます。再開発の大波に飲み込まれまいと、身構え、孤軍奮闘しているのでは?と思うと、なんだか、愛らしい...などと言っていられなくなります...ませんか?(^^;

【追記】斜め正面からの写真を追加しました。
【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

旧カフェー街で

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ここは、新小岩駅南口の、かなり長いアーケード商店街を抜けてすぐの所にある横丁です。居酒屋やスナックなどは、とかく、駅前の一画に、もっとごちゃごちゃした状態で寄り集まっているものですが、ここでは、そうした店が、駅からかなり離れた場所に、わりと空間に余裕を感じさせる状態で、並んでいました。
ここを通りかかったのは、午後の四時頃でしたが、寿司屋の看板が点灯しているだけで、まだ大半の店がドアを閉ざしていました。空には十分な明るさが残っていましたが、この横丁に入ると、仄暗さと仄明るさが入り混じったような状態で、なんとなく、他所とは違う気配が漂っているように感じられます。
地元の方の話によれば、このあたりは、昔、赤線と呼ばれていたところで、カフェーが連なっていた…と言います。後日、ネットや本で調べてみましたが、それは確かなことのようです。ここで感じられた独特の気配が、その残り香…とまでは言いませんが、街の履歴というものは、よほど大規模な再開発に晒されないかぎり、どこからともなく匂い立つように現れるものなのかな?と感じた次第です。どことなく…なのです。

【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

中島自転車商会

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新小岩駅の南口を出ると、正面に、真っ直ぐに南に向かって伸びるアーケード商店街があります。昔からの商店が連なる道のうえに、とかく妙に張り切ったデザインの屋根をつけたという…どこの街にもよくあるやつです。
その商店街、さほど長く続いているわけではないのですが、南端あたりに行くと、なんと区境を越えて、葛飾区から江戸川区に入ります。ひとつの商店街が2区にまたがる…なんて例は、他にもちょくちょく見られるものなのでしょうか? もしや区境の変更が生んだものか?と思い、東京が35区になった昭和7年の地図にあたってみましたが、区境は現在と同じです。ま、地続きですから、こんなこともあるのでしょうね(^^;
そんな商店街の外れに、この中島自転車商会の建物がありました。その筋では有名な建物のようで、以前に、どこかのサイトで写真を見た記憶があります。目にした途端に「あ、これか!」という感じでした。古そうです。時代を感じさせます。上方にアーケードの屋根が見えるせいか、なんだか博物館のなかにある建物のようにも感じられます。出来すぎなくらいですね。
この辺りは、戦災で焼けていませんから、おそらくは戦前の建物なのでしょう。よくも雰囲気を損なうことなく残っていたものです。拍手ものですね。

【場所】江戸川区松島3丁目あたりです。

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