港区 - Minatoの最近のブログ記事

先日、ゆりかもめに乗って東京ビッグサイトに向かっているときに、車内から撮った写真です。この日は、いかにも梅雨どきという、街全体が雲のなかに突入したような、湿気の多い、はっきりしないお天気でした。
お台場に代表される東京ベイエリアは、特に若者の人気スポットのひとつに数えられています。が、僕は、なにか催しでもないかぎり、行くことはまずありません。特に、こんな日に「お台場に行こう」なんて思うことはあり得ません。が、そんな日にここを通ることになったのですから、裏を返せば、見る可能性のきわめて低い風景を見た、ということになります。ま、そう思えば「お、ラッキー」ってことにもなりますね(^^;
ここは東京湾の奥、日の出埠頭です。ゆりかもめの駅「日の出」があるところです。埠頭という名が示すように、荷揚げする岸壁に沿って倉庫が並んでいます。その向こうには、対岸の晴海や豊洲、有明などに建つ建物が、薄いグレーに霞んで見えています。なんとなく蜃気楼のように見えなくもありません。そして、手前の倉庫も、なんだか紙に描いて切り抜いたのか?と思うほど、立体感がありません。きっと、このお天気のせいで、影らしい影がほとんど見あたらないからなのでしょう。…影が薄い…ってのはこういうことを言うのでしょうね(^^;

【場所】港区海岸2丁目あたりです。

高輪の下町系断片

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高輪という所は、名前は良く知っていますし、ホテルがあったりする関係から、過去に何度か訪れていましたが、高輪とう町を自分の足で歩いたのは、初めてと言ってもよい状態でした。
高輪の歴史はもとより、地理的な高低差がある、なんてことすら、行く直前になってやっと知った程度でした(ちょっと大袈裟ですが(^^;)。そんなわけで、高輪をどう撮って、どうまとめれば良いのか…その焦点が合わないままに、とにかく歩き回った、というのが実情です。
しかし、僕は従来、どこを歩くにしても、その場所について下調べをしたり、地図を持参したりしていませんでした。とりあえず、無色のまま町に飛び込み、迷い、自分の五感でその町を感じとることが面白かったからです。それでも、歩いた後は、「あ、この町の匂いはこうなんだ…」といったものが感じとれたのですが、高輪については、それが通用しませんでした。
たったの2回ほど歩いただけでは仕方がないとも思いますが、多様な層が重なった手強い町です。この町にも、下町と呼ばれる低地がありますが、ゼロメートル地帯の下町とは明らかに雰囲気が違っています。いわゆる仮住まいからの発展型という雰囲気は感じられません。そして、面白いことに、台上にも下町(町屋と言うべき?)のような区画が存在します。また、通常は高台にあるお寺が低地にあり、参道が下りになっているという例もひとつふたつではありません。
そのあたりの経緯チェックは今後の課題として、今日は、とりあえず高輪を歩きまわり、集めた断片をご覧ください。でも、この3枚からも「何やらフツーとはひと味違う、このあたりの匂い」が感じられませんか?「きたな小ぎれい(^^;」とでも言うんでしょうかね〜(^^;

【場所】港区高輪1丁目・3丁目あたりです。

高輪台の西側斜面

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先日、はじめて高輪の低地を歩きました。ひじょうに興味深い場所でした。かなり再開発も進んでいますが、戦災を潜り抜けた建物もあちこちに残っていて、突然に、低地の湿度を感じさせる風景が目の前に…なんてことも多々ありました。ところで、今日の写真は、拙ブログとしては、かなり説明的な写真です。

まずは下左の地形図をご覧いただけますか…。薄い赤でマークした部分が、高輪台の西側斜面・崖で、その斜面に沿うように桜田通りが伸びています。下右の断面図は、その赤でマークした部分を東西に切った断面図(高さ強調)になります。今日の写真は、その断面図中、黄色でマークした斜面を這う階段路地を歩きながら撮ったものです。




桜田通りというと、幹線道路ですから、相当な交通量があります。そして、その通り沿いには、高層マンションなどが立ち並び、まるで要塞の外壁のような様相を呈しています。が、その外壁からほんの少しだけ内側に歩を進めると、そこには、むっとするような、湿度の高い、低地風景が待ち受けています。
そういった低地の底で撮ったのが、トップ中央の写真です。左隅に細い階段がありますが、その階段をのぼって、そのまた先に伸びる細い路地を抜けると、高輪台の二本榎通りに出ます。それだけではなく、階段の途中には横に伸びる階段路地が何本もあります。急な斜面に無理矢理つけた階段ですから、トップ左右の写真のような、かなり「あぶない」または「おもしろい」階段が随所に見られ、それらが造られた事情を想像して歩くだけでも、一日が過ぎてしまいそうです。ここもまた、通ってしまいそうな予感です(^^;

【追記】地形図・断面図には、カシミール3Dと「数値地図5mメッシュ(標高)」(国土地理院) を使用しました。
【場所】港区高輪1丁目あたりです。

昨日もエントリーした、高輪台駅のすぐそばにある、屋根付きの抜け道です。撮影日は今日です。「なぜ雨の日に?わざわざ…」とお思いになるでしょうが、実は、昨日ここで写真を撮っている時に「路面が濡れている時がベスト」と感じたからです。そして「人工照明が点灯してからがさらに良い」とも…。
というわけで、遅くなってから、傘をさして出かけてきました。結果は、写真をご覧いただければ一目瞭然なのですが、予想した通りでした。いや、予想を上回ってくれたような気がします。
今日は、たまたま、この家にお住まいの高齢のご婦人と、ちょっとだけお話することができました。そのご婦人によれば、この家は関東大震災後、おそらくは昭和初期に建てられたものだそうです。ここには、古い「高級鮮魚 魚勘」という看板が残っていますが、その看板のとおり、ここは、以前、両側ともに鮮魚の売場だったということでした。数年前に廃業なさるまで、60年間、ここで魚屋を営んでいらしのだそうです。
その魚勘さんも、この一帯の再開発にともない、来月末には取り壊され、跡地には地上29階のマンションが建つということでした。そんなわけで、魚勘さんの名前を記憶に残すべく、この屋根付き抜け道に「魚勘アーケード路地」という名前をつけてしまった、というわけです。
今日の写真は、昨日の写真とは反対の方向(桜田通り)に向かって撮ったものです。いや〜、それにしても、5月下旬とは思えない寒い日でした〜。

【場所】港区高輪3丁目あたりです。

都市徘徊blogに「高輪台で階段三昧」というタイトルの連載記事があります。凸凹の多い高輪を縦横に這う細い階段をお歩きになり、その印象を写真と文章で綴っていらっしゃるのですが、これが階段や路地歩きの魅力がライブに伝わってくる素晴らしい記事になっています。特に、「高輪台で階段三昧1」は、「ただ街を歩くだけで何が面白いのさ?」という問いに対する的確な返答も含まれ、必読のエントリーといえます。
そんな記事に刺激され、「高輪を歩きたい」と思っていた矢先に、こんどはカークさんの写真ブログに、「緑陽小径」や「濃緑に染まる家」など、高輪からの写真が登場。いよいよもってたまらなくなり、ついに本日、その高輪界隈を歩いてきました。

で、今日の写真については、いやに簡単ですが、高輪台駅前にある、屋根付きの抜け道です。ここは、通勤通学路になっているらしく、通り抜ける人の数は半端じゃありません。それは地下鉄のダイヤとシンクロしているようで、波のように、間を開けながらも途切れることはありませんでした。
屋根を見ると、半透明の波形プラスチックが使われていて、安っぽいのですが、その両側の家は、よく見ると、かなり古い建物で、かなり凝った造りをしています。片側には「鮮魚 魚勘」という看板が残っています。もしや、この屋根は、昔のアーケード商店街の名残なのかもしれません。人の波が寄せると現在になり、人の波が去ると時代がさかのぼるという、とても興味深い空間でした。

いちおう、最近の拙ブログでのお約束になりつつある、凸凹地図-高輪界隈版も制作してみました。
左地図は、カシミール3Dで表示させた「数値地図5mメッシュ(標高)」(国土地理院) に、GARMIN社「MapSource」で表示させた「Japan City Select」を重ね合わせたものです。(もっと広範囲にご覧になりたい場合はこちら(1200x1000)の地形図で)
右地図は、最近入手したプロアトラスSVプロアトラスSV航空写真を使用したものです。余談ですが、プロアトラスでは、航空写真とマップを切り替えるだけではなく、航空写真にマップを重ね合わせ、表示アイテム(道路や施設名など)を選択したり、マップの濃淡を調節したりできます。その点は、Googleマップに勝ります。
左右の地図は、ほぼ同じ範囲を表示していますので、見比べていただくことができます。僕にあれこれと解説まではできませんが、この高輪界隈、相当に凸凹が細かく、入り組んでいることがわかります。また、左下に見える区境が、谷戸に沿って凸形になっているところなど、興味深いですね。

【場所】港区高輪3丁目あたりです。

芝浦のエントリーを、wakkykenさんが様々な角度から読み取ってくださったことにより、僕の興味の矛先も思わぬ方向に向かい、それが今日のエントリーにつながりました。なんだか、わきたゼミで指導いただいている感じです(^^;
ま、そんなわけで、今日の写真は「昔の芝浦の運河沿いはこんな風だったに違いない」というものです。トップの写真ですら、既に護岸されてはいますが、「その昔はこうだったのだろうな〜」と思わせる部分がこうして残っていました。このように、人の生活が水のなかにまで入り込み、水と陸との境界が、いまよりもずっと曖昧だったに違いありません。
そして、こんな残骸も残っていました。ここは屋形船などの発着に使われていたりしたのかな?という感じがします。また、すぐ隣りに、船を上げ下げするクレーンらしきものが残っているところを見ると、船を係留して、何か作業を行う場所だったのかもしれません。ともかく、昔の芝浦あたりの運河沿い風景とは、こんなものだったのでしょう。
しかし、現在、行政が目差しているのは、明らかにこの方向のようです。ここでも、護岸と遊歩道の整備が進んでいました。プレジャーボートが並べば、都心に隣接した、お洒落なウォーターフロント風景が出現しそうです。おおイヤだ(^^; なんだか、画に描いた餅という感じがします。

【場所】港区芝浦4丁目あたりです。

芝浦バラック(追)

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一昨日のエントリー「芝浦バラック」の補足です。このバラック群は、まさに川端に建っていて、前を通る道はすぐ橋につながっています。この写真は、その橋のうえから撮ったものです。

見た目に「ウワ〜ッ!」という感じはありませんが、「ウヌ〜」という感じはありますね(^^; いったい、元々、どちらの方向を向いて建っていたの?と言いたくなるような構造です。増築の繰り返しがこのカタチを生んだのでしょう。そして、ここで目につくのは、目隠しです。かなりガードを固めてあります。

元々は、川端でもあり、人目を気にせず、開けっぴろげな構造だったのではないか?と想像します。が、高層ビルが増え、昼間の人口が増えると、人目に晒される機会も増え、そうもしていられない状況が生まれ、いつの間にかトタンの要塞的な造りになっていったのでは?と思います。

地味ですが、魅力があります。というわけで、絶滅危惧種のこの姿、追加しておくことにしました。

【場所】港区芝浦4丁目あたりです。

芝浦リバーサイド

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ここは、昨日エントリーしたバラックのすぐそばです。ここには運河があり、それに沿ってモノレールが走っています。
運河沿いには、"リバーサイド"空間を楽しめるようとの配慮でしょう…遊歩道が整備されています。が、まったく人影がありません。人の姿といえば、反対岸で巨大な超高層マンションが建設中でしたが、その現場で働く人の姿だけです。それも人の指程度の大きさにしか見えません。さほど幅のある運河とは思えないのですが、向こう岸までは、思ったよりも距離があるということですね。
この一例にかぎらず、ここでは、いわゆる町での生活から得た感覚が適用不能になるようです。すべてにおいてスケール感も質感も違い過ぎます。しかも、僕には、この風景が、どうしても、廃棄された都市のように見えてしまいます。
それでも、ここに住んで生活をすれば、そのうちそういった感覚にも慣れ、自分の住む町と感じるようになるのでしょうか…。

【場所】港区芝浦4丁目あたりです。

芝浦バラック

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羽田空港へ行く用があり、浜松町からモノレールを利用しました。モノレールは、運河の上や、埋め立て地に建つ大型倉庫や工場、超高層マンションの間を縫うようにして走るため、車窓からの眺めは、ダイナミックであると同時にかなり大味に感じられます。

そのなかにあって、周囲の建物とは、匂いもスケールも全く違う一画があります。そこには、古びた、小さなトタンの家が肩を寄せ合って並んでいて、モノレールに乗るたびに「おっ!」と気になっていました。

そこで、羽田からの帰りに、京急線を利用し、三田駅で乗り換えるついでに、その一画へ行ってみることにしました。場所は特定できていませんでしたが、モノレールに沿って歩けば問題なくその場に出るはずです。そんな調子で歩くこと約10分。難なくその一画に到着しました。

現地に立つと、モノレールから見おろすのとは違い、屋根の錆などが見えなくなりますから、想像したほどの凄さはありませんでしたが、今となっては、トタンのバラックがこうして横一列に並ぶ例は、他でもなかなか見られるものではなく、さすがに見応えがありました。しかも、よく見ると、左3軒と右3軒が対称になっています。が、完全に対称ではなく、中央の2軒は、間口の広さが半間ほど違っています。両端の家の屋根の角度も左右で違いますし、中央の2軒以外も間口が微妙に違うようです。

なんだか、この姿になるまでには、いろいろと物語が積み重なっていそうですね。しかし、周囲は高層ビルばかりという環境のなか、よくもこの姿で残っていたものです。

【追】より大きい画像を追加しました(2015年9月)。

【場所】港区芝浦4丁目あたりです。



先日、携帯が鳴り、誰か?と思えば、声の主は玉井さんでした。「麻布の谷戸を歩こうと思うが、都合はどう?」という内容です。あの元麻布の谷戸歩きなら何度でも大歓迎です。ということで、早速、行動に移すことになりました。
地下鉄で麻布十番駅まで行き、地上に出ると、突然、玉井さんがあらぬ方向に歩き始めます。何だ?と思っていると、玉井さんが、ある洒落たブティック(左写真)の内に消えてしまいました。そして、店内から顔をのぞかせ、「こっちへ来い」と手招きを...。近づいてみると、そこには、にこやかな笑みを浮かべた、美しい女店主が立っています。う〜ん、これはどう見ても妖しい。おそらく魔女だな...と警戒しながらも、玉井さんと一緒だから、ま、いいか...と思い、雑談などしていると、「仙台坂の下には、昔は長屋があって、雑色(雑式)と呼ばれていた」とか、「狸坂下の長屋って風情がある」などと、とても魔女とは思えない言葉を口にします。それが、実は、耳当たりのよい呪文だったようです。それから玉井さんと僕の、思いもかけない冒険が始まってしまたのですから...。

ガマ池への路地

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狸坂と呼ばれる坂を下りきったところに、存在を知らなければ、間違いなく通り過ぎてしまいそうな、細い路地の入口があります。その路地は、ガマ池の谷戸まで、約100メートルほどつづいています。
明治期の地図を見ると、ガマ池の北東から水路が描かれ、その先が狸坂まで伸びているのが分かります。おそらくは、その水路(ドブ川?)を暗渠化したのがこの路地だろうと思います。
今日の写真は、路地の入口から、左手のマンション敷地の擁壁と、右手の新築らしいマンションの間を抜け、いかにも谷戸の底らしい風景に出会う位置から撮ったものです。ここから先は、突き当たりの擁壁まで、右手に長屋などがつづき、左手は沼を整地した公園になります。
ここは、きわめて細い路地ですが、通行する人をニ、三人見かけました。地元の人は、通路として利用しているようです。
とは言え、この先は、ご覧いただけるような細さです。不用意に歩いていると、肩やバッグが家の壁にすれてしまう程です。部外者であれば、いつの間にか、息を殺し、忍び足になっている…そんな秘密めいた感覚にさせてくれる、濃密な空気に満ちた路地です。こんな路地が潜んでいるガマ池の谷戸。なかなか懐が深いです。

【場所】港区元麻布2丁目あたりです。

元麻布の路地

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昨日に引きつづき、元麻布にあるがま池の谷戸からです。
この谷戸の底には、長屋などが密集して建っていますが、この土地は、台上にある本光寺の所有になるそうで、建物はすべて、借地の上に建っているのだそうです。本光寺というお寺は古く、300年以上の歴史があります。したがって、この谷戸の土地も、宅地と利用されるようになってから、かれこれ100年以上にもなるそうです。
また、沼地に近い状態の土地を整地して宅地にしたからでしょうか、昔は、この土地が「新開地」と呼ばれていたそうです。が、いまや「新」どころか…というところですね。
この谷戸には、まだ高い建物がありません。最近建て替えられたばかりの家を除いては、平屋と2階建てばかりが並んでいます。最近は、何処の路地を通っても、何軒かが補修され、新建材の塊状態になっていたり、路地の先に高層ビルがそびえていたりして、興ざめすることが多いのですが、この路地にはそれがありません。
両側の長屋も、一部補修こそされていますが、無愛想な淡色の新建材の塊にはなっていません。そして、突き当たりは波形トタンの2階家です。路地の先端が、その家に上がるための階段になって消えています。さらにその奥に見えるのも樹木と空。しかも、前景には、ブリキの煙突まで見えます…。
ここまで条件が揃っている路地というのは、最近ではほとんど目にすることができません。ほんとうに貴重な、完璧に近い下町の路地風景ですね。ま、実は…、ここでも、振り向くと、視線の先に高層マンションがそびえているのですが…。

【場所】港区元麻布2丁目あたりです。

長屋バラックの逸品

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25日にエントリーした、元麻布・がま池の谷戸にひっそりと棲息していた長屋の一画です。なんという素晴らしさなのでしょうか…。見た途端に惹き込まれてしまいました。
相当な風化が見られます。そして、あちこちに継ぎ接ぎした部分が見られます。それらが職人の手になるものではないことは、ひと目見れば分かります。同時に、そのどれもが、丁寧に気持ちを込めて作業されているということも、ひと目で分かります。そのせいか、各部の輪郭が実にシャキッとしています。雨樋なども完璧に機能を果たす状態に維持されています。コンクリートの塊のような土台や、そこから立ち上がっている、銀色に塗装されたトタン板は、木部とは異質過ぎて、違和感を感じさせてもよさそうですが、この場合は、建物に迫力を添える役割を果たしているように見えます。全体的に無駄もなくタイト。もう完璧です。端正とか凛々しいという言葉をあてても良いくらいです。
ところで、この分厚いコンクリートの土台ですが、これは、この地が湿地であり、「大雨が降ると、路地に水が溜まり、ぬかるんだ」ということから、その水を避けるため、少しでも床を高くしようとの、苦肉の策なのでは?と推測しています。
それにしても、元麻布に、こんな逸品が潜んでいようとは思ってもみませんでした。やはり歩いてみないことには…ですね。

【追記】「東京人」2005年2月号 37ページに、この長屋の前に立つ松本隆さんの写真が掲載されていました。
【場所】港区元麻布2丁目あたりです。

ガマ池スリバチ

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スリバチ学会@麻布界隈に参加してきました。コースは『広尾駅前 → 有栖川宮記念公園の谷戸つり堀「衆楽園」→ ガマ池&スリバチ → 麻布十番 → 根津美術館庭園の池』です。
各ポイントともに興味深いものがありましたが、なんと言っても、今回の収穫は「ガマ池スリバチ」でした。右の写真が「ガマ池」。左の写真が、その「ガマ池スリバチ」の全景です。

ed3_route-thumb.jpg

2006年1月28日、17名(16名+途中合流1名)による、距離約14キロ、高低差約30メートルの「江戸東京地下水脈」を探るアースダイビングが行われました。コースおよび当日の様子につきましては、今回の企画者であるiGaさんの報告エントリーおよび隊長AKiさんの報告エントリーをご覧ください。
上図は、GPS受信機が記録していた今回のダイビングルートを地図上に取り込み、それを国土地理院発行の5メートルメッシュ数値地図(表示にはカシミール3Dを使用)に重ねたものです。これをご覧いただくと、どの辺りが凸で、どのあたりが凹か、一目瞭然のことと思います。今回、GPS受信機が示す標高が最も高かったのは、明治神宮内の谷戸の台上で約40m、最も低かったのは、青山墓地下付近(笄川)と赤坂桧町公園付近で、ともに約10mでした。

昨日(1月28日)、iGaさんの企画してくださった第3回アースダイビングが、無事終了しました。晴天に恵まれたものの、風があり、寒い日でしたが、多くの方のご参加をいただき、大変楽しい1日になりました。その様子が気になる、という方も多いと思われますので、とりあえず、号外として、1枚だけ写真をアップします。よい大人のこの笑顔が、その楽しさを物語っていますね!
僕は、これから出かけますので、帰宅し次第、詳細を報告いたします。

白金高輪の灯り

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用事があり、珍しく、お洒落な方角(^^; 白金高輪に行ってきました。行ってみてビックリです。ま、昔からあまり縁はない場所ではありましたが、青山・原宿界隈をウロウロしていた頃は、クルマでよく通った所です。が、もうビルとマンションだらけで、方向すら掴めないほどに変わっています。そして、明日オープンするという、超高層ビルも建ち上がっていました。
待ち合わせよりも少し早く現地に到着したので、地下鉄の駅を出て、ほんのすこしだけ周りを歩いてみたのですが、どこを向いても、波形トタンの錆びの匂いなどしてきません(^^; 銅板張りの出桁造り町屋なども、ほんとに気の毒なほど周囲から浮きあがってポツンと残っていはいましたが、もう写真を撮る気にもなれない哀れさです。その町屋のある辺りから、ちょっと気になる通りはありましたが、時間の関係から、そちらにズルズルと行くわけにいかず、また駅の方向に戻りはじめました。これはダメだな、と思いながら…。
そして、ちょっと古いマンションの前を通りかかったときです。まるでセンサーでもセットされていたかのように、マンションの玄関前の外灯がポッと点灯しました。そのランプが、いまはあまり見ない、ランプらしい優しい形をしています。そして、短時間とは言え、寒々としたデザインだらけの街を歩いた後だったせいか、暖色系のランプの光が、なんだかホコッと緊張感をほぐしてくれるようでした。こんなことでは、シロガネーゼにゃナリタクネーゼ(^^; な〜んてね、なれないヒガミか…(^^;

【場所】港区白金1丁目あたりです。

こちらは、麻布十番にある、ウェディングドレスの専門店です (店名は失念(^^;)。この日は、六本木ヒルズ森ビルに写真展を見に行き、帰りに周辺を散歩しながら、麻布十番の駅に向かっていました。駅に通ずる道に出たころには、すでに日はどっぷりと暮れ、どのお店にも明かりが灯っていました。そこで目にしたのがこの光景です。
僕はもう独身ではありませんし(なんてことわるような歳でもないですが…ガハハ(^^;)、娘ももう結婚しています。したがって、しばらくはウェディングドレスとは縁が無さそうです。
気になったのは、言うまでもなさそうですが、ウインドウに飾られたドレスの脇で、淡々と針仕事にいそしむ、この婦人の姿でした。素敵でした。昔はモデルさんかな?という感じです。髪形といい、老眼鏡とそのストラップといい、そして、針と糸を操る手つき仕草など、実になにげないのですが、神経が行き渡っている感じです。よほどの達人でなくては、こうはいきません。思わずレンズを向けてしまいました。
こういう方と、話し合いながら、アドバイスを受けながら、作り上げるドレスって、さぞ素敵でしょうね。なんとなく女性っぽいエントリーになってしまいましたが、これはどうしてもアップしておきたく…。

【場所】港区麻布十番あたりです。

杉本博司という写真家がいます。彼の回顧展『時間の終わり』が開催されていることを、先日、玉井さんから教えていただき、できるだけ早い機会に見に行こうと思っていました。が、生憎、あれこれと用事ができて延び延びになり、昨日、ようやく行ってきました。

杉本博司が気になりはじめたのは、もうずいぶん昔のことです。彼が、劇場のなかに大型カメラを持ち込み、映画一本上映分の光で、劇場の内部をフィルムに定着させる、という行為に及んだことを知って以来、ということになります。その後も、彼は、ピントグラスの真ん中に水平線を配し、海と空とを、単純極まりないグレーの階調として印画紙のうえに再現する、海景というシリーズや、レンズの焦点を作為的に伸ばし、建物の細部をぼかして骨格を捉えた、建築というシリーズなどを発表し、現代美術に関わる人達から高い評価を受けるようになります。

彼の写真は、多くの場合、単純であるが故に解りにくい部分があるかもしれません。それは、撮影に至るまでの思考やコンセプトが、作品中で大きなウェイトを占めていることに原因がありそうです。したがって、その思考やコンセプトを知り、理解することが要求される場合もあろうか?と思います。「説明が必要な写真なんて…」という向きもありますが、僕はそうは思いません。例えば、古文を理解し味わうためには、古語辞典や参考本を読んだり、資料にあたったりする必要があるのと何ら変わりはないように思います。
ですから、「なんだかよく解らない」と感じた場合は、辞典の代わりに、彼の著書『苔のむすまで』を一読してみてください。そこには、何故、杉本博司が一連の作品を生み出すに至ったか、という理由や発想が書きしるされています。それを読むと、隔靴掻痒の感が消え、改めて彼の作品の凄さが見えはじめるはずです。




昨日のエントリー(仮称)アースダイビング大会 (I)のつづきです。昨日よりやや説明的に...とは言え、具体的なルートやポイントの写真はとかく面白くないため(^^; 昨日僕が受けた印象という感じの写真です。
【左】芝公園には急な崖があり、崖下のいちばん低い位置に、水たまりと化した小川のようなものが...。
【中】今回のハイライト、飯倉のパラボロイド交差点です。手前に見えるのは、アースダイバーの面々です。
【右】狸穴坂に建っている古家。これはなかなかでした。タモリさんの「Tokyo坂道学入門」に、この家の全景が掲載されています。




【左】ロシア大使館わきの通りから飯倉交差点方面に向かう細い坂道。正面に忽然と東京タワーが姿を現します。いかにも東京タワーに向かって最後のダイブという感じ。
【中】芝公園内です。この緑の風穴(^^;をくぐり抜けて丸山古墳を目指します。落ち葉と木屑が堆積しているのか?足下がふわふわと柔らかい。
【右】ダイビングから上がり、浜松町「秋田屋」から東京タワー方向を望む。俗世間も良いもの(^^;

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